物理地学の基礎:演習問題と解説

6-1 現在の地磁気分布

地磁気ベクトルと地磁気3成分

方位磁石は水平の状態で北を指すので,地磁気の磁力線は水平で北を向いていると思いがちです.しかし,日本のような北半球の中緯度では地磁気は斜め下向きで,南半球中緯度では逆に斜め上向きです.方位磁石が水平にくるくる回るのは使用する緯度に合わせてバランスを取ってあるからです.また,方位磁石の指す北は磁気的北とよばれ,一般には真の北からずれています.

地磁気3成分: 地磁気ベクトルは3つの成分で表すことができ,北向き,東向き,鉛直下向きを正にとって,それぞれ, \(X\), \(Y\), \(Z\) で表わします.しかし通常は,地磁気ベクトルが水平となす角度を伏角 \(I\)(inclination),水平面への投影(水平成分)が北からなす角度を偏角 \(D\)(declination),大きさを全磁力 \(F\)(total force)として表すことが多いです.この地磁気3成分と前述の3成分との関係は次式で表されます. \begin{equation} \tan I = \frac{Z}{\sqrt{X^2 + Y^2}}, \quad \tan D = \frac{Y}{X}, \quad F = \sqrt{X^2 + Y^2 + Z^2}. \label{eq01} \end{equation} ここに,伏角 \(I\) は下向きを,偏角 \(D\) は東向きを正にとります.日本付近では, (35°N,135°E) の地点で伏角は約 50°,偏角は約 -8°,全磁力は約 48 μT ですが,特に伏角は緯度によりかなり異なります.ここに, μT(マイクロテスラ)は 10-6 T(tesla)です.なお,「テスラ T」は正確には「磁束密度 \(B\)」の単位で,「磁界 \(H\)」の単位は「アンペア毎メートル A/m」です.また, \(H\) は「磁場の強さ」や単に「磁場」ということも多いです(→ 磁気の単位系の簡単な解説).

磁気図: 地図とコンパスによるナビゲーションには,地磁気偏角の値を知る必要があります.偏角分布の情報は,GPS等によるナビゲーションが発達した現在でも,船や飛行機の運航に必要なデータの1つです.地磁気の各成分の分布を地図上に表した図を磁気図といいます.世界の磁気図は国際的に決められた地磁気分布のモデルに基づいています.これを国際標準地球磁場(IGRF, International Geomagnetic Reference Field)といい,地磁気は年々変化しますので5年毎に改定されます.下図は 2020 年の偏角分布を緯度が 80°N~60°S の範囲で表わした磁気図です.世界各地の偏角の値は,赤道から中緯度では大体 ±20° の範囲ですが,高緯度では真北から大きくずれる地域が多いです.その理由としては,そもそも北極点や南極点では全ての方位がそれぞれ南や北ですので偏角は定義できません.また,極域には地磁気ベクトルが真下または真上を向く地点があり(磁極といいます),やはり偏角は不定となります.このような地点に近い高緯度では偏角は測定できても真北からのずれは相当程度大きくなります.

IGRFによる2020ADの世界の偏角磁気図
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磁気双極子による近似: 偏角だけでなく,伏角や全磁力の分布を観察すると(→ I, D, F 磁気図),地磁気のグローバルな様子が分かります.それらは, (1) 大体北を向いている, (2) 伏角は赤道付近でほぼ水平で,緯度が高いほど深く北半球で下向き,南半球で上向き, (3) 全磁力は高緯度ほど大きく,極地方の値が赤道付近の約2倍,などです.これらの性質は,地球中心に自転軸と平行な棒磁石を置いたときの磁場に似ています.但し,磁石の N 極は南半球側に向ける必要があります.もちろん,地球の核は5~6千度の融けた鉄ですので棒磁石が実際にあるわけではなく,同じ作用を生じるメカニズムが核内にあるということです.電磁気学では,棒磁石を磁気双極子といい, N 極と S 極を無限小に近づけた理論上の棒磁石です.地球中心で自転軸と平行な仮想的磁気双極子を地心軸双極子といいます.電磁気学によると,大きさ \(M\) の磁気双極子モーメントによる磁場の北,東,下向き成分 \((X,Y,Z)\) は緯度 \(\lambda\) で次式となります. \begin{equation} X = \frac{\mu_0 M\cos\lambda}{4\pi a^3}, \quad Y = 0, \quad Z = \frac{\mu_0 M\sin\lambda}{2\pi a^3}. \label{eq02} \end{equation} 但し, \(\mu_0\) = 4π×10-7 N/A2 は真空の透磁率, \(a\) は地球の半径です.このモデルでは,式 (1) と (2) を比べると偏角は常にゼロで,地磁気は真の北を向いていることになります.また,式 (2) の \(X\), \(Y\), \(Z\) を (1) の各式に代入して,次の緯度 \(\lambda\) における地磁気3成分を表す式が得られます.

\begin{equation} \tan I = 2 \tan\lambda, \quad D = 0, \quad F = \frac{\mu_0 M}{4\pi a^3}\sqrt{1 + 3\sin^2\lambda}. \label{eq03} \end{equation}

世界の磁気図にみられる地磁気の様子は,式 (3) におおよそ合っていることが分かります.なお,磁気双極子モーメント \(M\) の単位は Am2 です.

