K111.北の丸公園の日中の気温分布(2)


著者:近藤純正・内藤玄一・近藤昌子

東京都心部の気象観測所が北の丸公園に設置されている。この公園で夏の 晴天日中の気温を観測し、広い芝地の気温を基準とした気温(気温差)の水平分布を 表した。ここに、気温差ゼロは都心部ビル街を代表する気象庁大手町露場の気温に概略 等しい値である。
北の丸公園内の気温差は諸条件(晴天続き、大雨後)について±1℃の範囲内にある。 そのうち快晴・晴天日について、気象観測露場の周辺は風通し不良で気温は高め に観測されるのに対し、露場の南西に広がる見通し良好な林内と、その西側の広い 芝地は風通しがよく気温差は±0.2℃以内である。
いっぽう大雨直後の晴天日の気温差について、見通し良好な林内では晴天続きの日と 大差はないが、見通し不良な林内では0.2~1℃ほど低温になる。 (完成:2015年8月23日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2015年8月19日:素案の作成
2015年8月20日:部分的に加筆
2015年8月23日:一部に加筆


  目次
      111.1 はしがき
      111.2  林内気温を決める要因
      111.3 気温の観測
      111.4 気温差の水平分布
   111.5  北の丸露場の気温差の風速依存性

   111.6 木漏れ日率と気温差の関係
      111.7 最高気温と平均気温の違い
   111.8 まとめ
      引用文献


観測協力者・機関(敬称略):
気象庁観測部
環境省自然環境局皇居外苑管理事務所北の丸分室



111.1 はしがき

東京の気象観測露場は大手町から北の丸公園に移転された。2014年12月2日9時40分から 北の丸露場の気温が東京の正式の値として発表されるようになった。北の丸露場は森林 公園・北の丸公園に設置されており、周辺樹木の成長・状態が観測値に影響すると考え られる。

北の丸露場は、世界の大都市を代表する東京の気象観測所である。

北の丸露場における気温の観測値には、
・ 都市気候(100年間に 2℃程度)
・ 地球温暖化(100年につき 0.7℃程度)
・ 森林環境の影響(最高気温で最大2℃程度高め、最低気温で最大3℃程度低め)
を含む。森林環境の影響は、日々の気象条件にも依存し、非常に複雑なものになる。

この複雑さを解明し、北の丸露場における観測値の理解・利用のために、各地の 様々な森林について研究観測を行なっている。

気象観測所は地域を代表する気象を観測するために設置されており、北の丸観測露場は 東京都心部ビル街を代表する気象観測所となる。気象庁観測所は、地域代表性の 誤差が±0.5℃以内が許容範囲とされている。しかし、露場が狭くなると平均気温の誤差が 0.5℃を超え、最高気温の誤差では1℃を超えることがある。

その例は後の節で示される。また、「K101.森林公園の気温-北の 丸公園と自然教育園」の図101.2と図101.3に示されたように、晴天日中の最高気温 のビル街との違いは春にもっとも大きくなる。

一般に、森林内に限らず、気温などを観測する露場の風速(高度1m~2m程度)が弱くな ると、「日だまり効果」によって晴天日中は気温が高く、夜間は低く観測されるようになる。

別章で示したように、樹木・建物など障害物近くの風速(風通し)は空間広さの 関数で近似的に表される。空間広さとは、観測点から周辺を見たときの樹木・建築物まで の距離を X、樹木・建築物の高さを h、その仰角をαとしたとき、次式で表される。

 空間広さ:X/h=1/tanα

現実の風向は時間変動するので、主風向の方位の±20°範囲で平均した空間広さを 用いる。長時間の場合は、風向が大きく変動するので、方位360°について平均した 空間広さを用いる。

空間広さについての詳細は、
「K57. 森林内の開放空間の風速」
「K63. 露場風速の解析ー北の丸と大手町」
「K64. 観測露場内の地物の仰角測量」
「K75. 日だまりの気温―各地の観測結果」
などが参考になる。


空間広さ=1 は、α=45°である。森林内では空間広さは 1 以下に相当し、空間広さ を用いるのは適当でなくなる。それゆえ、森林内では見通しが良好か不良のパラメータを 用いる。

