素性 そせい 承和十一頃〜延喜十頃(844?-910?)

遍昭の子。兄に少僧都由性(841-914)がいる(但し由性を素性の別名とする説もある)。俗名は諸説あるが、「尊卑分脈」によれば良岑玄利(よしみねのはるとし)
左近将監に任官し、清和天皇の時に殿上人となったが、若くして出家し、石上の良因院に住んだ。昌泰元年(898)、大和国御幸に際し石上に立ち寄った宇多上皇に召され、供奉して諸所で和歌を奉る。醍醐天皇からも寵遇を受けたようで、延喜九年(909)、御前に召されて屏風歌を書くなどしている。常康親王藤原高子などとの交流も窺われ、また死去の際には紀貫之凡河内躬恒が追慕の歌を詠むなど、生前から歌人としての名声の高かったことが窺われる。三十六歌仙の一人。古今集では三十六首入集し、歌数第四位。勅撰入集は計六十三首。家集『素性集』は後世の他撰。

  15首  3首  9首  4首  14首  5首 計50首

延喜の御時、月次の御屏風に

あらたまの年たちかへるあしたより待たるるものは鶯のこゑ(拾遺5)

【通釈】年が最初に戻る正月の朝から、心待ちにされるものと言えば、鶯の声である。

【語釈】◇あらたまの 「年」にかかる枕詞。◇年たちかへる 一年がもとに戻る。新年を迎える。

【補記】詞書の「延喜の御時」は醍醐天皇の治世で、延喜年間に限らない。その御代に、月例の屏風絵に添える歌として詠まれたもの。新年の朝に、ふさわしい風物として鶯を待望する心を歌う。

【他出】素性集、古今和歌六帖、和漢朗詠集、俊頼髄脳

【参考歌】大伴家持「万葉集」
あらたまの年ゆきがへり春立たばまづ我が宿に鶯は鳴け

【主な派生歌】
春霞おもひたちにしあしたよりまたるるものは鶯のこゑ(藤原敦忠)
ほととぎすなくべき枝とみゆれどもまたるるものは鶯の声(藤原道綱)
鶯のこゑ聞きそむるあしたより待たるる物は桜なりけり(本居宣長)
鶯の声を聞きつるあしたより春の心になりにけるかも(*良寛)
鶯の鳴きてつげつるあしたより春の心はさだまりにけり(*高橋残夢)

雪の木にふりかかれるをよめる

春たてば花とや見らむ白雪のかかれる枝にうぐひすぞなく(古今6)

【通釈】もう立春になったので、花であると見ているのだろうか。白雪が降りかかった枝に、鶯が鳴いていることよ。

【語釈】◇見らむ 「見るらむ」の意。「らむ」は現在推量の助動詞

【補記】「見らむ」の主語は鶯。鶯は春を告げる鳥と考えられた。

【他出】新撰万葉集、素性集、古来風躰抄、定家八代抄、僻案抄

【主な派生歌】
春ならば花とやみらむ冬ごもりみやまをわけてふれる白雪(藤原長能)
千年ふる山路のきくも露の間の花とやみらむ秋のよの月(松永貞徳)

題しらず

よそにのみあはれとぞ見し梅の花あかぬ色香は折りてなりけり(古今37)

【通釈】遠くからばかり趣深く眺めていた梅の花――しかし、いくら賞美してもしきれない色と香は、枝を折り、まじまじと見て初めて分かるものだったよ。

【他出】素性集、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
梅の花あかぬ色香もむかしにて同じ形見の春の夜の月(*藤原俊成女[新古今])
世々へてもあかぬ色香は残りけり春やむかしの宿の梅が枝(範憲[風雅])
散る花のあかぬ色香を身にかへてさも慕はるる山桜かな(二条道良[続千載])
袖のうへにあかぬ色香はとどめおけ暮れなば春の花の形見に(西園寺公経 〃)
花蓮あかぬ色香は折りてとも思ひぞかけぬ池のもなかに(契沖)

題しらず

梅の花折ればこぼれぬ我が袖ににほひ香うつせ家づとにせむ(後撰28)

【通釈】梅の花は、折り取ろうとすれば、こわれて散ってしまう。だから私の袖に匂いを移してくれ。その香を家へのみやげにするから。

【参考歌】安貴王「万葉集」
伊勢の海の沖つ白波花にもが包みて妹が家づとにせむ

【主な派生歌】
我が袖ににほひかうつせ梅の花咲きちる岡の春の夕風(飛鳥井雅有)

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

散ると見てあるべきものを梅の花うたてにほひの袖にとまれる(古今47)

【通釈】どうせいつかは散るものだと思って、達観している方がよいのに。困ったことに匂いが袖に留まっているよ。

【補記】花をはかないものとして、過度な感傷を自らに禁じようとしながらも、袖の移り香によって静観に困難を感じている心。いわば理知と感情との間で、無常と美との間で、葛藤する心情を詠んでいるのであり、これは古今集に繰り返し現われ展開されてゆく、最も重要な主題である。「寛平御時きさいの宮の歌合」は光孝天皇の后班子女王の催した歌合。実質的な主催者は宇多天皇であったろうと言う。成立は寛平五年(893)以前。

