異種百人一首 新百人一首

【概要】

小倉百人一首に漏れた歌人百人を選び、勅撰入集歌より各一首を抜萃したもの。いわゆる「異種百人一首」では最古の書と考えられています。『実隆公記』によれば、文明十五年(1483)十月、室町幕府九代将軍足利義尚が選定し、小倉百首に倣って色紙を製作させたものらしい。義尚は十九歳の若さでした。

文武天皇から花園院まで、すなわち時代は白鳳期から南北朝分立の直前に及びます。定家の撰に漏れた歌人のみを選出する方針であった筈ですが、本書91番に「従二位成忠女」の名で入集している歌人が小倉百人一首の「儀同三司母」と同一人物(高階貴子)であることは見過ごされてしまったようです。また、79番恵子内親王の歌として採られているのは、正しくは徽子女王の作です。

現在伝わる写本では、巻頭巻尾に列聖を配して小倉百人一首の構成を真似ています。その間の歌人の並び方は、おおよそ古から新へという流れではありますが、先後の乱れが甚だしく、雑然たる観があります。

小倉百人一首に入ってもおかしくない名歌がいくつか採られていることは確かで、室町時代における歌人評価や歌仙意識を窺う上でも興味をそそられる歌集です。が、珠玉の詞華選と呼ぶにはやや杜撰さが目立ち、小倉百首の後撰・補撰としては少々物足りないものとなってしまいました。

新百人一首 表紙新百人一首 俊成女
版本『新百人一首』(享和三年刊) 表紙と藤原俊成女の頁
書は国学者・歌人として名高い橘千蔭。

【例言】

私蔵の享和三年(1803)刊岡野与兵衛板『新百人一首』を底本として作成したテキストです。明暦三年(1657)刊本(綿谷豊昭編『百人一首集II』桂書房刊に復刻)、及び続群書類従・歌学大系所載テキストを参照し、明らかな誤字と思える箇所は訂正しました。

仮名遣は底本のままとしました(いわゆる歴史的仮名遣が正確に用いられています)。濁音には濁点を付しました。踊り字「ゝ」「々」はそのままとしましたが、「く」の字を引き延ばした形の繰り返し記号は平仮名に置き換えました。

底本は正字・略字が混在していますが、本テキストでは正字に統一しました。但しJIS第二水準までに含まれない漢字は、通用字で代用している場合があります。

歌の頭に半角アラビア数字によって通し番号を付しました。また歌の末尾には〔〕内に出典の勅撰集名を記しました。因みに新古今集からの採録が断然多く三十六首。次いで拾遺集・続古今集の九首となります。

【もくじ(10番ごと)】

◆01文武天皇 ◆11中納言長谷雄 ◆21平祐挙 ◆31三条院女蔵人左近 ◆41土御門内大臣 ◆51瞻西上人 ◆61後徳大寺左大臣母 ◆71勝命法師 ◆81従三位行能 ◆91從二位成忠女


