第6章 麻薬・アルコール中毒、記憶喪失症の原因となっているスピリット
第1節 ●麻薬中毒を克服したスピリットの警告
既に紹介した元映画女優のオリーブ・Tは、その後何度か招霊会に出現して、人の為に役立つことの大切さを訴えると同時に、社会に蔓延している麻薬の恐ろしさを説き、一人の中毒患者のスピリットを救ってあげてほしいと依頼した。

そのスピリットは地上でウォーレス・Rといい、よほど重症の中毒患者だったらしく、霊媒に乗り移らせても、ただうめき声を上げて身体を苦しそうによじるばかりで、何の質問をしても、まともな返事が返ってこなかった。

そこで、やむをえず、いったん霊媒から引き離してマーシーバンドに預け、一週間後にもう一度招霊した。以下が、その記録である。

1923年10月17日  スピリット=ウォーレス・R

前回同様に元気がなく、最初のうちは、喋ることさえ出来なかった。

博士「どなたでしょうか。目を覚ましてお話し願えませんか。病気のことは一切考えてはいけません。元気だった時のように話してみてください」

スピリット「(微かに聞き取れる声で)そう言われても、なかなか思うようには・・・」

博士「さ、頑張って! 話せますから」

スピリット「もう少し理解を得る為に、もう一度ここへ来たいと思っていました。前の時は何が何やら分からなくて・・・。私は暗がりの中にいます。麻薬の習慣から脱け出そうとしながら、今も暗い闇の中にいます。魂にまで習慣が染み込んでしまったらしくて・・・」

博士「以前、ここへ来たことがあるのですね?」

スピリット「あります。そんなに前のことではありません。その節は有り難うございました。でも、まだまだ力を貸して頂かねばなりません。麻薬の習慣を克服する為の力をお貸し頂きたいのです。

私は死後の生命については、知識らしい知識はありませんでした。その日その日の生活を送るだけでした。死んだらどうなるかなどということは、微塵も考えておりませんでした」

博士「もともと、そういう高度なことに興味をもつ人はきわめて少ないのです」

スピリット「また、私が麻薬中毒だった時に、色々ご援助頂いたことにも感謝申し上げます。あの時も私に悪い習慣を克服させよう、そのための力を与えよう、と努力してくださっているのを感じておりました。どこかへ引き寄せられるような力を感じておりましたが、私が精神的に衰弱していて、それを意識的に受け止めることが出来なかったのです」

博士「私達は、あなたが邪霊集団に支配されていると判断して、サークルで祈念を集中したのです」

スピリット「衰弱しきっていて、そうとは気づきませんでした」
博士「もちろん、ご本人には理解できなかったでしょう」

スピリット「私は麻薬と縁を切りたい一心でしたが、だらしない私は、邪霊のなすがままにされていました。魂にまで染み込んだ習慣を克服する方法を教えてくれる人にも巡り会えませんでした。妻が他界してからは、麻薬との闘いで力になってくれる人がいなくなり、絶望的状態となりました。妻は、心の優しい、気高い魂の持ち主でして、死後も私のそばにいて、なんとかして救おうとしてくれたようですが、私がそれに応えることが出来なかったのです。

死んで地上の環境が見えなくなると、私はしばらく、一種の睡眠状態に入りました。しかし、ああ、妻と子供達にどれだけ会いたかったことでしょう。また、どれほど麻薬との縁を断ち切りたかったことでしょう。が、それが出来ませんでした。苦しかったのです(苦痛に悶える様子)、本当に苦しかったのです。

そんな私を救ってくれるところはないものかと求めているうちに、ここへ案内されました。本当に感謝しなければなりません。強さと力とを与えてくださいました。本当は、あの時、もっともっと皆さんの善意の想念の力を頂いておくべきだったのです。

それでも、あの時以来、私はだいぶ元気になりました。まだ強さは十分ではありませんが、麻薬の習性を克服する方法を身につけました。その後霊界で見聞きしたことはまだまだ僅かですが、それでも、霊界というところが、いかに素晴らしいところであるかが分かりました。

(真剣な表情で)地上にいる女優仲間に私は、麻薬だけはお止めなさいと警告したい気持ちです。最初は遊び半分にやり、面白いと思うのですが、最後は、どんな酷い目に遭うことでしょう! 魂までも焼ける思いがするのです。習慣づいてしまった人は、今のうちに何らかの手段を講じて、その習慣を止めるように努力すべきです。地上においてだけでなく、死後もなお恐ろしい後遺症に苦しめられるのです。魂が火で焼かれるような苦しみです(手と指を神経質そうに動かしながら、苦悩の表情を見せる)

多くの人が、本当に大勢の人が、少しでもいいから麻薬を求めて地上界へ戻り、いけないと思いつつ、麻薬常習者を深みへと追いやってしまうのです。地上時代の私も、自分では欲しくないのに、それを欲しがる強い力(邪霊)が私を唆していることに何度も気づいていました。地上の人達がそうした事実を知ってくださるといいのですが・・・。

私の妻は、私と同じ悲劇の運命と死への道を辿らせない為に、今も一身を捧げております。それはそれは恐ろしいものだったのです(ウォーレスの死後、奥さんは麻薬の恐ろしさを生々しく描いた映画の主役を演じている)

ここにお集りの皆様のお陰で、私はやっと安らぎを見出すことが出来ました。前回よりずっと気分がいいんです。魂の目が開き、私にも大いなる可能性が待ち受けていることが分かりました。

それにつけても、私は、麻薬に手を出す人達になんとかして警告してあげたい気持ちです。麻薬によって悲しみを忘れ、元気を取り戻したい一心から、つい手を出します。たしかに、一時的にはそれらしい気分になります。が、それも束の間のことです。薬が切れた後、さらに悪くなります。そこでまた手を出します。が、それが切れると、また一段と悪くなります。そこで三度目の手を出します。こうして、中毒になってまいります。

ウィスキーを飲めば酔いますが、ぐっすり眠ればアルコールも切れて、しかも麻薬のような恐ろしい中毒症状は見られません。一日も早く麻薬禍を止めないと、世界中が狂うことになります。禁酒法はむしろ大きな害を生みました。人間は何らかの刺激物を求めるもので、すべてを禁じられると、その反動で、とんでもない方向へ行ってしまうものです。

ワインとかビールとかウィスキーとかは、適量であれば神経を鎮め、モルヒネのような害はありません。が、芸能界の大半はモルヒネに手を出します。ああ(苦痛にうめくように)もう一度、地上に戻って彼らに警告をしてあげることが出来たら! 私の言うことを聞いてくれたら! 麻薬の奴隷になることがどんなに恐ろしいことであるかを教えて、なんとしてでも止めるように言って聞かせるのですが・・・。死後の世界がどんなところであるかを知れば、麻薬のようなものには手を出さなくなるはずなのですが・・」

博士「地上時代に麻薬中毒になった人間の死後は、さぞ恐ろしいことでしょうね?」

スピリット「(身震いしながら)あんなところへは二度と行きたくありません。ちらっと覗いてきただけですが・・・。このサークルの方達による祈念に感謝いたします。とても力になりました。あの頃の私は大変弱っておりました。それを、霊団の方達が皆さんの祈念を頼りに、私に力をつけてくださり、さらに元気をつけさせるために睡眠状態に入らせてくださったのです。

最初私は、助けを求めて地上のどこか(心霊サークル)に行きたいと思って探したのですが、思うようにいきませんでした。その時はまだ、霊的な事情がさっぱり分からなかったのです。そのうち、前回ここへ連れて来られて、あなたから話しかけられたお陰で、元気になれたのです。その時のお礼をかねて、今はもうすっかり健康と幸せへの道を歩んでいることを申し上げたくてまいった次第です。

今更仕方のないことですが、麻薬に最初に手を出した頃に皆さんのことを知っていれば、と悔やまれてなりません。おそらく早期に克服できたことでしょう。そうした体験から私は、地上の大人、子供、若い男女に対して、麻薬だけは絶対に手を出してはいけないと警告します。こんなに恐ろしい薬はありません。今の私だったら、モルヒネで痛みを忘れるよりは、痛みに耐える方を選びます。一時的には痛みを忘れさせてくれても、そのうまい体験が傷口を大きくしていくのです。

一般の人は、中毒した時の苦しみの酷さを知らないのです。説明のしようのない酷さです。たとえ地獄で焼かれたとしても、その、神経の一本一本が体内で焼けつくような痛さには及ばないでしょう。気が狂いそうになります。体験してみないと分からない苦しみです」