【他出】寛平后宮歌合、新撰万葉集、素性集、古今和歌六帖、定家八代抄、色葉和難集、桐火桶、歌林良材

【主な派生歌】
梅の花恋しきことの色ぞそふうたてにほひのきえぬ衣に(式子内親王)
散ると見てあるべき春もなきものをうたて桜を風の吹くらむ(藤原家隆)
玉桙のゆくてばかりを梅の花うたてにほひの人したふらむ(藤原定家)
人待たで寝なましものを梅の花うたて匂ひのよはの春風(*宗尊親王)
惜しむなよ誰もうき世の花ざかり散ると見てこそあるべきものを(宗良親王)

山の桜をみてよめる

見てのみや人にかたらむさくら花てごとに折りて家づとにせむ(古今55)

【通釈】眺めているだけで、その美しさを人に語り得ようか。この桜花を、さあ皆、各自の手で折り取って、都の家族へのおみやげにしよう。

【補記】連れ立って山の桜を見に行った時の詠。

【他出】素性集、新撰和歌、古今和歌六帖、三十人撰、深窓秘抄、和漢朗詠集、三十六人撰

【主な派生歌】
みてのみやけふもすぎなむ白雲の夕ゐる嶺の花の下陰(西園寺公相)
見てのみや山路に千世を送るべきいざ折りとらむ白菊の花(飛鳥井雅親)
卯の花を手ごとにをりてかへらまし山郭公聞きししるしに(賀茂真淵)

花山にて、道俗、酒らたうべける折に

山守は言はば言はなむ高砂のをのへの桜折りてかざさむ(後撰50)

【通釈】山の番人は文句があるなら言うがよい。峰の桜を今日は折り取って挿頭(かざ)そう。

【語釈】◇花山 素性の父遍昭が住持をしていた花山の元慶寺か。現在の京都市山科区花山。◇道俗 法師と俗人。◇高砂の 「をのへ」の枕詞◇かざさむ 頭髪に挿して飾ろう。「かざし」は、もとは植物の霊力を身につけるための呪(まじない)であった。

【他出】素性集、古今和歌六帖、俊頼髄脳、奥義抄、五代集歌枕、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、六華集

【主な派生歌】
山もりもをらばやいはむ高砂のをのへの桜宿しばしかせ(藤原家隆)
ふく風をいはばいはなむ桜花ちりかふころの春の山守(藤原信実[続後撰])

花ざかりに京をみやりてよめる

見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける(古今56)

【通釈】都をはるかに見渡せば、柳の翠と、桜の白と、交ぜ込んで、さながら春の錦であった。

【補記】錦は秋の紅葉の喩えとするのが常であったが、都の春景こそが錦織物である、と見た。

【他出】素性集、新撰和歌、古今和歌六帖、三十人撰、和漢朗詠集、三十六人撰、綺語抄、古来風躰抄、雲玉集

【主な派生歌】
都べはなべて錦となりにけり桜を折らぬ人しなければ(藤原定家)
庭の面は柳桜をこきまぜむ春のにしきの数ならずとも(藤原定家)
みわたせば松に紅葉をこきまぜて山こそ秋の錦なりけれ(藤原良経)
たつた姫松にもみぢをこきまぜて都の外の錦とぞみる(宗良親王)
こきまぜし柳さくらの春の夢見わたせばまた雪の初花(正徹)
こきまぜし柳桜を宮城野の秋の錦ぞ春にまされる(正広)
秋も又千種の花をこきまぜて都の野べぞ錦なりける(松永貞徳)
我もまた心そらなり都人やなぎさくらをもてはやすとき(木下長嘯子)
これも又錦なりけりこきまぜて萩も薄もなびく秋風(後水尾院)
春ならぬ錦を木々にこきまぜて都の山も紅葉する比(武者小路実陰)
都人柳さくらにこきまぜて袖のにしきもかをる春かな(香川景樹)

桜の花の散り侍りけるを見てよみける

花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ(古今76)

【通釈】花を散らす風の泊る宿はどこか、誰か知っているか。私に教えてくれ。そこへ行って怨み言を言おう。

【補記】風を擬人化。花を散らしてすでに吹きやんだ風に対し、憤っているという趣向。三句・四句切れが啖呵を切るような歯切れ良さを生み出している。

【他出】素性集、古今和歌六帖、宝物集、定家八代抄、桐火桶

【主な派生歌】
吉野山こずゑの空に花さそふ風のやどりは峰のしら雲(藤原範宗)
恨みてもかひこそなけれ行く春の帰るかたをばそこと知らねば(藤原定家)
吹く風はやどりもしらず谷川の花のゆくへを行きて恨みむ(道助法親王[続拾遺])
恨むべき風のやどりをしらねばやちるをば花のうきになすらむ(近衛基平[続古今])
秋と吹く風のやどりはうき人のこころなりけり行きてうらみむ(宗良親王)
しらざりし風のやどりは荻の葉にありとも秋はなにに恨みむ(後崇光院)
よもしらじ風のやどりは尋ぬとも夕の雲の帰るところを(正徹)

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

花の木も今はほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり(古今92)

【通釈】花の咲く木も、もう今は山から掘って来て庭に植えたりはしまい。春になったので、花ははかなく散ってしまい、それに倣って人の心も移ろうのであったよ。

【補記】花の咲いている間は遊びに来てくれた人も、花が散ってしまえば疎遠になる。そのような苦い経験に飽いて、二度と花の木を自邸に植えまい、との心。

【他出】寛平后宮歌合、新撰万葉集、素性集、古今和歌六帖

【主な派生歌】
ほりうゑて見るはうれしき花の木のうつろふにこそならひわびぬれ(慈円)
年へてもまつとはたれかうゑおきしつれなき色に人ならひけり(土御門院)
秋萩も今はほりうゑじ宮城野は千里のみちに人なやみけり(下河辺長流)

