風雅和歌集 秀歌選

【勅宣】花園院

【成立】貞和二年(1346)十一月九日、竟宴。貞和四年までにほぼ完成。

【撰者】花園院監修、光厳院親撰。寄人は正親町公蔭玄哲(藤原為基)冷泉為秀

【書名】花園院ははじめ「正しき風、古の道、末の世に絶えずして、人のまどひをすくはんが為」(仮名序)との意図から「正風和歌集」を考えていたが、この名は呉音で「傷風」に通じるため、「風雅」の名に改めたという。「風雅」は「古来より伝わる詩歌の道」ほどの意。

【主な歌人】伏見院(85首)・永福門院(68首)・花園院(54首)・京極為兼(52首)・藤原為子(39首)・藤原定家(36首)・後伏見院(35首)・光厳院(31首)・徽安門院(30首)・藤原俊成(28首)・紀貫之(28首)・進子内親王(28首)・永福門院内侍(27首)・後鳥羽院(27首)・藤原為家(26首)・儀子内親王(26首)・正親町公蔭(24首)・藤原為基(22首)

【構成】全二〇巻二二一一首(1春上・2春中・3春下・4夏・5秋上・6秋中・7秋下・8冬・9旅・10恋一・11恋二・12恋三・13恋四・14恋五・15雑上・16雑中・17雑下・18釈教・19神祇・20賀)

【特徴】(一)構成 花園院執筆の堂々たる真名序・仮名序を持ち、大勅撰集の風格を備える。部立はほぼ玉葉集を踏襲し簡素な構成。春・秋を各三巻としたのは後撰集に倣ったものか。賀歌を掉尾に置くのは、続後撰集以来の中世勅撰集の特色である。
(二)取材 上代から当代まで和歌全史に及ぶが、新古今集や玉葉集に比べると、やや当代・近代重視の傾向が見られる。選歌資料としては、風雅集撰進のため貞和二年(1346)頃に詠進された貞和百首が断然多く、三百数十首を採られている。
(三)歌人 玉葉集の主要歌人――伏見院・永福門院・為兼ほか――が再び主役をつとめ、京極派の後継世代――後伏見院・院(花園院)・徽安門院・太上天皇(光厳院)ほか――が脇をかためる。為相(18首)・為秀(10首)ら冷泉家の歌人は優遇され、対立関係にあった二条派も排除はされていないが、為定14首、為世7首、為藤4首など、やや軽んじられている。往年の歌人では、定家・俊成ら御子左家嫡流とともに、紀貫之・後鳥羽院が重んじられている。千載集での高評価の後、冷遇されていた感のある源頼政が復権している(11首)のも、注意されるところである。
(四)歌風 玉葉集の歌風を受け継いだ、唯一の勅撰集である。自然描写はより繊細に、風趣はより閑寂に、心理表現はより内省的になる傾向を見せ、ことに寂寥美と沈潜した心境を追究した冬歌は集中の圧巻と評価が高い。京極歌風の可能性を広げたと言うよりは、その方法を純化し、歌境を一層深化させたと言うべきか。あまりに厖大となり大雑把な面の見えた玉葉集にくらべ、歌数が少ない分より精撰され、京極派の勅撰集としての純度は高い。



        釈教 


 上

春たつ心をよめる             前大納言為兼

足引の山のしら雪けぬがうへに春てふけふは霞たなびく(1)


初春の心をよませ給うける          伏見院御歌

霞たち氷もとけぬ天地(あめつち)のこころも春をおしてうくれば(6)


題しらず                 前大納言為兼

しづみはつる入日のきはにあらはれぬかすめる山のなほ奥の峰(27)


後京極摂政左大将に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、余寒の心をよめる
                     前中納言定家

かすみあへずなほふる雪に空とぢて春物ふかき埋火(うづみび)のもと(34)


余寒の心を                  永福門院

朝嵐は外面(そとも)の竹に吹きあれて山の霞も春さむき(ころ)(39)


早春柳といふことをよませ給ひける      伏見院御歌

春の色は柳のうへに見えそめて霞むものから空ぞさむけき(43)


遠村梅を                   徽安門院

一むらの霞のそこぞ匂ひゆく梅の木ずゑの花になる比(70)


