【概要】
柿本人麿から宮内卿まで、時代を異にする歌人百名を左右に分け、各三首ずつの秀歌を合わせた、紙上歌合である。撰者が後鳥羽院であることは、御製に「愚詠」と記していることからも明らかである。
書名の後に「以古今・後撰・拾遺等作者為左方、以後拾遺・金葉・詞花・千載・新古今等作者為右方」と注記されているとおり、三代集(古今・後撰・拾遺)以前の時代の作者を左方に、後拾遺以後の時代の作者を右方に配し、百五十番の歌合に仕立てている(各番三首・五十番とする本もある)。藤原公任の「三十六人撰」などに倣い、歌仙歌合の形式をとった詞華集として編まれたもので、勝負の判定は無い。
数次に及ぶ推敲の跡が見られるが、伝本は初撰本(前稿本)・再撰本(後稿本)に大別されている。初撰本で藤原家隆を「正三位家隆」と表記するところから、家隆が正三位に昇った承久二年(1220)以後、従二位に昇った文暦二年(1235)九月以前に成ったらしい(樋口芳麻呂氏説は、成立を天福二年1234〜文暦二年1235春頃の間に絞り込んでいる)。いっぽう再撰本は、嘉禎二年(1236)七月成立の「遠島歌合」の歌を含むため、隠岐配流後の院晩年の撰であることが明らかである。初撰本・再撰本では作者の組み合わせや歌の排列に違いがあり、また十数首の歌の差し替えがある。
【凡例】
●底本は群書類従巻第二百十五「時代不同歌合」(続群書類従完成会発行、平成五年十月二十日訂正三版第七刷)を用いた。底本に脱落する二首(九十七番右秀能・百二十二番右基俊)は、岩波文庫『王朝秀歌選』所載の初撰本テキスト(底本は宮内庁書陵部蔵本)により補った。
●歴史的仮名遣いに統一した。濁点や送り仮名を付した。「世中」「我身」「此」などの助辞「の」「が」を補った。「哉」「也」「共」「計り」など漢字で表記された助辞は平仮名に改めた。「ゝ」など平仮名の繰り返し符号は、同字の平仮名表記を以て代えた。漢字は新字体や通用字に改めた。
●底本では収録歌集名を「古今春上」のように歌の右肩に小字で記しているが(後世の補入である)、本テキストでは歌の末尾にカッコ内に入れてこれを示した。また、漏れを補い、誤りを正した。
●再選本で差し替えられた歌を【】内に示した。再選本のテキストは新編国歌大観のそれ(底本は宮内庁書陵部蔵本)を用いた。
●明らかな誤写と思えるもののみ、他本を参照した上で改めた。該当するのは、七十番左「なりはつる」を「ふりはつる」に改めた箇所のみである。また、作者名表記には不統一な点も見られるが、底本通りにした。
●百人一首と共通する作者(68名)の名に○を、同じく共通する歌(39首)に*を付けた。また百人一首になく百人秀歌にのみ見られる歌には☆を付けた。
【メモ】
藤原公任の「三十六人撰」と共通する歌人は、二十五人。除かれたのは、藤原朝忠・同高光・源公忠・大中臣頼基・源宗于・藤原清正・同興風・同元真・小大君・藤原仲文・壬生忠見の十一名である。共通する歌人の撰入歌を見ても、相当数が入れ替わっている。
藤原俊成が公任の「三十六人撰」の歌のみ入れ替えた「俊成三十六人歌合」の影響は大きく、七十首もの歌を採り入れている。
万葉から新古今時代までの百歌人の秀歌撰である点、ほぼ同じ頃に成った「百人一首」との共通性が注目される。ことに歌合形式を取る「百人秀歌」との類似はいっそう興味を惹かれるところである。しかし、両書の影響関係について、確かなことは分からない。「明月記」の記述などから百人一首の成立が本書初撰本に遅れることは確実と思われ、少なくとも初撰本選定に際し院が百人一首を見たことは考えにくい。定家が「時代不同歌合」を見たかどうかは不明である。
本書初撰本と百人一首で共通する歌人は六十八人にのぼり、共通歌は三十九首ある。もっとも、そのうち十一首は「俊成三十六人歌合」に見える歌である。
撰入歌の傾向は、よく似ているとは言い難い。後鳥羽院と定家の歌観の相違を考えれば、当然の結果であろう。参考に、時代不同歌合と百人一首とで、各勅撰集の占めるパーセンテージを表にしてみた(小数点以下は四捨五入)。
古今 | 後撰 | 拾遺 | 後拾遺 | 金葉 | 詞花 | 千載 | 新古今 | 新勅撰 | その他 | |
百人一首 | 24% | 7% | 11% | 14% | 5% | 5% | 14% | 14% | 4% | 2% |
時代不同歌合 | 12% | 8% | 9% | 8% | 5% | 4% | 13% | 34% | 3% | 4% |
