K54.日だまり効果と気温:東京新露場


著者:近藤 純正
東京都心部の地上気象は大手町で観測されているが、新露場が皇居外苑北の丸公園に 完成し、現在試験的に観測が行われている。新露場は緑地公園内にあるため平均気温が 低くなると予想されたが、いっぽう樹木に囲まれ露場面上の風速が弱く「日だまり 効果」によって気温が上昇することも予想された。試験的な観測から得られた平均気温 と気温日較差を解析してみると、日だまり効果が顕著に現れた。
新露場の特徴は、晴天日の夜間の最低気温が現露場よりも1.5℃以上も低下する 日数が年間120日もあり、年平均最低気温は約1.2℃も低い。そのため年平均気温は 新露場が約0.7℃低温となる。晴天日の最高気温は新露場で高く、現露場に比べて 0.7℃以上も高くなる日数は年間45日もある。

新露場は森林に囲まれて風速が弱く、気温日較差が大きい。 今後、周辺環境(樹木の背丈、繁茂度)の変化、すなわち局所的な環境変化があると、 気温観測値に反映されやすいので、維持管理は注意深く行うことが重要となる。 (完成:2012年9月5日, 図54.3を追加:9月10日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2011年10月8日:粗筋の完成
2011年10月12日:9月の結果と、54.3節に「各効果の分離、推定値」を追加
2011年12月2日:10月の結果を追加
2012年1月13日:11月の結果を追加
2012年2月5日:12月を追加
2012年2月26日:1月を追加、表54.2を追加
2012年3月27日:2月を追加
2012年4月27日:3月を追加
2012年5月22日:4月を追加
2012年6月26日:5月を追加
2012年7月28日:6月を追加
2012年9月5日:7月を追加、完成
2012年9月10日:部分的に加筆・削除、図54.3を追加
2012年9月12日:付録を章末へ移動、加筆


  目次
        54.1 はしがき
        54.2 過去の「日だまり効果」の結果
        54.3 2011年8月の新露場と現露場の比較
        54.4 年間を通した新露場と現露場の比較
        54.5 まとめ

        参考文献
        付録 気温の日較差(理論的考察)


54.1 はしがき

東京の皇居外苑北の丸公園に東京の新たな地上気象観測施設・露場が完成した。 2011年8月1日より試験的な運用が開始され、現露場(大手町1-3-4)との比較観測が 今後3年間ほど行われた後、北の丸公園での観測に移行されるという。新露場の気温が 現露場に比べて平均気温が高くなるか低くなるか、大きな関心ごとである。 試験観測に先立ち、気温が下がるか上がるかの検討が行われた (「K53.東京の新露場の気温は下がるか?」)。

現在の露場は大手町のビル域にあり、露場西側のKKR竹橋会館との間には道路、 北側には高架の高速道路、お壕の周りには広い都道301号線がある。一方、新露場は北の丸 公園の樹木の多い所にある。一般に緑地公園内は蒸散が盛んで、かつ日陰が多いこと から、ビル群・舗装道路域に比べて平均気温は低く、気温日較差は小さい傾向にある。 この効果は公園の広さにも依存する。

気温は観測所の周辺、主に半径5km内に重み付けした都市化率(ビルや舗装道路が 占める面積の割合)に依存し、北の丸公園の周辺はほとんどが都市化されており、 それら都市域の影響が大きいと考えられた。

半径5km内に重み付けした都市化率との関係は桑形ら(2012)によって解析されて おり、内容は近藤(2012)の図2.12に紹介されている。本ホームページの「研究の指針」の 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」の図12は 近藤(2012)の図2.12と同じである。

一方、現露場は風の通り抜けがよいのに対し、新露場は樹木に囲まれ風速は弱く、 日だまり効果によって気温が高めになることが予想される。これらプラス・マイナスの 効果によって、現露場と比較して平均気温に違いが生じるか?

