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「日本製」の鉄道車両のシェア

アジアの鉄道プロジェクト案件

日欧の比較の7.連結装置にて触れているのですが、ある都市に初めて地下鉄が開業する場合に、日本のタイプではない車両、特に連結装置や台車型式のものが導入されると、都市の発展に伴ってその後開業していく路線の車両は、互換性があるものが有利に働くと思われます(といっても競争入札ですから保証はないですが)。

あまたある鉄道プロジェクトのうち、「日本の車両」がどのくらいを獲得できているのか(いわゆるシェア)については、母数であるプロジェクトの総数が分からないと算出できないのですが、以前、Railway Gazette International誌に掲載された海外の鉄道プロジェクト記事を読み、ひたすら入札金額を私の趣味で(国交省の業務ではなく)調べたことがありまして、これが割合網羅的ですので、その情報を母数と考えることでアジア案件でどのくらい「日本製」車両が入っているかというシェアを推察する観点からまとめたいと思います。

そのデータは2010年〜2016年にこのRailway Gazette International誌に掲載されていた車両調達案件をまとめたものです。なお、世界には鉄道車両は500万両あるのですが、その9割は貨物です。日本では高度経済成長期以降には貨物車両はほとんど輸出していないため、今回は、旅客車(電車・ディーゼル車)に絞って「日本製」車両が採用されているもの(黄色ハッチングのものです)の状況をまとめました。

なお、入札金額データは納入後の保守契約を含む/含まないなどの差があって比較がしづらく、ここで具体的に数字を出すと誤解を招くので削除しています。

表の各案件で調達されている車両数も隠すことにします。「シェア」の数字が一人歩きするとよくないため、省略しています。なぜなら、中国各地の開業路線は金額が書かれていなかったり、そもそも記事になっていないこと等分母が怪しいためです。