一方、林内気温を決める林床の放射環境を表すパラメータとして、「木漏れ日率」を 用いる。

林内外の気温差は林床の「木漏れ日率」と「見通し」の兼ね合いに依存 する。風通しの良し悪しは、見通しと関係する。

次の「林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)」 をクリックして参照すれば、プラウザの「戻る」を押してもどってください。

林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)


これまでの本シリーズ研究によれば、森林内の気温差は±1℃程度であり、多用されている 非通風式気温計や精度の低い強制通風式気温計では観測誤差に匹敵する。そこで本研究 では高精度気温計を用いて観測する。

備考:気象庁観測所の気温の補正
全国の気象観測所で用いている気象庁の気温観測用通風筒は構造が不適切なため、 晴天日中の気温は平均0.3℃高めに観測される( 「K99.通風筒の放射誤差(気象庁95型、農環研09S型)」)。
それゆえ、北の丸露場の気温は観測値から0.3℃を引き算した値を真値として用いる。

111.2 林内気温を決める要因

理論的に分かっていることは、林外に比べて林内が高温になるか低温になるか を決める主な要因は次の5つである。

(1)林床の放射環境(日射量がいかほど届くか)
(2)林内の熱拡散(風通しがよいかどうか)
(3)林床面下の貯熱効果(雨後の土壌水分が多いとき地温・気温の上昇は遅れる)
(4)ボーエン比の気温依存性(気温の異なる春と夏で樹木による加熱効果が異なる)
(5)森林上の一般風速(強風時の気温は一様化される)

これらの要因を意識してデータ解析し、理論的な関係を確かめたい。

次の「林内気温を決める主な要因(詳細)」 をクリックして参照すれば、プラウザの「戻る」を押してもどってください。

林内気温を決める主な要因(詳細)


本シリーズ研究では、放射環境は簡易パラメータ「木漏れ日率」で代用している。

森林の規模としては森林公園や防風林を想定し、面積が100m平方~1000m平方程度の 森林を対象として、林内の見通しの良好・不良による気温の振舞いに注意する。

林床面下の貯熱効果については、晴天が続く条件と雨後の林床面下の土壌水分量が多い条件 における林内気温の違いに注意する。

ボーエン比の気温依存性については、春(4月、5月)に比べて夏(6月~8月)は気温が 高く、放射量が同じであったとしても、その配分比(ボーエン比=顕熱/潜熱)は 夏に小さくなり、森林の大気加熱効果は小さくなる。

強風時は鉛直・水平混合が盛んで、場所による気温の差は小さくなることが予想される。


111.3 気温の観測

気温は高精度の強制通風式気温計を用いて観測する。この気温計の総合的誤差(通風筒 に及ぼす放射影響を含む)は0.03℃程度である(「K92. 省電力 通風筒」「K100. 気温観測用の次世代通風筒」)。

観測は原則として快晴日または直射日光の強い薄曇りの日に行なうこととし、1日の最高 気温が現れやすい時間帯の11時~14時または15時までの3~4時間を原則とする。ただし、 風向や天気などの条件によって短縮することもある。 気温のサンプリングは20秒ごとに行ない、3~4時間の平均気温をもとめる。センサーは Pt1000オーム、受感部の直径は2.3mmを用いている。

通風式気温計は伸縮棒(長さ0.85m~2m)の上端に取り付け、三脚に載せて気温は 自動記録する。通風筒の吸気口の地表面からの高さは1.5mとする。気温計の うちの1台は広場基準点で、他は林内で観測する。

気温差の定義:
林内と広場基準点の平均気温の差は次式で定義する。

 気温差=林内気温-広場基準点の気温

広場基準点の気温とは、周囲が開けて空間広さが広い芝地上の気温である。 気温差がプラスのときは林内が高温、マイナスのときは林内が低温である。

北の丸公園では、池の北東側に広がる広い芝地を広場基準点とする。観測は、おもに 晴天日の南寄りの風のときに行なう。

東京都心部の公園(北の丸公園、新宿御苑、明治神宮、代々木公園)にある広場基準点の 気温は、ビル群からなる市街域の気温を代表している( 「K108. 東京都心部の代表気温ー大手町露場の代表性」)。