雲林院のみこのもとに、花見に、北山のほとりにまかれりける時によめる

いざ今日は春の山べにまじりなむ暮れなばなげの花のかげかは(古今95)

【通釈】さあ今日は春の山辺に分け入ろう。日が暮れても、宿るのに恰好な花の蔭がなさそうだろうか、たくさんあるではないか。

【語釈】◇暮れなばなげの… 「くれぬともなかるべきはなのかげかは。夜も花にまじりてねなむと読る也」(僻案抄)。

【補記】桜の満開の日、「雲林院のみこ」すなわち常康親王にお供して北山(京の北方の山)の花見に出掛けた時の作。

【他出】素性集、新撰和歌、古今和歌六帖、奥義抄、和歌色葉、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、僻案抄、西行上人談抄、色葉和難集

【主な派生歌】
おのづからそこともしらぬ月は見つ暮れなばなげの花をたのみて(*藤原定家)
み吉野やなげの桜をたのみにてしをりもしらぬ山の夕暮(後鳥羽院)
今は又花のかげとも頼まれず暮れなばなげの春の日数に(藤原信実[新後撰])
いかにしてしばしとどめむ桜花散りなばなげの春の日数を(洞院実雄[続千載])
暮れなばと思ひし花の木のもとに聞きすてがたき鐘の音かな(*頓阿)
今いくか春の山べにまじりても花の色にはあかずぞあらまし(花山院長親)
よしやふけ暮なばなげの桜花ちるをだにみむ春の夕風(小沢蘆庵)

春の歌とてよめる

いつまでか野辺に心のあくがれむ花しちらずは千世もへぬべし(古今96)

【通釈】桜の咲く野辺に、いつまで私の心は憧れ続けることだろうか。花が散らなかったなら、千年もそのまま経過してしまうにちがいない。

【補記】「あくがれ」の原義は、魂が身体を離れ、何らかの対象へ向かってさまよい出ること。

【他出】素性集、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
よとともに野べに心やあくがれむもとあらの萩の花しちらずは(藤原顕季)
鶯のはつねを松にさそはれてはるけき野べに千世も経ぬべし(藤原定家)
たれしかも野べに心のあくがれてそこともいはぬ花をみるらむ(順徳院)
妻こふる野辺に心のあくがれて牡鹿なくなり秋の夕暮(嘉喜門院)
野べに出でて花しちらずは千世もとは幾春秋をながめきつらむ(三条西実隆)

鶯の鳴くをよめる

()づたへばおのが羽風にちる花をたれにおほせてここらなくらむ(古今109)

【通釈】鶯は枝を伝って飛び移るので、自分の羽風で花が散るというのに、いったいそれを誰のせいにしてしきりと鳴いているのだろうか。

【参考歌】作者不明記「古今和歌六帖」
うぐひすのおのがは風にちる花をたれにおほせてここら鳴くらむ
(注:古今和歌六帖には古今集素性歌と全く同一の歌も別に載っているが、それも作者名は不明記である。)

【他出】素性集、古今和歌六帖、俊頼髄脳、和歌一字抄、袋草紙、歌林良材

【主な派生歌】
梅がえに降りつむ雪は鶯の羽風に散るも花かとぞみる(*藤原顕輔[千載])
身をすてぬ心よわさのすることをたれにおほせて世を恨むらん(源有房)

春の歌とてよめる

思ふどち春の山べにうちむれてそことも言はぬ旅寝してしか(古今126)

【通釈】気の知れた仲間同士、春の山に連れ立って行って、どこの花の蔭ともかまわず野宿してみたいものだ。

【補記】『素性集』など、第四句を「そこともしらぬ」とする本もある。

【他出】素性集、古今和歌六帖、定家八代抄、僻案抄、西行上人談抄、色葉和難集、井蛙抄、歌林良材

【主な派生歌】
思ふどちそこともしらず行暮れぬ花の宿かせのべの鶯(*藤原家隆)
思ふどち春のかたみにすみれ摘む野原のまとゐ雨はそほ降る(藤原定家)
たれしかも野べに心のあくがれてそこともいはぬ花をみるらむ(順徳院)
おもふどち野をなつかしみうちむれて春の日ぐらし菫をぞつむ(西園寺実材母)
おもふどちむれてぞきつる春の山かすみの袖にたなびかれつつ(三条西実隆)
おもふどち春の円ゐのあかぬ野に暮るるも惜しき花の下陰(武者小路実陰)

春の歌とて

春ふかくなりゆく草のあさみどり野原の雨はふりにけらしも(新後拾遺639)

【通釈】春は深まり、色を増してゆく草の浅緑――野原を濡らす雨はたびたび降ったようであるなあ。

【補記】藤原基家の私撰集『雲葉集』にも見える歌だが、典拠は不明。

題しらず

をしめどもとまらぬ春もあるものを言はぬにきたる夏衣かな(新古176)

【通釈】いくら惜しんでも止まらずに去ってしまう春もあるのに、呼びもしない夏がやって来て夏衣を着ることだ。

【補記】更衣(ころもがえ)の歌。「きたる」に「着たる」を掛ける。なおこの歌、『素性集』では正保版歌仙家集本系統にのみ見える作で、後世の増補と思われる。

時鳥(ほととぎす)のはじめて鳴きけるをききて

ほととぎす初声きけばあぢきなくぬしさだまらぬ恋せらるはた(古今143)

