沖縄地上戦における集団自決に軍の強制があったとする教科書記述について、文科省の検定意見がつき今年検定を受けた教科書はすべて記述を修正させられた由。文科省が検定基準を見直した理由は三点。まず、@「軍の命令があった」とする資料とそれを否定する資料の双方がある。そして、A慶良間諸島で自決を命じたと言われてきた元軍人やその遺族が名誉棄損の訴訟を起こしている。さらに、B近年の研究は、命令の有無より住民の精神状況が重視されている。

 Bはニュアンスの違いがあるものの事実だ。しかし住民の精神状況がどのように醸成されたか、その研究が明らかにしたものは「大日本帝国」と「皇軍」の名誉よりは不名誉を暴き出すもので、今回の検定に拍手している人々はおそらく愕然とするに違いない。@については大いに疑問がある。論理的に言って「なかった」という証明は難しい。「軍の命令はなかった」とする資料とはいったいどんな資料なのか、いくつか例をあげてほしい。

 しかし何より問いたいことがある。件の名誉棄損訴訟の原告である梅沢裕に尋ねたい。座間味島守備隊長であったそうだが、まず指揮する守備隊は何名の戦闘員で構成されており、うち戦死した者は何名だったのか、そして座間味島の島民は何名で、うち自決した者は何名、自決以外の戦死者は何名だったのか。梅沢はどのように「守備」したのか。そしてどのようにアメリカ軍に降伏したのか。何故、島を「守備」できなかったのか。あるいは「守備」しなかったのは何故か。そして、梅沢自身は島民の自決者、戦死者に対して、いまどのような気持ちでいるのか。島民の自決者、戦死者に梅沢はどのような責任を感じているのか。おめおめと生き残った守備隊長が、死んだ者に口がないことを良いことに、自分には責任がないんだと言わんばかりの姿勢をとるというのはどういうことか。その心境はどのようなものなのか。これらを梅沢裕に答えてもらいたい。

 自決命令はなかったのか、暗黙の強制もなかったのか。90歳ならば、お迎えも近いことだろう、あの世には閻魔様もいるし、当時の犠牲者たちも待っている、彼らと相まみえたときに下を向かずにすむように正直に答えてもらいたいものだ。

 沖縄戦における第32軍の「守備隊」が「守備」したのは島民などではない。軍隊は国民の生命や財産などを守りはしない。安全保障などというとかなり人は自分たちの安全と誤解しているが、自国内で行う戦闘においては、国民は労働力として使うとき以外は軍隊にとっては「邪魔者」なのだ。せいぜい弾よけになってくれればありがたい存在、国民をそうみなすのが軍隊なのだ。梅沢は島民の保護などつゆほども考えていなかっただろう。そしてそのことを当然としてきたのだろう。ところで彼には毀損されるほどの名誉はあったのだろうか。(3/30/2007)

 久しぶりに8時間もの睡眠。夜中、かなり熱にうなされた記憶。休みたいと思ったが、提出期限を延ばしてもらったコンプライアンス・プログラムの件がある。共通サーバーに入れてあれば、モバイルアクセスし、こちらで仕上げてメール提出もできたと悔やむ。片付け次第、半休にして帰って来ようと体に言い聞かせて、起き上がった。

 下に降りて「おはよう」と言うと、「低音の魅力?」と**(家内)。喉はガラガラ。「若山弦蔵です、いや、森山周一カです?」と返すと、「顔、見なけりゃね」と来た。テキはあくまで元気だ。

 結局、半休のつもりが3時過ぎまでかかった。ちょっと熱っぽい。(3/29/2007)

 誰でも知っていることだが、人を叱る場合、褒めてから叱るか(「あれは良かった、でもこれはなんだ、バカ」)、逆に叱ってから褒めるか(「何やってんだ、バカ、でもあれは良かったよ」)というのは、内容は同じだとしても等価ではない。いや等価なのだが、叱られる人の受ける印象はずいぶん違う。

 日曜日、ラジオ日本(鹿内信隆のコピーのような遠山景久社長の時に、ラジオ関東が誇大妄想化してこの呼称になった由)の番組で、下村博文副官房長官が「従軍看護婦とか従軍記者はいたが『従軍慰安婦』はいなかった。慰安婦がいたことは事実。親が娘を売ったということはあったと思う。だが日本軍が関与していたわけではない」と言ったらしい。これに対するアメリカの反応を伝えたものを読み比べて、見出しの付け方を変えるだけで、いくらでも事実を違うものに印象づけられるものだと嗤った。

【共同電】
見出し:「安倍首相の謝罪を評価」 慰安婦問題で米国務省
 米国務省のケーシー副報道官は26日、安倍晋三首相が同日の参院予算委員会で、太平洋戦争中の従軍慰安婦問題に関し「おわび」を強調したことについて「謝罪がなされたことを評価する。一歩前進だ」と述べ、首相の答弁は有益との認識を示した。国務省で記者団に語った。
 副報道官は一方で「これは非常に困難な問題だ。日本が罪の重大さを認識し、率直で責任ある態度で引き続き対処してほしい」と指摘、旧日本軍の関与を否定した下村博文官房副長官の発言などをけん制した。

【中央日報】
見出し:慰安婦:米国務省「日本政府は責任ある対処を」
 国務省のケイシー副報道官はブリーフィングで「(慰安婦問題をめぐる)安倍晋三日本首相の謝罪を評価する」としながらも、「日本が犯罪の重大さ(the gravity of the crimes)を認める率直かつ責任ある態度でこの問題を扱うことを望む」と注文した。

 なぜ国務省「副報道官」だったのか? おそらくトリガーが「副官房長官」だったからだろう。(3/28/2007)

 帰り支度にはいるところでコンプライアンス・プログラムの提出期限と気がついた。電安法の一部が未確認。細かいことはあしたにすることにして要所のデータのみ収集。経産省のホームページを真正面からあたるがかゆいところには手が届かない。サイトマップも役に立たない。一時の騒動で簡単には行き着かないようにしてあるのかしらん。7時を回ってしまった。

 線路沿いの桜、けさはまだ小さい芽がポツポツだったのに、半日の間に咲きそろったのか、宵闇にボッーと烟るように見えた。花の密集こそ桜の特徴かもしれぬ。その密集がどこか心を不安定にする。それが桜の魔性。高校まではそんな気持ちになったことはない。もしかすると北海道の場合はすべての花が一斉に咲くせいで、その密集にも、白いミルクに一垂れの血が混じったような色にも、気づかなかったのかもしれない。いや歳のせいか。(3/27/2007)

 おとといの続き。

 世の中には二種類の人間がいる。眼前に展開される事件に目を奪われて頭脳が止まってしまう人間と、自分の頭で精一杯起きている事件の背後まで見通そうといる人間、その二種類だ。多くの場合、我々市井の民は前者に属する。新聞を読んだり、テレビ・ラジオのニュースに注目するのは、客観的な事実を知り自分の頭で納得の行くような見方をしたいと思うからに他ならない。わざわざカネを払って新聞を購読する目的の中には、社説なり論評がどうそれを整理し主張するかを見て、その道のプロがどのようにニュースの伝えるファクトを料理するのか、そのお手並みを見るということもある。しかしイラク戦争開戦の翌日の社説を比較してみると、読売、日経、サンケイの読者はその点ではあきらかに損をした。

 少なくとも一度目の勝負は決した。読売とサンケイが直面する現実に対して惨敗したことはいまや誰の眼にも明らかだ。もちろん朝日と毎日が勝ったわけではない。両紙はイラク開戦に疑問を投げかけたという一点によって、からくも現実に押し倒されなかったというだけのことだ。(人間の歴史の中で、常に無力であった「理性」は、「現実」にバカにされ続けているが、それでもしぶとく人間の心の中に残り続けてきた。それが人間の特性なのだ。深刻な打撃を受けたくらいで「理性」を失う奴は人間ではないのだ)

 日経は今回の企画に対し「ときどきの情勢を踏まえて議論し、誠実に、また考えを過不足なく書いてきたつもりなので、一連の社説でご判断していただきたい」と回答したという。日経にはまだもの書きとしての矜恃があるが、読売とサンケイの回答(じつにみっともない「いいわけ」)は売文屋としてもぶざまという他はない。ぶざまをさらした読売の論説委員長朝倉敏夫はこう回答している。

 日本の国益を踏まえ米英の武力行使を支持したのは間違っていなかった。日本には日米同盟を重視する以外の選択肢はなかった。逆に、日本が不支持だった場合、米国との間に亀裂が入り、修復には長時間かかっただろう。仏や独は開戦に反対したが、NATO(北大西洋条約機構)という集団安保体制をもち、歴史的、文化的関係の深い米欧と、一対一の関係である日米とは違う。
 大量破壊兵器は結果的に見つからなかったが、当時の状況からみれば世界中がイラクが持っている、と思っていた。持っているかどうかを意図的にあいまいにする戦略を旧フセイン政権が取っていたうえ、クルド人に化学兵器を使った実態があり、脅威があったのは確かだ。ただ、率直にいって、戦闘終結後、イラクの混乱がこれほど長引くとは思っていなかった。
 自衛隊派遣についてもリスクはあったが、日米同盟関係の重要性から前向きに考えるべきだという判断だった。日本人3人が人質になったときあった自己責任論は、家族が「自衛隊撤退」要求という政治的言動をしたことで拍車がかかった、と考えている。

 読売は当時どのように書いたか。戦争になるのはイラクが国連決議に従わないからだ、そして、続けて我が国は「戦争はイヤ」といった感情論で判断するのではなく「非がイラクにあることを併せ、日本の安全保障にとって米国との同盟が死活的重要性を持っていることを踏まえた対応でなければならない」と書いた。イラクが国連決議に従わなかったことは事実だが、だから戦争という手段に訴えなければならないというところまで煮詰まっていたわけではない。そもそも湾岸戦争とイラク戦争は前段の状勢がまったく違う。アメリカとイギリスがギリギリまで戦争にジャンプするための国連決議を欲しがって画策し、それが得られなかったことをきちんと考えるならば、イラク開戦がまったく違法なものであったことは論理的に明らかだ。読売をそこをいっさいなにも詰めて考えていない。

 違法な、百歩譲って、「合法性に疑問のある」武力行使をする同盟国の決定に盲従することが我が国益に反することは、読売がどれほど屁理屈をこね上げても、これもまた明らかなことだ。だから、有志連合に名を連ねた一部のみそっかすの国を除けば、ほとんどの国がアメリカを支持しなかったのだ。

 読売の現在のいいわけを読めば、これらのことが哀れを誘うほどに浮き上がってくる。「歴史的、文化的関係の深い米欧」だと? バカなことをいうものではない。フランスとドイツがアメリカとの関係において同等だというのは何を根拠にいっているのだ。朝倉敏夫は世界史を知らないのか? こんなことを書いて恥ずかしくはないのか、愚か者。共同の司令部を置くNATO諸国であればこそ、強力な意思なくしては自動的に多国籍軍に入るところであったと考える方が自然であろう。

 読売は「感情論で判断するな」といっているが、読売の論理構築がどれほど「感情論に引きずられた判断」であるのか気がつかないのだろうか。鈍感な論説委員どもだ。とんでもない犯罪を犯そうとしているのに、友達(同盟国)だからと、止めるどころかそれに加勢してやるのは「匹夫の感情論」以外の何者でもあるまい。イラク戦争に突っ込んでゆくアメリカにどう対処するのか、「感情論」を捨てて判断したならば、読売の書いた社説の結論はあんな醜態をさらさずにすんだのだ。

 朝倉の「いいわけ」のバカバカしさがもっともよく表れている箇所を書いておく。「クルド人に化学兵器を使った実態があり、脅威があったのは確かだ」という部分だ。この文章の前段は事実であって正しい。後段も、その過去形表現がどこに限定されるのかを問わないとすれば、論理的には否定はできない。

 フセインがクルド人の弾圧のために毒ガスを使ったのはイラン・イラク戦争の頃、1987年から88年だとされている。誰でも知っていることだが、その後イラクはクウェートに侵攻し、湾岸戦争があり、敗戦後の査察活動により数百トンのマスタードガスを廃棄させられた。アメリカはVXガスの製造の可能性について主張していたが、現在に至るまでVXガスの貯蔵は発見されていない。このこともいまでは誰でも知っている。別にこれは後知恵ではない。UNSCOM査察官だったスコット・リッターの証言は開戦前から知られていたのだから。読売がそれを知らなかったとしたら全国紙の看板を下ろした方がいい。

 朝倉は1988年頃に正しかった文章に、その後にどのような経緯があったかをすっ飛ばして「脅威があった」という「感情的」かつ情緒的な文章を接ぎ木した。いまここに「日本軍が毒ガスを使った実態があり、いまも日本に脅威があることは確かだ」という文章があったとする。この文章はどれくらいの意味を持つだろう。朝倉はこんな情報量ゼロの言葉が「いいわけ」になるとでも思っているのだろうか。そんな「いいわけ」を書いている自分が恥ずかしくないのだろうか。

 朝倉敏夫さん、教えてあげる。世間のほとんどの人は、こんな言葉遊びは、恥ずかしくて、恥ずかしくて、とても大人がする「釈明」とは思っていないんだよ。負けは負け、不明は不明、自らの愚かさはそのまま認めることが大人のすることなんだよ。(3/26/2007)

 きのうの続きを書くつもりだったがきょうは地震と相撲にしよう。

 いつものように「サンデー・モーニング」を見ていた。まず速報テロップが「津波注意報」を伝えた。ほどなく「能登地方に大きな地震」というテロップが流れた。続く「サンデー・ジャポン」は飯島愛引退前のサヨナラ出演になるはずが、「報道のTBS」らしく早々に特番に切り替わった。

 発生は9時42分過ぎ、震源は輪島市の南西およそ30キロ沖、震源の深さは約11キロ、規模はマグニチュード6.9と推定されている由。死者1名、重軽傷者は石川・富山・新潟をあわせて百数十名、家屋の全半壊が500棟ほどというのが夕方までの情報。震源に一番近い原発のある志賀町は震度6弱。

 志賀原発は8年前の臨界事故隠しに関係して、1号機・2号機とも運転を停止していたらしい。震度6を超える地震に対して原発がどの程度の耐震性を確保しているかについては切実な関心がある。いちばん危ないと言われているのが中部電力浜岡原発。浜岡でシビアな事故が起きれば風下に当たる首都圏は深刻な影響を受ける。できるなら比較的被害人口の少ない志賀原発あたりで先に事故が起きてくれれば、地震の巣の上に建っている浜岡原発などは即時運転停止になるはず・・・と思っていたのだが。

 きのう、白鵬が朝青龍に負け、優勝の興味はきょうに持ち越されていた。チャンネルをニュースから相撲に変えると、すでに白鵬が琴欧洲に勝ったところだった。そして朝青龍−千代大海戦。勝負は一瞬だった。なんと朝青龍は右に跳んで千代大海をはたき込んだ。一緒に見ていた**(家内)は「キッタナイ、そうまでして勝ちたいの」と言った。おそらく府立体育館の観衆もテレビ桟敷もほとんどがそう思ったろう。

 そして優勝決定戦。白鵬は待ちかねるように土俵下に出て朝青龍を待った。**(家内)に「白鵬が勝つかもね」と言った。そして「おうおう」と思うほどのにらみ合いがあって制限時間はいっぱいなった。勝負は、なんと言ったらよいだろう、刹那だった。今度は白鵬が左に変わり朝青龍は思わず左手で土俵を掃くことになった。**(家内)は「やり返せばいいと思ってたのよ、相手は違うけど」と言った。

 以下は相撲を知らぬ者の勝手な解釈。「そうまでして勝ちたいの」かと言われれば、そうだったのだろう。そのとき朝青龍の頭に「横綱」が楽の結びで跳んで勝てば、どのような非難が襲うか予想がなかったとは思わない。それでも朝青龍は確実に勝ちたかったのだと思う。なるほど体力を温存して決定戦に臨むためにはそれがベストチョイスという考えもありそうな話ではある。しかしそれ以上に同じモンゴル出身の白鵬と一番取ることに執着があったのではないか。そして心のどこかに堂々の相撲ならば、散々に言われた八百長を頼まれぬ八百長のかたちで見せてもいいくらいの気持ちまであったのではないか。「白鵬が勝つかもね」と言ったのはそんな想像が頭をよぎったからだ。

 勝負がついた直後のカメラは朝青龍の顔をアップで撮った。朝青龍はほほえんでいた。「そうまでして勝ちたい」、そういう勝負へのこだわりとはずいぶん距離のある「笑い」のように見えた。コメントを求められて、朝青龍は「まあ、こんなもんだ」と言ったという。人生はいくつものすれ違いでできている。もっともこういう感覚はモンゴル人には端からないのかもしれない・・・とも、思わないでもないが。(3/25/2007)

 イラク開戦から4年がたった。先週、朝日新聞の朝刊オピニオン欄には、かなり意地悪な特集が連載された。まず14日水曜日にはイラク開戦の日(03年3月20日)パウエル国務長官の国連安保理報告(03年2月6日)イラク調査団最終報告の発表日(04年10月7日)、それぞれに対して主要5紙がどのような社説を書き、現在、それぞれの論説委員長がどのようにコメントするかをまとめた。

 ここで「主要5紙」とは朝・毎・読・サンケイ・日経となっている。サンケイを主要紙とは思わない。サンケイ自身も中央紙というよりは地方紙として商売をしている節がある。もし地方紙を代表させるなら中日が適当ではないかと思うが、まあこの国のイエロー・ペーパーがどの程度のことを書いているのかを見るとしたら悪い選択ではないかもしれない。

 ついで15日木曜日には自衛隊派遣について、基本計画が閣議決定された日(03年12月10日)、陸上自衛隊の撤退表明のあった日(06年6月21日)、邦人人質事件のあった04年4月、いわゆる「自己責任論」に上記各紙がどのような社説を掲げたかをまとめた。

 さらに翌日、16日金曜日は開戦時の賛成論をぶちあげた田中明彦と山崎正和がかつてどのように書き、それをいまどのように考えているかについてインタビューし、17日土曜日には「専門家」がメディアに対してどのような注文をつけるかを寺島実郎、酒井啓子、池澤夏樹にインタビューしたものを載せていた。

 切り抜いておいたものを通読してつくづく思った、「なんとまあ、無惨なことか」と。この国は総体としては前の戦争から何も学んでいないということだ。

 イラク戦争の開戦にポジティブだった新聞もオピニオンリーダーもいいわけは同じだ。いいわけ、その1。「日米同盟重視以外の選択は日本にはあり得ない」。いいわけ、その2。「大量破壊兵器がイラクにないとは誰も断言できなかった」。読売新聞も、サンケイ新聞も、田中明彦も、山崎正和も、可笑しくなるほどに一致している。「パウエル報告を重く受け止める」と書き、「米国支持の政府方針はやむを得ない」と書いた日本経済新聞は、インタビューの依頼に対して「ときどきの情勢を踏まえて議論し、誠実に、また考えを過不足なく書いてきたつもりなので、一連の社説でご判断していただきたい」と断ってきたという。おそらく、いいわけそのものを嫌ったのか、いいわけが子供の抗弁以上にならないことを恥じたのか、いずれかだったのだろう。

 いいわけ、その1も、その2も、一見、もっともなように聞こえる。しかし陋巷の一隅に暮らす者でも大量破壊兵器の存在についてUNSCOM査察官だったスコット・リッターがしていた証言くらいは憶えている。開戦の一ヶ月半ほど前、来日した彼はいくつかの講演会で「大量破壊兵器の製造施設の90〜95%は検証可能な形で廃棄された。廃棄が確認できない化学物質は残るものの、その後の厳しい査察で、依然としてイラクが保有している兆候は発見されていない。解明のためには戦争ではなく査察を続けることが必要だ」と繰り返し繰り返し語った。

 田中はインタビューの中で「開戦時点でフセインの大量破壊兵器が全然ないと確信していた人はおそらくだれもいない」と言っている。しかしスコット・リッターは03年2月6日18時から約1時間にわたって田中教授の奉職する東大駒場900番教室で講演を行っている。市井のアマチュアでも知っている講演をプロの田中が知らなかったとは思えない。またそれを知らずに過ごしているほど迂闊な国際政治学者だったとすれば、田中はイラク問題について語る資格などなかったことになる。たしかに「ない」ということは「ある」ということに比べれば「証明」し難いものだ。田中はそこに逃げ込んでいる。卑怯な学者もいたものだ。

 一方、山崎正和はじつにおもしろい理屈を組み立てている。山崎に言わせればイラク開戦の根拠は安保理決議1441号にあるらしい。その上で山崎は「アメリカの大きな過ちは、重ねて開戦決議を求めたことだ。1441決議のままでいけば、誰も反対できなかった」と言っている。1441号決議は可決された決議であるから「誰も反対できない」のは当たり前、こと立てて何か特別なことであるかのように言うのはおかしい。なにより「武力行使」を容認する常套的な言い回しである「必要なあらゆる手段の行使を承認する」という文言は1441号決議のどこにも入っていない。開戦直前までアメリカやイギリスが「開戦決議」を求めたのはそのためだ。アメリカは「必要なあらゆる手段の行使」を容認するような決議を求めて得られなかった。「有志」連合などという言葉を造ったのは「国際」連合が新たな決議を可決しそうにないという現実にアメリカが外交的「敗北」したからの話。それはフランスやドイツがビビッたからではなく、スコット・リッターの主張するように「解明のためには戦争ではなく査察を続けることが必要」なそういう段階にあるという判断が客観的にいちばん正しそうに見えたからだ。

 山崎が、開戦決議を求めたことを「アメリカの大きな過ち」だというのは、自分自身の「大きな過ち」を糊塗するための詭弁に過ぎない。山崎は自分のいかにも浅はかな主張を弁明するために、事実の方を自分に合うように歪めている。劇作家とは現実まで創作するものか。あきれてものも言えぬ。(3/24/2007)

 朝刊のトップ記事。

見出し:福島第一原発/78年に臨界事故か/制御棒5本脱落/検査中7時間半

 東京電力の福島第一原発3号機(福島県、沸騰水型、78.4万キロワット)で78年、定期検査中に制御棒5本が脱落し、核分裂反応が連鎖的に続く臨界事故が起きていた可能性の高いことが分かった。22日、東電が発表した。約7時間半も制御不能の臨界が続く深刻な事態だったとみられる。東電は「当時は報告を義務づける法令がなく、国や県に報告していなかった」としているが、当時の総理府令違反との見方もある。運転日誌などに一切記されておらず、東電は隠蔽の有無も調査中としている。
 東電によると、78年11月2日午前3時ごろ、原子炉圧力容器の点検準備中に、137本ある制御棒(可動範囲3.6メートル)のうち5本が30〜90センチ抜けた。4本が隣接していたため、局所的に核分裂が起きて臨界状態になったとみられる。制御棒を操作する水圧式の駆動装置で、弁の操作を誤ったことが原因とみている。
 原子炉メーカーの東芝の社員が残したメモには、核分裂で生じる中性子の計測器の針が7時間半にわたって振り切れたとの記載があった。夜が明けた午前10時ごろから制御棒を挿入して、事態を収めたともあった。
 短時間に大量の放射線や熱の出る臨界が制御不能状態で続くのは、原発で最も警戒されることだ。作業員の被曝や放射能漏れは「調査中」としている。
 福島第一原発では5号機で79年に、2号機で80年に、いずれも定検中にそれぞれ制御棒1本の脱落があったことも判明した。3号機と同じく配管弁の操作ミスが原因とみられる。臨界状態には至らなかった。東芝から指摘を受けた東電が、社内調査で確認した。
 記者会見した東電の小森明生・原子力運営管理部長は「局所的な臨界で核分裂は安定していたと思われる。法令違反にも当たらないと考えるが、たいへん重く受け止めている」と謝罪した。ただ、78年当時も重大な問題が生じた場合は、旧科学技術庁長官への報告が義務づけられていた。
 定検中の制御棒脱落は全国の沸騰水型炉で相次いで発覚しており、常態化していた疑いがある。
 北陸電力志賀原発1号機(石川県志賀町)の臨界事故は99年で、福島第一原発3号機の事故はその21年も前に起きていたことになる。

 「時には嘘によるほかは語られぬ真実もある」というのは「侏儒の言葉」にあるアフォリズムだが、その言い方を借りれば、「原子力発電所というのは嘘と誤魔化しによるほかは運転できぬ施設」なのだ。