古今集重視が顕著な百人一首に対し、時代不同歌合は新古今集入集歌が三分の一強を占める。新古今集の選定に永年にわたり執心した院にしてみれば、これも必然の結果であろうか。定家が排除(?)した宜秋門院丹後・小侍従・宮内卿ら、新古今を代表する女流歌人も、本書では揃って撰入されている(俊成卿女はなぜか本書でも仲間外れである)。
人選でやや意外な感があるのは、菅原道真と藤原公任が外れていることである。また女流では、清少納言や伊勢大輔など花やかな話題性を持つ歌人よりも、斎宮女御・中務・馬内侍といった歌人を撰入しており、百人一首にくらべ「実力本位」との観がある。
部類別に見ると、恋歌(百十首)と秋歌(四十七首)が比較的多く、百人一首と似た傾向を見せるが、恋歌が半ば近くを占める百人一首ほどの顕著な性格は見られない。哀傷歌が少なくない(十六首)点は、定家の選歌意識と対照的である(百人一首では零首)。全般的な印象としては、優艷でしみじみとした情趣を漂わせる歌が多いと言えるのではないか。
他に気になる点として、西行と俊成の撰入歌(「なげけとて…」「世の中よ…」)が両書で共通していることを挙げておきたい。あまたの秀歌をもつ両歌人の、どちらかと言えば地味なこの二首を、院と定家が仲良く選んでいるのである(因みに両首は、定家撰の「自筆本近代秀歌」「八代集秀逸」などにも採られている)。
【百人一首関連資料集】
「詠歌大概」例歌 「秀歌大躰」
「八代集秀逸」 「自筆本近代秀歌」例歌
「百人秀歌」 「異本百人一首」
一番
左 柿本人麿
たつた河紅葉ばながるかみなびのみむろの山に時雨ふるらし(拾遺冬)
右 大納言経信
夕さればかどたのいなばおとづれてあしのまろやに秋風ぞ吹く(金葉秋)*
二番
左
足引の山鳥のをのしだりをのながながし夜をひとりかもねん(拾遺恋三)*
右
秋のよは衣さむしろかさねても月の光りにしくものぞなき(新古今秋下)
【君が世はつきじとぞおもふかみかぜやみもすそ川のすまむかぎりは(後拾遺賀)】
三番
左
乙女子がそでふる山のみづがきの久しき世より思ひそめてき(拾遺恋四)
右
おきつかぜ吹きにけらしな住吉の松のしづえをあらふ白浪(後拾遺雑四)
四番
左 山辺赤人
あすからは若なつまんとしめし野に昨日もけふも雪は降りつつ(新古今春上)
右 法性寺入道前関白太政大臣
漣やくにつみかみのうらさびて古き宮こに月ひとりすむ(千載雑上)
五番
左
ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざしてけふも暮しつ(新古今春下)
右
おもひかねそなたの空を詠むればただ山のはにかかる白雲(詞花雑下)
六番
左
和歌の浦に汐みちくればかたをなみ芦べをさしてたづ鳴き渡る(続古今雑上)
右
わたの原こぎ出でてみれば久方の雲ゐにまがふ興津白波(詞花雑下)*
七番
左 中納言家持
まきもくのひばらもいまだくもらぬに小松が原にあは雪ぞふる(新古今春上)
右 藤原清輔
たつた姫かざしのたまのををよわみ乱れにけりとみゆる白露(千載秋上)
八番
左
かみなびの三室の山のくずかづら裏ふきかへす秋は来にけり(新古今秋上)
右
今よりは更け行くまでに月はみじそのこととなく涙おちけり(千載雑上)
九番
左
かささぎのわたせる橋におく霜の白きをみれば夜ぞ更けにける(新古今冬)*
右
冬がれの森のくちばの霜の上におちたる月の影のさやけさ(新古今冬)
十番
左 小野篁
わたの原八十島かけてこぎ出でぬと人にはつげよあまのつり舟(古今旅)*
右 権中納言国信
かすがののしたもえわたる草の上につれなくみゆる春の淡雪(新古今春上)☆
十一番
左
思ひきやひなの別れに衰へてあまのなはたきいさりせんとは(古今雑下)
右
なにごとを待つとはなしにあけくれて今年もけふに成りにけるかな(金葉冬)
十二番
左
かずならばかからましやは世の中にいと悲しきは賤のをだまき(新古今恋五)
右
山ぢにてそほちにけりな白露のあかつきおきの木々の雫に(新古今旅)
十三番
左 中納言行平
立ちわかれいなばの山の峯におふるまつとしきかば今帰りこん(古今離別)*
右 皇太后宮大夫俊成
年くれし涙のつららとけにけりこけの袖にも春や立つらん(新古今雑上)
十四番
左
わくらばに訪ふ人あらばすまの浦に藻塩たれつつわぶと答へよ(古今雑下)
右
立ちかへりまたもきてみむ松島やをじまのとまや浪にあらすな(新古今旅)
