高群逸枝 たかむれ・いつえ(1894—1964)


 

本名=高群イツエ(たかむれ・いつえ)
明治27年1月18日—昭和39年6月7日 
享年70歳(和光院釈浄薫大姉)
熊本県水俣市わらび野 秋葉山墓地


 
女性史研究家。熊本県生。熊本師範学校(現・熊本大学)及び熊本女学校中退。はじめ九州新聞などで短歌や詩を発表。のち、上京。大正10年詩集『放浪者の詩』『日月の上に』を出版して認められる。平塚らいてうと共に女性運動を始め、女性史研究分野の発展に寄与した。『母系制の研究』『招婿婚の研究』『火の国の女の日記』などの著書がある。







 生命ほど美しいものはない。だから生命の死ほど空しくて悲しいものはない。われわれの伝記は生命への美しい反面と死への悲しい反面をもつ。このように美しく、またはかない生命をもつわれわれ相互は決して憎み合ってはならない。愛し合わねばならない。
 生命に充足して死を思わない若い日の姿は人間でも烏でも獣でもなんと美しく愛らしくせいいっぱいに生きていることだろう。だがそれらが老い、病み、やがて死んで行ったとき、それらの姿はなんといとしく悲しいものだろう。こう書く私もまたもちろん同じ道を行く生命の一員であることは疑いない。
 それに私はもう七十歳になった。私の一生は意義があったともなかったともいえない。他のすべての生命たちと同じように、生き、そして死のうとしている一つの生命にすぎない。いのちが短いから「早く仕事を」とか「意義ある人生を」などと思うのは、私には実はないことだ。私は運命に従って生きれるだけ生きるのみだ。
 私の自伝は、そういういわば運命享受者の私を描き出すととになるだろう。ただ私のねがいは、「みんなが幸福に」「嬉々としてたのしく」ということにかかっていたと思う。いまもそうであることが確かだから。
 短い生命を負うわれらが「地獄」絵巻のなかにだけその生命をすりへらし、それを「人間性」とさえ呼ぶというのは、なんというまちがったことだろう。
 平和と愛の社会へ─これがわれわれの切実な願望であり、また願望であるということはその確かな事実と方向との反映だ、ということをわれわれが信ずる権利と義務をもっていることである

(火の国の女の日記・愛鶏の死によせて)

                       


 

 天才詩人ともてはやされることとなった自伝的長編詩『日月の上に』に掲げられた題詞、〈汝洪水の上に座す 神エホバ 吾日月の上に座す 詩人逸枝〉。なんともはや大胆不敵な自己認識であることか。まず詩人であり、女性解放の思想家、あるいはアナーキスト、民俗学者、女性史家等々、数え上げれば幾筋にもなる探求の道を歩んできた高群逸枝。彼女はやはり火の国の女であったが、学究生活者としての日々にも老いは迫ってくる。昭和20年、正月から書き始めた夫憲三との『共用日記』も閉じられる時がきた。
 昭和39年4月12日、国立東京第二病院に入院。癌性腹膜炎のため、6月7日午後10時45分、火は燃え尽き、自伝『火の国の女の日記』執筆半ばでこの世を去った。



 

 水俣市秋葉山の中腹、落ち葉の深い道を行くと、城垣のような巨大な墓碑が目の前に現れた。
 正面に朝倉響子作の逸枝の半身実物大のレリーフが、背面には死の二年前、『共用日記』に「相見てから四十五周年の七夕前夜」と記された〈われらは貧しかったが 二人手をたずさえ 世の風波にたえ 運命の試れんにも克ち ここまで歩いてきた これから命が終る日まで またたぶん同様だろうことを誓う そしてその日がきたら 最後の一人が死ぬときこの書を墓場にともない すべてを土に帰そう〉という逸枝・憲三夫妻の「誓い」の言葉が刻されてある。若葉は萌え、光をのせて風は静かだ。
 ——〈おどま帰ろ帰ろ熊本に帰ろ 恥も外聞もち忘れて おどんが帰ったちゅて誰がきてくりゅか 益城木原山風ばかり〉。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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