地磁気は,地球中心に位置し自転軸から約9度傾いた磁気双極子による磁場に近い.

磁極と地磁気極: さらに磁気図を調べると,右図のように地球中心で自転軸から約 9° 傾いた磁気双極子の磁場が現在の地磁気に最も近いことが分かります.この磁気双極子の軸が地球表面を横切る地点が地磁気極(geomagnetic pole)で,北半球と南半球でそれぞれ地磁気北極と地磁気南極といいます.これらの2つの地磁気極は当然ですが地球中心に対して反対称の位置にあります.一方,伏角が ±90° の地点が磁極(magnetic pole)で,磁北極(北磁極)と磁南極(南磁極)の2つが観測されています.磁気双極子による磁場を双極子磁場といいますが,地磁気が双極子磁場だけから成る場合は,地磁気極と磁極は一致するはずです.しかし,実際の地磁気には磁気双極子以外の成分も多いので(非双極子磁場),そのようにはなっていません.また,磁北極と磁南極は地球中心に対して反対称ではありません.地磁気極や磁極は年々移動しますが, 2020 年の位置を表に,過去 120 年間の位置を図に示します(データは → 地磁気世界資料センター京都より).

地磁気北極:(80.7°N, 72.7°W)   磁北極:(86.5°N, 162.9°E)
地磁気南極:(80.7°S, 107.3°E)   磁南極:(64.1°S, 135.9°E)

IGRF-13による1900-2020の地磁気極と磁極の永年変化
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地磁気永年変化: 地磁気は,電離圏などの地球外部に原因する1秒以下~数年程度の変動から,地球核に原因する 10万~100万年毎の地磁気逆転まで,幅広い時間スケールで変動しています.このうち地球内部が原因の数年から数百年程度の時間スケールの変動を地磁気永年変化とよびます.上図に示した地磁気極や磁極の年々の移動も地磁気永年変化の現れです.

1900年から2020年までの地磁気双極子モーメントの永年変化

偏角の測定は中国では既に8世紀から記録がありますが,世界各地で得られるのは大航海時代以降です.日本では,古記録から関東地域の偏角として,現在は西に約 8° ですが,伊能忠敬による日本地図の作成が行われた 1800 年頃はほぼゼロで,その百年前には東に約 5° でした.伏角は偏角ほど測定データはないですが,ロンドンでは 1600 年以降の観測があります.それによると伏角は,1600 年には 72° が百年後に一旦 75° と深くなり,以降は浅くなり続け現在は 66° です.また,全磁力にも永年変化はみられます.右図は,国際標準地球磁場の双極子磁場成分を磁気双極子モーメントに換算した値の 1900 年以降のグラフです.過去 120 年間で減少が続いていることが分かります.

このように地磁気永年変化は,方向では 100 年におよそ 2°~8° の変化がみられる全地球規模の現象です.全磁力については,磁気双極子モーメントが 100 年におよそ 5% の割合で減少が続いていて,2千年後には地磁気が逆転するのではないかと考える学者もいます.今後も地磁気永年変化については,世界各地の地磁気観測所や人工衛星による詳細な観測が続けられます.

太陽風の影響を受けた惑星空間での地磁気

惑星間空間での地磁気: 地磁気の磁力線は宇宙空間に無限に広がっているわけではなく,右図のような形をしていて地磁気の届く範囲を磁気圏といいます.磁気圏は太陽の側では太陽風というプラズマ粒子の流れによる圧力を受けて地球直径の数倍程度に圧縮され,太陽と反対側では月軌道付近まで延びています.このプラズマ粒子は電荷を帯びた電子,陽子,ヘリウムなどで,その速度は地球軌道付近で秒速 500 km 前後に達します.この生命に取り危険な太陽風が地表まで到達するのを防ぐのが地磁気です.また,高速のプラズマが低速のプラズマに衝突して形成される衝撃波面が太陽側から磁気圏を覆うように伸びていますが,右図では磁力線だけを模式的に描いています(詳細な図は例えば → JST磁気圏データベースにあります).