新百人一首 常徳院殿御撰


文武天皇
1 龍田河もみぢみだれてながるめりわたらばにしき中や絶なむ 〔古今〕

聖武天皇
2 いもにこひ吾のまつばらみわたせばしほひのかたにたづなきわたる 〔新古今〕

大織冠
3 玉くしげみむろどやまのさねかづらさねずはつひにありとみましや 〔続古今〕

式部卿宇合
4 山しろのいは田のをのゝはゝそ原みつつやきみが山路こゆらむ 〔新古今〕

源當純
5 谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづる浪やはるのはつ花 〔古今〕

藤原菅根朝臣
6 あきかぜにこゑをほにあげてくる舟はあまのとわたるかりにぞありける 〔古今〕

亭子院
7 立かへりちどりなくなりはまゆふのこゝろへだてゝおもふものかは 〔新拾遺〕

忠義公
8 みのうさを思ひしりぬるものならばつらき心を何かうらみむ 〔続古今〕

清愼公
9 いけ水にくにさかえける卷もくのたまきの風は今ものこれり 〔続古今〕

忠仁公
10 としふればよはひはおいぬしかはあれど花をしみれば物おもひもなし 〔古今〕

中納言長谷雄
11 わがためは見るかひもなしわすれぐさわするばかりのこひにしあらねば 〔後撰〕

大伴池主
12 神な月しぐれにあへるもみち葉のふかば散なむかぜのまにまに 〔新勅撰〕

八代女王
13 みそぎするならのをがはのかはかぜにいのりぞわたるしたにたえじと 〔新古今〕

大納言旅人
14 いさやこらかしひのかたにしろたへのそでさへぬれてあさなつみてむ 〔新勅撰〕

僧都玄賓
15 山田もるそほづの身こそかなしけれ秋はてぬればとふひともなし 〔続古今〕

源信明朝臣
16 ほのぼのとあり明の月のつきかげにもみぢ吹おろす山おろしのかぜ 〔新古今〕

藤原忠國
17 われならぬくさばもゝのは思ひけり袖よりほかにおける白つゆ 〔後撰〕

増基法師
18 かみな月しぐれ計を身にそへてしらぬ山路に入ぞかなしき 〔後撰〕

藏内侍
19 誓ひてもなほおもふにはまけにけりたが爲をしきいのちならねば 〔後撰〕

源順
20 おいにけるなぎさの松のふかみどりしづめるかげをよそにやはみる 〔新古今〕

平祐擧
21 むねはふじ袖は清見がせきなれやけぶりも浪もたゝぬ日ぞなき 〔詞花〕

安貴王
22 あきたちていくかもあらねどこのねぬる朝けのかぜはたもとすゞしも 〔拾遺〕

藤原爲ョ朝臣
23 おぼつかないづこなるらむむしの音をたづねばくさの露やみだれむ 〔拾遺〕

具平親王
24 世にふるにものおもふとしもなけれども月にいくたびながめしつらむ 〔拾遺〕

藤原仲文
25 あり明の月のひかりをまつほどに我よのいたく更にける哉 〔拾遺〕

橘忠幹
26 わするなよほどは雲ゐに成ぬともそらゆく月のめぐり逢まで 〔拾遺〕

山田法師
27 よし野やまもみぢのいろやいかならむよそのあらしのおとぞはげしき 〔続後拾遺〕

安法々師
28 よをそむく山の南の松風にこけの衣や夜寒なるらむ 〔新古今〕

藤原惟成
29 しばしまてまだよはふかしなが月のあり明の月はひとまどふなり 〔新古今〕

善滋爲政朝臣
30 ほとゝぎす鳴やさ月にうゑしたを鴈がねさむみあきぞくれぬる 〔新古今〕

三條院女藏人左近
31 大ゐがはそま山風のさむければたついはなみを雪かとぞ見る 〔新拾遺〕

沙彌滿誓
32 世間を何に譬む朝朗漕ゆく舟の跡のしらなみ 〔拾遺〕

藤原長能
33 あられふるかたのゝみのゝかりころもぬれぬやどかすひとしなければ 〔詞花〕

藤原範永朝臣
34 あり明の月もし水にやどりけりこよひはこえじ逢坂のせき 〔千載〕