【通釈】ほととぎすの初声を聞くと、どうしようもなく、誰に惹かれるのかも判然としない、人恋しい気持が起こるよ、やはり。

【補記】時鳥自身が恋しさ故に鳴くという考え方があり、その声を聞く者もまた恋しさに身を苛まれると考えられた。なお『素性集』『古今和歌六帖』は第二句「鳴くこゑ聞けば」とする。また後者は作者伊勢とする。

【他出】素性集、古今和歌六帖、奥義抄、色葉和難集、歌林良材

【参考歌】大伴坂上郎女「万葉集」
何しかもここだく恋ふるほととぎす鳴く声聞けば恋こそまされ

【主な派生歌】
梅が香のたが里わかず匂ふ夜はぬしさだまらぬ春風ぞ吹く(行念[新勅撰])
我がためと聞きやなさまし霍公鳥ぬしさだまらぬ己が初音を(冷泉為相[風雅])
たが里の垣ねもおなじ匂ひとてぬしさだまらぬ梅の下風(藤原宗秀[新千載])
心あてにそれかとばかり伝へ来てぬしさだまらぬ夕顔の花(丹波忠守[新続古今])

奈良の石上寺(いそのかみでら)にて郭公の鳴くをよめる

いそのかみふるき宮この郭公こゑばかりこそ昔なりけれ(古今144)

【通釈】石上の布留、その「ふる」い皇居の地に鳴く時鳥よ、あたりの様子はかつてと変わってしまったが、その声だけは昔のままであることよ。

【語釈】詞書の「石上寺」は奈良県天理市にあった寺。素性の住した良因院のことか。「いそのかみ」は布留(ふる)の地にあったので、「ふるき」の枕詞となる。「宮こ」は「皇居のある場所」。布留地方にはかつて安康天皇の石上穴穂宮、仁賢天皇の石上広高宮があった。

【他出】素性集、新撰和歌、五代集歌枕、袖中抄、古来風躰抄、集か大体、歌枕名寄、桐火桶

題しらず

こよひ来む人には逢はじ七夕のひさしきほどに待ちもこそすれ(古今181)

【通釈】七夕の今夜、わが家を訪れる人には会うまい。織女が牽牛を待つように、再び会えるまで長い間待つことになってしまうから。

【他出】素性集、新撰和歌、古今和歌六帖

藤袴をよめる

ぬししらぬ香こそにほへれ秋の野にたがぬぎかけし藤袴ぞも(古今241)

【通釈】持ち主は知らないけれども、すばらしい香が匂うことよ。秋の野に誰が脱いで掛けた藤袴なのか。

藤袴
藤袴

【補記】フジバカマはキク科の植物で、秋の七草の一つ。初秋、茎の先に紫色の小さな花が群がって咲く。この花の名に「ふじ色の袴」の意を掛けて洒落た。

【他出】素性集、古今和歌六帖、和漢朗詠集、和歌童蒙抄、定家八代抄

【参考歌】藤原敏行「古今集」
なに人かきてぬぎかけし藤袴くる秋ごとに野べをにほはす

【主な派生歌】
山風にさけるつつじは佐保姫にたがぬぎかけしゆるし色めも(待賢門院安藝)
ぬししらぬ香こそ袂に移りぬれ垣ねのうめに春風ぞふく(平忠盛)
荒れにけり籬の苔の深緑たがぬぎかけし衣なるらむ(後嵯峨院[新続古今])
故郷のみかきが原の藤袴たがぬぎかけしにほひなるらむ(宗尊親王)

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕かげのやまとなでしこ(古今244)

大和撫子
大和撫子

【通釈】私だけがあわれと思うだろうか。こおろぎの鳴く夕べの光の中に咲いている大和撫子の花よ。

【語釈】◇やまとなでしこ 日本原産。河原撫子とも言う。夏から秋にかけて紅紫色の花をつける。万葉集でも愛しい恋人に比喩されるなど、古来その可憐な風情が愛された。

【補記】この「あはれ」には、撫子の花の、色鮮やかだが決して華やかとは言えない、寂しさを含んだ可憐な風趣に対する心情が籠められていよう。

【他出】寛平后宮歌合、古今和歌六帖、俊成三十六人歌合、定家十体(濃様)、定家八代抄、時代不同歌合

【主な派生歌】
人もがな見せも聞かせも萩の花さく夕かげのひぐらしの声(*和泉式部)
日ぐらしのなく夕かげの秋萩に露おきかはす大和なでしこ(藤原家隆)
ひぐらしの鳴く木隠れの山かげに夕露にほふ大和撫子(後鳥羽院)
草葉にも哀はかけよ松虫のなく夕かげの秋の初霜(正徹)
きりぎりすなく夕かげの花のうへも心にかへる庭のしら雪(三条西実隆)
きりぎりすなく夕かげの秋風も心にかよふせみのこゑかな(〃)
きりぎりす鳴く夕かげの山風によわり初めぬる日ぐらしの声(小沢蘆庵)

仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる

ぬれてほす山ぢの菊の露のまにいつか千とせを我は経にけむ(古今273)

【通釈】菊の露に濡れては乾かしつつ行く山道――その「露の間」ではないが、いったいいつの間に千年を私は過ごしてしまったのだろうか。

【補記】山奥の仙人の宮殿へ、菊を分けて辿り着いた人を描いた屏風絵に添えた歌。画中人物の心になって詠んでいる。「露」に「わずかの間」を意味する「露の間」を掛けている。菊の花についた露は長寿の効験があるとされた。

