平成5年(行ウ)第5号

退去強制命令等取消請求事件

答 弁 書

第1 請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。

第2 請求の原因に対する答弁

1 請求の原因第1の1について

 原告F(以下「原告F」という。)は、フィリピン国籍を有する女性であることは認める。
 原告ダイちゃん(以下「原告ダイちゃん」という。)は、原告Fの子であることは認めるが、訴外A(以下「A」という。)との間の子であることは不知。
 なお、原告Fの氏名について、訴状請求の原因中ではFと記載されている。

2 請求の原因第1の2について

(1)1について
 「Fは、1962年…出生した。」こと、及び「1988年8月10日成田空港を経由して日本国に入国したこと、Fが大阪で飲食店に勤務し、同所にてAと知りあった。」ことは認め、その余は不知。

(2)2について
 Aが大阪に勤務していたことは認め、その余は不知。

 (3)3について
 Aに妻及び2人の子がいることは認めるが、その余は不知。

3 請求の原因第1の3について

(1)1について
 「右のような経緯からFは…右書類なしのままに手続きをすることとした。」までは不知。
 「Aは、同年9月5日…見解を区役所は公的に明らかにした。」については否認する。
 「しかしながら、同日段階で西区役所は…Aの胎児認知届を受理しなければならないのである。」については争う。
 「そこで、Aは、1992年9月30日…即時抗告を申し立て、現在その審理中である。」については認める。なお、即時抗告の申立ては、平成5年4月28日に棄却されている。

(2)2について
 原告Fが、1991年(平成3年)9月18日、原告ダイちゃんを出産したこと、原告ダイちゃんは出生時から日本国籍を有していないこと、Aが、1992年(平成4年)2月12日追完届の提出を言われ、西区役所に平成3年9月30日付け認知届の追完の届出を行ったこと、戸籍面上は2月12日認知がなされたことになっていることは認める。
 なお、認知の日は、平成3年9月30日が正しい。
 「その出産後である同年9月末頃に…Fの出生地より送付されてきた。」ことについては不知。その余は争う。

(3)3について
 即時抗告の申立てが認容されれば原告らのいうとおりであるが、右即時抗告の申立ては既に平成5年4月28日、広島高等裁判所によって、棄却されている。

4 請求の原因第1の4について

 1992年8月31日、広島入国管理局(以下「広島入管」という。)入国審査官が、原告Fが出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)24条1号に該当する旨認定したことは認めるが、原告ダイちゃんは、法24条7号と認定したものである。
 また、「同年10月16日広島入管特別審理官が…仮放免された。」については認める。
 なお、法務大臣の、各異議の申出に理由がない旨の裁決は、1993年(平成5年)2月23日が正しい。
 さらに、同年4月22日、本件各退去強制令書に基づく執行がなされる可能性があったことは認めるが、執行されなかった。

5 請求の原因第2の1について

 ダイちゃんが1歳7か月の子供であること、「1979年…権利を有する。」としていることは認めるが、その余は争う。

6 請求の原因第2の2について

 「ダイスがFとAとの間の子である。」ことは不知、「ところで、権利を有するとする。」は認め、その余は争う。

7 請求の原因第2の3について

 不知ないし争う。

8 請求の原因第2の4について

 Aが日本人で日本に住居を有していること、原告らが日本で生活していること、国際連合が1989年12月20日第44会期で「子どもの椎利に関する条約」を採択し、同条約の条文に原告らが引用する条項があることは認め、その余は争う。

9 請求の原因第2の5について

 「憲法32条は…「裁判手続」であること」、「Aは、1992年9月30日、広島家庭裁判所…即時抗告の申立てをなし」については認め、その余は争う。

10 諸求の原因第3の1について

 「原告らに対する各本件退去強制令書発付処分…できると定めている。」こと、「法50条1項3号も…できると定めている。」ことは認め、その余は争う。

11 請求の原因第3の2について

(1)1について
 ダイちゃんが婚外子であることがダイちゃん自身の責任でないこと、原告らは現在仮放免中で行動範囲を広島県内に制限されていることは認め、その余は不知ないし争う。