博士「これからは霊界の人達が力になってくれますよ」

スピリット「既に助けを頂いております。皆さんのお陰です。今度もし来ることが許されれば、霊界での私の向上の様子についてお話が出来るものと思います。霊界の事情についてはまだ僅かしか知りませんが、これから勉強します。私は今、学校へ通っています。病院といっても良いところです。そこで誘惑に打ち勝つ為の修行をしているところです。

人間は、死ねばすべてが終わりになると考えます。しかし、こちらへ来て初めて本当の生命を実感するのです。しかも、地上時代の願望や欲求を、そのまま携えて来ています。なぜなら、それらは魂に所属したものであって、肉体にあるのではないからです。肉体はただの外衣に過ぎないのです。

私は今、学校で、実在的見地から生命についての教育を受けているところです。色々と分かってきました。これも、皆さんに助けて頂いたお陰です。暗黒の中に置かれているスピリットの為に、こうしたサークルが各地に出来ればと願っております。

妻にも会って、私を献身的に看病してくれたこと、そしてまた、同じ傷をもつ人々の為に警鐘を鳴らす仕事をしていることに礼を述べたいのですが、それが出来なくて残念です。どうかよろしく伝えてください。私がもっと元気になったら、妻のもとを訪れて、霊的な交わりを得たいと願っております」

博士「いっそうの勇気を出して、過去のことはすべて忘れて頑張ってください。マーシーバンドの人達に援助してもらってください。徐々に克服できるでしょう」

スピリット「頑張ります。どうも有り難うございました。さようなら」

第2節 ●魂の深奥まで冒す麻薬の恐ろしさ
麻薬中毒の恐ろしさは、 まさしく冷酷非情であるが、その影響力は、墓場の彼方までも、暴君的ともいうべき勢いを維持し続ける。その欲求は魂の奥深く植え付けられているので、それが満たされない地縛霊の苦悶は、言語に絶するものがあるらしい。

そうしたスピリットは、その欲求を霊的感受性の強い人間に憑依することによって間接的に満たそうとして、結果的にはその人間を麻薬常習者にしてしまう。

第3節 ●モルヒネ中毒死した女性とその夫
ロサンゼルスに隣接する都市にいる薬剤師が麻薬中毒で、しかも明らかに憑依されているので、その患者の為に祈念してほしいとの電話による依頼を受けた翌日に、モルヒネ中毒で死んだ女性のスピリットが招霊された。そのスピリットは麻薬を欲しがって悶えながら、『一粒でいいから』と必死に求めるのだった。

1923年3月21日  スピリット=エリザベス・ノーブル

スピリット「あたしに構わないで。休みたいから」

博士「十分に休まれたじゃないですか。永久に休んでいたいのですか」

スピリット「ずっと走り通しです。休んでいたのではありません」

博士「何から逃げ回っているのですか。警察ですか。(ここで霊媒が激しく咳き込み始めたので)昔のことは忘れなさい。もう過ぎ去ったのです。名前をおっしゃってください。それに、どちらから来られたのかを」

スピリット「(激しく咳き込みながら)病気なんです」

博士「病気を持ち越してはいけません。あなたはもう肉体を失ったのです。多分かなり前のことでしょう。ご自分がスピリットであることをご存知ですか。一体どうなさったのですか」

スピリット「分かりません」(と言った後、また咳き込む)

博士「よく聞きなさい。この身体はあなたのものではないのです。あなたはもう病気ではないのです。肉体から解放されたのです。自分はもう良くなったのだと思ってごらんなさい。そうしたら良くなります」

スピリット「あたしは病気なんです。あなたはご存知ないのです。あなたはどなたですか」

博士「医者です。私の言う通りにすれば良くなります。これはあなたの身体ではないのです。今は、目に見えないスピリットになっておられるのです」

スピリット「あたしは病気です」

博士「病気だという観念を抱いているだけです。この身体はあなたのものではありません。あなたは病気ではありません」

スピリット「あなたには分かりません」

博士「今あなたが置かれている状況と、身体をなくしてしまっているという事実がお分かりにならないのですね」

スピリット「あたしは病気なんです」

博士「心でそう思っているだけです。昔からの習慣に過ぎません」
スピリット「もう死にそうです。横にさせてください」(咳き込む)

博士「その身体は、ここだけの借りものなのです。あなたのものではありません。病気だったあなたの身体は、墓に埋められたのです。咳き込むのはお止めなさい」

スピリット 「埋められてはいません。これがあたしの身体です。咳が止まらないのだから、仕方ないでしょう?」

博士「どちらからおいでになりました?」

スピリット「知りません。咳を止めなさいなんて、そんなことがなぜ言えるのですか」

博士「咳をする必要がないからですよ」
スピリット「この病気のことを、まるでご存知ないからですよ」

博士「今あなたが使っている身体は、少しも病気ではありません」

スピリット「あたしは病気です。少しお薬をください。早く! 酷くならないうちに・・・」

博士「あなたは病気でいるのがお好きとみえますね。良くなりたいとは思わないのですか」

スピリット「あたしは病気なのです。寝てないといけないのです。これほど重病の女が、こんなところに座らされるなんて・・・」(咳き込む)

博士「自分は病気ではないと、強く心に思ってごらんなさい。そうしたら病気でなくなります」

スピリット「薬をください! モルヒネが欲しいのです。心臓が!」

博士「あなたは肉体を失って、今はスピリットになっているのです」

スピリット「いいから薬をください! 楽になりたいのです。15粒ほどください。咳が酷いのです。モルヒネをくださいと言っているのです。少しでいいのです。一粒だけでもいいです。腕に注射を打ってくれてもいいのです。腕が一番よく効きます」

博士「そんな馬鹿なことを言うのはお止しなさい」

スピリット「(荒々しい金切り声で)少し下さい、早く! もう我慢できません! 少しだけくださいと言っているのです。一粒でいいのです。たった一粒で・・・もうダメ!」(顔を歪め、虚空を手でひっかくような仕草をする)

博士「病気だとおっしゃいましたね?」
スピリット「病気です」

博士「それは、わがままからくる病気ですよ。今置かれている本当の事情を理解する気持ちにならないといけません」

スピリット「死なないうちにモルヒネをください! 」

博士「少し落ち着きなさい。どこから来られたのですか」

スピリット「ああ、苦しい! モルヒネを! どうか、どうか、一粒でいいですからください!」

博士「お名前は?」

スピリット「(指をワシのように曲げて、必死にもがく)お願い! 一粒でいいのです、一粒で! 」

博士「ここがカリフォルニアであることをご存知ですか」
スピリット「知りません」

博士「ここはカリフォルニアのロサンゼルスですよ。どこだと思っていましたか」

スピリット「そんなこと、どうでもいいです。小さいのでもいいです、一粒だけください。どうしてもいるのです!」

博士「モルヒネのことは忘れて、何か他のことを考えなさい。もう肉体はないのですよ」

スピリット「こんなに咳が出て、心臓も悪いのです。もう死にそうです」

博士「もう肉体がなくなっているというのに、それ以上どうやって死ぬのですか」

スピリット「別の身体があっても、それも同じように病気のはずです」

博士「昔の悪い習慣を忘れなさい。そうすれば楽になるのです」

スピリット「モルヒネがいるのです。切れると大変です。(左右を叩く仕草をする)もうこれ以上我慢できません。早くください!」

博士「私の言うことを聞けば、きっと現在の身の上から救われます。高級界の方達も救いの手を差しのべてくださいます。聞く気がないのであれば、それまでです。昔の習慣を止めるのです。肉体は、もうなくなったのです」

スピリット「どうか、十五粒ほどください!」

博士「絶対にあげません。モルヒネを必要とするような肉体は、もうないのです。今こそ救われる絶好のチャンスなのですよ」

スピリット「とにかくください、モルヒネをください! モルヒネさえ頂ければ、それで良くなるのです」(もがく)

博士「大人しくしないと、追い出しますよ」

スピリット「結構です! ただ、あたしは病気なんです。モルヒネをくださいと言っているだけなのです」

博士「わがままですねぇ」

スピリット「モルヒネを求めて走り回っていたのです。なぜくださらないのですか」

博士「もういらないからです。あなたは肉体を失って、今、私の妻の身体を使っているのです。言う通りにすれば助かります。そのためにはまず、今はもうスピリットになっていることを理解しなさい」