 東京電力は2002年8月にも、当時十年以上も経ていたシュラウドのひび割れ、冷却水周りの不具合数十件を隠していたとして、平岩外四、那須翔の両相談役、荒木浩会長、南直哉社長といったお歴々を引責辞任させてなんとか片付けた「前科」を持つ極めつけの悪質企業だ。東京電力は辞任劇の半月ほど後に一連の事故隠しの調査結果を公表した、狡猾にもそれは小泉首相の第一回訪朝により拉致被害者13名のうち8名は死亡というニュースが伝えられた日を選んで行われた。

 東京電力は今年に入ってからも1月末とこの3月はじめにバラバラとデータ改竄と障害隠蔽を「自白」したばかり。それに加えてこんどは30年も昔のデタラメ処理が露見したというわけだ。原発を運転する限り、東京電力はこれからも恒常的にこの種のゴマカシを続け、間欠的に無反省なカラ詫びを繰り返すだろう。

 それは東京電力に限ったことではなく、原発を持たない沖縄電力を除く9電力会社すべてに共通する話だ。(9電力会社は電事連で執拗に沖縄電力も「共犯者」になるよう圧力をかけている由)

 生存の必要から虚言癖を身につけた原子力奇術者(技術者ではない)どもは「そもそも安全基準が厳しすぎるのだ」と腹の中では思い、「技術」の中身を知らぬ文化系上がりのトップは「臭いものに蓋をする」意識で「オレには迷惑をかけてくれるな」とひたすら自己保身している。そんな風土で「嘘なくしては成り立たない原子力発電」をいじくりまわしているのだから、この腐った喜劇はこれからも繰り返されるに違いない。

 こうなったらスリーマイル島かチェルノブイリ級の事故が起きてほしいと思うことがある。できるならば、そのときには加納時男に代表される原発推進論者全員がJCOの作業者レベルの被曝をして血反吐を吐いて転げ回り、全身の痛みに泣き狂うようにして絶命するのをこの眼で見たいものだ。(3/23/2007)

 六カ国協議は休会に。理由は凍結解除した北朝鮮口座資金のBDAから中国銀行への送金が滞っていることに北朝鮮側が態度を硬化させているため。なんと首席代表の金桂寛外務次官は帰国してしまった由。中国銀行は不法行為に関連した資金を取り扱うことに懸念を表しているということだが、金次官よりも先にロシア首席代表ロシュコフ次官も帰国してしまったというところを見ると、なにがしかの正式手順セレモニーの必要性が中国サイドから出てきたのかもしれない。

 一連のニュースを見ていて印象的だったのは外務省の佐々江局長、そして安倍総理大臣がともにどこか活き活きとマスコミ対応していたこと。アメリカに置いてきぼりを食いそうなのが一息つけただけでも相当に嬉しかったことだろう。どこまでいっても彼の国の将軍様は安倍晋三にとって心強い陰のサポーターらしい。

 城山三郎が亡くなった。さして読んだわけではないが、「落日燃ゆ」、「男子の本懐」、「官僚たちの夏」あたりが印象に残つている。**(家内)は、独身の頃、神楽坂の洋食屋「田原屋」で見かけたことがあるという。当時50歳前後、いちばん脂ののった時期だったらしく、眼光は鋭く、背筋の通った紳士だった由。(3/22/2007)

 杉並公会堂で東京バッハ合唱団によるマタイ受難曲を聴く。合唱団、**さんのご招待。

 日本語演奏。対訳表を参照しながらとは別の効果があって驚いた。ピラトが群衆を前にイエスとバラバのいずれを赦すことを望むかを問うたのち、「いかにすべき、われイエスを」と尋ねるシーン。コーラスが口々に「十字架を」、「十字架を」と叫びを上げるあたりに一種独特の「怖さ」が漂う。レコード(リヒター指揮のアルヒーフ版LPしか持っていない)で聴いていても、ペテロの否認、ユダの縊死、ピラトの裁定までは足下から上半身に向けてこみ上げる何かを感ずることがあったが、なにかそれ以上の怖さを感じた。あれは日本語によるせいか、それともレコードとナマの違いによるものか、どちらだったろう。

 おそらく譜面を読むことができ、ある程度の楽典についての知識があれば、バッハという作曲家がどのような技法を用いたのか知ることができるに違いない。ただ、きょうのところは、なぜイエスという男がそれほどの強烈な記憶を残すことができたか、そのことに驚いておこう。と、ともに、「バ〜ラバ」、「十字架を」、「十字架を」。人間というものはそういうものなのだという情けない真実についても。(3/21/2007)

 司馬遼太郎に放送番組として流されたものをそのまままとめた「『明治』という国家」という本がある。きのうの横須賀基地見学で思い出し、本棚から取り出してきた。

 嗤うべきことに「坂の上の雲」を読んですっかり日露戦争を知ったつもりになってしまうというのがいまのこの国の文化水準だから、司馬は歴史家と勘違いされている。彼の特質は豊富な「民俗学的」知見にあり、民俗学の好事家というくらいに見るのが正しかろう。この本で司馬はじつに気持ちよさそうに彼の知るエピソードを披露している。歴史名所に立って手練れのガイドが観光客をうならせるたぐいのもので、彼の長所がよく出たなかなかよい本だ。ついでに書けば、司馬の仕事のほとんどはこの本以上でもなければ、この本以下でもない。そのことは示されるエピソードから彼が引き出している「教訓」を読めばすぐに分かることだが、「文化勲章」受賞の肩書きが騙されやすい人々の目を欺いているのかもしれぬ。

 ただ彼の知識は該博で、小栗上野介、小栗忠順のことはこの本に教えられた。「『明治』という国家」の第二章は小栗忠順の事績を述べることにあてられている。

 小栗は、雄大なものを興そうとしました。
 そのためには、製鉄所や鉄工所や船台つまり造船所を持たねばなりません。持つからには、世界的なレベルのものを持たねばならない。
  ・・・(略)・・・
 かれは、その地を相模国横須賀村という無名の村にえらび、慶応元年(一八六五)三月から、六カ月かけて三つの入江を埋め立てました。
  ・・・(略)・・・
 ちょっと言いわすれましたが、この横須賀ドックとその付属設備――幕府はどういうわけだか、製鉄所といっていました――は、フランスの有名なツーロン軍港(Toulon。地中海にのぞむ。十七世紀以来のフランス海軍の大根拠地)の規模に近い(三分の二とか三分の一とかいいますが)ものだったようです。時のフランス公使ロッシュと話しあったすえにうまれた計画です。
  ・・・(略)・・・
 私は、小栗のこのことばを言いたくて、えんえんとここまで喋ってきたわけなのです。
あのドックが出来あがった上は、たとえ幕府が亡んでも″土蔵付き売家″という名誉をのこすでしょう。
 小栗はもはや幕府が亡びてゆくのを、全身で悟っています。貧の極で幕府が亡んでも、あばらやが倒壊したのではない、おなじ売家でも、あのドックのおかげで、"土蔵つき"という豪華な一項がつけ加えられる、幕府にとってせめてもの名誉じゃないか、ということなんです。
 小栗は、つぎの時代の日本にこの土蔵が――横須賀ドックが――大きく役立つことを知っていたし、願ってもいたのです。 
 小栗は、「明治の父」であるという言い方は、ここにおいて鮮やかに納得できると思います。このドックは、明治国家の海軍工廠になり、造船技術を生みだす唯一の母胎になりました。

 ここには我が国の機械工業の基礎となったスチームハンマーが開業の時から据えられた。工作機械は基礎的な機械があって造ることができる。それ故「マザーマシン」と呼ばれる。

 マザーマシンといえば、旋盤をはじめて国産した池貝鉄工は中国企業に買収された。横須賀造船所はまるごと米軍の艦船修理廠として使われている。ものつくり大国といい、国を愛せというなら、まずその歴史を作った「マザーマシン」にもっと関心が集まって然るべきだが、それが他国に買われ、他国の軍施設になって(スチームハンマーは返還されたが)も、まずそれを知らない、そしてその意味すら問おうとしない。靖国参拝のような安手の造りものに勃起して、はるかに実質的なものに勃起しない、この愚かな「愛国者」たちよ。(3/20/2007)

 品質管理学会の事業所見学会に参加。テーマは「日米の文化を超えた改善−リーンの紹介」。リーンとはMITがトヨタ生産方式をアメリカ向きに再構成したもの。ムダを排除して贅肉をとるというのが語源とか。見学対象は米海軍横須賀基地の艦船修理廠(SRF:Ship Repair Facility)。第7艦隊艦船の保守・修理にあたる「工場施設」と「従業者」からなる。

 工場施設はさかのぼれば小栗上野介が作らせた横須賀造船所に行き着く。それが旧海軍施設を経て米海軍に引き継がれたわけだ。従業者の9割は日本人。給料を払っているのは日本政府。地位協定に基づくMLC(Master Labor Contract)で雇われた人員。

 基地の正面ゲートでホスト役のSRF改善推進室のメンバーから「一日入場パス」を受け取り、身分証明書を見せて中にはいる。SRFと書かれた建屋の会議室でまず概略の説明。「司令官であるダグラス大佐からご挨拶とSRF、リーンについてご説明をします・・・」。大柄のいかつい軍人が出てくるものと思っていたら、登壇したのはメガネをかけた小柄な(退室する時、ちらりと見えた下半身は「lean」ではなかったが)感じの中年女性でびっくり。

 「大佐」なのだ。(なおかつ彼女の出身大学はMITだった)

 彼女の話が終わってバスで基地内を巡回。眺めるだけ、補修の現場は見られない。軍事基地という性格上やむを得ぬことか。郵便局もあれば、映画館もある。スーパーマーケットから学校、刑務所だってある。兵卒用のアパート、そして士官用のテラスハウス、将官用の一戸建て。我が国民の住環境に比べれば、じつにゆったりと配置されていて羨ましい。思いやり予算で生活する彼らが傭兵ではなく、宗主国の上級市民であることがよくわかる。

 通りには名前がついている。ナントカ・St.、カントカ・Blvd.、そうそう、Nimitz Blvd. というのがあった。その大通りの延長線上に戦艦三笠が見えた。瞬間、頭に浮かんだのは斎藤茂吉日記の一節、「うぬ、マッカーサーの野郎」だった。小栗忠順、横須賀造船所、戦艦三笠、・・・という連想が「にわかナショナリスト」を生んだようだ。

 もとの会議室に戻り、改善推進室メンバーから、どのような品質改善活動を行っているかの紹介があった。特徴と言えば、5日間連続、短期集中でグループ改善活動をするところ。軍隊という特殊組織なればこそのこと。改善活動の活性化を目的として、ASQ(アメリカ品質協会)の発表会(昨年はミルウォーキーで開催)への出場を「ご褒美」にしている由。基地の外では、冗費削減の嵐のため、すっかり下火になってしまった古典的現場QCがまだこんなところにあるのが可笑しかった。

 基地のゲートをくぐって「シャバ」に出たとき幾重にも蹂躙された「日本」を実感した。その気分をわずかに癒したものはたった一つ、横須賀基地の中も自動車は左側通行だったことだ。沖縄の基地はどうなっているのだろう?(3/19/2007)

 「サンデー・モーニング」で、寺島実郎が「IAEAの核査察予算の3割は日本の六ヶ所村で使っている」と言っていた。つまりIAEAはプルトニウム保有量が多く基礎的な技術力の高い日本はいつでも核兵器保有に向かって歩み始める潜在的な能力を持っている国と見なしているということ。

 唯一の被爆国(原爆のみならず水爆の被害を受けて死者を出しているのはこの国だけだ)として、国民の多くは日本を核兵器保有からは一番遠いところにいる国だと考えている。しかし安倍晋三のブレーンといわれる中西輝政に代表される連中の最近の言説を耳にするにつけ、IAEAの懸念は否定できなくなりつつあるのだと思う。中西にしてみればアメリカが北朝鮮に対して予想外の「厚遇」をし始めたことが核保有国宣言にあるように見えて仕方がないのかもしれぬ。いまや床屋談義程度のものを「政治学」として恥じぬ曲学阿世人と成り果てた中西は「核保有は儲かる」と言っている由。

 中西輝政をみているといつも連想するものがある。オーバークロックで駆動するうちに壊れちゃったMPU。定格を超えたヒューズをつけていたために発火した電気盤。さして働いたとも思えないのに、いまやガラクタ。(3/18/2007)

 先週木曜、東大の武田先端知ビルで「原子力の安全管理と社会環境」と題するワークショップが開催された。参加というよりは聴講のつもりでいたのだが、期末のこの時期に隔週で学会行事に参加するのがためらわれて、迷った末にあさっての事業所見学会の方をとった。それでも誰か聴いておいた方がいいかと思い直して**さんに参加を勧めたときにはすでに定員に達したという話だった。いくら第一回のワークショップとはいえ、定員200名、うち一般枠は100名ということだったから、ずいぶん珍しいこともあるものだと不思議に思っていたが、おとといからの北陸電力志賀原発の臨界事故のニュースで妙に納得してしまった。こんな話が隠されているようでは原子力関係者が大きな顔をして「社会環境」などを語れるわけもなかったということ。

 原子力施設の運転報告に虚偽があったなどというのはいまや日常茶飯事。多くの人々は「またか」と思って「いやー、困ったもんです」などという会話ですませてしまう。一方、電力会社は、最近、火力発電所やら水力発電用ダムの管理データまで改竄して、原子力発電施設だけが異常ではないように印象づけようとしている節が見られる。(原発以外の施設のウソを許容するわけではないが、それらの施設でどのような事故が起きようと死ぬのは、その時、現場にいた人間だけだ。しかし原発はそうはゆかない。チェルノブイリの被害者は、その時、この世に生まれていなかった子供たちにも及んでいる。原発関係者も技術者の端くれならば、そのことを忘れてはならない)

 臨界事故の隠蔽は単なるデータの改竄や運転管理日報の不備などとは次元の異なるものだ。露見した事故は99年6月18日深夜に起きたとのこと。原子炉の緊急停止機能の強化工事に関係して、原子炉を停止、上蓋を開放した状態で、性能試験として制御棒1本を試験操作する準備に入った。原子炉を止めたままにするためには、その他の制御棒は炉に完全挿入された状態を維持していなければならない。ところが何らかの原因で89本の制御棒のうち3本が意図せずして押し下げられ、中性子線量が増加、核分裂が増加する方向に遷移し始め、炉が開放された状態で臨界に達し15分間ノーコントロールだったというのだ。(朝刊によると、国の安全検査基準には通常運転中に制御棒が1本落下することは想定されているが、複数本の落下、点検中の落下は想定外だとのこと)

 中性子線量警報が作動すれば、本来なら緊急停止装置が作動するはずだが、きょうまでの報道の範囲では「緊急停止装置が解除されていた」と発表されているようだ。保安院の係官は「燃料を入れたまま制御棒を操作するというのに、緊急停止装置を解除するとは考えられない」と言った由。緊急停止装置が解除されていたというのはウソではないか。解除されていたのではなく、緊急停止装置も作動しなかったのではないか。不具合が制御棒に関わるものである以上、緊急停止はホウ酸の大量注入によるはずだが、その系統が作動しなかったという、より深刻な事実を隠している可能性は十分にある。(ホウ酸を注入すると運転再開には相当の時間を要する。そのため最初からホウ酸注入がされないようにしてあることも考えられる)

 これは単なる判断ミスでも、ローカルな技術不足でもない。事故内容、その後の処置、すべてが、北陸電力という会社に原発を運転する能力も、資格もないことを明確に示している。経産省はこの未熟な会社が重大事故を起こすまで原発を運転させ続けるつもりなのだろうか。(3/17/2007)

 初雪。といっても積もりもしないし、降ったとすることさえ分からなかった。しかし会社に着いて始業までの時間に一覧した新聞各社のサイトには「東京にこのシーズン初の雪」という記事が載った。平年よりは73日、昨シーズンよりは95日、1876年に始まる観測史上もっとも遅い初雪とのこと。

 きょう都知事石原の選挙前最後の記者会見があった。毎日のサイトにこんな記事が載っている。

見出し:石原都知事、選挙前最後の定例会見−準備のちぐはぐさも
 22日告示の東京都知事選で3選を目指す石原慎太郎知事(74)が16日、選挙前最後の定例会見に臨んだ。実績を誇示し、3期目も「国とけんかする」と意気込む一方、前日発表した政策目標の一部を撤回するなど選挙準備のちぐはぐさが表面化。反発が強まる築地市場の移転問題では、慎重な構えも見せた。
 「そんなの入ってます?私のに」。15日に発表した政策目標「東京再起動宣言」の中で、「知事多選(4選)禁止条例の制度化提案」を挙げていることに関し、石原氏は驚いた表情で答えた。
 これまでは「3選が限度」と持論を述べる一方で、各地の多選制限の動きに「法律や条例で制限することは問題がある」と発言していた。矛盾をつかれた石原氏は「スタッフの討論が足りず、私の考えを早とちりして文章化した」と釈明。この項目の撤回を表明した。
 12年度に予定されている築地市場の移転問題では、反対派への配慮を見せた。
 江東区豊洲地区の新市場建設予定地は、環境基準を超える土壌汚染が確認されている。15日には仲卸業者らが6万人余の移転反対署名を都に提出するなど移転への批判が根強い。石原氏は会見で「食にかかわる問題なので後で失敗したでは済まない」と述べ、専門家に危険性の有無の検討を依頼し、ボーリングなど再調査を実施するかどうか決める方針を示した。
 再調査の場合は移転を延期せざるを得ないとし、築地市場の現在地のままでの整備には否定的だった。
 一方、全国市民オンブズマン連絡会議が同日発表した情報公開度ランキングで、閲覧手数料も徴収する都は10年連続の「失格」となった。これに対し、石原氏は「東京では商売目的の資料要求が多く、高い手数料は妥当。オンブズマンの採点基準も討論の対象になっていい」と反論した。

 「そんなの入ってます?」とは面白い。「わたしの考えを早とちりし」たんだろうというのも面白い。では、早とちりした石原の考えというのはどんな考えだというのだ。「ふつうの知事は三選が限度だが、オレは別だ」とでも言うのか? 週に一日、数時間しか勤務しないのなら、何年やっても疲れないだろうよ。すでに東京都の実質的知事は浜渦武生だ。築地市場移転問題について「専門家に危険性の有無の検討を依頼し、ボーリングなど再調査を実施するかどうか決める」などということしか言えなかったのは、もはや傀儡と化した石原慎太郎には「浜渦利権」に差し障りの出る可能性のあることは何一つ独断で言えなくなったことを表している。

 きょう全国市民オンブズマン連絡会議が発表した「情報公開ランキング」によれば、東京都は10年連続の「失格」評価だった。石原よ、他人の話はしっかりと聞くことだ、オンブズマン連絡会議は「採点基準で評価したくとも、そもそも評価の対象にならない」と言っているのだ。採点基準を云々するのは評価の対象になってからの話だよ。きのうだか、おととい、石原は「だいたい資料請求をするのは東京都に住んでいない奴が多いんだ。そんな奴に都民の金を使えるか」と言っていた。そういうことは売れないゲージツカやガラパゴス諸島オプショナルツアーなどに税金を蕩尽しているうちは言わない方がいい。だいたい東京都の税収は石原都政の故に豊かなわけではない。商売目的で東京に社屋を構える者が多いからこその話だ。石原は口のきき方も知らなければ、自分の力量も知らないようだ。

 それにしても日本人は不幸だった。裕次郎の方が長生きし慎太郎が早死にしていれば、はるかに仕合わせだったさ。大根役者ならば食あたりせずに済んだのだから、呵々。

 堀江貴文に懲役2年6カ月。執行猶予はつかなかった。ライブドアの粉飾の額は約53億円。日興コーディアルとのこの落差。(3/16/2007)

 アメリカの北朝鮮に対する金融制裁解除というニュースが流れている。しかしアメリカ財務省が発表したのは、ひとつは調査のためにマカオ金融当局に依頼していた口座凍結を解除するということ、もうひとつはアメリカの金融機関がBDAと取引することを禁止したということ、その二つだ。禁止の理由はバンコ・デルタ・アジア(BDAという略称で報じられている)にある北朝鮮口座が偽ドル札の換金やマネーロンダリングに利用されてきたことが確認されたからだという。調査結果はあわせてマカオ政府側に報告されるが件の口座を今後のどのように取り扱うかは「マカオ金融当局に委ねる」としている。

 マスコミは「事実上、金融制裁を解除した」と報じているが、それが「制裁解除」になるのか、単にアメリカが「制裁主体」として陰に回っただけのことなのか、マカオ金融当局ひいては中国に対するテークノートの有無など、関連情報が明らかにならない限り分からない。

 ただ一連の流れはアメリカ側が相当に北朝鮮に対して譲歩している印象が濃い。昨年暮れあたりから、ブッシュ政権は少なくとも北朝鮮に対してはずいぶん弱腰になったと誰もが感じている。その理由は中間選挙の敗北、イラン問題の緊迫化などに求められているが、それにしてもあまりに姿勢の軟化が早過ぎて、釈然としないものがある。

 その説明になるかもしれないことが、きょう配信の日経BPの田原総一朗のコラムに出ている。タイトルは「日本の行く末を左右する安倍・中川不仲問題の全真相」、記事の大半はタイトルに沿ったもので新味はない。ただその中にこんなくだりがある。

 このほかにも気になるのが偽ドル問題だ。
 事実関係は未確認ではあるが、1月8日(速報は7日付)、ドイツのフランクフルトで最大の部数を誇るフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙に、著名なクラウス・W・ベンダー記者の「『スーパー・ノート』偽造ドル紙幣の秘密」と題する記事が掲載された。今話題の北朝鮮のスーパー・ノートという偽ドル札が、実はアメリカ製であるという記事だ。偽造紙幣問題に詳しい経済専門のベンダー記者が、「こんな精密な偽札をつくる技術は北朝鮮にはない」と書いている。
 僕も読んだが、これは相当のリアリティがある。もしかすると、このことがわかってアメリカは北朝鮮に対してどんどん妥協しているのではないか。北朝鮮の偽ドルが大問題ということでアメリカも金融を凍結したわけだから、偽ドルがもしアメリカ製だったということになると、これは大変なことだ。
 この新事実にブッシュ大統領が実は気づいていて北朝鮮に対してどんどん妥協し始めている、という説も出ている。

 真偽はまったく分からない。しかしアメリカ政府がイラクなどの派兵先で偽ドルを使って莫大な戦費負担を軽減するようなことをしていて、北朝鮮がその証拠を入手しブッシュ政権に脅しをかけている・・・そんな想像をすると、にわかに北朝鮮に対する姿勢を軟化させた理由の説明は簡単についてしまう。(3/15/2007)

 休暇。なんとしてもフルに一日、自分のために時間を使う休暇を取ろう、そう決めてきょうの休暇。

 **(母)さんの病院の支払いを朝一番で済ませて**(家内)と池袋に出た。セーターにいいものがあればと思ったのだが、いくら何でも季節外れすぎたようだ。ホワイトデーのお返しにお昼を一緒に食べて、**(家内)は**(息子)の引っ越し準備を手伝いに芝に行った。

 天気がいいので下高井戸に足を向けようかとも思ったが、この陽気では花粉も盛大に飛んでいるかもしれぬと思い直し、本屋をのぞくことにした。

 思い出して、まず、会津八一の「自註鹿鳴集」を探した。岩波文庫創刊80周年とある。そういえば、先週、丸谷才一が「袖のボタン」の最終回で文庫のカバー範囲に注文をつけていたし、きのうの朝のラジオでは荒川洋治が★の話をしていた。

 最初に自分で買った岩波文庫は幸田露伴の「五重塔」だった。小学校の真向かいの近藤書店(まだあるのだろうか、ウンやっぱり下高井戸、行ってみよ)、岩波文庫の棚の前であれこれ見ているとき、***に会った。「難しい本を読むのね」と声をかけられた。岩波文庫を難しい本とは思っていなかった。ファーブルの「昆虫記」やトルストイの「民話集」など、次彦さんの遺した本でなじみだったからだ。「難しくなんかないよ」と言いながら、たまたま棚から手に取ったのが「五重塔」だった。★一つ、勢いで買ってしまった。家に帰って開いて愕然とした。40円が惜しくなった。「もくめうるはしきけやきどう。ふちにはわざとあかがしをもちひたるがんでふづくりのながひばちに・・・」。この書き出しは憶えてしまった。「読書、百遍、義自ずから通ず」と信じて何度も何度も音読した。しかし小学生には無理だった。「山椒大夫」を買って帰った彼女からは「五重塔」の感想を求められた。どう答えたか、憶えていない。苦い「敗戦」だった。

 当時、★一つで40円だった本は400円。四十数年を経てちょうど10倍になったわけだ。自分の中で10倍になったものなどあるだろうか。

 宮下志朗訳の「エセー第2巻」が出ていた。このペースはありがたい。巻末の「おまけ」も楽しい。後書きにはこんなことが書いてある。

 読者のみなさまのなかには、わたしと同じ団塊世代に属し、そろそろ時間に余裕ができてくるような方々もいらっしゃるにちがいない。モンテーニュの館の見晴らしのいいテラスで、持参した『エセー』を、あちこち拾い読みしてみるなんていう、贅沢な時間の過ごし方はどうだろうか?

