K240 正しい温暖化量を求めて旅へ、 観測誤差と都市や林内の気温


著者:近藤純正
地球温暖化が進行しているが、それによる日本の正しい昇温量は何度なのか。 気象庁発表の値は果たして正しいと言えるのか。筆者のこの20年余にわたる旅への 動機である。各地で調べた結果、気温観測値には様々な誤差が含まれていることが わかった。(1)温度センサを放射除け(強制通風筒、自然通風シェルター) に入れて観測する際に、放射の影響はゼロにはならず、「放射影響誤差」がある。 (2)検定合格品のセンサを用いたとしても「器差(誤差)」がある。ほかに、 (3)例えば気象庁の観測所のように地域を代表する気象を知ることを目的とした 観測では、風通しの悪い狭い場所で生じる「日だまり効果」による 「地域代表性の誤差」がある。さらに地球温暖化量の長期観測では (4)「観測・統計方法の変更による誤差」と(5)「都市化による気温上昇 (熱汚染)」が含まれている。気候変化の監視や一般の研究観測では誤差は 0.1℃以内またはそれ以上の高精度で行なうことが望ましい。

これらをよく理解するために各地で観測し、古い資料を調べ、 上記の誤差を補正する方法を確立した。この手法により気象観測データを補正し、 より精度の高い地球温暖化量を求めた。1879~2021年(142年間) の日本平均の気温上昇率は時代とともに大きくなり、1900年以前に比べて 2020年は1.1℃高い。この傾向が続くとすれば、2040~2050年の頃には 1900年以前に比べて1.5℃の高温となる。
温暖化量には、太陽黒点周期に見られる約11年と同じ周期変化がある。 また、数年間平均の気温が急上昇するジャンプが1913年、1946年および1988年にある。 それら約11年周期変化の変動幅と、ジャンプの幅は高緯度ほど大きい。

各地点ごとについて長期間の気温変動の評価に利用可能と判断した28地点における 1898~2021年(124年間)の気温変化を直線で近似したときの100年当たりの 気温上昇率は、全28地点平均では0.89℃/100y、緯度24~32°の低緯度では 0.87℃/100y、高緯度の45°では0.95℃/100yと高緯度ほど大きい。

この上昇率に比べて、誤差を補正していない気象庁発表値は1.5倍の過大値である。

熱収支の理論によれば、晴天日中の樹木など植物の葉面温度はよほどの強風でない限り、 気温より高温となり周辺大気を加熱する。このことを実測によって確認した。

都市化による気温上昇(熱汚染)は大都市で大きい。例えば東京では 1910~1925年の平均を基準とすれば、地球温暖化量1℃の2倍の2℃が 都市化によるもので、地球温暖化と合せて3℃も上昇している。
(完成:2024年10月17日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2024年10月 5日:粗原稿の作成
2024年10月14日:所々に加筆
2024年10月17日:要旨の中ほどに2行加筆、付録の追加


    目次
      240.1 はじめに
      240.2 放射影響誤差
        240.3 器差(測定値と真値との差)
            (A)器差
            (B)ビニールハウスの影響による平均気温の上昇
      240.4 地域代表性の誤差(日だまり効果)
            (C)空間広さと風速低減比
        (D)日中の気温上昇と夜間の気温下降
        (E)気温差と一般風速の関係
        (F)都市における道幅と気温差の関係
            (G)森林内の日射透過率と気温差の関係
            (H)観測環境が最悪になった場合の気温は?
        (I)東京都心部を代表する気温はどこで観測するか?
      240.5 観測・統計方法の変更による誤差
        (J)百葉箱から通風筒への変更にともなう誤差
        (K)日界(1日の区切り)の変更にともなう誤差
        (L)観測時刻と1日の観測回数の変更による誤差
      240.6 日本の正しい地球温暖化量と都市化昇温
        (M)日本の正しい地球温暖化量
        (N)都市化による気温上昇(熱汚染)
      あとがき
    付録 長期にわたる平均気温1℃の違いは大きい、実例
      文献      


謝辞
粗原稿を査読していただいた次の方々に厚く御礼申し上げる(査読順)。 東京都立大学の松山 洋教授、秋田大学の本谷 研准教授、北海道大学の 渡辺力教授、東京科学大学の大西 領教授、農研機構の桑形恒男博士、 元気象研究所研究部長で現在気象大学校講師の清野直子博士


240.1 はじめに

筆者は現役時代に、気象庁発表の地球温暖化量の値は果たして正しいと言えるのか、 という疑問をもっていた。 気象観測所(気象台、測候所など)の多くは、街外れに設置されていたが、 その周辺環境は時代とともに変化している。そうした環境変化による 気温の変化を補正して正しい地球温暖化量を知るべきだと考えた。 まず、全国各地の気象観測所(一般のアメダスも含む)を巡回し、現在の観測環境を 目で見て確かめ、古い写真や観測原簿などを調べる計画をたてた。

交通の不便な観測所もあり、長距離を歩かなければならない場合もある。 筆者は大病後で体力に自信がなかったので、最初に長距離歩行の訓練をした。 江戸・日本橋から東海道を歩く会に入り、1日数kmを歩いた。 次いで、相模湾沿岸の平塚から10km、20km、・・・と1日に歩ける距離を伸ばし、 ついに三浦半島先端の城ヶ島までの距離50kmを13時間かけて歩いた。 また、平塚から伊豆半島先端にある石廊崎測候所(現在は無人のアメダス) まで数日かけて歩いた (近藤、2002 「小さな旅」-「2.伊豆・石廊崎への旅」

さらに四国の歩き遍路の一部分、高知県から愛媛県までを13日間、 1日平均27km歩き体力に自信をもつことができた。歩き遍路の目的は人さまざま、 遠回りして絶景を楽しむ裕福な男性、スポーツとして楽しむ女性、 物乞いし酒の暖で野宿する老女性、大罪から逃亡し罪滅ぼしを 長年続ける老男性がいた (近藤、2002「小さな旅」- 「4.四国遍路、土佐から伊予へ」)。

気象観測所の全国巡回は北海道の旭川地方気象台から始めた。 現役時代の放射冷却の講義で、旭川で1902年(明治35年)1月25日に記録した 最低気温-41℃を話題にした。それを目でみて確かめる目的で旭川に行き、 昔の資料も調べてみると、旭川の観測所は何度も移転している。 -41℃は旭川地方気象台の前身の上川二等測候所(樺戸監獄署出張所の一室) で記録した値である。そこは盆地の底の地形にあり、 夜間にできる冷気が溜まりやすい所にある。 しかし現在の旭川地方気象台の周辺は都市化され、 冬の道路などは除雪されるようになり、近年の最低気温は -20~-25℃になった (近藤、2004「写真の記録」- 「33.旭川の都市化と気温上昇」)。

全国各地に行き調べてみると新しい発見がある。また、観測値に注意すると、 値そのものにも疑問を抱くようになり、手製の気温計による観測値と 比較してみると差があることがわかった。この差は「放射影響誤差」である。

また、各地の観測所(気象台や測候所など)や気象庁図書室で昔の観測原簿や 統計結果などを調べると、一日に観測する回数も観測所や時代により 違っている。観測・統計方法の変更により年平均気温が変わり、 それらは不連続となる。気温観測値にはこうした様々な要因で生じる誤差が 含まれている。

本論は、正しい温暖化量を知るまでに得た内容について項目ごとのまとめである。 読者の利用を意識し、具体例や注意点も記述した。

各地の観測所(寿都、深浦、宮古、日光、館野、大手町、北の丸、静岡、 津山、室戸岬、ほか)、各地の公園や市街地などでは気象庁職員・ 公園管理人・大学関係者・研究機関や地域住民の方々の理解と協力を得て 観測することができた。また、最近は測候所のほとんどが無人化されて 観測環境が悪化する例がある。悪化が見つかれば気象台に知らせる ボランティア組織「気候観測を応援する会」を2010年に30名のメンバーで 発足させ、その後、97名になった (近藤、2010「身近な気象」― 「M53.気候観測を応援する会―発足」)。


240.2 放射影響誤差

気温の野外観測は室内実験と違って難しい。それは放射影響誤差が 大きいことによる。この誤差を小さくするための工夫が昔から行なわれてきた。

放射影響誤差を小さくするために、野外の気温観測では、温度センサは 放射除け(シェルター、または通風筒)の中に入れて観測する。しかし、 晴天日中は放射除けが加熱されて気温は高め(プラス)に、 晴天夜間は逆に低め(マイナス)に観測される。このときの気温の観測値と 真値の差を放射影響誤差という。

気温観測用の放射除け
気温観測では温度センサに及ぼす放射の影響を防ぐために百葉箱が使われてきた。 弱風のときの晴天日中の百葉箱内は1℃ほど高温になることから 1970年代半ば以後は強制通風筒(略して通風筒)が使われるようになった。

しかし、気象庁や農研(農業・食品産業技術総合研究機構:農研機構) で使われている強制通風筒では、晴天日中の放射影響誤差は 0.2~0.5℃程度である(近藤、2014「K89.通風筒に 及ぼす放射影響―農研用」;近藤、2014 「K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす放射影響」の表90.1; 近藤、2015「K99.通風筒の放射影響(気象庁95型、 農環研09S型)」;近藤、2015 「K100.気温観測用の次世代通風筒」を参照)。

また、国立環境研究所の地球環境センターで使われている通風筒(PVC-2型) の放射影響誤差は0.5~0.6℃である(近藤、2020 「K201.気温観測用通風筒PVC-2改良品の試作」)。

それら強制通風筒に対して、自然通風シェルターは電源が不要であるが、 晴天日中の放射影響誤差は1~2℃、最大5℃を超えることもある。 また、晴天夜間は-0.2~-0.6℃である(近藤、2014 「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響誤差」)。 誤差が1~2℃以上もあるならば、観測せずともアメダス観測網などから 推定することを薦めたい。