【鑑賞】「此歌『濡れてほす』とおける五文字の殊にめでたく侍るに、又『山路の菊の露のまに』といへるもありがたくつづけて侍るによりて、すゑの句もなにとなくひかれて、いみじくきこゆるなり。」(藤原俊成『古来風躰抄』)。

【他出】寛平御時菊合、素性集、新撰和歌、古今和歌六帖、和漢朗詠集、俊頼髄脳、奥義抄、宝物集、古来風躰抄、定家八代抄、色葉和難集、歌林良材

【主な派生詩歌】
山人の折る袖にほふ菊の露うちはらふにも千代はへぬべし(*藤原俊成[新古今])
たづねつつ山ぢの菊を折る袖に露もいく千世おかむとすらむ(藤原家隆)
かぎりなき山ぢの菊のかげなれば露もや千世を契りおくらむ(藤原定家)
わけ過ぐる山ぢの菊の花のかにぬれてもほさぬ袖の白露(二条為定[新後拾遺])
いく千代も結びかさねよ秋の露山ぢの菊のほしあへぬまで(宗良親王)
盃や山路の菊と是を干す(芭蕉)

二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢ流れたるかたを画けりけるを題にてよめる

もみぢ葉のながれてとまる湊には紅深き浪やたつらむ(古今293)

【通釈】川に散り落ちたもみじ葉が流れて行き着く湊には、深い紅色の波が立つだろうか。

【補記】「湊」は船着場。船が泊る所なので、それに因み「とまる湊」と言いなした。二条后藤原高子が「春宮(皇太子)の御息所」と呼ばれていた時(貞観十一〜十八年)、部屋を飾る屏風絵に添えられた歌。

北山に僧正遍昭とたけ狩りにまかれりけるによめる

もみぢ葉は袖にこきいれてもていでなむ秋は限りと見む人のため(古今309)

【通釈】もみじの葉は袖にしごき入れて山から持って出よう。秋はもう終りと思っている人のために。

【補記】父遍昭ときのこ狩りに山に入った時の作。「秋は限りと見む人」とは、秋も最後の日を迎え、まだ山に紅葉が残っているなどとは思っていないだろう人。

【他出】秋萩集、素性集、新撰和歌、古今和歌六帖、古来風躰抄

【主な派生歌】
山姫の形見にそむる紅葉ばを袖にこきいるるよもの秋かぜ(藤原定家)
もみぢ葉を袖にこきいれてかへりけむ人の心のいろをみるかな(藤原雅経)
風ふけばこきいれぬ袖もつつむまで都のつとにちるもみぢかな(契沖)

鏡山を越ゆとて

かがみやま山かきくもりしぐるれど紅葉あかくぞ秋は見えける(後撰393)

【通釈】鏡山では山をかき曇らせて時雨が降るけれども、秋は紅葉が赤々と美しく見えるよ。

【補記】鏡山は近江国の歌枕。三上山の北東、竜王山・星ケ峰などの山々の総称であったらしい。中山道に沿い、東国との間を往き来する旅人の目を楽しませた。「くもり」は鏡の縁語になっている。

題しらず

もみぢ葉に道はむもれてあともなしいづくよりかは秋のゆくらむ(続後撰456)

【通釈】山道はもみじの葉に埋め尽され、痕跡もとどめない。いったいどこを通って秋は去ってゆくのだろうか。

【補記】秋という季節もまた道を通って往き来する、と見なした。これは必ずしも「擬人化」とは言えない。古代人にとって道は人のためのものである以前に、神々の通り路だったからである。『素性集』には見えない歌。

【主な派生歌】
白露とおきゐつつのみあるべきをいづちみすてて秋のゆくらむ(和泉式部)
もみぢ葉のちりかひくもる夕時雨いづれか道と秋のゆくらむ(源有長[新勅撰])

亭子院の奈良におはしましたりける時、龍田山にて

雨ふらば紅葉のかげにやどりつつ龍田の山に今日は暮らさむ(続古今898)

【通釈】雨が降ったら、紅葉した木の蔭に雨宿りしながら、今日は立田山に日を暮らそう。

【補記】亭子院(宇多上皇)の大和国御幸に供奉しての作。この雨は時雨であるから、降っては止み、降っては止みする。ゆえに「やどりつつ」との言い方になる。

本康(もとやす)のみこの七十(ななそぢ)の賀のうしろの屏風によみてかきける (二首)

いにしへにありきあらずは知らねども千とせのためし君にはじめむ(古今353)

【通釈】過去にあったかどうかは知りませんけれども、千年の長寿の例をあなたで最初にしましょう。

【補記】本康親王(仁明天皇の皇子)の七十歳の祝賀に際し屏風歌として詠まれたもの。

【他出】素性集、新撰和歌、古今和歌六帖、定家八代抄

 

ふして思ひおきて(かぞ)ふる万代は神ぞしるらむ我が君のため(古今354)

【通釈】寝ても覚めても、ひたすら祈り数える万年の長寿は、我が君のためを思って、神がご考慮下さるでしょう。

【補記】前の歌の「千年」をさらに「万代」に言い換え、神のご加護があることを言って祝意を補強した。

良岑のつねなりが四十(よそぢ)の賀に、むすめにかはりてよみ侍りける

よろづ世をまつにぞ君をいはひつる千とせのかげにすまむと思へば(古今356)

