具平親王 ともひらしんのう(ぐへい-) 応和四〜寛弘六(964-1009) 通称:後中書王・千種殿(ちぐさどの)

村上天皇の第七皇子。母は代明親王女、荘子女王。冷泉天皇・円融天皇の異母弟。子に右大臣源師房ほかがいる。三人の女子はそれぞれ関白頼通・敦康親王・関白教通の室となる。
康保元年(964)六月十九日、誕生。翌年、親王宣下。貞元二年(977)、元服して三品に叙せられる。兵部卿・中務卿を歴任し、寛弘四年(1007)、二品。寛弘六年(1009)七月二十八日、薨去。四十六歳。
慶滋保胤を師として詩文を学び、管弦・書道・陰陽道・医術などにも秀でた。『本朝麗藻』『和漢朗詠集』『本朝文粋』などに詩文を残している。前中書王兼明親王に対し、後中書王と称される。和歌にも造詣深く、人麻呂貫之の評価を巡って藤原公任と論争し、これがきっかけとなり公任の『三十六人撰』が編まれた。拾遺集初出。勅撰入集四十二首。家集は散佚し断簡のみ存する。

  4首  1首  5首  2首  4首 計16首

正月に人々まうできたりけるに、又の日のあしたに、右衛門督公任朝臣のもとにつかはしける

あかざりし君がにほひの恋しさに梅の花をぞ今朝は折りつる(拾遺1005)

【通釈】いくら嗅いでも物足りない思いのしたあなたの香りが恋しくて、梅の花を今朝は折り取ってしまいました。

【補記】恋歌仕立てであるが、親友の藤原公任に贈った歌。公任は衣に梅花香を焚き染めていたのだろう。『公任集』によれば、公任の返しは「今ぞしる袖ににほへる花の香は君がをりけるにほひなりけり」。

【主な派生歌】
あかざりし袖かと匂ふ梅が香に思ひなぐさむ暁の空(*藤原親子[続拾遺])

春の夜、雨のふり侍りけるに

夜もすがら思ひやるかな春雨に野べの若菜のいかに萌ゆらむ(玉葉14)

【通釈】一晩中、思い遣ることであるよ。この春雨に野辺の若菜がどれほど萌え出たことだろうかと。

【補記】出典は未詳、おそらくは散佚した具平親王集であろう。

見花日暮といへる心を

春はなほ来ぬ人待たじ花をのみ心のどかに見てを暮らさむ(続拾遺87)

【通釈】春だと言っても、来ない人を待ち侘びることはすまい。花だけを心のどかに眺めて暮らそう。

【補記】題を訓み下せば「花を見て日暮る」。花の季節は自ずと来客も待たれるが、期待して心乱すよりは、ひたすら花に向き合おうとの心。

やよひのつごもりによみ侍りける

命あらばまたも逢ひみむ春なれど忍びがたくて暮らす今日かな(千載123)

【通釈】命があれば再び見ることもあろう春だけれども、そう思ったところで耐え難く暮す今日であるなあ。

【補記】三月末日、春との別れを惜しむ歌。四十代で夭折した親王であるが、先の長くないことを予感する春があったのだろうか。なお第二句を「またもあひなむ」とする本もある。

松下遂涼といへる心をよみ侍りける

とこ夏の花もわすれて秋風を松のかげにてけふは暮れぬる(千載207)

【通釈】「常夏」という名の花も忘れ、夏の暑さも忘れて、秋風を待つ松の木陰で今日は一日を暮してしまった。

【補記】「とこ夏」は撫子の別名。夏の暑さを暗示する。また「松」には「(秋風を)待つ」意を掛ける。

題しらず

夕暮は荻吹く風の音まさる今はたいかに寝覚せられむ(新古303)

【通釈】夕暮は荻を吹く風の音が強くなる。今宵はまたどれほど寝覚がちになることだろう。

【補記】夕暮は逢瀬の時。荻吹く風の音がまさって聞こえるのは、人恋しさが募るゆえでもあろう。初句「夕されば」とする本もある。

十首歌人々によませ侍りける時、松風

松風はいかで知るらむ秋の夜の寝覚せらるる折にしも吹く(玉葉540)

【通釈】松風はどうしてその時を知るのだろう。秋の夜、寝覚してしまう折を狙ったように吹く。

【補記】「あはれにも衣うつなりふしみ山松風さむき秋のねざめに」(慈円)など、秋の夜に寝覚めて聞く松風の哀れ深さは好んで和歌に詠まれた。掲出歌はその最初期の例である。

桜のもみぢはじめたるをみて

いつのまに紅葉しぬらむ山ざくら昨日か花の散るを惜しみし(新古523)

【通釈】いつのまに紅葉したのだろうか、山桜は。花の散るのを惜しんだのは昨日のような気がするのに。

【主な派生歌】
いつのまにもみぢしぬらむ昨日こそ時雨そめしか神なびの森(衣笠家良)
秋風の木の葉の色にうつりきぬ昨日か花の春の山水(三条西実隆)

題しらず

霧たちて秋果てぬめり紅葉ばも風の心にまかせてや見む(新続古今593)

【通釈】霧が立って今年の秋も終わってしまったようだ。紅葉した葉も風の思うがままに任せて眺めるとしようか。

【参考歌】源道済「道済集」
いふ人もなき我が宿の桜ばな風の心にまかせてぞ見る

題しらず

もみぢ葉をなに惜しみけむ木の間よりもりくる月は今夜(こよひ)こそ見れ(新古592)