 まさにあこがれの時の過ごし方ではあるけれど、フランス語ができなくては難しかろう。英語でさえマスターできなかったこの頭でこれからできそうなことといったら、と、ため息。(3/14/2007)

 マスコミ報道すべてが上場廃止は確定のように伝えていたにも関わらず、日興コーディアル証券の上場は維持されることになった。きのうの夜のニュースは東証の西室泰三東証社長の映像を流し続けていた。けさの日経のサイトにはこんな記事が載っている。

見出し:「日興、上場廃止へ」報道の経緯
 日本経済新聞は2月28日付朝刊で「東京証券取引所が日興コーディアルグループ株を上場廃止する方向で最終調整に入った」と報じました。これに対し東証は3月12日、日興株の上場を維持する決定をし、13日付で上場廃止の可能性を周知する「監理ポスト」から解除することを決めました。本紙報道と東証の決定が違った経緯を説明します。

 日興は昨年12月に過去の決算で利益を水増ししていた不正会計が発覚し、金融庁から5億円の課徴金納付命令を受けた。これを受けて東証は同18日付で、日興株を「監理ポスト」に割り当てた。
 日興は不正会計の経緯を明らかにするため弁護士らで構成する「特別調査委員会」を設置。調査委は旧経営陣らへの聞き取り調査などをし、その結果「旧経営陣の一部が主体的に関与していた」と判断、「不正会計は組織的」とする調査結果を1月30日に公表した。
 日興は2月27日、有村純一前社長ら3人を対象に総額31億円の損害賠償を請求する訴訟を提起する方針を決定した。また同日、不正会計のあった過去の決算を訂正した有価証券報告書を関東財務局に提出した。
 この間、本紙は東証や行政当局筋などの複数の関係者に取材した。東証幹部は2月23日、「日興の財務責任者が不正会計に関与しているなら、十分に組織的」として、日興が上場廃止基準に抵触する可能性を指摘した。
 同24日には別の東証幹部は「(上場廃止にするかどうかの判断を左右する)多くの法律家の意見をとったが、全部が上場廃止だった」と答えた。また不正会計を主導した日興の旧経営陣など主な関係者に対して、東証の聞き取り調査がほぼ終わったことも分かった。
 日興が訂正有価証券報告書を提出した2月27日には行政当局筋は「(訂正報告書の提出後でも)廃止の方向は覆らない」と明らかにした。
 本紙報道後の3月6日、日興と同社株の4.9%を保有する米金融大手シティグループは共同で記者会見を開き、米シティが1株1350円で日興株を公開買い付け(TOB)し、子会社にする方針を発表した。

 以上のような取材をもとに本紙は上場廃止について、十分な根拠を得たため、2月28日付で「日興上場廃止へ」と報道しましたが、東証は12日、最終的に「組織的に行ったとまでは確証が持てない」などとして上場維持を決定しました。この決定までの経緯も含め、今後とも本紙はこの問題について詳細に取材、報道していきます。

 いつぞやのサンケイの夕刊廃止釈明のような「ます」体と「だ」体の混用は日経にとって今回の東証発表が青天の霹靂、コメントすれば「東証の天地は複雑怪奇」としか言い様のなかったものだったことを表している。

 引責辞任した日興コーディアルの前社長有村純一は辞任直前まで「オレは山口出身、安倍晋三とは家族ぐるみのつきあいだ」と豪語して自信満々だったそうだし、旧日興証券は三菱系、常務の鈴木則義は成蹊閥の親分で成蹊大出身の安倍とは緊密な関係である由。日興コーディアルの監査を担当していたみすず監査法人が自己解体したというのに、監督官庁であるはずの金融庁は検査にすら着手していないのは誰が見てもおかしい。安倍首相が押さえにかかっているというのがもっぱらの噂だ。

 ふつうならば一私企業に公のトップが肩入れするなどあり得ない話と一笑にふされるところだ。しかし一銭も負担するはずのない議員会館の光熱費に5年間で2,800万円使ったと処理していたこと(政治資金のうち2,800万円を使途不明の目的に使ったことを意味している。それが政治活動とは関わりのない目的に使われたとなれば公金をくすねたのと変わりはない)が露見した松岡農水大臣を「法に基づいた適切な処理をしている以上、責任をとる必要はない」として守る安倍晋三、単に「わたしと考えを同じくするお友達です」というだけで筋の通らない復党(考えが同じということは安倍は小泉の掲げた「郵政改革」に反対だったのか?、それとも衛藤はたった1年くらいで論敵の足を舐めるような変節漢だということか?、そして安倍は自分も変節漢だというのか?)を指示する安倍晋三、・・・安倍晋三は身内のためには平然とルールもスジもねじ曲げる人物としての評価が定着している。と、すれば、不可解な上場維持決定にも関与している可能性、否定する方が難しいだろう。いまやこの国はインサイダー取引宰相に乗っ取られた情実の横行する「醜い国」になったようだ。

 日経記事末尾の「今後とも本紙はこの問題について詳細に取材、報道していきます」という書き様は尋常のものではない。宣戦布告のようなトーンがある。マスコミは小泉政権の頃からとみに背骨を失った。日経よ、宣言通りに詳細な取材に基づきしっかりと事実を明らかにしてくれ。なぜ、金融庁は手をこまねいているのか、なぜ、上場廃止が見送られたのか。そのからくりを明らかにしてくれ。(3/13/2007)

 **(家内)のご機嫌がいい。朝青龍がきょうも負けて初日から二連敗(きのう時天空、きょうは雅山)なのだ。大相撲協会は、先日、朝青龍の八百長疑惑を繰り返し報じた週刊現代を名誉棄損で告訴した。今場所からは仲立ち役(中盆というらしい)と指摘された旭天山を朝青龍の付け人から外したりもしている。注目の春場所、連敗スタートは朝青龍のみならず協会にも痛かろう。

 **(家内)は「とにかく朝青龍のすべてが嫌い」という。週刊現代が朝青龍に焦点を絞って八百長疑惑を書いたのはなかなかうまいところを突いたものだ。ふてぶてしい顔つき、勝負にこだわる取り口、土俵上の所作、・・・彼にはヒールとしての要素が十分にある。おまけに日本人ではないアジア人(中国人であったなら完璧だったろう)だ。

 だが大相撲と八百長を語るなら、もともと大相撲には幾分かの八百長が隠し味として入っていることは知るべきだ。「部屋別総当たり」という制度がある。この制度になったのはそれほど古いこと(1965年)ではない。それまでは「同門別総当たり」だった。大相撲を単なる一対一の格闘技と思いこむと見えなくなってしまうが、基本的には「部屋」制度の枠組みのなかでとりおこなわれる「興行」であり、「個人別総当たり」の案が持ち上がるたびに消えて、いつまでも「部屋別総当たり」に留まっているところに微妙な心が隠れている。金品で勝負を買うと聞けば穏やかではないが、輪郭を際立たせる光が本来この国の伝統ではないとしたら、隠微な「八百長」も「伝統」のうちと言えぬこともない。(3/12/2007)

 家族会と救う会が集会を開いた由。サンケイのサイトにはきのうの集会での言葉がいくつか載せられている。最近認定された松本京子さんの兄の言葉、「私たちは命をかけている。外務省の人たちは『日本はこうなんだ』ということをきつく激しくやってほしい。ただ仕事で行くのではなく、命をかけてやってほしい」。これはある意味、生の言葉だと思うが、「孤立化しているのは北朝鮮。日本は一枚岩になってほしい。北朝鮮から見て日本の世論が割れているというようなことがないようにしてほしい」(横田滋)、「孤立しているのは金正日総書記だ。日本政府の制裁を断固支持し、より強い制裁を求めていく」(西岡力)などの言葉は単なる政府広報のように聞こえる。「良好な話し合いが演出された米朝協議と対照的な日朝協議に、『日本の孤立化』とみる声が国内で出始めていることについては懸念の声が上がった」などに至ってはもう誰の言葉だったのかも分からない。

 マスコミへの露出はいまや使命らしく、きょうも家族会メンバー(7家族13人)は救う会の全国大会に出席して、日本も米国に倣って独自にテロ支援国家指定を行う法整備やら、各国の北朝鮮による拉致被害家族の国際連携強化などを決めた由。前者はどこか安倍あたりからの「指令」の匂いがしないでもないが、気の済むまでやるがいい。

 「制裁」と「圧力」は彼らの合い言葉だ。つまり「経済的に困窮している北朝鮮に経済制裁という圧力をかければ、辛抱たまらず北朝鮮は妥協せざるを得ない」という理屈だ。しかしこの理屈は経済的な困窮を救うものが実質的に日本に限定されてされている場合に限って成立する。圧力は逃げ場が封ぜられている場合でなければ圧力たり得ない。別に出入り口がある場合には圧力をかけたつもりでもそれはせいぜい風にしかならぬ。こんな簡単なことは小学生にも分かる。

 先月の六カ国協議の「合意」における支援の負担について我が政府は「拉致問題の解決がない限り支援負担はしない」と説明している。とりあえずはこれで説明がつくとしても、北朝鮮が四の五の言いながらも核施設の無能力化に応じたとき我が国はどうするかが問題になろう。

 バカな話だが、同じ国に住む者のよしみで拉致問題と核問題のプライオリティは問わないという愚かな選択につきやってやるよ。あらかじめ安倍政権に悪知恵を授けるとすれば、表面上はタテマエを通すことだ。95万トンの重油支援には一切我が国は加わらない。それによるアメリカの負担増部分をまったく別の場面で補填してやればよい。これで一応「拉致の安倍」の国内向けの看板は保つことができる。このやり方の問題はただ一つ。もしも朝鮮半島の非核化が実現してしまったなら、実質的には応分の負担をしているにも関わらず、その記念碑に我が国の名は記されないということだ。

 さらに問題がある。その時になっても拉致被害者は一人として帰国すらしていないに違いない。能力もないくせに拉致問題にしゃしゃり出た安倍晋三、それに騙されていまや「職業は拉致被害者家族」になってしまった横田夫妻以下の家族会諸氏よ、北朝鮮が非核化に応ずるようなことになってしまったなら、君たちは我が国民に対して相応の落とし前をつけなければならない。そんなことにならないようせいぜい彼の国の将軍様の気まぐれが再度十分に発揮されるようお祈りするがいい。君たちはその方が幸せでいられるだろう。(3/11/2007)

 病院で**(母)さんにピーマンの肉詰めからツグ叔父さんを思い出した話をした。

 記憶を確かめてみた。**(父)さんたちは結局間に合わなかった。周辺のいろいろの話を聞いた。

 「・・・手術をしてからそんなに時間がたってなかったでしょ・・・、来るときと帰りに、**叔父さんの家に泊まったのね、叔父さんから『暑い名古屋に行って、夏痩せするかと思ったら、太って帰ってきた』って聞いたとき、ほんとに嬉しかった・・・」。電話などない頃だ。手紙だろう。伝えたのは**(祖母)さんに違いない。必ずしもいつもベストだったわけではない嫁姑関係の中で、兄嫁には兄嫁なりの思いがあったのだ。

 いつものように洗濯物を自転車の前かごに積んで新座の家に。**(母)さんと話をするうちに思い出したことがあって探してみた。亡くなってすぐだったと思うがツグ叔父の蔵書が送られてきた。専門書は研究室と仙台寮に託され、名古屋に来たのはわずかな一般書だった。あった。ニーチェ「この人を見よ」、ヘーゲル「哲学序説」。他にファーブルの「昆虫記」やらオパーリンの「生命の起源」などもあったはずだが見あたらなかった。

 「この人を見よ」、箱入りで装丁がしっかりしている。奥付は昭和25年10月10日。新潮社、ニーチェ全集の第9巻、定価330円と書いたとなりに地方売価340円とある。当時としてはかなり高価だったのではないかと思う。「哲学序説」の奥付は昭和23年3月20日。紀元社、定価85円。こちらの方は時代を反映してか、紙が悪い。

 「この人を見よ」の方は学生時代にパラ読みしたことがあるが、ヘーゲルの方は敬遠して読まなかった。繰ってみると中程に写真が三枚挟まっていた。そのうち二枚は同じ女性の写った写真だった。なかなか、というよりはかなり、という以上に相当の美人。ツグ叔父は32歳で亡くなった。恋人がいてもおかしくはない。しかしこれは少し美人過ぎる。そう思ってみると、写真同好会か何かのモデル撮影会のような気がしないでもない。あした、**(母)さんに見せてみよう。(3/10/2007)

 トーマツ・ナントカから来るPRメール。なぜ安倍首相は小泉首相に比べて迫力不足かという一口話。

 説明は典型的なコンサルタント口調で始まる。「・・・皆さんはメラビアンの法則というのをご存じですか。これはアメリカの心理学者のメラビアン博士が発見した法則ですが・・・」。

 メラビアン博士が、話し手と聞き手のコミュニケーションについて調査したところ、伝えたいことに寄与しているのは、見た目と表情そして身振り手振りなどのしぐさなどが55%、声の大きさや声音、テンポなどが38%、話している言葉の内容は7%だったんですと法則を説明してから、小泉首相は声に抑揚がありジェスチャーたっぷりだったのに対して、安倍首相はどうもすべてに地味で声も平板でいまひとつ魅力に乏しいため分かりにくいという印象を与えていると結論する。

 「メラビアンの法則」はパオロ・マッツァリーノ(偽装外国人の由)によれば「都市伝説」の一種なのだそうだ。彼の「反社会学」には「コンサルタントの言うことの55%はウソで、38%はハッタリで、真実は7%だけ」とあったが、これは経験的に言ってかなり正しい。彼らが作成する資料の93%は使い回しでクライアントのために書き下ろすのは7%なんだろうというのは当方の偏見。

 話を元に戻す。安倍が訴えかけに乏しいのは声質のせいでも身振り手振りが控えめなせいでもない。そもそも内容が旧態依然たるイデオロギーの絞りかすであるため、新鮮みに欠けることを本人がよく知っているからだ。つまり安倍は最初からコミュニケーションをとる意欲などないのだ。

 逆に小泉が抜群の訴求力を持つのは思いこみの激しい性格が幸いしているだけのことで、あのジェスチャーは単にたいていの人間は自分と同じ考えに立つと信じて疑わないからできるだけのこと。

 結果的にはいずれの宰相に任せても、世の中を悪くするだけという結果は変わらない。それは、ちょうど、コンサルタントに多額の報酬を払いながら、ハッピーになったクライアントが驚くほど少ないという厳粛な事実に似ている。(3/9/2007)

 おととい、きのうとハノイで行われた六カ国協議日朝作業部会は第一日目は午前中、第二日目は45分間で終了した由。一方、並行して伝えられるアメリカと北朝鮮による作業部会の方は前夜祭(金桂寛はブロードウェイミュージカルに招待されえらくご満悦だった由)プレゼントまでついて、双方ニコニコ、大盛り上がりだったという。マスコミはこの数日その対比をいろいろに報じてきた。

 一方のプレイルームでそこそこの収穫があるゲームが成立するならば、拉致問題という「国家犯罪」が取り扱われるプレイルームで辛気くさいゲームをする気にならないのは当たり前のこと。日朝作業部会が爪の先ほどの成果も上げられないことは素人でも予想できた。そんなことより、おととい、毎日のサイトに載った記事はかなり刺激的なものだった。「テロ支援国家指定解除:米政府、拉致問題解決前提にせず」という見出し、毎日の取材に対し、複数のアメリカ政府高官が北朝鮮のテロ支援国家指定解除に際して、アメリカ政府は日本人拉致問題の解決を指定解除の明確な前提条件にはしていないと語ったというのだ。記事はこのように書いていた。

 日本政府が「拉致問題の解決を抜きにテロ支援国家の指定解除はない」との認識を示していることについて米政府高官は「憶測に過ぎない」と明言、「同問題では米国の立場はまだ決まっていない。まず、北朝鮮の指定を解除するかどうか米政府の内部検討プロセスを経ねばならない。拉致問題が解決しなければ指定解除しないというのは米政府の立場ではない」と語った。
 また、別の米政府当局者は「テロ支援国家の指定解除と拉致問題をどう関連付けるかは今後の核交渉がどう進展するかなど全体的な文脈で判断される」と語った。ヒル次官補も同問題では「日本と密接に協調していく」と述べるにとどまり、言質は与えていない。

 拉致問題を考慮に入れないということではないのだが、メインテーマである朝鮮半島の非核化に向けた流れにそうならば、拉致問題の解決がなくとも「テロ支援国家の指定解除」はあるというのは冷静に考えれば至極当然の論理。

 もちろん、そういう場合には何らかの説明がアメリカから日本に対してなされるだろうとは思う。しかし・・・そこで気になることがある。従軍慰安婦の件だ。

 従軍慰安婦も拉致もともに重大な人権侵害、かつ国家犯罪だ。「従軍慰安婦問題に対し誠実に向き合わないような国の拉致被害を真剣に取り上げる必要があるだろうか?」と指摘をされることがあるとしたら、安倍首相はどのように答えるのだろう。「それは解決済みだ」、「一部の者がしたことで政府が組織的に行ったことではない」、「その件は謝罪もしている」、・・・、このような抗弁、どこかで聞いたような言葉ではないか。

 安倍はわざわざ薄氷の上を歩いているのだ。愚かにもその意識もなしに。(3/8/2007)

 弁当のおかずはピーマンの肉詰めだった。「肉団子か」と思ったらすぐそばにピーマンがあってそれと分かった。ちゃんとできていたら、何も思わずいつものように食べただろう。「ピーマンの肉詰めかぁ」、この一呼吸の間が、ツグ叔父さんを思い出させた・・・、いまこうして書くと、なにか「マドレーヌ菓子の話」をまねたような気がしてくる。では時が失われる前に書いておこう。

 ツグ叔父さんは肺結核で長い間簾舞の療養所にいた。一度、**(母)さんに連れられて療養所に見舞った記憶があるが、物心ついたかつかないかのことで正確には憶えていない。一年生になった夏休み、南明町の家に来て、一月ほど逗留していった。暮らしはけっして楽ではなかった(それは叔父さんへ仕送りをしているせいでもあった)から、もてなし風のことで記憶にあるのは**(父)さんと三人で中日球場へナイターを見に行ったくらいだったが、叔父さんは濃密な記憶を残していった。小学校に上がったばかりの甥に、テコの原理から動滑車までをじつにわかりやすく教えてくれた。説明がうまければたいていのことは子供に理解させることができるものなのだ。叔父さんのノートにはきれいな図と記号がたくさん書かれていた。そのノートの美しさはそのまま「学問」の美しさとして子供の脳裏に焼き付いた。

 札幌から名古屋までの旅に耐えられるほどに回復してはいたけれど、体力面を考慮して叔父は工学部ではなく理学部、それも植物方面の学科に復学していた。その年の暮れに来た手紙には北大の助手として採用が決まったことが書かれており、**(父)さんはそれを我がことのように喜んでいた。年が明け、たしか元日の夜だったと思う。電報が来た。**(父)さんと**(祖母)さんが札幌に向かった。まだ汽車と連絡船を乗り継ぐ時代だった。ふたりが間に合ったのかどうかは、聞いたはずだが、憶えていない。憶えているのは**(父)さんの暗い顔だけ。自分には適わなかった夢をツグ叔父にかけていたと知ったのはずいぶん後のことだ。

 ピーマンの肉詰めはツグ叔父さんの好物だった。「ピーマンの肉詰めっていうんですか、きょう、初めて食べました。おいしいですね」。そんな会話があったんだろう、**(母)さんは気をよくして、その夏休みは、心なし、ピーマンの肉詰めが多かった。

 食事が終わるとツグ叔父さんは決まって両手を後ろに上体を斜めにするポーズをとった。**(祖母)さんが咎めても「消化にいいんです」と言って、それだけは改めようとはしなかった。簾舞の療養所で描いた水彩のこと、南明町の二階のベランダに並んで座って入道雲の観察をしたこと、・・・、小さなエピソードがどんどん噴出し、涙が出てきた。五十男が泣きながらピーマンの肉詰めを食った、そんな昼餉。(3/7/2007)

 朝刊によると、鹿児島選挙違反冤罪事件、検察は控訴を断念する方向の由。控訴期限は9日。今週末には先日の一審全員無罪判決が確定することになる。買収したというのにそのカネの出元も使い先も立証できず、4回開かれたとしながらそのうちの2回についてはアリバイが成立してしまう、アリバイが設立すると困るからだろう残り2回については会合の日時を特定しなかったというから、そもそも恥をかくために起訴をしたようなものだ。

 きのうの朝刊には真犯人が判明したときには濡れ衣を着せられた人物は刑期を終えていたという富山強姦冤罪事件の当事者に対するインタビュー記事が載っていた。

 ・・・男性によると、任意の取り調べの際、取調官から「家族が『お前に違いない、どうにでもしてくれ』と言っている」などと何度も迫られた。「犯行時間帯には電話をかけていた」と訴えても、取調官は「相手は電話を受けていないと言っている」と認めず、「家族にも信用されていないし何を言ってももうだめだ」という心境になったという。
 逮捕後、思い直して、検察官と裁判官に対し一度は否認した。その後、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ、バカヤロー」と怒鳴られた。翌日、当番弁護士にも否認した。すると、取調官から白紙の紙を渡され、「今後言ったことをひっくり返すことは一切いたしません」などと書かされ署名、指印させられた。「『はい』か『うん』以外は言うな」と言われ、質問には「はい」や「うん」と応じ続けたという。
 ・・・(略)・・・判決を言い渡され「申し訳ございませんでした」と言ったが、「やってもいないのに、何でこんなことを」と悔しくて涙が出たという。・・・(略)・・・一番つらかったのは、判決前に、入院中だった父親を亡くした時だ。拘置所に面会に来た人に「お父さんは悲しんで死んでいった」と言われ、一日中泣き続けた。1月の無実判明後、地元には帰っていない。騒がれ近所に迷惑をかけてしまうと思うからだ。「墓前に無実を報告していないので、早くしたい」
 県警や富山地検はそれぞれ「故意または重過失ではない」、「職務上の義務に反したわけではない」と、当時の捜査関係者を処分しない方針を示している。・・・

 彼は「処分しないと聞いたときは腹が立った。処分がないというのは『間違った取り調べをしていない』と言うのと同じ」と語っている。鹿児島選挙違反冤罪事件を担当した野平康博弁護士は「これはもはや冤罪ではない。捜査機関がグルになった犯罪だ」と言っている由。

 双方の事件について、各々の県警はまず取調官の個人名を公表し、少なくとも捜査関係の部門からは排除すべきだろう。警察署の玄関警備に立たせ、首には「わたしがあのでっち上げ捜査をした係官です」という看板をぶら下げさせて苦情処理専門係にしたらよい。感情的なクレーマーが来たときには、警察にとって「冤罪」であってもひたすら土下座する役目を退職の日まで担当させるなどというのはどうか。人権無視には違いない、いじめになるかもしれない。だが他人の人権を認めなかった警察官の人権尊重など、まさに伊吹文科相言うところの「人権メタボ」そのものだろう。踏みにじられて初めて「でっち上げ警察官」も自らがなした「罪」の深さを知るに違いない。

 さあ、鹿児島県警よ、富山県警よ、件の「でっち上げ警察官」の氏名と面体を公表しろ。(3/6/2007)

 従軍慰安婦の件がアメリカ下院外交委員会で取り上げられ、日本政府に対して謝罪を要求する決議案が可決されそうだという。

 安倍首相はきょうの参議院予算委員会審議で民主党の小川敏夫の質問に対してこんなやり取りをした由。

小川 旧日本軍の慰安婦問題に対する安倍首相の最近の発言は「強制性はなかった」という主張なのか?
安倍 河野談話を基本的に継承している。
自ら自発的にその道に進もうと考えた人はいなかっただろう。
中間に入った業者が事実上強制したという事例があり、こうした広義の解釈において「強制性」はあった。しかし官憲が家に押し入って誘拐するかのように連れ去ったという意味での強制性があったという証言はない。
小川 証言がないとはどういうことか。
安倍 裏付けのある証言はないという意味だ。
もし決議が採択されたとしても謝罪することはない。決議案は客観的事実に基づいておらず、日本政府のこれまでの対応も反映されなかった。政府としては日本の立場が理解されるよう努力する。
小川 きちんと謝罪しないと日本が戦争に対する反省をしていないと受け取られる。
安倍 戦後60年の日本の歩みは高く評価されてきた。小川氏は日本の歩みをおとしめようとしている。

