部長の魂


2008/5/25(Sun)

 本当に何気なくプジョーのページを見ていたら、こんな画像が。
 デッサンの狂ったぬいぐるみの化け物に、今まさに少女が連れ去られようとせんばかりなのにも関わらず、父親らしき人物は随分と落ち着いているように見える。少女の顔にも恐怖の表情は見て取れない。とはいえこの化け物はいかにも怪しい。しかもなんだか見覚えがあるようなないような。そうだ。『アキラ』で施設に隔離された鉄雄がナンバーズによって見せられる幻覚のぬいぐるみがこれと似たような寄せ集めだった。そうか。この広告の作者は『アキラ』にインスパイアされたのだな。きっとそうだそうに決まった。
 しかし。だとしても意図は不明なままだ。この奇妙な化け物と少女との関連がさっぱりわからない。まず、これは車の宣伝広告だ。しかもプジョーにとっては日本市場での稼ぎ頭である207シリーズという大事なモデルのトップページなのである。これが意図的でないハズはない。ではなんなのだ。
 もう一度この画像をよく見てみよう。化け物の体は、明らかに大小のぬいぐるみが寄せ集まって成立している。類推するに、これは少女の持ち物なのではないのか。そうして見てみると、少女のぬいぐるみが寄せ集まって逃げて行こうとしているのを少女が引き止めているようにも見えなくは無い。つまりこれはぬいぐるみ達の自由への逃走なのである。それを引き止めんとする少女。そして、それを目の当たりにして呆然とする父親。ほんの少し前までの平和な日常が音を立てて崩れていく瞬間。
 父親に目を転じると、すでにベージュのトランクが荷室に積まれていることと、地面に置かれた荷物を父親が手に取っていることから、どうやら旅行にでも出掛けようとしているシチュエーションのようである。つまりこういうことだ。旅行に出掛けようとしている父娘。母親はすでに死別しているのかも知れない。少女が旅行に持って行くぬいぐるみを選ぼうとしていると、間の悪いことにぬいぐるみ達が反乱を起こし、出て行こうとする。慌てて追いかけ、引き戻そうとし、父親に助力を求める少女。何が起きているのか理解できずに呆然とそれを見つめる父親。これはそういうシーンなのだ。
 と、この衝撃的な瞬間を捉えた画像ばかりに目を奪われて気がつかなかったのだが、キャッチコピーに「夢は大きく、ボディは小さく」とある。そうであったか。これは少女の夢なのだ。少女のぬいぐるみに対する過度の思い入れが、より大きなぬいぐるみをわが手にせんと欲する欲望が、このような非現実的な化け物を誕生させたのだ。
 しかし、夢はあくまでも夢なのである。夢というものは、そこに投影された無意識下の欲求に比例してその手から逃れようとするものなのだ。だから、少女は必死になってその夢を現実世界へ換価させようとこの夢魔の手を引いているのである。さらにそこには、少女にとっての現実の象徴である小さなモノ。小さな車=プジョー207SWがある、という訳だ。夢と現実の対比。夢の中の現実なのか、現実の中の夢なのか。それはこの画像からは判断がつかない。しかし、作者の意図は功を成している。こうして根拠に乏しい暴論を展開する輩がここにいて、この車の宣伝広告を丹念に閲覧させることに成功しているからだ。

2008/5/22(Thu)

 仕事先の駐車場に同色のE46後期型が止っていたので広々と空いているのにわざわざ横に止めて画像を採取してみたり。



 わかってはいたけれど、やはり随分違うなぁ、と。
 やっぱり前期型の方が好きだな。

2008/5/7(Wed)

 連休は特に何事もなく。
 毎年思うのだけれど、GWに出掛ける人達の気が知れないというかなんというか。なんだか『出掛けなきゃいけない』的な強迫観念に駆られているのじゃないかと思ってみたり。まぁ、四日も五日もどこにも行かずにウジウジと家に篭ってばかりいると気が滅入るってのは、それはそうだけれども。
 じゃぁどうすりゃ良いのよ、ってのは俺にはわからない。この世の中はわからないことだらけだ。




2008/1 2008/2 2008/3 2008/4

2007/4 2007/5 2007/6 2007/7 2007/8 2007/9 2007/10 2007/11 2007/12

2006

2004/1 2004/3-5

2003/9 2003/10 2003/11 2003/12

2002/1 2002/3 2002/4 2002/5 2002/9

2001/5 2001/6 2001/7 2001/8 2001/9 2001/10 2001/11 2001/12

「ナビ付け記録(ストリーム編)」

「ナビ付け記録」

↑表紙