藤原有家 ふじわらのありいえ 久寿二〜建保四(1155-1216)

もとの名は仲家。六条藤家従三位重家の子。母は中納言藤原家成女。清輔顕昭・頼輔・季経らの甥。経家・顕家の弟。保季の兄。子には従五位下散位有季・僧公縁ら。系図
仁安二年(1167)、初叙。承安二年(1172)、相模権守。治承二年(1178)、少納言。同三年、讃岐権守を兼ねる。同四年(1180)、有家と改名。元暦元年(1184)、少納言を辞し、従四位下に叙せられる。建久三年(1192)、従四位上。同七年、中務権大輔。正治元年(1199)、大輔を辞し、正四位下。建仁二年(1202)、大蔵卿。承元二年(1208)、従三位。建保三年(1215)二月、出家。法名、寂印。翌年の四月十一日、薨ず。
文治二年(1186)の吉田経房主催の歌合、建久元年(1190)の花月百首、建久二年(1191)の若宮社歌合、建久四年(1193)頃の六百番歌合、建久九年(1198)の守覚法親王家五十首に出詠。後鳥羽院歌壇でも主要歌人の一人として遇され、建仁元年(1201)の新宮撰歌合・千五百番歌合、建仁二年(1202)の水無瀬恋十五首歌合、元久元年(1204)の春日社歌合、承元元年(1207)の最勝四天王院和歌などに出詠した。順徳天皇の建暦三年(1213)内裏歌合、建保二年(1214)の歌合などにも参加している。
建仁元年(1201)、和歌所寄人となり、新古今集撰者となる。六条家の出身ながら御子左家(みこひだりけ)に親近した。
家集があったらしいが伝存しない。千載集初出。新古今集には十九首。勅撰入集は計六十六首。新三十六歌仙。『続歌仙落書』にも歌仙として撰入され、「風体遠白く、姿おほきなるさまなり。雪つもれる富士の山をみる心地なむする」と賛辞が捧げられている。

  3首  4首  2首  2首  6首  4首 計21首

いつしかと(みぎは)ちかづく波の音に春風しるき志賀のあけぼの(三百六十番歌合)

【通釈】いつのまにか、汀の氷が融けて、岸に寄せる波の音が近くなる。その音に、春風の吹いていることがはっきりと感じられる、志賀での曙。

【語釈】◇汀ちかづく 下記、快覚法師の本歌を踏まえた表現。冬の間、岸近くの水面が凍って水際が遠くなっていたのが、春になって氷がとけ、再び汀が近くなった。◇春風しるき 春風がはっきりと感じられる。下記の大江匡房の歌を踏まえている。◇志賀 滋賀県の南志賀地方。琵琶湖の西岸なので、東風は湖から岸へ向かって吹く。

【本歌】快覚法師「後拾遺集」
さよふくるままに汀や凍るらん遠ざかりゆく志賀の浦波
  大江匡房「詞花集」
氷ゐし志賀の唐崎うちとけてさざ浪よする春風ぞ吹く

土御門内大臣の家に、梅香留袖といふ事をよみ侍りけるに

ちりぬれば匂ひばかりを梅の花ありとや袖に春かぜの吹く(新古53)

【通釈】散ってしまったので、今はもう匂いが残っているばかりなのに。梅の花びらがまだここにあると思ってか、私の袖に春風が吹いてくる。

【語釈】◇梅香留袖 梅の香、袖に留まる。

【補記】折り取った梅の花は散ってしまい、袖に匂いが残っているだけなのに、さらに春風が吹きつける。飽くまでも梅の花を散らそうとする心を持っているかのように、春風を擬人化している。

【補記】建仁元年(1201)三月十六日、通親亭影供歌合。三番右持。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鶯の鳴く

千五百番歌合に

あさ日かげにほへる山の桜花つれなく消えぬ雪かとぞ見る(新古98)

【通釈】朝日の光が、まばゆく照り映えている、山の桜。それを私は、平然と消えずにいる雪かと思って見るのだ。

【語釈】◇つれなく消えぬ 形容詞「つれなし」の原義は「然るべき反応がない」。雪は陽に当たれば消えるのが当然なのに、平然と消えずにいる、ということ。

【補記】「千五百番歌合」巻三、二百二十一番左持。俊成の判詞は「『あさひかげ』とおき、『つれなくきえぬ』と見ゆらむ風情いとをかしく侍るべし」。

【本歌】田部櫟子「万葉集」巻四
朝日影にほへる山に照る月の飽かざる君を山越しに置きて

【主な派生歌】
春霞はやたちぬれや朝日かげにほへる山の空ぞのどけき(伏見院)
朝日影にほへる山の春風にふもとのさとは梅が香ぞする(一条兼良)
吉野山つれなくきえぬ白雪やまだ初春のあり明の月(〃)
いとはやも花ぞまたるる朝日影にほへる山の峰の桜木(三条西実隆)
夕にも雨とはならじ朝日かげにほへる山の花のしら雲(松永貞徳)
花ならで花なるものは朝日かげにほへる山の木木のしら雪(小沢蘆庵)
朝日影にほへる山の桜花千代とことはに見ともあかめや(本居宣長)