スピリット「咳がこんなに出るんです。モルヒネが必要なのです」

博士「ずいぶん永いこと、地球圏の暗黒界にいたようですね。今は肉体はなくなっているのですよ」

スピリット「ちゃんとあります」

博士「その身体はあなたのものではないと言ってるでしょ? 理解しようとする態度を見せてくださいよ」

スピリット「そうしたいのですが、とにかく病気なものですから・・・」

博士「あなたは病気じゃありません。わがままなのです。私の言うことを聞いて、自分はもうスピリットになったのだということを理解してはどうですか」

スピリット「それはそれとしても、とにかくモルヒネが欲しいのです」

博士「モルヒネが必要だという観念を棄てるのです。病気だと思い込んでるだけなのです。今までずっと走り回っていたとおっしゃいませんでしたか」

スピリット「言いました。モルヒネが欲しくて、手当たり次第に薬局へ行ってみました。時には手に入ることもありました。が、長続きしません」

博士「それは、誰かの肉体に憑依して、間接的に得ているだけですよ。あなたには肉体はないのです」

スピリット「身体はあります」

博士「それは肉体ではありません。あなたは今、私の妻の身体を使用しているのです。高級霊の方があなたを救う為に、ここへお連れしたのです」

スピリット「あたしを救ってくれるのは、モルヒネだけです。手に入らないと思うと、とたんに病気になるのです」

博士「それはあなたが、心の中で病気だという観念を抱くからですよ。どちらから来られましたか」

スピリット「分かりません」

博士「どうだっていいといった態度ですね」
スピリット「どうでもいいです。とにかく、モルヒネが欲しいのです」

博士「今年が何年であるか、ご存知ですか」

スピリット「そんなことはどうでもいいです。欲しいのはモルヒネだけです。町中のあらゆる薬局に行ってみました」

博士「どこの町ですか」

スピリット「知りません。思い出せないのです。色々と見てまわりたかったので、同じ町に長期間はいませんでした」

博士「思い出せる最後の町はどこでしょうか」
スピリット「思い出せません」

博士「あなた自身のお名前は?」

スピリット「永いこと呼ばれたことがないので、何と呼ばれていたか分からないのです」

博士「今年が何年であるか、思い出してみてください」

スピリット「今はただ、モルヒネのことばかりで、それ以外のことは考えることも話すことも出来ません」

博士「お母さんのお名前は?」
スピリット「母の名前?」

博士「ブラウンでしたか、グリーンでしたか、ホワイトでしたか」

スピリット「そういう『色』とは関係ありません。モルヒネを一粒くだされば、何もかも思い出せると思うのですが。お医者さんならくれてもいいでしょ? 医者はすぐにくれますよ」

博士「今度ばかりは絶対にダメです」
スピリット「ならば、あなたは医者じゃない」

博士「あなたは今、私の妻の身体を使っているのです。あなたはスピリットなのですよ」

スピリット「そんなこと、どうでもいいです」

博士「これ以上真面目になれないというのであれば、見放すしかありません。昔の悪い習慣を忘れてしまいなさい。そうしたら救ってあげられるのです」

スピリット「あたしは病人なのです」

博士「結婚はしてましたか」
スピリット「はい」

博士「ご主人のお名前は?」
スピリット「フランク・ノーブル」

博士「ご主人は、あなたを何と呼んでいましたか」
スピリット「エリザベス」

博士「ご主人は、どういうお仕事をしておられましたか」
スピリット「どんなことでも」

博士「あなたの年齢は?」
スピリット「42歳です」

博士「現在の大統領は誰ですか」

スピリット「知りません。誰だっていいです。政治には関心がありません。夫は政治にカッカしてました。あたしは家事で忙しくしていました。夫はあたしのことを『ベティ』と呼んでいました」

博士「ご主人は今、どこにいらっしゃいますか」
スピリット「もう何年も会っておりません。いい人でした」

博士「お母さんは、どこにおられるのですか」
スピリット「母は死にました」

博士「あなたは、どちらから来られました?」
スピリット「あたしは、ええと・・・テキサスのエル・パソから来ました」

博士「そこでお生まれになったのですか」

スピリット「夫に聞いてください。(苦しそうに、うめき声を出す)もうダメです」

博士「もう肉体はなくなったということが、まだ分かりませんか。もうスピリットになっておられるのですよ」

スピリット「だったら、天国へ行って歌を歌うことが出来るはずです。あたしはよく教会に通っていましたから」

博士「どういう教会でしたか」
スピリット「メソジスト教会です」

博士「ご主人も一緒に行かれたのですか」

スピリット「夫はいい人でした。しばらく会っておりません。あたしを愛してくれてましたし、あたしも彼を愛しておりました。(急に金切り声になって)フランク、あなたに会いたい! フランク、フランク、助けて! ここに来てるの?」

博士「そんな声の出し方はお止めなさい」

スピリット「どうか、モルヒネを少しください。夫はすぐにくれました。お医者さんのラッセル先生も、心臓のために服用した方がいいとおっしゃってました。(わざと気取った声の出し方で)フランキー! フランキー!」

博士「なぜ、そんな呼び方をするのですか」

スピリット「食事の用意ができたら、いつもそんなふうに呼んだのです。可愛い、いい子だったわあ」

博士「ふざけるのは止めなさい! 真面目になりなさい!」

スピリット「夫を呼ぶ時は、いつも真面目ですよ。いつも夫のことを思ってます。大好きです。でも、モルヒネも好きです。あら、そこに夫が立ってる! いつ来たの、あなた! モルヒネをちょうだい!」

博士「返事をなさってますか」

スピリット「何もあげないと言ってます。あなた、よくあたしの代わりに薬局へ行ってくれたじゃないの。今度もあたしの言うことを聞いてよ。モルヒネを一回分だけちょうだい。もうこれきりにするから・・・。あたしの病気のことはよく知ってるでしょ? あたしのこと、愛してくれてるのでしょ? ね? 愛してるんだったら、少しでいいからちょうだい。また二人で幸せになれるわ」

ここでついに、エリザベスは霊媒から離されて、霊団に預けられた。そして代わって夫のフランクが出現した。

スピリット「フランク・ノーブルです。妻をここへ連れてきて救って頂こうと、私もあれこれと努力してまいりました」

博士「さぞかし辛抱がいったことでしょう」

スピリット「こうして、やっと私の手の届くところまでお導きくださって、感謝申し上げます」

博士「お役に立つことが出来て、嬉しく思っております」

スピリット「地上時代の妻は、重い病気を患っておりました。ある時、痛みを鎮める為に医者がモルヒネを与えたのが良くなくて、それ以来、薬が切れて痛みがぶり返すたびに医者を呼んで、モルヒネを投与してもらわないといけなくなってしまいました。あれは、ほんとに怖い習慣です。

モルヒネが欲しくなると、彼女は仮病を使っていました。私にはそれが分かっておりました。何度も繰り返すうちに、それがますます上手になり、実にそれらしく芝居を演じるのです。やむを得ず与えると、しばらくは元気にしているのですが、それが切れた時の発作は、それはそれはひどいものでした」

博士「どちらにお住まいでしたか」
スピリット「テキサスのエル・パソです」

博士「いつ他界されたか、ご存知ですか」

スピリット「いえ、知りません。ずっと妙な状態が続きました。地上では辛い生活を送りました。もちろん裕福ではなく、出来る仕事は何でもやって、生計を立てておりました」

博士「それは少しも恥ずかしいことではありませんよ」

スピリット「教育を受けていなかったものですから、その時その時にできる仕事をするしかなかったのです。ある時は鉱山で働き、ある時は森で仕事をし、ある時は大工もしました。家庭生活を維持するために、何でもやりました。

エリザベスも、素直でいい女房だった時期もあったのです。それが、子供を生んでから病気がちとなり、痛みを訴えるようになりました。それで、医者が痛み止めとして一度モルヒネを与えてからというもの、もっと、もっと、と求めるようになり、ついに中毒になってしまいました。手に入るまでは手に負えない状態になるのですが、服用するとケロッとして、次の発作が来るまでのしばらくは機嫌がいいのです。

が、その習慣が次第に深まっていくにつれて咳の発作を起こすようになり、結局それで死んだのです。モルヒネを服用した際に、どうしたわけか、喉に詰まって窒息してしまったのです。今夜もその死に際と同じシーンを演じておりました」

博士「私が止めなかったら、もっともっと咳き込んでいたはずですよ」

スピリット「永いこと私は妻を探したのですが、見つけて近づいても、すぐに逃げて、モルヒネを叫び求めてまわるのです。時折完全に妻を見失って、所在が突き止められないこともありました。

が、不思議でして、こちらの世界では、その人のことを強く念じると、その人のところへ行っているのです。そのうち私は、いつでも妻の所在を突き止めることが出来るようになりました。見つかってみると、地上の人間に憑依していることもありました。私を見ると、とても怖がりました。私が先に死んでいたからでしょう」

博士「あなたご自身は、他界する前から霊的なことについての知識があったのですか」

スピリット「母が霊媒でして、霊的なことは母から学んでいました。妻はメソジストなものですから、そういうものは信じようとしませんでした。スピリチュアリズムなんかを信じていると、地獄へ行くと思い込んでおりました。皆さん、今のうちに霊的な真相を知っておいてください。死後、とても楽です。信条や教義や猜疑心を抱いてはいけません。