(2)2について
 「しかもAは、…ということになる。」こと、「(なお、本件各退去強制令書が…同月30日である)。」ことについては認め、その余は争う。なお、裁判の結果については前述のとおりである。

(3)3について
 不知ないし争う。

12 請求の原因第3の3について

 争う。

第3 被告らの主張

1 本件各退令発付処分に至る経緯

(1)原告Fは、フィリピン国籍を有する外国人である(乙第1、2号証)ところ、昭和61年8月2日、羽田空港に到着し、平成元年法律第79号による改正前の法4条1項4号に該当する者としての在留資格(現行法の在留資格「短期滞在」に相当する。)で在留期間15日の上陸許可を受けて本邦に上陸した。その後、大阪市内において、飲食店ホステスとして稼働していたが、在留期限である同月17日を超えて本邦に不法に残留していたことから、同年2月17日、大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)入国警備官が摘発の上、所定の手続き行った結果、大阪入管主任審査官伊藤廸郎発付に係る同年11月20日付け退去強制令書(以下「退令」という。)に基づき、同月27日、大阪空港からマニラ向け退去強制された(乙第3ないし6、14号証)。

(2)原告Fは、右退去強制後、他人であるカルマ・メリサ名義の旅券を取得の上、昭和62年6月17日、本邦に不法入国し、大阪空港に到著後、大阪市内において、飲食店ホステスとして稼働していたことから、同年12月11日、前記同様、大阪入管入国警備官が摘発の上、所定の手続の結果、大阪入管主任審査官板谷晋発付に係る同年12月16日付けの退令により、同月19日、大阪空港からマニラ向け退去強制された(乙第7ないし11、14号証)。

(3)原告Fは、再度、他人であるフェリガン・マーガリ−タ名義の旅券を取得の上、昭和63年8月10日、本邦に再度不法入国し、成田空港に到着後、大阪市内において、飲食店ホステスとして稼働していたが、平成2年8月10日ころ、広島市内に転居し、平成3年9月18日、広島市所在のA産科婦人科病院において、原告ダイちゃんを出産した(乙第12ないし16号証)。

(4)原告ダイちゃんは、フィリピン人母原告Fの子として出生した外国人であるところ、Aが平成4年2月12日、広島市西区役所において同区長に対し、Aと原告Fとの間に出生した非嫡の子として原告ダイちゃんの出生届を提出した(乙第16号証)。

(5)その後、原告Fは、原告ダイちゃんとともに、平成4年6月1日から広島市西区3篠1丁目Aに居住する原告Fの友人訴外A(以下「A」という。)方に同居し、現在に至っている(乙第17、18号証)。

(6)原告ダイちゃんは、出生後Aと居所を共にすることなく、原告Fのもとで養育され、同人とともにその居住場所で生活し、現在に至っている(乙第15、18及び19号証)。

(7)広島入管入国警備官は、平成4年3月2日、広島入管入国・在留審査部門首席審査官の通報に基づき、原告ダイちゃんの不法滞在について立件するとともに、同月4日、原告Fを調査した瑞緒報告に基づき、原告Fの不法入国についても立件の上、それぞれ法24条に定める退去強制事由該当容疑者として調査に着手した。平成4年7月16日、広島入管入国警備官は、原告らに対し、広島入管主任審査官平田秀雄発付に係る各収容令書を執行の上、その身柄を広島入管入国審査官に引き渡したが、同日、広島入管主任審査官平田秀雄が、原告らの仮放免を許可したことによって原告らは身柄の拘束を解かれた(乙第20ないし27号証)。

(8)広島入管入国審査官は、平成4年8月31日、原告らが退去強制事由に該当すると認定し原告らにその旨通知したところ、原告らは口頭審理を請求したので、広島入管特別審理官は、口頭審理をした後、同年10月16日、右認定に誤りがない旨判定し、原告らにその旨を通知した(乙第28ないし31号証)。

