谷川徹三 たにがわ・てつぞう(1895—1989)


 

本名=谷川徹三(たにがわ・てつぞう)
明治28年5月26日—平成元年9月27日 
享年94歳(絶学院大道胡徹居士)
神奈川県鎌倉市山ノ内1367 東慶寺(臨済宗)



哲学者。愛知県生。京都帝国大学卒。昭和初年のプロレタリア文学盛時に文学本質論から独自の批判を行なって注目された。敗戦後、東京国立博物館次長、法政大理事などをへて、昭和37年同大学総長となる。宮沢賢治研究などの芸術論、文化論で知られる『神話と科学』『ヒューマニズム』『宮沢賢治の世界』などがある。







 私がヨーロッパの各地を歩いて感じますもう一つのことは、至る所に廃墟というものがある。そして、その廃墟というものが非常に美しい。独自な美しさを持っている。今言いましたアテネのアクロポリスといい、エピダウロスの劇場といい、ローマの郊外にヴィラ・アドリアーナといいまして、ハドリアーヌス帝の離官の跡が遺っております。これは今では大部分煉瓦の残骸でありますけれども、しかし広大な庭園の跡もあって非常に美しい。世界でもっとも美しい廃墟の一つであると私は思っております。ローマ市内にあるフォロ・ロマーノ------昔の市場の跡も独特の廃墟の美しさをもっておりますし、ローマの中には至る所に廃墟の美しさが見られますけれども、しかしそのヴィラ・アドリアーナのような廃墟の美しさをもっている所は他にないと私は考えている。そういう廃墟の美しさというものは、日本にはないのです。廃墟というのは、人工の美しさの跡をどこかにとどめながら、それが自然に帰ろうとしている、いわば中間の状態でありますが、こういうものは、石とか煉瓦のような耐久性のある材料をもってしなければ遺らない。木造建造物では廃墟というものはどうしても遺りません。したがって日本の古いお寺とかお社は、しょっちゆう修繕をしなくてはならない。したがってこれは廃墟ではないわけです。
                                                       
(世界の中の日本芸術)



 

 詩人谷川俊太郎の父である。
 俊太郎は『父の死』を書いた。〈私の父は九十四歳四ヶ月で死んだ。 死ぬ前日に床屋へ行った。 その夜半寝床で腹の中のものをすっかり出した。 明け方付き添いの人に呼ばれて行ってみると、入歯をはずした口を開け能面の翁そっくりの顔になってもう死んでいた。顔は冷たかったが手足はまだ暖かかった。 鼻からも口からも尻の穴からも何も出ず、拭く必要もないきれいな体だった。〉——。
 宮沢賢治の世界を広く紹介した事でも知られ、詩と哲学、芸術と社会、文学、思想、文化についての多岐にわたる分野でその評論を展開した哲学者谷川徹三。平成元年9月27日午前5時42分、虚血性心不全のため東京・杉並区の自宅で、長い研究生活に終止符をうった。



 

 平成元年10月16日、北鎌倉の東慶寺で喪主俊太郎は祭壇を前に挨拶をした。〈祭壇に飾ってあります父・徹三と母・多喜子の写真は、五年前母が亡くなって以来ずっと父が身近においていたものです。写真だけでなくお骨も父は手元から離しませんでした。(略)和尚さんのお許しをえて、父母ふたりのお骨をおかせていただきました。母の葬式は父の考えで、ごく内々にすませましたので、生前の母をご存知だった方々には、本日父とともに母ともお別れをしていただけたと思っております〉——。
 「生涯一書生」を任じ、岩波文化人の代表格として活躍した「谷川徹三/たき」の墓は、この寺の奥域にあった。柔優な筆体刻のこの碑面に届いた陽光はひととき、ゆったりと浮かんでいた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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