十五番
左
さがの山みゆきたえにしせり河のちよのふる道あとは有りけり(後撰雑一)
右
世の中よみちこそなけれ思ひいる山のおくにも鹿ぞ鳴くなる(千載雑中)*
十六番
左 僧正遍昭
いそのかみふるのやまべの桜花うゑけんときを知る人ぞなき(後撰春中)
右 前大僧正慈円
そむれどもちらぬたもとに時雨きて猶色ふかき神な月かな(拾玉集五)
十七番
左
みな人は花の衣に成りぬなりこけのたもとよかわきだにせよ(古今哀傷)
右
おほけなく浮世のたみにおほふかな我がたつそまに墨染の袖(千載雑中)*
十八番
左
末の露もとのしづくや世の中のおくれさきだつためしなるらん(新古今哀傷)
右
願はくはしばし闇路にやすらひてかかげやせましのりの燈火(新古今釈教)
十九番
左 小野小町
花のいろは移りにけりないたづらに我が身よにふる詠めせしまに(古今春上)*
右 正三位家隆
したもみぢかつちる山の夕時雨ぬれてや鹿のひとり鳴くらん(新古今秋下)
二十番
左
色みえでうつろふものは世の中の人の心の花にぞ有りける(古今恋五)
右
松のとをおしあけがたの山風に雲もかからぬ月を見るかな(新勅撰秋上)
二十一番
左
あまのすむ浦こぐ舟のかぢをなみよをうみ渡る我ぞ
右
ふじのねの煙もなほぞ立ちのぼる上なきものは思ひなりけり(新古今恋二)
二十二番
左 在原業平
月やあらぬ春やむかしの春ならぬ我が身一つはもとの身にして(古今恋五)
【花にあかぬなげきはいつもせしかども今日のこよひににるときはなし(新古今春下)】
右 西行法師
ふりつみしたかねのみ雪とけにけりきよたき河の水の白波(新古今春上)
二十三番
左 よみ人しらず
たがみそぎ夕つけ鳥
【月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして(古今恋五)】
右
秋しのや外山の里やしぐるらむ生駒のたけに雲のかかれる(新古今冬)
二十四番
左
いとどしく過ぎ行くかたのこひしきにうら山しくも帰るなみかな(後拾旅)
【たがみそぎゆふつけどりかから衣たつたの山にをりはへてなく(古今雑下)】
右
なげけとて月やはものをおもはするかこちがほなる我が涙かな(千載恋五)*
二十五番
左 藤原敏行
秋きぬとめにはさやかにみえねども風の音にぞ驚かれぬる(古今秋上)
右 丹後
わすれじななにはの秋のよはの空こと浦にすむ月はみるとも(新古今秋上)
二十六番
左
秋萩の花さきにけり高砂のをのへのしかは今や鳴くらむ(古今秋上)
右
おぼつかな宮こにすまぬ都鳥こととふ人にいかがこたへし(新古今旅)
二十七番
左
明けぬとてかへる道にはこきたれて雨も泪もふりそぼちつつ(古今恋三)
右
なにとなくきけば涙ぞこぼれぬるこけの袂にかよふ松かぜ(新古今雑下)
二十八番
左 伊勢
あひにあひて物思ふ比の我が袖にやどる月さへぬるるがほなる(古今恋五)
右 後京極摂政前太政大臣
ふるさとのもとあらの小萩咲きしよりよなよな庭の月ぞ移ろふ(新古今秋上)
二十九番
左
三輪の山いかに待ちみむ年ふとも尋ぬる人もあらじとおもへば(古今恋五)
右
たぐへくる松の嵐やたゆむらんをのへにかへるさを鹿の声(新古今秋下)
【もらすなよ雲ゐるみねのはつしぐれ木の葉は下にいろかはるとも(新古今恋二)】
三十番
左
思ひ河たえず流るる水のあわのうたかた人にあはできえめや(後拾恋一)
右
もらすなよ雲
【いくよわれなみにしをれてき舟がは袖に玉ちるものおもふらん(新古今恋二)】
三十一番
左 元良親王
花の色はむかしながらにみし人の心のみこそうつろひに
右 権中納言定家
さむしろやまつよの秋の風ふけて月をかたしくうぢの橋姫(新古今秋上)
【ひとりぬる山どりのをのしだり尾にしもおきまよふとこの月影(新古今秋下】
三十二番
左
あふことは遠山
右
ひとりぬる山鳥のをのしだりをにしもおきまよふとこの月影(新古今秋下)
【をぐら山しぐるるころのあさなあさな昨日はうすき四方のもみぢば(続後撰秋下)】
三十三番
左
わびぬれば今はたおなじ難波なる身を尽してもあはむとぞ思ふ(後撰恋五)*
右
きえわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露(新古今恋四)
三十四番
左 素性法師
我のみやあはれと思はん
右 修理大夫顕季
大井河ゐせきの音のなかりせば紅葉をしけるわたりとやみむ(金葉秋)
三十五番
左