2011年7月22日に新露場を見学したとき、大手町では風があったが、新露場では風は ほとんど感じられなかった。

大手町の現露場と北の丸公園の新露場の風景については、「写真の記録」の 「92. 東京の新露場」に掲載されている。

解析資料
解析に用いる東京の北の丸公園試験観測データ(新露場データ)は、東京管区気象台の ホームページに掲載されたトピックスからの引用、大手町の現露場データは気象庁 ホームページの気象統計情報からの引用である。

この章では、観測データが増えるごと、1ヶ月ごとに解析し考察の経過なども記載し、 最後に1年分のデータが揃った段階で結論を述べることとする。

54.2 過去の「日だまり効果」の結果

まず、過去の解析結果から、日だまり効果による平均気温の上昇量を見ておこう。

新露場の風速が40%弱いとすれば、図54.1より日だまり効果による年平均気温の上昇は、 +0.3±0.2℃と推定される。

風速と日だまり効果
図54.1 風速の変化と日だまり効果による気温上昇の関係.
四角印は樹木の 成長により日だまり効果が生じたと考えられる地点,丸印は日だまり効果 に都市化の影響も含む可能性のある地点を示す( 近藤(2010;2011)、あるいは「研究の指針」の「K45.気温観測の補正と正しい 地球温暖化量」の図45.6に同じ;「K46.日本における温暖化と気温の 正確な観測」の図46.1に同じ).

54.3 2011年8月の新露場と現露場の比較

新露場における観測資料が公表された。まず、最初の2011年8月について調べて みると、日だまり効果が顕著に現れているので注意しよう。

新露場の値から現露場の値を引き算した差(プラスは新露場が高温):
平均気温の差=-0.42℃
最高気温の差=+0.28℃
最低気温の差=-0.84℃
日較差の差=+1.12℃

相対湿度の差=+8.2%(新露場が高湿)

これらは8月の月平均値である。日々の気温データについて全天日射量との関係を図54.2に 示した。日射量が大きい(日照時間が大きい、晴天日)ほど、新露場では現露場に 比べて最低気温が低めに、最高気温は高めに観測されるようになり、両露場における 気温日較差の違いが増大している。

東京新露場気温と日射量8月
図54.2 東京の新露場(北の丸公園)と現露場(大手町)における気温差と全天 日射量の関係、プラスは新露場が現露場より高温を意味する(2011年8月)。

図中に描いたそれぞれ3本の実線は最小自乗法による直線関係である。最高気温と最低 気温のそれぞれ横軸ゼロの縦軸は、上記の平均気温=-0.42℃に近い-0.3℃付近を 通っている。-0.42℃は、①森林緑地による蒸散と、周辺の日陰による気温低下、 および、②日だまり効果による気温上昇が重なった結果である。

日だまり効果を考えない場合、森林緑地は日陰が多いことと蒸散が多いことにより 気温日較差は一般に小さいこともあるが、新露場で気温日較差がプラスで大きくなった のは、露場面上の風速が弱く日だまり効果が顕著に現れ、森林緑地のマイナス効果を はるかに上回ったからである。

8月の1か月分の解析結果に過ぎないが、東京の新露場の環境維持で重要なことは、 露場の風当たりが時代によって大きく変化しないよう、伸びすぎた枝の切り落としなど を行うことである。すなわち、(1)露場面から周辺の写真を撮影し、樹冠上端の仰角が 時代によって大きく変わらないよう管理することである。

さらに管理上、仰角変化に表れない環境変化、すなわち、(2)露場近傍の低木が 繁茂して露場付近の風速が低下すると、日だまり効果が一層強く現れるようになる。 これら(1)と(2)に注意した管理が望まれる。そうでなければ、観測値は 東京都心部を代表する環境ではなくて、この公園の森林変化をモニターしているに 過ぎなくなってしまう。

地上気温の日変化の振幅(日較差の約1/2)は、風速等の条件が同じなら、地表面温度の 日変化の振幅 A1とほぼ比例関係にある。「水環境の気象学」の式(6.102)に よれば、A1は放射量の日変化振幅 R1に比例する(近藤、1994)。

図54.2に示した気温日較差の違いが日射量と比例関係にあることは、このことを表して いる。

注意1: 前述の式(6.102)は、日変化の波数1成分を表すもので、波数4まで を含めれば、日変化パターンをかなりよく表現することができる(同書のp.158-159)。 また式(6.102)の分母には蒸発効率(蒸散の多寡)と交換速度(風速の強弱)を 含むので、複雑な数値シミュレーションを行わずとも、気温日較差などと日射量との 関係を解析的に解いて検討することが可能である。