地域内の地形や地被状態の違いによる気温、都市のヒートアイランドの気温分布、 あるいは森林内の気温分布を知るには誤差は大きくとも0.1℃程度であることが 望ましい。こうしたことから近藤式精密通風気温計が開発された。

シェルターと温度センサと気温計
放射除けとして「自然通風シェルター」(略してシェルター)と 「強制通風筒」(略して通風筒)がある。それらの中に温度センサを入れて 気温を測る。シェルターまたは通風筒と温度センサおよびデータロガー (デジタルの記録装置)を含めて「自然通風式気温計」または 「強制通風式気温計」(略して「通風気温計」)と呼ぶ。


備考1:自然通風シェルターの放射影響誤差が大きい理由
一般に広く使われている自然通風シェルターに用いられている複数個の皿 (スリット状の覆いを構成する皿)に注目すると、日中は太陽直射光と 天空の散乱光および地面の反射光を受けて高温になる。それゆえ、 その中に取り付けられた気温センサの受感部は皿群の内壁面からの 目に見えない波長3~100μmの長波放射を受ける。また、 皿と皿の狭い隙間を通って中に入る空気流は高温の皿から伝導される顕熱を 受ける。これら長波放射と顕熱によって気温センサの受感部は真の気温よりも 高温になる。夜間は、天空からの目に見えない長波放射量L↓が地上気温 T に対する黒体放射量σT4に比べて小さいために放射冷却となり、 日中とは逆に真の気温よりも低温に観測される。ここで、 σはステファン・ボルツマン定数、Tは絶対温度(K)で表した気温である。

備考2:近藤式精密通風気温計
放射影響誤差0.01℃の高精度で観測できる強制通風筒が開発され(近藤、2020 「K198.近藤式高精度通風筒の放射影響誤差」)、 市販化されている(近藤、2016 「K126. 高精度通風式気温計の市販化」)(プリード社製、標準価格は95,000円: 気温センサは含まない)。これに用いるファンモータはDC12V,  0.125A(1.5ワット)である。なお、AC100V電源でも動作が可能である。

積雪の多い地域では、通風筒に着雪し排気が不十分にならない構造にした 高精度の「傾斜形通風筒」を使用する(近藤、2020 「K207.長期観測用の高精度傾斜形通風筒」)。

高度1m以下の気温鉛直分布を観測する場合などは横形通風筒を使用する (近藤、2017「K146.高精度気温観測用の横形通風筒」 )。

AC電源のない場所における数日間の観測では1.5V単一乾電池8個を使用する。 また、1年以上の長期連続観測であれば、60W程度の太陽光パネルと蓄電池を 利用する(近藤、2018「K167.通風式気温計用の 太陽光パネル」)。

近藤式精密通風筒の手製品の作り方の1例は、近藤(2015) 「K100.気温観測用の次世代通風筒」に示してある。 これを真似て数人が通風筒を作ったが、いずれも各自の判断で微妙な構造を 変更してしまった結果、放射影響誤差の大きな通風筒となった。 この件を契機に、筆者は一定の設計図にしたがって作る製品を製作会社に 依頼することにした。精密通風筒は物理学(流体力学、伝熱学、放射学) の基礎・応用を十分に理解していなければ作れない。

備考3:気温計の受感部の選定(白金センサとサーミスタセンサ)
高精度の気温観測で用いるセンサとして第1に薦めたいのは4線式Pt100センサ (白金線100オーム)とデータロガー(記録計)である。 これはやや高価であるので、次いで薦めたいのは3線式Pt1000センサ (白金線1000オーム)とデータロガー(例えば、安価なT&D社製「おんどとり」) である。

一方、サーミスタも広く使われているが、高精度観測用としては薦めない。 その理由として、サーミスタは経年変化があり、また電気抵抗と温度の関係が 直線的でなく対数曲線に近いことによる。例えばT&D社のサーミスタでは、 出力を温度に換算する際に、2℃幅ごとに直線化しているらしく 2℃幅の波状にズレを伴う。波状のズレの幅は0.01℃(高温の40℃付近) ~0.02℃(低温の4℃付近)である。そのほかに、最大0.05℃の不連続も 存在する。これは精密に校正し、4次式の補正式を用いて補正した場合の 誤差である。校正しない場合だと、±0.3℃の誤差がある(近藤、2018 「K171.サーミスタ温度計の校正 (おんどとりTR-52i)」)。



図240.1は晴天日中の太陽直射光が強いときの放射影響誤差と風速の関係で、 両対数方眼紙に表わしてある。○印のプロットは近藤式自然通風シェルター についての試験結果であり、放射影響誤差は風速に大きく依存する。 ○印の緑塗り潰しは、日の出直後の30分間(太陽高度が特に低く、 太陽の光路長が長いとき)の値である。

破線の曲線①は従来型の自然通風シェルター(重田式、酒井式、ヤング社製) の平均的な関係を示している(近藤、2014 「K98.自然通風シェルターに及ぼす放射影響の誤差」の図98.6を参照)。

注意:ある人たちが従来型の自然通風シェルターを用いて、 風速が強くない晴天日(放射の条件が場所によって大きく変わらない晴天日) について都市の気温分布を観測した。彼らは気温分布というのだが、 正しくは近似的に風速分布である。低温域は風が相対的に強い地区、 高温域は弱い地区である。温度計と放射計と熱線式風速計の測定原理 (電気抵抗、電圧を測る)は同じで、それぞれの示す値には気温・放射量・ 風速の3要素が含まれている(近藤、1982「大気境界層の科学」の第3章)。

各機関で使われている強制通風筒の放射影響誤差は横線の②と③で、 近藤式精密通風筒は横線④で示した。これら強制通風筒の放射影響誤差は 通常の風速(0~5m/s)では自然通風シェルターのように風速依存性が 強くないので、誤差を一定値の横線で表し、誤差の実測値 (プロットしていない)は横線の上下に分布する。

晴天日中の放射影響誤差と風速の関係
図240.1 晴天日中の太陽直射光が強いときの放射影響誤差(縦軸) と気温計設置高度の風速(横軸)との関係(近藤、2024 「K239.近藤式自然通風シェルター」の図239.4に同じ)
①一般の自然通風式:重田式、酒井式、ヤング社製の自然通風シェルター の平均的な関係
②環境研通風筒:PVC-2型の強制通風筒
③気象庁・農研通風筒:気象庁95型の強制通風筒、農環研09S型強制通風筒
④近藤式精密通風筒:近藤式精密強制通風筒
○印と実線⑤:近藤式自然通風シェルター。 緑塗り潰し○印は日の出直後の30分間。


図240.1に示した放射影響誤差と風速の関係から、観測目的と測器の 選び方について次のようにまとめることができる。

(a) 一般の自然通風シェルター①では、晴天日中の微風のとき 放射影響誤差が最大5℃以上になることを考慮すれば、 風速3~4m/s以上の場所での観測に適している(許容誤差0.5℃)。 晴天夜間の放射影響誤差は-0.2~-0.6℃である。

(b) 近藤式自然通風シェルター⑤の放射影響誤差は、晴天日中の風速が微風 (0.2~0.5m/s)のとき+1.5℃、1m/sのとき+0.5℃程度であることを 考慮すれば、風速1m/s以上の場所での観測に適している(許容誤差0.5℃)。 晴天夜間の放射影響誤差は図示していないが、微小でゼロとみなしてよい。 日没直前の30分前から日の出直後の30分まで、おもに夜間の観測に適している (プリード社製、標準価格は80,000円:気温センサは含まない)。

(c) 図240.1に示した各機関で使われている強制通風筒②や③の晴天日中の 放射影響誤差は+0.2~+0.5℃程度、あるいは+0.5~+0.6℃程度である。 ほかに、ノースワン社製の強制通風筒の放射影響誤差は+0.1~+0.2℃で 小さいが、微風時には排気が下降して再び吸気口から吸い上げられて循環し 放射影響誤差が+0.4℃になる(近藤、2014 「K90.通風筒(ノースワン社製)に及ぼす放射影響」)。また、 ヤング社製強制通風筒の放射影響誤差は最大+0.2℃であるが、 多翼ファン(47翼のシロッコファン)が使われ、翼間は3mmと非常に狭く 野外観測ではクモの糸や小昆虫の死骸などが付着し、吸気・排気が不十分になる。 吸気・排気を正常にする整備が困難である(近藤、2014 「K97.ヤング式通風筒―ファンモータ交換」)。こうした欠点があり、 一般に広く使われている強制通風筒は野外での高精度観測には向かない。

(d) 近藤式精密通風筒は、晴天日中の放射影響誤差が+0.01℃程度の 高精度観測が可能な強制通風筒である(縦型、水平型、傾斜型がある。 プリード社製、標準価格は95,000円:気温センサは含まない)。


備考4:強制通風筒の放射影響誤差と風速の関係
一般に使われている強制通風筒の放射影響誤差について調べた近藤(2014) 「K89.通風筒に及ぼす放射影響―農研用」 の図89.7~図89.10を参照すれば、日中の放射影響誤差は風速のほかに日射量、 太陽高度(通風筒の外壁面の単位面積当たりの日射量)などの複雑な関数であり、 放射影響誤差と風速の関係を簡単に表せない。それゆえ、例えば 「放射影響誤差は太陽直射光の強い晴天日の8~16時の時間帯、 風速=1~4m/sの範囲で0.2~0.5℃である」という表し方が適切である。



240.3 器差(測定値と真値の差)

地球温暖化など気温の長期変化が正しく観測できそうな観測所を全国で 探していたときのことである。そのときの例を示すことにしよう。

盛岡市厨川(クリヤガワ)の東北農業試験場(現在の農研機構の 東北農業研究センター)では市街地から離れた広い敷地で気象観測が 行なわれており、地域を代表する気象が観測できる。気温は1950年から 百葉箱内のガラス棒状温度計の目視観測が行なわれてきたが、 1970年1月からはPtセンサを用いた隔測自記記録を行なうようになり 70型の強制通風筒、1986年4月からは80型に、1997年1月からは95型となった。 いずれも気象庁と同等の測器である。

図240.2は厨川と周辺アメダス12地点平均の年平均気温の差の経年変化である。 まず気づくことは長期変化の傾向として年平均気温差が時代と共に 小さくなっている。これは、周辺アメダス12地点平均が厨川に比べて都市化の 影響などによって年平均気温が上昇していることによる。次に気づくことは、 気温観測装置の更新ごとに年平均気温の不連続が生じている。 1997年以後の95型を基準にして、緑の線が真の長期変化の傾向とすれば、 70型の時代(~1985年まで)は0.06℃ほど高温に観測され、80型の時代 (1986~1996年)は0.22℃ほど低温に観測されている。なぜだろうか?