夏衣

橘の匂ひを風のさそひきて昔にかへす夜はのさ衣(六百番歌合)

【通釈】夏用の薄い夜着に身をつつんでいる私のもとに、橘の花の匂いを風が運んで来て、なつかしい過去の回想へと私を誘う。

【語釈】◇昔にかへす 昔へと連れ戻す。「かへす」は「衣」の縁語。◇夜はのさ衣(ごろも) 夜に着る衣服。寝間着。夏だから、薄手の衣である。

【補記】「六百番歌合」夏下、六番左勝。俊成の判は「『昔にかへす夜半のさ衣』、宜しく聞こゆ」。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
さ月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

夏夜

夕すずみ(ねや)へもいらぬうたた寝の夢をのこしてあくるしののめ(六百番歌合)

【通釈】夕涼みをしていて、寝屋にも入らずに居眠りしてしまった。その間に見た夢を最後まで見きらずに、夜は明けて、東雲(しののめ)を迎えたよ。

【語釈】◇夢をのこして 夢を最後まで見ずに。◇しののめ 明け方、東の空がほのぼのと白みかける頃。

【補記】「六百番歌合」夏上、二十七番左負。判者俊成は「夢をのこして」の句を「いと宜しくきこえ侍り」と称賛しつつ、上句の「夕すずみ」「ねや」などの語は「不可庶幾」(庶幾すべからず)として負とした。晴の場の歌には相応しくない語彙と判断したのである。

【本歌】藤原成通「千載集」
たぐひなくつらしとぞ思ふ秋の夜の月を残してあくるしののめ

【参考歌】式子内親王「新古今集」
君まつとねやへもいらぬ槙の戸にいたくなふけそ山のはの月

摂政太政大臣家にて詩歌を合せけるに、水辺自秋涼といふ事をよみける (二首)

すずしさは秋やかへりて初瀬河ふる河のへの杉の下かげ(新古261)

【通釈】この涼しさは、かえって秋が(来たというより)終わったかと思うほどだ。初瀬川に注ぐ布留(ふる)川のほとりの、杉の木陰にいて、そんなふうに感じたよ。

【語釈】◇詩歌を合せける 漢詩句に歌を番える歌合。◇水辺自秋涼 水辺、秋より涼し。◇初瀬河 大和川の上流。笠置山地に発し、三輪山をめぐるように流れ、奈良盆地・河内平野を横切って大阪湾に注ぐ。「果つ」を掛ける。あるいは「恥づ」を掛けると見て、「秋も却てはぢやせんといふ意なり」(美濃)とも解されている。◇ふる河 布留川。石上神宮のわきを流れ、初瀬川に合流する。「初瀬川という古い川」と解する説もある。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
初瀬川布留川の辺に二もとある杉 年を経てまたも相見ん二もとある杉

こぬ秋のいつ暮れはててうす氷むすぶばかりの山の井の水(雲葉集)

【通釈】まだ来てもいない秋が、いつのまにか暮れ果ててしまったとでもいうのか、山の泉の水は、薄氷を張りそうなほどにつめたく感じられる。

【語釈】◇むすぶばかりの この「むすぶ」は水が凝固して氷になる意。「山の井の水をむすぶ」と言えば普通「手に掬う」意になるのを、裏をかいたところに面白味がある。

【補記】雲葉和歌集は藤原基家(1203-1280)が編んだ私撰集。この歌は夫木和歌抄・自讃歌などにも見える。

【参考歌】紀貫之「古今集」
むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな
  寂蓮「正治初度百首」
見し秋もあかでやくれしうす氷紅葉をむすぶ山の井の水

摂政太政大臣家百首歌合に

風わたるあさぢがすゑの露にだにやどりもはてぬよひの稲妻(新古377)

【通釈】浅茅の生える荒野を、風が吹きわたる宵――稲妻が閃き、茅(ちがや)の葉末の露にその光を宿した……と思う間もなく、露はこぼれ落ちてしまうのだ。

【語釈】◇やどりもはてぬ 宿りおおせることができない。「やどり」は「よひ」と縁語になる。

【補記】「六百番歌合」秋上、十八番左勝。

秋月

月みてもわがよはすでに久方のあまねくてらせ秋の心を(建保二年内裏歌合)