 第一問、従軍慰安婦は存在したのか、存在しなかったのか。第二問、従軍慰安婦は志願したのか、徴用されたのか。首相の第一問に対する答えは「従軍慰安婦は存在した」であり、第二問に対する答えは「従軍慰安婦は徴用された」である。これで答えは出ている。大日本帝国が軍専用のセックス・ドールを朝鮮、中国、フィリピン、オランダ、インドネシアなどから本人の拒否権を認めない方法で徴用したことは、歴史修正主義者以外は広く認めている。河野談話はそれを明確にした上で謝罪した。これですべて「解決済み」だったのだ。だから首相安倍晋三は「河野談話を継承している」。

 総理になる前の安倍晋三に代表される日本人のクズどもは、「そもそも従軍慰安婦など存在しない。いたのは軍向けの売春婦だ」、「その売春婦も本人の自由意思ないしは親兄弟の同意のもとに売春業を行っていただけだ」、「今頃になって慰安婦だったなどと名乗り出る女はカネほしさからウソをついている不心得者だ」などという主張を日本国内でのみチマチマとやっていた。

 首相の答弁にある「高く評価されてきた日本の歩み」というのは河野談話に代表されるもののことであり、「その日本の歩みをおとしめようとして」きたのは誰でもない「総理大臣になる前の安倍晋三」や「一握りの歴史修正主義者たち」だ。戦後60年たってまだこんなことに足を取られるのは「彼ら」がくだらない世迷い言を忘れた頃になると繰り返すからに他ならない。「反日」的行為を行って日本という国をおとしめているのは「彼ら」なのだ。

 首相、安倍晋三よ、「広義の強制性」だの「狭義の強制性」だのという自分でも何を言っているのだかよく分からない概念で首相の肩書きを外したときの「安倍晋三」に媚態を示すのはやめることだ。官憲が関わるような「狭義の強制性」(ナンノコッチャ?、どこが広くて、どこが狭いのだ、バカバカしい)はなかったなどと言っても、この問題に関する限り大日本帝国の恥ずかしい正体は隠せないのだから。

 それにしても安倍というのはどうしようもないバカだ。北朝鮮との二国間作業部会が開かれようとしているその直前にわざわざ「慰安婦決議があっても謝罪しない」などと見得を切ることはなかろう。「従軍慰安婦」と「拉致問題」の距離はけっして遠くはないということが分からないのだろうか。(3/5/2007)

 午後、病院へ。ベストを着て薄手のウィンドブレーカーを羽織って出かけたのだが暑いくらい。**(母)さんは緩和ケア科に移ってすぐに尿バッグを外した。その関係でケアパットの消費量が増えている。補充のために行った売店で週刊新潮を立ち読み。滅多に権力側に噛みつくことのない新潮の吊り広告に「もう政治利用はやめて:拉致被害者家族に批判された安倍首相」のコピーがあったからだ。

 先週の不自然な被害者会見セレモニーは、あの週刊新潮にして、ひとこと書かずにはいられなかったらしい。記事を読んで驚いたのは会見セレモニーの時間は10分、しかも最初から最後までテレビカメラを立ち会わせて、互いに目を合わせることのない「懇談」だった由。一時期、家族会を牛耳っていた蓮池薫の兄、蓮池透は「10分間のことでしたが、弟の話では気を遣わなくてはならなくて、ずいぶん疲れたと言うことでした」と語った由。記事も拉致問題の膠着がこのまま進むようなら、それが安倍政権の命取りになりかねないと結んでいた。

 どうやら権力内部では安倍の命数は尽きかけているようだ。権力にひたすら忠実な札付き週刊誌の「丁寧な政権批判」は次の政権への地ならしなのかもしれない。(3/4/2007)

 **(家内)が「浅野さんはオリンピック招致にはどういう意見なの?」という。「オリンピック招致そのものはプライオリティの低い問題で都知事選の争点にはしないというようなことを言ってるらしいよ」と答えた。たぶんかなりの人はオリンピックの「開催」という点に幻惑されているのだろう。

 しかしそのオリンピックは来るとしても2016年の話だ。石原慎太郎がそのときまで生きているとしても84歳になっている。おそらく慎太郎の関心はオリンピックの「準備」にあって、オリンピックの「開催」にはないと思う。

 石原は浜渦武生副知事を使って、いくつかの都市再開発事業の取り仕切りを進めてきた。ことし着工、再来年の春に完成する大手町再開発、築地中央卸売市場の豊洲移転などだ。前者の関係では浜渦以下石原子飼いの連中が自民党都議に追い出された事件があったし、後者については移転先の東京ガス跡地が土壌汚染のデパートのようなところで根強い反対運動が続いている。

 再開発計画の過程に山ほど出てくる利権の調整でたんまり稼ぎたいというのが石原慎太郎の本音だ。しかしなるべくならば調整に汗をかきたくはない。大小様々の都市再開発事業を抵抗なく、また仮に抵抗があったとしてもそれを黙らせるに十分な「錦の御旗」があればこんな便利なことはない。それが「東京オリンピック」というわけだ。オリンピック施設の整備のために再開発に応じてほしいといわれれば、それを蹴飛ばすことはなかなか難しい。これほど有効な「錦の御旗」はない。石原がとつぜんオリンピック招致に名乗り出たのはこんなところだろう。

 黒川紀章のナゾの立候補宣言、それが「東京オリンピック反対」を打ち出したことも、緒戦で利権調整の場から外された連中が利権争奪戦のリセットをもくろんでのことと考えるとナゾではなくなる。

 もしオリンピックを争点にするならば「開催」論議ではなく「準備」論議をするのでなければ、狸と狐の化かし合いに目を奪われるばかりになるだろう。(3/3/2007)

 都知事選の告示は今月22日。民主党の打診をかたくなに断った浅野史郎が、おととい、立候補の意向を表明した。立候補表明は共産党推薦の吉田万三、先週半ばに突如ナゾの立候補宣言をした黒川紀章の4名となっている。

 今朝起き抜けの「スタンバイ」が「石原都知事が個人都民税全額免除を打ち出した。サンケイ一紙のみの記事」と伝えていた。会社について始業前にサンケイのニュースサイトに当たったが、その記事はなかった。いまgoogleのニュース検索をかけてみると、時間順で一番早いものは読売、次に時事通信、不思議なことにサンケイのサイト記事は夜になってのものになっている。

 前宮城県知事の出馬とあって、小心者の石原、早速反応したらしい。なんとまあ臆面もないやり方か。都民税の「全額免除」ときた。それをあえてサンケイにリークして予告記事を書かせる。権力者の走狗を自認するサンケイ新聞もさすがに恥ずかしくてサイト記事はほかのメディアが伝えてから掲載したのだろう。どちらかというと低所得で少し知識レベルの劣るサンケイ新聞の購読者層は「個人都民税全額免除」の見出しにすっかりつられたに違いない。サンケイの記事を書き写しておく。

見出し:個人都民税全額免除を正式に発表 石原知事

 東京都の石原慎太郎知事は2日の定例記者会見で、生活保護の対象となる水準の給与や年金収入しかない低所得者を対象とする所得割の個人都民税(住民税)を平成20年度から全額免除することを正式に発表した。
 石原知事は都民税の全額免除を4月の都知事選の公約の一つにするとし、「長いこと研究してきた。一種の福祉だと考えている」と語った。
 石原知事は会見で、国の三位一体改革による税源移譲にともなって、生活保護基準程度の収入しかない人に新たな税負担が発生している現状を懸念。「セーフティーネットが不十分な中で、ゆがんだ税制を放置すれば、社会の安定と活力が失われかねない」と述べ、税法上の不均一課税という考え方のもと、約60万の都民を対象にするとした。

 当たり前の話だが都民全員の都民税を免除するわけではない。サンケイの記事でも対象となるのが最低ランクの所得層だけだということはわかる。バカなサンケイ読者はおれのことだとだまされるかもしれないが、読売の記事を読むとサンケイの記事にある「所得割の個人都民税」という言葉の意味がもう少しよくわかる。

 住民税は、前年の所得で税額が決まる所得割り部分と、定額で課税される均等割り部分に分かれる。三位一体改革で国から地方へ3兆円の税源移譲が行われるのに伴い、今年6月から、所得割りの税率は現行の5%、10%、13%の3段階から一律10%に改められる。このため、所得200万円以下の場合は所得税は少なくなるものの、住民税は5%の増税になる。
 都民税の所得割り部分が免除されるのは、生活保護を受けていたり、年金受給者などで同水準の収入しかなかったりする人。具体的には生活保護基準の年収166万円の単身者では1万9000円、同270万円の母子2人の家庭では1万8500円の減税になる。

 サンケイの記事にだまされるような読者はがっかりするだろうが、都民税がまるまるゼロ円になるわけではないのだ。(かつて渡辺美智雄は「毛針に引っかかるようなサカナは頭が悪い」と言ったが、さしずめサンケイ読者などは「毛針読者」と呼べるかもしれない)

 石原はきょうの会見で「これも社会福祉のひとつだ」と言っていたが、弱者に負担を押しつける小泉改革の目に余る部分を補正することを「社会福祉」という言葉で言い表すような感覚は芸術家を自認する石原がすでに小説家としても終わっていることを意味している。

 それにしても石原の記者会見の映像は見ものだった。すっかり昔のチック症が再発していた。きっと浅野という強敵の出現に根っからの小心者の不安な表情が隠しもならず出て来たためというところか。

 都民はそろそろこの「小皇帝」を退位させるべきだ。こんな選挙スローガンはどうだろう。「私物化された都政を都民の手に」。(3/2/2007)

 衛藤晟一の復党願いがちょっとした騒ぎになっている。衛藤は郵政民営化法案に反対し、おととしの衆議院議員選挙は無所属から立候補して落選した。「志なき政治屋」(党の体制に逆らって郵政民営化に反対したということは当時は曲がりなりにも志があったのかもしれぬ)は選挙に落ちれば乞食以下になる。落ちて天下の秋を知ったからかどうかはわからぬが志は疾く失せたものと見え、一日も早く乞食生活を脱したい一心で7月の参議院議員選挙をねらって復党願いを出したらしい。「思想信条をともにする」安倍のお友達だということがアピール・ポイント。

 ドンピシャだったか、あらかじめ安倍と話ができていたのか、安倍は中川幹事長に「志が同じ仲間といっしょに美しい国作りをしたい、是非とも復党させろ」と指示を出した。「お友達、仲良し」だけを優遇する「インサイダー宰相」らしい発想で苦笑するばかり。

 いくら安倍のごり押しとはいえ、去年秋、郵政造反派の衆議院議員の復党に際して踏み絵を強要した中川のことだから、落選乞食の復党など論外とはねつけるものと思っていたが、どうやら安倍のたっての願いを入れることにしたようだ。(平沼がこれを聞いてどんな気持ちでいるか興味があるところだが、脳梗塞で倒れリハビリの毎日、それどころではないらしい。いや、この話を聞いたなら、もう一度発作を起こして逝ってしまうかもしれぬて、呵々)

 衛藤の復党騒ぎで得心のいったことがある。例の「絶対的な忠誠、自己犠牲の精神」発言のことだ。この日曜も中川は宝塚市での講演で「安倍首相にもお許しをいただいたので何度でも言う。閣僚らは忠誠と自己犠牲を総理に捧げるべきだ」と話したそうだ。安倍がどんなにトンチンカンなことを言ってももともと頭が悪いのだからさして気にはならないが、それほどバカとも思えぬ中川が「総理にはリーダーシップがない」と繰り返すのは気になった。しかしこの騒ぎでその謎が解けた。「忠誠・自己犠牲」発言は中川の将来に対する言い訳、「衛藤復党は明らかに間違ったことだった。だが忠誠を尽くすべき総理のご指示である以上、従わなくてはならなかったのだ」と、いう。本当に小粒な奴らばかりになったものだ。(3/1/2007)

 朝刊に日本版NSCの記事。書き出しはこうだ。「日本版の国家安全保障会議(JNSC)創設を盛り込んだ報告書に、安倍首相は『まさに私の構想に沿ったものだ』と胸を張った」。

 記事はいくつかのポイントを上げている。その1、早期の秘密保護法整備。「出席者が『JNSCと結びつけるのは筋違いだ』と指摘すると、議長代理の小池百合子首相補佐官が『首相の意向です』と強調。塩崎官房長官も日米同盟強化にからめて情報管理の重要性を説いた」とある。その2、財務相の排除。「『財務相が入らないのは問題だ。高橋是清蔵相は軍事費を抑えて軍部に暗殺された』。2月上旬、メンバーの塩川正十郎元財務相は財務相の参加を求めたが、首相は『コアではない』と拒否」したのだそうだ。その3、既存官庁の権限は不変。「結局、報告書では『JNSCは現行の安全保障会議と同様に首相の諮問機関であり、外務省や防衛省など関係官庁の権限を変更するものではない』と記され、事実上、『縦割り行政』を追認する内容となった」という。

 現在あるのはN(国家)をつけないSCJ(Security Council of Japan)。その昔「国防会議」といういかにもな呼称であったものをいつの頃からか「安全保障会議」と呼ぶようになった、それ。メンバーは首相、総務相、外務相、財務相、経産相、国交相、防衛相、官房長官、国家公安委員会委員長。各国のNSC相当の組織構成に比べると、経産相、国交相、公安委員長が贅肉。

 話を戻す。JNSCの創設報告書で可笑しいのは、じつに唐突に秘密保護関係法の整備があげられていることと、議院内閣制の国でありながら内務相(この国では総務相という)と財務相が落とされていることだ。安倍はよほどこの国をアメリカの属国にしたいようだ。いっそのこと日本政府など廃止してしまったらどうだといいたくなる。

 それにしても安倍晋三は二重に何かを作ることが好きな男だ。中央教育審議会に教育再生会議などはその典型。ナントカ担当補佐官もその現れ。既存の組織の外側に「まがい物」を作るのが安倍のやり方だ。いっそのこと現在の組織を新しく作るものに改組すればよいのだが、「保守主義者」である安倍にはそれができないらしい。だから屋上屋ばかりがどんどんできて、「まがい物」組織がまとめたものを既存組織がばたばたと検討し直すという異常事態が日常化しているのだ。この日曜日に中教審が招集された。マスコミは「異例のこと」と報じていたがもっと本質的なことを指摘すべきだろう。どちらかが「ムダだ」と。

 ではなぜこんなことになるか。安倍晋三に根深い「学歴コンプレックス」があるからだ。「学歴コンプレックス」というのは正確ではない。高等小学校卒の田中角栄にも「学歴コンプレックス」はあった。しかし田中は尋常ならざる努力によって官僚たちと互角に渡り合ったと伝えられる。安倍も努力はしたのかもしれないが、いかんせん頭が悪すぎてどうにもならなかったのだろう。そこで彼がとった戦略が「まがい物」組織の濫造だったというわけだ。

 立花隆の「メディアソシオ・ポリティックス」の第97回「お粗末大臣のクビを切れない安倍内閣の『弱さの理由』」に、立花はある高級官僚OBの「・・・あの人(安倍のこと)は、官僚を遠ざけようとして、高級官僚とサシでは会わないなんてルールを作ってしまったために、官僚機構が動かなくなっていた。多分高級官僚とサシで会うと、情報力でも政策力でも、対面交渉能力でも圧倒されてしまうので会いたくなかったのでしょうが・・・」という言葉を紹介している。安倍の作った「まがい物」組織の顔ぶれを見れば、「能力」コンプレックスに取り憑かれた安倍晋三という男が自分の安心(安晋?)のためだけに公金を濫費している風景が丸見えに見える。(2/28/2007)

 1952年7月というから朝鮮戦争のさなか、旧陸軍幹部らが再軍備に消極的な当時の吉田茂首相を暗殺する計画を立てていたというニュース。機密解除されたCIA文書に記載されていた由。毎日新聞は共同電を伝えた後、ワシントン駐在記者の記事も載せている。読売にはニューヨーク駐在記者の記事。どういうわけか朝日とサンケイにはない。

 暗殺計画を立てていたのは旧陸軍参謀本部作戦課長だった服部卓四郎をリーダーとする6名。この計画を服部と親しかった辻政信が「敵は保守の吉田ではなく社会党だと」として断念させたのだという。

 この手の話には気をつけた方がいい。この話、週刊誌などに陸軍某氏語るとして載ったなら、多くの人は別のソースから裏付ける話が出るまでは眉に唾をつけて読むはずだ。ところがCIAの内部文書がソースと伝えられるとたやすく信じ込んでしまう。もしかしたらその記載は陸軍某氏から聞いた話をCIA係官がそのまま書き留めただけのことかもしれないのに・・・。悪意の人だけがウソをつくわけではない。善意の人もなにか別の事情を隠すためか、何かを持ち上げるため、あるいは格別の目的もなしにウソをつくことはある。

 ただ吉田は軍からは一貫して「危険人物」と見なされ憲兵隊にあげられ拘置されたこともあった人物だったから、陸軍の残党がつけ狙ったとしても不自然な話ではない。国のためと自分たちの利益のための区別がつかない(つけない)旧軍高官が、敗戦の後も「テロ」と「クーデター」でものごとを解決しようという貧しい発想法から自由になれなかったとすれば、なにがしかの真実性はあるのかもしれぬ。「火のない所に煙は立たない」という言葉もあることだ。(2/27/2007)

 関西電力のメンテ担当部門の責任者、計六人が業務上過失致死容疑で書類送検された由。

 事故が発生した04年8月9日、滴水録には「関西電力のリスクマネジメントはみごとに確立している」と書いた。だが、こうして刑事責任を問われる結果を招いたわけだから、関電のリスクマネジメントは表面的には失敗だったということになる。

 しかし関電の正社員は死んでいない。負傷者さえいない。何しろメンテナンス作業の現場に正社員は誰一人立ち会っていないのだから当たり前だ。書類送検されたのは現場の課長レベル。経営の責任者はもちろんのこと、事業所幹部すら対象となっていない。おそらくは起訴猶予処分になるだろう。

 関電の支払ったものは一時的な対面の悪さだけに落ち着いた。リスクの高い場所の安全性の確保コストと下請け会社の作業員の生命単価を天秤にかけて、みごとにコストセーブを達成したということだ。

 最近ことあるごとにマスコミに出てくる奥谷禮子――下品で下劣な人間を現実化したら、こういう面構えで、こういうパーソナリティで、こういう発言をするだろうという見本のような「女性」だが――に言わせれば、「こういう作業に従事することも自己責任であり、自己管理のひとつです。経営者がそれにつけ込むことこそマネジメントです」と絶賛するだろう。関西電力の原発部門に拍手。(2/26/2007)

 井出孫六の「心の風景」は先週の二回に続き、月・火・水の三日間掲載された。水曜日掲載分の文末の感じではあしたも続編があるのかもしれない。そのまま書き写す。

 鹿児島原告団の団長・鬼塚建一郎さんは吉林省敦化県の収容所で酷寒の2月、実母テルさん死亡のあと孤児となり、周囲の大人たちの手で粟20キロと引き換えにケ兆学、李振清夫妻に預けられた。
 ・・・(以下、こちら)・・・(2月19日「養父母の慈愛」)

 黒竜江省延寿県の貧農・劉銘遠夫妻は生後間もない乳呑児を抱えた日本婦人から3歳になる重病の幼女を引き取った。母親の残していった紙片に「石坂万寿美」とあったことから、養女は寿美と名づけられ、劉夫妻の手篤い看護で命をとりとめた。
 ・・・(以下、こちら)・・・(2月20日「戸籍から消された名前」)

 東京原告団の田中文治さんは身元未判明。帰国前、牡丹江市体育学院校長の頃、2度にわたり山崎豊子さんの取材を受けたという異色の人。
 ・・・(以下、こちら)・・・(2月21日「『大地の子』の新たな旅」)

 石坂万寿美の戸籍を抹消させたのは安倍晋三が敬愛する祖父、岸信介が作った「未帰還者特別措置法」だった拉致問題に熱心な安倍だが祖父が切り棄てた中国残留孤児の救済にはさしたる熱意を示さない。先日の東京地裁判決が神戸地裁判決同様のものであれば、小泉のハンセン病裁判を真似て人気とりを狙うつもりだったらしいが、当てが外れていいところが見せられぬとなるや突如冷淡になったようだ。弔問に訪れた相手の名前を間違えるような人非人らしい話だ。

 その人非人、きょうは中越地震被災者を激励し、そのあとは拉致被害者とテレビ目線で「会話」、なんとか北朝鮮ヒステリーよもう一度とばかり、さもしい人気とりをやっていた。(2/25/2007)

 きのうの夕刊の1面と23面はなかなか皮肉な対照をなしていた。

 まず1面は03年4月に行われた鹿児島県議選の選挙違反事件に対する鹿児島地裁判決に関するニュースだった。判決は「元県議ら12人全員無罪」。判決理由は「犯罪の証明がない」。検察の自白調書については「脅迫的取り調べがあったことをうかがわせ信用できない」。これほど徹底的に警察・検察の捜査と起訴、立証を全否定した判決はない。この事件はテレビ朝日の「ザ・スクープ」が04年に「犯人はこうして作られる〜検証!鹿児島事件・取調室の闇〜」として取り上げ、見込み捜査と警察の面子に引っ張られた典型的な冤罪事件という見方が出ていたもの。

 そして23面。今月はじめから報ぜられているヤマハ発動機の産業用無線ヘリコプターの中国輸出事件について、ヤマハの事業部長と朝日記者との一問一答が出ている。これと神浦元彰の「軍事情報」に掲載されたものを読み合わせると、ここでも技術的知識に乏しい経産省の役人、そして福岡と静岡の両県警警察官が権限を振り回して思い込み捜査に入れ込んでいる様が見えてくる。

 前者は冤罪が冤罪と認定されようとしている段階。後者はこれから冤罪が作られようとしている段階。警察はテレビ局以上の捏造機関になりうる。まさに「冤罪あるある大事典」だ。

 件のヘリについて、神浦はこんなことを書いている。・・・注)2月24日の項

 現実的な話しをすると、サマワで自衛隊がこのヤマハ製無人ヘリを運用したが、只の一度も夜間に宿営地に向けて迫撃砲やロケットを発射する者の姿を捕らえることができなかった。ロケット弾の発射音を聞いてヘリを発進させても間に合わない。まあ役に立ったといえば、夜間に宿営地の上空を飛行させ、そのエンジン音でゲリラの接近を威嚇する程度のことであった。すなわち"案山子(かかし)"程度しか役に立たなかった。
 九州の陸上部隊でこの小型無人ヘリの運用を研究しているが、関係者の話しでは小型無人ヘリは強風に弱く、またペイロード(つり上げ荷重)が少なく、飛行時間(距離)も短く、軍事面(全天候)で効果的な運用は無理だったと聞いた。
 ヤマハの小型ヘリに中国軍が興味を持っているというが、世界の無人偵察機のハイテク技術とは全く異質なものである。中国海軍でこれを艦船に搭載するようなバカはいないし、陸上部隊がこの程度の無人偵察機を使うようなら、それは北朝鮮軍並みのローテク部隊の証明であるからだ。

 夕刊の一問一答にもこんなやり取りがある。

――ヘリは操縦できなくなるとホバリングして降下する。捜査当局はこの機能も自律航行にあたると言うが。
「それは自律ではない。自律航行とは目的したところに飛んでいくこと。自律かどうか経産省が決めると言うが、それでは黒いものを白と言えという、専制君主のようなものではないか。国の権力でそう言われたら手が出せないが、我々はきちんと判断している。一般常識とかけ離れたことを言って、受け入れられると思っているのだろうか」

――視認できる範囲を越えて操作できるという指摘もあるが。
「ヘリはマニュアル機なのだから、視界を越えて飛行するのは不可能だ。遠くに行ってしまった時は、どの方向に進んでいるか分からなくて正確に操縦できないのだから」

 ヤマハの事業部長の苛立ちは十分に理解できる。自動制御と自律制御の違いも分からないバカ野郎がしたり顔で取り調べなどをするとしたら、もうそれは十分にカフカ的な世界の話になってしまう。捜査本部はテレビカメラをつければ、マニュアル機でも操縦者の視界外のエリアでも操縦ができるとしているそうだ。そういう判断をしている捜査官の顔が見たいものだ。世の中には途方もないアホウがいるものだ。