(9)原告らは、右判定を不服として、平成4年10月16日、法務大臣に対し異議の申出を行ったが、法務大臣は、平成5年2月23日、原告らの異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件各裁決」という。)をした(乙第32、33号証)。

(10)広島入管主任審査官豊永純雄は、平成5年3月31日、原告らに本件各裁決を通知し、退令を発付したので、広島入管入国警備官は、同日、これを執行し、原告らを広島入管収容場に収容した(乙第34ないし37号証)。

(11)広島入管主任審査官豊永純雄は、同年3月24日、Aから原告らを同年4月22日、大阪空港からタイ航空で自費出国させる旨の誓約書(乙第38号証)及び仮放免申請理由書(乙第39号証)、原告Fから自費出国する旨の誓約書(乙第40号証)がそれぞれ提出されたので、原告らに対し、出国準備を理由に、期間を同年4月24日午前11時までとする仮放免を許可した(乙第41、42号証)。

(12)広島入管主任審査官平田秀雄は、平成5年4月23日、原告らに対し、仮放免許可期間を同年5月24日午前11時まで、同じく同年5月24日、同期間を同年6月7日午後2時まで、同年6月7日、同期間を6月21日午後2時まで、同年6月21日、同期間を7月5日午後2時まで、同年7月5日、同期間を7月19日午後2時までそれぞれ延長することを許可した(乙第43、44号証)。

2 本件各裁決及び本件各退令発付処分の適法性

(1)胎児認知の不存在について

 原告らは、Aが平成3年9月12日に広島市西区役所(以下「西区役所」という。)市民課に赴いて胎児認知届をし、また口頭でも原告Fの子を認知する旨告げたにもかかわらず、西区役所戸籍担当官が胎児認知届を受理しなかったのは違法、不当である旨主張するが、Aが右当日、胎児認知届出の提出ないし口頭の届出をした事実はなく、原告らの右主張は明らかにその前提を欠いており、理由がないものである(乙第45ないし52号証)

[1]出生届、死亡届、婚姻届、養子縁組届、認知(胎児認知を含む)届等の届書が市区町村の戸籍係の窓口に提出されると、当該市区町村の戸籍担当職員は、届書を届出人から受領し、当該届書が法定の要件を具備しているかどうかを審査して、受理あるいは不受理を決定する。そして、受理決定した場合は、当該届の事件名、受付年月日、事件本人の氏名及び本籍又は国籍等の事項を戸籍受付帳に登載し(戸籍法施行
規則21条1項)、不受理決定した場合又は必要書類の提出がない等即日受理決定ができない場合には、前記事項を戸籍発収簿に登載する取扱いになっている(戸籍事務取扱準則33条、34条)。
 したがって、届出人から市区町村に届書の提出がなされた場合は、受理又は不受理決定の有無にかかわらず、戸籍受付帳又は戸籍発収薄のいずれかに登載されることとなる。

[2]また、戸籍の届出は口頭でもできる(戸籍法37条)が、口頭による届出は、届出人が、市区町村役揚に出頭して、届書に記載すべき事項を陳述することを要するばかりでなく、市区町村の職員が届出人の陳述を法定様式あるいは標準様式の届書に筆記し、届出年月日を記載して、届出人に読み聞かせたうえ、届出人をしてこれに暑名押印させなけれぱならないとされている(同法37条)。このように、右書面は、届書に代わるものであり、届書に関する1般の規定が準用されるのであって(同法39条)、口頭による届出がなされた場合にも、やはり、戸籍受付帳あるいは戸籍発収簿のいずれかに登載されるのである。

[3]ところで、Aが胎児認知届出をしたという平成3年9月12日、西区役所市民課においてAから当該届出を受けた職員は存在せず、戸籍法37条2項所定の書面が作成されたり、戸籍受付帳又は戸籍発収簿に登載された形跡が全くない。また、Aは、同年9月30日に至って始めて西区役所に胎児認知届を提出しているが、当該届を同年9月12日に提出しているのであれぱ、ことさら同年9月30日に同じ届出をする必要がないのであって、このことは、自ら同年9月12日に胎児認知届を出していないことの証左である。