本章では、2015年夏(6~7月)の観測を解析し、4~5月の結果とも比較する


110.4 気温差の水平分布

晴天日中の北の丸公園で南寄りの風が吹くときの気温差の水平分布を調べる。

図111.1の上図は8月4、6、15日の気温差の水平分布である。北の丸露場(赤四角印)の右 に記入した+0.64、+0.51、+0.43はそれぞれ8月4日、6日、15日の露場の気温差(℃) を示し、これら3回の気温差の平均値は+0.52℃である。

露場の周辺に赤破線で囲んだ範囲は見通し不良の範囲であり、気温差は0.3℃以上である。 特に露場の東~北~西側は樹木の幹・枝が密集しており、風止めとなり、日だまり効果 によって日中の気温が高めに観測される。

地図の南東隅から北西の日本武道館に向かう広い道路の東側も見通し不良林であり、 ここでも気温差は+0.5℃以上となっている。

北の丸公園の気温分布
図111.1 北の丸公園の気温差の分布、図の上方向が方位の北、赤四角印は北の丸露場。
プラス:基準点より高温(℃)、マイナス:基準点より低温(℃)
上:8月4、6、15日に観測した気温の水平分布、 赤丸印は日向、青四角印:林内、赤二重丸印:広場基準点
下:大雨後の6月20日に観測した気温差の水平分布、 赤二重丸印は見通し良好な林内および広い芝地。


図111.1の下図は大雨後の6月20日(12時~14時30分)の気温差の水平分布である。
気象庁の北の丸露場ではこの日の前に雨が降り続き、降水量31.0mm(6月16日)、 11.0mm(6月17日)、10.5mm(6月19日)があった。その直後の6月20日に観測した 各地点の気温差は晴天続きの上図と比べて低温となっている。

6月20日の北の丸における11時~15時の毎時日射量は3.37、3.17、3.28、3.03、2.44 MJ/(hr m2)であり、十分に強い日射の条件である。

図111.2は、前図111.1(上)(下)に示した気温差の違いを見やすく表したものである。 赤丸印は晴天続きの日(8月4、6、15日)の気温差、青四角印は大雨後(6月20日)の気温 差、縦の破線は気温差の違いを表している。

晴天日と大雨後の気温差の違い
図111.2 北の丸公園における晴天継続日と大雨直後の晴天日の気温差の違い。
赤丸塗つぶし印:晴天日(見通し不良林内)の気温差
大きい赤丸印:晴天日(見通し良好林内)の気温差
青塗つぶし印:大雨後の晴天日の気温差


両条件についての気温差の違いは、見通し不良の林内(赤塗つぶし印)では0.2~1.0℃ほど あるが、見通し良好の林内(図の左方にプロットされた白抜きの大きい赤丸印、2地点) ではわずかであることが分かる。

つまり、北の丸露場のように、見通し不良な林内の一部が開けた開放空間(日向) に設置された露場の気温は、樹木の成長によるほか、晴天や雨後といった気象条件によって も影響され易い。

北の丸露場周辺の環境整備
北の丸露場は東京都心部の気象を観測するためのものであるので、周辺樹木に影響され 難いよう環境整備・管理を行なうことが望まれる。その目的のために、見通しを良く すれば、犯罪防止にも役立つことになり、現在頻繁に行なわれ ている巡回警備も目が届くようになる。

さらに良いことは、夏の森林公園を快適な憩いの場とする ことができる。風通しが悪いと森林内はとても暑いが、風通しが良くなれば体感温度が 下がり、猛暑日でも木陰では涼しさを体験できる。 実際に、猛暑日の7月26日、8月4日、8月6日も気温観測を行なったが、風通し良好な林内 で休んでいると、扇風機による風とは違う自然の風が吹き心地よさを感じた。

具体的に林内の見通し(風通し)を良くし、上空からの風が入り易くするには、
(1)樹木の植栽密度を小さくする。
(2)林床から高度2m以下の層内に枝・葉が無いように下枝を切り落とす。
(3)低木や生垣状の植栽を無くする。
(4)露場近くの樹高の高い部分を切り、周辺を見たときの最大の仰角を15度以下に小さく する。
(5)露場の盛り土下端の四方に植えられた生垣を無くする。