それらは「器差」と「日だまり効果」による平均気温の上昇によるものと 考えられ、見かけの気温変動である。

厨川気温ギャップ
図240.2 厨川(東北農業研究センター)における年平均気温と 周辺12アメダス平均の気温との差の経年変化(近藤、2006 「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」 の図18.8に同じ)。


(A)器差
気温観測では、前項で説明した放射影響誤差のほかに、検定合格品の 気温センサを用いたとしても器差(温度の指示値と真値の差)がある。 温度0~40℃範囲では、A級センサで±0.15~±0.23℃、B級センサで ±0.3~±0.5℃、C級センサで±0.6~±1.0℃の誤差がある。

通常の生活では0.5℃の違いは許容誤差であるが、例えば東北地方の 稲作期3ヶ月間平均気温が通常より1℃以上の低温であれば、 大凶作となり社会的影響が大きい(近藤、1987「身近な気象の科学」 の第18章;近藤、2000「地表面に近い大気の科学」の第9章)。

それゆえ、気候変化を知るにはセンサと記録装置を含めた校正を行なう 必要がある。校正は高精度測定システムを備えた会社で実施してくれる。 その試験結果として、試験成績書には温度何度のときの誤差(器差) が示される。筆者は、-5℃、10℃、25℃、40℃の4温度の校正を依頼している (2021年1月実施の費用は36,000円)。Ptセンサの場合、 4器差を直線で近似して観測値を補正し真値を求めている。

図240.2に示した装置更新のときに不連続が生じたのは、 器差の補正が充分には行なわれていないことによると考えられる。

温度計の校正
温度計の校正費は数万円である。多数の気温観測装置を使用する場合、 すべてを校正するのではなく、1装置のみ校正してもらう。 それを各自あるいは各研究室の基準器として、多数の温度センサを 比較検定することを薦めたい。その比較検定では、各センサを束ねて、 受感部を熱伝導のよい銅線で縛り、高精度の比較検定を行なう。 近藤(2017)「K145.高精度気温観測用の計器・ Ptセンサの検定」の145.3節の(4)校正付き高精度Pt温度計による 方法では、「一定温度」を保つとされる市販の検定槽は使わない。 市販の検定装置での「一定温度」では、±0.1℃程度の温度幅で 時間変動するからである。

筆者が行なう高精度の比較検定では、断熱材を用いた手製の検定槽内の液体 (水、氷点下では市販の梅酒用のアルコール「35度のホワイトリカー」) が一様温度になるように数分ごとに攪拌板で混合する。検定槽内の温度は、 0.5~2時間に2℃程度の割合で単調に上昇または下降する。 数時間にわたり基準器と被検定センサの示す温度を10秒間隔で記録し、 温度帯ごとに各指示値の平均値を計算し、両指示値の差を求める。

図240.3は筆者が所有する基準器(精度・分解能は0.01℃)をもとに 高精度の比較検定した例である。筆者の所有するEセンサ温度計と Fセンサ温度計についての比較検定である。縦軸(y=真値―指示値)と 横軸(x=指示値)の関係であり、図中にyとxの関係式をそれぞれ赤文字 (Eセンサ)と黒文字(Fセンサ)で示してある。関係式は図をエクセルで 作成するとき自動的に表示できる。

高精度比較検定の例
図240.3 高精度の比較検定の例、Eセンサ温度計とFセンサ温度計。


図中に示す関係式からEセンサ温度計による真値を表す補正式は 次のようになる。

y=E真値―E指示値
とすれば、

E真値=y+E指示値=y+x
   =-0.0027x+0.0188+x
   =(1-0.0027)x+0.0188
   =0.9973×E指示値+0.0188 ・・・ (1)

同様に、
F真値=0.9969×F指示値+0.0661  ・・・ (2)

として補正式を作ることができる。ここに、指示値とは記録した (読み取った)温度である。

注意:ここに例示したEセンサとFセンサの違いは僅かである。 しかし、別の時期に筆者は17個の温度計について補正式をつくったが、 式(1)、(2)の右辺第2項に0.001~0.180の幅でバラツキがある。 また、右辺第1項の係数にも0.9928~0.9999の幅の違いがあるので、 高精度観測を目的とする場合は、1日かけて高精度の比較検定を行い、 補正することを薦めたい。誤差の大きい観測を行うことは時間と予算の 無駄遣いになる。


(B)ビニールハウスの影響による平均気温の上昇
盛岡市厨川の東北農業試験場(現在の農研機構の東北農業研究センター) では気象観測が行なわれている。その観測露場の西側には1990年4月12日から 逐次、ビニールハウスが建造されて、1998年4月末までには合計15の ビニールハウス群が隣接することとなった。観測露場の気温センサから、 もっとも近いビニールハウス端までの水平距離は19.5mである。

図240.2の緑の実線と破線の差は、風速が弱くなって生じる「日だまり効果」 による年平均気温の上昇だと考えられる。ビニールハウスの増加によって、 1992年の頃からその気温観測に及ぼす影響が出始め、2004年頃には 0.1℃程度高く観測されている。図の緑の破線は、ビニールハウス群が 仮になかったとした場合に予想される変化である。なお、 「日だまり効果」は次節で説明する。


240.4 地域代表性の誤差(日だまり効果)

気温観測を行なう場所(観測露場)の周辺に建物や樹木などの地物が増えて、 風通しが悪くなると日中の気温は高めに、夜間は低めに観測されるようになる。 これを「日だまり効果」による気温の上昇・下降という。それゆえ、 地区・地域を代表する気温を観測することを目的とした観測では誤差となる。 この誤差を地域代表性の誤差(観測露場周辺で生じる「日だまり効果」 が原因で生じる誤差)と呼ぶ。

空間広さの定義
風通しの良否は観測場所の広さによってきまる。地物(樹木や建物)の高さをh、 地物からの距離(風下距離)をXとしたときX/hを「空間広さ」(無次元) と定義する。現実の風向は一定でなく変動するので、主風向の±20°の範囲で X/hを平均した空間広さを用いる。X/h=1/tanαであり、 観測点から地物に向かって仰角αを方位ごとに測量して空間広さを求める ことができる(近藤、2023「身近な気象のふしぎ」の第3章)。

レーザ光線を使用し、目標物までの距離と水平距離と高さと仰角を測る 測量器が市販されている。測量士用の高額な高精度品でなく、 ゴルフ場などで利用されている数万円の低価格の測量器で十分である。 高精度の測量器は取扱が難しく、間違えて大きな誤差で測った人たちが多数いる。

地域代表性の誤差の例
例1:多治見アメダス
2007年8月16日、岐阜県多治見アメダスで、当時の観測史上日本最高気温の 40.9℃を記録した。そのアメダスはどのような観測環境にあるだろうか? アメダスは多治見市北消防署の駐車場の隅、隣には物置小屋のような建物もあり、 生垣で囲まれ風通しの悪い所にあった。

そこで、日だまり効果による気温の違い(地域代表性の誤差)を測ってみた。 快晴日の2013年8月11日12時~15時にアメダス地点と道路を挟んだ隣のスーパー (オオマツフード)の広いアスファルト駐車場で気温を測り比較した。

3時間平均気温は次のとおりで、アメダスは1.02℃も高温である。 詳細は近藤ほか(2013) 「M65.多治見のヒートアイランド観測」に示してある。

38.13℃・・・・アメダス(空間広さ=2.5)
37.11℃・・・・駐車場(空間広さ=10.1)

例2:東京都心部の観測所(北の丸露場)
森林公園内に設置されている東京都心部の観測所「東京」(北の丸露場) は空間広さが狭く風通しが悪いために、特に日射量の多い3月~6月の晴天日の 最高気温はビル街の旧大手町露場に比べて1℃ほど高温になる (近藤・菅原・内藤・萩原、2015 「K101.森林公園内の気温―北の丸公園と自然教育園」の図101.3)。

「日だまり効果」によって平均気温が高くなる理由
防風林のすぐ風下でも空は開けていて日当たりがよい場合のように、 場所によって放射の条件が大きく変わらない晴天日について考える。 狭い場所では風通りが悪いため、日中の高温地表面から風に含まれる 乱流によって上空へ運ばれる「顕熱」が少なく、地表面温度とその上の高度1~ 2m付近の地上気温は風通しのよい広い場所に比べて高温になる。 これを「日だまり効果」による昇温という。 夜間は逆に、風が弱いほど大気から地表面へ入る顕熱が 少なくなり、地表面温度とその上の地上気温は広い場所に比べて低温になる。 日中の気温上昇量が夜間の気温下降量より大きいために、 日平均気温は狭い所ほど高温になる。
このように晴天日中において、地上風速が弱く上空へ運ばれる顕熱が少ないときは 地上気温の昇温は大きいが、その上空(概略10m以上の大気層)の気温上昇は 小さくなる。夜間は逆に、地上気温に及ぼす放射冷却の作用が大きく効き気温下降量は 大きくなるが、その上空の気温下降は小さくなる。


