K145. 高精度気温観測用の計器・Ptセンサの検定


著者:近藤純正
野外の気温が高精度で観測できる時代になった。それゆえ検定も高精度で行った 気温センサを用いることになる。Ptセンサと計器(データロガー)を組み合わせた 気温計を±0.02℃の精度(水銀の基準温度計による)、または±0.01℃の高精度 (電気式の高精度温度ロガーによる)で検定する方法を示した。 (完成:2017年2月14日、5月5日:追記、5月18日:追記を訂正)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2017年2月12日:素案の作成
2017年5月5日:新センサC,Dの検定結果を「まとめ」に追記
2017年5月18日:「まとめ」の追記のcom番号を訂正

    目次
        145.1 はじめに
        145.2 メーカによる計器・センサの試験成績表
      (1)水銀の基準温度計による方法
      (2)高精度測定システムによる方法
        145.3 温度計の使用者自身による検定
      (3)水銀の二重管標準温度計による方法
      (4)校正表付き高精度Pt温度計による方法
        まとめ               


145.1 はじめに

野外の気温の観測精度は、(1)センサの精度、(2)データロガーの安定性・ 精度、(3)通風筒の放射影響による誤差に依存する。それに、野外の気温は 乱流的に変動しているので、観測精度は(4)サンプリング数にも依存する。

現在、多方面で使用されている気温計の欠点は通風筒の放射影響による誤差 にあり、自然通風式で微風時に最大5℃、ファンモータを使った強制通風式 の比較的よい製品でも0.3℃ほどの誤差がある。

ごく最近、高精度通風筒が市販されるようになり、従来よりも正しい気温観測 ができるようになった(「K126.高精度通風式気温計の 市販化」)。

気温を高精度で観測すれば、従来の常識と違うことがらや、これまでに気づか なかった現象も見えてくる。

温度測定用のセンサ自体の許容誤差は、|t|を温度の絶対値(℃)とすれば、 次のように級数によって異なる。

AA級:許容差=±(0.1℃+0.0017×|t|)
A級:許容差=±(0.15℃+0.002×|t|)
B級:許容差=±(0.3℃+0.005×|t|)
C級:許容差=±(0.6℃+0.01×|t|)

(例)|t|=30℃のとき、
AA級:許容差=±0.15℃
A級:許容差=±0.21℃
B級:許容差=±0.45℃
C級:許容差=±0.9℃

実際には、センサを計器(データロガー)につないで温度測定するので、 センサの誤差のほか計器の誤差・安定性が重要となる。

高精度通風筒を用いる場合、センサと計器(データロガー)も同程度の精度が 必要となり、センサと計器(データロガー)を組み合わせた検定済みの気温計 を使用しなければならない。

本章では、Ptセンサの気温計について±0.01℃または±0.02℃の精度で検定 する方法を説明する。

145.2 メーカによる計器・センサの試験成績表

メーカによる校正試験は国家標準にトレースされた計測機器(基準温度計)を 用いて行われている。

(1)水銀の基準温度計による方法
筆者の例を説明する。
吉野測器(東京都北区神谷3-22-4)にデータロガーなど計器付きでPtセンサ を届ければ、デジタル表示の温度計についての検定は次の通り行われる。

検査に用いる基準計:基準温度計2本(”1号”と ”0号”)
温度範囲:-20℃~+40℃
検定温度:0℃を含めた4温度
証明書:検定後に校正証明書(検査成績書)を添付
補正値の単位:
 0.1℃(デジタル表示が0.1℃単位の温度計)
 0.01℃(デジタル表示が0.01℃単位の温度計)

補正値の誤差:±0.02℃
納期:1か月以内
検定費用:26,200円+税金
 (例1)4温度(0℃±0.5℃、10℃±0.5℃、20℃±0.5℃、30℃±0.5℃)の場合
 (例2)4温度(-20℃±0.5℃、0℃±0.5℃、20℃±0.5℃、40℃±0.5℃)の場合

その他の詳細については相談に応じてくれる。


(2)高精度測定システムによる方法
筆者の例を説明する。
立山科学工業(富山市月岡町3-6)にデータロガーなど計器付きでPtセンサを 届ければ、デジタル表示の温度計の検定は次の通り行われる。

検査に用いる基準器:高精度測定システム
 8桁半のデジタルマルチメーター3458Aと白金測温抵抗体の基準センサR800-2
温度範囲:-10℃~+300℃
検定温度:希望する温度の個数
証明書:検定後に校正証明書(計器・センサ組合せ試験成績書)を添付
補正値の単位:
 0.1℃(デジタル表示が0.1℃単位の温度計)
 0.01℃(デジタル表示が0.01℃単位の温度計)