【通釈】万年にもわたる長寿を期待し、松にことよせて父君の将来を言祝(ことほ)ぎます。私も千年の生命の恩恵を受けてその蔭に生きようと思いますので。

【補記】「良岑のつなねり」は貞観十七年(875)に従四位下で亡くなった良岑経世かと言う(賀茂真淵『古今和歌集打聴』)。素性の近親か。「まつ」に「松」「待つ」を掛ける。松は長寿の象徴。

【他出】素性集、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
ながらへてかひ有ることをまつなれや君が千とせのかげにかくれて(慈円)

内侍のかみの、右大将藤原朝臣の四十賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた

春日野に若菜つみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ(古今357)

【通釈】春日野に若菜を摘んでは、万年にも及ぶ長寿をお祈りする心は、神もご照覧下さるでしょう。

【補記】題詞の「内侍のかみ(尚侍)」は藤原満子。「右大将藤原朝臣」は満子の兄、定国。延喜五年(905)二月の詠。

【他出】素性集、五代集歌枕、古来風躰抄、定家八代抄、八雲御抄、歌枕名寄

題しらず

おとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし(古今470)

【通釈】あの人を噂にばかり聞いて、菊の白露が夜は置き昼は光に耐えられず消えてしまうように、私も夜は起きてばかりいて昼は恋しい思いに死んでしまいそうです。

【補記】「きく」は「聞く」「菊」、「おきて」は「置きて」「起きて」の掛詞。また「思ひ」に「日」を掛ける。

【他出】素性集、新撰和歌、和歌体十種、俊成三十六人歌合、定家八代抄、時代不同歌合

【主な派生歌】
我が宿の菊の白露万世の秋のためしにおきてこそみめ(清原元輔[続後撰])
とくみのり菊の白露夜はおきてつとめて消えむことをしぞ思ふ(慈円[新古今])

恋の歌とて

みぬ人を心ひとつにたづぬればまだ知らねども恋しかりけり(続古今948)

【通釈】逢ったことのない人なのだが、自分の胸一つに尋ね求めてみれば、まだ知らないけれども恋しいのだったよ。

【補記】『素性集』の正保版歌仙家集本系統にのみ見える歌。後世の増補または混入部分と推測されている中間部三十首の一である。

題しらず

秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむ暮るる夜ごとに(古今555)

【通釈】秋風が身に沁みて寒いので、つれない人ではあるが、こうして頼みにするのです。暮れてゆく夜ごと夜ごとに。

【補記】女の立場で詠む。秋の夜風の侘びしい情趣が人恋しさを増す。

【他出】素性集、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
草の庵やくるる夜ごとの秋風にさそはれわたる旅の露けさ(藤原定家)
秋風に妻まつ山の夜をさむみさこそ尾上の鹿は啼くらめ(藤原信実[続後撰])
つれもなき妻をやたのむ秋風の身にさむき夜は鹿も鳴くなり(土御門院小宰相)
里人も暮るる夜ごとに秋風の身にしむ比と衣うつなり(嘉喜門院)

題しらず

はかなくて夢にも人を見つる夜はあしたの床ぞおきうかりける(古今575)

【通釈】あっけない有様で夢に恋人を見た夜は、名残惜しくて、朝の寝床から起きるのが辛いのだ。

【補記】「夢にも」の「も」には、現実においてもはかない恋であることが含意されていると見るべきか。「も」を詠嘆と解する説もある。

【参考歌】作者不明記「古今和歌六帖」
夢にてもこひしき人をみつる夜はあしたの床ぞおきうかりける

題しらず

今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな(古今691)

【通釈】あの人がすぐ来ようと言ったばかりに、私はこの長月の長夜を待ち続け、とうとう有明の月に出遭ってしまった。

【語釈】◇今来む すぐ行こう。男が言ったこと。待つ女の立場から見て「来む」と言っている。男がこう言った状況については、後朝(きぬぎぬ)の別れの時に言い残して行ったと見る説、夕方に手紙を寄越したと見る説などがある。◇長月 陰暦九月。晩秋。掛詞というわけではないが、秋の夜が「長」い意が響く。◇有明の月 夜遅く出て、明け方の空に白々と残る月。おおよそ陰暦二十日以降の月を言うので、秋も残り少ないことが暗示される。◇待ち出でつるかな 待った挙句、月が出て来るのに会ってしまった、ということ。待ち人に会わずに月に会ってしまった、という面白みがある。

【補記】男の訪問を待つ女の立場で詠まれた歌。女が待たされた期間について、一夜だけと解釈する「一夜説」と、数ヶ月に渡るとする「月来(つきごろ)説」がある。藤原定家は『顕註密勘』に「今こむといひし人を月ごろ待程に、秋もくれ月さへ在明に成ぬとぞよみ侍けん、こよひばかりは猶心づくしならずや」と注しており、その影響あって中世の百人一首注釈書では「月来説」が支持されていた。しかし古今集では「久待恋」でなく「待恋」の歌群に排列されているので一夜説が適当であるとした契沖説(改観抄)以後、一夜説を支持する評者も多い。

【他出】素性集、古今和歌六帖、金玉集、前十五番歌合、三十人撰、深窓秘抄、和漢朗詠集、三十六人撰、和歌体十種、俊頼髄脳、奥義抄、和歌童蒙抄、和歌十体、和歌色葉、古来風躰抄、俊成三十六人歌合、定家十体(幽玄様)、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌(自筆本)、時代不同歌合、百人一首、和歌用意条々、悦目抄、井蛙抄

