青木雨彦 あおき・あめひこ(1932—1991)                    


 

本名=青木福雄(あおき・ふくお)
昭和7年11月17日—平成3年3月2日 
享年58歳(法雨院顕善福道居士) 
横浜市保土ヶ谷区岩間町2丁目140 見光寺(浄土宗)


コラムニスト・評論家。神奈川県生。早稲田大学大学院卒。新聞記者、編集者を経て、フリーになる。『週刊朝日』に連載した『青木雨彦の人間万歳』などで社会評論やサラリーマン問題を取り上げた。昭和53年推理小説『課外授業』で日本推理作家協会賞受賞。ほかに『男の子守唄』『男の帰り道』などがある。






 

 わたしも、生まれて初めて年賀欠礼のはがきを書いた。この一月に、父が八十八歳で病死している。
 「米寿」
 というので、
 「トシに不足はないでしょう」
 と慰めてくださった人もいたが、そんなの、ウソだ。病院で、父は死ぬ日まで、
 「くやしい。オレには、やり残したことがある」
 と、繰り返していた。
 いまとなっては、それが何であるか、知る術もない。昔の、五年制の尋常高等小学校を出ただけで〝奉公〟に出され、小僧から叩きあげて金物屋のオヤジになった父は、
 「商人の子に学問は要らない」
 と頑なに言いつづけ、子どもたちが〝上の学校〟 へ行くことも、家で本を読むことも嫌っていた。
 「本なんか読むヒマがあったら、店の掃除でもしろ」
 と言うのである。おかげで、三男のわたしは、親にかくれて本を読むことを覚えた。なにごとも、親にかくれてやるのは、楽しいものだ。
 父以外にも、ことしは、母方の従兄夫婦が死んでいる。従兄夫婦といっても、二十ちかくトシが離れているうえに子どもがなく、わたしたち夫婦に、
 「夫婦養子になってもらえないだろうか」
 という話もあった仲だ。父の反対でその話は潰れたが、もし話がまとまっていたら、わたしは、ことし、自分の手で仏を三つも送り出さねばならなかったことになる。
 従兄は、事故で死んだ妻を追うようにして、死んだ。俗にいう「髪結いの亭主」だった従兄は、妻の仕事を蔭で支えて、どこまでも仲のいい夫婦だった。
 年賀欠礼のはがきには、父の名も父のトシも伏せ、
 「喪中につき、年末年始の御挨拶御遠慮申し上げます」
 という、それこそ型通りの簡単な文章に、
 古ごよみ父の葬儀の日取りなど
 という句を添えた。

 

(『男のためいき女の寝息』・年賀欠礼)




 

 サラリーマンこもごもの問題や悲哀、社会批評を通して「アメヒコ節」といわれるほどに人気を博したコラムニストであった。体調不良から平成2年11月に一度入院したものの、年が明けてからは原稿を書いたり、講演に出かけるまでに回復していたのだが、2月19日に再入院。病名は知らされていなかったが、本人は気づいていたらしく24日に連載の原稿を書き上げた際、「これが最後の仕事」と漏らしていたという。3月1日夕刻に容体急変、ベッドで「頑張るぞ」といった後に意識を失い、翌2日午前4時49分、川崎市の日本医科大学付属第二病院で胃がんのため亡くなった。書き残したメモには「二十四時間病んでられますか。闘病とは闘い 叫ぶのは 私 また壱(いち)からやり直し」とあった。



 

 3月4日に雨彦の葬儀が行われた横浜市保土ヶ谷駅に近い浄土宗の寺、見光寺。山門に至る参道は両側に花木の植え込みがびっしりと、右手前には朽ち果てて今にも崩れ落ちそうな門の屋根に太った猫が物憂げに寝そべっている。山門を入ると左側に地蔵堂、田舎風の素朴な景色の庭に野の花が咲き、躑躅の若葉の傍らに、行きつけだった野毛の呑み屋「武蔵屋」の店内にぶらさがった色紙に書かれている〈塗箸の 剥げて小芋の 煮ころがし〉の雨彦の句が刻された石碑が建っている。本堂裏に廻ると、十三回忌供養の卒塔婆を背に、平成3年4月19日に建てられた黒御影の青木家「先祖代々之墓」があった。墓誌に雨彦の戒名「法雨院顕善福道居士」と没年月日、享年などが書かれている。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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