おとにのみ菊の白露よるはおきて昼は思ひにあへずけぬべし(古今恋一)
右
松がねにをばなかりしきよもすがらかたしく袖に雪は降りつつ(新古今旅)
三十六番
左
今こんといひしばかりに長月の有明の月を待ち
右
嬉しくはのちの心を神もきけひくしめ縄のたえじとぞ思ふ(千載恋二)
三十七番
左 在原元方
霞たつ春のやまべはとほけれど吹き来る風は花のかぞする(古今春下)
右 中院右大臣
尋ね来てたをる桜の朝露に花の袂のぬれぬひぞなき(千載春上)
三十八番
左
おとは山おとにききつつあふ坂の関のこなたにとしをふるかな(古今恋一)
右
ありすがはおなじながれはかはらねどみしや昔の影ぞ忘れぬ(新古今哀傷)
三十九番
左
たちかへりあはれとぞ思ふよそにても人に心を興津白なみ(古今恋一)
右
あふことはいつとなぎさの浜千鳥波のたちゐに音をのみぞ鳴く(金葉恋上)
四十番
左 延喜
足引の山郭公けふとてやあやめの草のねにたててなく(拾遺夏)
右 後法性寺入道関白
夕さればをののあさぢふたまちりて心くだくる風の音かな(千載秋上)
四十一番
左
むらさきの色に心はあらねどもふかくぞ人を思ひそめ
右
しのぶるに心のひまはなけれどもなほもるものはなみだなりけり(新古今恋一)
四十二番
左
はかなくもあけにけるかな朝露のおきての後ぞきえ増りける(新古今恋三)
右
ながらへてかはる心をみるよりはあふに命をかへてましかば(千載恋四)
四十三番
左 平定文
まくらより又しる人もなき恋を泪せきあへずもらしつるかな(古今恋三)
右 大宰大弐重家
をはつせの花のさかりを見わたせば霞にまがふ峯のしら雲(千載春上)
四十四番
左
昔せしわがかね言のかなしきはいかに契りしなごりなるらん(後撰恋三)
右
かたみとてみれば歎きのふかみ草なになかなかの匂ひなるらん(新古今哀傷)
四十五番
左
ありはてぬ命まつまの程
右
のちのよをなげく涙といひなしてしぼりやせまし墨染の袖(新古今恋二)
四十六番
左 中納言兼輔
みじかよの更け行くままに高砂のみねの松風吹くかとぞきく(後撰夏)
右 権中納言俊忠
さらでだに露けきさがののべにきて昔のあとにしをれぬるかな(新古今哀傷)
四十七番
左
あふさかのこのした露にぬれしより我が衣手は今もかわかず(後撰恋三)
右
わが恋はあまのかるもに乱れつつかわくときなき波の下草(千載恋三)
四十八番
左
みかの原わきて流るる泉川いつみきとてか恋しかるらん(新古今恋一)*
右
岩おろすかたこそなけれいせの海のしほせにかかる
四十九番
左 紀友則
ゆふされば蛍よりけにもゆれども光りみねばや人のつれなき(古今恋二)
右 良暹法師
たづねつる花も我が身もおとろへて後の春ともえこそ契らね(新古今春下)
五十番
左
東路のさやのなか山なかなかになにしかひとを思ひそめけん(古今恋二)
右
淋しさにやどを立ち出でてながむればいづくもおなじ秋のゆふ暮(後拾秋上)*
五十一番
左
したにのみ
右
今はとてねなましものを時雨つる空ともみえずすめる月かな(新古今冬)
五十二番
左 紀貫之
しら露も時雨もいたくもる山はしたば残らず色づきにけり(古今秋下)
右 左京大夫顕輔
かづらきやたかまの山の桜花雲井のよそにみてやすぎなん(千載春上)
五十三番
左
むすぶての雫ににごる山の井のあかでも人に分かれぬるかな(古今離別)
右
あふとみてうつつのかひはなけれどもはかなき夢ぞ命なりける(金葉恋上)
五十四番
左
吉野川岩波たかくゆく水のはやくぞ人をおもひそめてし(古今恋一)
右
思へどもいはでの山に年をへてくちやはてなん谷のむもれ木(千載恋一)
五十五番
左 凡河内躬恒
いづくとも春の光はわかなくにまだみよしのの山は雪ふる(後撰春上)
右 紫式部
みよしのは春のけしきにかすめども結ぼほれたる雪の下草(後拾遺春上)
五十六番
左
住吉の松を秋風吹くからにこゑうちそふるおきつしらなみ(拾遺雑秋)
右
なきよわる籬のむしもとめがたき秋のわかれや悲しかるらん(千載離別)
五十七番
左
いせの海に塩やくあまのふぢ衣なるとはすれどあはぬ君かな(後撰恋三)
右
みし人のけぶりとなりし夕べよりなもむつましき塩がまの浦(新古今哀傷)
五十八番
左 壬生忠峯
春たつといふばかりにやみよし野の山も霞みてけさはみゆらん(拾遺巻頭)
右 源俊頼朝臣
山桜咲きそめしより久方の雲ゐにみゆる滝のしら糸(金葉春)☆
五十九番
左
夢よりもはかなき物は夏の夜のあかつきがたの別れなりけり(後撰夏)
