午後9時過ぎ、シンガポール・チャンギー空港を離陸するとジャンボはすぐに低い雲に入った。途端に振動が伝わってくる。視界が晴れると、そこは雲の森。黒い森の向こうに少し霞んだ町の光が広がり、小さな額縁の幻想画の空には雷光がビカビカと光る別の雲。その上にはオリオンが巨大な姿を横たえている。
夜の薄明かりではシンガポールの様子がよくわからないのもいい。丘を走る道路沿いに民家があるのかもしれないが、黒い海の上に道が走り、そこに多くの船がつながれているように見えしまう。海の上に曲線の道路が縦横に走っている幻想的なイメージは、ちょっとCGで作ってみたくなる。
0時半。やっと宿に落ち着いた。深夜の到着はきつい。タクシーをシェアするつもりが、シンガポール航空を使うバジェット・トラベラーなんていない。機内でも周囲をインド人に囲まれた飛び地のような席だった。
華やかさとは無縁で、人も少ないダムダム空港はどう見てもローカル空港。いきなり入国審査で職業のジャーナリストが引っかかった。何という媒体に書いているのか、その名前を記せなんぞとアホみたいな質問をネチネチと受ける羽目になってしまったのである。もちろん質問に意味はない。ただの気まぐれである。かつてトリプルビザの仕組みすら知らない審査官もいたのだから。
とりあえず50$両替。小額紙幣が欲しかったが、両替ができるだけでもありがたいと思わせるようなカウンターひとつ、担当者一人の営業。やっぱりローカル空港だ。
以前は市内までのタクシーに乗るところからインドは始まった。運賃の5ルピーを引く引かないをめぐって交渉するのもインド旅行のウォーミングアップになる。それがよほど不評だったのだろう。今では前払いクーポンを利用したプリペイド制が導入されている。何となく味気ないのだが、深夜では他の交通機関がないのだからこちらが圧倒的に不利。延々交渉するよりさっさと眠りたいので、素直にチケットを購入した。何と150ルピー。物価感覚はかなり修正しないといけないみたいだ。そして、プリペイド制の効果は絶大。走り始めてすぐにどこかのホテルに連れていこうとした運転手はクーポンを見せたとたんに乗り場へUターン。おそらく正規の登録をしていない(後からクーポンを換金できない)雲助野郎だろう。そのくせ降りる時に煙草を1本くれとは良い度胸だ。
いかにも善良そうな親父のタクシーで安宿街サダル・ストリートへ着いた時には0時になっていた。スコールがやって来たのだろう。風が涼しく、これならやっていけそうな気がする。今回決めていたのは、ホテル・パラゴンには泊まらないということ。定宿といえば聞こえはいいが、毎度毎度同じホテルというのも芸がない。ところが、モダンロッジは満室。タクシーの親父は宿探しに付き合ってくれるといったが、ここまで来たら一人でやりたい。丁重に断る。その代わり、スチュアート・レーンの野良犬4匹が尻尾を振りながら付いてきた。初めてのことだ。インドの犬とは相性が悪く、野犬に2度噛まれたことがある。何となく今回の旅を象徴しているような気がする。悪い気はしない。そういえば、タクシーの窓から見て犬がやたらに多かったのが印象的だ。
結局、宿は機内で当たりをつけておいたSONALI GUEST HOUSEに決める。門の鍵を勝手に開けて入っていったのだが、とてもフレンドリーに迎えてくれた。部屋も清潔な感じがするけれど、机がないのは……まあ、安宿だから。値段は175ルピー。それが今の妥当な値段ということもわかる。トイレもシャワーも付いているのだし。しかし、閉め切っていたせいか、外は涼しかったのに、蒸し暑いのには閉口。それに電気のスイッチが部屋の中だけで15もあるぞ。さて、寝る前に蛍光灯を消すにはどのスイッチを押せばよいのだろう。
まあ、カルカッタは早々に引き払うことになるだろう。文句ついでに添えると、インドのコーラThums upと感動の再会のはずだったのに、この水っぽい味は何だ。まあ、ここまで書くのが精一杯。機内でも少し寝てしまったが、さすがに眠い。日本時間では夜明け前の4時である。とにかく休みたい。
暑い時はイヌも人も同じ