題しらず                 前大納言為兼

梅が香は枕にみちてうぐひすの声よりあくる窓のしののめ(84)


 中

名所柳を                 土御門院御歌

舟つなぐかげもみどりになりにけり六田(むつた)の淀の玉のをやなぎ(98)


題しらず                 前大納言為兼

さびしさは花よいつかのながめして霞にくるる春雨のそら(117)


百首歌の中に                 太上天皇

つばくらめ(すだれ)の外にあまたみえて春日のどけみ人影もせず(129)


花の御歌の中に               伏見院御歌

枝もなくさきかさなれる花の色に梢もおもき春の曙(193)


                      従三位親子

花なれやまだ明けやらぬしののめの(をち)の霞の奥深き色(195)


春のあしたといふことを           進子内親王

ひらけそふ梢の花に露みえて音せぬ雨のそそく朝あけ(198)


夕花を                    永福門院

花のうへにしばしうつろふ夕づく日入るともなしに影きえにけり(199)


題しらず                  伏見院御歌

花のうへの暮れ行く空にひびききて声に色ある入相(いりあひ)の鐘(203)


 下

落花をよみ侍りける             従二位為子

梢よりよこぎる花をふきたてて山もとわたる春の夕風(234)


閑庭落花を                前中納言清雅

つくづくと雨ふる郷のにはたづみちりて浪よる花のうたかた(248)


苗代を                  安嘉門院四条

山川を苗代水にまかすれば田の()にうきて花ぞながるる(263)


百首歌奉りし時             前大納言実明女

つつじ咲くかた山陰の春の暮それとはなしにとまるながめを(289)




三十首御歌の中に、夏鳥といふことを      永福門院

かげしげき木のした闇のくらき夜に水の音して水鶏(くひな)鳴くなり(376)


夏の御歌の中に               伏見院御歌

月や出づる星の光のかはるかな涼しき風の夕やみのそら(391)


宝治百首歌の中に、水辺蛍      皇大后宮大夫俊成女

秋ちかし雲ゐまでとやゆくほたる沢べの水に影のみだるる(400)


正治二年、後鳥羽院に奉りける百首歌の中に  式子内親王

涼しやと風のたよりを尋ぬればしげみになびく野べのさゆりば(402)


百首御歌の中に                 御歌

空晴れて梢色こき月の夜の風におどろく蝉のひとこゑ(421)


題しらず                   永福門院

草の末に花こそみえね雲風も野分ににたる夕暮の雨(439)



 上

正治二年百首歌に              式子内親王

ながむれば木のまうつろふ夕づくよやや気色だつ秋の空かな(454)


題しらず                   永福門院

むらすずめ声する竹にうつる日の影こそ秋の色になりぬれ(459)


百首歌の中に                 太上天皇

更けぬなり星合の空に月は入りて秋風うごく庭のともし火(471)


秋の御歌に                  永福門院

真萩ちる庭の秋風身にしみて夕日の影ぞかべに消え行く(478)


題しらず                  伏見院御歌

秋風は遠き草葉をわたるなり夕日の影は野べはるかにて(505)


 中

月前虫といふ事を               永福門院

きりぎりす声はいづくぞ草もなきしらすの庭の秋の夜の月(556)


伏見院御時、六帖題にて人々歌よませさせ給けるに、秋雨を
                     前大納言為兼

庭のむしは鳴きとまりぬる雨の夜のかべに音するきりぎりすかな(564)


 下

秋の御歌の中に                永福門院

さすとなき日影は軒にうつろひて木の葉にかかる庭の村雨(642)


百首歌たてまつりし時           藤原為秀朝臣

立ちそむる霧かとみれば秋の雨のこまかにそそく夕ぐれの空(648)


野分(のわき)を                  前大納言為兼

野分だつ夕の雲のあしはやみ時雨ににたる秋の村雨(651)


卅首御歌の中に、秋山を            永福門院

山陰や夜のまの霧のしめりよりまだおちやまぬ木々の下露(654)


秋山といふことを             前大納言尊氏

入あひは檜原(ひばら)のおくにひびき()めて霧にこもれる山ぞ暮れゆく(664)