右
うかりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬ物を(千載恋二)*
六十番
左
有明のつれなくみえし分かれよりあかつきばかりうき物はなし(古今恋三)*
右
思ひ草葉末にむすぶ白露のたまたまきてはてにもたまらず(金葉恋上)
六十一番
左 参議等
浅ぢふのをのの篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき(後撰恋一)*
右 一宮紀伊
置く露もしづ心なく秋風に乱れてさけるまののはぎ原(新古今秋上)
六十二番
左
かげろふの見しばかりにや浜千鳥行衛もしらぬ
右
浦風の吹きあげにたてる浜千鳥波立ちくらしよはに鳴くなり(新古今冬)
六十三番
左
東路のさののふなばしかけてのみおもひ渡るを知る人ぞなき(後撰恋二)
右
音にきくたかしの浜のあだ浪はかけじや袖のぬれもこそすれ(金葉恋下)*
六十四番
左 大江千里
月みればちぢに物こそ悲しけれ我がみひとつの秋にはあらねど(古今秋上)*
右 参議雅経
秋の夜の月にいくたび詠めして物おもふことの身に積るらん(続千載秋下)
六十五番
左
紅葉ばを風にまかせてみるよりもはかなき物は命なりけり(古今哀傷)
右
花すすき草の袂をかりぞなく涙の露やおきどころなき(新勅撰秋上)
六十六番
左
けさはしも
右
恨みじななにはのみつに立つけぶり心からたくあまのもしほ火(新勅撰恋二)
六十七番
左 坂上是則
みよし野の山のしら雪つもるらしふる里寒く成りまさるなり(古今冬)
右 俊恵法師
春といへば霞みにけりなきのふまでなみまにみえしあはぢ島山(新古今春上)
六十八番
左
朝ぼらけ有明の月とみるまでに吉野の里にふれる白雪(古今冬)*
右
もしほ草しきつの浦のねざめには時雨にのみや袖はぬれける(千載旅)
六十九番
左
をしかふす夏のの草のみちをなみしげき恋ぢにまどふ比かな(新古今恋一)
右
思ひかねなほ恋ぢにぞかへりぬるうらみは末もとほらざりけり(千載恋四)
七十番
左 清原深養父
夏のよはまだよひながら明けぬるを雲のいづこに月やどるらん(古今夏)*
右 藤原範永朝臣
散る花もあはれと
七十一番
左
光なきたにには春もよそなればさきてとく散る物思ひもなし(古今雑下)
右
すむ人もなき山里の秋のよは月の光りもさびしかりけり(後拾遺秋上)
七十二番
左
嬉しくは忘るる事もありなましつらきぞながきかたみなりける(新古今恋五)
右
あり明の月もしみづにやどりけり今宵はこえじ逢坂の関(千載旅)
七十三番
左 蝉丸
これやこのゆくもかへるも別れつつ知るもしらぬもあふ坂の関(後撰雑一)*
【秋風になびくあさぢのすゑごとにおくしら露のあはれ世の中(新古今雑下)】
右 能因法師
夕さればしほ風こしてみちのくののだの玉河千鳥鳴くなり(新古今冬)
七十四番
左
世の中はとてもかくても
【これやこのゆくもかへるも別れてはしるもしらぬもあふさかのせき(後撰雑一)】
右
命あればことしの秋も月はみつわかれし人にあふよなきかな(新古今哀傷)
七十五番
左
秋かぜになびくあさぢの末ごとにおく白露のあはれよの中(新古今雑下)
【世の中はとてもかくてもありぬべしみやもわら屋もはてしなければ(新古今雑下)】
右
みやこをば霞とともにたちしかど秋風ぞ吹く白河のせき(後拾遺旅)
七十六番
左 清慎公
今さらに思ひいでじと忍ぶるをこひしきにこそ忘れわびぬれ(後撰恋三)
右 崇徳院
尋ねつる花のあたりに成りにけりにほふにしるし春の山風(千載春上)
七十七番
左
人しれぬ思ひは年
右
うたたねはをぎふく風におどろけど長き夢ぢぞさむる時なき(新古今雑下)
【せをはやみいはにせかるるたき河のわれてもすゑにあはんとぞ思ふ(詞花恋上)】
七十八番
左
あなこひしはつかに人を水の泡のきえ返るともしらせてしがな(拾遺恋一)
右
せを速み岩にせかるるたき川のわれても末にあはんとぞ思ふ(詞花恋上)*
【うたたねはをぎ吹く風におどろけどながき夢ぢぞさむる時なき(新古今雑下)】
七十九番
左 権中納言敦忠
物おもふとすぐる月日もしらぬまに今年もけふに
右 相摸
五月雨にみづのみまきの真菰草かりほす暇もあらじとぞ思ふ(後拾遺夏)
八十番
左
いせの海のちひろの浜に拾ふとも今はなにてふかひか有るべき(後撰恋五)
右
諸共にいつかとくべきあふことのかた結びなるよはのした紐(後拾遺恋三)
八十一番
左