(C)空間広さと風速低減比
日だまり効果による気温の上昇・下降の大きさを具体的に知るために、 最初に防風林の風下における風速が風下距離によって違うことを調べた。

図240.4は防風林の風下で観測した結果である。無次元化した風下距離 (空間広さ)と風速低減比(=風下風速 / 防風林に影響されない風上風速) の関係である。風下距離を対数目盛で表せば、風速低減比はおおよそX/h>3 の範囲で直線になる。X/h<1の範囲は林内の風速にほぼ等しい。 図に示すように、空間広さX/hが30以上あれば縦軸は1 (風速は地物に影響されない)に収束する。

風下風速平塚
図240.4 防風林による風下の風速低減比(縦軸)と風下距離X/h(横軸) の関係、 平塚市内の湘南海岸公園の防風林と入部の田んぼの中の防風林 (苗木畑)の風下における観測。風速低減比=1は防風林の影響を 受けない場所での値とする(近藤、2012 「K56.風の解析―防風林などの風速低減域」の図56.12と同じ)。


図240.4は防風林の風下での関係であるが、建物群などの風下でもほぼ同じ関係が 得られる。背の高い地物(樹林、建築物)のすぐ風下(X/hが小さい範囲) で風が弱いことは顕熱の鉛直方向への流れが弱くなり、X/hが大きい範囲に比べて 日中の気温は高温に、夜間の気温は低温になる。

地物に影響されない空間広さX/h>30での観測が理想的だが、現実の日本では そのような広い観測露場を備えた気象観測所は皆無に近い。 X/h>5ならやや良く、X/h>10はかなり良い広い観測露場である。


(D)日中の気温上昇と夜間の気温下降
図240.5は日本各地の晴天日中の10~14時の時間帯に観測した空間広さと 気温差の関係である。縦軸は空間広さの狭い場所の気温と広い場所の気温の差で ある。横軸は狭い場所と広い場所の空間広さの差、ただし対数差である。 ここに空間広さX/hの対数差とは、例えば樹木・建物など地物の高さh=10m の場合については次のようになる。

空間広さの対数(地物の高さh=10mの場合):
風下10mの空間広さX/h=1・・・・対数はlog10 X/h=0
風下30mの空間広さX/h=3・・・・対数はlog10 X/h=0.477
風下50mの空間広さX/h=5・・・・対数はlog10 X/h=0.699
風下100mの空間広さX/h=10・・・対数はlog10 X/h=1

相対的に広い空間として、たとえば風下X=100m を基準のゼロとしたときの 対数差:
風下10m地点の対数差=0-1=-1
風下30m地点の対数差=0.477-1=-0.523
風下50m地点の対数差=0.699-1=-0.301
風下100m地点の対数差=1-1=0

となる。

図240.5によれば、相対的に狭い場所(横軸のマイナス値が大)の気温は 広い場所(横軸のマイナス値が小)に比べて高温になる。生垣または 風上のすぐ近くに樹木のある空間における気温(赤実線)がそうでない 空間の気温(黒破線)に比べて高温になる主な理由は、 樹木の葉面の熱交換がよく、葉面から放出される顕熱の大気加熱の効果に よるものである(地表面に比べて空中にある葉面などの小物体は 熱交換の効率が高い)。また、プロットのバラツキは風速の違いが大きく影響し、 そのほか樹木のアルベド(反射率)の違いなどによっても生じる。

日だまり効果、日中
図240.5 晴天日中における空間広さの差(対数差)と気温差 (=狭い場所の気温-広い場所の気温)の関係(近藤・角谷・近藤、2017 「K157.日だまり効果、アーケード街と並木道の気温 (まとめ)」の図157.1;近藤、2023「身近な気象のふしぎ」の図3.8)。
赤線:生垣または風上のすぐ近くに樹木のある空間における関係 (樹木による加熱が大)、
黒破線:連続する芝地・草地内、または四方が建物で囲まれた空間における関係、
大印:多数回の平均値。


日だまり効果、夜間
図240.6 晴天夜間における空間広さの差(対数差)と気温差 (=狭い場所の気温-広い場所の気温)の関係(近藤・角谷・近藤、2017 「K157.日だまり効果、アーケード街と並木道の気温 (まとめ)」 の図157.2;近藤、2023「身近な気象のふしぎ」の図3.9)。
黒実線:生垣に囲まれた空間(樹木による冷却効果が大)
緑実線:連続する広い芝地上の空間(樹木まで遠いので樹木による冷却効果は小)
中丸印:3回観測の平均値、大丸印は7回観測の平均値である。



図240.6は晴天夜間の関係である。日中とは逆に、狭い所ほど(図の左ほど) 風が弱く放射冷却が強く働き、より低温になるからである。 日中の気温上昇に比べて夜間の気温下降は概略1/2 である。その理由は、 地表面に入る正味の放射量は日中の500W/m2前後に対し、 夜間のそれは-80 W/m2前後であるからである。 また日中の風速が2~5m/s に対して夜間のそれは0.5~2m/s である。一般に、 夜間は風速が弱く、正味放射量の絶対値は日中の1/6 以下になる割には、 気温は近くの地物の影響を受けやすい。

生垣で囲まれた樹木の葉面の影響を受ける空間では(黒実線)、 地面による冷却よりも葉面上で冷却された空気による効果が大きく、 気温の低下量が大きい。東京の都心部の気温はビル街の大手町で 観測されていたが、2014年12月2日以後は北の丸公園内にある樹木に囲まれた 狭い風通しの悪い場所に移転した。その結果、夜間の最低気温はビル街に比べて 年平均値で1.2℃ほど低く観測されるようになった。

大手町では周囲のアスファルトやコンクリートで覆われているため、 日中に暖められた貯熱の影響が大きく、夜間の気温が下がり難かった。 近藤(2020)「K211.日最高・最低気温の長期昇温率は 季節により違うか?」の図211.2に示すように、ビル街の大手町に限らず、 全国どこでも都市化が進むと夜間の最低気温が下がりにくくなる。それゆえ、 長期的にみると、最低気温の上昇率は平均気温や最高気温の上昇率よりも はるかに大きい。

北の丸露場のように樹木で囲まれた開空間の夜間の冷却は盆地冷却に似ている。 盆地周辺の斜面で冷却された冷気が盆地底に溜まり「盆地はよく冷える」現象は、 開空間の周辺樹木の葉面によって冷却された冷気が下降し開空間の気温を 低くしていることに相当する(近藤、2012 「K54.日だまり効果と気温:東京露場」)。

図240.5と図240.6は空間広さの差(対数差)との関係を示したが、 概略的に要約すれば、空間広さが3程度の狭い場所では、広い場所に比べて、 晴天日中は1~2℃ほど高温に、夜間は0.5℃ほど低温に観測される、 と理解してよいだろう。

樹木の風下における日中の気温上昇、直接観測
晴天日の樹木が風下の気温に及ぼす影響を直接観測してみた。詳細は近藤・内藤 (2014)「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果ー実測」 を参照のこと。

例1:高さ3mの1本の樹木の風下の気温上昇
気温上昇量=0.49℃(風速≒2m/sのとき)

例2:生垣の上方における気温上昇
樹高=1.2m、生垣の外側の南北幅=4.5m、東西幅=4.2m、生垣の上面と側面は きれいに刈り取られた状態。地上高1.4mにおける気温上昇量=0.94℃(風速≒0.9m/s) である。

例3:小さい苗木列の風下における気温上昇
地上高度1.1mに設置したサツキの苗木列(葉面群の高さと幅=0.2m)の風下に おける気温上昇量は0.5℃(風下0.3m)、0.2℃(風下1m)である。

例4:1本の樹木の風下における気温上昇
樹木の最大の高さ=2.5m、横幅の最大幅=2mの風下0.4mにおける気温上昇量は 1.4℃(高さ2m)、1.0℃(高さ1.5m)、0.3℃(高さ1m)である(風速=1.6m/s)。

以上のまとめ:晴天日中の樹木の葉面は日射エネルギーを吸収する。 吸収されたエネルギーの一部は蒸散のエネルギー(気孔内の液体を気体にする 気化のエネルギー)となる。吸収されたエネルギーの残りは葉面を加熱する。 加熱された葉面温度は気温よりも高温になり、大気に向かって顕熱を放出し、 樹木周辺の地上気温は上昇する。これを実測によって確認することができた。
理論的には、晴天日中の植物葉面温度はよほどの強風でない限り(バルク輸送係数と 風速の積が非常に大でない限り)、気温より高い温度となり、周辺大気に顕熱を 放出する(近藤、1994「水環境の気象学」の6.3節を参照のこと)。

観測露場を生垣で囲むのをやめよう!
全国各地の気象観測所を巡回してみると、気温計を設置した観測露場は 生垣で囲まれた場合が多い。生垣ではなく、風通しのよい目の粗いフェンス (メッシュフェンス)に交換しよう。そうすれば、生垣の剪定などの手間が 軽減される。


(E)気温差と一般風速の関係
前記の図240.5と図240.6は一般風速が通常の場合の気温差と風速の関係である。 気温差が生じるのは風速が空間広さによって違うことによる。それゆえ、 気温差(縦軸)は日中あるいは夜間の平均風速によって変わり、 平均風速が強くなるほど気温差の絶対値は小さくなる。それを確認しておこう。

図240.7は日照時間>10時間の晴天日について東京都心部の北の丸露場と 旧大手町露場の気温差と日平均風速の関係である。気温差は前後1時間の 移動平均値のうち、日中の最大値を赤丸印で、夜間の最小値 (マイナスの値で最大値)を黒丸印で示した。風速は北の丸公園内にある 科学技術館の屋上、高度35.3mでの観測値である。 北の丸露場や科学技術館の周辺は森林ゆえ、風速は比較的に高い高度で 測っている。