【通釈】月を眺めるにつけても、夜はすっかり更け、私の齢もすでに久しくなった。月よ、こんな老人も分け隔てせず、あまねく照らしてくれ、秋を思う心のうちを。

【語釈】◇わがよ 「よ」は「世(人生・年齢)」「夜」を掛ける。◇久方の 「あま」にかかる枕詞。(世は)久し、の意を掛ける。

【補記】建保二年(1214)八月十六日、順徳天皇主催の内裏歌合。十五番左勝。定家の判は「左、姿もよろしく、心もさることとあはれにきこえ侍る」。

暁時雨

しばの庵まだすみなれぬ明ぼのの苔のたもとよ時雨せずとも(院四十五番歌合)

【通釈】まだ住み慣れていない粗末な山の庵で迎える曙――わが僧衣の袖よ、時雨が降ってもいないのに、なぜ濡れているのだ

【語釈】◇しばの庵 柴(雑木)で戸などを拵えた庵。◇苔のたもと 「苔の衣」は僧や隠者の着る粗末な衣服。その袂。◇時雨せずとも 時雨が降らずとも。このあとに「涙に濡れている」意の語句が略されている。

【補記】有家最晩年の作。建保三年(1215)六月二日、院四十五番歌合。三十三番左勝。 万代集1295、初句「しばのいほや」。

同じ家にて、所の名をさぐりて冬歌よませ侍りけるに、伏見の里の雪を

夢かよふ道さへたえぬ呉竹のふしみの里の雪の下をれ(新古673)

【通釈】雪によって道が閉ざされてしまったが、その上、夢の往き来する道さえ途絶えてしまった。伏見の里で寝る夜、竹が雪の重さで折れる音に、眠りを破られて。

【語釈】◇同じ家 新古今集の一つ前の歌の詞書にある「摂政太政大臣」の家を指す。藤原(九条)良経家。◇所の名をさぐりて 籖(くじ)などで地名(歌枕)を選んで。◇ふしみ 京都の伏見。「臥し見」を掛ける。◇呉竹の 竹の節(ふし)に掛けて伏見を導く枕詞。◇雪の下をれ 雪の重みで枝が根もとの方から折れること。

千五百番歌合に

忘れじといひしばかりの名残(なごり)とてその夜の月はめぐりきにけり(新古1277)

【通釈】あの晩も、似たような月が出ていたっけ。「いつまでも忘れない」と誓い合ったよね。その言葉ばかりを、なお思い出として引きずりながら、あの夜と同じ月は再び巡って来た。もはや、約束は空しくなってしまったのに。

【語釈】◇名残 ナミ(波)ノコリ(残り)を語源とする説が正しいとしたら、原義は「波がひいたあと、なお残るもの」。そこから派生して、「物事が過ぎ去った後の余韻・心残り」「過ぎ去った事件や人などを思い出させるよすがとなるもの」などの意になる。◇その夜の月 その夜(「忘れじ」と言った夜)見たのと同じ月齢の頃の月。

【補記】「千五百番歌合」千三百四十六番左勝。

【本歌】素性法師「古今集」
今こむといひしばかりに長月のありあけの月をまちいでつるかな

摂政太政大臣家に百首歌合し侍りけるに

さらでだに恨みんと思ふわぎも子が衣のすそに秋風ぞ吹く(新古1305)

【通釈】そうでなくても恨み言を言いたいと思っているあの子の衣の裾に、秋風が吹いて、衣の裏を見せる。私にすっかり飽きて、「裏見よ」と言っているみたいに。

【語釈】◇恨みん 衣の縁語「裏見」を掛ける。◇秋風 秋に飽きを掛ける。

【補記】「六百番歌合」恋六、寄風恋。十八番左勝。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋の初風

水無瀬(みなせ)の恋十五首の歌合に

物思はでただおほかたの露にだにぬるればぬるる秋のたもとを(新古1314)

【通釈】物思いをしなくても、秋は露っぽい季節なのだから、濡れるというなら、ちょっとそこいらの露にだって濡れる秋の袂なのに。まして恋をしている私の袂ときたら…。涙よ、そんなに濡らさなくてもいいだろう。

【語釈】◇ただおほかたの 単に普通の。全くありふれた。

【補記】建仁二年(1202)九月十三日、「水無瀬恋十五首歌合」。題は秋恋。十四番右勝。

【本歌】西行「千載集」
おほかたの露には何のなるならむ袂に置くは涙なりけり

【主な派生歌】
ことわりの袖の露かな岩木だにぬるればぬるる秋の夕暮(後水尾院)

暮恋

思ふことの身にしみまさるながめかな雲のはたての空の秋風(水無瀬恋十五首歌合)