このたびは、私どもの為のお心遣い、本当にありがとうございました。お陰さまで、妻は精神的な麻痺状態から脱することが出来れば、順調に良くなるはずです。病院に入院中にモルヒネで眠らされたのです。もうこれ以上、人様に迷惑をかけることもないでしょう。私達もようやく一緒になれます。

こうして、我々二人とお話をして頂いたことに感謝いたします。では、失礼します」

第4節 ●『死後』も酒に執着する酔っぱらい
地上で酒飲みだった者は、普通の手段では欲求が満たされないので、地上の感受性の強い人間に取り憑いて、強制的に酒を飲ませることをする。そういうスピリットの犠牲者が数多く我々のサークルに連れてこられているが、最近の例としてはV夫人のケースがある。夫人は定期的に大酒を飲みたくなる癖があり、ある時期それを止めようと努力してみたが、無駄だった。

どうしても止められなくて、ある晩ひどく酔ったまま、私のところへやってきて、治療してほしいという。電気治療を施した後、夫人を帰宅させてから、サークルのメンバーで集中祈念を行ったところ、夫人から除霊された酔っ払いが妻に乗り移った。

1923年4月4日  スピリット=ポール・ホプキンス 患者=V 夫人

博士「ここへおいでになるのは初めてでしょうか。どちらから来られました?」

スピリット「(ケンカ腰で)余計なことをしやがって! 人が一杯やっていい気分になろうとしている時に、なんで引っぱり出すんだ!」

博士「ご自分のなさってることを恥ずかしいとは思わないのですか。ご婦人に取り憑いて、その人の人生をメチャクチャにしてしまうのが、いい気分になることになるのですかね?」

スピリット「面白くない時に、他にすることがあるのか! 」

博士「その大酒の癖を治さないといけませんね」
スピリット「熱くてかなわん!」(静電気治療の影響)

博士「どちらから来られたのですか」
スピリット「何か飲ませてくれ、早く! 喉が渇いてかなわんのだ」

博士「もう飲みたいだけ飲んだじゃないですか」
スピリット「身体が燃えるように熱いんだ!」

博士「ご婦人に酒を飲ませてますね? あなたはもう『死んでいる』こと、『スピリット』になっていることをご存知でしょうか」

スピリット「分かっているのは、身体が火照るということだけだ。身体中に火を注がれたみたいだったぞ」

博士「それで良かったのです」

スピリット「あの時ばかりは、さすがの俺も逃げ出したよ。何しろ初めてだったもんな。まるでオーブンの中にいるみたいだった。最近は新しい機械が出来たんだろうな?」

博士「何の話ですか」

スピリット「火だよ、背中に注がれた・・・。喉が渇くな。ひどく渇く! 何か飲ませてくれ――ほんのちょっとでいいから」

博士「もう肉体はなくなって、スピリットになっていることが分かりませんか。何の話をしているのか分かりますか」

スピリット「分からんね。第一、あんたを知らないよ」

博士「でも、私の言ってることは分かるでしょ? あなたはスピリットなのです」

スピリット「何か飲むものをくれ!」喉が渇いてしょうがないんだ。くれと言ってるのが分からんのか! 連れてこられた時は、まだちょっとしかやってなかったんだ」

博士「いい加減おとなしくしてはどうです?」

スピリット「それが出来ないのさ。ちょっとでいい、ほんのちょっとでいいから飲ませてくれよ! 」

博士「大人しくしないと、暗闇の中に閉じ込めますよ」

スピリット「そうだ、あの薬局の旦那に、少し足りなかったと言ってくれんか。頼むよ」

博士「薬局とは、もう縁が切れたのです」
スピリット「何か飲むものが欲しいんだよ」

博士「一人の婦人を操って酒を飲ませて満足するなんて、情けないと思いませんか」

スピリット「なんとかしないと、やり切れんのだ」

博士「あのご婦人にウィスキーを飲ませておいて、それで平気なのですか」

スピリット「ご婦人? 俺は自分で飲んだのさ。女なんかに飲ませてないよ。全部俺が飲むさ。最近はあまり酒にありつけなくなったんだ。せっかく手に入れたものを、人にやるもんか。ぜんぶ一人で飲むよ」

博士「自分で飲んだつもりが、実は一人の婦人を通して飲んでいることに気がつかないのですか」

スピリット「いいから、何か飲むものをくれ、早く!」

博士「それよりも、今ご自分が置かれている事情を悟ってほしいのです」
スピリット「俺はいつもまっとうな人間のつもりだよ」

博士「ろくでなしですよ」
スピリット「とんでもない!」

博士「あなたのような人間を『役立たずのろくでなし』というのです。最近は、どんなことをしていましたか」

スピリット「しばらく仕事をしてないね」

博士「今年は何年だか知ってますか」
スピリット「そんなこと、どうだっていいよ」

博士「あなたはずっと一人のご婦人の生活を邪魔しているのです。それはあなた自身の身体ではありません。そのことが分かりませんか。これは女性の身体ですよ」

スピリット「女性の?」

博士「そうです。スカートをごらんなさい」

スピリット「スカートなんかはいてないよ。でも、時たま女になったみたいに思えたことはあったな」

博士「その女性を通してウィスキーを飲んでいたのです。恥ずかしいとは思いませんか。自分の身体をダメにしただけでは満足できずに、ご婦人まで巻き添えにしないと気が済まないのですね」

スピリット「なんで恥ずかしく思うことがあるのだ? 罪もないウィスキーを少しばかり飲んだだけさ」

博士「なんとなく具合が変だということは分かってるはずです」
スピリット「たしかに、時たま変だと思うことはあるよ」

博士「あなたがここに連れて来られて、その身体を使って話すことを許された目的は、その婦人につきまとうのはいけないことであることを悟って頂く為です。その方の名前はV ――というのですが、ご存知ですか」

スピリット「それは俺の名前じゃない。自分の名前をしばらく聞いていないんだ。時たま変だなと思うことはあるね。記憶が昔ほど良くないみたいだ」

博士「どうしてそうなったか、理由を知りたいとは思いませんか。要するにご自分の肉体はもうなくされたということですよ」

スピリット「するとこの俺はどうなってるのかな」

博士「あなたはスピリットなのです。私達には、あなたの姿は見えてないのです」

スピリット「この俺が見えない?」

博士「見えません」

スピリット「なんで見えないのだ? 俺は大柄なほうだぞ。なぜ見えんのだ? さては、お前達も一杯やってるな。だったら、俺にも一杯くれよ。一緒に仲良くやろうじゃないか。ウィスキーだと有り難いがな」

博士「一杯やれば気分はいいでしょうね」
スピリット「ウィスキーをくれたら恩にきるよ」

博士「そういうものはあげません」
スピリット「喉が渇いている人間をかわいそうとは思わんのか」

博士「あなたの好きなようにしてあげるわけにはいきません」
スピリット「なぜ、あんな熱い火をふりかけたのだ?」

博士「あなたにかけたのではありません。あの女性に電気治療を施しただけですよ。その方から頼まれたのです。それによって、あなたをその女性から追い出したのです。どうやらあなたには気に入って頂けなかったようですね」

スピリット「よくもあんな目に遭わせてくれたな!」

博士「自業自得です」
スピリット「なあ、ウィスキーを少しくれないか」

博士「いくら頼んでも無駄です。私達はあなたが置かれている事情を理解させてあげようとしているところです。あなたは、この女性の身体を使っている目に見えないスピリットなのです」

スピリット「もう一人の婦人はどうなってるんだ。なぜ、あんな女と俺と関わり合わなきゃならんのだ」

博士「その女性にあなたが取り憑いていたのです。あなたが一方的にあの方を操って好きなようにしていたのです。あの女性が悪いのではありません。あなたの方こそ悪いのです。バイブルをお読みになったことがありますか」

スピリット「バイブル?」

博士「イエスが不浄なスピリットを追い出した話をご存知ですか。あなたもその種のスピリットの一人になっておられるのです」

スピリット「(手先を見て)この指輪は俺のじゃない。何がどう間違って、人の手がひっついたのかな」

博士「その手に見覚えがありますか」

スピリット「ない。少しアルコールが過ぎたかな? でも足はふらついてないみたいだ。少し飲み過ぎたんだろう。催眠術というのがあるから、あれに引っかかったのかもしれん。いやいや、飲み方が足らんのかもしれんぞ。試しにもう少しウィスキーをくれんかな――ほんの一杯でいい」