【参考歌】作者不明「万葉集」巻十
長月の有明の月夜ありつつも君が来まさば吾恋ひめやも
  遍昭「古今集」
今こむといひてわかれしあしたより思ひくらしのねをのみぞなく
  作者不詳「後撰集」
今こむと言ひしばかりを命にて待つにけぬべしさくさめの刀自

【主な派生詩歌】
今こむと頼めてかはる秋の夜のあくるもしらぬ松虫のこゑ(藤原家隆)
山の端に月も待ちいでぬ夜をかさねなほ雲のぼる五月雨の空(藤原定家)
かはらずも待ちいでつるかな郭公月にほのめくこぞのふる声(〃)
忘れじといひしばかりのなごりとてそのよの月はめぐりきにけり(*藤原有家[新古今])
あぢきなく頼めぬ月の影もうしいひしばかりの有明の空(藤原忠良[新続古今])
いはざりき今こむまでの空の雲月日へだてて物思へとは(*藤原良経[新古今])
月見ばといひしばかりの人はこで槙の戸たたく庭の松かぜ(〃[新古今])
長月のありあけの月のあけがたを誰まつ人のながめわぶらむ(藤原良経)
今こむとたのめやはせし郭公ふけぬる夜半をなに恨むらん(〃)
ふりにけり時雨は袖に秋かけて言ひしばかりを待つとせしまに(*藤原俊成女[新古今])
今こむと頼めやおきし郭公月ぞたちいづる有明の声(後鳥羽院)
今こむとたのめしことを忘れずはこの夕暮の月や待つらむ(*藤原秀能[新古今])
今こむと契りしことは夢ながら見し夜に似たる有明の月(*源通具[新古今])
今こむと言はぬばかりぞ子規有明の月のむら雨の空(*順徳院[続後撰])
長月の有明の月をみてもまづ今こむまでの秋をこそまて(藤原為家)
頼めてもむなしき空のいつはりにふけゆく月をまちいでつるかな(道助法親王[続後撰])
今こむとたのめし人のいつはりをいくあり明の月に待つらむ(宗尊親王[続拾遺])
今こむとたのめぬ夜はの月をだに猶まち出づる在明の空(洞院実雄 〃)
今こんといひしは雁の料理哉(西山宗因)

題しらず

秋風に山の木の葉のうつろへば人のこころもいかがとぞ思ふ(古今714)

【通釈】秋風が吹いて山の木の葉は散ってしまうのだから、人の心も「飽き」風が吹けばどうなってしまうのかと心配だことよ。

【補記】秋に「飽き」を掛ける。女の立場で詠む。

【主な派生歌】
秋もいまはしぐるるほどになりにけり山の木の葉の空にうつろふ(藤原雅経)
おのれさへうつろふばかりそめてけり山の木の葉の秋のしら露(正徹)

題しらず

そこひなき淵やはさわぐ山河のあさき瀬にこそあだ浪はたて(古今722)

【通釈】底知れず深く湛えた水は、音を立てますか。山あいの川の浅瀬にこそ、いたずらに騒がしい波が立つのです。

【補記】浅薄な心の持ち主は多言であるのに対し、深く思いを潜めた者はたやすく口には出さない、ということ。恋人から冷淡さをなじられたのに対する返答として詠まれたと思われる。格言めかしてはいるが、実は軽妙な機知の歌。

題しらず

思ふともかれなむ人をいかがせむあかず散りぬる花とこそ見め(古今799)

【通釈】いくら恋しく思っても、離れてゆく人をどうしよう。花が枯れるのを止められないように、仕様がないことだ。見飽きないまま散ってしまう花だと思って諦めようよ。

【補記】「離(か)れ」「枯れ」の掛詞によって、自然と人事を共鳴させる。そして自然の道理に人情を従わせることで、自らに失恋を受け入れさせようとしているのである。

【主な派生歌】
春風にあかずちりぬる花よりもちぎりしことのはこそわすれね(大江匡房)

題しらず

うちたのむ君が心のつらからば野にも山にもゆきかくれなむ(玉葉1330)

【通釈】頼みとするあなたの心が冷淡であったなら、私は野にでも山にでも行って姿をくらましてしまいましょう。

【補記】歌仙家集本系『素性集』の増補(または混入)部分にある歌。ただし語句に異同あり、「うちたのむ人の心のつらければ野にも山にもいざかくれなむ」。

題しらず

しきたへの枕をだにもかさばこそ夢のたましひ下にかよはめ(万代集)

【通釈】せめてあなたの枕だけでも貸してくれたなら、私の魂は夢の中を逢いに行って、ひそかにあなたのもとへ通うだろう。

【補記】『素性集』西本願寺本は結句「したこがれせめ」。

題しらず

いかりおろす舟の綱手は細くともいのちのかぎり絶えじとぞ思ふ(続後拾遺852)

【通釈】錨を下ろした舟を曳く綱は細くても切れない。そのように、あなたとの仲は細々と繋がっているだけだけれども、命ある限り絶えるまいと思うことだ。

【補記】上三句は「絶えじ」を導く序詞。『素性集』歌仙家集本系の増補部分に見え、『万代集』にも採られた歌。『素性集』は第三句「をそくとも」。

題しらず

恋しさに思ひみだれてねぬる夜のふかき夢ぢをうつつともがな(新千載1154)