【通釈】紅葉の散るのをどうして惜しんだりしたのだろう。散ってしまったおかげで木の間から漏れて来る月が、今夜見られたというのに。

【主な派生歌】
ちりぬともなに惜しみけむ卯の花の垣根の春の色ならぬかは(寂蓮)
暮れぬとて何惜しみけむ秋の色は梢にのこる神無月かな(橘千蔭)

有明の月に霜枯の庭を見て

ひとめさへ霜がれにける宿なればいとど有明の月ぞさびしき(玉葉912)

【通釈】庭の草木は霜枯れして、人の訪れも絶えた宿なので、ここで見る有明の月はいっそう淋しいよ。

【補記】「霜がれ」の「枯れ」に「(人目が)離(か)れる」意を掛ける。

【本歌】源宗于「古今集」
山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば

雪を島々の形(かた)につくりて見侍りけるに、やうやう消え侍りければ

わたつみも雪げの水はまさりけりをちの島々見えずなりゆく(拾遺1152)

【通釈】大海原も雪解けで増水するのだった。遠くの島々が水没して見えなくなってゆく。

【補記】「わたつみ」はもともと海神のことだが、ここでは庭園を大海原に擬えて言う。「島々」は島の形に造った雪山を言う。それらが融けてゆく様を、海が増水して没してゆくと見なした。

花のさかりに藤原為頼などともにて、岩倉にまかりにけるを、中将宣方朝臣、などかかくと侍らざりけむ、後の度だにかならず侍らむと聞えけるを、その年中将も為頼も身まかりにける、又の年、かの花を見て大納言公任のもとにつかはしける

春くれば散りにし花も咲きにけりあはれ別れのかからましかば(千載545)

【通釈】春が来たので、かつて散ってしまった花も再び咲いたのだなあ。ああ、人との別れもこのようであったならば。

【語釈】◇岩倉 京都市左京区岩倉。都人の別荘地・療養地として知られ、晩年の公任もここに隠棲した。◇中将宣方 源宣方。長徳四年(998)八月二十六日没。

【補記】花の盛りの季節、具平親王は藤原為頼などを連れて岩倉に花見に行った。これを知らなかった源宣方から「どうして教えて下さらなかったのでしょう。今度の機会には、必ず私もお供しましょう」と言って来たが、その年の内に宣方も為頼も亡くなってしまった。翌年、同じ場所の桜を見て、公任に贈った歌。『公任集』によれば、公任の返歌は「行きかへり春や哀と思ふらん契りし人のまたもあはねば」。源宣方・藤原為頼が相次いで亡くなったのは長徳四年(998)。具平親王は三十五歳であった。

【参考歌】赤染衛門「詞花集」
こぞの春ちりにし花も咲きにけりあはれ別れのかからましかば
(初句以外まったく同じで、赤染衛門が具平親王の歌を拝借したものと思われる。)

春ごろ、為頼、長能などあひともに歌よみ侍りけるに、今日のことをば忘るなと言ひわたりてのち、為頼朝臣身まかりて又の年の春、長能がもとにつかはしける

いかなれや花のにほひも変はらぬを過ぎにし春の恋しかるらむ(後拾遺891)

【通釈】どういうことだろう。花の美しさも当時と変わりはないのに、過ぎ去った春がこれほど恋しいのは。

【補記】春頃、歌友の為頼・長能らと歌を詠み合い、「今日のことは忘れるな」と何度も言い交わしたが、為頼朝臣は亡くなってしまい、翌年の春、長能に贈った歌。

秋雨を

ながめつつ我が思ふことは日ぐらしに軒の雫のたゆるよもなし(新古1801)

【通釈】私がじっと物思いに耽ることは一日中で、また一日中軒の雫が絶える時もない。

【語釈】◇日ぐらしに 一日中で。上下の句にかかる。◇絶ゆるよ 「よ(世・代)」はもともと「一定の期間」の意。そこから「人の一生」「天皇の治世」などの意味になる。

月を見侍りて

世にふるに物思ふとしもなけれども月に幾たびながめしつらむ(拾遺432)

【通釈】この世に時を過ごすからと言って物思いに耽るわけでは必ずしもないが、月に幾度、空の月を眺めたことであろう。

【語釈】◇世にふるに この憂世に暮らしているにつけ。この「世」は月世界に対する地上の世界の意を帯びる。なお「世にふれば」とする本もある。◇月に幾たび ひと月のうちに何度。この「月」はまた天体としての月を指し、「ながめ」る対象ともなる。◇ながめしつらむ 「ながめ」は、物思いに耽ったようにじっと一ところに視線を放つ状態を示す語。

【他出】和漢朗詠集、後十五番歌合、玄々集、時代不同歌合

【主な派生歌】
つれづれと思ひぞ出づるみし人をあはで幾月眺めしつらん(橘俊宗女[金葉])
世にふればしづのをだまきはては又月にいくたび衣うつらむ(藤原家隆)
明くる空入る山の端を恨みつついくたび月にもの思ふらん(藤原定家)
秋の夜の月に幾度ながめして物思ふことの身に積もるらむ(*明日香井雅経[続千載])
秋をへて物思ふことはなけれども月にいくたび袖ぬらすらむ(後鳥羽院)
風の音身にしむ色はかはらねど月にいく度秋を待つらむ(順徳院)


更新日:平成17年02月08日
最終更新日:平成23年02月17日