2011年8月の相対湿度の差は+8.2%であり、森林緑地の相対湿度が高い。現露場におけ る8月平均の水蒸気圧=25.8hPa、相対湿度=70.7%である。新露場の平均気温が0.42℃ 低いことによる相対湿度の増加(1.7%)に比べて8.2%はかなり大きい。

これは、新露場が緑地の水蒸気供給源であるほかに、風が弱く露場付近の拡散作用が 弱く、水蒸気が地上付近に溜まりやすいからである。つまり、日だまり効果は露場の 水蒸気量も多くすると解釈できる、ただし、森林緑地のように水蒸気供給源が露場近く に存在する場合のことである。

ちなみに、東京の年平均相対湿度2000年の値は1960年に比べて6.9%乾燥している。 この乾燥化は都市における水蒸気供給源が少なくなったことと都市化による気温上昇 の2要因による(近藤、2012、図2.13;「研究の指針」の 「K43. 日本の都市における熱汚染量の経年変化」の図13(下))。

54.4 年間を通した新露場と現露場の比較

各月の解析結果のまとめは以下の表54.1と54.2に示す。

9月は、上記8月の結果とほぼ同じ傾向である。気温日較差の差と、日射量への 依存性も、相対湿度差もほぼ同じ(+8.3%)である。しかし、新露場の平均気温は8月 (-0.42℃)よりも少し低温(-0.60℃)になった。

10月は、8月、9月の結果とほぼ同じである。相対湿度差もほぼ同じ(+8.2%) である。 しかし、現露場に比べて新露場の平均気温は8月、9月、10月としだいに下降し、 -0.42℃、-0.60℃、-0.83℃と低温になった(下記の表54.1)。

11月は、日射量も少なくなり、現露場に比べて新露場における気温の平均値、 最高、最低ともに秋から冬に向かってしだいに低下している。日射量に対する日較差の 増加割合を表す係数 a は冬に向かって大きくなり、逆に最低気温の係数 e は マイナスの値で大きくなっている。つまり、冬に向かうと森林で囲まれた露場の月平均 気温はより低温になるが、晴天日(日射量の多い日)の夜間は、冬のほうが大気全体に 含まれる水蒸気量が少なく放射冷却が強くなり、最低気温が下がりやすい。

最高気温の係数 c が季節によって大きく変化していないので、気温日較差の係数 a が 大きくなるのは放射冷却によって最低気温が下がりやすいことで現れたものである。

気温日較差の月平均値に季節変化はなく、新露場が1℃前後高い状態で続いている。

12月は、気温の平均値、最高、最低ともに11月と大きく変わらない。気温日較差 の月平均値にも大きな季節的な変化は見られない。

相対湿度について、8~10月は森林内の新露場が8%ほど高く、11~12月には差が少し 大きくなり10%の違いとなった。

表54.1は新露場の観測値と現露場の観測値の差のまとめである、ただし係数 a は日々の 気温日較差の差と日射量を直線関係で表したときの勾配を表す係数 (単位:℃/(MJ d-1m-2))である。

表54.1 年間の観測値の差[=(新露場の観測値)-(現露場の観測値)] の月平均値 (単位:℃)
平均差:平均気温の差
最高差:最高気温の差
最低差:最低気温の差
較差差:気温日較差の差
係数 a, b:気温日較差の差を y=aS+b で表したときの係数 (℃/(MJ d-1m-2); ℃)、
S:全天日射量(MJ d-1m-2)、略して日射量、
係数 c, d:最高気温の差を y=cS+d で表したときの係数(単位はa, b に同じ)、
係数 e, f:最低気温の差を y=eS+f で表したときの係数(単位はa, b に同じ)、
湿度差:新露場の相対湿度-現露場の相対湿度(%)。
年平均値:12ヶ月の平均値