 そうだった、この国の現在の宰相は上空を通過することのないミサイルを迎撃するなどとほざいていたっけ。大学をおそらくはモグリで(モグリでないとすれば、成蹊大学は大学の名に値しない大学になってしまう)卒業したバカが権力を握り、技術の初歩の初歩すら知らぬ(このていどのことは技術の問題というよりは単なる健全な想像力の問題だが)役人と岡っ引きがそれを支えている。はあ、なんとまあ情けない、愚かな国よ。(2/24/2007)

 最近は少なくなったが、その昔は、同級生だったとか、なにかのサークルで面識があったとか、そういうつながりだけでとつぜん電話をかけてきて、「どうしてる?」から始まって、「いま、英会話の教材を紹介する仕事をしているんだけど・・・」とか、「偶然のことでね、使い始めたナントカなんだけど、すごくいいんだ。あちこちわけてあげて感謝されてるんだけどね・・・」などということがけっこうあった。まあ知り合いには違いないからあまり素っ気なくするわけにもゆかず、もてあまし気味に相手をしてあげたが、ほんとうのところは「営業先がないのかもしれないけど、ダメだよ手抜きしちゃ。いくら手っ取り早くても、こういうのは営業とはいわないんじゃないの」と言ってやりたい気持ちになったものだ。

 20日に来日したチェイニー副大統領のニュースを見聞きするたびに「あれだね」と思った。中間選挙惨敗の前後から猖獗を極めたネオコン一派と戦争好きの大統領の存在感は薄れる一方だ。自分の首席補佐官リビーの機密漏洩事件の評決が近いから、チェイニーにはできるならアメリカにいたくない事情があるのだろう。かといってラムズフェルトと共謀してイラク戦争をでっち上げた「政治的詐欺師」を温かく迎える国などもはや限られている。残された任期は二年弱。いまさら頭を下げて「営業」してまわる気力もない。

 「テロとの戦い」という賞味期限切れの「商品」のセールスマンとしてチェイニーがどれくらいやる気を失っているかは、訪日の足かけ三日間のスケジュールを見れば分かる。訪問の相手は塩崎官房長官、安倍首相、麻生外相、在日米軍幹部+自衛隊幹部、横須賀市長、・・・、そして横須賀基地の空母「キティホーク」でのスピーチ、横田夫妻への十分間のリップサービス(ネオコンも拉致問題を取り上げるほどに落ちぶれたとはね。アメリカはアメリカが行った「拉致犯罪」についていまEUから追求されようとしているのだから大嗤い)。行きやすいところだけをまわっているだけのことだ。

 統合幕僚長と会いながら省に昇格したばかりでハイテンションになっている「防衛省」のトップとは会おうとしなかった。バカなこの国のマスコミは久間防衛相のイラク戦争批判発言を嫌ったのだなどと報じていたが、それこそ「自虐的な報道」というものだ。そういう相手とも会談して「営業」するのがセールスマンの仕事。気に入らない「客」を無視するのは営業マンとしては失格だ。ましていまは主力商品の仕様も売上もがた落ちの危機を迎えているのだから。

 無気力セールスマン、チェイニーが選んだのはニッポンとオーストラリア。ギリギリの選択だったに違いない。少なくともアマちゃんのニッポンを選んだことは正解だった。六ヵ国協議合意と拉致問題の板挟みで外交がフン詰まりに陥っている安倍政権(当の安倍はフン詰まりどころではなく潰瘍性大腸炎で垂れ流し状態のため、紙おむつを使用している由)はじつに気前よくポンと126億円をイラク復興に差し出すことにしたのだから。もうひとつの訪問先オーストラリアは凍結状態の外交関係を修復するために北朝鮮に近々外交使節団を派遣する予定とか。ニッポンで「拉致は共通課題」と胸をはったチェイニーがどのような意見をオーストラリア政府に伝えたのかは気になるところだが、とりあえずイラク駐留を続けると答えたようだから、レイムダック・チェイニーとしてはもうそれだけで「大満足」だったのではないか。(2/23/2007)

 みすず監査法人、事実上、解体の方向らしい。カネボウの粉飾に続いて、日興コーディアル(イチローが宣伝していたっけ、あれでずいぶん多くの人が信用したに違いない)の利益水増しのための虚偽記載も見逃していたのだから、信用はゼロかマイナス。

 監査制度と認証制度、少し違う場面ではあるが考えさせられる。不二家の場合、品質ISOはSGSジャパン、環境ISOはJACOの認証を取得していた。受審企業が最初から「見せかけの品質システム」を構築し審査機関を騙すことに徹していたとしたら、たしかにそれを見抜くことは難しい。

 しかしどれほどプアな審査官でも多かれ少なかれ匂いは嗅ぎ取れるものだ。不二家の実態が既に報道されているとおりだとしたら、複数のドキュメント相互の不自然さは絶対に見つけられたはずだ。

 SGSジャパンのサイトには認証サービス事業部名で、こんな「ニュース」文が掲載されていた。

2007年01月18日ISO認証取得企業の不祥事報道等への対応
SGSジャパン株式会社
 ISO認証取得食品関連企業による品質管理等の不祥事について報道がなされております。
 しかしながら、食品関連に関わらずこのようなマスコミ報道がなされた場合、私どもは、当該審査登録先企業に対して、報道された内容についての事実確認を含む調査を実施し、この調査結果に基づき臨時審査の必要性を判断します。
 臨時審査を行った場合に、マネジメントシステムとして不具合な点(不適合)があれば是正処置を当該審査登録先企業に要求し、提示された是正処置の内容次第によっては、認証の一時停止、取消等を行う場合もあります。
 今後とも、消費者を含む関係者の皆様の信頼を得られるようなマネジメントシステム審査登録機関として活動していく所存でございますので、ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

 何度読んでも、この「しかしながら」という接続詞が妙に引っかかる。「しかしながら」を取ってみると文意はストレートに通る。ただ、マスコミ報道がなされるような「不祥事」がない限り、「事実」を見る審査はしないというポリシーでは「安心のための仕組み」として期待されている品質ISOの目的は果たせないし、審査機関として受審企業に対して誠実なサービスを提供しているとも言い難いのだが・・・。

 「しかしながら」、これこそが現在における品質や環境のISOだけではなく、ISMS、Pマークなどの実情なのだ。いまや認証制度は品質の改善にも、環境の改善にも、情報セキュリティの確保にも、個人情報の保護にも役立たない、ただの「お墨付きビジネス」に成り下がっている。

 歴史の浅い認証制度でさえ既にここまで腐っている。もともと恥の文化のもとで、身内でこそこそと処理をしていた時代から始まっている会計監査制度だもの、形式ばかりのものだったと聞かされても別に驚くほどのことではないのだろう。

 日銀が短期金利を0.25%上げて0.5%にした。98年9月以来。先月は「会合で委員は激しく意見を戦わせたというより、『どっちの意見を言っているか分からない』ほど利上げに前向きの意見が目立った」にもかかわらず3−6で引き上げを否決したが、今回は8−1(反対は岩田一政副総裁)だった由。(2/21/2007)

 朝日と読売がそれぞれこの週末行った内閣支持率調査の結果が報ぜられている。朝日の調査値は支持37%、不支持40%で、見出しは「支持・不支持が逆転」、読売の調査値は支持45.3%、不支持42.8%で、見出しは「支持率4ヵ月連続下落」。朝日には「支持は女性(39%)が男性(36%)を上回る傾向が続くが、今回、女性の支持が初めて40%を切った」とあり、読売でも「男女別の支持率は、男性43%、女性48%で、男性は不支持(48%)が上回った」とある。

 調査方法は朝日はRDDなる電話調査で、回答率60%、有効回答数1,940人とあるが、読売は面接方式とはあるものの対象者数は明記されていない。NHKの調査も最近はこのRDDでやっているが、疑問に思うのはまず「電話」の中に携帯は含まれているのだろうかということ。仮に「据え置き電話」だけが対象になるとすると母集団の偏りは無視できないのではないか。その点では読売の面接方式の方が偏りはない。(もっとも回答数が明示されていなくては偏りに関する議論は最初からできない。読売だってそれくらいのことは承知しているはず。それとも面接数が非常に少ないので書けないのか)

 読売の記事はどういうわけか素っ気ないもので、支持率以外の項目については「首相が指導力を発揮している18%、発揮していない57%」、「不祥事・失言に対する首相の対応が適切か否かについては、適切と思わない56%」ということしか報じていない。朝日の方が細かくいろいろな設問結果を報じている。

 支持低落の背景には、期待外れ感がありそうだ。これまでの仕事ぶりをどう思うかと聞いたところ、「期待外れだ」が37%で最も多く、「もともと期待していない」32%、「期待通りだ」25%、「期待以上だ」1%だった。
 政策面の不満も強い。与野党が対立する格差問題をめぐり、首相は「再チャレンジ」支援や「成長力底上げ」戦略を打ち出しているが、こうした取り組みを「評価する」は21%にとどまり、「評価しない」は54%だった。自民支持層でも「評価する」38%と「評価しない」36%で見方が二分した。
 北朝鮮の核問題に関する6者協議で、北朝鮮へのエネルギー支援が決まったことについては、「評価しない」が56%、「評価する」が31%と否定的な見方が強かった。
 対照的に、拉致問題が前進しなければ、日本は北朝鮮へのエネルギー支援をしないと明言する安倍首相の姿勢は「評価する」が81%と大勢を占めた。内閣支持層では88%、不支持層でも78%が「評価する」と答えた。不人気に悩む首相だが、拉致重視の姿勢は支持されているようだ。

 これを見ると安倍は未だに北朝鮮に逆支援されている宰相であることがよく分かる。安倍君、間違っても「将軍さま」に足を向けて寝てはいけないよ、君の陰の支援者は「将軍様」なんだから。(2/20/2007)

 中川幹事長がきのう仙台市内で行われた講演会で、「閣僚・官僚は総理に対し絶対的な忠誠、自己犠牲の精神が求められている。自分のことを最優先する政治家や、出身省庁を大事にする官僚は内閣・官邸から去るべきだ」と述べた由。

 「絶対的な忠誠」とか「自己犠牲の精神」などとまあ趣味の悪い言葉を並べ立てるものよと思いつつも、まあ内容としてはさほど異常とは思えない。しかし「当選回数は問題ではない。かつて仲良しグループだったかどうかも関係ない。首相が入室したときに、起立できない政治家、私語を慎まない政治家は、美しい国づくり内閣にふさわしくない」と続いたというから大嗤い。

 さしておつむのよいとも思われぬ安倍が「キョーイク、キョーイク」とさえずるたびに「バカに説教されたかない」と思ってきた身としては、その安倍内閣がはやりの学級崩壊同様のていたらくと聞いて、なんとまあ無惨なことよとご同情申し上げた。たしかナントカ再生会議とやらは教員免許の更新制を提言していたのではなかったか。理由は学級経営の資質に欠ける教師を排除するためだったはず。その理屈でゆくなら安倍の総理免許は剥奪せねばなるまいて。

 ・・・と、ここまで書いて、いささか奇妙なことに気がついた。中川秀直はほんとうに安倍晋三を支えるつもりがあるのだろうかということ。

 今月初めだったと記憶するが中川は安倍に「首相としてのリーダーシップを発揮してください。我々がバックアップしますから」と激励したという話が報ぜられていた。あれもこれも「安倍さん、あんたにはリーダーシップがない」、「安倍さん、あんたには総理としての威厳がない」と言っているのに等しい。いくら安倍がノータリンだとしてもこんな言い方をしなくとも分かるだろう。それともこれくらい言っても分からないか、ちょうどいいくらいが安倍の知能程度だと中川は見切ってしまったのだろうか。(2/19/2007)

 きのう買ってきた内田樹の本、最新刊「狼少年のパラドクス」はどこを読んでも面白い。笑える。そして「面白うてやがて悲しき」気分に見舞われた。どうしたんだこの国は、・・・バカだ、アホウだと、いつも思ってきたが、それはもう自分の老いが始まったせいだと、心のどこかではそう考えて来た。しかし、どうやらほんとうに見えたまま、感じたままらしいよと言われてみると、アナーキーに面白がってばかりはいられないいたたまらなさを覚える。

 書名にもなっている「狼少年のパラドクス」の一節などは、品質屋さんが読めば随喜の涙を流すこと請け合い。

 不快感の同定についてのコミュニケーションの成立がもたらす快感はしばしば症状の消失がもたらす快感を上回る。それはくだらない人間の話を聞いて「くだらねえことを言ってやがる」と内心憤然としているときに、横にいる人がぼそっと「くだらねえなあ」とつぶやいてくれたときの「おおお、キミもそう思う?」という共感のもたらす快が、その「くだらない話」を聞くことによる不快を上回ることがあるのに似ている。人間というのはまことにややこしいものである。
 で、話を元に戻すと、「自己点検・評価結果の客観性・妥当性を確保するための措置の適切性」なのであるが、たしかに論理的に一番適切なのは、「自己」としての当事者意識を持つことなのである。
 だが、当事者意識を持つと、問題点・改善点の指摘を「非難」と解してコミュニケーションを閉ざすか、問題点・改善点の指摘に「迎合」して、無意識的に「病状」の劇的な徴侯化を望むようになるか、いずれかになってしまうのである。・・・(中略)・・・
「狼少年のパラドクス」というのは、「狼が来た」という(それ自体は村落の防衛システムの強化を求める教化的な)アナウンスメントを繰り返しているうちに、「狼の到来」による村落の防衛システムの破綻を無意識的に望んでしまうことである。
 組織的欠陥の自己評価のむずかしさはここにある。「欠陥はない」という言い逃れで問題点を隠蔽して責任を回避しようとする人間と、「欠陥がある」というおのれの指摘の正しさを事実で証明するために、組織的欠陥があらわに露呈するような状況の到来を待ち望むような人間の二種類の人間を作りだしてしまうということである。

 「・・・ああ、崩れてしまえ、跡形もなく流されてゆく・・・」。少しばかり違ったか、呵々。(2/17/2007)

 夕方、大崎で研修所主催のセミナー。講師は東大先端研の大西隆。テーマは予告では「国内外の工場を取り巻く諸政策の動向と対策」だったが、気が変わったか準備が間に合わなかったかで「逆都市化時代の都市と産業」になった。予告テーマのタイトルに惹かれて参加した人は肩すかしを食らった感じだったろうが、すぐに役立つものにだけガツガツする風潮に反感を持っている身としては「まあ、いいじゃないか」と思えて興味深く聞くことができた。

 帰り、池袋で本屋を覗いているときになつかしい人に会った。きょうの「収穫」と思っていたジェーン・ジェイコブスの話などするうち、きょうの講演内容、去年の東大春の公開講座とほぼ同じものだと分かった。我が社は少しばかり軽く扱われていたらしい・・・が、そんなことはどうでもいいくらい話が弾み始めたところで「ゴメン、ちょっとこのあと、約束がある」ということ。日を改めることになった。(2/16/2007)

 冷静に考えれば六ヵ国協議がどのような場であるか誰にでもわかる。そもそもの始まりと顔ぶれを見れば、拉致問題が六ヵ国協議の場で真に重要な課題として取り上げられるものかどうかも誰にでもわかる。もちろん我が政府は大日本帝国時代から伝統的に国民保護を最上位の国家的責務と考えてきた国である(中国残留孤児のような国民遺棄事件は例外中の例外?)し、主権侵害に関しても断固たる措置を講じてきた国である(訪問中の要人・金大中を拉致され、拉致犯が露顕した後も黙認したのは例外中の例外?)から、あらゆる機会をとらえて北朝鮮による拉致問題をアピールすることは当然のことだ。その意味で六ヵ国協議をこの問題の「解決の一助」とすることに異論はない。

 しかし拉致問題はあくまで日本と北朝鮮の二国間の問題だ。基本的には我が国が汗をかかない限り解決はおぼつかない。六ヵ国協議の場は「解決の一助」になるかならぬかすれすれの「場」に過ぎない。その程度のものだ。「天は自ら助くる者を助く」という。多国間協議に頼り切ることは最初から解決を放棄していることに等しい。我が国が自ら積極的な解決努力をしていなければ、周りの国からは「人任せの甘えん坊」にしか見られない。協議の成り行きによって北朝鮮にアメを与える場面が想定されるならば、むしろ六ヵ国協議に拉致問題をリンクさせない方がよいという政治判断だってあり得たと思う。

 ほとんど拉致だけを看板にのし上がった安倍晋三は官房副長官時代から総理大臣になったいまに至るまで、なにひとつ「なるほどこれは有効だ」と膝を打つような手を打っていない。百歩譲ろう。拉致問題を煽ることが安倍の国盗り手法だったのだから総理になるまでなにもしなかったことには目をつぶろう。しかしいまは既に国を盗ったのだから、いくらなんでもそろそろ実質的な解決を図る方向に歩み出さなければ看板は偽りだったことになる。では安倍政権はなにをやって来たか。制裁措置というチップはずいぶん積み上げたようだが北朝鮮はいっこうに降りる気配はない、・・・と安倍政権は思っていたらしいが、ごくふつうの観察者には見えている。北朝鮮はそんな閉鎖的環境でゲームなどしてはいない。六ヵ国協議というオープンな場でまったく別のルールのもとにゲームをしていたことが。

 それでも合意文書は非常に好意的に日朝二国間作業部会というプレイルームを作ってくれた。しかし北朝鮮はその部屋で真剣にゲームする気などないだろう。わざわざ自らの国家犯罪が持ち出される場所に乗り込まなくとも果実は得られそうなのだから。安倍晋三と家族会と救う会が掛け合い漫才をするうちに、拉致問題はどうやら解決不能の領域に入ってしまったようだ。

 見直したことがある。救う会が作った「特定失踪者問題調査会」は、きょう、「六者協議の合意に関する発表文書」と称するものを出した。それにはこのように書かれている。

 本日発表した以下の文書内容は今回の六者協議の合意に抗議し、平成18年度補正予算及び19年度予算案に計上されている「しおかぜ」に対する事実上の支援を返上するというものです。これまで政府による支援に関し努力を続けてくださった皆様には誠に申し訳ないのですが、この位の覚悟をしたということをアピールしない限り、この合意がそのまま受け入れられ、拉致問題が棚上げにされていく可能性が極めて大きいものとの危機感を持っての判断です。

 この危機感に満ちた認識はまったく正しい。対照的なのは家族会だ。六ヵ国協議の開催前と「安易な妥協をするな」と言っていた彼らは合意がなされるやいなや手のひらを返したように理解を示している。彼らはまだ安倍晋三の裏切りに気付いていないらしい。家族会は口で言うほど家族の奪還を願っているわけではないようだ。(2/15/2007)

 きのうときょうの夕刊、「心風景」は井出孫六。中国残留孤児による国家賠償訴訟の神戸地裁判決の後、天声人語が紹介した「自らの意思で『残り留まった』ひとなどいるわけはなく、さまざまな事情で『置き去』られた人びとであった」という言葉の主だ。付け足す言葉も削り取る言葉もない、そのまま書き写しておく。

 裁判長が書面に目を落としたまま「原告らの請求をいずれも棄却する」と、傍聴席には届かないほどの低い声で主文を読み始めた途端、記者たちが一斉に席を蹴って外へ駆けだしていった。そのあと、奇妙な静けさの中で「訴訟費用は原告らの負担とする」という冷酷非情な主文の2行目が追い打ちのように続いた。
 ・・・(以下、こちら)・・・(2月13日「耳底に刻まれたうめき声」)

 「中国残留孤児・国賠訴訟」判決の日、東京地裁の入り口に、神戸から来た顔見知りの原告たちの姿があった。神戸判決に対する国の控訴に居ても立ってもいられず駆けつけたと、その表情にある。
 ・・・(以下、こちら)・・・(きょう「葬列にも似た逃避行」)

 加藤謙一東京地裁判事の書いた判決文の言葉を報ぜられた範囲で拾ってみる。「原告の損害は戦争から生じたもので、それを国の違法行為と認めることはできない。国には早期帰国実現義務はなく、法的に自立支援義務も負わない」。「直接的な原因は旧ソ連兵や現地住民の犯罪行為で、日本の植民地政策や戦争政策は司法審査の対象外。孤児には日本人の両親と暮らせず、日本語を母国語にできないなどの共通の損害が生じたが、原因は国の違法行為ではない」。「72年の日中国交回復時点で孤児になって26年以上が経過し、損害は発生していた。国は円滑に受け入れ可能な限度で帰国を認めたと評価できる。一挙に大量帰国すれば混乱した」。「原告が不満を持つのは分かるが、国に法的義務はなく、人道的に実施されてきた。生活保護を受けられることを考えれば見過ごせない損害が生じているとまでは認められず、違法、不当とはいえない」。

 なるほど「戦争を国の違法行為と認めることはできない」し、「直接的な原因」は「旧ソ連兵や現地住民」かもしれない。「戦争被害」は「補償」の対象にできないという理屈も理解できる。だが、なぜ「大日本帝国臣民」がそもそも父祖伝来の土地でもない「外国」に大量に「住民」として住んでいたのか。そのことの方が「直接的原因」よりも、はるかに「根本的原因」ではないのか。国策に従って「外国」に居留していた「住民」を保護する義務は政府にはあったのか、なかったのか。聡明な加藤謙一裁判長には答えてもらいたいものだ。その上で大日本帝国政府の義務と日本国政府の義務との間にはどのようなつながりがあるのか、はたまたないのかを明確にした後、それでもなお美しい日本国にこれらの人々を救済する義務がないことをきちんと納得のゆく理屈で判示していただきたい。(2/14/2007)

 先週8日から北京で開かれていた六ヵ国協議、やっときょう午後に閉幕した。当初の予定では日曜日にも終る予定と思われたものが月曜になってもまとまらず、きょうまでずれ込んだのはもっぱら北朝鮮が核施設の停止の見返りとして要求した条件が過大なものだったためといわれている。

 合意文書は、北朝鮮が寧辺の核施設の稼働停止・封印、IAEA要員の復帰を60日以内に行えば、5万トンの重油に相当する支援を実施すること、さらに進めてすべての核施設を無能力化した時点で残り95万トンの重油支援を行うというのがメイン。これに@朝鮮半島非核化、A北東アジアの平和・安全、B経済・エネルギー協力、C米朝国交正常化、D日朝国交正常化の作業部会の設置と今後の日程(第6回の協議を3月19日に開催、初期段階実施後の閣僚会議開催)などを付加している。

 興味深いのは米朝国交正常化作業部会についてはテロ支援国家指定解除と対敵国通商法の適用解除などの具体的項目が上げられているのに対して、日朝国交正常化作業部会の方はどうやら単に設置することを記したのみらしい。

 安倍内閣のレーゾンデートルである拉致問題が進まないのに支援に踏み切らなければならなくなったときのために、この週末、麻生外相はあらかじめ「支援はエネルギーなどに限ったものではない。エネルギーインフラのための調査などで応ずる」というかなり苦しい「言い訳」をはじめた。ここに見えるものは拉致問題の解決に自ら外交的な汗をかこうとしてこなかった我が政府・外務省の怠慢だ。アメリカ頼みをする、そのアメリカにいともたやすく無視される、そこで体面を取り繕うためになにを言いたいのだかよく分からない話を予防線とする。ああ情けない。(2/13/2007)

 三連休、携帯と遊んでいるうちに終わってしまった。

 寝る前に見ていた「ニュース23」。6日、線路内に立ち入った自殺願望の女性を助けるために、急行電車にはねられ意識不明だったお巡りさんがきょう午後亡くなった。事故以来、彼が勤務した交番に届けられた花束の映像を見るにつけ、地域では評判のお巡りさんだったのだろうと思っていた。

 最近、特に涙腺のコントロールが効かなくなりつつあるのを意識しながら、ご冥福を・・・と思ったところで、画面に安倍晋三が登場した。遺体の安置された板橋署に弔問のために訪れた由。そして続く映像でひとこと。

「ミヤケさんの、亡くなられたミヤケさんのような方が町の安全を守っているのだと思います」

 溜め息三斗。殉職したお巡りさんの氏名は宮本邦彦さん。階級は巡査部長。どれほど頭が悪くとも、弔問が目的ならば、相手方の名を意識せずに行くことはない。

 安倍は無知で、無能な、役立たずの宰相と思ってきたが、そうではなかった。愚鈍にして、無礼、かつ無神経な、人間のクズだった。(2/12/2007)

 先々週火曜、最高裁が全国地方新聞社連合会との共催で各地で開催した「裁判員制度全国フォーラム」の大阪、和歌山での集会にサンケイがアルバイトを雇って参加者をかき集めた件が報ぜられた。きのうの朝刊にその舞台裏をまとめた記事が載っていた。

