
草 枕 2026
Wandering in 2026
副操縦士
1月1日、南東海上に雲があったので、初日の出は少し遅れて7時過ぎだった。雑煮で新年を祝って、地元の神社に詣でる。お願いすることも決意表明することも
ないけれど、清々しい気分になった。
江ノ島線を南に3駅ほど散歩して、営業しているコーヒー店で休憩。
昨年から、マイクロソフト社から3年前にリリースされたAIツール「Copilot」を検索や文書の添削などに活用してきた。コ・パイロットとは副操縦士のことで、
相談者が「機長」ということらしい。謙虚なのだ。
今日、「副操縦士」に、「対話にあたってのポリシーは何か?」と尋ねてみた。
回答は、相手を尊重し、人格を否定しない、誠実で独断的にならない、相手の考えを無視せず共に思考を広げる、個人情報などの安全と安心を守る、相手の『文脈』を
大切にし歪曲しない、敵対せず対話を育てる、とのことだった。確かに、いつも寛大な大人の対応をしてくれる。私もそうありたい。
今年はAI元年になりそうだ。
| 初日 |
四国遍路覚
1月22日、9年前に父の机の引出しで見つけた先祖の日記「四国遍路覚」を読んだ。くずし字が読めないこともあって、気になりながらそのまま保管していたが、
ようやく原本を通読した。
三百三十年余り前に書かれた和綴じの日記の表紙はボロボロで、あちらこちらに虫食いの跡があるものの、町史に掲載された三重野悌三郎氏の精緻な解読文と対照しながら
時間をかけて読んだ。50カ所余りの宿泊先も現在の町村名と同じ地名もあり、ほぼ順路の見当もついた。
八十八カ所1300キロを江戸時代初期の先祖と共に歩いたような気分だ。
節分
2月3日、正月から晴天が続いて、遠くの雲取山や甲武信岳、国師ヶ岳などがはっきり見える。近くの丹沢には先週の雪が白く残り、その上に富士山の頂上が
覗いている。昨年の夏はあれほど暑かったのに、この冬は寒い。けれど陽射しは暖かい。蝋梅や紅白梅が咲いて椿の花ももうすぐ開きそうだ。
e-Taxで確定申告を済ませ、日曜日の地域清掃のポスターを描いてエントランスに貼る。ポスターのさし絵は白木蓮にした。その日は衆院選の投票日なので、
ついでに近辺の掃除にもご参加願いたい。夜になったので、「鬼は外」とつぶやいて節分の豆を3粒だけ撒いた。
8日、衆院選挙の日、目覚めたら雪が積もっていた。クリーンデイは来週に延期した。
水月観音
2月18日、昨日は雪がちらついたが、今日はよく晴れている。北鎌倉・山ノ内の東慶寺を訪ねて水月観音像を初めて拝観した。
以前と違っていたのは、寺域が撮影禁止になっていたことと、拝観料がなくなっていたことだ。とりあえず撮影してしまう癖がつき、心で感じるのを忘れてしまわない
ように、また、誰もが平等にお参りできるように境内を解放する、ということだ。宝蔵におられた井上住職にそれを伺って本堂に参拝後、水月堂に上った。
小さなお堂には二人の参拝者がいて、一人の女性はスケッチブックに観音像を写していた。
像は高さ30センチほどで、体をやや右に傾げた半跏で岩座にお掛けになっている。右手に蓮華を持ち、岩に肘を突いて体を支え、指を伸ばした左手を膝に置いて、
俯き加減に水面に映る月を見ている。衣の襞が足元に美しく流れている。
寺を出て巨福呂坂切通しから八幡宮に下りて昼食。御成通りから長谷、極楽寺坂を越えて七里ガ浜から江ノ島まで歩く。
玉屋で羊羹と抹茶。湘南堂のコッペパンは売り切れていた。
| 稲村ケ崎からの江ノ島 |
春の雪
3月6日、江東区の大島から新大橋通りを西に歩く。横十間川に架かる本村橋の上下流では川の護岸工事が続いていた。猿江公園、住吉、菊川と歩く。
菊川には入社して最初に配属された職場の先輩のお宅があり、一度訪問したことがある。お元気だろうか。
森下で昼食、「カトレア」で元祖カレーパンを買う。隅田川を渡って日本橋の小網神社に参拝。大行列ができていた。
鎧橋から兜町の証券取引所横を通って有楽町の国際フォーラムで休憩して、交通会館でゴール。東京駅八重洲・日本橋周辺は大規模開発が進んでいて、景観が一変していた。
10日、東京大空襲81年の朝、雨が雪に変わって風が少し強い。仕舞っていた手袋とマフラーをつけて傘をさして外出する。咲き始めた白木蓮や椿の枝が風に揺れていた。
NHK
3月21日、NHKの「ブラタモリ」を見て、スイッチを切ろうとしたら、中島みゆきさんがオールナイトニッポンのテーマソングとともに現われた。
リクエストメッセージを独特の声音で読みながら、幾つかの代表曲を聴かせてくれた。
22日、大河ドラマの後に、NHKスペシャルを見た。中国の長距離トラックドライバーが食品などを1万キロ先のモスクワまで16日かけて運ぶドキュメンタリーだ。
ドライバーの張さんは一昨年の豪雨で家を失い、7百万円の借金を抱えている。この仕事を請け負う保証金11万円をまだ学生の息子に工面してもらっている。
戦時下のロシアの様子も垣間見えた。月給7万円の警官はトラックを止めてタバコや中国茶などを要求していた。よく撮影できたなと思った。
春の匂い