補正値の誤差:±0.01℃
納期:2週間
検定費用:基本料金(15,000円)+書類一式(7,000円)+(3,500円×校正点の数)
(例)4点(-5℃、10℃、25℃、45℃)の場合、36,000円+税金

検定誤差±0.01℃よりも高精度を望む場合は、4点以上の温度について検定して もらう。


145.3 温度計の使用者自身による検定

筆者自身が行っている方法を説明する。
防水が不完全なセンサは空気中で行い、防水のよいセンサは水タンク、例えば 水を入れた金属バケツの中で行う。不凍液を入れた専用の検定槽があれば、 それで行う。

高精度の検定であるので、細心の注意が必要となる。

筆者の経験では、市販の検定槽の場合、槽内に微小な温度ムラができることと、 温度コントロール装置の微小な温度範囲内で生じる急激な加熱・冷却によって 検定誤差が生じたことがある。それゆえ、市販の検定槽を使う場合は、自動温度 コントロール装置はoff にして、槽液温度が自然に下降または上昇させる状態で 多数のサンプルをとって平均する。

(3)水銀の二重管標準温度計による方法
筆者は二重管標準温度計の特注品2本をもっている。多数の希望者を募って 購入した温度計である。全長=550mm、1/10℃目盛り、-30℃~+50℃、 検査成績書(検定書)付きである。

参考:水銀の標準温度計の価格
吉野計測から市販の標準温度計(試験成績書付価格)
"No.0" -56~2℃, 1/10℃目盛り
 30cm(小型)・・・・@61,000円
 35cm(中型)・・・・@79,000円
 40cm(大型)・・・・@213,000円

"No.1" -2~+52℃, 1/10℃目盛り(試験成績書付価格)
 30cm(小型)・・・・@31,000円
 35cm(中型)・・・・@40,000円
 40cm(大型)・・・・@107,000円


水銀とガラスは熱膨張係数が異なることから、棒状の標準温度計は、感部 (水銀の球部)から検定槽内温度と等しい温度目盛りまで検査槽の液中に 浸して検査された校正表(器差の数値)が添付されている。

それゆえ、水銀の球部とガラス目盛が等温になる状態で検定しなければならない。 室内温度を使う場合は、2台の扇風機で空気を攪拌する。水中で行う場合は、 温度目盛りまで水に浸かる深い水槽を用い、手で連続攪拌しながら検定する。

注意1: 空気中と水中のいずれの場合でも、温度の急激な変化が起き ないように工夫する。室内空気で検定する場合、エアコンはoff にして、 室温が自然に下降または上昇する状態で行い、30分間を1試験としてサンプル数 を多くとり平均する。部屋内の上下で室温差がほとんどゼロになった状態で 検定する。

水中で行う場合も同様に、30分間を1試験とする。30分間の温度変化は0.5~1℃ で単調上昇または単調下降の状態で行う。

注意2:水銀温度計は垂直に設置し、水銀柱の目盛りは水平に読むこと。
その方法は、水銀柱の温度目盛りと同じ寸法の目盛板を部屋の壁に貼る。 その際に目→水銀温度計→目盛版が水平一直線になること。

詳しくは、「K69.気温観測用Ptセンサの安定性と器差」 を参照のこと。


(4)校正表付き高精度Pt温度計による方法
筆者は高精度温度ロガー水温計「プレシィK320」(立山科学工業:税込み価格 約13万円)をもっている。この水温計は0.01℃単位で表示される。

この水温計は前項(2)で説明した高精度測定システムによって検定してもらった。 検定誤差は0.01℃よりも高精度であり、補正式は次の通りである。

 K320 COM5:水温真値(℃)=0.9982×指示値(℃)+0.0435℃

この水温計を筆者専用の基準器として用い、他の気温計(Ptセンサ+データロガー) を比較検定する。

図145.1は検定準備中の写真である。検定槽は深さ=210mm、直径=115mmの 金属バケツ(塗料を入れる丸缶手付き:ホームセンタで399円)の底と側壁を断熱材 で巻き、青色のポリバケツに入れてある。

注:検定槽の製作
銅板加工のできる町工場が近くにあれば、熱伝導のよい銅板で深さ300mm程度の 深い金属バケツを作れば理想的である。

検定槽
図145.1 金属バケツの検定槽。基準器と検定するセンサの先端を揃えて、銅線で 縛る。検定槽に水を入れ、センサを下に降ろして、センサとケーブルの接続部の さらに上まで水に浸ける。


検定槽全体写真
図145.2 検定装置の全体写真。ねじを緩めてセンサを固定してある支柱を下に 降ろし、センサに繋がるケーブル端の上方まで水中に浸け、ねじで固定する。 センサ先端は検定槽の底から10mm程度上に離れた位置とする。