 謝礼つき「動員」が発覚したのは、産経新聞大阪本社、千葉日報、河北新報、岩手日報、西日本新聞。最高裁や内閣府などと共催したフォーラムで、数十人から百数十人に3000〜5000円程度の謝礼を渡していた。いずれのイベントも、大手広告会社の電通がまとめ役となって99年に設立された「全国地方新聞社連合会」(46社、会長=古谷堯彦・大分合同新聞東京支社長)が共催や後援に加わっていた。
 連合会や電通が各官庁から事業を受託し、地方紙はイベント運営や記事での紹介をする一方、官庁から関連の広告を出稿してもらう仕組みだ。05年に河北新報が厚生労働省などと共催したシンポジウムの場合、同紙は募集告知、啓発広告計2回の掲載費約240万円を受け取っている。連合会は「地方紙がそれぞれ営業しても全国紙に太刀打ちできない」として、主に広告受注のための枠組みとして設立された。事務局長や主任研究員などを務めるのは、電通新聞局の幹部だ。
 05年の広告費全体に占める新聞広告のシェアは17.4%と、10年前より4ポイント下がった(電通調べ)。特に地方紙の広告事情が厳しくなる中、連合会が目をつけたのが官公庁。連合会がらみの受注件数は年々増え、05年度は70件以上、広告や事業などの受注総額も三十数億円と3倍以上に増えている。ほとんどが中央官庁やその所管法人との契約という。
 省庁にとっても、影響力のある地方紙を通じて各地で施策などへの理解を広められるメリットがある。今年度も「地域通貨フォーラム」(総務省)、「放射性廃棄物地層処分シンポジウム」(資源エネルギー庁)などが開催されている。
 今回、動員が発覚した「裁判員制度全国フォーラム」の場合、電通が最高裁に示した仕様書には、参加人数「約200人以上」などと明記されていた。ある関係者は「新聞社側は、参加者を集めなければ連合会の受注が減るかもしれないというプレッシャーを感じていたようだ」と話す。
 今回問題となったある新聞社の広告担当者も、「国と共催ということで緊張を感じた。電通からも会場を埋めて欲しいと言われた」と言う。連合会と電通は、今回発覚した動員について、圧力やプレッシャーは一切かけていない、としている。

 「全国紙」のようなフリをしていたサンケイが、実際は「地方紙」のセグメントに入っているとは知らなかった。

 その「全国地方新聞社連合会」がサクラを雇って盛り上げたイベントのリストは以下の通り。

新聞社名 開催 場所 共催相手 動員数
サンケイ新聞 05年7月 和歌山 国交省 66人
05年7月 大阪 国交省 15人
05年10月 大阪 最高裁 49人
05年11月 和歌山 最高裁 125人
06年5月 和歌山 中小企業基盤整備機構 100人
06年12月 和歌山 法務省 99人
07年1月 大阪 最高裁 70人
千葉日報 06年1月 千葉 最高裁 38人
岩手日報 04年10月 盛岡 内閣府 38人
河北新報 05年12月 仙台 厚労省 54人
西日本新聞 06年7月 福岡 科学技術振興機構 102人

 一見、サンケイの突出ぶりが目立つ。だが単に他の地方新聞社が正直に公表していないだけかもしれない。現にサンケイも最初は最高裁がらみの部分だけを「自白」したが、仇敵・朝日の意地悪な指摘に耐えきれずボロボロと「余罪」を認める醜態をさらした。

 昨年あれほど「やらせ・タウン・ミーティング」批判があったにもかかわらず、その直後の年末、そしてこの正月に「サクラ・フォーラム」を開催するとはサンケイ新聞もたいしたものだ。権力の走狗としての根性が染みついてはなれぬせいか、それともそういう協力なしにはもはや経営が成り立たぬほどに台所が苦しいのか。フジテレビからの「輸血」なしにはもたないという噂だから、後者なのかもしれぬ。可哀想に。(2/11/2007)

 あさのうちに**(母)さんの見舞いをすませて、午後、**(家内)とさいたま新都心のジョン・レノン・ミュージアムへ。行きがけ、安松神社の境内に男の子が二人。泥ダンゴを作っていた。**(家内)と二人、思わず声をそろえて「エー、まだ泥遊びをする子がいるんだァ」・・・。びっくりした、いまどき、こんな素朴な遊びをする子がまだいたことに。急に嬉しくなった。

 泥遊びはとにかく評判の悪い遊びだった。まず玄関から入れてもらえない。裏に回って、ざっと手足を水洗いしてからでなくてはダメ。それから足をぞうきんで拭いてもらってやっと家に上がる。背後からシズさんが「逆性石鹸で手を洗ってね」ときつく命ずる。どちらかといえば貧しかったにも関わらず、不思議なことにうちにはふつうの白い石鹸の他に橙色の薬用石鹸が常備されていた。あれはシズさんが福原病院の娘として育ったからに違いない・・・と、いまでは思っている。「泥の中にはね、ドジョウキンがいるの」。「ドジョウキン」が「土壌菌」であることに気付いたのはずっと後のこと。その頃は「ドジョウ(泥鰌)キン」という回虫の親戚だと思っていた。ところで、あの子たち、家に帰ってどう言われるのだろうなどと想像すると、どういうわけか、またすごく嬉しくなった。

 武蔵野線から京浜東北線に乗り換えてさいたま新都心なる駅へ。JLMの入場料は1,500円。よほどのファンは別として招待券でもなければ入ろうと思うかどうか。三連休の初日というのにガラガラ。「最初に7分ほどの映像を見ていただきます」と案内されたシアターには誰もいない。何人かまとまるまで待たされるのはかなわないないなァと思っていたら母娘とおぼしきお二人が入ってきて上映は始まった。

 ジョン・レノンは1940年生まれ。**(家内)とは干支にしてちょうど一回り前。まさに彼はコンテンポレイツ。「その頃オレは・・・」と考えながら見られる。だから退屈はしない。展示そのものも悪くはない。ただこれはオノ・ヨーコから見たジョン・レノンではないのかという「偏見」がどうしてもつきまとってしまう。ビートルズが不可避的に解散したことは十分に知っている。だがオノ・ヨーコが解離反応の触媒となったことは間違いない。ただしあくまで「触媒」だったこともまた間違いのない事実だが。(2/10/2007)

 携帯を機種変更。紛失事故が重なってセキュリティルールを厳しくすることになり、幹部社員の個人所有携帯も「会社貸与携帯電話機と同様の対策」を講じてくれとのこと。「同様の対策」というのは「遠隔ロック」ないしは「お任せロック」の設定のこと。その機能がない機種の場合は機種変更をして欲しい、その費用は「所有者のご負担とさせていただきます」とも。(ソフトバンクの場合、この機能は法人契約のみのサポートとかで、現在ソフトバンクの人はドコモかauに移らなければならない由)

 「費用負担はしないけれどよろしくね」とはなかなかたいした「お願い」だが、まあ、いま使っている携帯はもともと会社負担だった頃に支給されたものを個人負担に切り替えた際「譲り受けた」ものだから、差し引きすれば同じことだと納得することにした。既に4年、そろそろFOMAに乗り換えようかと思っていたところ、ちょうどよい潮時だったかもしれない。

 ここ一週間、いろいろ機種検討をしていたが、電車で見かけた広告のP703iμのデザインが気に入って、発売日のきょうまで待った。フレックスで会社を出て、所沢のドコモショップに着いたのが5時半過ぎ。データの移し替えやらなんやらで小一時間、閉店時刻ギリギリまでかかった。

 厚さ11.4ミリ、現時点で折りたたみ型最薄。重さも98グラム。画面の設定やら、着メロの差し替え、いくつかの言葉の単語登録、初期設定というのは意外に時間をとる。(2/9/2007)

 江川紹子の「名張毒ブドウ酒殺人事件 六人目の犠牲者」を読み終えた。

 中学生になったばかりだったが毒ブドウ酒事件には強い印象がある。学校帰り、アパートの入り口で立ち話をしている近所のおばさん連の横を抜けたときに「女癖が悪い人みたいね、ろくなことしないのよ、そういう人って」という言葉が耳に入った。犯人はいまや日本中の女性の敵になっているのだなぁと思った。テレビのペリー・メースンにぞっこん惚れ込んでいた中学生はおばさんたちの断定的な口調に軽い違和感を覚えていた。

 江川は1958年生まれ、彼女は当時3歳だったという。しかしというか、だからというか、じつに丹念に裁判記録に目を通し、丁寧に当時の報道を集め、その頃の日本の社会状況を的確にダイジェストしている。奥西死刑囚の無実を確信するところまでは至らなくても、奥西を有罪とすることはできないという確信なら持てる。逆にこの細心さがどうしてこの国の裁判官には期待できないのかとさえ思う。

 田中良彦の「名張ブドウ酒殺人事件 燭光」という本は奥西犯人説だとのこと。急に江川の主張に対比させて読んでみたくなった。(2/8/2007)

 「産む機械」発言の柳澤厚労相、日曜日の愛知県知事選と北九州市長選が与野党1勝1敗になり、馘首がつながるや、気が緩んだか今度は「若い人たちは、結婚をしたい、子供も二人以上持ちたいという極めて健全な状況にいる」と宣もうて、再び渦中の人に。

 可笑しいのは批判している野党の理屈。共産党は「子供がなければ不健全、一人でも不健全ということか」、社民党は「持ちたくても持てない人や、持とうと思わない人への配慮に欠ける」と噛みついている由。どうしてこういう揚げ足取りや愚にもつかぬ「可哀想」論議に走るのだ。バカ。

 なにがなんでも批判したいのなら、これほどの材料はめったにない。なにしろ我が宰相夫婦には子供がないのだから。まず、野党は国会で「総理、総理のご家庭は健全なのでしょうか?」とでも質問したらよかろう。答によっては更に踏み込んで「柳澤さんは二人以上の子供を持ちたいと思う健全な方たちのための厚生労働行政だとお考えのようですが、総理はそれで差し支えないとお考えでございますか、いかがでしょう?」と聞いてもよい。

 マスコミも記者会見でこれを総理に問うてみよ。さらにマスコミ露出の大好きなアッキーこと昭恵夫人にもコメントを求めたらいかがか。ついでに洋子ママにも。

 それにしても、戦前レジームに限りないノスタルジーを抱いて「美しい国へ」邁進しようとしている安倍にとって、自身が「産めよ、殖やせよ」でお国に貢献できないことは非国民のようで慚愧の至りかもしれない。まあ、酒をたしなまぬため酔いと縁遠い夫、麻生太郎そっくりの夫人となれば・・・やむを得ざる仕儀か。(2/7/2007)

 先週、文化審議会(「文化」は審議できるものなのか)国語分科会が「敬語の指針」なるものを答申した。尊敬、謙譲、丁寧の三パターンですらきちんと使いこなせなくなっている現状に、新たに「美化語」なる概念を導入したばかりか、謙譲語を甲種と乙種のふたつに分けるという蛮勇をもって臨むと聞いて、あれあれいったいどうなることかと思った。

 きょうの朝刊、丸谷才一「袖のボタン」。テーマはその敬語。丸谷先生、分科会に最大限の賛辞を送りつつ、チクリチクリと皮肉っている。まず、冒頭、「美しい国」内閣の閣僚で、金銭面ではあまり美しいとはいえぬ文科相の下心について「敬語を日本独特のものとして尊重したい気持ち」と指摘、「そのほのかなナショナリズムの線にそって分科会が答申したように見える」と、そのいかにも不細工な心根をからかってから・・・。

 第二に、規範を定めようとする意欲が乏しく、いわば現状追認的なのがおかしい。たとえば「植木に水をあげる」か「水をやる」かについて、06年の世論調査において「あげる」が10代・20代の男性では30〜40%であるのに50代・60代の男性では5〜10%だと紹介し、これについて記す。後者(「やる」をよしとする派)は、「水をあげる」は謙譲語的表現で植木にはふさわしくないと考える。前者(「あげる」派)は、「あげる」は謙譲語的意味は薄れて美化語になっているし、「やる」は卑俗でぞんざいと感じている。この両派が「言わば括抗している時代であろう」とのんびり構えているが、こういう大勢順応型の処理は間違っている。たとえ過半数が「植木に水をあげる」と言おうと、それは困った語法である。言葉は保守的な趣味を大事にしながら、新しい事態に適応してゆかなければならない。

 まったくその通り。「美化語」などというややこしい概念を持ち込んで、ろくに日本語の心を知らぬバカモノどもの弁護をすることはない。間違っているものは間違っているのだ。間違いにつまらぬ説明を加えたあげくに浅薄な感情のために言葉を支えていたものを腐らせるなどは本末転倒も甚だしい。「言葉は保守的な趣味を大事にしながら、新しい事態に適応してゆかねばならぬ」とは至言。(2/6/2007)

 期限切れの原材料を使っていたことが発覚して一気に傾いた不二家の再建に山崎製パンが乗り出すことになった由。**(息子)が山パンにアルバイトに行っていたとき、こんなことを言っていたのを思いだした。「オレ、絶対山パン、食いたくない」。

 理由は簡単。彼がアルバイトした工場では夜間勤務のほとんどはアルバイトさん。就業に際して格段の注意も、作業管理もなく、かなりのメンバーは便所に行っても、手を洗うことなく勤務に戻った由。

 もちろんそれは数年以上前のこと。その後、大いに改善されて不二家を指導できるほどにレベルアップしているものと信じるにやぶさかではない。とすれば、いろいろな意味で、両社はベストカップルかもしれない。(2/5/2007)

 与野党激突、春の統一地方選、夏の参院選の前哨戦、などとマスコミに煽られた選挙。

 比較的早く当確が出たのは北九州市長選。対する愛知県知事選の方はなかなか当確が出ない。やっと11時をまわって決着。北九州は野党候補、愛知は与党候補。現職にも関わらず予想外の接戦に肝を冷やした愛知の戦い内容を見れば、野党の1.5勝0.5敗というところか。(2/4/2007)

 朝刊に甘樫丘東麓遺跡で蘇我入鹿邸とおもわれる石垣と建物跡が新たに発掘されたというニュース。そして夜10時からはNHKで「大化の改新:隠された真相」。録画の準備もせずに見たのが後悔される内容だった。

 基本的なストーリーはこういうもの。発掘内容は専横を極めた蘇我氏の豪奢な邸宅というよりは首都防衛のための施設であり、蘇我氏がとろうとしていた政策は唐の軍事力に外交的に対処しつつ基本的な防衛に意を用いるという開明的なものであった。それに対し中臣鎌足・中大兄皇子側には現実的視点はなく白村江で惨敗した後に実質的な制度改革が始まった。「大化の改新」なるシナリオは日本書紀の編纂時に作られた可能性が高く、その実態には疑問がある。

 蘇我氏が天皇をないがしろにしていたかどうかには興味がないし、殺された側と殺した側のいずれが開明的、あるいは保守的であったかについては番組が示したデータだけでは決められない。しかし、少なくとも「大化」という年号から「大宝」という年号までの間に空白期間があることや、大宝律令の成立によって制定・成立したはずの制度をむりやり「大化の改新」に始まるように主張することの可笑しさくらいは知っている。

 そういう点でこの番組でいちばん興奮したのは、「この時代に関する日本書紀の文章には、当時の中国語の用法からみて、あきらかに誤っている箇所が、集中して見られる」という指摘だった。非常に興味深い。久々に知的興奮を味わった50分だった。NHKに拍手。(2/2/2007)

 柳澤伯夫厚労相の発言が政治問題になっている。先週土曜27日、松江市内での開催された自民党県議講演会でのスピーチ。こんな言葉だ。「15〜50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」。これが「女性は子供を産む機械」と要約されて流布してしまった。

 「機械のような正確なコントロール」、「精密機械のようなパット」、スポーツなどでは機械に擬せられるのは誉め言葉になるが、それ以外の分野の多くでは「機械」という形容はほとんどの場合、悪口になるようだ。「機械的な処理」、「機械的な判断」といえば、おおむね暖かみのない「人間的」配慮に欠ける処理のことであり、判断のことだ。精神活動が絡む場面では多くの人間は「機械」といわれると腹を立てるものらしく、ほとんど「機械的」に拒否反応を示す。ド・ラ・メトリの「人間機械論」は袋だたきにあったし、ウィナーの「人間機械論」はコンピュータという極めて人間的な機械の本質がパソコンによって広く理解されるまでは、なにがしかの擁護的な形容詞抜きでは読むべき本の範疇に入れてもらえなかった。

 民主党は柳澤の罷免を要求している。理由は女性蔑視的だからというが、どうしても問題にしたいとしたら、柳澤の厚労相不的確性は彼の言葉の前段ではなく後段にある。柳澤はこう言っている、「あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と。つまり人口問題は女性の気持ち次第、政策的にはどうすることもできない、すっかりお手上げですと問題の解決を「機械的」に投げ出している、その「人間的」なやる気のなさこそが厚労相として不的確だということだ。(2/1/2007)

 ****との懇談の予定、工場を一時半過ぎに出る。途中、紀伊国屋に寄って江川紹子の「名張毒ブドウ酒殺人事件 六人目の犠牲者」と藤田東吾の「月に響く笛 耐震偽装」の二冊を購入。あらかじめ昼休みに書棚の位置を検索しておいたのでロスタイムほぼゼロ、**には10分前に到着。

・・・(中略)・・・

 帰りの電車の中で江川の本から読み始めた。すぐに感ずることはひとつの国の相貌をまったく変えてしまうためにはさほどの時間を要するものではないのだということ。また、それとはまったく逆にその中で動く人々の根っこの意識はほとんど変わるものではないということ。(1/31/2007)

 まずきのう書き損ねたことから。

 東京高裁はNHKのETV特集「女性国際戦犯法廷」の内容がオンエア前に改変された件に関してNHKの賠償責任を認める判決を下した。朝刊によれば判決の論旨は以下の通り。

 取材に当たった「ドキュメンタリージャパン(DJ)」は通常取材対象者には提示しない「番組提案表」を見せた上で原告側に取材要請をした。「番組提案表」には「女性国際戦犯法廷の過程をつぶさに追い、戦時性暴力が世界の専門家によってどのように裁かれるのかを見届ける」などと書かれていた。これにより原告であるバウネットジャパンは「法廷をつぶさに追う」ドキュメンタリー番組になると期待してもやむを得ない特段の事情が成立した。NHKは放送総局長(松尾武)と総合企画室担当局長(野島直樹)が参加した01年1月26日の試写後に手直しを命じたが、その内容は「当初の趣旨とそぐわない意図からなされた編集行為で、原告の期待と信頼を侵害した」ものであった。さらに29日松尾らが安倍晋三官房副長官から「公正・中立の立場で報道すべきではないか」といわれたことを受け、「その意図を忖度して」さらに徹底した編集により番組内容を改変した。その上でNHKの行為を原告の「期待権」を裏切ったとして200万円の損害賠償を命ずる。

 判決は安倍晋三と中川昭一といった政治家の指示・介入については「政治家が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは認めるに足りる証拠はない」として原告の主張を退けた。さっそく、愚劣漢、安倍晋三、本領を発揮して「この判決ではっきりしたんじゃないですか。政治家が介入していないことが、極めて明確になったと思います」とコメントした由。彼は成蹊大学の法学部卒だそうだが、この大学では「**をしたことまで認めるに足る証拠がない」という表現の示す意味がどのようなものか考える法学士さんへの訓練はしないのだろうか。もしもそうだとすればずいぶんお粗末な大学だ。もっとも学的「discipline」など打ち棄てられているのが昨今のこの国の高等教育機関だから是非もないのかもしれない。基本的「知」への「躾け」を身につけていない宰相が「教育」について云々しているのだから世も末というものだ。

 話を戻して判決について。「期待権」では弱すぎるだろう。これが精一杯という気はしないでもないが、番組の編成権に対する松尾と野島の職務権限、数度にわたる修正経過、松尾の安倍訪問の任意性など論理的に詰めるべきところはいくつもあったように思われる。(仮に安倍が主張しているように松尾の方の発意で安倍に説明に行ったとするなら、なぜ松尾は政府に説明しなければならないと考えたのか、説明対象として安倍晋三が適当であると判断した根拠はなにか、そもそもおつむのあまりよろしくない安倍晋三が突然訪問した松尾の説明をどうして短時間で理解できたのか、おかしなことばかりになってしまう)

 きょうは、他にも、最高裁と全国地方新聞社連合会が共催した裁判員制度フォーラムがサクラを動員して盛り上げを図っていたこと、中国残留孤児訴訟に対し東京地裁が国の法的義務はないとしたことなどニュース満載だったが、猛烈に眠くなってきたのであしたにしよう。(1/30/2007)

 **(母)さん、緩和ケア科へ移る。**(家内)と10時過ぎに4階の病棟に行き、荷物をまとめる。既に1年7ヵ月の入院。それなりに持ち込み荷物はふくれあがっており、借りた台車で二往復した。

 緩和ケア病棟は平屋。新しい部屋も南向きでたっぷり日射しが差し込んで明るい。冷蔵庫は大きめ。小机とイスが二脚、大きめのロッカーとチェストがあるのでタオルやパジャマの収納は前の病室よりは楽。電話もついている。受信は交換経由だが発信はテレビカードで精算される。さっそく病室から**のおばさんに電話を入れてみた。呼び出してすぐに代わる。久しぶりの会話で楽しそうに話をしていた。1000円のカードは使い切り寸前。

 テレビがベッドアームにつけられた液晶のものから据え置きのブラウン管式のものになった。「見にくい」と不満の様子。室料は税込み7350円。いままでから類推すると、月々の支払いは25万から30万くらいというところか。長期になると少し苦しいがすぐにどうこうということはない。全身浴も週一くらいはしてもらえるそうだし、月々の行事もある。残る時間をよく過ごせれば、それがいちばん。

 しかしそれにしても病院というところは疲れるところだ。健康な人の生気を吸い取るのかしら。**(家内)ともども帰宅後はぐったり。

 アパグループ、京都市から「使用禁止命令」について注意を受け、あわててホームページに掲載していた文書を削除した由。つくづくお粗末な会社だこと。(1/29/2007)

 おととい、通常国会が始まり、安倍首相の施政方針演説があった。ちょっと全文を斜め読みしてみたが、なにも記録することはない。単なる床屋談義を演説仕立てにしたていど。もはや「くだらないスピーチ」の面影すらない。これはたたき台を書いた官僚がプアなのか、指示をした方が情けないのか。

 イデオロギーは所詮国民生活を豊かにするものではないが、ふつうはそれなりの意味くらいは持つものだ。しかしミイラ化したイデオロギーとなれば話は別。ミイラが子供を産むはずもないのだから。

 とかくに「ケンポー」だの「キョーイク」などと言いたがるのは安倍がよほどこれらに根深いコンプレックスを持っているからだろう。

 きのうの朝刊、「私の視点」に遠乗功(茨城県五霞町教育長)がこんなことを書いていた。

 学力は本来、点数によって「見える学力」と、意欲・関心・態度など「見えない学力」とでとらえるべきである。だが、文科省は前者にとらわれ、学力の世界順位が落ちたと大騒ぎしている。さらに教育に害あり」と中止したはずの「学カテスト」を全国規模で復活させようとしたり、「思考力をつける」と推進した「ゆとり教育」を「学力を低下させる」と数年もしないうち別の施策に変えようとしたりしている。
 ・・・(中略)・・・
 現実の子どもを知っている人は、自然の中で動植物に触れ、命の尊さに気づく体験や、友だちと遊びながら思いやりや人の痛みを知る体験を大切にする「ゆとり教育」こそ充実させない限り、「心豊かでたくましい児童生徒」は育たないと考えている。落ち着いて子どもとじっくり四つに組んでこそ、温かみのある真の教育はできるのである。
 ところがいまの文科省のように、小学校の英語教育一つとっても「必修にすべし」と言ったかと思えば、すぐ「その必要なし」とするなど、大臣が代わる度の朝三暮四を繰り返していれば、現場は混乱し、教師は多忙を極めるだけである。
 それが現場を混乱させた責任には一切触れず、文科省は最近も「教員評価」や「免許更新制」を掲げて教員間の競争をあおり始めている。教育は個人の評判のレベルで行われる世界ではなく、もっと人間の本質にふれる世界なのにである。
 ・・・(中略)・・・
 文科省には、確固たる教育理念と計画性とを持って日本百年の計を考えてほしい。干からびた子どもたちを育てないためにも、系統だった息の長い教育改革を推し進めてほしい。

 平凡な主張に見える。文中の「朝三暮四」は「朝令暮改」ではないかとも思わせる。しかし「教育」を効率でとらえたり、数値化して制御するものと考えたりする方がおかしいのだ。効果を求めて右往左往する教育現場からは酒鬼薔薇君や宮崎君のようなモンスターが輩出するばかりだ。

 遠乗のような平凡だが地に足のついた教育論議こそが国家百年の計にふさわしいものだ。(1/28/2007)

