世界は今、強引な権力者と政情に翻弄され、イラク戦争や北朝鮮問題などの危機を孕んだ不安定な空気に揺れ動いています。息をも継がず駆け足で登ってきたこの丘にも、澱んだ気は渦を巻き、かりそめの瑞々しい若葉もさやさやと鳴りはじめました。手望遠鏡で望んだ清爽な空に向かって声高く歌ったとしても、時が過ぎれば何事もなく陽は昇り、陽は沈んでいきます。古木株に腰掛けてポカーンと海を見ていると、いつの間にか世界はどんどんかけ離れていくようです。引き返すことの出来ない暗闇に向かって。
遠い日、戦火の南の島で消息を絶った竹内浩三という詩人がいました。
街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし 勝ったはなし
三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている
ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど
なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら
そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた
浩三の墓が建つ伊勢市郵便局裏の一誉坊墓地には、山襞に沿い合わせるように墓並がどこまでも続いていました。ひとつひとつの墓誌をなぞっていくと、なんと戦死者の多いことでしょうか。かって、不世出の大投手ともてはやされ大観衆を湧かせた、あの沢村栄治も南の海に沈んでここに碑が在ります。
いやだ、いやだ。かって犯した愚かしい罪を償うためにも、遺されたものは踏みとどまる勇気を持たねばならないのだと意を決したとたん、もろくも泥濘に足を捕らえられてしまいました。いましも墓山の天辺から飛び出してきた黒雲が、猛スピードで西陽を追いかけています。なんだか、雲行きが怪しくなってきたようです。
夢?、愛?、文明?、力?、富?、我々の後に遺そうとするものは?、そんなことを考えながら、今日もあちこちの墓を巡っては天を仰いでいます。
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