河霧をよみ侍りける            前大納言為兼

朝嵐の峰よりおろす大井河うきたる霧も流れてぞ行く(666)


題しらず                   永福門院

もろくなる桐の枯葉は庭におちて嵐にまじる村雨の音(711)


九月尽を                 後伏見院御歌

月もみず風もおとせぬ窓の内に秋をおくりてむかふともし火(724)




時雨を                    太上天皇

夕日さす落葉がうへに時雨過ぎて庭にみだるる浮雲のかげ(730)


題しらず                   永福門院

むらむらに小松まじれる冬枯の野べすさまじき夕暮の雨(746)


冬の歌の中に               権大納言公蔭

吹きとほす木ずゑの風は身にしみてさゆる霜夜の星きよき空(763)


冬雨を                    永福門院

寒き雨は枯野の原に降りしめて山松風の音だにもせず(797)


百番歌合に、山雪を              永福門院

鳥の声松の嵐の音もせず山しづかなる雪の夕ぐれ(826)


雪の歌に                  従二位為子

花よただまだうすぐもる空の色に梢かをれる雪の朝あけ(840)


題しらず                    院一条

み雪ふる枯木のすゑのさむけきにつばさをたれて烏鳴くなり(846)


夕雪                    伏見院御歌

ふりつもる色より月のかげに成りて夕暮みえぬ庭の白雪(854)


冬夕の心をよませ給ひける            御歌

暮れやらぬ庭のひかりは雪にして奧くらくなる埋火のもと(878)


冬庭といふ事を               伏見院御歌

おのづから垣ねの草もあをむなり霜の下にも春や近づく(891)




旅の歌の中に               前大納言為兼

故郷に契りし人もねざめせばわが旅ねをも思ひやるらん(957)

結びすてて夜な夜なかはる旅枕かりねの夢の跡もはかなし(958)



 一

初恋の心をよめる             前中納言定家

昨日今日雲のはたてにながむとて見もせぬ人の思ひやはしる(964)


月前恋と云ことを              祝子内親王

月はただむかふばかりのながめかな心のうちのあらぬ思ひに(983)


恋の心を                   永福門院

さてもわが思ふおもひよつひにいかに何のかひなきながめのみして(989)


恋歌とて                   永福門院

あやしくも心の(うち)ぞみだれゆく物思ふ身とはなさじと思ふに(1010)


題しらず               永福門院右衛門督

夢かなほみだれそめにし朝ねがみ又かきやらん末もしらねば(1022)


 二

恋の御歌の中に                永福門院

うれしとも一かたにやはながめらるる待つ夜にむかふ夕ぐれの空(1039)


恋の歌とて                  永福門院

暮れにけりあまとぶ雲のゆききにも今夜(こよひ)いかにと伝へてしがな(1046)


忍待恋の心を                 永福門院

ま木の戸を風のならすもあぢきなし人しれぬ夜のやや更くるほど(1059)


題しらず                   永福門院

此の暮の心もしらでいたづらによそにもあるか我がおもふ人(1077)


忍逢恋                  徽安門院一条

つつむ中はまれの逢ふ夜もふけはてぬ人のしづまる程をまつまに(1106)


九月ばかり、暁帰りける人のもとに       和泉式部

人はゆき霧はまがきに立ちどまりさも中空にながめつるかな(1133)


 三

恋の歌とて                前大納言為兼

思ひけりと頼みなりての後しもぞはかなきことも人よりはうき(1156)


題しらず                   永福門院

憂きも契りつらきも契りよしさらばみなあはれにや思ひなさまし(1164)


題しらず                  従二位為子

我もいひきつらくは命あらじとはうき人のみやいつはりはする(1173)


恋の御歌の中に               伏見院御歌

涙だに思ふが程はこぼれぬよあまりくだくる今の心に(1200)

思ひ思ひ涙とまでになりぬるをあさくも人のなぐさむるかな(1201)


恋歌あまたよませ給ひけるに         伏見院御歌

恋しさになりたつ(うち)のながめには面影ならぬ草も木もなし(1214)


 四

恋の心を                   永福門院

けふはもし人もや我を思ひ出づる我も常より人の恋しき(1233)