年/ 月 平均差  最高差 最低差  較差差  a       b    c       d      e       f   湿度差 日射量
2011/08 -0.42 +0.28 -0.84 +1.12 0.063   0.12 0.032 -0.23 -0.032 -0.34   8.2  15.8
2011/09 -0.60  +0.12 -0.98  +1.11 0.070   0.09 0.038 -0.43 -0.032 -0.51   8.3  14.6
2011/10 -0.83  -0.24 -1.19  +0.95 0.082   0.03 0.034 -0.61 -0.048 -0.65   8.2  11.3
2011/11 -1.02  -0.28 -1.47  +1.19 0.112   0.17 0.031 -0.56 -0.081 -0.74  10.4   9.0
2011/12 -0.91  -0.31 -1.41 +1.10 0.124   0.08 0.048 -0.70 -0.076 -0.78  10.0   8.5
2012/01 -0.88 -0.05 -1.40 +1.35 0.137   0.03 0.046 -0.49 -0.091 -0.53  10.1  9.6 
2012/02 -0.66 +0.14 -1.11 +1.26 0.151 -0.40 0.086 -0.81 -0.064 -0.41   6.2  11.0 
2012/03 -0.56  +0.27 -1.08  +1.34 0.127 -0.24 0.082 -0.76 -0.044 -0.52  3.9  12.5
2012/04 -0.54  +0.54 -1.27 +1.80 0.094   0.27 0.062 -0.47 -0.032 -0.74   2.9  16.2
2012/05 -0.64 +0.21 -1.20 +1.41 0.068  0.17 0.035 -0.43 -0.033 -0.60   3.4  18.5
2012/06 -0.60  +0.08 -1.07  +1.15 0.061   0.16 0.056 -0.82 -0.005 -0.98   3.0  16.1
2012/07 -0.65 +0.05 -1.02 +1.06 0.034   0.45 0.020 -0.30 -0.014 -0.76   2.9  17.9

年平均値-0.69    0.07 -1.17    1.24 0.09    0.08 0.048 -0.55 -0.046 -0.63   6.5  13.42


試験観測が始まってからの1年間(2011年8月~2012年7月)を見ると、気温日較差 (表54.2)とその差(表54.1)は季節によってほとんど変らないことがわかる。夏は 冬に比べて日射量が概略2倍もあるのに、気温日較差に大きな季節変化がないのは なぜか?

気温日較差を決めるものには、日射量や風速のほかに、正味放射量(日射と長波放射を含む)、 土壌表層(地物・樹木など含む)の含水率などがある。冬は日射量が少ない代わりに 正味長波放射量が大きく、また大気全層の水蒸気量(可降水量)が少なく放射冷却が 大きくなる。さらに土壌表層の含水率が少ないことで日中の地温・気温が上昇しやすく、 夜間は下降しやすくなり、結果として気温日較差を大きくする。

したがって、気温日較差、最高・最低気温を表すもっとも簡単なパラメータとして、 快晴・晴れ・曇りの度合いを表す日照率(=日照時間/可照時間)でも表してみた。

表54.2は新露場(北の丸露場)における気温などの月平均値と気温日較差、最高気温、 最低気温の差(新露場-大手町露場)を日照率の関数で表したときの係数 a', b',・・・ である。月々の係数のばらつきは、日々の値が日照率だけでは十分に 表されず、係数がそれ以外の要因の影響も受けていることを意味している (日射量で表した場合も同じ)。

表54.2 新露場における月平均値、観測値の差[=(新露場の観測値)-(現露場の観測値)] と日照率の関係を表す係数
(気温の単位:℃、湿度の単位:%)

 気温:平均気温
 最高:最高気温
 最低:最低気温
N:日照時間、No:可照時間
日照率=N/No(%)
係数 a', b':気温日較差の差を y=a'(N/No)+b' で表したときの係数( ℃)、
係数 c', d':最高気温の差を y=c'(N/No)+d' で表したときの係数(℃)
係数 e', f':最低気温の差を y=e'(N/No)+f' で表したときの係数(℃)
暑日:新露場の最高気温と現露場の差>=0.7℃の日数
冷日:新露場の最低気温と現露場の差<=-1.5℃の日数
年平均値:12ヶ月の平均値