なおタイ・パープルライン(JTRECさん)案件は、記事になっていなかったようですが、落札時にプレスされていましたので下の表に記載しました。

  案件 編成両数 材質 ゲージ き電電力 車両長 車両幅 特徴 製作 新線開業 備考
2010 ウズベキスタン高速鉄道 11両 AL 1,520 25kV AC Talgo  
2010 インド・デリーメトロ(5〜7号線) 4〜8両 SUS 1,435 25kV AC     CBTC Bombardier Moviaベース車
2010 バンコク・スカイトレイン 4両 SUS 1,435 750VDCthird rail 21.5m 2.1m   Siemens 増備 中間車増備
2010 インド・デリーメトロ(6号線) 4,6両 SUS 1,435 25kV AC 25m 2.9m CBTC ROTEM-BEML 韓・印で製造
2010 インド・チェンナイメトロ 4両 SUS 1,435 25kV AC 22.5m   ドライバレス ALSTOM 【円借款】
2011 北京地下鉄6号線 8両 SUS 1,435 1500VDC 19.5m 2.8m CBTC 中国北車 B2型標準車
2011 中国・高速鉄道 8両 AL 1,435 25kV AC   3.2m 高速鉄道 中国北車 増備 CRH5
2011 台湾・台中市メトロ(green line) 2両 AL 1,435 750VDCthird rail 22m 2.98m CBTC 川崎重工業 Scharfenberg連結器
2011 中国・ハルピン地下鉄(1号線) 6両 SUS 1,435 1500V DC 19.5m 2.8m   中国北車 B2型標準車
2011 中国・昆明地下鉄(1、2号線) 6両 SUS 1,435 750VDCthird rail 19.0m 2.8m   中国南車 B型標準車
2011 中国・北京地下鉄(1号線) 6両 SUS 1,435 750VDCthird rail 19.0m 2.8m CBTC 中国南車 B型標準車
2011 中国・北京地下鉄(5号線) 6両 SUS 1,435 750VDCthird rail 19.0m 2.8m CBTC 中国北車 増備 B1型標準車
2011 インド・コルカタメトロ(2号線) 6両 SUS 1,435 750VDCthird rail 20.0m 2.9m   CAF 【円借款】
2012 中国・南京メトロ(路線?) 6両   1,435       CBTC Alstom、中国南車 A型標準車
2012 マレーシア・クアラルンプール 4両 SUS 1,435 750VDCthird rail 21.7m   ドライバレス Siemens  
2012 シンガポール・ダウンタウン線 3両 AL 1,435 750VDCthirdrail 23m 3.2m ドライバレス Bombardier Innovia
2012 インド・ハイデラバードメトロ 3両 SUS 1,435 750VDC 22m 2.9m ドライバレス Hyundai Rotem  
2012 香港(MTR SCL線) 9両             現代ロテム  
2013 タイ・バンコクパープルライン
3両 SUS 1,435 750VDCthird rail 21.5m 3.16m CBTC 総合車両製作所(JTREC) 【円借款】
JRE E231ベース
2013 中国・大連メトロ(1号線) 6両 SUS 1,435 750VDCthird rail 19.0m 2.8m   中国北車 B型標準車
2013 シンガポール・北東線・サークル線 6両 AL 1,435 1500VDC 22.8m 3.2m 自動運転 Alstom 増備 Metropolis 自動運転
2013 インドネシア・ジャカルタモノレール 不明   不明       不明 中国北車 2015年中止
2013 中国・深圳(3号線) 6両 SUS 1,435 1500VDCthird rail 19.0m 2.8m CBTC 中国南車 B型標準車
2013 インド・デリーメトロ(8号線)     1,435 25kVAC     ドライバレス BEML 【円借款】
SPARCS
2013 マレーシア・幹線 6両           不明 中国南車 増備  
2013 中国・福州メトロ(1号線)   SUS 1,435 750VDCthird rail 19.0m 2.8m CBTC 中国北車 B型標準車
2014 香港(MTR マオシャン線(新線等)) 4〜12両     25kVAC 23.2m 3.1m 不明 近畿車輛 増備  
2014 香港(MTR SCL線) 8両           不明 中国南車    
2014 中国・温州S1線 4両   1,435 25kVAC     CBTC 中国南車  
2014 中国・深圳メトロ(2、5号線) 6両 SUS 1,435 1500V 19.0m 2.8m CBTC 中国南車 増備 A型標準車
2014 中国・蘇州メトロ(4号線) 6両           CBTC 中国中車   B2型標準車
2014 インド・コチメトロ 3両 AL 1,435 750DCthird rail 21.5m   ドライバレス ALSTOM Alstom Ulbaris
2014 フィリピン・マニラメトロ3号線 3両 SUS 1,435 750VDC(架空)   2.5m 不明 中国北車 増備  
2014 インド・ナヴィムンバイメトロ(1号線) 3両   1,435       CBTC 中国南車 【円借款】
2014 インド・デリーメトロ(5〜7号線) 8両 SUS 1,435 25kV AC     CBTC BEML-ROTEM 増備  
2014 シンガポール・現ダウンタウン線 3両 AL 1,435 750VDCthird rail 22.8m 3.2m ドライバレス ALSTOM  
2014 シンガポール北東線 6両 AL 1,435 1500VDC 22.8m 3.2m ドライバレス ALSTOM 増備 無人運転
2015 サウジ・リヤドメトロ 2両 AL 1,435 750DCthird rail 18m 2.7m ドライバレス ALSTOM  
2015 インド・ラクナウメトロ 4両 SUS 1,435 25kVAC 不明 2.9m ドライバレス ALSTOM  
2015 中国・合肥メトロ(2号線) 6両 AL 1,435 1500VDC     CBTC 中国中車 B型標準車
2015 中国・深圳メトロ(11号線) 8両 AL 1,435 1500VDC 22.8m 3.2m CBTC 中国中車 A型標準車
2015 ホーチミン都市鉄道1号線 3両 AL 1,435 1500VDC架空 20m 3.0m CBTC 日立製作所 strasyaベース
密着連結器【円借款】
2015 インドネシア・MRT南北線 6両 SUS 1,067 1500VDC 19.5m 2.95m SPARCS 日本車輌製造 strasyaベース
密着連結器【円借款】
2015 シンガポール 南北線 6両 AL 1,435 750VDC 22.8m 3.2m CBTC 川崎重工業・中国南車 増備 Scharfenberg連結器
2015 中国・ウルムチメトロ(1号線) 6両 AL 1,435 1500VDC 22.8m 3.2m CBTC 中国中車 A型標準車
2016 サウジ・リヤドメトロ 2両,4両 AL 1,435 750DCthird rail 19m 2.740m ドライバレス Siemens Scharfenberg連結器
2016 フィリピン・マニラ1号線 3両 SUS 1,435 750VDC 22m 3.150m Hyundai Rotem 増備 密着連結器
2016 バングラデシュ・ダッカMRT6号線 6両 SUS 1,435 1500VDC 20m 2.95m SPARCS 川崎重工業 strasyaベース
密着連結器【円借款】
2016 中国・貴陽メトロ(1号線) 6両 AL 1,435 750VDCthird rail 19.0m 2.8m CBTC 中国中車 B型標準車
2016 バンコク・スカイトレイン 4両 SUS 1,435 750VDCthird rail 21.5m 2.1m 不明 Siemens 、中国中車 増備  