仰角<15度とすれば空間広さ>3.7となり、仰角<10度とすれば空間広さ>5.7 となる。
北の丸露場の風通しを悪くしている最大の障害物は
・空間広さの範囲内、特に露場の南東側に植えられた植栽密度の高い低木、
・露場の東~北~西側のすぐ近くの密な樹木、
である。

111.5 北の丸露場の気温差の風速依存性

森林上空の一般風が強い日は、鉛直方向の混合が強く、林内外の気温の差は小さく なることが予想される。

図111.3は、北の丸露場における晴天日中の気温差(日だまり効果による気温上昇)と風速 の関係であり、風速が弱いほど気温差は大きくなることが示されている。

北の丸露場気温の風速依存性
図111.3 晴天日における北の丸露場の気温差と風速の関係、ただし、風速は北の丸公園の 科学技術館屋上(地上高度=35m)の値、プロットは5月~8月の観測値。


大雨直後の晴天日(青四角印)には、林外の広場基準点の地温・気温の上昇は相対的に早い が、樹木群で囲まれた露場では風速が弱いので、付近一帯の地表面下の乾燥化が遅れ、 熱容量が大きく、地温・気温の上昇は遅れる。その結果として、気温差は通常より 低いほうにずれている。

これと同じ関係が明治神宮境内でも示され、気温差(マイナス)の絶対値は風速が弱い日 ほど大きくなる(「K110.明治神宮・代々木公園の日中の 気温分布(2)」の図110.4)。

111.6 木漏れ日率と気温差の関係

これまでに行なってきた他の森林(つくば市洞峯公園、農環研、平塚市総合公園、 平塚海岸の防砂林、北の丸公園、新宿御苑、明治神宮・代々木公園)における観測の すべてについて、木漏れ日率と気温差の関係を図111.4にまとめた。

上図は4~5月、下図は6~8月である。赤四角印と赤破線は見通し不良の林内、黒丸印と 黒破線は見通し良好の林内を示す。

木漏れ日率と気温差、快晴・晴
図111.4 快晴・晴天日における木漏れ日率と気温差の関係、塗つぶし印は、大雨後の観測。
上:4月~5月
下:6月~8月


○見通し良好な林内の気温差は、
木漏れ日率>40%でゼロに近く、木漏れ日率<20%では-0.5℃前後である。

○一方、見通し不良な林内の気温差は、
木漏れ日率>40%の範囲で
4~5月は+0.8℃前後に対し、6~8月は+0.4℃前後で、約0.4℃の違いがある。

木漏れ日率=10%付近では、
4~5月は-0.5℃程度であるのに対し、6~8月は-1℃程度である。

○大雨後(塗つぶし印)の、木漏れ日率<20%範囲で、
気温差は-2℃前後であり、晴天続きのときに比べて1℃ほど低温側にプロットされている。

平均気温が高い6~8月は4~5月に比べて、見通し不良林では気温差の違いはほとんど 無いが、見通し不良林では違いが見られる。この違いの生じる理由として次の2つが 考えられる。

(1)ボーエン比の気温依存性
低温時は葉面や林床が受けた放射エネルギーの多くが顕熱に変換されて大気が加熱され やすいが、高温時は顕熱に変換される割合が小さく大気加熱が弱くなる。

(2)着葉の違い
4~5月は着葉が進む期間であり、6~8月は着葉がほぼ終わった繁茂期である。
木漏れ日率は、観測点周辺の半径20m以内の木漏れ日率として定義してある。現実の林内 気温は半径20m以上の広い範囲の条件にも依存する。つまり、6~8月は対象としている 森林全域の林床における木漏れ日率にも支配される。6~8月は4~5月に比べて半径20m 以上の範囲の繁茂が進み、林床上の低温空気が観測点にも移流してくる。

次に、雲の多い晴・曇天条件についてみてみよう。
図111.5は晴・曇り日についての木漏れ日率と気温差の関係である。見通し良好な林内 (黒破線)では快晴・晴の前図と大きな違いは認められないが、見通し不良な林内(赤破線) では、全体が低温側にずれ、特に木漏れ日率<20%ではずれが大きく、木漏れ日率=10% 付近ではおよそ1℃ほどずれて気温差は-2℃前後になる。

