有本芳水 ありもと・ほうすい(1886—1976)                        


 

本名=有本歓之助(ありもと・かんのすけ)
明治19年3月3日—昭和51年1月21日 
享年89歳(芳水居士)
岡山県岡山市東区上道北方1379 医光院(真言宗)



詩人。兵庫県生。早稲田大学卒。中学時代から詩作、同人誌『白虹』に参加。上京し、早稲田大学卒業後、実業之日本社に入り『日本少年』の主筆として活躍、同誌に毎号詩を発表した。明治38年車前草社に入り、若山牧水らと作歌した。詩集『芳水詩集』『旅人』ふる郷』『悲しき笛』、回想録『笛鳴りやまず』などがある。







 

春は行く
少年の日の春は行く
銀の針のさびて行くごとく
またたんぽぽの穂の空に立ちのぼるごとく。

春は行く
少年の日の春は行く
金色の釦の光れるごとく
また紫の桐の花のちるがごとく。

(春は行く)

 


 

 昭和51年1月21日午前5時40分、肺がんのため入院中の岡山日赤病院で、〈少年の日はすべてのおとなにとって再び帰らぬ楽園である〉と愛惜した老詩人有本芳水は、いまだ明けやらぬ暗然たる窓の外、降りしきる雪のむこうに何を聞いたのだろうか。
 内海播磨灘の浪路にはしるノスタルジックな少年の日の輝きよ、〈いずくに急ぐ船人よ 船路の夢の寂しくば せめて今宵は泊まれかし 飾磨はふるき港にて 播磨はわれの国なれば〉と詠ったふるさとの海行く船帆のさんざめき、暮れゆく春のかなしさか、はたまた蒸気船の汽笛音。寄せる小波に崩されていく砂山の哀しさは昨日のことのように、少年の日は消え、夢伏した。



 

 〈われは旅人なり、つねに旅を好んで止まざるなり〉と書きだした『芳水詩集』の序、〈旅にしあればしみじみと 赤き灯かげに泣かれぬる。 されば人生は旅なり、ああわれは旅人なり、さらばいつまでもかく歌いつづけむ〉と芳水は結んでおわる。
 夢のごとく少年の日を旅した芳水の果てる場所、戦災にあった東京の家から、妻の生家である岡山県上道郡浮田村北方(現・岡山市東区上道北方)に定住した芳水の眠る墓は、堂宇にわっさと覆い被さるような鬱蒼とした竹藪を背後にたち並ぶ幾筋かの墓碑の最下段にあった。背後も正面も竹薮に遮られた「有本家之墓」、降りつづく晩春の雨、水たまりのできた墓庭、散り集った枯れ笹葉がそぼ濡れて涙のように光っている。

 


 

 

 

 

 

 

 

                        


 

 

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