年/ 月  気温  最高  最低 日較差  a'    b'   c'     d'     e'     f'   湿度 日照率 暑日 冷日
2011/08  27.1 31.5   23.7  7.8  1.37  0.56 0.67   0.01 -0.70 -0.56  78.9  0.41   5     4
2011/09  24.5  28.9   21.0   7.9  1.16  0.59 0.63 -0.16 -0.52 -0.75  76.1  0.45   3     6
2011/10  18.7  22.7   15.3   7.4  1.18  0.47 0.39 -0.39 -0.80 -0.87  68.9  0.41   1    10
2011/11  13.9  18.0   10.2   7.8  0.96  0.74 0.15 -0.35 -0.81 -1.09  68.7  0.42   0    15
2011/12   6.6  10.8    2.8  8.0  1.23  0.33 0.43 -0.58 -0.80 -0.91  58.2  0.62   0    15
2012/01   3.9  8.2    0.4  7.8  1.55  0.43 0.49 -0.34 -1.06 -0.78  53.5  0.59  0    17
2012/02   4.8   9.3    1.1   8.2  2.32  0.16 1.07 -0.36 -1.25 -0.52 55.1 0.47   6    12
2012/03   8.3  12.8    4.2   8.5  2.51  0.33 1.57 -0.36 -0.92 -0.70  63.1  0.40   7     7
2012/04  13.9  19.0    9.8   9.3  2.04  0.94 1.25   0.01 -0.79 -0.93 65.5 0.42  13    13
2012/05  18.9  23.9   14.9   8.9  1.70  0.65 0.84 -0.18 -0.83 -0.83 68.8  0.45   2    11 
2012/06  20.8  24.9   17.6   7.4  1.46  0.73 1.37 -0.32 -0.09 -1.04  75.6  0.29   5     6
2012/07  25.8  30.1   22.5   7.7  0.75  0.75 0.30 -0.08 -0.45 -0.83  78.1  0.41   3     4

年平均値 15.6  20.0   12.0   8.1  1.52  0.56 0.76 -0.26 -0.75 -0.82  67.5  0.45  ―   ―
年間合計                                                                            45   120 


2011年8月から2012年7月までの1年間をまとめると次のようになる。

新露場(北の丸)と現露場(大手町)の気温差
平均気温・・・・新露場が年間を通して低温(-0.69℃±0.18℃)。特に低いのは10月~1月である。
最高気温・・・・新露場が10月~1月は低いが、その他の2~9月は高い。
最低気温・・・・新露場が年間を通して低い(-1.17℃±0.19℃)。
気温較差・・・・新露場が年間を通して大きい(+1.24℃±0.22℃)。特に大きいのは日射量の多い4~5月。

相対湿度・・・・新露場が年間を通して高い(+6.4%±3.1%)。特に10月~1月に差が大きく(約10%)、3月~7月に小さい(約3%)。

天気への依存性
気温較差・・・・日射量が多い(日照率が大の)晴天日ほど新露場の気温日較差が大きくなる。
最高気温・・・・晴天日ほど新露場が高温となる。
最低気温・・・・晴天日ほど新露場が低温となる。

表54.2の右端の2列に新露場の最高気温が0.7℃以上高い日(暑日)の日数と、 新露場の最低気温が1.5℃より低い日(冷日)の日数を示した。

新露場の最高気温がより高くなる日数の多いのは新緑前の2月~4月である。 北の丸公園には落葉樹もあり、この季節は林床~下部樹木層に日射量が入りやすく 露場の日中の気温を上昇させる効果が大きいと考えられる。今後のデータ蓄積を 待ちたい。

いっぽう最低気温については、夜間の放射冷却で最低気温が現露場よりも大きく 低下する日数が多いのは晩秋から冬にかけての11月~1月(月間15日~17日)である。

なお、大手町の現露場と北の丸の新露場の風景については、「写真の記録」の 「92. 東京の新露場」に掲載されている。 また、露場から見た周辺360°方位の樹木・建物の仰角から計算される「露場空間の広さ」 については、「K63.露場風速の解析ー北の丸と大手町」 の図63.2が参考になる。

