時実新子 ときざね・しんこ(1929—2007)


 

本名=大野恵美子(おおの・えみこ)
昭和4年1月23日—平成19年3月10日 
享年78歳
兵庫県神戸市北区山田町西下狼谷3–1 神戸山田霊園苑
 



川柳作家。岡山県生。岡山西大寺高等女学校(現・西大寺高等学校)卒。結婚後川上三太郎に師事。神戸新聞に投句。昭和38年句集『新子』を刊行。大胆な表現が話題をよんだ。50年個人誌『川柳展望』を創刊。平成8年から『川柳大学』を主宰。昭和62年『有夫恋』はベストセラーとなった。『月の子』などがある。



 



花火の群れの幾人が死を考える

死に顔のうつくしさなどなんとしょう

恋成れり四時には四時の汽車が出る   
  
墓の下の男の下に眠りたや

罵言の下 斜塔は昨日死すべきを

ころがしてころしてしまう雪だるま

どうぞあなたも孤独であってほしい雨

月光に盗んだ舟がすべり出す

一枚の皿に秋刀魚は横たわる

みんな眠った 絶叫の花ひらく

うららかな死よその節はありがとう



 

 昭和38年に出版された第一句集『新子』は伝統川柳の絶頂期にあった柳壇に衝撃的な激波をおこした。53年には〈川柳の中に己の地獄を花開かせ、その花を透かしてこの世の極楽を見る〉との挑戦的なあとがきを記した句集『月の子』が刊行される。また夫ある女の恋をテーマにした『有夫恋』はベストセラーにもなった。
熱を、悲しみを、孤独を、恍惚を、血を、命を吐くようにものした〈革新の時実新子〉。その奔放大胆な行動に白眼視する向きもあったが、独創的で生々しい女性の自意識を表現することによって川柳界の与謝野晶子と称された。新子は、平成19年3月10日午前5時15分、肺がんのため神戸市内の病院で死去した。
 〈白い花咲いたよ白い花散った〉。



 

 神戸というには名ばかりの山のまた奥、狼谷というなんとも恐ろしげな地名の山陰にその墓はあった。
 ある時期、三角の小さな石に「川柳新子の墓」とだけ刻んで一人で眠りたいと望んでいたのだが、再婚した伴侶とともに眠る「大野 進/大野恵美子墓」。傍らの碑に〈うららかな死よその節はありがとう〉、ホーホケキョ、鶯が鳴いてやがて春は過ぎ去っていく。
 今にして思えば、句集『新子』自費出版当時、姫路の高校に自転車通学をしていた私は、〈夫ある女の恋〉と指弾されながら生活していたお城の北の、新子が夫とともに営んでいた文具店の前を何度となく通ったはずなのだが、その姿も店の様子もまったく思い浮かんでこない。文具店の跡地は道路になって、今は痕跡もない。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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