金属バケツの検定槽に水を入れ、Ptセンサの先端(感部が入っている場所)から ケーブルとの接続部まで、さらにその上まで完全に浸るまで降ろす。水を攪拌しな がら30分間にわたり温度記録をとる。温度記録は10秒間隔として、30分間の サンプリング数=180であり、この平均値を1試験データとする。

30分間の水温は単調上昇(または単調下降)とし、その間の水温変化幅は、 小さくもなく大きくもなく、0.5~1℃程度が望ましい。温度変化幅が小さ過ぎや 大き過ぎると検定点のバラツキが大きくなる。

1試験データを取り終えれば、水の温度を変えて、同様に記録し平均する。

図145.2に示す写真では、基準器にセンサ1本、試験機にセンサ1本を結線して あるが、このK320はセンサ2本の記録ができる。同じセンサでもデータロガー を変えれば検定結果は変わる。

図145.3はデータロガーK320com3に2本のセンサ(Aセンサ、Bセンサ)を接続 したときの検定(赤線と黒線)と、別のデータロガーK320COM5にBセンサを 接続したときの検定(緑線)の結果である。

黒線と緑線に注目すれば、同じBセンサでもデータロガーが違えば、低温または 高温(0℃または40℃)に近づくと0.01~0.02℃ほどずれてくる。

参考:センサとデータロガーの組合せの違いによる温度のずれ
以前に行った試験によれば、異なる種類の温度計(おんどとり)の場合、 データロガーを取り換えたときの温度のずれは0.17℃であった (「K69.気温観測用Ptセンサの安定性と器差」の図69.4)。

検定結果の図
図145.3 Aセンサ・Bセンサとデータロガー(K320com3・K320COM5)を組み合わせ たときの検定結果。com3とCOM5は、それぞれ別々のデータロガーである。


図145.3から温度の補正式を求めよう。xを指示値として、器差yを次式で定義する。

y=真値-x

検定結果の図145.3によれば、器差 y は次の実験式で表される。

K320 com3 Aセンサ:y=-0.0031x+0.0991
K320 com3 Bセンサ:y=-0.0035x+0.0707
K320 COM5 Bセンサ:y=-0.003x+0.0599

ここに、com3とCOM5は、それぞれ別々のデータロガーである。
したがって、補正式は、

K320 com3: A真値(℃)=0.9969×A指示値(℃)+0.0991℃
K320 com3: B真値(℃)=0.9965×B指示値(℃)+0.0707℃
K320 COM5:B真値(℃)=0.9970×B指示値(℃)+0.0599℃

となる。この式を用いて気温の観測値(指示値)を補正して真値を求める。

なお、ここで示したように、各自の基準温度計を長期間にわたり使用し0.01℃の 精度を保つには、電気式デジタル温度計(筆者の場合はK320)は5年に1回程度の 頻度で、メーカに再検定してもらうことを勧めたい。

注:検定の誤差
図145.3によれば、近似直線からのバラツキは±0.003℃程度である。これよりも バラツキが大きいプロットは、1試験データが30分間より短い10~20分間や、 水温>35℃で30分間の水温変化幅が1.5℃~3℃もあった。今回用いた検定槽で 水温変化幅<1℃は、室温と水温の差が10℃未満のときである。
このことから、検定槽内の水温変化幅は30分につき0.5~1℃程度が望ましい。


まとめ

本章では、放射影響が微小な高精度通風筒を用いて気温観測するとき、Ptセンサ と計器(データロガー)を組み合わせたデジタル気温計を高精度で検定する方法 を示した。

水銀の基準温度計による方法では検定誤差は±0.02℃、電気式の高精度温度 ロガーによる方法では±0.01℃よりも高精度である。

気温観測の目的および必要とする精度に応じて、検定の方法が決まる。高精度 になるほど、細心の注意を払わなければならない。

新センサの追加検定(5月5日)
4線式Pt100センサを新しく2個(C、D)、データロガーとともに入手し、 センサ(A、B)と同様に検定した。ここにA、Bとともに並べて記しておく。

K320 com3: A真値(℃)=0.9969×A指示値(℃)+0.0991℃
K320 com3: B真値(℃)=0.9965×B指示値(℃)+0.0707℃
K320 com2: C真値(℃)=0.9967×C指示値(℃)+0.0183℃
K320 com2: D真値(℃)=0.9966×D指示値(℃)+0.0795℃

注意: センサA,B用のデータロガーのシリアル番号はcom3 であり、追加した新データロガーのシリアル番号はcom2である。


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