博士「いつまでも聞き分けがないと、出て行ってもらうことになりますよ」

スピリット「追い出せるもんか。俺を負かした奴は、そう滅多にいなかったからな。ちょっとした力持ちなんだ。これ見ろ!」

博士「我々の目には、あなたの姿は全然見えないのです」

スピリット「お前達が束になってかかってきても、平気だぞ。前にもやったことがあるんだ(と言って腕まくりをする)用心しろよ」

博士「私の言ってることがなぜ分からないのですか。あなたの姿は、私達には見えてないのです」

スピリット「俺が見えない?」

博士「見えません。あなたは肉体を失ったのです。これは、あなたの身体ではありません」

スピリット「俺のじゃない? (ケンカ腰の姿勢になる)何か飲むものをもってこい!」

博士「いい加減に恥を知りなさい!」
スピリット「何が恥だ! 一杯やっただけじゃないか」

博士「まだご自分の事情が分かってないみたいですね」

スピリット「あの女に、なぜ、もう少し待つように言ってくれなかったんだ? (患者が電気治療のあとすぐに帰ったこと)逃げるように帰って行ったな。なぜだ?」

博士「もうすぐあなたも、ちゃんとした面倒を見てあげます。そして、二度と人に迷惑をかけないようにしてあげます」

スピリット「彼女はなかなか気のきく女なんだ。ウィスキーが欲しくなると、ちゃんと買ってきてくれて、飲ませてくれるんだ」

博士「もう、そういうことはなくなります」
スピリット「俺一人じゃないんだ。他にも大勢仲間がいるんだよ」

博士「みんな酒を飲みたがってましたか」
スピリット「そうさ」

博士「あなた達は、一人の女性の人生をメチャクチャにしつつあったのです。あの女性に取り憑いて、彼女に飲ませては、自分が飲んだつもりでいたのです」

スピリット「あの太った、でかい女のことかね? あの女は気だての優しい人だよ。いつでもご馳走してくれるよ。一緒に愉快にやるんだ――実に愉快にな!」(笑う)

博士「それも、もう終わりです。一人の女性の人生をぶち壊し、飲んだくれにしておいて、それで立派なことをしているとでも思ってるんですか」

スピリット「俺は酔っぱらってなんかいないよ。まっすぐ歩けるし、しかも早足でな。分別もある。あのデブちゃんと一緒に愉快に飲むのさ」

博士「あなたには羞恥心というものが全くないのですね。いいですか、あなたはもう目に見えないスピリットになっていて、肉体はなくなっているのです。今年は1923年で、ここはカリフォルニアのロサンゼルスですが、ご存知ですか。多分、何年も前に肉体をなくし、ずっと地上界をうろつき回っていたのでしょう」

スピリット「今、ここで一杯飲ませてくれないか」

博士「それが『愉快な』時ですか」
スピリット「しばらくは愉快な気分になるよ」

博士「そうやって、一人の女性の人生を破滅に追いやっていたのですよ」
スピリット「そんなことをした覚えはないね」

博士「あなたがウィスキーを欲しがると、あのご婦人に飲ませてしまっていたのです」

スピリット「そんなことはやっていない。俺は自分で飲んだのさ」

博士「そうです――あの婦人を通してね。知らばっくれるのもいい加減にしなさい。あのご婦人にウィスキーを飲むように念を送っていたのは、ちゃんと分かってるのです」

スピリット「あの人は金があるもんな。俺にはもう金はないし・・・」

博士「自分の欲求を満たす為に、そうやって人を操ってもいいのですか。あなたのお母さんはそんなことを教えたのですか」

スピリット「母はとっくの昔に死んでるよ」

博士「仮にお母さんが今も生きてるとして、もしそのお母さんが地縛霊の奴隷にされている有様を見たら、あなたはどう思うでしょうか」

スピリット「俺は、地縛霊なんかじゃない」

博士「お母さんが大勢の地縛霊に取り囲まれて、酒を飲まされているところを見てみたいですか。そんなものを見て嬉しいわけがないでしょう?」

スピリット「俺の母は、そんなことにはならないよ。俺には、あの婦人がぴったり都合がいいんだ。ウィスキーを買ってもらうだけなんだけどな」

博士「そう、そして彼女を通して、それを飲むということをやってきたのです」

スピリット「俺は自分で飲んださ」

博士「V夫人に乗り移って飲んでるのです。今その身体に乗り移っているようにです」

スピリット「俺は、誰にも乗り移ってなんかいないよ。酒を飲んでるだけさ」

博士「いい加減に目を覚ましなさい。その身体は、あなたのものではないのです」

スピリット「じゃあ、誰のだ?」

博士「私の妻のものです。妻は霊媒の体質をしていて、その身体をスピリットに貸してあげて、語らせてあげることが出来るのです」

スピリット「じゃ、俺と一緒に一杯やらないかな。あんたもどうかね?」

博士「結構です」
スピリット「俺が、みんなに奢ろう」

博士「お金はないはずですがね」
スピリット「いつも、あの婦人から貰ってるよ」

博士「あの方は、ここにはいません」

スピリット「じゃ、あんたが出しといてくれよ。俺が奢るから・・・。さあ、みんな来いよ、俺がみんなに奢ろう」

博士「その婦人は、あなたの稼いだ金で勘定を払うのですかね?」

スピリット「彼女には、お金を出してくれる男が別にいるんだよ。結構な話じゃないか」

博士「それは、あの方のご主人ですよ」
スピリット「主人?」

博士「そうです。あなたは、他人の奥さんを奴隷扱いにして、大酒飲みにしているのです。もしもその女性があなたのお母さんだったら、どうしますか」

スピリット「俺のおふくろ?」

博士「そうです。よく考えてみてください。誰かが、あなたのお母さんを大酒飲みにしていたら、それを見てあなたはどんな気がしますか。あなたの妹さんでもいいです」

スピリット「おふくろも妹も、そんなことになるほど馬鹿じゃないよ」

博士「あなたのやっていることが立派だと思いますか」

スピリット「自分では、まともな人間のつもりだがね。特に女性には優しいよ。女性は俺にとっては最高の友だ。いつも金をもっていて、気前良く使ってくれるからね」

博士「いいですか、よく聞きなさい。あなたはもう、ご自分の肉体を失っておられるのです。多分、何年も前のことでしょう。今の大統領は誰だと思いますか」

スピリット「知らんね。誰の名前も思い出せないのだ」

博士「リンカーンですか」
スピリット「いや、それはずっと前の大統領だ」

博士「クリーブランドですか」
スピリット「いいや」

博士「マッキンレーですか、それともアーサーですか」
スピリット「それもずいぶん古い大統領だな」

博士「では、ウィルソン大統領を知ってますか」
スピリット「ウィルソン? そんな名前、知らんね」

博士「ヨーロッパで大戦があったのをご存知ですか――二十三カ国が参戦しましたが・・・」

スピリット「どうでもいいよ、そんな話は。俺は酒さえあればいいんだ。喉が渇いてきたな。戦争のことで、この俺が何を心配すりゃいいんだ? 殺し合いをしたけりゃ、やらせとけばいい。俺には関係ないよ。殺し合うしか知恵がないのなら、やらせてやれよ」

博士「お母さんは、あなたのことを何と呼んでましたか」
スピリット「ポールと呼んでたな」

博士「姓は?」
スピリット「聞かなくなってずいぶんになるね」

博士「お父さんは、人から何と呼ばれてましたか」
スピリット「ジョン・ホプキンス」

博士「じゃあ、あなたはポール・ホプキンスだ。どの州で生まれましたか」

スピリット「忘れたね。いや、待てよ。そうだ、アリゾナ州のユマで生まれたんだ」

博士「ロサンゼルスには行ったことがありますか」

スピリット「あるよ、時々だけどね。大通りに結構いい酒場がいくつかあったんだが、今もあるだろうね」

博士「今はもうありません」
スピリット「どうなったのかな」

博士「全部店を閉めたのです」
スピリット「第二と第三の通りの間にあったんだが」

博士「お母さんは、今のあなたのしていることを見て、どんな思いをなさるでしょうね?」

スピリット「母は死んでるよ」

博士「お母さんのスピリットは死んでいません。こんなことになったあなたを見て、さぞ悲しまれるでしょうよ」

スピリット「俺はちっとも悪いことしてないよ。こんなに気分のいい暮らしはないね。欲しい時はいつでもウィスキーが飲めるし、飲むと気分が良くなって楽しいよ」

博士「酔っぱらってミゾに落ちている息子の姿を見て、愉快でしょうかね」

スピリット「そんな奴、見たことないね。でも、酒はいいよ! おいおい、誰だ、あれは?」(スピリットの姿が見える)