晴天日中を示すこの図の全プロット(晴天日の25日間)の平均値は 次のとおりである。

日平均風速の25日間平均=3.6m/s±1.1m/s
日中の気温差の25日間平均=0.77℃±0.36℃
夜間の気温差の25日間平均=-1.66℃±0.52℃

快晴日気温差風速依存性
図240.7 気温差(北の丸-大手町)の風速依存性(近藤、2015 「K122.北の丸露場の気温―降雨・日照との関係まとめ」 の図122.14に同じ)。
赤丸:日中の気温差の前後1時間の移動平均値の最大値
黒四角:夜間の気温差の前後1時間の移動平均値の最小値(マイナスの最大値)



赤と黒の破線は、それぞれ風速の逆数に比例する関係を表し、観測値は この曲線の周辺にプロットされている。微風時を除けば、 近似的に風速の逆数に比例することは理論的にも得られる。 近藤(1994)「水環境の気象学」の第6章の式(6.102)によれば、 地表面温度の日変化幅A1は放射量(日射量と長波放射量)の日変化幅R1に比例し、 「係数+風速」に逆比例する。それゆえ、風速が大きくなるにしたがって、 日変化幅A1は風速の逆数に漸近することになる。このような、 地表面温度の日変化幅の風速に対する変化傾向は相対的に風の強い 旧大手町露場の周辺でも、風の弱い空間広さの狭い北の丸露場の周辺でも 同じである。また、地上気温は地表面温度の変化傾向に類似するので、 気温の日変化幅も風速の逆数に漸近することになる。

なお、図240.7に示された関係と同じ関係は近藤(2015) 「K121.空間広さと気温―日だまり効果のまとめ」の図121.16と 図121.17にも示されている。


(F)都市における道幅と気温差の関係
都市は広い郊外と違って近距離でも場所ごとの気温は一様ではない。 都市では地表面の植生や舗装などの被覆状態の違いのほかに、道路の走向、 道幅、建物の高さ、日陰・日向、上空の一般風の風向と道路の走向の関係によって 気温分布は複雑になる。そこで比較的に簡単な例として、 道路走向と市街上空の風向が不一致で、道路面での太陽直射面積が 50%以上の場合について道幅(空間広さに相当する)と気温差の関係を 調べてみた。

道路上での観測は、近藤式精密通風気温計(傾斜形)を自転車のハンドルの軸に 固定した伸縮棒の先端に取り付け、気温は10秒間隔で記録する。 距離150~500mの区間を2~4時間かけて多数回往復し、 その道路上の2~4時間の平均気温を求める。地上高度1.8m程度の気温を観測した。 身体からの放熱の影響を受けないように注意する。広場の基準点(固定点) では三脚に同様の精密通風気温計を取り付けて同じ時間の平均気温(基準気温) を観測した。

図240.8は建物の高さが概略揃っている場合、晴天日中の気温と道幅の関係である。 縦軸は広い公園「芝広場」の気温を基準気温とした気温差であり、 横軸は道幅である、ただし横軸の間隔は対数目盛りで表してある (目盛りの数値は道幅)。図240.5に示した関係と類似の関係になっている ことがわかる。

芝地基準の気温差と道幅の関係
図240.8 晴天日中の道幅と気温差の関係、ただし道路走向と 市街上空の風向が不一致で、道路面の太陽直射面積>50%のとき (近藤・角谷・近藤、2017「K157.日だまり効果、 アーケード街と並木道の気温(まとめ)」の図157.4に同じ)。


注意:一般に地表面付近の下層大気中の気温は時間的に大きく変動 (乱流変動)している。そのため、乱流観測の目的でなければ、 例えば30分間、あるいは2~4時間の平均値を観測しなければならない。


(G)森林内の日射透過率と気温差の関係
都市の森林公園内について、晴天日中の気温分布を示した論文や 新聞報道によれば、森林中央部でもっとも低温となるような分布( 同心円状に近い分布)が示されている。しかし、正しく観測してみると、 この分布のようにはなっていない。そのことをこの節で示したい。

晴天日中の森林内は日陰が多いので、風通しがよければ体感としては 実際の気温以上に低く感じる。このことから、「森林内はとても涼しい」 が常識となっている。しかし、森林公園内の開空間に設置されている 東京都心部の観測所「東京」の北の丸露場は空間広さが狭く風通しが悪いために、 晴天日中の最高気温はビル街の大手町よりも高温になる。 特に日射量の多い3月~6月には1℃ほど高温になる(近藤・菅原・内藤・萩原、 2015「K101.森林公園内の気温―北の丸公園と自然教育園」 の図101.3)。

このことから、森林内の気温水平分布を調べてみることにした。 森林の樹冠下の状態を表わすパラメータとして「日射の透過率」と 「見通し良好・不良」を定義する。

○日射の透過率
森林内において軽量でレスポンスのよい簡易日射計を水平に保ち、 左右に振りながら面積約30m四方範囲(面積900m2)を縦横に歩き、 その範囲について日射量の透過率(=林内水平面日射量 / 林外水平面日射量) を求める。林外の透過率=1とする。この測定では、日射量(出力は電圧) は歩きながら2秒間隔で記録し、平均して林内日射量を求める。 簡易日射計の作り方と確認方法は近藤(2015) 「K112.太陽光パネルを利用した林内日射計」に示してあるように、 出力の電圧が日射量に比例するように設計し、完成すれば 比例関係になっているか確認して利用すること。

なお、1~2日間の訓練をすれば、目視による林内の「木漏れ日率」から 日射の透過率を求めることができる(近藤・内藤、2015 「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」)。

○見通しの良好・不良
目の高さ≒気温観測の地上高≒1.5mで林内を水平に見たとき、全方位360°の 50%以上の範囲の見通しが、おおむね30~50m以下の場合を「見通し不良」、 おおよそ50m以上の遠方まで見える場合を「見通し良好」と定義する。 「見通し不良」は、風通しが悪いことを表わす。「見通し」に影響するのは、 樹木のほか建物なども含む。

樹冠層の枝葉が比較的に密であっても、地上高2~3m以下の下枝がほとんど無く、 さらに樹高1~2mの低木や下草がほとんど無ければ「見通し良好」 となり林内の風通しはよくなる。この定義に用いる数値は厳密でなく、 実際には現場を目で見て「見通しの良好・不良」を決める。

○気温差=林内気温-広場基準点の気温
広場基準点の気温とは、周囲が開けていて空間広さが広い芝地上の気温とする。 気温差がプラスのときは林内が高温、マイナスのときは林内が低温である。 東京の新宿御苑では大規模芝地(イギリス風景式庭園)の中央やや北西寄りを 広場基準点として選んだ。

図240.9は神奈川県平塚市と秦野市千村、東京都、茨城県つくば市、 仙台市の合計12の森林(内1つは仙台の並木道「定禅寺通」)のまとめであり、 晴天日中の気温差と日射の透過率の関係である。東京都内の公園は新宿御苑、 明治神宮の森、代々木公園、北の丸公園の4森林である。 これら森林公園は十分な広さがあり、見通しが良い場合でも気温の観測点が 森の端から概略50m以上の距離であれば、林内気温とみなしてよい。 詳細は近藤・内藤・近藤(2015)
「K111.北の丸公園の日中の気温分布(2)」、近藤・内藤・近藤(2015) 「K114.明治神宮・代々木公園の日中の気温分布(3)」、 近藤・内藤(2015)「K115.新宿御苑の気温水平分布(2)」 を参照のこと。

見通し良好林(風通し良好林:黒丸印と破線)と、見通し不良林 (風通し不良林:赤四角印と赤実線)及び斜面・窪地(緑三角印)は区別し、 記号分けしてある。

気温差は、見通し良好林では木漏れ日率>20%ではゼロに近い。すなわち、 風通しがよいので林内の気温は場所によらずほぼ同じになる。

しかし、見通し不良林では、樹木が密な場所(透過率<20%)で、 気温は透過率に大きく依存し2℃程度の差ができる。また、 周辺の立木は混んでいるが森の一部が開けた風通しの悪い場所のように 透過率>10~20%では林外より高温(プラス)となっており、 季節によって大きく異なる。比較的に低温の4~5月には気温差は+0.8℃前後で 大きいのに対し(図240.9の上図)、高温期の6~9月には+0.4℃前後で小さい (図240.9の下図)。この季節による+0.8℃と+0.4℃の違いはボーエン比の 気温依存性によって生じたものと考えられる。

林内の日射透過率と気温差
図240.9 林内の日射透過率と気温差の関係(快晴または日射の強い薄曇り日)。 縦軸は広い芝地を基準とした気温差である(近藤・角谷・近藤、2017 「K157.日だまり効果、アーケード街と並木道の気温 (まとめ)」の図157.3に同じ)。
小さい黒丸と黒破線:見通し良好林(風通し良好)
小さい赤四角と赤実線:見通し不良林(風通し不良)
下図の大きい黒丸印:仙台の並木道「定禅寺通」(4回平均)
青塗りの大きい菱形印◇:大雨後の晴天日における明治神宮の森(4か所平均)
青塗りの大きい四角印□:秦野市千村における晴天日平均の湿った湧水源2点



高温時(6~9月)はボーエン比(=顕熱 / 潜熱)が小さい
樹木の葉面に強い日射が当たると、その熱エネルギーの一部は気孔からの 蒸散の潜熱(気孔内の液体水を水蒸気に気化するときの気化熱)として使われ、 残りは葉面温度を上昇させ、葉面から顕熱が放出されて大気は加熱される。 葉面が雨や霧で濡れているときでなければ、よほどの強風でない限り、 葉面温度は気温より1℃程度高くなっており、葉面は顕熱を放出して 大気を加熱するが冷却することはない(近藤、1994「水環境の気象学」 の図6.3などを参照のこと)。