3月30日、緑道の桜桃の花はすでに散って小さな青い実ができている。ソメイヨシノが満開に近い。八重桜も開き始めている。桜の中でもやはり葉とともに咲くヤマザクラが
いいな、と思う。まだ花も少ない雨情枝垂の下にシートを敷いて弁当をひろげて談笑しているご婦人方がいる。
少し歩いたら、ヒサカキの花の香りが漂ってきた。虫媒花なので発酵系の匂いがする。爽やかな甘さの沈丁花の香りとは違うけれど、これも春を知らせてくれる懐かしい匂いだ。
「石器時代」
4月1日にアメリカの大統領が「イランを石器時代へ逆戻りさせるつもりだ」と演説した。エイプリルフールの悪い冗談かと思ったが、どうやら正気らしい。
彼は、同じアメリカのカーチス・ルメイ少将が1965年に「北ベトナムを石器時代に戻してやる」と語ったことを覚えていたのだろう。
ルメイは、東京大空襲で高高度からの精密爆撃を低高度の焼夷弾攻撃へと切り替え、朝鮮戦争やキューバ危機では核兵器の使用を主張し、ベトナム戦争ではナパーム弾を
用いた人物だ。彼は回想録で"Had to be done"(やるべきことだった)と書いている。核が実際に使用されなかったのは、朝鮮戦争ではトルーマン、キューバ危機では
ケネディが制止したためだとされる。
いま「石器時代」と口にした人物は、ベトナム戦争の結果は忘れたのだろうか。
かから餅
4月24日、昨年に続けて今年も花粉症の発作が起きなかった。免疫細胞が心を入れ替えたのか、免疫力が弱ったのかはわからないが、春が鬱陶しい季節ではなくなったのが
嬉しい。近くの緑道のサクランボの実が色づき始めた。もうすぐ散歩の人たちが摘めるようになる。ムクドリとカラスも狙っている。
和菓子屋で柏餅を買った。葉を破らないように剥がすと柔らかい餅に柏の葉の香りがした。九州の実家では柏ではなく艶のあるカカラの葉を使った。餅を蒸すときに微かに
甘い樹皮のような香りがした。邪気を払う春の香りだ。
定期健診
5月8日、近くの病院で健康診断を受ける。苦手な上部内視鏡検査は肩の力を抜いて無駄な抵抗を止めたら、いつもの嘔吐感もなく終了した。
担当医師から「胃はきれいでしたよ」と言われた。食道と十二指腸はどうでしたかと聞きたかったが、怖いのでやめた。「胃もきれい」と言ってほしかった。
ともあれ、これで心置きなく半年ぶりの帰省ができる。
車窓からの山
5月10日、雲の間から富士山頂が見えた。雪の稜線に凄味がある。名古屋を過ぎて揖斐川を渡って岐阜羽島に向かうと、右手に恵那山、残雪の残る御嶽山が
どっしりと坐っている。関が原から滋賀に抜ける間は伊吹山を見上げる。ヤマトタケルノミコトが白鳥になった山だ。琵琶湖の向こうに比良山系が霞んでいた。
神戸を過ぎてから山口までは半分がトンネルで、山も、左側の瀬戸内海も長くは見えないが、時々見える中国地方の穏やかに老成した山々が楽しい。麓の赤瓦の家もいい。
海峡をくぐって北九州から宇佐までは三角錐の山が点在して、古代の帰化人が半島の故郷を感じたであろう風景が広がっている。
英彦山系が過ぎ去ると前方に由布岳と鶴見岳のシルエットが見えた。こちらからの由布岳は双耳峰ではなく豊後富士のかたちだ。もうすぐ宇佐。
15日、東山の墓掃除をする。一面に木の枝や枯葉が積っていた。杉林の中なので雑草がないのが救いだ。今年になって読み始めた「四国遍路覚」を残してくれた
一圓居士の墓にもご挨拶した。読むたびに分からないことが見つかって、それを調べるのも楽しく、旅の追体験をさせていただいております、と。
17日朝、バイクのバッテリーが放電してしまわないように赤根の犬鼻峠まで往復した。「あかねの郷・渓泉」が閉館していた。実家にはまだ使っていない温泉入浴券が
残っている。一ノ瀬池の新緑が朝日に映えて美しい。
18日午後、今年もSさんに実家の田植えをしていただいた。3反の田植えが一時間ちょっとで終わった。
22日、郵便局からこの帰省中に使ったモバイルルータを返送して、帰りに親戚を訪問した。お元気そうだった。
23日、6時前に起きて洗濯をし、室内に干す。半年後に戻るころには乾いているだろう。 Kさんに宇佐まで送っていただく。ご近所の方々が見送ってくれた。
小倉では、城内にある松本清張記念館を初めて見学した。館内に復元されている、杉並の井の頭線沿線にあった自宅と書庫、その膨大な蔵書に圧倒された。
城から紫川にかかる鴎外橋を渡り、東へ歩いて鍛冶町の森鴎外旧居を訪ねた。鴎外が小倉に住んだ3年間のうち、前半を過ごした住居だ。玄関から上がって誰もいない邸内を
拝見した。意外に質素だ。鴎外はここから城内の師団司令部に馬で通勤していたのだろう。後半に住んだ京町の住居はすでになく、小倉駅南口に石碑が立っていた。
ときどき立ち寄る行列のできるパン店「シロヤ」のすぐ近くだ。名訳「即興詩人」は、小倉で生まれた。
夕方6時前に新横浜に着く。
| 一ノ瀬池の黒木山 |
小さな旅草枕
6月7日、朝8時のNHKテレビ「小さな旅」を見た。故郷の見慣れた山や寺が「祈りの山 輝く~大分県六郷満山~」というタイトルで丁寧にまとめられており、
先月の帰省でお目にかかった地区役員のSさんも登場していた。番組の収録は新緑の頃だろうか。大分は4日に梅雨入りした。