博士「どなたでしょうかね」

スピリット「ちょっと待てよ、よく見ないと・・・(そのスピリットに向かって)あんた、誰?」

博士「お母さんでしょう」

スピリット「母はずいぶん老けてたよ。この人は、俺の母のことをよく知っているそうだ。母は、真面目なクリスチャンだったから、今頃は天国の神様の玉座のそばに座っていると思うよ」

博士「イエスは、神は霊的存在であり愛であると説かれました。玉座に座っている神様なんて存在しないのです」

スピリット「では、神様はどこに座っているのですか」

博士「神とは霊的存在であり、一定の場所にいるのではないのです。大自然の大生命そのものなのです。あなたという存在も、その神の一つの表現なのです。同じ神の表現でも、あなたは何も知らずにいる愚かなスピリットであることを早く悟って、悪い酒癖を止めることです。そうすれば向上できるのです」

スピリット「その女性が言うには、私がおとなしく言うことを聞けば、ベッドで休めるそうです。たしかに、ひどく疲れたよ。本当に寝かせてくれるのだろうか」

博士「本当ですよ。そして目が覚めたら、今度こそ自分がスピリットであること、酒飲みの習慣を止めて、スピリットとしてのきちんとした生き方を心掛けないといけないことに理解がいくでしょうよ」

スピリット「あの人は、看護婦なんだそうです」

博士「我々の目には、その方の姿が見えないのです。あなたの姿も見えてないのです。あなたは、私の妻の身体を使っておられるのですよ」

スピリット「それが分からんのだな。とにかく、あのベッドに行って寝てみたいよ」

博士「人生の目的を学ばなくてはいけませんよ」

スピリット「あのベッドに横になったら、もうウィスキーはもらえなくなると言ってる」

博士「霊界での進歩の仕方を教わるでしょう」
スピリット「もうウィスキーはダメですか」

博士「ダメです」

スピリット「ま、いいや。疲れたけど、どこか嬉しい気持ちもする。これからどうするかな。私には家もないし、行くところもない。たまにはやりたいですよ、どんちゃん騒ぎを・・・」

博士「まだ分かってないようですね」

スピリット「あの人が言うには、母と一緒の家に住めるのだそうです。では、母のところへ行くことにします。こんな私でも迎え入れてくれるでしょうかね?」

博士「母の愛は、決して消えてしまうものではありません。すっかり事情に理解がいったら、これまで迷惑をかけていたご婦人に、罪滅ぼしをしないといけません。あの方を大酒飲みにしてしまったのですから」

スピリット「私がですか? そうとは知りませんでした。何か飲みたいと思っただけで、それが他人に迷惑をかけていたとは知りませんでした」

博士「あの方が私のところに来られた時は酔っぱらってましたよ。それで、私が電気で治療したのです」

スピリット「私にも応えました」

博士「あなたがその方を酔っ払いにしていたのです。彼女自身は飲みたいとは思っていないのです。酒を欲しがる衝動に抵抗しているのです。が、彼女は感受性が強くて、あなたに唆されて、飲まされてしまったのです」

スピリット「酒を止めるのは難しいです」

博士「これからその償いのために、しっかりと彼女の面倒を見てあげてくださいよ」

スピリット「とても疲れてきました。あのベッドに入りたくなりました」

博士「そのベッドに入ったつもりになってごらんなさい。それだけでそこに行けますよ」

スピリット「本当ですか。そう思うだけでいいのですか」

博士「そうです。心を十分に落ち着けて、そのベッドに入ったつもりになるのです」

スピリット「こんな男のことを忘れないでください。これでも悪い人間ではないつもりなのです。あんな火を浴びせたあなたのことも、決して憎んではいませんので・・・」

博士「あなたがご覧になっている女性の方が、これからあなたの看護をしてくださいます」

スピリット「おや、母さんだ! 母さん、許してください。こんなロクでなしになっちゃって・・・。もうこれからは、ウィスキーは飲みません。(博士に向かって)母も私の面倒を見てくれるそうです。こんな私のために、色々と親切にしてくださって、有り難うございました」

知人からの報告によるとV夫人は、この招霊会があってから性格が一変し、アルコール類を一滴も欲しがらなくなったという。その後ご本人からも、その事実を確認する礼状が届いている。

第5節 ●記憶喪失患者の憑依霊
記憶が全部消失し、自己認識も失い、見知らぬ場所を彷徨い歩いた後、ふと本来の自分に戻るが、その間の行動については何一つ覚えていないという、いわゆる記憶喪失症は、決して珍しくない。そうした症状が実は、スピリットの憑依によって惹き起こされていることを実証する例が、我々のもとには豊富にある。

その中からC・Bという名前の青年の例を紹介する。

この青年は父親と共に事業を始めたばかりの頃のある日、早朝に家を出たきり消息不明となった。両親は心当たりのところを探しまわったが、数週間経っても、ようとして行方が知れず、ついに我々のもとを訪れて、霊的な手段を講じてほしいと要請した。

そこで我々のサークルで集中的な祈念を行い、両親の元に手紙を書いて消息を告げてあげてほしいと祈った。

すると、すぐこの翌朝には、その青年は、両親のことがひどく気がかりになって手紙を書いた。

その手紙によると、彼は米国海軍に入隊していて、今サンフランシスコで戦艦に乗り組んでいる――数年は帰れない、ということだった。

両親はさっそく返事を書き送り、一日も早く除隊して帰宅してほしい――そのための手続きならどんなことでもするから、と頼んだ。ところが息子からは、今は兵役についていることに生き甲斐を感じているから、余計なことはしないでほしい、という返事が届いた。

それが、我々の二度目の集中祈念の前日だった。

そしてその当日、サークルで祈念している最中に、ジョン・エドワーズと名乗るスピリットが私の妻に乗り移って語ったいきさつによって、その青年の記憶喪失は、そのスピリットの憑依であることが判明した。以下はその招霊会の記録である。

1922年12月13日  スピリット=ジョン・エドワーズ 患者=C・B

サークルのメンバーが賛美歌[命綱を投げ与え給え]を歌っているうちに、興味深いことが起きた。スピリットが乗り移ると、霊媒がロープにつかまって左右の手で交互によじのぼっているような仕草をしたかと思うと、今度は泳いでいるような仕草をし始めた。

博士「命綱にすがりついていましたね? 漂流していたのですか。どちらからおいでになりましたか。ここは陸の上ですから泳ぐ必要はないのですよ。一体どうなさいました?」

スピリット「私の方こそ、それが知りたいのです」

博士「死んでどのくらいになりますか」

スピリット「(サークルのメンバーの方へ顔を向けて)この人(博士)は私を死人呼ばわりしてる!」死んでなんかいませんよ――生きているというほどの実感もないけどね・・・」

博士「どちらから来られましたか?」
スピリット「大勢の人達に連れてこられました」

博士「それは誰ですか」
スピリット「大勢の人達です」

博士「私の目には、その方達の姿が見えないのですが・・・」

スピリット「なぜこんなところへ来なきゃいけないのか分かりません。海に出てる方がいいのですが・・・」

博士「以前にも航海されたことがあるのですか」
スピリット「ええ」

博士「なぜ海がいいのですか。よく航海されるのですか」
スピリット「ずいぶん船に乗りました」

博士「陸上にはいたくないのですか」

スピリット「陸に上がった魚にはなりたくないのでね。今回もまた出かけようとしていたら、あなた達が引き戻したのです。あの人達も、なぜ私を陸へ引き上げたのでしょうね?」

博士「あなたは海で溺れ死んだのでしょう?」
スピリット「もしそうだとしたら、どうしてここにいられるのですか」

博士「スピリットとしてなら来られます」
スピリット「それは『魂』のことですか」

博士「そうです」
スピリット「だったら、その魂は神のもとに行ってるはずです」

博士「神はどこにいるのですか」

スピリット「ご存知ないのでしたら、日曜学校へでも通われてはいかがですか」

博士「通いましたよ。でも、答は得られませんでした」
スピリット「通われた教会がまずかったのでしょう」

博士「どの教会へ行くべきだったのでしょうか」

スピリット「いろんな教派があります。みんな同じではありません。でも、神についてはどの教会でも教えてくれるはずです」

博士「あなたが通われた教会は何といいましたか」

スピリット「私にとっては、一人きりになれるところが教会です。教会そのものにはあまり通っておりません。どの教派にも属しておりません。海へ出れば教会へは行けません。兵役につくのですから・・・」

博士「どこの教会が一番気に入りましたか」

スピリット「どこもみな似たようなものです。形式が違うだけです。どれも一つの神のもとで、死後のこと、天国と地獄のこと、そしてキリストが我々の身代わりとして罪を背負って死んでくれたことなどを説いております。だから、どこの教会に所属しても同じことだという考えです。すべてが神を賛美しているのですから、同じことです」