放射エネルギーの顕熱と潜熱への配分比(ボーエン比=顕熱/潜熱)は 気温が高いとき小さくなる。したがって、高温時(夏)は葉面が放出する熱 (顕熱)は相対的に小さい。これはボーエン比の気温依存性であり、 蒸発面の水蒸気量(飽和水蒸気量)が高温になるにしたがって級数的に 大きくなる性質によって生じる。ボーエン比の気温依存性については 近藤(1987)「身近な気象の科学」の第11章;近藤(2000) 「地表面に近い大気の科学」の第5章;近藤(2023)「身近な気象のふしぎ」 の第8章を参照のこと。

さらに注目すべきは、大雨後の晴天日で樹木や下草の葉が乾いている状態 (青塗りの大きい菱形印◇)と湧水源(青塗りの大きい四角印□) についての関係である。降雨後や湧水源の周辺では林床面下の土壌水分が 多くなり熱慣性(「熱伝導率×比熱×密度」の平方根) が大きいことが最大の効果となり、 晴天日中でも林床面と林内の温度上昇が 小さく、林外の気温との差が大きくなる。

このことから、快適な都市環境について考えてみよう。 猛暑の夏の森林公園内をより涼しくするには、池を作ればよいことになる。 しかし、林内を湿地化すると蚊が発生しやすくなるので、 注意しなければならない。

さらに日中の都市気温を低下させるには、風通りをよく (熱交換が大きくなるように)することである。そうすれば、 都市地表面からの熱放出が多くなり地上気温は低くなる。しかし、 その熱は風下地域に運ばれ、風下地域は高温になる。一般に、 改変して何かを良くすれば、そのぶん悪影響があることを忘れてはならない。


(H)観測環境が最悪になった場合の気温は?
観測所の観測環境が極端に悪化した場合、気温の日変化が どのようになるだろうか?その極限は、アーケード街に似た環境であろう。 仙台市内のクリスロードで気温を観測してみた。

クリスロードは他のアーケード街と違ってビルとビルの隙間が塞がれており、 理想的なアーケード街である。長さ=340m(愛宕上杉通から二番町通まで 連続する名掛丁アーケードの西半分の50mを含む)、道路幅=11m, 天井の高さ=11mである。天井は半透明で、太陽南中時ころの日射量の透過率 =12%である。

また、比較のため、街路樹で覆われた定禅寺通での観測も行なった。 4列並木の定禅寺通は中央に遊歩道があり、その両側にそれぞれ3車線の車道と 歩道がある。長さ=150m,幅=46m、着葉した5月下旬以後の太陽南中時の 日射量の透過率=14%である。この透過率は、東京の明治神宮、北の丸公園、 新宿御苑、自然教育園内のやや密な森林域と同程度である。なお、 基準とする仙台管区気象台の観測露場は比較的広く、 気象観測所の観測環境は日本では良いほうに属している。

図240.10は2017年6~10月の期間のうち、気象台の日平均気温が20℃以下となった 8日間平均の気温の日変化である。この8日間の日照時間の平均値は4.2時間である。 アーケード街では1日を通じて、気象台や風通しのよい定禅寺通に比べて 高温となり、0~10時は1~1.5℃、18時ころは3℃、日平均では約2℃高い。 なお、日平均気温20℃以上の暑い日は商店街の冷房によって、 アーケード街は気象台の気温に比べて1~3℃ほど低温になるので、 ここでは示さない。

夜間について、空間広さの差と気温差の関係を示した前記の図240.6では、 生垣に囲まれている狭い所ほど夜間は低温になる。ところが、 アーケード街は狭い空間であるのに、広い気象台の芝地よりも高温になっている。 なぜだろうか? 夜間に気温が低下するのはおもに放射冷却によるのだが、 アーケード街は天井が長波放射を透過しない厚い雲と同様な効果をもち、 温室と同じように放射冷却を小さくしているためである。

アーケード街、定禅寺通、気象台の気温日変化
図240.10 仙台市内のアーケード街(クリスロード)①と定禅寺通(並木道)② と仙台管区気象台③における気温の日変化。 気象台の日平均気温<20℃の8日間平均(2017年6月~10月) (近藤、2023「身近な気象のふしぎ」の図3.10に同じ)。


仙台市の年中行事「仙台七夕」では、大勢の見物人(歩行者密度の最大時は 1.1人/m2)がアーケード街をゆっくりと歩く。そのときの気温は 通常の人出のときに比べて約0.7℃の高温となる。 詳細は近藤・角谷・近藤(2017)「K152.市街気温の 高精度観測、仙台(3.七夕見物人の影響)」;近藤(2023) 「身近な気象のふしぎ」の第3章を参照のこと。


(I)東京都心部を代表する気温はどこで観測するか?
東京都心部を代表する気象観測所は大手町露場で行われてきたが、 2014年12月2日から北の丸公園内に新設された北の丸露場に移転した。 北の丸露場の周辺は樹木(低木も含む)が密で風通しが悪く、晴天日中の気温は ビル街の大手町より高温に、夜間は低温に観測されるようになり、 必ずしも東京都心部・ビル街の気温を十分に代表しない。さらに、 森林環境の時代による変化が今後の気温観測値に影響すると予想される。

東京都心部の気温を代表する広場の基準点として、新宿御苑、明治神宮、 代々木公園、北の丸公園の中にある池の北側に広がる広い芝地 (北の丸露場の南西約120m)、及び皇居大手濠脇の緑地 (震災イチョウ脇の濠の角、気象庁前身の旧中央気象台跡地、和気清麻呂像、 晴天日の風は濠の水面上を吹いてくる)を選ぶ。 それら基準点の気温と大手町露場の気温との違いを調べた。

表240.1は広場の基準点と大手町露場の気温差のまとめであり、 プラス値は大手町露場が高温であることを表わす。いずれも晴天日中の 11~15時の4時間平均値である。

表240.1 東京都心部の各広場で観測した晴天日中の気温と大手町露場 (東京都心部の旧観測露場)の気温の比較、2015年4~9月の晴天日。
気温差=(大手町露場の気温-各広場の気温)、11~15時の4時間平均
距離:大手町露場からの距離
空間広さ:晴天日の卓越風向に対する空間広さ

東京都心部の各広場の気温差


この表から次のことがわかる。
(1) 広場基準点の相互の違いは±0.1℃以内にあり、大きな違いはない。 それゆえ、例えば東京都心部の場所による気温の違いを調べるときは、 これら5広場の1つを気温観測の基準点として選べばよい。

(2) 大手町露場(旧東京の観測露場)の気温は広場基準点と比べて 平均として0.35℃高温である。その理由は、晴天日の南寄りの風のとき、 大手濠の方向から吹いてくる風が高温の舗装面の上を距離160m (当時の気象庁構内を含む)の上を吹く間に加熱されるからである。 この0.35℃は晴天日35日間の11~15時の4時間平均の気温差である。 その35日間の北の丸公園の地上高度35m(科学技術館の屋上) の4時間平均の風速は3.7m/sである。なお個々の観測値をみると、 4時間平均風速が強くなれば、気温差は近似的に風速に逆比例して小さくなり、 図240.7と同じ傾向となる。

詳細は近藤(2015)「K116.東京都心部の代表気温― 大手町露場の代表性(完結報)」に示してある。


240.5 観測・統計方法の変更による誤差

(J)百葉箱から通風筒への変更にともなう誤差
気温観測用の放射除けとして百葉箱が使われてきたが、1970年代の半ばから 強制的に外気を吸引する通風筒が使われるようになり、 平均気温は低く観測されるようになった。

札幌ほか12地点において、1971~1985年の15年間にわたり、 並行して得られた永年気候観測資料 (百葉箱内の観測)と普通気候観測資料 (通風筒による観測)がある.この資料を調べてみると、 年平均値の差(百葉箱-通風筒)は次に示すように最高気温で差(誤差) が大きい(近藤、2010「K48.日本の都市における 熱汚染量の経年変化」;近藤、2012「気象研究ノート」、224号)。

最高気温の差=0.20±0.14℃
最低気温の差=0.02±0.07℃
平均気温の差=0.10±0.06℃
なお、±で表した気温差は12地点でのバラツキの大きさを表している。


(K)日界(1日の区切り)の変更にともなう誤差
毎日の最高・最低気温を決める日界(1日の区切りの時刻)は現在では 24時であるが、9時、10時、22時の時代もあった。

日界の変更による差(誤差)については、取り扱う観測資料を厳選して調べた。 すなわち、日界が変更された1942~1974年の時代(1953~1963年は9時日界)、 比較的に観測環境のよい気象台と測候所について、 移転など大きな環境変化がなく、さらに気温の日変化幅 (日較差:最高気温と最低気温の差)に時代による大きな変化のない 13地点について調べた。この変更による差(誤差)は (1)最高気温の年平均値については微小で明確でない。 次いで、(2)最低気温の年平均値を比べると、 9時日界と現在の24時日界(1964年以降)の13地点平均で 0.35℃ほど24時日界のほうが低温である。 (3)個々の観測所について最低気温の年平均値を比べると、 気温の日変化幅が小さい観測所で0.2℃、大きい観測所ほど大きくなり 0.6℃の違いができる(近藤、2006 「K23.観測法変更による気温の不連続」)。

なお、日界の変更による最低気温に誤差が生じる(24時日界のほうが低温になる) ことの説明は近藤(2009)「K45.気温観測の補正と 正しい地球温暖化量」の図45.3に示されている。


(L)観測時刻と1日の観測回数の変更による誤差
現在の観測時刻は毎正時24回であり、24回平均値が日平均値とされているが、 時代によって観測時刻と観測回数は変更され、1日に3回,4回,6回,8回の 時代があり、観測所ごとに異なる。仮に、気温の日変化の形が きれいな正弦関数で表されるとすれば、1日に等間隔の時間で 2回以上観測すれば、その平均値は日平均気温に等しくなるが、 完全な正弦関数ではないので少数回の観測から正確な日平均値は算出できない。 また、日変化の位相は各地点の太陽の南中時刻によって決まる。