身にしみて思ふ心の年ふればつひに色にもいでぬべきかな(拾遺恋一)
右
恨みわびほさぬ袖だにある物を恋にくちなんなこそをしけれ(後拾遺恋四)*
八十二番
左 斎宮女御
袖にさへ秋の夕はしられけりきえしあさぢがつゆをかけつつ(新古今哀傷)
右 式子内親王
詠めわびぬ秋よりほかの宿もがなのにも山にも月やすむらん(新古今秋上)
八十三番
左
なれ行くは浮世なればやすまの蜑のしほやき衣まどほなるらん(新古今恋三)
右
ちたびうつ砧のおとに夢さめて物おもふ袖に露ぞくだくる(新古今秋下)
八十四番
左
右
いきてよもあすまで人はつらからじ此の夕暮をとはばとへかし(新古今恋四)
八十五番
左 右近
おほかたの秋のそらだに悲しきに物思ひそふ
右 小式部内侍
思ひ出でてたれをか人のたづねましうきにたへたる命ならずは(千載恋四)
八十六番
左
右
しぬばかり歎きにこそは歎きしかいきてとふべき身にしあらねば(後拾遺雑三)
八十七番
左
わすらるる身をば思はずちかひてし人の命のをしくも有るかな(拾遺恋四)*
右
大江山いくのの道のとほければまだふみもみず天のはしだて(金葉雑上)*
八十八番
左 中務
秋風の吹くにつけてもとはぬかなをぎのはならば音はしてまし(後撰恋四)
右 花園左大臣
ちらぬ間は花を
八十九番
左
ありしだにうかりし物を
右
春はをし人はこよひと頼むれば思ひわづらふけふのくれかな(金葉春)
九十番
左
うきながらきえせぬ物は身なりけり羨ましきは水のあわかな(拾遺哀傷)
右
我が恋はいまはいろにや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり(新古今恋一)
九十一番
左 源信明朝臣
あたらよの月と花とをおなじくは
右 刑部卿範兼
君が代にあへるはたれもうれしきを花は色にも出でにけるかな(新古今賀)
九十二番
左
ほのぼのと有明の月の月かげに紅葉吹きおろす山おろしの風(新古今冬)
右
月待つと人にはいひてながむればなぐさめがたき夕暮の空(千載恋四)
九十三番
左
物をのみ
右
忘れゆくひとゆゑ空を眺むればたえだえにこそ雲もみえけれ(新古今恋五)
九十四番
左 謙徳公
哀れともいふべき人はおもほえで身のいたづらになりぬべきかな(拾遺恋五)*
右 白河院
庭の面は月もらぬまでなりにけり梢に夏のかげしげりつつ(新古今夏)
九十五番
左
かぎりなく結びおきつる草枕いつこのたびを思ひわすれん(新古今恋三)
右
大井河ふるきながれを尋ねきて嵐の山の紅葉をぞみる(後拾遺冬)
九十六番
左
悲しさも哀れもたぐひ
右
あふさかのなをもたのまじ恋
九十七番
左 平兼盛
くれて行く秋のかたみにおくものは我がもとゆひの霜にぞ有りける(拾遺秋)
右 藤原秀能
久方の雲居を指して行く雁は天の川原に今ぞ鳴くなる(如願法師集)
【身にかへて思ふもくるし桜花さかぬみ山にやどもとめてむ(新拾遺春下)】
九十八番
左
たよりあらばいかで都
右
露をだに今はかたみのふぢごろもあだにも袖を吹く嵐かな(新古今哀傷)
【吹く風の色こそみえねたかさごのをのへの松に秋はきにけり(新古今秋上)】
九十九番
左
忍ぶれどいろにいでにけり我が恋はものや思ふと人のとふまで(拾遺恋一)*
右
もしほやくあまの
百番
左 源順
春ふかみゐでの河波立ちかへりみてこそゆかめ山ぶきの花(拾遺春)
右 寂然法師
秋は来ぬ年
百一番
左
水の面にてる月なみをかぞふれば今宵ぞ秋の最中なりける(拾遺秋)
右
けふ
百二番
左
名をきけば昔ながらの山なれどしぐるる秋は色まさりけり(拾遺秋)
右
背かずは孰れのよにか廻りあひて思ひけりとも人にしられん(新古今釈教)
百三番
左 右大将道綱母
歎きつつ独りぬるよのあくるまはいかに久しき物とかはしる(拾遺恋四)*
右 小侍従
いくめぐりすぎ行くあきにあひぬらんかはらぬ月の影を詠めて(新勅撰秋下)
百四番
左
たえぬるか影だにみえばとふべきを形見の水はみ草ゐにけり(新古今恋四)
右
雲となり雨となりても身にそはば空しき空をかたみとやみん(新勅撰恋三)
百五番
左
吹く風につけてもとはんささがにのかよひし道は空にたゆとも(新古今恋四)
右
つらきをも恨みぬ我にならふなようきみをしらぬ人もこそあれ(新古今恋三)
百六番
左 大中臣能宣
きのふまでよそに思ひしあやめ草けふ我が宿の妻とみるかな(拾遺夏)
右 祝部成仲
立田山ふもとの里は遠けれど嵐のつてに紅葉をぞみる(千載秋下)