上のアジアの車両取得案件の表からわかることは、以下だろうと思います。

  • 都市鉄道(しかも新線建設)が多いこと
  • 中国・インドの案件が多いこと
  • 中国の案件は中国の都市鉄道標準車であり、(合弁工場も含め)中国のメーカーが製造していること
  • 信号はほぼCBTC(無線式信号)。最近はドライバレス(自動運転)が増えている。

 

上の表のうち、黄色でハッチングしている案件が、「日本の仕様」だと言ってよさそうな車両が入った案件です。その他の色のハッチングは、日本の主力メーカーが製造している案件です。

この表の解釈ですが、鉄道車両は、(標準車しかない中国大陸を除けば)各路線各様で、法規も仕様も違いますから、大量生産品とは異なりなじみのない「お初」の案件を取りに行った場合には、売り上げが増えても、コストや様々な経営上のリスクもかさむ、という点です。上の表をみると獲得案件が少なすぎ、とも言えますが、各社(将来の)「お得意様」の案件を確実に獲得している、とも言えるのです。

円借款供与案件を取れていない(取っていない?)のは日本人として残念ですけど、ビジネスとして成り立つかどうかを見極めてメーカーさんが行動しているご様子なことは、状況を見誤らないために必要なスキル思います。

このようなサイトを運営しているためさまざまな著作物を拝読しているのですが、日本の鉄道製品の海外展開について、@とてもよくやっている A全然ダメ と、評価が分かれています(余談ですが輸出するものは製品やインフラばかりではなく、サービス等のソフトもあるため、「海外輸出」と呼ばずに「海外展開」と呼んでいます。)。これは、上の表の見ている場所が違うためだと思います。実際は、持っている資源で、売上を伸ばしつつ利益も伸ばせる案件を獲得しているように見えるのですが、いかがでしょうか・・? 

もっとも、案件を獲得したからといっても、お初の案件ではホモロゲーションに大変なコストをかけてしまった結果、思った利益がでなかった場合も含まれています。メーカー各社さんは、事前に「〇〇国の車両に必要な(欧州)規格のリスト化」というような事前調査を綿密に行っているのですが、それでも解釈の違いや、規格から引用される規格への適合のために追加コストが発生したり違約金が発生する、等、思わぬ事象が起きてしまうようです。

そうした事情を踏まえても、現状の評価は分かれています。

  • @よくやっている・・・黄色や緑色塗色案件のような獲得案件を見ている。
  • A全然ダメ・・・・・・円借款案件を逃したり、過去に獲得した台湾やフィリピンを逃している点を見ている。

表に話を戻すと、備考欄の「密着(式)連結器」というのは、日本で開発されたタイプです。レールは日本より小ぶりなUICレールですが、それを除いてほぼ日本の仕様ベースの鉄道システムがホーチミン、ジャカルタ、ダッカの初の地下鉄線に採用されているのは大変すごいことで、車両メーカーさん、商社さん、JARTSさん及びJICさん、日本工営さん、国交省アタッシェ各位はじめ皆様のご尽力の賜物です。マニラ1号線もかつてはこうだったのがちょっと気がかりながら、ともかく今後も注目されます。

なお、海外のメーカーが車両を製造しているプロジェクトであっても、実は車上電機機器や車両部品等、コア部品が日本のメーカーの製品が占めている車両は結構あります。

前述の、案件を取ったのに黒字にならなかったケースは、ひとえに、規格への適合・不適合の解釈の幅が広いためのようです。「規格には書いてあるけれど、〇〇は不要」等、コンサルタント同士の打ち合わせで決まっていく仕様や試験が広いためで、これも他の産業では考えにくいリスクだと思います。

