おしゃれスパイ危機連発 ★☆☆
(Caprice)

1967 US
監督:フランク・タシュリン
出演:ドリス・デイ、リチャード・ハリス、レイ・ウォルストン、エドワード・マルヘア

上:マタハリもかくやという女スパイを演ずるドリス・デイ

ここ数年の間にドリス・デイが出演した作品が続々とDVD化されていますが、そのような状況を見てもアメリカでは彼女の人気が現在でもいかに衰えていないかが分ります。彼女は決して出演作が少ないわけではないにも関わらず、これを書いている現在までに彼女の作品の8割近くはDVD化されたのではないかと思われ、私めもミュージカル作品以外は「ママは腕まくり」(1960)のような凡作であると見なしているタイトルを除いてセッセセッセと忠実に購入しています。因みに彼女の出演作の全リストとDVD発売状況を以下に記しておきます。調べはwww.amazon.comを参照しました。先頭に◎がついているものは、現在までに既にDVD化されているタイトルです。

◎「Romance on the High Sea」(1948)
◎「My Dream Is Yours」(1949)
▲「It's a Great Feeling」(1949)
◎「情熱の狂想曲」(1950)
▲「二人でお茶を」(1950)
◎「The West Point Story」(1950)
▲「Starlift」(1951)
◎「Storm Warning」(1951)
◎「Lullaby of Broadway」(1951)
◎「On Moonlight Bay」(1951)
◎「I'll See You in My Dreams」(1951)
◎「The Winning Team」(1952)
▲「April in Paris」(1952)
◎「By the Light of the Silvery Moon」(1953)
◎「カラミティ・ジェーン」(1953)
◎「Lucky Me」(1954)
◎「Young at Heart」(1954)
◎「情欲の悪魔」(1955)
◎「知りすぎていた男」(1956)
「影なき恐怖」(1956)
◎「パジャマ・ゲーム」(1957)
◎「先生のお気に入り」(1958)
▲「愛のトンネル」(1958)
◎「It Happened to Jane」(1959)
◎「夜を楽しく」(1959)
◎「ママは腕まくり」(1960)
誰かが狙っている」(1960)
◎「恋人よ帰れ」(1961)
◎「ミンクの手ざわり」(1962)
◎「ジャンボ」(1962)
◎「スリルのすべて」(1963)
◎「女房は生きていた」(1963)
◎「花は贈らないで」(1964)
◎「ただいま熱愛中」(1965)
◎「マーメイド作戦」(1966)
◎「おしゃれスパイ危機連発」(1967)
「The Ballad of Josie」(1967)
ニューヨークの大停電」(1968)
◎「With Six You Get Eggroll」(1968)

※先頭に▲がついているものはその後、2009/04/07に発売されたものであり、このため上記一覧と以下の記述の間に若干矛盾がありますが、ご容赦のほどを。(2009/04/13追記)

