秀歌大躰(しゅうかのだいたい)

【概要】
藤原定家が後堀河天皇(1212-1234)に進献したと伝わる歌書。古今・後撰・拾遺・新古今の四勅撰集から112首の秀歌を選び、四季・恋・雑に分類している。
いつ頃の成立か、確かなことは分からないが、『新編国歌大観』解題によれば、貞応〜嘉禄(1222〜26)頃と、嘉禄二年〜寛喜三年(1226〜31)頃の二説があるとのこと。いずれにしても、定家六十代頃の撰ということになる。
底本は『新編国歌大観』を用いた(底本の底本は東京大学国文学研究室蔵本「秀歌大躰」とのこと)。通し番号は、随って新編国歌大観番号になる。歌の末尾には、底本にはない、作者名と勅撰集名を付記した。
うちわけは、古今集の歌が46首と断然多く、ついで拾遺集の35首、新古今集の24首、後撰集の7首。作者を見ると、読人不知の歌が35首を占め、ついで人麿20首、貫之8首、赤人・家持各5首。新古今集からの採録は読人不知歌に限定するなど、古体の歌を重視する傾向が顕著である。初心者向けに、歌作りのお手本となる書として編まれたものであろうか。『和歌文学辞典』(桜楓社)では、「本歌取りの詞の範囲を示すことに目的があったと考えられる」としているが、ではあれほど盛んに本歌取りの対象にされた業平の歌が一首もないのは何故であろう。
なお百人一首と共通する歌は9首(該当歌にのしるしを付けた)。秀歌撰と言っても、百人一首とは全く性格の異なる書であることは、一目瞭然であろう。