【通釈】恋しさに思い乱れて寝た夜更け、あの人と深く契り合う夢を見た――この夢を現実としたいものだ。

【補記】「ふかき」は「夜」を受けて夜の奥深さを言うと共に、「夢ぢ」にかかって「濃密な夢」といった意をなす。新後拾遺集恋二に重出。『素性集』(歌仙家集本系統)には第二・三句「思ひみだるる世中に」とある。

題しらず

忘れなむ後しのべとぞ空蝉のむなしきからを袖にとどむる(素性集)

【通釈】忘れてしまった後も、私のことを慕ってくれと思って、蝉の抜け殻をあなたの袖に残してゆきます。

【補記】恋い死にするとの脅迫的予告である。新後拾遺集、恋五巻頭歌。但し第二句「時しのべとぞ」とする。

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
わすられむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをとどむる

【主な派生歌】
ねになきて我恋ひ死なばうつせみのむなしきからを哀ともみよ(藤原行家)

寛平御時、御屏風に歌かかせたまひける時、よみてかきける

わすれ草なにをか種と思ひしはつれなき人のこころなりけり(古今802)

【通釈】恋を忘れるという忘れ草は、何を種として生えるのかと思ったら、冷淡な人の心でしたよ。

【補記】忘れ草はユリ科のヤブカンゾウであろうと言う。

延喜御時、御むまをつかはして、はやくまゐるべきよしおほせつかはしたりければ、すなはちまゐりて、おほせごとうけたまはれる人につかはしける

望月のこまよりおそく出でつればたどるたどるぞ山は越えつる(後撰1144)

【通釈】十五夜の月が木の間から出たのが遅く、また私の乗る馬の出発も遅れましたので、暗い夜道を辿り辿りしながら山を越えて参りました。

【補記】詞書を訳すと「醍醐天皇の御代、御馬を私(素性)のもとに遣わして、早く内裏に参るようにご命令があったので、すぐに参って、御命令を承って馬をさし向けた人に届けさせた」。「こま」に「木間」「駒」を掛け、「望月の駒」(信濃国望月の名馬)を隠している。拾遺集438に重出。詞書は「花山にまかりて侍りけるに、駒牽きの御馬を遣はしたりければ」。

【他出】素性集、古今和歌六帖、拾遺集、色葉和難集、歌枕名寄

朱雀院の奈良におはしましたりける時に、たむけ山にてよみける

たむけにはつづりの袖もきるべきに紅葉に飽ける神やかへさむ(古今421)

【通釈】手向(たむけ)には私の粗末な僧衣を切り取って捧げるべきでしょうが、周囲の美しい紅葉に飽いたこちらの神は、そんなものお返しになるでしょうか。

【補記】昌泰元年(898)、宇多法皇の大和国御幸に供奉した際、山城・大和国境の手向山(今の奈良坂付近かと言う)で詠んだ歌。百人一首に取られた菅原道真の「このたびは幣もとりあへず…」と同じ時の作である。なお「つづりの袖」は継ぎはぎした袖のことで、ここでは自らの僧衣を謙遜して言う。古今集巻九羇旅歌巻軸。

【主な派生歌】
手向けする紅葉に飽けるみかみ山つづりの袖をあはれとも見よ(藤原為顕)
さらでだに紅葉に飽ける神なびのみむろの山はなほ時雨るなり(後嵯峨院[新千載])
植ゑ置きてもみぢにあける主や誰ただ深山木のかげの家ゐに(後柏原院)
いざさらば花のぬさをや手向山もみぢにあける神の心に(細川幽斎)
ふきはらふ風もとがめずさもこそはもみぢにあける神なびの森(下河辺長流)
露霜のかぎりを見せよ手向山もみぢにあける秋のにしきも(霊元院)

宮の滝と言ふ所に、法皇おはしましたりけるに、おほせごとありて

秋山にまどふ心を宮滝のたきの(しら)あわにけちやはててむ(後撰1367)

【通釈】出家の身でありながら秋山の美しさに惑う私の心を、この宮滝の奔湍の白い泡に消し尽してしまいたいものです。

【補記】宇多上皇の御幸に際し、吉野宮滝で詠んだ作。後撰集巻十九離別羇旅巻軸。

前太政大臣(さきのおほきおほいまうちぎみ)を、白川のあたりに送りける夜よめる

血の涙おちてぞたぎつ白川は君が世までの名にこそありけれ(古今830)

【通釈】血の涙が落ちて逆巻く。白川とはもはや呼べず、この名はあなたが生きておられた時までの名でしたことよ。

【補記】前太政大臣藤原良房を葬送した夜に詠んだ哀傷歌。良房は貞観十四年(872)九月二日薨。「白川」は京都市北東部を流れ賀茂川に合流する川。

【他出】素性集、新撰和歌、古今和歌六帖、和歌体十種、俊頼髄脳、奥義抄、和歌童蒙抄、五代集歌枕、大鏡、古来風躰抄、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄

題しらず

いづくにか世をばいとはむ心こそ野にも山にもまどふべらなれ(古今947)

【通釈】いったいどこで遁世の暮らしを送ろうか。身体は一所に定住したところで、心の方は野にいても山にいても惑うに決まっているのだから。

【補記】「まどふ」は野山の景観に心を動かされることを言うか。厭世と耽美との間で揺れる心。

【他出】素性集、新撰和歌、奥義抄

【主な派生歌】
ながめわびぬ秋よりほかの宿もがな野にも山にも月やすむらん(*式子内親王[新古今])


更新日:平成15年05月02日
最終更新日:平成19年10月09日