堀河右大臣
35 さくら花あかぬあまりにおもふ哉ちらずは人やをしまざらまし 〔後拾遺〕

大納言公實
36 思ひあまりいかでもらさむ奧山の岩かきこむるたにのした水 〔金葉〕

馬内侍
37 こよひきみいかなる里の月を見てみやこにたれをおもひ出らん 〔拾遺〕

藤原元眞
38 なみだ河身もうくばかりながるれどきえぬはひとのおもひ也けり 〔新古今〕

花山院
39 あきの夜の月に心のあくがれて雲ゐにものを思ふ比哉 〔詞花〕

源道濟
40 おもひかね別しのべをきてみればあさぢがはらに秋かぜぞ吹 〔詞花〕

土御門内大臣
41 朝ごとにみぎはのこほりふみ分て君につかふる道ぞかしこき 〔新古今〕

大宰大貳高遠
42 あふさかのせきのいはかどふみならし山たち出る霧原の駒 〔拾遺〕

源ョ實
43 木の葉ちる宿は聞わくかたぞなきしぐれするよもしぐれせぬ夜も 〔後拾遺〕

橘爲仲朝臣
44 あやなくもくもらぬよひをいとふかな忍のさとの秋の夜の月 〔新古今〕

修理大夫顯季
45 しぐれつゝかつちる山のもみぢ葉をいかにふくよのあらしなるらむ 〔金葉〕

白河院
46 にはのおもは月もらぬまでなりにけりこずゑになつのかげしげりつゝ 〔新古今〕

神祇伯顯仲
47 かもめゐる藤江の浦のおきつすに夜舟いさよふ月のさやけさ 〔新古今〕

後九條前内大臣
48 あらし吹ゆつきが嶽に雲消てひばらの上に月わたるみゆ 〔続古今〕

三條入道左大臣
49 いそがれぬ年のくれこそあはれなれ昔はよそに聞し春かは 〔新古今〕

法性寺入道前關白家堀河
50 契おきし人もこずゑの木のまよりたのめぬ月のかげぞもり來る 〔金葉〕

瞻西上人
51 いほりさすならの木陰にもる月のくもるとみればしぐれ降也 〔詞花〕

僧都清胤
52 君すまばとはましものを津のくにのいくたのもりの秋のはつかぜ 〔詞花〕

登蓮法師
53 歸來むほどをやひとにちぎらまししのばれぬべきわが身なりせば 〔新古今〕

源三位ョ政
54 淡海ぢやまのゝ濱べに駒とめて比良の高ねの花をみるかな 〔新続古今〕

左近中將公衡
55 狩暮しかたのゝま柴をりしきてよどのかは瀬の月を見るかな 〔新古今〕

大炊御門右大臣
56 我こひはちぎのかたそぎかたくのみ行あはでとしのつもりぬる哉 〔新古今〕

大宰大貳重家
57 後の世をなげくなみだといひなしてしぼりやせましすみ染のそで 〔新古今〕

寂然法師
58 秋はきぬとしもなかばに過ぬとやをぎふく風のおどろかすらむ 〔千載〕

刑部卿範兼
59 月まつと人にはいひてながむればなぐさめがたきゆふ暮の空 〔千載〕

大江維順女
60 忘らるゝ憂名はさてもたちにけり心のうちはおもひわけども 〔千載〕

後徳大寺左大臣母
61 しひしばのつゆけきそではたなばたもかさぬにつけてあはれとやみむ 〔千載〕

前大納言忠良
62 山ふかきくさのいほりのよるの雨におとせでふるはなみだなりけり 〔風雅〕

鴨長明
63 いし河やせみのをがはのきよければ月もながれをたづねてぞ澄 〔新古今〕

中納言國信
64 春日のゝしたもえわたるくさのうへにつれなくみゆるはるのあわ雪 〔新古今〕

後久我前太政大臣
65 武藏野や行ども秋の果ぞなき如何なる風の末に吹らむ 〔新古今〕

藤原秀能
66 そでのうへにたれゆゑ月はやどるぞと餘所になしても人のとへかし 〔新古今〕

大藏卿有家
67 春の雨のあまねき御世をたのむかなしもにかれゆく草葉もらすな 〔新古今〕

大納言通具
68 影きよきよもぎがはらの秋の月しもをてらさばすてずもあら南 〔新後拾遺〕

八條院高倉