【通釈】胸に抱えている思いが、いっそう身に染みてくる眺めだことよ。雲の果て、夕暮の空を吹く秋風……。

【補記】上の歌と同じ歌合。三十番右勝。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人を恋ふとて

〔欠題〕

思ひ寝の心ひとつをしるべにて昔にかへる夢のかよひぢ(三百六十番歌合)

【通釈】あの人のことを思いながら寝につく、そのひたすらな心だけを道案内にして、昔あの人と親密だった頃に帰ってゆくのだ、夢の中の道を辿って。

【語釈】◇夢のかよひぢ 恋人との間を往き来する時、魂が通ると考えられた、夢の中の道。

【本歌】藤原仲実「詞花集」
くみみてし心ひとつをしるべにて野中の清水わすれやはする

【主な派生歌】
恋ひわたる心ひとつをしるべにて昔にかよふ夢の浮橋(宗尊親王)

旅恋といふ心をよみ侍りける

旅ごろもかへす夢路はむなしくて月をぞ見つる有明の空(新勅撰970)

【通釈】旅の衣を裏返して寝て、都に残してきた恋しいあの人に逢う夢を願ったが、それもかなわず、夢路をむなしく帰って来た。そうして目が覚め、悲しい有明の月を見たよ、明け方の空に。

【語釈】◇旅ごろも 旅行中に着る服。貴族の男子は狩衣などを着ることが多かったようである。◇かへす 衣を裏返す。夢で恋人に逢えるまじないだったらしい(下記参考歌)。◇夢路(ゆめぢ) 夢の中で辿る道。

【参考歌】小野小町「古今集」
いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣をかへしてぞ着る

千五百番歌合に

春の雨のあまねき御代をたのむかな霜にかれゆく草葉もらすな(新古1478)

【通釈】春の雨が大地をあまねく潤すように、余すところなく恵みをたまわる御代に、おすがりしております。どうか、霜に枯れてゆく草葉のような私も、見落とすことなくご慈悲を下さい。

【語釈】◇御代 天皇の治める世。この場合、具体的には後鳥羽上皇の治世を指す。

【補記】千五百番歌合、千四百三十六番左勝。

【他出】自讃歌、定家十体(有心様)、続歌仙落書、新三十六人撰、三五記、桐火桶

春日歌合に、松風といへることを

われながら思ふか物をとばかりに袖にしぐるる庭の松風(新古1638)

【通釈】ふと気がつくと、私の袖はひどく濡れている。自分はこんなに思い悩んでいたのか、これはそのせいで流した涙なのか? 一瞬、我ながらそう怪しんだほど、袖に時雨をふりそそぐのだ、庭の松風は。

【語釈】◇思ふか物を 「物を思ふか」の倒置。◇庭の松風 庭園に植えてある松を吹く風。松に反響してあわれ深い音をたてる。

【補記】元久元年(1204)十一月十日、春日社歌合。六番右勝。

【鑑賞】庭で松風の音に耳を傾けて過ごすうち、いつのまにか時雨に降られていた、というシチュエーション。袖が濡れているのを見て、物思いに涙を流したのかと「われながら」疑った――実は、風の音にまぎれて、時雨に気づかなかったのであった。涙=時雨、時雨の音=松風の音、という和歌の常套的「見立て」を二重に使って、意外なオチをつけた。

最勝四天王院の障子に、布引(ぬのびき)の滝かきたる所

ひさかたのあまつをとめが夏ごろも雲井にさらす布引の滝(新古1653)

【通釈】天女が真っ白な夏の衣を空にさらしているかと見える布引の滝。

【語釈】◇ひさかたの 天(あま)枕詞◇布引の滝 摂津国の歌枕。いまの神戸市中央区。生田川の上流。

【補記】承元元年(1207)十一月、最勝四天王院和歌。白河の最勝四天王院の障子絵四十六か所の名所を題に詠んだ歌。

【参考歌】源俊頼「金葉集」
山桜さきそめしより久かたの雲井にみゆる滝の白糸

元久元年七月北野社歌合に、暮山雨を

見ぬ世まで思ふもさびしいそのかみ布留の山べの雨の夕暮(風雅1694)

【通釈】見たことのない神代の昔までが想像されて、物悲しい。石上(いそのかみ)の布留(ふる)山で、雨に降られる夕暮は、やはり昔もこのように寂しげだったのだろうか

【語釈】◇北野社 京都北郊の北野天満宮。菅原道真を祀る。◇見ぬ世 未来(来世・後世)についても過去(神代など)についても言うが、この場合「布留(古を掛ける)」の語からして、後者であろうか。◇さびし 荒涼とした風景を前にした時の物悲しさや、孤独感などをあらわす語。◇いそのかみ 石上。石上神宮のある布留(ふる)の地をいう。現奈良県天理市布留町。◇布留の山 石上神宮東方の山地。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成22年04月11日