百七番
左
御垣もり衛士のたくひのよるはもえ昼はきえつつ物をこそ思へ(詞花恋上)*
右
あふさかの関には人もなかりけり岩まの水のもるにまかせて(千載旅)
百八番
左
我ならぬ人に心をつくば山したにかよはむ道だにやなき(新古今恋一)
右
あけくれは昔をのみぞしのぶぐさ葉末の露に袖ぬらしつつ(新古今雑中)
百九番
左 清原元輔
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末のまつ山波こさじとは(後拾遺恋四)*
右 隆信朝臣
うきねするゐなのみなとにきこゆなり鹿のねおろす峯の松風(千載秋下)
百十番
左
大井河井堰の水のわくらばにけふは頼めしくれにや
右
たれとしもしらぬわかれの悲しきはまつらのおきを出づる舟人(新古今別)
百十一番
左
右
われゆゑの泪と
百十二番
左 源重之
夏かりの玉江のあしをふみしだきむれゐる鳥の立つ空ぞなき(後拾遺夏)
右 寂蓮法師
かづらきや高間のさくら咲きにけり立田のおくにかかる白雲(新古今春上)
【くれて行く春のみなとはしらねども霞におつるうぢのしばぶね(新古今春下)】
百十三番
左
風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ比かな(詞花恋上)*
右
恨みわびまたじいまはの身なれども思ひなれにし夕暮の空(新古今恋四)
【思ひあれば袖にほたるをつつみてもいはばや物をとふ人はなし(新古今恋一)】
百十四番
左
筑波山はやましげ山しげけれど思ひいるにはさはらざりけり(新古今恋一)
右
淋しさにうきよをかへて忍ばずはひとりきくべき松の風かは(千載雑中)
百十五番
左 高内侍
夢とのみおもひなれにし世の中をなに今さらにおどろかすらん(拾遺雑賀)
【暁のつゆはまくらにおきけるを草葉の上となに思ひけん(後拾遺恋二)】
右 讃岐
ちりかかるもみぢの色は深けれど渡ればにごる山河の水(新古今秋下)
百十六番
左
独りぬるひとや知るらん秋のよをながしとたれか君に
右
こふれどもみぬめの浦のうき枕波にのみやは袖
百十七番
左
忘れじの行末まではかたければけふをかぎりの命ともがな(新古今恋三)*
右
一夜とてよがれし床のさむしろにやがても塵の積りぬるかな(千載恋四)
百十八番
左 花山法皇
秋のよの月に心のあくがれて雲井にものを思ふころかな(詞花秋)
右 後徳大寺左大臣
郭公鳴きつるかたをながむればただ有明の月ぞのこれる(千載夏)*
百十九番
左
旅の空よはの煙とのぼりなばあまのもしほびたくかとやみむ(後拾遺旅)
右
うき人の月はなにぞのゆかりぞと思ひながらもうち眺めつつ(新古今恋四)
百二十番
左
朝ぼらけおきつる霜のきえかへり暮待つほどの袖をみせばや(新古今恋三)
右
はかなくもこんよをかねて契るかな二たび同じ身と
百二十一番
左 恵慶法師
我が宿のそともにたてる楢のはのしげみにすずむ夏はきにけり(新古今夏)
右 藤原基俊
夏のよの月まつほどのて
百二十二番
左
やへむぐらしげれる宿の淋しきに人こそみえね秋はきにけり(拾遺秋)*
右
高円の野路の篠原末騒ぎそそや木枯らしけふ吹きぬなり(新古今秋上)
百二十三番
左
天の原空さへさえや渡るらむこほりとみゆる冬のよの月(拾遺冬)
右
且つみれば猶ぞ恋しきわぎもこがゆつのつま櫛
【木間よりひれふる袖をよそに見ていかがはすべき松浦さよ姫(千載恋四)】
百二十四番
左 曾禰好忠
かりにくとうらみし人のたえにしを草ばにつけて忍ぶ頃かな(新古今夏)
右 前中納言匡房
高砂の尾上の桜咲きにけりとやまの霞たたずもあらなん(後拾遺春上)*
百二十五番
左
神なみのみむろの山をけふみれば下草かけて色付きにけり(拾遺秋)
右
はしたかの白ふに色やまがふらんとがへる山に霰ふるなり(金葉冬)
百二十六番
左
入日さすさほの山べのははそはら曇らぬ雨とこのはふりつつ(新古今秋下)
右
風さむみいせの浜をぎ分け行けば衣かりがね波になくなり(新古今旅)
百二十七番
左 源道済
ぬれぬれもなほかりゆかんはし鷹のうはげの雪を打ち払ひつつ(金葉冬)
右 左近中将公衡
狩りくらしかたののましばをりしきて淀の河せの月をみるかな(新古今冬)
百二十八番
左
思ひかねわかれしのべをきてみればあさぢが原に秋風ぞふく(詞花雑上)
右
ますかがみ心もうつる物ならばさりとも今はあはれとやみん(千載恋二)
百二十九番
左