木漏れ日率と気温差、晴・曇
図111.5 晴・曇り日における木漏れ日率と気温差の関係、塗つぶし印は、大雨後の観測 (6月~8月)。

雲の多い晴・曇天条件の林床では、日射量が特に小さくなる。それで、夜間の放射冷却 によって低くなっている地温及び地表面近くの気温の日中におけり上昇が広い芝地基準点 に比べて小さくなる。その結果、気温差は特に木漏れ日率が小さい 範囲(繁茂林内)でマイナスの値が大きくなると考えられる。


111.7 最高気温と平均気温の違い

数時間の平均気温に比べて、最高気温は偶然性の強い値であり、確率統計的に起きる 値である。そのため、本研究では正午前後の数時間の平均気温について林内の気温差を みてきた。この節では、北の丸露場の最高気温が芝地基準点に比べていくら高くなるかを 推定してみよう。

推定する原理は次のとおりである。
最高気温と平均気温の関係は気温変動の大きさσによって表される。平均気温も気温変動 も、観測地点の空間広さが狭くなるほど大きくなる。

気温変動の大きさσは、本来は摩擦速度、摩擦温度、大気安定度、高度の関数で表される (近藤、1982;または「研究の指針」の「K75.日だまり の気温 ー各地の観測結果」の図75.7とその前後の説明を参照)。

ここで対象としているように、「夏の晴天日中、陸面上の大気不安定時、高度1m」の ように条件を限れば気温変動の大きさは「空間広さ」の関数として表される。 「K79.都市の地上気温の分布ー新しい視点・解析法」の 図79.5に示すように気温変動は空間広さが狭いほど大きくなる。

その関係は次式で表される(「K79.都市の地上気温の分布ー 新しい視点・解析法」の図79.5の下に表した式)。

⊿=(最高気温Tmax-平均気温)とすれば、

⊿/σ=3.2±0.9℃

右辺第2項の±0.9℃は諸条件(摩擦速度、摩擦温度、大気安定度、高度、など)による バラツキを意味する。このバラツキを省略して上式を書き直せば、次式を得る。

最高気温Tmax=平均気温+(3.2×σ)・・・・・(1)

この式(1)から最高気温が推定できる。ただし、気温変動の長時間にわたるトレンドを 除去するために、σは30分間の記録ごとに求めた(平均化時間30分間の)気温変動の標準 偏差である。

芝地の広場基準点の値に”0”、北の丸露場の値に”1”を付けて表せば、次式を得る。

最高気温の差=Tmax(1)-Tmax(0)=[平均気温(1)-平均気温(0)]+3.2[σ(1)-σ(0)]・・・・・(2)

次に、具体的に最高気温の差 [Tmax(1)-Tmax(0)] をもとめてみよう。

2015年5月2日の11時~15時に北の丸公園の広い芝地基準点と、露場の南東側 直下で観測した30分ごとのσの平均値は、

露場の直下:σ(1)=0.49℃
広場基準点:σ(0)=0.37℃
標準偏差の差:σ(1)-σ(0)=0.12℃・・・・・・(3a)

同 平均気温の差[平均気温(1)-平均気温(0)]=0.70℃

したがって、式(2)により、

Tmax(1)-Tmax(0)=[平均気温(1)-平均気温(0)]+3.2[σ(1)-σ(0)]
 =平均気温の差+最高気温の差
 =0.70℃+3.2[0.49-0.37]℃
 =0.70℃+3.2×0.12℃=0.70℃+0.38℃=1.08℃

この最高気温の差の推定値 1.08℃ は確率統計的に起きる値である。

参考:実験式によるσの差の推定
北の丸露場の空間広さ=3.3である(「K73.露場風速の季節変化― 北の丸と大手町」の表73.2)。しかし、北の丸露場における露場風速の実測によれば、 北の丸露場は空間広さの範囲内に風を遮る低木が多く、実質的な空間広さは1.4である (「K75.日だまりの気温―各地の観測結果」の図75.3)。

一方、北の丸公園の広場基準点の空間広さ=6.3(方位130度~200度の平均)である。

晴天夏の正午前後における空間広さと気温変動の標準偏差σの実験式 (「k79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.5の破線) から読み取ると次の値が得られる。

北の丸露場(空間広さ1.4):σ(1)=0.58℃
広場基準点(空間広さ6.3):σ(0)=0.47℃
標準偏差の差:σ(1)-σ(2)=0.11℃・・・・・・(3b)