博士「リベラル派だったのですね」

スピリット「それもどうですかね。自分がどういう種類の人間だか、自分でも分かりません。私は私なりの宗教をもっていました。ですが、艦長への体裁もあって、時折は教会へ出席せざるを得なかったのです」

博士「何という軍艦に乗り組んでいたのですか」
スピリット「いろんなのに乗り組みました」

博士「水兵だったのですか」
スピリット「海軍に所属していました」

博士「今年は何年だと思いますか」
スピリット「何月であるかも分からんのです」

博士「何年であるかが分かりませんか」
スピリット「分かりませんね」

博士「1922年では?」
スピリット「いや、それは違うでしょう」

博士「じゃ、何年でしょうか」
スピリット「1912年でしょう」

博士「どこを航海していたのですか」
スピリット「戦艦『シンシナティ』に乗り組んだことがあります」

博士「どこへ向けて航海していたのですか」
スピリット「太平洋沿岸を航行していたこともあります」

博士「パナマ運河を通過したことは?」

スピリット「ありません。一度だけ近くまで行ったことはありますが、通ったことはありません」

博士「艦上では何をしてました?」
スピリット「何でも、やるべきことをやってました」

博士「何歳でしたか」
スピリット「どうも思い出せなくて・・・」

博士「それで、また海へ戻りたいとおっしゃるのですか」

スピリット「ええ、陸にはいたくないのです。私は、陸の人間ではないみたいで・・・。海の生活もなかなかいいものですよ。自分の役目さえ果たしておれば、きちんと食事は出してもらえるし、気苦労もないしね」

博士「役目はたくさんあるのですか」

スピリット「それはもう、甲板磨きをはじめとして、いつも何かすることがあります。艦長は部下がぼけっとしているのを見るのが嫌なのです。他にすることがない時でも、『磨く』という仕事があるのです。階段、機械、器具――すべて磨かないといけないのです。だから、いつもピカピカ光ってました。大きな船でした」

博士「戦艦に乗り組んでいたのですね」
スピリット「いろんな種類の戦艦にね」

博士「実戦にも出ましたか」
スピリット「いや、戦闘行為はしていません。キューバ戦争は戦争というほどのものではなく、フィリッピン戦争の方がもう少し戦争らしかったです」

博士「あなたは、それに参加したのですか」

スピリット「湾の中までは入りませんでした。戦艦の全部が湾に入ったわけではありません。まわりで監視をする戦艦も必要なわけです。全艦隊が湾の中に入ってしまえば、袋のネズミになってしまいます。何隻かはまわりから見張る必要があるわけです」

博士「あなたのお名前は?」

スピリット「私の名前? しばらく呼ばれたことがないので忘れました。呼び名はジョンです」

博士「ジョン・何とおっしゃいましたか」
スピリット「ジョン・エドワーズ」

博士「太平洋沿岸での勤務もありましたか」

スピリット「ありました。どちらかというと東海岸の方が多かったですが・・・」

博士「艦を下りてから除隊になったのですか」
スピリット「(ゆっくりとした口調で)艦を下りてから?」

博士「艦を下りたんじゃなかったのですか。それとも何かの事故にでも遭いましたか」

スピリット「分かりません」

博士「病気になりましたか」
スピリット「知りません」

博士「マニラ湾が最後でしたか」
スピリット「いえ、それはだいぶ前のことです」

博士「その後どこで勤務しましたか」
スピリット「マニラ湾で勤務したのは、ずいぶん若い頃のことです」

博士「1898年のはずです。海上勤務に出てどれくらい経っていましたか」
スピリット「知りません。1912年という年までは覚えています」

博士「その年に、あなたの身の上に何か起きたのでしょうか。病気にでもなったのでは?」

スピリット「頭がこんがらがってきました。たしか――はっきりとは思い出せないのですが――艦にペンキを塗っていたと思うのです。どこだったかは知りません。ドックの中ではありません。艦の外側に足場を組んで、その上に乗って塗っていました」

博士「その時、何かが起きたのでしょう?」

スピリット「頭が変になったのです。多分、持病のめまいの発作が起きたのだと思います。頭の中で泳いでいるみたいな感じがしたのです」

博士「艦にペンキを塗っていたとおっしゃいましたね?」
スピリット「汚れを落としたり修理したりしていました」

博士「ドックの中にいたのですか」

スピリット「何が起きたのかは知りませんが、気がついたら海の中にいました」

博士「足場から落ちたのですよ」
スピリット「それは知りませんが、とにかく、じきに回復しましたよ」

博士「多分、その時にあなたは肉体を失ってスピリットになられたのです」
スピリット「スピリットになった? どういう意味ですか」

博士「肉体をなくしてしまったということです。今のあなたは、ここにいる私達には見えていないのですよ」

スピリット「でも、これから海へ出かけようとしていたところですよ。もっとも、自分の半分が水兵で、もう半分が誰か別の水兵に教えてやってるみたいでした(患者に憑依していることからくる錯覚)。その水兵には潮風の香りが漂っていました。水兵には、一種特有の雰囲気があるのです。陸にいると、なんだか自分のいるべきところではないみたいな感じがしてきます。海に出ると、母のふところに抱かれたような気持ちがします。揺られているうちに眠りに落ちるのです。いいものですよ」

博士「艦から海へ落ちた時に、あなたは亡くなられたのです。そして、それ以来ずっとスピリットとして生きてこられたのです。その身体はあなたのものではありません。手をごらんなさい」

スピリット「(霊媒の両手を見て)これは私の手じゃない! (笑いながら)違う、絶対に違う! 私の手はごつかったですよ。この手はロープを引っ張ったことのない手だ。変ですね――私がこんな手をしてるとは」(と言って愉快そうに笑う)

博士「ドレスも着ておられますね。髪も長いですね。これが水兵の足ですか」

スピリット「私のではありません。あ、そうだ、分かった! だいぶ前のことですが、船で各地を転々としたことがありました。私は、戦艦にばかり乗っていたわけではありません。父が船長だったものですから、私はいつも海に出ていたのです。ニューヨークからインドあたりをよく航行しました」

博士「帆船で、ですね」

スピリット「そうです。父は、私がまだ子供の頃に、まず帆船から乗り始めました。それから普通の大型船をもち、カルカッタ、ニューヨーク、イギリスの間を往き来していました」

博士「商船だったのですね?」

スピリット「そうです。品物をどっさり積んでました。オーストラリアへ行ったこともあります。綿花と羊毛を商っていました。が、私は大きくなってから、国家の仕事がやりたくなり、それで海軍に入ったのです。そのことを父は、とても不愉快に思ったようです。しかし、お前は生まれながらの海の男なんだな、と言ってくれるようになりました。海の上に産み落とされたようなものです。

陸の上のことは知りません。読み書きを教えてくれたのは母親で、それが私の教育のすべてでした。家族揃って、いつも海の上で生活していました。母親はよくできた女でした」

博士「そのお母さんは、もう亡くなられましたか」

スピリット「もう生きていません。父親も死んでいます。両方とも数年前に亡くなりました。そうだ、こんなことを話そうとしていたのではなかったっけ・・・」

博士「その手とドレスの話をなさってたんです・・・」

スピリット「なんで私が、女性の手でドレスを着ているのか分かりません。そのことで思い当たることを話そうとしているうちに話がそれてしまいました。

あれは、たしか私が十九か二十歳の時で、家族でカルカッタにいました。その町で、ある時セオソフィーの集会があり、ふらっと中に入りました。みんな生まれ変わり(輪廻転生)を信じている人ばかりで、話を聞いていると、つい信じたくなるほどでした。

このスカートも、その生まれ変わりというやつですかね? さっきあなたは私のことを『死んだ』と言いました。となると、生まれ変わり以外に説明のしようがないでしょう? つまり、私は女に生まれ変わったということです」

博士「それも、ある意味では生まれ変わりと言って良いかも知れませんね。死ぬと肉体を離れて、スピリットになるのです」

スピリット「ブラバツキー女史(注1)の話によると、死者はみんなデバカン(注2)へ行くことになっているのだそうです。ブラバツキーは演説のとても上手な人でした。私は子供だったのですが、子供の頃に頭に入ったものは、なかなか忘れないものですね。父は、そんなものは信じてはいけない、頭がおかしくなるぞ、などと言っていたけど、私は、知らないよりましだよ、いいこと言ってると思うな、救い主の話の方が間違ってるよ、などと、いっぱしのことを言って、我ながらでかくなったような気がしたものです。私は女に生まれ変わって戻ってきたということでしょう。本当は水兵になりたかったのですが・・・」