【略称】
:古今集 :後撰集 :拾遺集 :新古今集

【もくじ】
     

【百人一首関連資料集】
「詠歌大概」例歌 「近代秀歌(自筆本)」例歌
「八代集秀逸」 「百人秀歌」 「異本百人一首」



秀歌大躰


1 きのふこそ年は暮れしか春霞かすがの山にはやたちにけり[山辺赤人

2 春がすみたてるを見ればあら玉のとしは山よりこゆるなりけり[紀文幹

3 はるたつといふばかりにやみよしのの山もかすみて今朝はみゆらむ[壬生忠岑

4 はるがすみたてるやいづこみよしのの吉野の山に雪は降りつつ[読人不知

5 うちきらし雪はふりつつしかすがにわが家のそのに鶯ぞなく[大伴家持

6 春日ののとぶひの野もりいでて見よ今いくかありてわかなつみてん[読人不知

7 明日からはわかなつまむとかた岡の朝のはらはけふぞやくめる[柿本人麿

8 あすからはわかなつまんとしめしのに昨日もけふも雪はふりつつ[山辺赤人

9 春日ののわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらん[紀貫之

10 かすがのの草はみどりになりにけりわかなつまんと誰かしめけん[壬生忠見

11 きみがため春の野にいでてわかなつむ我が衣手に雪は降りつつ[光孝天皇

12 ときは今は春になりぬとみ雪ふる遠き山べに霞たなびく[読人不知

13 風まぜに雪は降りつつしかすがに霞たなびき春はきにけり[読人不知

14 いまさらに雪ふらめやもかげろふのもゆる春日となりにしものを[読人不知

15 わがせこが衣はるさめ降るごとにのべのみどりぞ色まさりける[紀貫之

16 鶯のかさにぬふてふむめの花をりてかざさんおいかくるやと[源常

17 いにし年ねこじてうゑし我が宿の若木の梅は花さきにけり[安倍広庭

18 あさみどりいとよりかけてしら露を玉にもぬける春の柳か[遍昭

19 としふればよはひは老いぬしかはあれど花をしみれば物思ひもなし[藤原良房

20 さくら花さきにけらしなあし引の山のかひよりみゆるしら雲[紀貫之

21 春雨はいたくなふりそ桜ばなまだみぬ人にちらまくもをし[山辺赤人

22 いその神ふるの山べのさくら花うゑけむ時をしる人ぞなき[遍昭

23 さくら花ちらばちらなむちらずとて古郷人のきても見なくに[惟喬親王

24 久かたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花の散るらん[紀友則

25 ふる郷となりにしならの宮こにも色はかはらず花はさきけり[ならのみかど

26 駒なべていざ見にゆかん古郷は雪とのみこそ花はちるらめ[読人不知

27 蛙なく神なび川に影見えて今やさくらん山吹のはな[厚見王

28 みやこ人きてもをらなむかはづ鳴くあがたの井どのやま吹の花[橘公平女

29 蛙鳴く井での山吹ちりにけり花のさかりにあはましものを[読人不知

30 たごの浦にそこさへにほふ藤浪をかざしてゆかん見ぬ人のため[柿本人麿

31 をしめども春のかぎりのけふの又夕暮にさへなりにけるかな[読人不知



32 春過ぎて夏きにけらししろたへの衣ほすてふあまのかぐ山[持統天皇

33 夏くさはしげりにけりな玉ぼこの道ゆき人もむすぶばかりに[藤原元真

34 我が宿の池の藤なみさきにけり山郭公いつかきなかん[読人不知

35 家にいきてなにをかたらむあし引の山ほととぎす一こゑもがな[久米広縄

36 ほのかにぞ鳴きわたるなる郭公み山を出づる今朝の初声[坂上望城

37 いつのまに五月きぬらんあし引の山ほととぎす今ぞ鳴くなる[読人不知

38 いその神ふるき宮このほととぎすこゑばかりこそむかしなりけれ[素性

39 あし引の山郭公けふとてやあやめの草のねにたてて鳴く[醍醐天皇

40 旅ねしてつまこひすらし時鳥神なび山にさ夜ふけてなく[読人不知

41 おほあらきの杜の下草しげりあひてふかくも夏のなりにけるかな[壬生忠岑

42 いづくにもさきはすらめど我が宿のやまとなでしこ誰にみせまし[伊勢

43 夏山のかげをしげみや玉ぼこの道行人もたちとまるらん[紀貫之



44 川風の涼しくもあるかうちよする波とともにや秋はたつらむ[紀貫之

45 我がせこが衣のすそを吹きかへしうらめづらしき秋のはつ風[読人不知

46 神なびのみむろの山のくずかづらうら吹きかへす秋は来にけり[大伴家持

47 秋風の吹きにし日より久かたのあまのかはらにたたぬ日はなし[読人不知

48 あきたちていくかもあらねどこのねぬる朝けの風は袂すずしも[安貴王

49 天の川あさせしら浪たどりつつわたりはてねばあけぞしにける[紀友則

50 あまの川こぞのわたりのうつろへばあさせふむまに夜ぞ深けにける[柿本人麿

51 庭草にむら雨ふりて日ぐらしの鳴くこゑきけば秋はきにけり[柿本人麿

52 露けくて我が衣手はぬれぬともをりてをゆかん秋萩のはな[凡河内躬恒

53 うつろはん事だにをしき秋はぎにをれるばかりもおける露かな[伊勢

54 秋の田のかりほの廬のとまをあらみ我が衣手は露にぬれつつ[天智天皇

55 わが宿のをばながうへにしら露のおきし日よりぞ秋風もふく[大伴家持