69 うき世をばいづる日ごとにいとへどもいつかは月の入かたを見む 〔新古今〕

右大將ョ朝
70 みちのくのいはでしのぶはゑぞしらぬかきつくしてよつぼのいし文 〔新古今〕

勝命法師
71 あめふればを田のますらをいとまあれやなはしろ水をそらにまかせて 〔新古今〕

皇太后宮大夫俊成女
72 夢かとよ見し面かげも契しもわすれずながらうつゝならねば 〔新古今〕

小侍從
73 しきみつむ山路の露にぬれにけりあかつき起のすみ染の袖 〔新古今〕

後鳥羽院宮内卿
74 きくやいかにうはの空なる風だにもまつにおとするならひありとは 〔新古今〕

中宮大夫師忠
75 山ざとのいなばのかぜにねざめしてよぶかくしかの聲をきくかな 〔新古今〕

藤原資宗朝臣
76 いかだしよまてことゝはむ水上はいかばかりふく山のあらしぞ 〔新古今〕

法橋行遍
77 あやしくぞかへさは月のくもりにしむかしがたりに夜やふけぬらん 〔新古今〕

正三位知家
78 淺茅原色變ゆく秋風にかれなで鹿の妻を戀らむ 〔新勅撰〕

惠子内親王
79 みなひとのそむきはてぬる世中にふるのやしろの身をいかにせむ 〔新古今〕

宜秋門院丹後
80 やまざとはよのうきよりも住わびぬことのほか成嶺のあらしに 〔新古今〕

從三位行能
81 かきながすことのはをだにしづむなよ身こそかくてもやまかはの水 〔新古今〕

源季景
82 おなじくはあれな古へおもひ出のなければとてもしのばずもなし 〔新古今〕

平忠度朝臣
83 たのめつゝこぬよ津もりのうらみてもまつより外のなぐさめぞ無 〔新勅撰〕

前大納言爲家
84 高砂のやまの山どりをのへなるはつをのたれをながくこふらむ 〔続古今〕

藤原隆祐朝臣
85 夕日さすとほ山もとのさとみえてすゝき吹しくのべのあきかぜ 〔風雅〕

藤原光俊朝臣
86 いかにせむしなばともにとおもふ身のおなじかぎりのいのちならずは 〔続古今〕

入道二品道助親王
87 荻の葉に風のおとせぬあきもあらばなみだの外に月はみてまし 〔新勅撰〕

高辨上人
88 松の下いはねのこけに墨染の袖のあられやかけししら玉 〔新勅撰〕

藤原雅顯
89 里のあまのかりそめなりしちぎりよりやがてみるめのたよりをぞとふ 〔新後撰〕

藤原信實朝臣
90 つたへこし我道しばのふゆがれにまよはむあとの名こそつらけれ 〔新千載〕

從二位成忠女
91 夢とのみおもひなりにし世中をなに今さらにおどろかすらむ 〔拾遺〕

安嘉門院四條
92 さきのよにたが結びけむしたひものとけぬつらさを身のちぎりとは 〔玉葉〕

天臺座主澄覺
93 をぎのはに有ける物を花ゆゑにはるもうかりしかぜのやどりは 〔続古今〕

光明峯寺入道前攝政左大臣
94 神代よりみちある國につかへけるちぎりもたえぬせきの藤かは 〔風雅〕

常磐井入道前太政大臣
95 うらがるゝあしの末ばにかぜすぎて入江をわたるあきのむら雨 〔続拾遺〕

中務卿宗尊親王
96 いつよりかあきのもみぢのくれなゐになみだのいろのならひ初けむ 〔続千載〕

土御門院
97 あきのいろを送むかへて雲のうへになれにし月もゝのわすれすな 〔続後撰〕

後嵯峨院
98 あり明の空に別れしいもがしまかたみのうらに月ぞのこれる 〔続古今〕

伏見院
99 わすれずよみはしの花の木のまよりかすみてふけし雲の上の月 〔玉葉〕

花園院
100 蘆原やみだれしくにのかぜをかへてたみの草葉もいまなびくなり 〔風雅〕

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最終更新日:平成15年10月19日 thanks