(注1 セオソフィーの創始者)
(注2 死後、次の再生まで滞在する場所のことで、古代インド思想から摂り入れたセオソフィー独自の説)


博士「あなたは今、ほんの一時だけ、女性の身体を借りているのです」

スピリット「ということは、一時だけ女になってるということだ!」(声を出して笑う)

博士「あなたは、スピリットなのです。多分、1912年からスピリットになっておられるはずです。今年は1922年なのです。ということは、あなたが肉体を離れて十年になるということです」

スピリット「私が死んだということが、どうして分かるのですか」

博士「1912年が、あなたが思い出せる最後の年だとおっしゃったでしょう?」

スピリット「それで、そう判断するわけですか。すると、私は、これまでデバカンにいたわけですか。なるほど、たしかに私は生まれ変わったわけですね?」

博士「あなたはやはり、さっきおっしゃった時に亡くなられたのです。以来ずっとスピリットになっているのに、そのことに気づいていらっしゃらないのです」

スピリット「それで何もかも忘れてしまったというわけ?」

博士「とにかく今夜はこのことに気づいて頂く為に、ここへお連れしたのです。ここにいる私達は、心霊現象と憑依現象を研究している者達です。スピリットの中には、地上の人間に取り憑いて異常な行動をさせる者がいるのです。

あなたは今、私の妻の身体を使って喋っておられます。一時的にお貸ししているのです。私達には、あなたの本当の姿は見えていないのです。喋っておられる声が聞こえているだけです」

スピリット「じゃあ、ほんとに女性の身体に宿っているわけだ。あなた方をからかっていることになる」

博士「私の妻は、身体がスピリットに使い易いように出来上がっているのです。『霊媒』と呼ばれている人間のことを聞いたことがありますか」

スピリット「あります。運勢を占ってもらいに行ったことがあります。霊媒の口を使って喋るのはインディアンばかりでしたよ」

博士「インディアンというのは、『門番』として優れた才能をもっているのです。霊媒にとっては、大切な保護者なのです」

スピリット「私は、何の為にここへ来ているのでしょう?」

博士「事実を悟って頂くためです。あなたは、無意識のうちに、人間に間違ったことをしておられたのです。ここはカリフォルニアのロサンゼルスですよ」

スピリット「私も、サンフランシスコにいたことがあるのは確かです。その後、永いこと行っておりません。1894年のことです」

博士「実を言うとあなたは、一人の青年に取り憑いて、両親の知らないうちに家出をさせて、しかも海軍の水兵として入隊させたのです」

スピリット「彼には、そんな勝手なことをする権利はないでしょう」

博士「彼には他にちゃんとした仕事があったのです。それが、どうやら『自分』を失ってしまって、いつの間にか海軍に入隊していたのです。今は、サンフランシスコにいます。これには間違いなく、スピリットが関わっている証拠があるのです。そしてそのスピリットとは、他ならぬあなたであると私は見ているのです」

スピリット「冗談じゃありません。私がそんなことをするわけがありません。ある朝目が覚めたら、どういうわけか陸にいるので、海へ戻りたいと思っただけですよ」

博士「あなたは、死んだあと当てもなく漂っているうちに、霊的影響を受け易いその青年とコンタクトが出来ちゃったのです。そして、その磁気オーラの中に入り込んで、彼がやりたいと思っていないことをやらせてしまったのです。最近、あなたはもう一度海に出たくて、海軍への入隊手続きをしませんでしたか」

スピリット「ある朝、目が覚めて海へ戻りたいと思ったようですが、それから道に迷ったみたいです」

博士「自分で自分が思うようにならないことはありませんでしたか」

スピリット「変な感じはしていました。どこか夢の中にいるみたいでもありました。言っときますが、私は何も悪いことをする考えはありませんでしたよ」

博士「あなたの置かれている立場はよく理解しております。あなたが善良な人間であることも知っております。ですから、私達はあなたを責めているのではないのです」

スピリット「その青年というのは誰ですか」

博士「名前はB――です。十七歳の青年です」

スピリット「入隊の時は二十一歳だと言ってました。そうしないと兵役につけませんから」

博士「身体が大きいので、年齢よりは上に見えるのです。私達のサークルで彼に集中祈念をしたのです。多分、それであなたをここへ引き寄せたのでしょう」

スピリット「誰かに引っ張られるような感じがして、それから海中にいるような感じがしました。思い出しました――ニューヨークでしたが、たしかその辺りを航行していた時のことです。その日はひどい嵐で、海上は氷りついていました。私は何かをしている最中に、風に飛ばされて海中へ落ちたのです。まわりは氷だらけでした。そこから先のことは覚えていません。それにしても、その青年の中へ入り込むといっても、どういう具合にでしょう?」

博士「その青年のオーラの中に入り込んだのです」

スピリット「あれ? 母親がやってきました! ずいぶん永いこと会っていません。たしかニューヨークで死んだはずです。永いこと、この私を探したと言ってます。そんこなとは知りませんでした。でも、死んだあと、なぜ私は、母親のところへ行かなかったのでしょうか」

博士「大抵の人は、死後しばらく睡眠状態に入るのです」

スピリット「そうか、私はデバカンにいたのだ! 生まれ変わる為にそこで眠っていたのだ! 」

博士「さ、そろそろお母さんと一緒に行かなくてはいけません。お母さんが、いいお家へ連れていってくれますよ」

スピリット「父と母のところへまいります」

博士「お父さんは、死後のことはよく理解しておられるのですね?」

スピリット「母が言うには、少し手こずったけど、今は理解しているそうです。はじめ父は『救い主』に会いたかったそうです。私はあんな話は信じていませんでした。私にはセオソフィーが一番理にかなっているように思えます。血でもって罪をあがなうなどということは説きません。一人の人間が他の人間の為に殺されるなどという考えは信じられませんもの。もし私が間違ったことをすれば、私自身がその戒めを受けるべきではないでしょうか。神は愛なのであり、その神が、他を救う為に一人の人間に死んでもらうことを望むはずはありません。まったく馬鹿げた話です。教会の人は、ユダヤ人を嫌いますが、イエスはユダヤ人だったのですけどねえ」

博士「さ、そろそろお父さんとお母さんについて行かないと――」

スピリット「今、私は大勢の人達の中にいます。とても気持ちがいいです。いい夜でした――こうして素晴らしい人達と話を交わし、しばし楽しい時を過ごすことが出来ました。あなたは、私達の姿は見えないとおっしゃるけど、今ここに大勢の人達が集まってますよ。

母が、もう行かなくては、と言ってます。皆さんに別れを告げなくてはなりません(と言って立ち上がろうとするが、立てない)。あれ、私の脚はどうしたのでしょう? 立てませんが・・・」

博士「私の妻の上半身だけを使っているからですよ」

スピリット「では、私は半分だけ男で、半分は女ってわけだ! (愉快そうに笑う)。ますますまずいな! さて、母と一緒に行かなくては」

博士「心の中で思う練習をしなくてはいけませんね」

スピリット「『心の中で思う』ですって! 私が今までものを考えたことがないみたいですね。(と言ってから笑い出して)これは失礼。でも、変なことを言われても、すぐに冗談のように思えるようになりました」

博士「別に失礼じゃありません。これからは『心の中で念じる』だけでそこへ行けるようになるのです」

スピリット「脚で歩くのではなくて、ですか。もう脚は不要になるわけですか」

博士「あ母さんと一緒になった、と心に念じるのです。すると、お母さんのところへ行ってます」

スピリット「母と一緒になったつもりになる――すると母のところへ行く? ではまいります。でも、皆さん方は愉快な人ばかりで、いつかもう一度ここへまいりたいですね。いいでしょ? そうそう、例の青年には、もしも私が本当に迷惑をかけていたのなら、申し訳なく思っていることを伝えて頂けますか」

博士「今度はその青年の為にいいことをしてあげては? 出来ますよ」
スピリット「いいことをしてあげる? どうやってですか」

博士「家に帰りたい気持ちにさせるのです。その要領はお母さんが教えてくれますよ」

スピリット「母が、あなたが私を見つけてくださったお礼を言いなさい、と言ってます。でも、その母が見つけた私が女性の身体の中にいるなんて! でも、事実そうなんだから仕方ないですね。では、まいります。さようなら」

その翌日からC・Bの態度が一変した。すぐに両親に手紙を書き送り、家に帰って仕事を続けたいから、除隊できるように取り計らってほしいと依頼した。さらに付け加えて、なぜ海軍なんかに入隊したのか、自分でも分からない――よほどボケッとしていたみたいです、と述べてあった。

除隊には少し手間取ったが無事自宅に帰り、完全に元の本人に戻ったのだった。