前述のように,1秒以下から数年程度の時間スケールの地磁気の変動は地球外部に原因があり,多くは太陽活動と電離圏や磁気圏との関わりで生じます.太陽放射により,電離圏のおよそ高度 100 km 付近に電離した気体の流れが生じ,環状電流が発生します.この電流で地球の昼側に磁場が発生するため,自転する地球から地磁気を観測すると日変化が現れます(地磁気静穏日変化).また,太陽では時々フレアという爆発現象が発生します.すると大量のプラズマが太陽風として地球へ到達し磁気圏全体が乱れ,これを磁気嵐といいます.この際,荷電粒子とともに太陽の磁場も到達しますが,太陽磁場の向きが地磁気の向きと逆の場合は磁力線の繋ぎ替えが発生し,そこから大量のプラズマが磁気圏へ流入しオーロラが発生します.このような大きな磁気嵐では,電波に関わる障害も多く発生します.また,荷電粒子などの照射による人工衛星や宇宙飛行士へのダメージも発生します.さらに,電離圏に流れる大電流により地中に誘導電流が発生し,電力施設の障害から特に高緯度の都市では大規模停電が発生することがあります.

これらの地球外部起源の地磁気変動は地球惑星圏の分野ですのでここでは扱いません(優れた解説は例えば → 宇宙天気予報センターにあります).なお,磁気嵐などで地中に誘導される電場と磁場から地下の電気伝導度を求めることができ,その原理は後のページで扱います.

問題6-1-1

地磁気のモデルとして地心軸双極子を考えます.電磁気学によると,緯度 \(\lambda\) の地点での地磁気の北向き,東向き,鉛直下向きの各成分 \(X\), \(Y\), \(Z\) は次式で表わせます(本文の式 (2)). \[ X = \frac{\mu_0 M\cos\lambda}{4\pi a^3}, \quad Y = 0, \quad Z = \frac{\mu_0 M\sin\lambda}{2\pi a^3}. \] 但し, \(\mu_0\), \(M\), \(a\) はそれぞれ真空の透磁率,双極子モーメント,地球の半径です.

(1) これらの式から緯度 \(\lambda\) での地磁気の伏角 \(I\),偏角 \(D\),全磁力 \(F\) を与える次式を導きなさい.ここに, \(F_0\) は赤道における全磁力です. \[ \tan I = 2 \tan\lambda, \quad D = 0, \quad F = F_0\sqrt{1 + 3\sin^2\lambda}. \]

(2) 伏角 \(I\) と全磁力 \(F\) は緯度 \(\lambda\) に対してどう変化するか? 問い (1) の式と次の数値表を用い,緯度 15° 毎に計算してグラフを描きなさい.但し, \(F_0\) = 30 μT とします.( → グラフ用紙

\(\theta\)0.015.028.230.045.049.160.063.473.975.082.490.0
\(\tan\theta\)0.0000.2680.5360.5771.0001.1541.7322.0003.4643.7327.464\(\infty\)
\(\theta\)0153045607590
\(\sqrt{1+3\sin^2\theta}\)1.0001.0961.3231.5811.8031.9492.000

(3) このモデルが実際の地磁気(→ I, D, F 磁気図)に近い点を挙げなさい.

問題6-1-2

地心軸双極子モデルと実際の地磁気を,前問よりは詳しく比較してみます.このモデルによると,北半球と南半球で赤道に対して対称な地点では伏角の絶対値と全磁力の値は同じとなります.そこで,南北中緯度2地点で地磁気3成分を比較してみます.比較を行う経線は,意図的ですが, 73°W と経度で 90° 離れた 163°W とします.それらの経線上で緯度が ±30° の2地点を比較します.

(1) 2020年IGRF磁気図(→ 印刷用 pdf)は中央が経線 120°W (240°E) で,対象の4地点に+マークが付いてます.各地点の地磁気3成分を読み取り,下表に記入しなさい.

(緯度,経度)伏角 (°)偏角 (°)全磁力 (μT)
経線73°W上の2地点(30°N,73°W)
(30°S,73°W)
経線163°W上の2地点(30°N,163°W)
(30°S,163°W)

(2) 4地点での地磁気3成分を概観すると,南北2地点間の対称性は経線 163°W では比較的良好で,経線 73°W では悪いようにみえます.この差についてその原因を考えなさい.また,地心軸双極子モデルをさらに良い近似にするにはモデルをどう変更したらよいか考察しなさい.

自転軸から9度傾いた磁気双極子モデルによる磁極Gと,地磁気方向を求める4地点A〜D

問題6-1-3

現在の地磁気が,地球中心で自転軸から 9° 傾いた磁気双極子の磁場で表されると仮定し,地磁気北極の位置を(81°N, 287°E)とします.右図は 60°N 以北の極域の地図で,地磁気北極を G として星印で示してあります.

いま,図の4地点 A, B, C, D で地磁気を観測したところ,下表に示した伏角と偏角の4組の測定値が得られました.但し,それぞれの測定値の観測地点は伏せてあります.これらの4組の測定値が対応する観測地点を推定し,地点の記号を表に記入しなさい.また,そう判断する理由も記しなさい.

測定番号伏角 (°)偏角 (°)地点記号
測定値18413
測定値280-27
測定値37721
測定値475-5

参考文献: