竹山道雄 たけやま・みちお(1903—1984)


 

本名=竹山道雄(たけやま・みちお)
明治36年7月17日—昭和59年6月15日 
享年80歳 
神奈川県鎌倉市十二所512 鎌倉霊園3区10側 



評論家・小説家。大阪府生。東京帝国大学卒。旧制第一高等学校・東京大学教授をつとめ、『ツァラトストラかく語りき』『ゲーテ詩集』などの翻訳家としても知られる。小説『ビルマの竪琴』で文部大臣賞、『剣と十字架』で読売文学賞を受賞。『失われた青春』『樅の木と薔薇』『昭和の精神史』などがある。







 青いかがやきが奥ふかくうるんだ古い陶器の小片は、磯になげだされて、そこでしばらく日に照らされて、また海の底へと沈んでゆくのだが、私には何だかこれが、われわれの念裏をかすめる断片的な回想と似ているような気がしてならないのである。われわれのもっている記憶の世界もまた、海のように柔らかくふかく果てしのない塊である。その面は荒れていることもありしずかに燦いていることもあるが、その底にはかずかぎりのない雑多なものが混沌としてゆらゆらと揺れながら、いくつもの層をなしてひそんでいる。その中にうつくしい貝殻もあり畸形の生物もあり、獣の屍もあれば、これから生れる卵もある。われわれはみなこの記憶の海をどこか見えないところに持っていて、それが昼も夜も潮騒の音をたてている。眠っているときには、深い層の中からさまざまのものがたちのぼってきて思いもかけぬイメージを描きだすが、あとになってそれを捉えることはもうできない。醒めているときも、われらの念裏には、連絡のない回想がちらちらとかすめて過ぎる。しかしそれもふたたび記憶の底に沈んでしまうと、もうとりだすことができない。それを継ぎ合わせて一つのものに復元することはむつかしい。うちあげられる青磁のかけらは、このような断片的な思い出に似ている。われわれは自分の記憶の海の磯に立って、その測りがたい蒼い大きな塊の中に、何が沈んでいるかもよく知ることができない。ただ時あってうちあげられるものを手にとって、そのふしぎなうつくしさをなつかしむし、嵐の日などには磯一面にさらけだされたもの見てそのすさまじさにわれみずから愕然とするのである……。
                                                               
( 磯 )



 

 第一高等学校の教授として多くの教え子たちの出征を見送らざるを得なかった竹山道雄。またその無為な戦争によって幾多の命を失ってしまったが、戦没者を顧みることが薄い世相に対して、昭和22年、45歳の竹山は警告・鎮魂の意思をもって『ビルマの竪琴』を発表。『埴生の宿』の歌声はビルマの空、ひいては日本の空にも響きわたったのだった。
 「うたう部隊」隊長は言う。〈自分たちはこれからも共に悲しみ、共に苦しもう。そしてもし万一にも国に帰れる日があったら、一人ももれなく日本にかえって共に再建のために働こう〉——。
 果たして彼が望んだように再建は成ったか否か、昭和59年6月15日、自由主義者竹山道雄は逝く。



 

 お参りしようと訪れた墓には若い女性の先客があった。しかたがないので、しばらく時を過ごして引き返してきた墓前には、先ほどの女性が供えた可憐な赤いチュウリップと黄色いスイートピーが一本ずつ、昨夜来の雨に洗い出され、少しばかり緑がかった「竹山家之墓」碑面に透明な安らぎを映している。白砂利の墓域隅には石蕗が奥ゆかしく寄り添っている。
 〈この死で私のすべては終わる。死んだ後に私はいかなる意味でも存在しない〉との死生観を記した竹山道雄であったが、鎌倉霊園山腹裏にある墓地の風は清かに、春はますます近くなってきた。
 ——〈埴生の宿も わが宿 玉のよそおい うらやまじ のどかなりや 春のそら 花はあるじ 鳥は友 オー わがやどよ たのしとも たのもしや〉。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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