遠近・複眼メガネ


  先駆一世

第二十一回 絵と文 長尾みのる
先駆一世

 海外の「日系一世」にも新旧さまざまある。たとえば、今年外国へ移住し、来年二世が誕生すれば、その親は一世となる。

 だが、日本が貧乏だったときと金持ちになってからの一世事情の違いは大きい。

 「チーズもソーセージもコーヒーも生まれて初めての馴れない味で食事が辛かったよ」明治時代の海外移住者の遠い思い出話だ。

 私がブラジルに最初に行った一九五三年ごろ、日本からの第一回移民(一九〇八年)の生存者つまり一世は百数十人もいたし、それ以前の先駆一世さえいた。

 リオに住む先駆一世の後藤武夫氏宅にも泊まり、往事の話を夢中で聞いたものだ。

 「東京の貿易商社から単身赴任で来たんだが、日本人なんて初めて見たと、やたら珍らしがるし、大使館はないし、この異国の大都会で何から何まで自分一人での開拓は大変だったが、やり甲斐はあったなあ」

 いわゆる集団的農業移民の苦労談とも異なる孤独な先駆一世、若き日の悔いなき思い出だ。

 やがて、移住して来た日本女性が内股歩きなのを見て、この国の連中が抱いた特異なセクス偏見は、つい最近まで続いたという。夫人は日本の女学校出身なのに、日本人をやめたかのようにポルトガル語でしか喋らなかった。二世の長男も日本語は話せないようだった。先駆一世の異国社会での苦労がしのばれた。

 世界のどこにでも日本人がいるいまも、そのどこかに住み着いた先駆一世が、地味で孤独な努力をし続けているはずだ。

 で、ブラジル人五世が、豊かな祖国の日本へ出稼ぎに逆移住してからの子は、在日・日系ブラジル人の二世でもあり六世かも? というややこしい現代である。


遠近・複眼メガネ Nagao Minorumailto
[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12]
[13][14][15][16][17][18][19][20][21][22]

 
[ハッピーエンドレス][NAGAOの絵][国際俳句ロシア語句会]