遠近・複眼メガネ


  船旅は心を運ぶ

第四回 絵と文 長尾みのる
船旅は心を運ぶ

 若き日、貨客船で太平洋を、移民船で大西洋を、客船でインド洋を越えて帰国したら、日本は大変貌していた。
  貨客船「さんとす丸」は、終戦後の講和条約翌年の新造船だ。日本の船が再び外国の港に日の丸を掲げて入港することが許可された年でもあった。

 千七百トンの小さなその船は、一等十二名、三等六十三名の船客と貨物を乗せ、横浜のメリケン波止場をアメリカヘと出港した。

 貧しい日本からの出国なので、外貨持ち出し禁止。明日の見えない無銭旅行となった。売り絵を売り歩き、小銭を貯め、船に乗り……。

 「豪華客船の欧州航路で働いてたんだ……」と、ジャガイモの皮剥きしながら眩く、かつてのベテラン船員も、戦後再び外国航路に就けたことが嬉しくてたまらない顔だった。

 ロスの港には、懐かしい日の丸を掲げた日本の船見たさに、たくさんの日系人が集まっていた。

 ブラジルで小銭を稼ぎ、欧州航路のイタリア移民船「アンナ」で南米を離れた。日本人は私一人だけだった。

 移民船の帰り便は、成功者と失望組の明暗が入り混じるイタリア的賑やかさだし、三等でも食事は豪勢……。
 「俺は戦闘機乗りだった、、米軍機も随分やっつけたさ!」と、私の食べ切れない料理を狙って、いつも隣りに腰掛けるイタリアーノもいた。

 やがて、フランスの豪華客船「ベトナム」の最下等客で、三年ぶりの日本へ向かったが、船上の散歩も制限される差別つき航路だった。

 後年、日本の豪華客船「飛鳥」で正餐・夜会のタキシードを着込んだ鏡の中の自分に「そのお前、ウソッパチだな!」と苦笑した。


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