56 あき霧のたなびく小野の萩が花今や散るらんいまだあかなくに[柿本人麿

57 このごろの暁露に我が宿の萩の下葉も色づきにけり[読人不知

58 あき萩の花さきにけりたかさごのをのへの鹿も今や鳴くらん[藤原敏行

59 あき萩の下葉色付く今よりやひとりある人のいねがてにする[読人不知

60 秋萩のさきちる野べの夕露にぬれつつきませ夜は深けぬとも[柿本人麿

61 さをしかの朝たつをのの秋萩に玉とみるまでおける白露[大伴家持

62 秋風にはつかりがねぞきこゆなる誰が玉づさをかけてきつらん[紀友則

63 さ夜中と夜は深けぬらし雁がねのきこゆる空に月わたるみゆ[読人不知

64 あき風のうち吹くごとにたかさごのをのへの鹿のなかぬ日ぞなき[読人不知

65 よをさむみ衣かりがねなくなへに萩の下葉もうつろひにけり[柿本人麿

66 いとはやも鳴きぬる雁かしら露の色どる木木も紅葉あへなくに[読人不知

67 いつはとは時はわかねど秋のよぞ物おもふことのかぎりなりける[読人不知

68 風さむみ我から衣うつときぞ萩の下葉も色まさりける[紀貫之

69 物ごとに秋ぞかなしき紅葉ぢつつうつろひ行くをかぎりと思へば[読人不知

70 久堅の月のかつらも秋はなほ紅葉すればやてりまさるらん[壬生忠岑

71 神なびのみむろの山をけふみれば下くさかけて色付きにけり[曾禰好忠

72 秋風の日ごとにふけば水ぐきの岡の木葉も色付きにけり[柿本人麿

73 さをじかのつまどふ山のをかべなるわさだはからじ霜はおくとも[柿本人麿

74 あきさればおく白露に我が宿の浅茅がうは葉色付きにけり[柿本人麿

75 秋かぜの吹きにし日よりおとは山みねの梢もいろ付きにけり[紀貫之

76 千はやぶる神のいがきにはふくずも秋にはあへずうつろひにけり[紀貫之

77 さほ山のははその色はうすけれど秋はふかくもなりにけるかな[坂上是則

78 飛鳥川もみぢばながるかづらぎの山の秋風ふきぞしぬらん[柿本人麿

79 霧たちて雁ぞ鳴くなるかた岡のあしたの原は紅葉しぬらし[読人不知

80 神無月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なびのもり[読人不知

81 たつた川紅葉葉ながる神なびのみむろの山に時雨降るらし[柿本人麿

82 恋しくは見てもしのばむ紅葉ばを吹きなちらしそ山颪のかぜ[読人不知

83 あきはきぬもみぢは宿に降りしきぬ道ふみ分けてとふ人はなし[読人不知



84 たかさごの松にすむつる冬くればをのへの霜やおきまさるらん[清原元輔

85 かささぎのわたせる橋におく霜の白きをみれば夜ぞ深けにける[大伴家持

86 むば玉の夜のふけゆけば楸おふるきよきかはらに千鳥鳴くなり[山辺赤人

87 この川に紅葉ばながるおく山の雪げの水ぞ今まさるらし[読人不知

88 夕されば衣手さむし御吉ののよしのの山にみ雪ふるらし[読人不知

89 やたののに浅茅色づくあらち山峰のあは雪さむくふるらし[柿本人麿

90 みよしのの山のしら雪つもるらし古郷さむくなりまさるなり[坂上是則

91 たごの浦にうち出でてみればしろたへのふじのたかねに雪は降りつつ[山辺赤人


92 おく山のいはかきぬまのみごもりに恋ひやわたらんあふよしをなみ[柿本人麿

93 あし引の山鳥のをのしだりをのながながし夜をひとりかもねん[柿本人麿

94 霜のうへにふるはつ雪の朝氷とけずも物を思ふころかな[読人不知

95 足引の山よりいづる月待つと人にはいひて君をこそまて[柿本人麿

96 みなといりのあしわけを舟さはりおほみ我が思ふ人にあはぬ頃かな[柿本人麿

97 浪まよりみゆるこじまの浜楸ひさしくなりぬ君にあはずて[読人不知

98 ますかがみ手にとりもちて朝な朝な見れども君にあく時ぞなき[柿本人麿

99 よそにのみ見てややみなむかづらきやたかまの山の峰の白雲[読人不知

100 おとにのみありとききこし御吉のの滝はけふこそ袖に落ちけれ[読人不知

101 あしひきの山田もる庵におくかびのしたこがれつつ我こふらくは[柿本人麿

102 いそのかみふるのわさだのほには出でず心のうちに恋ひやわたらん[柿本人麿

103 時雨ふる冬の木葉のかわかずぞ物思ふ人の袖はありける[読人不知

104 わが恋はありそのうみの風をいたみしきりによする浪のまもなし[伊勢



105 あづさゆみいそべの小松たが世にか万代かねてたねをまきけん[読人不知

106 わたつ海のかざしにさせるしろたへの浪もてゆへるあはぢしま山[読人不知

107 我がいほは都のたつみしかぞすむ世をうじ山と人はいふなり[喜撰

108 さがの山みゆきたえにしせり川の千世のふるみち跡はありけり[在原行平

109 しもとゆふかづらき山にふる雪のまなくときなくおもほゆるかな[読人不知

110 ひきてうゑし人はむべこそ老いにけれ松の木たかくなりにけるかな[凡河内躬恒

111 天原ふりさけみれば春日なるみかさの山に出でし月かも[安倍仲麿

112 我が君は千世にやちよにさざれ石のいはほとなりてこけのむすまで[読人不知



百人一首目次 歌学・歌論目次


最終更新日:平成13年9月11日