実験式から推定された式(3b)の0.11℃は、今回のσの実測から得られた式(3a)の0.12℃ にほぼ等しい。


111.8 まとめ

北の丸公園で、快晴または日射量の大きい晴天条件における2015年夏の 正午前後の気温を観測し、広い芝地の気温を基準とする各観測点の気温差を もとめた。

ここでは平均気温について観測している。最高気温は確率統計的に起きる現象であり、 その気温差は平均気温の気温差よりも大きくなることに注意すること。

(1)北の丸公園には、風通し不良な林と良好な林がある。前者は気象観測露場の周辺の 約60m×150m範囲と南東から北西に通る広い道路の東側であり、後者はそれらの南西側 である(図111.1を参照)。

北の丸公園内の平均気温の気温差は諸条件(晴天続き、大雨後)について±1℃の範囲内 にある。

そのうち快晴・晴天日については、見通し不良な気象観測露場の周辺は気温が高めに観測 されるのに対し、露場の南西に広がる見通し良好な林内と、その西側の広い芝地は風通し がよく気温差は±0.2℃以内である。

(2)大雨直後の晴天日の気温差については、見通し良好な林内では晴天続きのときと 大差はないが、見通し不良な林内では0.2~1℃ほど低温になる(図111.2)。

木漏れ日率<20%範囲で、気温差は-2℃前後であり、晴天続きのときに比べて 1℃ほど低温側にずれる。その理由は、大雨後の林床下の土壌が湿った日には林内気温の 上昇が遅れることによると考えられる。

(4)北の丸露場の気温差は風が弱い日ほど大きくなる(図111.3)。

これと同じ関係が明治神宮境内の観測でも示され、気温差(マイナス)の絶対値は風速が 弱い日ほど大きくなる(「K110.明治神宮・代々木公園の日中の 気温分布(2)」の図110.4)。

(5)これまでに行なってきた他の森林(つくば市洞峯公園、農環研、平塚市総合公園、 平塚海岸の防砂林、北の丸公園、新宿御苑、明治神宮・代々木公園)における観測の すべてについて、木漏れ日率と気温差の関係を図111.4(上)(下)にまとめた。

見通し良好な林内の気温差は小さく、季節による違いも見出せないが、見通し不良な 林内の気温差は季節によって異なり、木漏れ日率>40%の範囲で4~5月は+0.8℃前後に 対し、6~8月は+0.4℃前後で、約0.4℃の違いがある。

木漏れ日率=10%付近では、4~5月は-0.5℃程度であるのに対し、6~8月は-1℃程度 である。

見通し不良林では、季節(平均気温)によって気温差に違いが見られる理由として、 ボーエン比(=顕熱/潜熱)の気温依存性と、着葉の違いが考えられる。

北の丸露場の周辺環境の整備についての提案
北の丸露場は東京都心部の気象を観測するためのものであるので、周辺樹木の状態に影響 されないよう環境整備・管理を行なうことが望まれる。その目的のために、見通しを良く すれば、犯罪防止にも役立つことになり、現在頻繁に行なわれている巡回警備も目が届く ようになる。さらに、林内の風通しをよくすれば猛暑日でも林内では涼しさを感じるように なる。

具体的に林内の見通し(風通し)を良くし、上空からの風が入り易くするには、
(1)樹木の植栽密度を小さくする。
(2)林内は自由に歩ける程度に下枝は切り落とす。
(3)低木や生垣状の植栽を無くする。
(4)露場から周辺を見たときの最大の仰角を15度以下に小さくする
(露場に近い樹木の樹高を低く剪定・伐採する)。
(5)露場の盛り土の下端の四方に植えられている生垣を無くする。
ことである。

仰角α<15度とすれば空間広さ>3.7となり、 α<10度とすれば空間広さ>5.7 となる。露場から測量した空間広さは、卓越風向の風上・風下方向について、少なく とも 5 以上(α<11.5度)とし、かつ、その範囲内に低木などの障害物が無いことが 望ましい。

北の丸露場の風通しを悪くしている最大の障害物は
・空間広さの範囲内、特に露場の南東側に植えられた植栽密度の高い低木、
・露場の東~北~西側のすぐ近くの密な樹木、
である。


引用文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.


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