身をすてて深き淵にもいりぬべしそこの心のしらまほしさに(後拾遺恋一)
右
思ひねの我のみかよふ夢ぢにもあひみて帰るあかつきぞなき(新勅撰恋五)
百三十番
左 藤原長能
日ぐらしの鳴く夕暮ぞうかりけるいつも尽きせぬ思ひなれども(新古今秋上)
右 大蔵卿有家
朝日かげにほへる山の桜花つれなくきえぬ雪かとぞ見る(新古今春上)
百三十一番
左
あられ降るかたののみののかり衣ぬれぬ宿かす人しなければ(詞花冬)
右
久かたのあまつをとめが夏衣雲ゐにさらす布引の滝(新古今雑中)
百三十二番
左
我が心かはらむ物かかはらやのしたたくけぶりしたむせびつつ(後拾遺恋四)
右
物おもはでただおほかたの露にだにぬるればぬるる秋の袂を(新古今恋四)
【夢かよふみちさへたえぬ呉竹のふしみの里の雪の下をれ(新古今冬)】
百三十三番
左 藤原実方朝臣
墨染のころもうき世の花ざかりをりわすれてもをりてけるかな(新古今哀傷)
右 待賢門院堀河
雪ふかきいはのかけみちあとたゆる芳野の里も春はきにけり(千載春上)
百三十四番
左
浦風になびきにけりな里のあまのたくものけぶり心
右
あらいその岩にくだくる波なれやつれなき人にかくる心は(千載恋一)
百三十五番
左
いかでかは思ひありともしらすべき室のやしまの煙ならでは(詞花恋上)
右
うき人を忍ぶべしとは思ひきや我が心さへなどかはるらん(千載恋五)
百三十六番
左 藤原道信朝臣
秋はつるさよふけがたのつきみれば袖も残らず露ぞおきける(新古今秋下)
右 大僧正行尊
春くれば袖の氷りもとけにけりもりくる月の宿るばかりに(新古今雑上)
百三十七番
左
かぎりあればけふぬぎすてつふぢ衣はてなきものは涙なりけり(拾遺哀傷)
右
もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし(金葉雑上)*
百三十八番
左
明けぬればくるる物とはしりながらなほ恨めしき朝ぼらけかな(後拾遺恋二)*
右
草の庵をなに露けしと思ひけんもらぬいはやも袖はぬれけり(金葉雑上)
百三十九番
左 中務卿具平親王
命あらば又もあひみむ春なれどしのびがたくて暮すけふかな(千載春上)
右 愚詠
桜さく遠山鳥のしだりをのながながし日もあかぬ色かな(新古今春下)
百四十番
左
夕暮はをぎ吹く風の音まさるいまはたいかにね覚めせられん(新古今秋上)
右
秋の露やたもとにいたくむすぶらん長きよあかずやどる月かな(新古今秋上)
【ひさかたのかつらのかげになくしかはひかりをかけて声ぞさやけき(遠島歌合)】
百四十一番
左
よにふれば物思ふとしもなけれども月に幾たびながめしつらん(拾遺雑上)
右
袖の露もあらぬ色にぞきえ
【たつた山みねの時雨の糸よわみぬけどみだるるよもの紅葉葉(五百首和歌 秋)】
百四十二番
左 馬内侍
ねざめしてたれかきくらむ此の比の木の葉にかかるよはの時雨を(千載冬)
右 権中納言師時
立ちかへり又やとはまし山風に花ちる里の人のこころを(新勅撰春下)
百四十三番
左
いかなれば知らぬにおふるうきぬなは苦しや心人しれずのみ(後拾遺恋一)
右
立ち帰る人をもなにか恨みましこひしさをだにとどめざりせば(千載恋四)
百四十四番
左
あふことはこれやかぎりの旅ならむ草の枕も霜がれにけり(新古今恋三)
右
追風にやへの塩路を
百四十五番
左 赤染衛門
神な月有明の
右 殷富門院大輔
花もまたわかれん春を思ひ出でよ咲きちるたびの心尽しを(新古今春下)
百四十六番
左
やすらはでねなまし物をさよふけてかたぶくまでの月をみしかな(後拾遺恋二)*
【つねよりもまたぬれそひし袂かなむかしをかけて落ちし涙に(千載哀傷)】
右
今はとてみざらむ秋の
百四十七番
左
五月雨の空だにすめる月影に涙の雨
【うつろはでしばししのだの森を見よかへりもぞするくずのうら風(新古今雑下)】
右
きえぬべき露の
百四十八番
左 泉式部
くらきよりくらき道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山のはの月(拾遺哀傷)
右 宮内卿
色かへぬ竹のはしろく月さえてつもらぬ雪をはらふ秋風(新千載秋上)
百四十九番
左
もろともに苔の下にはくちずして埋もれぬ
右
霜をまつまがきの菊の宵のまに置きまよふ色
百五十番
左
物思へばさはの蛍も我が身よりあくがれ出づる玉かとぞみる(後拾遺神祇)
右
からにしき秋のかたみや龍田山ちりあへぬ枝にあらしふくなり(新古今冬)