[4]なお、Aは、平成3年9月12日、西区役所に胎児認知届出をしたが同区役所が受理しなかったとして、同年9月30日、広島家庭裁判所に対し、胎児認知届を受理すべきことを命じるなどの審判を求めたが、平成5年3月30日、同家庭裁判所は、右申出を却下し(乙第53号証)、これに対し、Aは、同年4月13日、広島高等裁判所に、即時抗告の申立てをなしたが、平成5年4月28日、同裁判所は、右即時抗告を棄却する決
定をなしている(乙第54号証)ところであり、これによっても、Aが胎児認知届をしたものでないことは明らかである。

(2)憲法及び国際法規違反の主張について

[1]原告らは、原告ダイちゃんに対する退去強制は、憲法22条及び26条の個人の尊重、幸福追求権及び教育を受ける権利を侵害し、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)24条1項に違反する旨主張する。
 しかしながら、我が国に在留する外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人の在留制度の枠内で与えられているにすぎないものと解するのが相当である(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223ぺ−ジ)ところ、憲法13、26条及びB規約24条1項から直ちに、「外国人が本邦において教育を受ける権利」を有することを導いた上、本件各退令発付処分が右権利を侵害するとの原告らの主張は、日本国への在留の有無を問わずすべての外国人に我が国の憲法が保証する基本的人権規定が及ぶとする点で右判例に抵触することが明らかである。
 さらに、右のように権利の内実として行為の内容の解釈を超えて、場所まで特定し、教育を受ける権利は、本邦に在留できることまで当然に含意する権利であると拡大して解釈するのは理論的根拠に欠け、また、右条項の文理解釈を無視するもので相当でなく、もし原告主張のとおりすべての外国人に本邦において教育を受ける権利が認められるとすれば、外国に居住する外国人が日本国に対し、右規定を根拠に日本国で教育を受けるため入国、在留を求めたときこれを拒否すれば右権利を侵害するとして、すべて憲法違反とならざるを得ない結果となるが、このような結論は不当極まりないというべきである。
 そもそも、憲法26条で保障する教育を受ける権利はいわゆる社会権であり、B規約24条1項を考慮しても、法律の制定を待ってはじめてその具体的権利性を有するにいたるものといえ、不法に在留する外国人に対してその権利を具体的に保障する内容の立法がない以上、外国人である原告ダイちゃんが本邦で教育を受けられないとしても原告ダイちゃんに対する何らの人権侵害は存在しないというべきである。さらに、原告ダイちゃんは、前述のとおりフィリピン国籍を有する外国人であり(乙第16、18及び55号証)、幼少であるからフィリピンにおいて現地で教育を受け、新たに言葉を覚え生活していくことは十分に可能であり、右国籍を有する以上、そのような機会は保障されており、本邦での教育を受けなけれぱならない必然性はないこと、フィリピンには母である原告Fの親及び姉・弟等が在住し生活を営んでおり(乙第56号証)、同国は原告らの生活の本拠たりうることから、同国に退去強制されることにより、直ちにその生存を脅かされたり、人格の成長が阻害されるものとは到底いえないものであることから、本件各裁決及び本件各退令発付処分をもって幸福追求権及び教育を受ける権利を侵害することにも、また、B規約に反することにもならないことは、いうまでもないところである。

[2] 原告らは、原告らに対する退去強制は、憲法24条及び同98条2項並びにB規約23条1項及び離散家族を許さない国際慣習法に違反する旨主張し、原告らとAの間には、1つの家族が構成され、固い絆の関係にあるとして、もっぱらその侵害をもって違憲・違法と主張しているようである。
 しかしながら、Aと原告らの間には、以下の事情があり、社会の自然かつ基本的単位となる家族関係を形成した事実はなく、今後もその形成は困難な状態にあるから、右主張も失当である。