中国標準車

上記項目で表中に記載しました「中国標準車」について主な諸元をまとめます。

中国標準車

地铁设计规范 GB 50157-2013

 

A型車

B型車

B1型車

(架線式)

B2型車

軌間

1,435mm

車両長(中間車)

22,200mm

19,000mm

19,000mm

車両幅

3,000mm

2,800mm

2,800mm

本線上での通過可能最小R

350m(300m)

200m(〜150m

き電電圧

750VDC又は1500VDC

閉そく方式

固定閉塞、移動閉塞、準移動閉塞

保安装置

ATS,ATCATO

インドの地下鉄路線

現状でインドでは地下鉄路線の開業ラッシュです。このうち、CBTCが導入される予定(契約前の路線は見込み)の路線は以下の通りで、多数あり、日本の信号メーカーさんも案件の獲得をしております(メーカーはコンソーシアムの場合には主契約者としています)。

開業部分が長い路線はほぼ円借款案件ですので、信号に関しては日本のメーカーさんの活躍は進むものと思います。

【表】インドのCBTC導入見込み線

   
CBTC導入路線 開業年 信号メーカー 円借款
コチ地下鉄 2017 Alstom
ハイデラバード地下鉄 2017 Thales
ラクナウ地下鉄 2017 Alstom
バンガロール地下鉄(第1期) 2017 アンサルド(現日立レールヨーロッパ) 有償
デリー地下鉄 8号線(マゼンタ) 2017 日本信号 有償
デリー地下鉄 7号線(ピンク) 2018 Bombardier 有償
ノイダ 地下鉄 2019 アンサルド(現日立レールヨーロッパ)
ナグプール 地下鉄 2019 Siemens
アーメダバード 地下鉄 2019 日本信号 有償
コルカタ地下鉄 2号線 2020 アンサルド(現日立レールヨーロッパ) 有償
カンプール地下鉄 2021
プネー地下鉄(パープルライン、アクアライン) 2022 アルストム
ゴーラクプル地下鉄 建設中
パトナ地下鉄 建設中 有償 
スラット地下鉄 建設中
メーラト地下鉄 建設中
ボーパール地下鉄 建設中
インドール地下鉄イエロー線 建設中
ジャイプール地下鉄(オレンジ線) 建設中
バンガロール地下鉄(第2期) 建設中 有償
デリーメトロ(第2期) 建設中
ムンバイ地下鉄 3号線 建設中 有償
アーメダバード(第2期) 建設中 有償
アグラ地下鉄 建設中
チェンナイ地下鉄(第2期) 建設中 有償
コジコード(コルカタ)地下鉄(第3期) 建設中 有償
ナグプール地下鉄 建設中
ナーシク地下鉄 建設中
ティルヴァナンタラム地下鉄 建設中

現状まとめ

「アジアの鉄道プロジェクトが増えている」実態は、中国国内案件で、中国の都市鉄道設計標準車が多く、欧州系メーカーであっても中国企業との合弁設立の工場でしか案件を取れていませんが、部品類、特に制御装置のような重要部品に関しては日系企業の製品が多数採用されています。

信号については、海外では最近は無線式信号(CBTC)が当然となっています。

今後の展望

車両については現状ではメーカーさんは、ビジネスになる円借款案件を獲得しにいっております。日本の場合、車両メーカー各社とも得意とする車両の「標準型」仕様をまとめていますので、これを武器に、各社の戦略に従ってよい案件を獲得されていくと思います。
  車両部品はもともと競争力があるメーカーが多い上に、販売先である車両メーカーはIRISを導入して、世界中から適切な製品調達を進めていく傾向があるため、さらなる販路の拡大が期待されます。そのためにもセーフティケースやサイバーセキュリティケースの作成のようなRAMS対応、さらには欧州のTSI適合認証があると競争上有利ですので、戦略的に進めていく必要があります。

信号については、今後建設される地下鉄路線や既存路線も、大幅なコスト減となる軌道回路を用いない信号(CBTCなど)になっていくと思われます。現在は日本の信号メーカーさんの無線式信号(SPARCS等)の開発が進み、ドライバレス運転も実現していますので、今後は攻守所を変えて海外メーカーと競争を展開していくように思います。