藤原元真 ふじわらのもとざね 生没年未詳

甲斐守従五位下清邦の子。伯父忠行は古今集・後撰集に入集した歌人。
承平五年(935)、加賀掾。天慶三年(940)、玄蕃允。同大允・修理少進などをへて、天徳五年(961)、従五位下。康保三年(966)、丹波介。
天徳四年(960)の内裏歌合などに出詠。屏風歌も多い。家集『元真集』がある。同集には十一歳で詠んだという歌もあり、はやくから歌才を顕したらしいが、勅撰集への入集は遅れ、後拾遺集が最初となった。勅撰入集は計二十九首。三十六歌仙の一人。

  3首  1首  6首 計10首

題しらず

浅緑みだれてなびく青柳のいろにぞ春の風も見えける(後拾遺76)

【通釈】乱れて靡く柳の葉の浅緑色によって、春風も目に見えるのだなあ。

【補記】歌集では題「柳」、第五句「風はみえける」。

【主な派生歌】
春風の霞吹きとくたえまより乱れてなびく青柳の糸(*殷富門院大輔[新古])
風ふけば河ぞひ柳おきふしにみだれてなびく春の水かげ(平親清四女)

題しらず

思ひつつ夢にぞ見つる桜花春はねざめのなからましかば(後拾遺107)

【通釈】思いながら寝て夢に見たよ、桜の花を。――春の夜は途中で眠りが覚めることがなければよいのに。

桜の花の散るを見てよめる

桜花ちらさで千世も見てしがなあかぬ心はさてもありやと(詞花35)

【通釈】桜の花を散らさずに千年も見ていたい。いくら見ても見厭きない心は、そのままだろうかと。

【主な派生歌】
咲きそめてわが世に散らぬ花ならばあかぬ心のほどは見てまし(*二条院讃岐[続後拾遺])

題しらず

夏草はしげりにけりな玉鉾(たまぼこ)の道行き人もむすぶばかりに(新古188)

【通釈】夏草はすっかり繁茂したことよ。道を行く人が道しるべとして結べるほどに。

【語釈】◇玉鉾の 道の枕詞◇むすぶ 草の葉先を玉結びなどして標しにすることを言い、「玉」の縁語。

【補記】『元真集』によれば、天徳三年(959)二月三日内裏歌合の出詠作。新古今時代以後高い評価を受けた一首。

【他出】元真集、定家十体(濃様)、定家八代抄、秀歌大躰、三百六十首和歌、六華集、雲玉集

【参考歌】紀貫之「拾遺集」
夏山のかげをしげみや玉鉾の道行人もたちとまるらむ

【主な派生歌】
夏草はむすぶばかりになりにけり野飼ひし駒やあくがれぬらむ(*源重之)
菅の根や日影も長くなるままに結ぶばかりにしげる夏草(藤原定家)
夏ふかき野中の清水うづもれて結ぶばかりに草ぞしげれる(頓阿)
庭のおもは結ぶばかりにしげりあふ草のふもとに匂ふ橘(正徹)

天徳四年内裏歌合によめる

君恋ふとかつは消えつつふる程をかくても生ける身とや見るらむ(後拾遺807)

【通釈】あなたが恋しくてたまらず、それでもその思いを隠し、息をひそめるように過ごしているのに…。こんな私を、生きた身だとあなたは思うのですか。

【補記】天徳四年(960)三月三十日、村上天皇が内裏で催した歌合、題「恋い」、十九番右負。左はのち百人一首に採られた藤原朝忠の「逢ふことのたえてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし」であった。

【他出】元真集、麗花集、三十六人撰

題しらず

恋しさの忘られぬべきものならば何しか生ける身をも恨みむ(後拾遺808)

【通釈】恋しさを忘れてしまうことができるものならば、生きている我が身をどうして恨むことなどあるだろう。恋しくて辛いからこそ、生きていることを恨むのだ。

題しらず

涙川身もうくばかりながるれど消えぬは人の思ひなりけり(新古1060)

【通釈】涙の川は身体も浮いてしまうほど流れ続けるけれども、それでも消えないのは、人の「思ひ」の「火」であったよ。

【語釈】◇涙川 絶えず流れる涙を川に喩えて言う。◇身もうくばかり 身体が浮いてしまうほど。浮くに憂く(つらく)を掛ける。◇ながるれど 流れるけれども。「泣かる」を掛ける。◇人の思ひ 人の恋心。思ひのヒに火を掛ける。

【他出】元真集、定家十体(有一節様)、定家八代抄

【主な派生歌】
涙川おなじ身よりは流るれど恋をば消たぬものにぞありける(*和泉式部[後拾遺])

題しらず

白玉か露かととはむ人もがな物思ふ袖をさしてこたへむ(新古1112)

【通釈】「それは白い宝玉ですか、それとも露ですか」と問うてくれる人がいたらなあ。物思いをして涙に濡れた私の袖を指して答えてやるのに。「これはあなた恋しさに流した涙ですよ」と。

【本歌】「伊勢物語」第六段
白玉か何ぞと人の問ひしとき露とこたへて消えなましものを

題しらず

おなじくは我が身も露と消えななむ消えなばつらき言の葉も見じ(新古1343)

【通釈】どうせなら、我が身も露となって消えてしまってほしい。消えればあなたのつれない言葉を知ることもない。

【語釈】◇つらき言の葉 (恋人からの)つれない文・歌など。

題しらず

世の憂きも人の辛きも忍ぶるに恋しきにこそ思ひわびぬれ(新古1424)

【通釈】俗世間の不如意にも、人の無情さにも、何とか耐えているのに、恋だけはそうもいかない。思い悩んでは途方にくれるばかりなのだ。

【参考歌】藤原実頼「後撰集」
いまさらに思ひ出でじと忍ぶるを恋しきにこそ忘れ侘びぬれ

【主な派生歌】
身の憂さも人の辛さも知りぬるをこは誰が誰を恋ふるなるらむ(*和泉式部[玉葉])
おほかたは頼むべくしもなき人の憂からぬにこそ思ひわびぬれ(永福門院[風雅])
世の憂きも人の辛さも思はねば老の末こそのどかなりけれ(肖柏)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日