横溝正史 よこみぞ・せいし(1902—1981)


 

本名=横溝正史(よこみぞ・まさし)
明治35年5月25日—昭和56年12月28日 
享年79歳(清浄心院正覚文道栄達居士)
神奈川県川崎市多摩区南生田八丁目1–1 春秋苑東特別区6–1 



小説家。兵庫県生。大阪薬学専門学校(現・大阪大学)卒。中学時代から探偵小説に熱中、大正10年『恐ろしき四月馬鹿』を『新青年』に発表、以後雑誌編集者を経て、昭和7年作家生活に入った。金田一耕助を探偵役とする一連の探偵小説で有名。『鬼火』『真珠郎』『本陣殺人事件』『獄門島』などがある。






  

 八つ墓村からかえって八か月、私はやっとちかごろ心身の平静を取りもどしたように思う。
 いまこうして神戸西郊の小高い丘のうえにある、この新しい書斎に座って、絵のように美しい淡路島を眼のまえに見ながら、静かに煙草を吸っていると、よくまあ無事に生きのびられたものだと、不思議な感じにうたれることがある。よく小説などを読むと、あまりの恐ろしさに髪の毛がいっぺんに白くなったというようなことが書いてあるが、いま、机のうえにある鏡を手にとってみても、特別に白髪がふえたように思えないのが、われながら不思議でならない。それほど私は恐ろしい経験をしてきたのだ。幾度か、生死の関頭に立たされたのだ。あとから考えると、どっちへころんでも、生きられないようにできていたのだ。
 それがこうして無事に生きているのみならず、以前にもまして、いや、まえには夢にも考えなかったよう幸福な境遇に入ることができたのは、すべて金田一耕助という人物のおかげである。あのモジヤモジヤ頭の、風采のあがらない、いくらかどもるくせのある、小柄で奇妙な探偵さんが現われなかったら、私の命はとっくになくなっていたにちがいない。

(八つ墓村)



 

 雑誌『新青年』の懸賞に応募し、入選した「恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)」が処女作であったが、のちに『新青年』の編集長となり、海外の推理小説を紹介する傍ら、探偵小説家として、60年間に亘り現役を通してきた。
 昭和56年12月28日、結腸がんのため不帰の客となった横溝正史に、作家栗本薫は羨望の思いをもって書き記している。〈彼は、七十九歳のさいごのさいごまで、紛う方のない、現役の作家として生き、そして死んだ、ということ、生ある限り書きつづけ、書くものことだけを考えつづけ、そしてまるで、途中でふっと、机の上にペンをおいて立ってゆく人のようにして、われわれの前から去っていったのだ〉。



 

 江戸川乱歩の「明智小五郎」と並ぶ名探偵「金田一耕助」を世に送り出し、一時期は老若男女世代を問わずの一大旋風を巻き起こした探偵作家横溝正史の眠る墓前に佇んでいる。
 緑なす生田丘陵にある霊園のなお高い場所、霊園全体が一望できる展望台のような特別区画に「横溝家之墓」はある。艶々しい黒御影の墓碑は真っ新な朝の陽に向い合い、背後に広がる霊園のさわやかな空にくっきりとした一画を主張している。供花は枯れ立ち、片方は無残にも墓前の砂利石の上に投げ出されている。ふと見ると墓誌との間に、ミステリアスな赤い赤い色、スポットライトを浴びたように一本のケイトウの花が地を這うように咲いている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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