たとえば3回観測(6時、14時、22時)による日平均気温は24回観測に比べて 0.1~0.3℃低めに観測され、4回観測(3時、9時、15時、21時)では 逆に0.1~0.2℃高めに観測される(時刻は日本標準時)。この違い、 すなわち観測の誤差は、いずれも太陽の南中時刻(経度)の関数となる。 なお、6回観測と8回観測では違いの年平均値は±0.01℃以内である (近藤、2010「K48.日本の都市における熱汚染量の 経年変化」;近藤、2012「気象研究ノート」、224号)。


240.6 日本の正しい地球温暖化量と都市化昇温

都市化による気温上昇(熱汚染)の経年変化を知るには、 これまで説明してきたように気温の観測値に含まれている各誤差を独立に評価し、 熱汚染量を取り出す必要がある。以下では要点を述べる。詳細は近藤(2012) 「気象研究ノート」、224号を参照のこと。

(1) 観測・統計方法の変更による誤差(ずれ)
(2) 観測所近傍100m程度以内の環境変化の影響(日だまり効果など)
(3) 地球温暖化と自然変動(バックグラウンド温暖化量)
(4) 都市化の影響(都市気候,熱汚染)。

上記(3)は二酸化炭素など温室効果ガスの人為的増加にともなう気温上昇のほか、 火山の大規模噴火や大気・海洋の変動や太陽放射量の変化、 地球の惑星としての反射率(アルベド)の自然的・人為的変化によって生じる 気温変動である。(4)は(3)とまったく異なる原因によって起きる 都市独特の気温上昇である。


(M)日本の正しい地球温暖化量
日だまり効果による気温上昇は都市内でも田舎でも起きる。その例を示そう。
木炭は、昔の家庭用燃料の代表として消費されていたが、高度経済成長期 (1955年頃から1973年のオイルショックまで)には灯油やガスや電気が 代替燃料に代わり消費量が激減した。そのため昔は田舎に設置されている 観測所の周辺には炭焼き小屋があり周辺の樹木は伐採されていたが、 最近は伐採されなくなり、観測露場の風通しが悪くなった。 伊豆半島先端にある石廊崎測候所にその例をみることができる (近藤、2006「K24.伊豆石廊崎の樹木生長と気温上昇」 ;近藤、2006「写真の記録」― 「62.石廊崎測候所(現・特別地域気象観測所)」)。

日だまり効果の求め方
日だまり効果による気温の上昇・下降は前記の(C)(D)(E)で述べたが、 それは日々に生じる問題である。年平均気温に対する日だまり効果による 誤差の補正は、次に示す簡便な方法によって行なう。 ただし、2007年までの資料についての方法であり、その後の資料についての方法は 後述する。

観測所の近くに建物等が最初から存在し、ほぼ同じ状態が続いている場合には、 建物等による露場に及ぼす影響はないので、日だまり効果によって 気温が上昇したとはしない。生垣の場合でも長年にわたり手入れされ、 露場に対して同じ環境と見なされる場合も日だまり効果は生じない。 管理不十分な場合には樹木は成長し、露場の周辺環境が変化したことになり、 日だまり効果が生じることになる。

周辺の観測所との比較から、日だまり効果による気温上昇量の見積もりができた 32観測所の52データから得た関係を図240.11に示した。図の横軸は、 ある期間内に生じた年平均風速の増加率、縦軸は年平均気温の上昇量である。

注意:風速の観測でも測器の変更と設置高度の変更などがあるので、 注意深い解析を行なわなければならない。その注意すべき例を近藤(2006) 「K22.函館気象台改築に伴う気温の不連続」; 近藤(2023)「身近な気象のふしぎ」の図5.11に示してある。

風速の増加率は多くの観測所でマイナス、つまり風速の時代による減少である。 日だまり効果は気温を観測する露場面上の高度1~2m付近の風速と 相関関係が大きいと考えられるが、露場面上での風速は観測されていないので、 ここでは測風塔高度(10~20m)において観測された風速との関係を表した。 そのため、プロットは大きくばらついている。気温上昇量が 0~+0.1℃の観測所は日光、深浦、室蘭、宇和島である。 プロットしていない寿都、宮古、室戸岬はゼロとみなされる。 全プロットを平均的に見ると、ある期間に生じた風速10%の減少につき 年平均気温は0.15℃の割合で上昇している。

風速変化率と日だまり効果
図240.11 日だまり効果による年平均気温の上昇量(縦軸)と その期間の年平均風速の増加率(横軸)の関係、ただし都市化の影響も含む (近藤、2018「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」 の図173.1に同じ)。


バックグラウンド温暖化量
気温は観測法の変更や日だまり効果などの補正を施した値を使用する。 この補正に際して、日だまり効果(一部に都市化の影響も含む) による気温の補正量がほぼゼロ(寿都、宮古、室戸岬) または小さかった34地点について、各地点のバックグラウンド温暖化量の 年々値を評価した。補正量には誤差が含まれるので、 ここでは補正量が小さかった34地点のみ採用した。 34地点の2007年までの年ごとの年平均気温の一覧表は近藤(2010) 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」 の表2.3に示してある。

連続データの揃った28地点における1893~2021年の年平均気温の一覧表は近藤(2022) 「K225.日本の地球温暖化量、再解析2022」 の付録2に掲載してある。観測所の環境が悪化した場合、 近傍の観測所とのズレを補正して接続してある(備考5を参照)。

○28地点における1893~2021年の年平均気温(地球温暖化量)の一覧表 (エクセルファイル)
地球温暖化量¥温暖化2022データ\ ondanka(ke225).xlsx
を利用したい方は著者・近藤純正まで申し出てください。

利用の際は、
「近藤純正ホームページ」の「研究の指針」の「K225.日本の地球温暖化、再解析 2022」
より引用としてご利用ください。

後述するように、各地点の値には±0.1℃程度の補正の誤差が含まれているので、 地方ごとの数地点の平均値を利用することを薦めたい。

注意:一覧表に示す数値
一覧表に示す気温は、最後の年(2007年、または2021年)の気温が 実際の観測値と一致するように、それ以前の気温をずらして表してあるので、 都市化の影響などを含む地点では昔の気温は実際の観測値よりも 高く表示されている。この表示により、今後の補正 (都市化や日だまり効果などの補正)が仮にゼロの場合には、 そのまま連続して使用することができる。

図240.12は1879~2021年までの143年間の日本における 年平均気温の長期変化である。最も古い時代1879~1897年の函館、東京、長崎の 3地点の平均気温に、補正済みの1898~2021年の28地点の平均気温を接続した ものである。

図に示された右上がりのなめらかな太い曲線は 143年間の傾向を表し、気温上昇率(線の傾斜)は時代とともに大きくなり、 ごく最近の上昇傾向は顕著である。日本の平均気温は1900年以前に比べて 2020年は1.1℃高い。さらに、この太い曲線の傾向がそのまま続くとすれば、 2040~2050年の頃には1900年以前に比べて1.5℃の上昇となる。

気温の長期変化、143年間1879-2021年
図240.12 日本の気温の長期変化,143年間(1879~2021年、 都市化の影響など除く)。右上がりの太いなめらかな曲線(多項式近似) は気温の長期的な上昇傾向、細い折れ線は5年移動平均、 小丸印は各年平均を示す(近藤、2023「身近な気象のふしぎ」の図1.4に同じ)。


なお、この気温上昇率の季節による違いは見いだせない(近藤、2020 「K210.温暖化の気温上昇率は季節により違うか? (平均気温)」:近藤、2020 「K211.日最高・最低気温の長期昇温率は季節により違うか?」)。

図240.12は上述したように、全国28地点の平均値のプロットである(ただし、 1897年以前は少ない観測所のデータと接続してある)。 地域ごと詳細に調べてみると、温暖化量には太陽黒点数にみられる 約11年と同じ周期的変化と、数年間平均の気温が急上昇するジャンプが1913年、 1946年および1988年にある。そのジャンプの大きさは高緯度ほど大きい (近藤、2010「K48.日本の都市における熱汚染量の 経年変化」;近藤、2012「気象研究ノート」、224号;近藤、2018 「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」 の付録3と付録4)。

1946年のジャンプと社会の変化
1946年の気温ジャンプは三陸沖で起きた海水温度の大きなジャンプに対応している。 このジャンプ前の低温時代は昭和初期の疲弊した農村、暗い社会の時代であった。 1931年、1934年、1935年、1941年、1945年に冷夏大凶作が頻発している。 しかし太平洋戦争終結年(1945年)の翌年からは大冷夏は1980年まで 起きなくなり、米の単収(10アール当たりの収穫量)も農業技術の向上とともに 増加し、経済高度成長時代へと向かう(近藤、1987「身近な気象の科学」 の13章と18章;Kondo, 1988;近藤、2000「地表面に近い大気の科学」の9章)。

図240.13は28地点のデータが揃った124年間(1898~2021年) の各地点における気温の長期変化を直線近似したときの100年当たりの 気温上昇率の緯度分布である。28地点平均は0.89℃/100yであり、 緯度24~32°の低緯度で0.87℃/100yに対し、高緯度の45°付近で 0.95℃/100yと大きい。高緯度ほど大きい傾向は、 気温の数日間周期的変化や季節変化の変動幅が高緯度ほど大きくなる傾向と 同じである。

気温上昇率井戸分布
図240.13 地球温暖化による100年間当たりの気温上昇率と緯度の関係、 28地点のデータが揃った1898~2021年の124年間(近藤、2022 「K225.日本の地球温暖化量、再解析2022」 の図4に同じ)。