54.5 まとめ

2011年8月から2012年7月までの1年間について、東京の新露場と 現露場の気温と相対湿度を比較した。

(1)新露場(北の丸の森林公園内)は現露場(市街地ビル群内の大手町)に比べて 年平均気温は0.7℃低温であり、気温日較差の年平均値は約1.2℃大きい。 すなわち、森林内の新露場は風速が弱く「日だまり効果」によって、晴天日の日中の 最高気温は高くなり、夜間の最低気温は放射冷却で低くなる。

(2)相対湿度は森林内の新露場が高く、年平均値で6.5%、11~1月は10%ほど、 3~7月は3%ほど高い。相対湿度が高いのは、気温が相対的に低いことのほかに、 森林は蒸散による水蒸気の供給源であること、さらに風速が弱く水蒸気が拡散され難く滞留 しやすいからである。

(3)新露場について、森林効果(蒸散と日陰により気温低下)と日だまり効果 (最高気温上昇、最低気温下降)を分離すると、年平均値は表54.3のように推定 できる。その詳細は章末の付録に示されている。

表54.3 新露場における森林効果と日だまり効果を分離して推定した年平均値と 観測値の比較
露場風速(仮新露場)=(0.21/0.6)×測風塔風速・・・風速が強めの仮想露場
露場風速(新露場)=0.21×測風塔風速・・・・風速が弱い新露場の状況
露場風速(現露場)=0.42×測風塔風速・・・・風通りが比較的よい大手町の露場
測風塔風速=2.9m/s(科学技術館屋上における年平均風速)
仮新露場:森林効果のみ(日だまり効果なし)の値(推定値)
新露場:観測値(森林効果+日だまり効果)
現露場:現露場(大手町)における観測値

            仮新露場   新露場  現露場
                   森林効果のみ  観測値  観測値
  露場風速 U(m/s)         1.02          0.61     1.22    

  最高気温 Max (℃)    19.18         20.01     19.94
  平均気温 Mean(℃)    15.30         15.60     16.29
  最低気温 Min (℃)    12.10         11.96     13.13
  日較差     (℃)     7.08          8.05      6.81

  Max-Mean (℃)         3.88          4.41      3.65
  Mean-Min (℃)         3.20          3.64      3.16

 (Max-Mean)/(Mean-Min)    1.21          1.21      1.16 


備考:仮新露場の気温の日較差が大手町の現露場よりもわずかに大きいのは、 ビルに囲まれた現露場の風通りがよいことが主な原因と考えられる(現露場の露場風速 は仮新露場の1.2倍=1.22/1.02の大きさである)。

上記は年平均値についての結果であり、晴天日には(日射量が多ければ)、 日だまり効果による平均気温の上昇量、最高気温の上昇量、最低気温の下降量はより 大きくなる。

(4)北の丸公園内の開放空間に開設された新露場では、晴天日の最高気温は 大手町の現露場に比べて1℃以上も高温になることがある。これは北の丸公園の 特殊性によるものではなく、JR目黒駅の東にある自然教育園でも同様に、晴天日の 最高気温は大手町よりも高温になり、夜間は低温になることは確かめてある。

詳しくは「K60.森林の開放空間”日だまり”の気温」 を参照のこと。

(5)北の丸公園の森林内に開設された新露場は、森林効果(蒸散と日陰の影響)と 風通りの悪いことによる日だまり効果が重なって、大手町の現露場における気温・湿度 と大きなずれが生じる。つまり、観測値の不連続(断絶)が起きる。

この断絶は30年程度の時間スケールで見ると残念なことであるが、その一方では、 新露場は皇居外苑にあり、露場周辺の樹木の管理(剪定や伐採)を十分にしていけば、 長期にわたり環境変化が少ないと考えられ、世界の代表都市・大東京の都市化と気候 変動を表す気候資料が得られるであろう。

参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー.朝倉書店、 pp.359.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正,2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱,Vol.49(208),58-67.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、25-56.