勿論上記はアメリカの状況であり、国内ではまだ7、8タイトルというところです。「二人でお茶を」のような日本でもポピュラーな作品があちらでは未発売なのは不思議ですが、この作品の場合には逆に国内ではワンコインバージョンで販売されています。それ以外の未発売のタイトルの中では、「愛のトンネル」と「誰かが狙っている」の二本は個人的に好きな作品であり是非とも早くDVD化してほしいと手ぐすねを引いて待っている状態です。いずれにせよ、これだけDVD作品が発売されているスターは、男優にしろ女優にしろほとんどおらず、アメリカ大統領になるくらいしか道が残されていなかったロナルド・レーガンとの共演作などという失礼ながら好事的興味以外ではどうでもよさそうな作品まで既に発売されているのには恐れ入ります。その中でも、「女房は生きていた」、「ただいま熱愛中」とともに今年(2007年)年頭に発売されたのがこの「おしゃれスパイ危機連発」です。「女房は生きていた」を除く二本は、ビデオでも長らく手に入らない状態だったので涙がチョチョ切れる程嬉しい限りです。さて「おしゃれスパイ危機連発」の興味深い点は、一種のボンドシリーズのパロディのような側面があることで、なななんと!かのドリス・デイがスパイを演じています。もともとボンドシリーズはスパイもののパロディのようなところがあるので、さしずめこの作品はパロディのパロディすなわちパロパロであるということになります。冒頭のスキーチェイスシーン後、いきなりアラレちゃんめがねのように大きなレンズがおしゃれな真っ黒なサングラスをかけてマタハリ然として彼女が登場するのには、意表をつかれると同時に笑えます(上掲画像参照)。実を云えば、同じくフランク・タシュリンが監督した前出演作の「マーメイド作戦」もスパイものコメディでしたが、前作では彼女はスパイであると間違えられ陰謀に巻き込まれるという役を演じていました。自身の出演したヒチコックもの「知りすぎていた男」のパロディ的な側面があり、「知りすぎていた男」の主題歌であった「ケ・セラ・セラ」を楽しそうに歌っていました。それに対して、「おしゃれスパイ危機連発」ではスパイはスパイでも化粧品業界に暗躍する産業スパイを演じていて、彼女としては珍しく、近寄ってきたリチャード・ハリス演ずるインターポール捜査官を空手を使ったアクションパフォーマンスで撃退したりします。まあさすがに、ぎこちなさはありますが。実際ストーリー的には言及すべき点は特にありませんが、スパイ映画のパロディシーンがなかなか楽しい作品です。たとえば、リチャード・ハリス演ずる捜査官が角砂糖の中に盗聴器を隠して彼女との会話を録音しようとしているのを盗み見た彼女が、ポテトチップスをバリバリと食べたり時計のゼンマイをギリギリと巻いたりして録音の妨害をしようとしているシーンなどいかにもドレス・デイらしく笑えます。この時リチャード・ハリス演ずる捜査官の仲間(ジャック・クラシェン)が盗聴器からの電波を拾って密室で密かに会話を聴いていますが、拡大された音が密室に鳴り響くのがスラップスティックコメディ的で傑作です。おまけに、彼女はガフ!とゲップまでしてくれます。さすがにこれは誰かが吹き替えたのでしょうが、たとえ吹き替えであったとしてもイメージが著しく損なわれるので体面に拘る通常の女優さんならば有り得ないところです。その他のシーンでも、映画館の2階席から落下したり泥だらけになるなど、ビッグスターであったにも関わらず体裁を全く気にしない相変わらずのパフォーマンスでオーディエンスを楽しませてくれます。マイケル・J・ポラード演ずるスケベ兄ちゃんに足をいやらしく撫でられるシーンなどもありますが、この当時の普通の女優さんであれば到底考えられないシーンでしょう。この辺りの屈託のなさに、彼女の人気の秘訣の1つがあると云えるかもしれませんね。「スリルのすべて」のレビューでかなり誇張気味に彼女を庶民化傾向を具現化した最初のビッグスターとして愛でましたが、実際彼女はビッグスターにありがちな疎遠さとは全く正反対の庶民的パーソナリティを有していました。しかしそれだけでは、この作品は他の多くのドリス・デイ映画の焼き直しということになってしまいますが、それと同時にこの作品独自の興味深さもあります。それは、それまでの作品とは異なり彼女はスパイであるという前提があるので(前作にしてもスパイであると間違えられたにすぎません)、普段にはない彼女のパフォーマンスが見られることです。冒頭のサングラスの彼女が意表をつくと同時に可笑しいのも、これまでの彼女のイメージとのギャップがあまりにも大きいからです。また彼女は、「ただいま熱愛中」のような例外はあるとしても、あまりファッションに気を配るようなタイプの俳優さんではありませんでしたが、この作品ではド派手な黄色い衣装を身にまとっていたり、カラーコーディネーションに細心の注意が払われたような出で立ちで登場したりします。原題にはない「おしゃれスパイ」というフレーズが邦題に入っているのは故なしとはしないわけです。かくしてそこにギャップがありながら、新奇なイメージとこれまでのイメージが対立しつつも融合して、パロディスパイ映画というおしゃれな作品に仕上がっていると見なせます。そればかりではなく更にこの作品には、ジェームズ・ボンドも真っ青になるようなスキーチェイスシーンがあります。前述したように冒頭にもスキーチェイスシーンはありますが、クライマックスのスキーチェイスシーンでは、崖からスキーでジャンプした彼女をリチャード・ハリス演ずる捜査官がヘリコプターから降ろされた梯子につかまって救い上げるなどというアクションシーンまであります。更に更に、悪漢の製造する化粧品には実は麻薬成分が含まれていて麻薬の密輸がその真の意図であったことが判明するくだりは、「フレンチ・コネクション」(1971)的な新奇さがあります。というよりも、ドリス・デイ映画と麻薬とは全く相容れないような印象があるので、余計に奇抜さが感じられるのですね。共演のリチャード・ハリスは、「テレマークの要塞」(1965)のレビューでも述べたように一歩間違うと映画そのものをおじゃんにする可能性を持った俳優さんであり、その意味においてはこの作品でも極めて危うい綱渡りをしているような第一印象があります。もしこの作品がいままでのドリス・デイ作品と同じであれば、彼は完全なミスキャストになっていたはずです。彼と比較すると前作「マーメイド作戦」のロッド・テイラーは、ケーリー・グラントを小型化したような弛緩性を大きな特徴としており、その意味でもいかにもドリス・デイと相性の良い俳優さんであったと云えます。しかし、「おしゃれスパイ危機連発」は前述の通りこれまでのドリス・デイ作品とはやや違った側面があり、今までの彼女のイメージと新奇さとのギャップに1つの特徴があります。このギャップに危ういながらも綺麗にはまり込んでいるのがリチャード・ハリスの存在であり、むしろ彼の存在を許しているという事実がこの作品の新奇さを証明していると云えるかもしれません。優れた作品であるとはとても云えませんが、ドリス・デイのファンには結構楽しめる作品であることには間違いがないでしょう。


2007/10/14 by Hiroshi Iruma
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