地球温暖化量が高緯度ほど大きいことから思いつくこと
地表面と下層大気の温度は、温室効果ガス(おもに水蒸気) が存在しないとした場合、放射平衡の場合は低緯度で非常に高温に、 高緯度で非常に低温になる。しかし水蒸気の存在によって温室効果が働き、 この放射平衡の温度分布がかわり、緯度による温度差が小さくなっている。 これが地球の自然の姿である。ところが近年、 人為的に排出される温室効果ガスの二酸化炭素CO2が増えて 下層大気の温度が上昇することによって水蒸気も増え、地球温暖化が進んでいる。 温室効果が大きくなるほど下層大気の温度が上昇するのと同時に 緯度による温度差が小さくなる(極域での温暖化が大きい)。 これが、日本の地上気温の観測資料を調べて見えたのである。


備考5:2012年以後の解析方法(気温データの接続)
近藤(2012)「気象研究ノート」、224号で求めたバックグラウンド温暖化量を 求めるときに用いた「日だまり効果」と「都市化による影響」の補正方法は、 以後の再解析(2018年、2020年、2022年)では、以下のように変更した (近藤、2018「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」 ;近藤、2020「K203. 日本の地球温暖化量、 再評価2020」;近藤、2022「K225. 日本の 地球温暖化量、再評価2022」)。

観測所bの周辺が都市化されていてもその環境 (年平均風速の長期変化などからもわかる)がほぼ一定に保たれている期間が 20~40年以上継続すれば、その期間の気温観測値を利用することが望ましい。 それまでバックグラウンド温暖化量を求めてきた観測所aの周辺環境が変わる (都市化と日だまり効果が変わる)場合は、その変化前に観測所aの 10~20年間平均気温と観測所bの10~20年間平均気温を比較し、ズレを求める。 両者間の気温のズレがゼロになるように補正して接続する。 それまで利用してきた観測所aを観測所bに変更し、データは接続・継続利用する。 なお、より確かな結果を得るために、観測所bとしてaの周辺にある 複数の観測所を用いる。

備考6:気象庁発表の日本の地球温暖化量
諸々の誤差を補正していない気象庁発表の日本の温暖化量は、 本論で求めた正しい値の1.5倍の過大値である(近藤、2022 「K225.日本の地球温暖化、再解析2022」)。



(N)都市化による気温上昇(熱汚染)
都市化による気温上昇・下降の要因として(1)緑地の減少、 (2)舗装面積の増加にともない降雨後の排水がよくなること、 (3)人工排熱の増加、(4)ビルの高層化による地表面に入る正味放射量の増加、 (5)都市域の反射率の変化、(6)構造物の熱的性質の変化、 (7)湾に面する都市では人工的な温排水で温められた海水の影響が考えられる。

都市の熱汚染量を評価できる気象観測所(気象台と旧測候所)は91か所あり、 次式によって評価した。ただし、この式の気温観測値とは 観測法の変更によるズレ(誤差)を補正した値である。

  気温観測値=(バックグラウンド温暖化量の地域平均)+(都市の熱汚染量)

○地域平均とは、諸々の補正後でも各地点の値には±0.1℃程度の補正の誤差と 代表性の誤差が含まれているので、地域ごと(例えば北海道、北日本、東北、 関東・越後、・・など)の数地点の平均値を用いた。

○熱汚染ゼロの基準年として、予備的な解析の結果、1915~1940年とする。 ただし、東京と横浜は関東大震災(1923年9月1日)以後、 復興が急速に行なわれ、また京都も1930年代に都市昇温化が大きくなり始めたので、 これら3都市については1910~1925年の平均を基準とした。

図240.14は全国50地点の2019年時点における都市化昇温量の一覧である。 図中の左列の大手町(上から3番目)は東京の旧露場が設置されていた大手町 (ビル群の市街域)における値である。現在の北の丸露場へ 2014年12月2日に移転したことで年平均気温は旧露場に比べて年平均気温が 0.62℃低温となったので、そのぶんを加えて補正してある。

全体を見ると、約1℃の地球温暖化量(緑色)に対して都市化昇温量(赤色) が1℃以上の地点は50地点中15地点ある。東京(大手町)の都市化昇温量は 2℃であり、地球温暖化量(約1℃)の2倍に相当する。

都市化と自然昇温の和、2019年時点
図240.14 2019年時点における日本各地の自然昇温量と都市化昇温量の和。 大手町(左列の3番目)は東京の旧露場の大手町における値である (近藤、2020「K209.猛暑日・熱帯夜と都市化・ 地球温暖化との関係」の図209.3;近藤、2023「身近な気象のふしぎ」 の図3.2に同じ)。


図240.14は1920年を基準とした100年後の2019年時点における地球温暖化量と 都市化昇温量の関係である。50年後の2070年時点における関係、その他の詳細 は近藤(2020) 「K209.猛暑日・熱帯夜と都市化・地球温暖化との関係」 に示されている。

なお,全国91地点についての1930年から2000年まで10年ごとの都市化による 昇温量は近藤(2010)「K48.日本における熱汚染量の 経年変化」の表8;近藤(2012)「気象研究ノート」、224号」の 表2.8に掲載してある。

都市化昇温が引き起こす都市気候
都市化昇温は緑地の減少、降雨後の排水がよくなることなどによって生じる。 そのため、蒸発散量が少なくなり相対湿度が低くなる。例えば東京の年平均の 相対湿度は、1880年ころの78%から2010年ころの60%に、18%も低下している。 その結果として、大都市では都市化昇温と乾燥化により霧の発生することが ほとんどなくなった(近藤、2023「身近な気象のふしぎ」の第3章)。


あとがき

群馬県の館林アメダスでは、周辺に比べて高い最高気温が観測され、 それが報道されていた(近藤、2013「K80.地域を代表する 気温の分布」の図80.1、図80.2a)。

館林アメダスを見学すると、消防本部の駐車場の北西隅に設置されており、 その周辺は生垣で囲まれていた(近藤、2014 「小さな旅」―「124.北関東の館林」)(現在の館林アメダスは別の場所に 移転している)。

話によれば、元は風通しのよい目の粗いメッシュフェンスで囲まれていたが、 わざわざ生垣を植えたという。担当する気象台に「なぜ生垣で囲ったのですか」 と理由を尋ねると、返事は「周辺の駐車場も道路もアスファルト舗装であり、 それからの熱波を生垣で防ぐためです」であった。 これが多くの学者・専門家の間違った常識である。

これは一例である。間違った常識を正すには、正確に観測した実例を 具体的に見せることである。そのため資料調べや各地で観測した。 実際に観測してみると新しい発見もある。これが筆者の現役引退後の活動である。 今回それを整理したので、読者の理解と諸問題の解決に役立てていただければ 幸いである。


付録(長期にわたる平均気温1℃の違いは大きい、実例)

Q1:図240.12の太いなめらかな曲線で示されているように、2020年頃の日本の 平均気温は1900年以前に比べて1℃ほど高くなっている。 「わずか1℃程度の気温上昇が、なぜ重要か」について、一般の人たちに、 どのように説明すればよいのでしょうか? (M.H.)

A1:私たちは、短時間に1℃程度の気温変化があっても、ほとんど気にすることは ないが、数ヶ月あるいは数年にわたり平均気温が1℃違うと生活や農業生産などに 大きな影響現れる。以下に具体的な例を示そう。

例1 80年ぶりにおきた東北地方における1993年のコメの大凶作は、 夏の3ヶ月間平均気温が平年よりも2.1℃低かった。翌年春には全国でコメ不足を きたし、人々の不安感から自由米(ヤミ米)の価格が高騰し、コメを買う人々が 行列をなした。いわゆる「平成のコメ騒動」である(近藤、2023「身近な気象の ふしぎ」の7章)。
例2 東北地方の大冷夏でコメの大凶作による飢饉が起きたときのことである。 古文書(花井安列の天候日記)では、例えば暑さについては、「暑く御座候」 「大暑」「暑甚敷」「難渋暑」「近年覚無之暑気」などで記されている。 こうした記述内容から天保年間の毎年夏の平均気温を推定することができた。 大凶作の天保7年(1836年)の夏3ヶ月間の平均気温は 当時の平年に比べて2.8℃低かったことが推定できた。別の古文書資料から 推測すれば、天保7年のコメの収量は平年のわずか8%であった。その結果、 仙台藩の人口の1/4が餓死した。
また、明治35年(1902年)の大凶作では平年に比べて2.1℃、大正2年(1913年) の大凶作では2.2℃の低温であった。 平年に比べて1℃以上低かったとき、コメの作況指数は80%以下の大凶作となる。 昔は東北地方で大凶作が起こると社会的な大混乱がおきた(近藤、1987 「身近な気象の科学」の8章、9章、18章)。
例3 静かに寝ているときの実験(私の心臓手術後の入院中の実験)によれば、 布団を掛けて寝ているとき、エアコンによる温度変化がある。枕元に温度計を置いて 観察する。暑くなって布団を除ける・寒くなって布団を掛ける行動は、1.0℃の変化で 生じた。1℃の違いが大きいことを実感した(近藤、1994「水環境の気象学」の 4ページの人体のエネルギー収支を参照のこと)。
例4 黒潮が沿岸を流れる高知県東部の室戸海岸の冬はとても暖かいことで 知られている。冬の平均気温として高知市内より2℃高いに過ぎない。 なお、室戸岬の気象観測所は標高185mにあり、高知に比べて1.3℃の高温である。 (近藤、2014「身近な気象」の 「M68.冬の室戸海岸は高知市内より平均2℃ほど暖かい」を参照)


文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学―大気と地表面の対話―.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ-.東京大学出版会、pp.189.

Kondo, J., 1988: Volcanic eruptions, cool summers, and famines in the northeastern part of Japan. J. Climate, 1, 775-788.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支―.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用―.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、25-56.

近藤純正、2023:身近な気象のふしぎ.東京大学出版会、pp.186.


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