桑形恒男・石郷岡康史・西森基貴・村上雅則、2013:気温上昇トレンドに対する都市化 の寄与について(仮題、投稿準備中)。


付録 気温の日較差(理論的考察)

表54.3は次のように推定したものである。
新露場(北の丸公園内)は森林に囲まれ、露場面付近の風速(露場風速)が測風塔風速 (年平均風速観測値=2.9m/s)の0.21倍に弱められて、2.9m/s×0.21=0.61m/sである。 現露場は0.42倍の1.22m/sである (「K63.露場風速の解析ー北の丸と大手町」の 風速比の観測値を参照)。

新露場は、南側以外は樹木が密であり、見通せないほどである。 そのために見通せる仮想的森林公園に比べて露場風速は60%に落ちて40%弱い として日だまり効果による年平均気温の上昇が0.3℃あると推定した。

つまり、仮新露場の露場風速が1.02m/s(=0.61/0.6)の場合に年平均気温が15.30℃で あったものが、風速の40%弱化により年平均気温が0.3℃上昇して15.60℃になっている とした。

仮新露場とは、南方向以外の周辺が見通せないほど密な樹木に囲まれた状況にある 新露場に比べて、周辺が見通しできるように整備されている仮の新露場のことである。

54.3節で述べたように、気温日較差は地表面温度の日較差に近似的に比例する。この ことを考慮して、地表面温度の日変化振幅の関数形を理論的に求めてみよう。

「水環境の気象学」の式(6.102)を近似すると、地表面温度の日変化振幅は、次の ように表される。

A1≒(1-ref)S1/ (μ+Γ)

  μ=4σTm+cpρChU+lρβChU⊿
  Γ=(ωcgρgλg)1/2cos(π/4)

定数と与える条件
表54.1によれば、この1年間の日射量 S の年平均値=13.42MJ/(day・m2) =155W/m2を参考にして、
(1-ref)S1:日射量の日変化振幅=140W/m2とする。
ref:日射に対する地表面の反射率
Tm:日平均気温

σ:ステファン-ボルツマン定数
cpρ:空気の体積熱容量
ChU:地表面の顕熱交換速度=0.001~0.008m/s(露場風速に依存)
β:蒸発効率=0.3とする
⊿=dqSAT/dT
dqSAT:飽和比湿
ω=0.727×10-4s-1:地球自転の角速度
cgρgλg:地表層の熱容量と熱伝導率の積=2×10J2s-1K-2m-4 とする

上の近似式を使って求めた地表面温度の日変化幅(振幅の2倍)を図54.3の赤破線で 示した。

プロットは前橋における3~5月の晴天日の気温日較差、赤破線は曇天も含む地表面 温度の日較差の年平均値である。これは気温日較差の関数形を決めるためのものである。

気温日較差と日平均風速の関係
図54.3 気温日較差の日平均風速との関係、横軸は前橋の測風塔の風速。
プロット:前橋の晴天日における気温日較差
赤破線:理論式の近似式から推定される関数形、横軸の2m/sはChU=0.002m/sに、8m/sは ChU=0.008m/sに対応づけてある。

注意2:図54.3の横軸の対応付け
地表面温度の日変化振幅の理論的な近似式に、上記の定数と与える条件を 設定すると、1回の計算でプロットと赤破線が、偶然にもほぼ重なった。ただし当初、 日射量の日変化振幅:(1-ref)S1=150W/m2を与えた場合、 赤破線が少しずれていたので、140W/m2に変更して、図中の赤破線を描いた。 これは関数形を決めるためのものであり、少々の変更は許される。
前橋の測風塔風速=2m/sのときの露場風速の推定値 U≒0.6m/s に対する顕熱交換速度 ChU=0.002m/s 程度と推定して用いてある(近藤、2000:地表面に近い大気の科学、 表5.1を参照)。

赤破線で示す関数形は気温日較差の観測値(プロット)の風速依存性をほぼ表して いる。この関数形を用いれば、新露場の風速(顕熱の交換速度)が 1/0.6 倍 (=1.65倍)になれば、気温日較差は0.88倍(交換速度0.0033m/sと0.002m/sのときの比 =13.4℃/15.3℃=0.88)となる。

新露場の露場風速=0.61m/sと仮新露場の露場風速=1.02m/sは、それぞれ横軸 (前橋の測風塔風速)の2m/sとその(1/0.6)倍になった3.33m/sに対応するとして 縦軸の値を読み取った。

新露場における観測値のMax-Mean=4.41℃と Mean-Min=3.64℃を0.88倍して表54.3の 仮新露場(森林効果のみ)の最高気温と最低気温を求めた。



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