遠近・複眼メガネ


  ゆっくり移る時間

第十五回 絵と文 長尾みのる
ゆっくり移る時間

 「この国では、一日一回しか来ないバスをノンビリ一日中待って当たり前なのさ」と、かつてメキシコを旅したとき、いらいら腕時計ばかり見て焦る私が笑われたものだ。

 「きみたち日本から来たての人は、交差点や街中を急いで駆けたりするけど、やめたほうがいい、そんなに急ぐのは泥棒ぐらいだから誤解されるよ」とも注意されたほど、ゆっくりした時間の世界があった。

 サラリーマンが昼食をとりに電車・バスに乗ってでも自宅へ帰り、昼寝さえしてからオフィスに戻るが、それから仕事を始めても、すぐ退社時刻がきてしまう。

 レストランも昼休みだ。自宅の台所でゆっくり時間をかけた手作り料理を、ゆっくり食べる自然な日常生活がそこにある。急いで食べるファストフードでは時間が余ってしまう。

 「いやあ、仕事がそんなにたくさんあるわけじゃないから、みんなが少しずつ働けばいいってこと。でもねえ、昔から島国の日本人は貧乏性で、少ない仕事を奪い合ってでも働く癖がある。だから、日曜日でも仕事をしてしまう。カトリック信者の多いここではいい感じしないよね」

 メキシコに移り住んだ友人の画家は、部屋に棚をつけようと近くの大工に頼んだが、「明日やる」と言われ続けて、半年もかかっちゃったと、嘆いていた。いわゆる、アスタマニャーナの「明日やる」ゆっくり時間の国なのだ。

 それで暮らせる大工にせよ、そこで絵を描き続け結構楽しくノンビリと生涯を終えた友人の画家が羨ましい。


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