遠近・複眼メガネ


  町が冷える

第十八回 絵と文 長尾みのる
町が冷える

 「あら、何処へ行くの? とか、ちょっと表に出ても、いちいち煩わしいのよね下町って、だから引っ越すの、静かな山の手の住宅地へ……」
 と、新築マンションに住みついて間もない知り合いの新婚夫婦が、江戸から続く庶民の町を出た。

 いや、そういう人情味のある下町情緒こそ貴重だ! とカッコいいこと言う若いのは多いが、いざ自分が住むとなれば、隣人との煩わしさ無用の環境や欧米風の地域環境を選んでしまう。
 そして、冷めた町ばかりになる。

 浅草の三社祭りにせよ、その時期になると、他の閑静な住宅地から馳せ参じる浅草っ子も多い。山の手住まいの下町っ子だ。

 私の通った小学校は銀座の京橋にあったが、廃校となり、高層マンションに変身した。

 「うちも炭屋やめて銀座にオフィスビル建てたんだ、貸し画廊も作ったし、個展でも開いてよ」という同級生がいれば、その向かい側に住む友人は、その炭で手焼きしていた煎餅屋をやめて、味気無いビルを建てた。

 やはり同級生の継ぐ和家具屋も、布団屋も、料亭もあっさり廃業して冷たいビルに変身した。

 小学生時代には、銀座の商店主一家の多くがそこに住んでいて、裏に小さな庭さえあり、下町人情を感じる商店街だった。

 さまざまな職業の人が住んで営む町は生きている。が、それが煩わしいと、次世代は別の環境に移り住み、町に隙間風が吹き抜ける。


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