田山花袋 たやま・かたい(1872—1930)


 

本名=田山録弥(たやま・ろくや)
明治4年12月13日(新暦1月22日)—昭和5年5月13日 
享年57歳(高樹院晴誉残雪花袋居士)・花袋忌 
東京都府中市多磨町4–628 多磨霊園12区2種31側24番 



小説家。群馬県生。漢学塾。明治19年上京後、『抒情詩』に詩集『わが影』を発表。32年小説『ふる郷』を刊行。35年『重右衛門の最後』を発表、注目を得た。39年『文章世界』主筆。40年『蒲団』は代表作となった。『一兵卒』『生』『妻』『田舎教師』『縁』『髪』などがある。



 



 失望と空虚とさびしい生活とから起った身体の不摂生、此頃では何をする元気もなく、散歩にも出ず、雑誌も読まず、同僚との話しもせず、毎日の授業もお勤めだから仕方がなしに遣るといふ風に、蒼白い不健康な顔ばかりして居た。何処となく体が気怠く、時々熱があるのではないかと思はれることなどもあった。持病の胃は益々募って、口の中は常に乾いた。----不真面目な生活がこの不健康な肉体を通じて痛切なる悔恨を伴って来た。弱かったがしかし清かった一二年まえの生活が眼前に浮んで通った。
 「絶望と悲哀と寂寞とに堪へ得られるやうなまことなる生活を送れ」
 「絶望と悲哀と寂寞とに堪へ得らるゝ如き勇者たれ」
 「運命に従ふものを勇者といふ」
 「弱かりしかな、不真面目なりしかな、幼稚なりしかな、空想児なりしかな、今日よりぞわれ勇者たらん、今日よりぞわれ、わが以前の生活に帰らん」
 「第一、体を重んぜざるべからず」
 「第二、責任を重んぜざるべからず」
「第三、われに母あり」
 かれは「われに母あり」と書いて、筆を持ったまゝ顔を挙げた。胸が迫って来て、蒼白い頬に涙がほろほろと流れた。
                                                           
(田舎教師)



 

 〈四里の道は長かった。その間に青縞の市の立つ羽生の町があった〉で始まる『田舎教師』の主人公林清三は、〈名もなく貧しく〉、24年の短い一生を終えたが、田山花袋は、『博文館』の文芸雑誌『文章世界』主筆として自然主義を掲げ、島崎藤村とともに自然主義文学の代表作家として『蒲団』、『生』、『妻』、『縁』など数多くの作品を世に送りだした。
 一つの時代を築いた花袋、晩年は宗教に強い関心を示したが、昭和3年、脳溢血に倒れ、翌年には喉頭癌がんとなった。一時は小康状態を保ったが、東京・渋谷区代々木山谷の自邸で昭和5年5月13日午後4時41分、58年の生涯を閉じた。戒名は、友人の島崎藤村がおくったものである。



 

 西南戦争で銃弾を受けて死んだ警視隊の父鋿十郎の墓は熊本県八代の横手官軍墓地(現在は若宮官軍墓地に合祀)ある。父の死によって母は〈険しいさびしい性格になつて常に家庭の悲劇を起した〉、兄は〈難かしい母親の犠牲〉になって死んだ。〈父の戦死から生じ総ての苦痛を味つて来た。絶望が絶望に続き、苦痛が苦痛に続いた〉。
 ——巨大迷路のようなこの墓地の中心近く、前田夕暮の墓の裏筋にある「田山花袋墓」は、初秋の午後四時時頃とはいえ、薄気味悪いほどひっそりとした暗がりの中にあった。遺志により土葬されたという湿気を含んだ土の上に、島崎藤村の書を刻んだ自然石を組み合わせ、どっしりと腰を据えてあった。南天の葉がもたれかかり、もみじ葉が緑陰を広げている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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