恋命                    進子内親王

空の色草木をみるもみなかなし命にかくる物を思へば(1234)


寄雲恋                     御歌

恋ひあまるながめを人はしりもせじ我とそめなす雲の夕ぐれ(1236)


                       永福門院

いましもあれ人のながめもかからじをきゆるも惜しき雲の一むら(1237)


恋の御歌の中に               伏見院御歌

それをだに思ひさまさじ恋しさのすすむままなる夕暮の空(1238)


題しらず                   永福門院

はれずのみ心に物を思ふまに萩の花さく秋もきにけり(1282)


恋の御歌の中に               伏見院御歌

思ふ人こよひの月をいかに見るや常にしもあらぬ色にかなしき(1290)


 五

百首歌に                   太上天皇

恋しとも何か今はと思へどもただ此の暮をしらせてしがな(1328)


恋歌の中に                  徽安門院

まよひそめし契おもふがつらきしも人にあはれの世々にかへるよ(1329)


触物催恋といふ事を              永福門院

月の夜半(よは)雲の夕べもみなかなしその世にあはぬ時しなければ(1369)


恋歌に                   伏見院御歌

鳥の行く夕べの空よその世には我もいそぎし方はさだめき(1388)


題しらず                 前中納言為相

たが契りたが恨みにかかはるらん身はあらぬよのふかき夕暮(1403)


恋歌あまたよみ侍りけるに          従二位為子

頼みありて待ちしよまでの恋しさよそれも昔の今の夕暮(1404)



 上

左大将に侍りける時、家に六百番歌合しけるに、春曙をよめる
                 後京極摂政前太政大臣

見ぬ世まで思ひのこさぬながめより昔にかすむ春の明ぼの(1435)


花のいとおもしろきを見て           和泉式部

あぢきなく春は命のをしきかな花ぞ此の世のほだしなりける(1480)


秋の歌の中に           後京極摂政前太政大臣

水青き麓の入江霧晴れて山路秋なる雲のかけはし(1543)


 中

百首歌に                   太上天皇

恋しとも何か今はと思へどもただ此の暮をしらせてしがな(1328)


雑歌の中に                  太上天皇

夜烏は高き梢になきおちて月しづかなるあかつきの山(1629)


あさき夕といふことを           前大納言為兼

()りうつる谷に一すぢ日影見えて峰もふもとも松の夕風(1643)


夕鐘を                   伏見院御歌

ならびたつ松のおもては静かにて嵐のおくに鐘ひびくなり(1662)


雑御歌の中に                 永福門院

かくしてぞ昨日も暮れし山の端の入日(いりひ)ののちに鐘のこゑごゑ(1666)


雑歌の中に                 儀子内親王

つくづくと独りきく夜の雨の音はふりをやむさへさびしかりけり(1670)


雲を                     永福門院

山あひにおりしづまれる白雲のしばしとみればはや消えにけり(1685)


五首歌合に、雑遠近を           永福門院内侍

ながめつる草のうへよりふりそめて山の端きゆる夕ぐれの雨(1691)


雑の御歌の中に               伏見院御歌

浦風はみなとのあしに吹きしほり夕暮しろき波のうへの雨(1704)


康永二年歌合に、雑色といふことを       徽安門院

みどりこき日影の山のはるばるとおのれまがはず渡る白鷺(1739)


 下

建礼門院大原におはしましける比、尋ねまゐりたるに、夢の心ちのみして侍りければ、思ひつづけ侍りける
                       右京大夫

今や夢むかしや夢とたどられていかに思へどうつつとぞなき(1915)


内侍都の外に住み侍りけるに、御心ち例ならざりける比つかはされける
                       永福門院

忘られぬむかし語りもおしこめてつひにさてやのそれぞかなしき(1950)


御返し                    同院内侍

晴るけずてさてやと思ふうらみのみ深きなげきにそへてかなしき(1951)


釈教

題しらず                   仏国禅師

夜もすがら心の行くへ尋ぬれば昨日の空にとぶ鳥の跡(2075)




仁安元年大嘗会辰日退出音声、音高山  皇太后宮大夫俊成

吹く風は枝もならさで万代とよばふ声のみ音高の山(2207)




最終更新日:平成15年2月18日

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