 確定申告。ことしは少し力が入る。医療費控除が相当の額になるから。領収書が全部で54枚になるのははじめて。これくらいの件数があると交通費についてもきちんとリストアップしたくなる。入退院は車を使ったが、ガソリン代や駐車料金は対象にならない由。しゃくなので入退院とも交通機関を使ったことにした。総額で100万を超えるのははじめて。療養附加金を差し引いても60万を超える。

 エクセルでリストを作り、領収書に整理番号を打ち、国税庁の確定申告書作成コーナーへ。去年は一桁万円の還付だったが、ことしはさすがに二桁万円になる。しかしよくもまあこんな医療費が払えたものだとあらためて思う。**(下の息子)が卒業、就職してくれていてよかったなどとも。(1/27/2007)

 朝刊にアパホテルの元谷芙美子が頭を下げている写真が載っていた。**(家内)の話では髪の毛を振り乱し、半泣き状態でメイクは崩れ、なかなかの愁嘆場だったようだ。飲み会のためにニュース映像を見られなかったのは返す返すも残念。

 記事には「・・・妻の芙美子・アパホテル社長も同席。『受験シーズンに(宿泊を断る事態で)社会的責任をまっとうできず、申し訳ありません』と涙を流した」とある。よくもまあ白々しくこんなことが言えるものだ。アパホテルとアパマンションに耐震偽装の容疑がかかったのは昨日今日の話ではない。受験のためのホテル利用者に迷惑をかけたくないというのなら、一連の耐震偽装騒動がもちあがった頃か、遅くともイーホームズの藤田東吾に裏事情を曝露された去年の秋に事実を公表し、営業を停止して安全を確認して然るべきだったろう。その時、元谷外志雄はなにをしたか。藤田を名誉棄損で告訴することを「検討」しているという文書を発表しただけだった。アパグループのプレスリリースには藤田を告訴したという発表はない。間髪を入れず藤田が「戦う気があるなら、今すぐにでも訴えなさい」と応じたため尻つぼみになったのだろう。

 なにより元谷夫妻の面つきに似合った成金根性が読み取れるのは、京都市が使用禁止を命じた「アパヴィラホテル京都駅前」と「アパホテル京都駅堀川通」について、「@新規の予約を受け付けない、A可能な限り別のホテルを紹介する、Bご希望があれば無料で宿泊できる」としているところ。要は「タダで泊めてやるぞ、どうだ」ということ。「タダなら御の字だろう」という考え方はまさに成金根性そのもの。安かろう悪かろうでも、それを買うバカがいる限りそれで勝負しようというのがアパグループのビジネスモデルなのかもしれぬ。

 ところで京都市の使用禁止というのはどの程度拘束力を持った「命令」なのだろう。安晋会のメンバーならば、地方自治体の命令など無視してもよいと某宰相のお墨付きでももらっているのかな。(1/26/2007)

 やっとアパグループ関係の「耐震偽装案件」が表沙汰になった。アパグループのホームページ、「一時的にトップページを変更させていただいております」。さらにサブページもほとんど「アクセス権がありません」などと表示される。よほど混乱しているようだ。しかしアパグループのマンションとホテルに耐震偽装があることなど、去年の10月イーホームズの藤田東吾が曝露してからはネットではほぼ公然の事実。準備期間はたっぷりあったはずではないか。それとも安倍の神通力でこの不祥事が表沙汰になることはないと安心しきっていたのか。(1/25/2007)

 この日曜、国立新美術館がオープン。学術会議の裏手にできたらしい。朝の「スタンバイ」ではなんとかいう三つ星レストランやカフェーの紹介をしていた。レストランの方は商売上手の「ひらまつ」がやっているようだから、「それなり」で、結局「それだけ」なのだろう。「グルメ」などというグロテスクな言葉から縁遠い者としては別のことが気になる。

 新しい美術館がことさらに収蔵品をもたないことをアピールしているところだ。いかにも「税金をかけて作りましたが、ご迷惑はかけません」と言いたげな感じがする。

 「多くの欧米の美術館では、展覧会はお互いの所蔵する作品を融通し合うことによって成立していますが、それは豊富な所蔵品の存在が大前提です」(ラ・トゥール展のパンフレット)。事の善し悪しはどうあれ、それが2年前と変わらない現実だとしたら、ギブのない新美術館での企画は結局のところ札束で人の横っ面を張るようなものばかりになりはせぬかと懸念される。ラ・トゥール展の企画、あのとき協力が得られなかったアメリカの美術館の協力はひょっとすると札束があれば得られたかもしれないが、各々の館のファンを納得させるに十分な「交流手段」(ギブ・アンド・テイク)がなかったならばヨーロッパの美術館の支援は受けられず、あれほどよいものにはならなかったろう。

 スポット的で直接的なカネの使い方(札束に物言わせるやり方のこと)はある意味分かりやすいが、本当の効果な力というものは積み重ねた「キャリア」から発揮される。展覧会の企画などは地力、そしてカネの足りないところを補う知恵で決まるものだ。カネを山と積んで「どうだ」という企画はおおむねつまらない。収蔵品をもたないハンディキャップを新美術館はどういう戦略でカバーする心づもりなのだろうか。まさか「わたしどもは美術展を開催する箱です。どのように使うかは皆様のお考え。企画をお待ちしております」などと言うわけではあるまいな。(1/24/2007)

 門野博はどう思ったのか、尋ねたいものだと思ったニュース。

 02年3月中旬、富山県西部で強姦未遂事件(金曜日以来の報道では発生日と場所は明確ではない。強姦未遂という事件の性格に対する配慮か)が発生した。翌月、富山県警氷見署は市内でタクシー運転手をしていた男に任意同行を求めた。彼は2日間にわたって容疑を否認したが3日目の4月15日に容疑を認め逮捕された。彼は逮捕後の検察官の弁解録取や裁判官の拘置質問には容疑を否認していたが、富山地裁高岡支部での公判では一貫して事実を認め、その年の11月に懲役3年の実刑判決が出て服役。そして一昨年の1月仮出所した。世界に冠たる日本の司法手続きは完結した。ところが、去年の11月になって別の強制わいせつ事件と婦女暴行事件で逮捕された男が02年の事件を自供し、現場に残されていた足跡が一致してしまった。県警が調べ直すと、服役していたタクシー運転手には犯行当時アリバイがあり、現場の足跡の大きさなどもまったく違っていたことが分かった。つまり、氷見署の担当はアリバイの有無についても調べず、被害者の「似ている」という言葉だけで逮捕し、富山地検はそれをそのまま確認することもなく立件し、富山地裁の判事は「自供しているのだから」と自動的に有罪としたことになる。

 富山地裁の担当判事さん、できれば名前を調べて記録しておきたいところだが、たぶん相当恥ずかしい思いをしているのではないか。だとしたら励ましてあげたい。先月26日、名古屋高裁の門野博裁判長は名張毒ブドウ酒事件の再審決定取り消し判決でこのような「素晴らしい」判決文を書いた。「自らが極刑となることが予想される重大犯罪について、進んでウソの自白をするとは考えられない」と。これをヒントに同様のロジックで釈明すればよい。「自らが破廉恥漢と見下されることが予想される重大犯罪について、進んでウソの自白をしたとは考えらなかった」と。

 ところで、あの門野博判事はいまどのように考えているのだろうか。警察と検察がよってたかって犯人をでっち上げようとしたならば、まったく身に覚えがない犯罪を「自白」し「服役」する人間が出てくるのだという「厳粛な事実」を前にして。裁判官としての彼の良心(憲法第76条第3項)は痛まなかったか、それが知りたい。(1/23/2007)

 談合に関わる収賄容疑で辞職した安藤忠恕の後任を選ぶ宮崎知事選は、そのまんま東(本名:東国原英夫)が圧勝した。東の得票は26.6万票、全林野庁長官だった川村秀三郎は19.4万票、自民・公明が推薦した持永哲志は12万票と惨敗した。
朝刊には各政党支持者別の得票状況が載っている。

そのまんま東 川村秀三郎 持永哲志 津島忠勝・その他
自民支持層 32% 38% 29% 1%
民主支持層 44% 44% 10% 2%
公明支持層 28% 7% 59% 6%
共産支持層 39% 4% 6% 51%
無党派層 56% 29% 13% 2%

 印象的なのはお坊ちゃん候補持永のずば抜けた不人気と公明支持層の薄気味悪さだ。彼らは号令されると三分の二近くが号令通りに投票するらしい。同様の体質をもつ共産支持層でも半分に留まるのと比較するとその特異性が際立っている。そういえば創価学会はその昔北朝鮮顔負けのマスゲームで売っていた。彼らにとっての「将軍様」は誰なのだろう。(1/22/2007)

 FACTA2月号の巻末記事。タイトルは「重篤『慎太郎銀行』の深き闇」。記事によれば、石原都知事の三選の障害は、水谷建設会長水谷功との不透明な関係、夫人・秘書を引き連れた公費海外大名視察、あるいは四男(「余人をもって代え難い才能」の持ち主の由:都知事談)への公費補助などではなく、二期目を迎えるにあたって設立した「新銀行東京」(このネーミング、どこか垢抜けない芋っぽさが「首都大学東京」に似ている)なのだそうだ。

 この銀行、設立初年度(05年度)の損失が209億円、本年度上期の損失が150億円で、このままの成り行きでは本年度終了時には、累積損失がめでたく500億円を突破することになりそうだという。都の出資額は1000億円だから、半分がドンブラコ・ドンブラコと流れ去る勘定。いくら東京都の税収が快調だとしても石原ポピュリズムのために蕩尽してよいという都民は多くはないだろう。

 嗤えるコントラストを書いておく。まず件のポピュリズム・バンクについて。

 「新銀行東京」はバランスシートも歪んでいる。06年9月末の総資産は6991億円。その内訳は貸出・保証が2891億円と伸び悩んでいる。残りは現預金などのキャッシュポジションが約1200億円、有価証券等で約2600億円(内訳は1860億円が国債、30億円が社債、その他678億円)を運用している。
 金融のプロなら、この銀行に明日がないことはすぐ見てとれる。表面金利が平均7%近い貸出が利を稼ぐ柱のはずなのに、総資産の3分の1しかないため業務純益があがらない。やむなく短期運用のキャッシュが積みあがり、有価証券での運用も1890億円の公社債運用で6億円の評価損を出す始末。貸出の不振を補おうと、外資系金融機関などが持ち込んだ投資信託などを700億円近く購入しているが、評価益2億円強と異様にパフォーマンスが悪い。

 そして、記事の締めくくり。

 昨年11月、石原の企画・監修で『もう、税金の無駄遣いは許さない! 都庁が始めた「会計革命」』(公会計改革プロジェクトチーム著、ワック刊)という本が出版された。東京都が昨春導入した新会計方式を自画自賛した内容だが、その一節に石原はこう記している。
 「無駄遣いを許さないこの上なく強力な方法を編み出した」
 都民の血税がドブに捨てられようとしている今、これはブラックジョークとしか聞こえない。

 WACのサイトには件の本の宣伝コピーがある。

 日本で初めて行政に「機能するバランスシート」を導入し、会計処理のスピード化・財政の透明化・情報開示の徹底を推進して、破産の淵から自力で立ち直った東京都。機能するバランスシートでコスト意識に目覚め、知事を中心に全職員が経営感覚を培った。逆境の中で無駄を省き、必要な投資を進め、会計・財政改革を成功させた実例である。元日本公認会計士協会会長・元東京都参与、中地宏氏推薦!

 噴飯本の多いこの出版社にしてはなかなか立派な本らしい。しかし監修者が応用できないということは、立派なだけで実務的には役立たないのかな。(1/21/2007)

 朝刊、オピニオン欄に紺野大介(創業支援推進機構理事長/中国・清華大学招聘教授)が、嫌中派が読めば一気に血圧を上げて脳溢血を起こしそうなことを書いている。

 おおよそこんな話。中国は大きい。昨年、そのGDPはイタリア、フランス、イギリスを抜いて世界第4位になった。しかしそれはトータルの話で、国民一人あたりは未だに120位でしかない。つまり中国は平均値で語ってもあまり意味をなさない国だ。

 たとえば「中国の大学」もピンキリ、ピンにあたる清華大学や北京大学などに、アメリカ企業は研究委託費を大量につぎ込んでいるし、プリンストン、ハーバードなどの学長が毎年のように優秀な学生を招くために訪問する。彼らの留学に関わる費用は全額これらの大学が負担する。残念ながら、東大、京大に件の大学の学長がこのような案件で訪問した話は聞かない。

 ここで半畳。感情的に中国が嫌いな連中は、紺野には清華大学招聘教授というバイアスがかかっているのだと言うかもしれぬ。しかし立花隆の「メディア・ソシオ・ポリティクス」にも「日本人はとかく中国人を見下しがちで、経済力がついたといっても、技術は低いだろうとか、技術を身につけたといっても、先端技術の分野は遅れているだろう、技術は身につけても基礎科学のほうはまだまだだろうなどと思いがちだが、事実はそうではない。いま中国は、先端技術の分野でも、基礎科学の分野でも、世界のトップ集団の中にいる」という中国研究者の言葉が紹介されていた。いくら中国が嫌いだとしても既に欧米の学術誌に掲載される中国の研究者の論文数が日本のそれをはるかに上回っていることは事実として認識しておいた方がいい。それは量だけのことで質は低いのだと言いたかろうが、総じて嫌中派の知的レベルは低いから実証は難しいに違いない。まあ、そういう現状認識はいまのところ我がマスコミにも希薄だから、嫌中派御用達の言論人はいまのうちに稼いでおくことだ。

 紺野の話に戻る。つまり、中国を語るときには、何の話、誰の話、いつの話、どこの話かが重要で、一般的な話、平均的な話を語るだけではその力を見誤ることになるというのが紺野の主張だ。政治でも同じ。中国の内政問題は深刻だ。汚職腐敗も山とある。13億人という母集団はそれほど大きい。

 ここからの数行はじつに痛烈。書き写しておく。

 日本の政治家で我が身に置き換え、中国の指導者の統治力を想像し、真に理解できる人物がいるだろうか。朱鎔基前首相、胡錦清国家主席、温家宝現首相らと会見したことがある。苦学が身体に刻み込まれた人格や、人間的な厚みや深さには感じるものが多かった。
 乱暴な言い方が許されるなら、彼らは海抜ゼロメートル地帯からスタートして「科挙」を乗り越え一級大学で学び、下放や配転を強いられたものの、ついにチョモランマ(エベレスト)に登頂した。貧困の中で生まれたので、目線は庶民に向いているのだ。
 日本の多くの政治家のように、生まれた時から富士山の8合目にいる国会議員に、「下界」が見えるだろうか。

 かつて宮崎市定は「狭い日本では秀吉も家康を手懐けたところで天下人になる。広い中国では家康を丸め込んだくらいでは上がりにはならない。彼の国の為政者の器量は大きい」と書いていた。秀吉はそれでも海抜ゼロメートルから歩き始めた人物だったが、どうだろう、わが宰相などは富士山の中腹から「成蹊大学」などという宝永山で遊んだ程度。だから民の竈など目にも入らず、バカのひとつ覚えの如く「ケンポー・カイセイ」を繰り返している。嗤うべし。(1/20/2007)

 おととい、新幹線の中で読んだ朝刊には、政府の消極的容認論の動きと利上げに向けて最後の機会という日銀内の判断が伝えられ、0.25%から0.5%への利上げは固いのではないかという観測が支配的だった。しかし日銀はきのうの金融政策決定会合で追加利上げの見送りを決めた。

 朝刊の見出しは「異例、賛成6反対3」。記事には「だが、関係者によると、会合で委員は激しく意見を戦わせたというより、『どっちの意見を言っているか分からない』ほど利上げに前向きの意見が目立った、という」とあり、編集委員西井泰之は署名記事で「この日の決定会合をみれば、総裁・副総裁が腹を固めれば逆に少なくとも6対3で利上げは可決できた」と書いている。

 政府・与党は利上げ見送りに対し「歓迎一色」と伝えられているところをみれば、村上ファンド問題という弱みを握られた福井総裁が政府の圧力に屈したに違いないという勘ぐりは当たらずとも遠からず。残業代ゼロとあわせて「上げ潮政策」(なにが「上げ潮」なんだか嗤うばかりだが)に打撃と思われていた安倍政権、小泉が遺してくれた「恫喝ネタ」に助けられたというところか。(1/19/2007)

 今週、火曜、朝刊のオピニオンページ「政態拝見」に、編集委員の根本清樹が「安倍首相の『決断』ひとつだ」という見出しで中国残留孤児支援問題について書いていた。

 書き出しは「安倍首相の『政治決断』が、待ち望まれている。・・・」。残留孤児らの訴えに対する先月の神戸地裁の判決や、この問題に対する与党プロジェクトチーム座長、野田毅の言葉を書いた後、末尾にかけてこんな風に書いている。

 もう一つのつながりが、この間題と安倍氏との間にはある。
 神戸判決直後の参院決算委員会で、民主党の山本孝史氏が首相に問うた。「おじい様の岸信介元首相が残留孤児問題に少なからぬかかわりを持っておられることはご存じでしょうか」
 岸氏は戦前、満州国の高官として産業開発、国家経営にあたった。後に「民族協和、王道楽土の理想が輝き・・・・・・」(『あゝ満洲』)と振り返っているが、残留孤児が生まれたのはまさにその地においてであった。
 それだけではない。1959年、時の岸内閣は「未帰還者特別措置法」を施行した。結果、生存している残留日本人が多数「戦時死亡宣告」を受けることになった。山本氏は安倍氏に訴えた。「岸元首相に続いて、お孫さんの安倍首相にも孤児はまた見捨てられるのでしょうか」
 神戸地裁に続き、今月30日には東京地裁で判決が出る。
 残留孤児訴訟関東弁護団の安原幸彦幹事長が言う。「できれば東京地裁判決を待たず、少なくとも東京判決を受けて、政治決断で新たな給付金創設を打ち出してもらいたい」
 小泉前首相がハンセン病訴訟控訴断念の時に出した「首相談話」と同様な方式での解決を。弁護団はそう期待する。
 安倍氏は著書『美しい国へ』で、拉致被害者家族への思いを書いている。「国に見捨てられたかれらが、悲痛な思いで立ち上がっているのだ。わたしたち政治家は、それにこたえる義務がある」
 東京地裁判決まで、あと2週間である。

 拉致問題は「国盗り」の踏み台にするために「義務感を持った」が、国盗りがなったいまとなっては「残留孤児問題など迷惑至極」という気持ちなのだろうか。

 あのコイズミでさえ、ハンセン病訴訟では「英断」をしてみせた「美しい国」がどの程度のものか、そして祖父の遺した政治課題を真に解決するだけの気概を持っているのか、安倍晋三という男がまるっきりの「クズ」か、それともポピュリストのセンスくらいは持ち合わせているのか、それが分かる。おそらくポピュリストにもなり得ぬ、ただの「クズ政治屋」だと予想するけれども。(1/18/2007)

 東京病院の**さんから連絡があって、「来月くらいには緩和ケア科の方に移れる、したがって他の病院を探す必要はない」とのこと。結論としては有り難いことで、本来の職分を越えて関係のところにあたっていただいた彼女には感謝したい、ほんとうに。しかしそうだとすると、先月の**医師の説明はなんだったのかということになる。

 介護保険適用のために病院まで来ていただいたケアマネージャーの方・・・、と書いて思い出した。先週、市役所の介護保険課から手紙が来ていた。認定ランクの判定結果をお知らせする期限が来ているが、担当医からの所見がまだ来ていないので遅れるという内容だった。緩和ケア科に移るから所見提出が不要という判断にでもなっているのかもしれない。それならその旨連絡して然るべきだが、どうなっているのだろう。

 移り先が決まるまでは、「基本的には新座の蓄えからまかなえる、もともと自分のものではないのだから」と思っていた。しかし喉元過ぎれば何とやら、急に移り先の部屋のことが気になってきた。・・・(以下、略)・・・。(1/16/2007)

 心なしか冬は香典の出費が増えるような気がする。朝刊の物故欄も多い。きょうの朝刊も5人ほど載っていたが、写真付きで訃報を伝えられたのは「チョロ松」だった。

 ウォークマンのCMに登場した瞑想する猿。きのう、「逝去」。29歳8ヵ月。人間ならば100歳に近い大往生とか。

 彼の瞑目する姿には一種の雰囲気があった。行き帰りの電車でマンウォッチしてみた。威厳に欠ける手合いのなんと多いことか。そうそう、我らが宰相など見かけの品格において既にあきらかにチョロ松に負けている。もっともそういうオレも姿勢が悪いから、背筋のしゃきっと通った彼には負けているのだが。

 元大阪高検公安部長、三井環の控訴審判決。懲役1年8ヵ月、追徴金22万の一審判決を支持し、上告棄却。三井が申し立てた検察庁の調査活動費の不正利用について、判決は「被告が調査活動費の実態を生々しく語ることで、検察庁が威信を失墜させることになりかねないと憂慮していたと推認されるが、犯罪の嫌疑があれば粛々と捜査を進めるほかない」と述べた由。判決も三井の指摘した事実は否定できなかったわけだ。この国では検察庁が組織ぐるみで不正をはたらいた場合、これを立件する仕組みはない。つまり検察庁が組織で犯罪を行えば、何をしようとやり放題ということだ。(1/15/2007)

 **(家内)に連れられて新国立劇場へ。由紀さおりと安田祥子によるなんとかコンサートと言うから、そのつもりでいたら、タダ・コンサートにはやはり仕掛けがあって、文化庁主催「親子で歌いつごう:日本の歌百選」なる催しだった。第一部「式典」の文字をプログラムで見たときは「アーア」と思ったが、選曲過程やら表彰の部分は退屈したものの、存外悪くはなかった。

 最近、特に涙腺が緩くなっている。「故郷」などは普段でさえ歌うとウルウルするくらいだから、歌にまつわる思い出のエピソードなどを朗読されると簡単に涙が出てきてしまう。めんどくさいので、涙は流れるだけ流れるにまかせた。

 企画の意図には賛同するけれど、それにしても・・・、と思った。文語詩の簡潔な美しさ、歌われている自然の豊かさ、隅々まで心を通わせていた生活、・・・、これらは、もう、失われて帰らないものばかりではないか。「叱られて」の末尾、「ゆうべさみしい村はずれ、コンと、キツネが泣きゃせぬか」、「おかあさん」の中、「おかあさんっていい匂い、洗濯していた匂いでしょ、シャボンの泡の匂いでしょ」、もう、キリがない。

 その中で由紀さおりが紹介した「風」が耳に残った。西條八十の訳詞。なかなかいい詩だ。

誰が風を見たでしょう                     Who has seen the wind ?
  僕もあなたも見やしない   Neither I nor you ;
けれど木の葉を顫わせて But When the leaves hang trembling
  風は通りぬけてゆく   The wind is passing thro' .
誰が風を見たでしょう Who has seen the wind ?
  あなたも僕も見やしない   Neither you nor I ;
けれど樹立が頭を下げて But when the trees bow down their heads
  風は通りすぎてゆく   The wind is passing by .

