花は贈らないで ★★☆
(Send Me No Flowers)

1964 US
監督:ノーマン・ジュイソン
出演:ロック・ハドソン、ドリス・デイ、トニー・ランダール、エドワード・アンドリュース

左:ドリス・デイ、右:ロック・ハドソン

「花は贈らないで」は、60年代前半に製作されていたのどかなコメディの中の一本です。辛辣さもなければシャープさもなく、ケーリー・グラント主演のコメディのような都会的な瀟洒さもない代わりに、まさにイノセントな屈託のなさに溢れています。確かにロック・ハドソンは瀟洒さを持った俳優さんでしたが、コメディを含めたいくつかの作品でテキサス訛りまる出しのカッペを演じていることからも分かるように、ケーリー・グラントほどの都会的な感覚を持っていたわけではありません。かくして、「花は贈らないで」は、悪くいえばかなりぬるま湯的なコメディと評せますが、それが当時のコメディの大きな特徴でもあったのです。ロッド・テイラーやジェームズ・ガーナーのようなロック・ハドソンより遥かにシャープさのない俳優さんが、当時はコメディに出演して大いに受けていた時代なのです。いずれにせよ、ドタバタギャグを連発して、いかにも笑ってくれという声が聞こえてきそうなコメディに比べれば、安心して見ていられることも確かであり、止めようにも止まらない時間の専制に支配された現代から見ると、先を急がないのんびりした雰囲気には妙ななつかしさすら覚えます。ストーリーは、心配性の会社員(ロック・ハドソン)が、あと僅かしか生きられないと間違って思い込むところから始まります。珍しいことに、ロック・ハドソンはドリス・デイの旦那という役回りを演じており、いつもの独身貴族を謳歌する彼の姿はここには見られません。「花は贈らないで」で最も注目すべき点は、舞台が郊外住宅地に置かれていることにあります。確かに50年代にも、たとえば「必死の逃亡者」(1955)や「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」(1956)など、郊外を舞台とした作品はいくつか存在しましたが、コメディ分野、殊にロマコメにはほとんど存在しませんでした。というのも、ロック・ハドソンやケーリー・グラント演ずる独身貴族が、郊外住宅地で暮らしているというのでは、洒落にならないからです。郊外住宅地とはベッドタウンであり、すなわち都会を逃れた家族が住む町なのです。そのような生活臭は、ロック・ハドソンやケーリー・グラントには本来ほとんど無縁だったのであり、彼らが嫁さんと子供二人を連れて郊外住宅地の公園で家族サービスをしているシーンなどおよそ考えられなかったのです。ところが、「花は贈らないで」では、さすがに子供を引き連れていることはないとしても、嫁さんと二人で郊外住宅地に住む旦那の役をかつての独身貴族ロック・ハドソンが演じているのです。これは、50年代には考えられなかった現象ではないでしょうか。つまり、「スリルのすべて」(1963)のレビューでも述べたように、オーディエンスに親しみ易いキャラクターが求められるようになった60年代に入ると、ロック・ハドソンのような独身貴族を専売特許としていた役者ですら、生活臭漂う庶民的な人物を演じなければならなくなったということです。そのような点に新しさが見て取れる作品である一方、勿論ロック・ハドソン+ドリス・デイ+なぜかトニー・ランダール3点セットコメディから期待される従来のおかしさも十分に味わえます。ロック・ハドソン自身もそうですが、慌てものの彼に振り回されるドリス・デイやトニー・ランダールがいつものように愉快です。つらつら考えて見ると、ドリス・デイやトニー・ランダールが当時受けていた理由が、「花は贈らないで」を見ているとよく分かります。彼らは、アメリカ家庭の一種の象徴のような存在だったのですね。つまり、隠し事がなくのどかで平凡な家庭という小市民的なイメージに、二人がよくマッチしていたのではないかということです。それに対して、ロック・ハドソンは、従来的なカリスマ性も備えた俳優さんだったのであり、平凡さやのどかさ或いは隠し事のなさなどの小市民的な価値観とはむしろ本来無縁だったのであり、そこでドリス・デイとトニー・ランダールの二人がバランサーのような役割を果たしていたのです。こちらはコメディであるという事実を差し引いたとしても、60年代の作品に登場する平和な家庭が、昨今の映画でお馴染みの麻薬やら何やらで崩壊した家庭のイメージからいかに隔たっていたかがよく理解できるはずですが、そのような平和なイメージに大きな貢献をしていたのがドリス・デイとトニー・ランダールの持つパーソナリティだったのです。ベトナム戦争が始まった頃から、映画の中で両者を見かけることがほとんどなくなった理由は、単に彼らが年を取ったからというのみではないのかもしれません。


2001/06/02 by 雷小僧
(2008/10/26 revised by Hiroshi Iruma)
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