後記 2004-05-23


 

 いつの間にこんな季節になっていたのだろう。
仕事に明け暮れるまま欠落した季節をやりすごし、シルクの幕に覆われたとぎれとぎれの距離。風の行方、地下に流れる水、芳醇な土塊の深く、もっと深く、もっと熱く、おそらくは誰も見たことのない遙かな年月の埋もれの中から噴出してきた光。桜花よりも鮮やかに。
 秋が過ぎて冬、冬が終われば春。至極当然の道理であるはずなのに全くもって春の空気を吸った記憶がないままに、爛漫の陽射しを浴びて萌えいずる若葉に包まれている不思議さを感じながら、いつだったかの忘れかけた旅をたぐり寄せながら田園の中を、疎水沿いの村道を心まかせに歩いていました。
 遠いのか、近いのか、浮き足たつ心に写る山々。小鳥は鳴いて、手押し車に腰掛けた老婆が道ばたで頬笑んでいます。人影もない床屋の店先に真っ赤なチューリップ。開け放たれた木戸の奥にひんやりとした白菊が手桶に輝いて、軒先の風車がくるくるまわりはじめると、薄もや色を帯びていた山の端に数羽の鳥が舞い上がり、木の葉の切れ切れを二度三度ざわめかせています。腰をおろしたあぜ道からは稲木脚の積んである納屋と納屋の路地裏に子犬が走りこみ、晴れ着姿のお下げ髪が首をかしげながら振り返っていくのや、庭に干した雨傘がそよ風に転がっていくのが見えています。一瞬のためらいも開かれて、山に向かって小径が流れる美しい村の朝。阿武隈山中、福島県双葉郡川内村。ダダイスト辻潤を父に、女性解放を叫ぶ伊藤野枝を母に生まれた、さらなる自由人辻まことの墓はそんな村の小さな寺の墓地にありました。

 辻まこと59歳。最期の時まであと3年。昭和47年7月すえ、胃ガン手術から二ヶ月近くを過ぎた日の夕刻、武蔵野日赤病院で大学ノートに一篇の詩を書きつけました。

  さらば
  佐原村
  さらば
  おまえの
  月夜は もう見られない
  馬追いの少年
  阿珍
  おまえのアシ笛に よび戻される
  千万先祖の声も
  もう聞けない
  長根の笹原を 過ぎて行く 風の音は
  渡らいながら 旅を続ける
  あの人たちの はなしだと
  おまえは わたしに教えてくれた
  すべての笛は 風の声
  阿珍の笛は
  いつも わたしの のどもとを あつくした
  それから
  神楽堰の渡し場
  そのしもてで 川海老を釣ることも
  もう出来ない
  渡し小屋の いろりで その海老を塩焼きにして
  渡し守の駄団次と
  どぶろくを飲むことも なくなった
  あじさい色の夕暮が
  足もとから わたしを包むころ
  くりやから ひそかに (あんちゃ) と
  和尚に声を かける
  妹
  ただそれだけで
  お風呂が わいたのがわかる
  声は皆な
  いのち
  音は皆な
  深く
  光は 遠く
  時は 静かに
  ていねいだった
  佐原村
  さらば
  わたしの 佐原村
  もう おまえの処へは もどらない
  ある日
  長根の笹原を 渡ろう
  風の中から
  阿珍のアシ笛が
  わたしの声を
  みつける日まで

 ゆくりなく過ぎゆく季節、色彩のある夢、音に導かれた森や川、愛し、蘇生する全てのものに、さようなら、もう帰らない、まことの佐原村。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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