 原詩の作者はクリスティーナ・ロセッティ。どこかで耳にしたことがあるような、そんな妙に懐かしい言葉たち。(1/14/2007)

 チェイニー副大統領が来月にも来日の予定とか。イラク「新戦略」への無心、カネは出せ、ツラも見せろと言いに来るのだろう。主立ったネオコンスタッフがホワイトハウスを去って、陰に隠れて糸を引いていた黒幕がとうとう自ら動かなければならなくなったとは、ご苦労様なことだ。

 フォーサイスの小説に「戦争の犬たち」というのがあったが、さしずめチェイニーあたりは「戦争のブタ」か。それにしてもなにも副大統領様がおいでにならなくったって、アベチンなどはコイズミポチより一回りも二回りも小ぶり、尻尾の振り方だけを心得ているチンピラですのに。

 つまりはピッグ・チェイニーもそこまで追い詰められたということか。それとも粒々辛苦の「イラク戦争」から「最後の一滴」まで儲けを絞り出そうという守銭奴のかがみたるべき魂胆か。ならば、「さすがアメリカの生んだマンモン、ディック・チェイニー」と誉めておくことにするか。(1/13/2007)

 架空の事務所家賃支出に関するスキャンダルで佐田玄一郎行政改革担当相が詰め腹を切らされたのはわずか2週間ほど前のことだった。家賃タダの議員会館に資金管理団体を置きながら家賃支払いの費目を計上するというスキャンダルがボロボロ出てきている。閣僚では松岡利勝農水相、伊吹文明文科相。与党自民党からは中川昭一政調会長。そして野党民主党からも松本剛明政調会長。

 5年間で松岡は1億4千万、伊吹は2億2千万、中川に至ってはなんと2億8千万にもなる。伊吹の釈明がすごい、「交際費やお返し代、ご苦労様代、たまたま集まってやっている飲食代に使った」のだそうだ。いったいどんなことをしてもらったお返し、ご苦労様なのかというのも嗤えるが、飲食代というのも可笑しい。よほどの大食漢を集めなくては年に4千万以上も飲み食いするのは難しかろう。

 外遊中の安倍、後悔しているに違いない。任命した閣僚のことではない、掲げた標語のことだ。「構造改革」とか「新生日本」程度の標語にしておけばよかった、と。「美しい日本」などというおよそいまの政治家とは正反対の極にある言葉を選んだばかりに、かえってそのギャップがクローズアップされることになってしまった。それでもめざすか、「醜い政治家で美しい日本を作ろう」と。(1/12/2007)

 ブッシュの新イラク戦略発表は嗤える内容だった。

 アメリカ時間の10日夜のテレビ演説でブッシュは率直をよそおって、「過ちがあった点については、わたしに責任がある。戦略を変えなければならないのは明らかだ」と述べた由。嗤えるのはまさにここ。

 つまりなにが「過ち」であったかといういちばんはじめのところで早くもブッシュは「過ち」をおかしているということ。「イラク戦争終結後」の戦略判断に「過ち」があったわけではない。ブッシュとその一派を除けば、アメリカのほとんどの国民を含めて世界中の人々は「イラク戦争」を始めたことが最初の根本的な「過ち」だと考えており、おそらく歴史にもそのように書き留められるだろう。

 率直さをよそおうのではなく、率直に事態に向き合おうとするならブッシュは自分が戦争犯罪者であることを認めることから始め、ニクソン同様、任期中辞任をするべきだ。

 ブッシュが辞任すればアメリカの憲法上は副大統領が昇格することになる。しかしイラク戦争に関していえばチェイニー副大統領はブッシュ大統領以上の責任者だから、ブッシュの辞任はチェイニーの不的確を意味しており、副大統領も同時辞任が相当ということになる。とすれば、最近就任したばかりのベロシ下院議長が大統領昇格というのが始末の付け方であるべきだということになる。しかし逆立ちしてもいまのアメリカにはそういう「理想」などは期待できないだろう。

 閑話休題。ラジカルな論議はおいて、ではどの程度の増員が必要なのか。「イラク戦争」が終わったと考えられた2003年夏、田中宇の「国際ニュース解説」はある試算を紹介していた。それによると、イラクの戦後安定維持のためには最低でも23万人の兵力が必要とされていた。それに従えばあと10万人の増強が必要、つまり今回ブッシュが発表した2万1000人の増派などは「問題外の外」なのだ。無法で無謀な戦争を始めた割には、というよりは、だからこそなのかもしれぬが、ブッシュとそのスタッフたちは軍事の基本を知らないようだ。(知ってはいても、国民を怒らせると思うと、とても怖くて口に出せないのかもしれないが)

 「兵力の逐次投入は最下策」というのは門外漢でも知る軍事常識の基本中の基本だが、まさに今回の「新戦略」はこの最下策そのものだ。ブッシュは知るべきなのだ、いまとなっては敗北を認めるのがただひとつ残された道だということを。もともと「テロとの戦い」などというのはネオコンが作りだしたバーチャルな標語でしかない。もうそろそろそんなもので私腹を肥やそうとするのはやめた方がいいのだ。(1/11/2007)

 養老孟司も書いていたが、いっそのことアメリカの一つの州にでもしてもらったらどうか。朝の会社でパソコンに火を入れコーヒーを飲みながら、いつものようにScience Portalのトップページを見ながらそう思った。

 「政府がインドとの原子力協力容認へ?」。読売のサイト見出しは「日本政府がインドの核保有容認へ:経済関係を優先」となっている。「?」マークはScience Portalがつけたもののようだ。

 核兵器を保有するインドに対し、日本企業が原子力発電所建設などに参入することを容認する方針を政府が固めた、という記事が、10日の読売新聞朝刊にトップ記事として載っている。
 ほかの新聞は報じていないので、公表する段階までは、政府内の作業は進んでいないと思われるが、検討が進んでいるのは間違いないのだろう。
 米国、英国、フランス、中国、ロシアの5カ国を核兵器保有国、それ以外の国を非核兵器保有国と、明確に区別し、非核兵器保有国の原子力技術、核物質を国際的な監視下に置く、というのが核不拡散条約の柱である。この枠外で原子力利用を進めようとする国は、NPT加盟国からの国際的な制裁を覚悟で進める以外ないということだ。
 従って、読売の記事が伝えるように「政府はこれまで、民生用原子力利用への協力をNPT加盟国に限定してきた。インドへの協力が実現すれば例外となるだけでなくインドの核保有を事実上容認することにつながる」という論議が必至になる。
 そもそもの発端は、記事に示されているように、インドの核保有を認めたうえで原子力平和利用の協力を進める合意が、1昨年、米国とインドとの間に成立したことにある。
 昨年5月に日本原子力研究開発機構が主催した「核不拡散科学技術国際フォーラム」でも、当然のことながら、この米国-インドの原子力協力は、論議の対象になっている。
 米国代表からは「インドの増大するエネルギーを原子力で賄うとの視点から重要であり、当該協力はNPT上インドが非核兵器国であるという位置づけを変えるものでなく、現在、インドの原子炉のうち81%が保障措置対象ではないが、将来的に原子炉の90%を保障措置対象にすることにより、インドを核不拡散体制に取り込むことができる」という説明が、行われた。
 このようなプラス面と、他方「インドにのみ例外措置を認め、NPT加盟により核兵器開発を放棄し原子力の平和利用を認められた国と同等の取り扱いをすることには問題がある」(同フォーラムでパネルディスカッションの座長を務めた浅田正彦・京都大学大学院法学研究科教授)というマイナス面を比較、さらに地球温暖化対策の観点から、原子力に対する見直しの機運が国際的に高まっているという内外の情勢なども考慮した上で、日本としての態度決定を迫られている、というのが実情だろう。

 オリジナリティが皆無の安倍首相の「政策」の中で、インド・オーストラリアとの外交緊密化はわずかに唯一の独自色を出したものだ。読売の記事によれば首相の訪印は現在調整中。その際のインドへのお土産が「核保有容認」か。

 一方、国内にはいくぶん前のめりにウェスチングハウスの買収を行った東芝、ずいぶん台所が苦しいらしい。経済協力に名を借りた原発建設参入はそのあたりからの「要望」か。

 核保有をインドには認め、北朝鮮には認めないとすれば、アメリカ仕立てのダブルスタンダードそのまま。他のアジア諸国にどう北朝鮮制裁を説得するか。「反北朝鮮」だけで首相になった安倍にあるのはアメーバの如き生物反応だけか。そういう存在を「美しい国」と呼べるか。

 昨年、経済同友会が前首相の対中政策を批判した際、右翼屋さんたちはこぞって「商売のために靖国を売るな」というようなことを主張していたが、これなど靖国なぞ足元にも及ばぬ「国家意思」の忘却だが、奴らはなにもいわないのか。

 これらのことをゼロベースで考えるならば、この国の住民にとって「日本政府」の存在価値はない。「アメリカ政府」の下でチョロチョロするだけのことなら我々には「日本国」などいらない。

 夕刊に訪欧中のわが宰相がブレア首相と撮った写真が載っている。気になる「絵」だ。安倍は得意満面の笑顔でこちらを向いているが、彼の国の宰相の表情はどことなくぎこちなく視線は違うところに向いている。代表撮影と断ってあるから、これで世界中に配信されたのかもしれぬ。

 ブレアに吹き出しをつけるならこんな感じだ、「この程度の人物で首相になれる国なのか、日本は」と。もっともブレアが同様の感慨を持ったと推測されるのは今回だけではないと思うが。(1/10/2007)

 自民党の山崎拓が訪朝。塩崎官房長官は「連絡を受けたので、好ましくない旨伝えた」、さらに「北朝鮮渡航は一般国民にも自粛を要請している。国民を代表する国会議員が渡航するのは望ましくない」とコメントした由。官房長官のコメントだけでは不足だったのか、首相までが「日本は北朝鮮に対して、核の問題、ミサイルの問題、拉致の問題で誠意ある対応を取るよう求めて圧力をかけている。そのことを理解していただきたい」とあえて「不快感」表明を行った。なにやら自分のおはこを奪われたかの如き口吻が可笑しい。

 山崎は「中国やアメリカの政治家から『北朝鮮と対話して説得する行動を日本の政治家はとれないのか』とよく言われる。今年の私の政治行動の中で重点問題として取り組んでいく決意」、「二元外交とか、北朝鮮に媚びを売るとか言われると思うが、朝鮮半島非核化の実現のためには、『対話と圧力』とともに『対話と説得』の努力も必要だと信念的に考えている」と語ったとか。

 それぞれの言葉をそのまま受け取れば、山崎の言葉の方が圧倒的に正しい。塩崎の「国民を代表する国会議員は国民同様に渡航を自粛すべきだ」などというのは、小泉時代から始まった国会議員の「大政翼賛会化」には適っているのだろうが「政府に従うだけ」では国会議員の存在理由はない。もっとも安倍内閣と自民党の主流は「国会議員というのは政治献金をもっぱら私事に使うための称号さ」と割り切って、公のためになることなどより私的な飲み食いにもっぱら精を出しているらしいけれど。

 ただ山崎の行動が言葉通りのものかどうかは分からない。政府の内密の依頼を受けてのことかもしれないし、一部に伝えられているように小泉元首相の意向に基づくものかもしれない。それらの可能性はないわけではない。あえて首相までが重ねて「不快感」を示した不自然は、前者だとすれば一種の三味線、後者だとすれば短命安倍政権の後釜に返り咲き長期政権を狙う小泉の陰に怯えてのこと。

 いずれであるかを観測する手がかりがある。「家族会」と「救う会」だ。いまや安倍の私兵と化した感のある「家族会」が山崎を批判したならば「額面通り」、無反応ならば「内通がある」と見ていいだろう。しかし「毅然とした姿勢」で「圧力」をかけていれば「おのずと流れていく方に流れていく」として、実質、なにもしない、なにもできないでいる安倍内閣の無能ぶりに彼らもそろそろ苛立ってもいい頃だが。それとも心を売っただけではなくロボトミーの手術までされたか、呵々。

 そうそう、きょうから「防衛庁」あらため「防衛省」。実質がない安倍内閣の象徴的「お仕事」。(1/9/2007)

 朝刊に「旧満州・中国人捕虜強制労働:関東軍が賃金不払い明文化」という見出し。以下、記事。

 文書は旧満州に展開していた関東軍総司令部が1943年7月に作成した「関東軍特種工人取扱規程」。通則、輸送、使役、管理、監視及警戒、経理、報告の7章32項目と二つの付則からなり、表紙には「極秘」の印が押されている。
 冒頭の第1項では、中国北部戦線で捕虜にした国民党軍や共産党軍の兵士、匪賊と称していた反日武装勢力を「特種(特殊)工人」と定義。軍の管理下にある飛行場や鉄道などの建設現場で使役する場合の必要事項を定めている。
 処遇については、特種工人の配属を受けた部隊長がその使役や管理を直接担当する▽輸送の際は将校を輸送指揮官とする――など、管理・使役に関東軍の各部隊が直接かかわる仕組みになっている。
 賃金については、「特種工人に支給せず、部隊が一括保管し、日用品などの購入に充てる。なお余剰がある時は本人の帰還や解放時に交付する」と定めている。しかし、死亡した際に残されていた遺留金は埋葬費に充て、残額があれば遺族に送る▽送金不能ならば残りの特種工人の福利施設に充ててよい▽逃亡した場合は捜索費に充て、残った額は他の特種工人の警護施設に充当する――などの規定があり、賃金を直接手渡さずに捕虜を働かせることができる仕組みになっている。
 日本が1911年に批准した「ハーグ陸戦条約」は、捕虜を使役した場合は自国の陸軍軍人と同じ基準で賃金を支払うことなどを義務付けるとともに、捕虜の賃金から必要経費は控除できるとしている。関東軍の取扱規程は、「特種工人」が諸外国から国際法上の捕虜と認定された場合でも、同条約を順守していると主張できる形を取りつつ、現場で強制労働を可能にする狙いがあったと見られる。
 旧満州国での捕虜の強制連行・強制労働をめぐっては、当時の統計資料をもとに、1941年5、6月から43年6月末までの2年間に民間企業と軍を合わせて約10万人が動員されたと推計する中国側の研究がある。敗戦時に関係資料の多くが散逸したり処分されたりしたため、全体像は不明となっている。
 ・・・(以下は、サイト記事にのみある記述:サイトには「関東軍命令書」の写真も掲載)・・・
 一方、日本国内への中国人の強制連行については、外務省が敗戦直後の46年3月にまとめた「華人労務者就労事情調査報告書」で、43年4月〜45年5月に3万8935人が連行され、帰国までの死亡者数を6830人としている。

 ポイントはこの文書が中国・吉林省の公文書館「档案館」に残されていた関東軍憲兵隊関係の一群の文書から見つかったこと。文書・記録の隠滅がお得意だった「皇軍」も戦争末期には神経が行き届かなかったものと見える。恵泉女学園大教授:内海愛子の「このような規定が、上層部は責任追及を逃れながら末端の担当者が捕虜虐待に問われ、多数のBC級戦犯を生む素地になったとも言える」というコメントは至当。

 「現場」が「上」の意思を先取りして極限まで展開を図ろうとする日本的行動パターン。もっとも最近はそういう「日本的美徳」は忘れ去られつつある。良いことか、悪いことか。(1/8/2007)

 元日から朝刊一面に「ロストジェネレーション――25〜35歳」が連載されている。きょうで6回目。きょうのサブタイトルは「起業世代」。登場人物は有馬あきこ。ライブドアの前身、オン・ザ・エッヂの創業メンバー。堀江貴文のパートナーで後に経営方針で衝突し、辞めることになった女性だ。

 「オッ」と思ったのは必ずしも彼女が「ホリエモンの元カノ」だったからではない。たまたま前後してニューヨークタイムズの電子版に堀江のインタビュー記事が載った。その「縁」が面白かったからだ。

 インタビューの中で堀江は「ボクは一般国民が物事を深く考えることを好まない日本のエリート官僚と変化を恐れた財界幹部に狙い撃ちされた」と強調し、「ボクのことを最も不快と感じたのは、旧体制に利害を持つ40、50代の中間管理職で、彼らは信じ、守ってきた社会が粉々になるのを望まなかった」と主張し、「日本の旧体制はコネだけの世界だ。若ければコネはないし、一般家庭出身なら一生かかっても何も成し遂げられないようになっている」と批判、最後に「才能を生かせない社会は衰退の一途をたどる」と結んだと伝えられている。

 堀江の「分析」はある程度は当たっていよう。しかし50代中間管理職が不快と思ったのは彼の「破壊性」などではない。彼がフェアではなかったからだ。仮に株式分割というマネーゲームが現行法に照らしてフェアであったというのなら、彼は宮内亮治ら腹心の部下に責任を転嫁する必要などなかったろう。我々の多くは思っている、「堀江よ、狙い撃ちされたというのなら、なぜ、君は腹心の部下とともに、あるいは部下が負わされようとしている罪を一身に引き受けた上で、彼ら、エスタブリッシュメントと戦わなかったのだ?」と。

 それはそれとして、有馬あきこ。特集記事に書かれた彼女の肩書きは「株式会社セレンディピティ代表取締役」。セレンディピティというのは、田中耕一のノーベル賞受賞理由となった研究成果などのように、本来の意図とは別に価値のあるものを発見できる能力のこと。堀江貴文という男のことを考え合わせるとなかなか意味深なネーミングだ。(1/7/2007)

 年賀状、ことしは少し遅いような気がする。全体的に郵便事情がそうなのか、もう元日に届くようにという気を使わせない歳(ポジション?)になってしまったからなのか。

 ほとんど話をしたこともない仲であったのに、同期会などでグンと親しくなるということがある。年賀状にも似たようなところがあるのかもしれない。

 **さん。***から情報営業のてこ入れに副本部長に招かれた方。会社では一回も直接話をしたことはない。営業にいた年に単なる儀礼として出した。品保に移ってこちらからは積極的に出さなくなったが、毎年、いただく。きっと年賀状リストに載せられて、そのまま自動的に出されているのだろうと思っていたが、喪中欠礼が挟まっても必ずいただく。ことしも早々にいただいた。「一年前にリタイアしました。テニス、クルーザ、車の優雅な生活を夢見ていましたが、頼まれた*******の仕事が忙しく、ままにならない状況です」とあった。自慢のトーンがないわけではないが、こういう語り口がなんだか微笑ましく思ってしまうような雰囲気の方だった。ことしは「元日必着」リストに入れなくてはならないかしら。(1/6/2007)

 毎日新聞のサイトに「天皇陛下:運転免許更新で高齢者講習」という見出しを見つけた。今上が運転免許を持っているとは知らなかった。

 天皇陛下は5日、皇居・東御苑で、普通乗用車の運転免許更新のため高齢者講習を受けた。御所で警視庁の担当者から講習を受けた後、東御苑内に道路標識などを設置して1時間ほど実技を行った。その後御所に戻り、適性検査を受けた。
 道路交通法では70歳以上で免許証を更新する人に高齢者講習を義務付けており、73歳の陛下が受けるのは初めて。陛下は週末に皇居内で皇后さまとテニスをする際などに、車を運転している。

 「兼高かおるの世界の旅」というのはテレビ創世期(というほど早い頃ではないが)の人気番組だったが、ある回にこんなナレーションがあった。「ええ、時折、王女さまも街にお買い物に出られるんですの。お一人で、お付きの方なしに、好物のチョコレートかなにかをお買いに。そういうとき、お店は王女さまだって気がつかないふりをしてさし上げるんですの」。ヨーロッパの王室だったとは憶えているのだが、どこの国というのは記憶にない。

 今上がドライブを楽しまれる、そういう想像は楽しい。今上は市中の運転はもはや無理として、皇太子はどうだろう。天皇も時にふらりとドライブに出て、立ち寄り先の誰もがそれとは知りながら、表立った格別のことはせずにそれとなく気を遣ってさし上げ、心地よく皇居に戻るなどというのはなかなか素敵な話だと思うが。(1/5/2007)

 初出勤。残された会社生活はあと五百数十日。三月には五百日を切る。もっとも最近の状況では「任期満了」まで勤め上げることができるかどうかは微妙。この暮れはその印象を深くした。

 アメリカ的な浅知恵が猖獗を極めている。「無用の用」というのはたしか荘子の言葉だが、そういう言葉はもはや「引かれ者の小唄」と思われている。これほど浅知恵のもたらす災禍が満ちあふれているのに、あいかわらず目先の因果だけを論って右往左往。質の高いボトムの喪失をどのようにして補うのか、この国の製造業の浮沈はそこにかかっている。

 大発会の終値は17,358円67銭。127円84銭高。夜のニュースで金融筋の多くが株価の緩やかな上昇を予測していた。その反面、主要企業のトップは景気動向についてさほど悲観的ではないにもかかわらずより厳しい競争と引き締めを強調していた。

 個人消費は伸びないだろう。昨年から始まった定率減税の段階的廃止はことし一年遅れで住民税に反映する。見込みで源泉徴収される所得税は完全廃止の税率を見込んで天引きされる。まず4月ないし5月に小手調べのような感覚で所得税額が増え、夏のボーナスが出る頃からは遅れてきた住民税の重税感がアドオンされる。団塊特需がどの程度消費を下支えするか、これとの兼ね合いが消費性向を決める。それがあらわに出るか否かがことしの景気実感の分かれ目になるに違いない。(1/4/2007)

 箱根駅伝の結果。復路順位は、順天堂大、日大、東洋大、東海大、中央大。総合順位は、順天堂大、日大、東海大、日体大、東洋大。中央は総合8位。

 あした、あさってと休暇をとれば、8日まで連続11連休。**(母)さんの関係でいつ休暇をとることになるか分からないのでとりあえず暦通りにした。6日間だったが、「あしたからか」とは思わない。初日、転院先のための面談でまるまる一日つぶれてしまったのに、ちょうどいいくらいの感じなのが不思議。今夜は早く寝よう。(1/3/2007)

 起きたときには箱根駅伝は一区終盤というところだった。マラソン中継もそうだが駅伝中継も思えば変な「見もの」だ。映像的には、ただ淡々と走る、ひたすら走るだけ。たしかに追いつく、追い越す、追い越される、それぞれの時の選手の表情に多少のドラマを見ることはできる。アナウンサーは、最近の常で、なんだかとんでもないことが起きているかのような大声を張り上げたりはするが、見ているこちらは金切り声を上げるほどに白けてしまったりする。退屈してチャンネルを切り替えるが、しばらくすると「どうなったかな」とチャンネルを戻す。のっけから終わりまでじっくり見るということは絶対にないくせに、結局のところゴールまでの間、テレビの前を根拠地にして離れることはない。ある意味、じつにお正月向きにできている。

 それにしても、正月、二日に分けて、箱根を往復する駅伝競走、だれが考えたものか。箱根駅伝のオフィシャルサイトには下記のような歴史が書かれているが、「なぜ箱根なのか?」についての答えはない。まあ「なぜ日光往復にならなかったのか」はうかがえるが。

 そうした中で、1917年(大正6)に日本で初めての駅伝となる「東京奠都五十年奉祝・東海道駅伝徒歩競走」が、京都三条大橋と東京・上野不忍池間で行われた。読売新聞社が上野で開く大博覧会の協賛イベントとして企画したもので、京都―東京516キロを23区間に分け、三日間、昼夜兼行で走り継ぐ壮大なたすきリレーだ。東西対抗で行われたレースは、大成功を収め、これが箱根駅伝の"原型"となった。
 「東海道駅伝」の成功に意を強くした金栗らは、大学や師範学校、専門学校に箱根駅伝創設の意義を説いて参加を呼びかけ、早大、慶大、明大、東京高師(現筑波大)の四校が応じたというのが、創設のいきさつである。第1回大会が「四大校駅伝競走」の名称で行われたのは、こうした事情によるものだ。

 ことしも五区、順天堂の今井がすごかった。四区を終わったときは5位。トップの東海大とは4分9秒差。これをひっくり返して逆に1分42秒もの差をつけた。

 往路順位は、順天堂大、東海大、日体大、早大、日大。去年、順天堂は八区でキャプテンが脱水症状を起こし、往路優勝のみにとどまった。ことしはどうか。(1/2/2007)

 朝刊、別冊「ラ・テ特集」、「読者が選んだ私の『伝説の番組』」。

 「逃亡者」、「七色仮面」、「快傑ハリマオ」、「ジェスチャー」、「夢であいましょう」、・・・等の中に、「今でも見たい伝説の番組は『チロリン村とくるみの木』です。幼かった私は、今考えると見にくかっただろう白黒画面に見入っていました。ある冬の夕方、着ていたカーディガンが練炭ひばちに入り、燃えだしたのも気づかなかったのです。祖父が手でもみ消してくれましたが、今でもやけどの傷が私のおなかに残っています」というのがあった。

 うちがテレビを買ったとき、既に「チロリン村とくるみの木」は始まっていた。その頃は金曜日の6時から放送されていたが、やがて毎日、6時前の15分という時間帯になった。「チロリン村」の後を襲ったのが「ひょっこりひょうたん島」であったので「ひょうたん島」を憎んだこともあった。Wikipediaで調べてみると両番組の入れ替わりは高校に入学した年にあたる。ずいぶん幼い高校生だったのだと苦笑。

 チロリン村は人形による子供ミュージカル。しかしその設定には図式的ながら社会が投影されていた。果物は上流階級、野菜は庶民階級、そして動物はアウトロー。秀逸だと思うのは「くるみ家」の存在、つまり木の実が果物と野菜の階級的対立のバッファ役を果たしていたこと。「コンキリプー」(カッパのコンキチ)とか、「ハーフーへーホー」(腹ペコ熊)などというなんともいいようのない擬態語はいまも、時折、頭に浮かんで口から出てきそうになる。

 一時期のNHKには人形劇がかなりあった。「みんなの夢で膨らんだ、大空かける宇宙船、急げ、シリカ、急げ・・・」の「宇宙船シリカ」や、「銀河は星の海、星の中から生まれ出た、走れロケット光を超えて・・・」の「銀河少年隊」などは操り人形(マリオネット)だった。小学校から中学のある時期、そんな番組を楽しみにしていたとは、ずいぶん素朴な少年だったということ。(1/1/2007)

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