<1>すなわち、Aは、そもそも原告Fと婚姻関係はなく、昭和A年A月A日結婚以来同居している妻A(昭和A年A月A生れ)並びにA(昭和A年A月A日生れ)及びA(昭和AA年A月日日生れ)の家族がおり、円満な家庭を築いて今日に至ったものである(乙第57、58号証)。そして、Aは、平成4年9月30日に開かれた広島家庭裁判所に対する家事審判申立の際、「家族には本件申立てを内密にしておりますので、書類等を送達される場合は代理人宛にお願いします。」旨表明しており(乙第59号証)、また、Aは、広島入管入国審査官に対しても、「妻子にはFとダイちゃんのことは一言も話していないし、これからも話すつもりはない。それは、子供がA歳とA歳で精神的に非常に傷つき易い時期であり、子供のためによくないし、妻とも離婚話になって今の幸せな家庭が崩壊するかもしれない。会社も辞めざるを得なくなり、生活の基盤を失うことになる。そうなっては困るので、妻子とは離婚せず、現在の生活を維持していきたい。だから、入管から私への連絡は、妻子の許(自宅)ではなく、私の勤務先(会社)宛に願いたい。」旨供述し、現在の本妻らとの生活を重視する基本的態度を示していることからもわかるように、本妻らとの円満な家庭生活が確固として存在し、半面、原告らとの間では内縁的な事実を形成しうる余地もなかったものである。また、それを原告F、A共に了解していたのか、今後もそのような意思を有していなかったものである。かりに今それを望んだとしても、現状のままでは、日本の婚姻秩序のもとでは望むべくもなく、実現は困難というべきである(乙第60ないし62号証)。

<2>また、Aと原告Fとの実際の生活実態は、まさしく愛人関係であったにすぎず、継続して同居したことはない。1989年7月に、Aが原告Fのためにマンションを借りてはいるが、右家賃は原告Fと同居人Aで支払っていたもので、Aは原告Fの生活を援助していたものでもなく、単なる愛人として同人方に時々訪れていただけである(乙第15号証)上、広島での生活についても、Aと原告らは同居したことはなく、現在、原告らは、原告Fの友人Aと同人の夫及びその2子が生活している広島市内のマンションにて同居生活を送っているにすぎず、Aと生活の基礎を共にしているものではないのである。
 平成4年3月ころ原告FもAに妻子がいることは十分わかっており、このままでは結論が出ないとして、愛人関係を断ちきってフィリピンに帰る意図であった(乙第14号証)ことからもわかるょうに、原告FとAの右関係もそう強いものではなかったものである。

<3>さらに、本邦における原告らの経済状態等についてみるに、原告Fは、平成4年7月2日、広島入管入国馨備官に対し、「平成4年5月31日まで広島市中区舟入本町Aに住んでいたが、同年6月1日からは広島市西区三篠1丁目Aに住むフィリピン人友人Aのマンションで、Aの家族と1緒に生活している。転居したのはAが引き払うと言うので、私がAに頼んで住ませてもらうようになったのです。」旨供述(乙第17、19号証)しているところ、同入国警備官の調査の結果、Aと賃貸契約を結んでいたA(マンション)を管理している西洋ビルドが、家賃滞納を理由にAに対し、同マンションからの退去を求めたため、原告らは同マンションを出ており、退去時の家賃の滞納は3、4か月分となっていた(乙第63号証)。
 そして、原告Fは、広島入管入国審査官に対し、「Aのマンションは3DKで家賃は払っておりません。光熱費等を月1万円払うつもりでいる。生活費はお金が無くなったときAから1万円から2万円をその都度もらっている。貯金はありません。」旨の供述をしている(乙第64、65号証)。
 そうすると、Aは、原告らの住居の確保もままならず、原告らの生活への配慮も行き届かず、原告らに対する安定した生活費の支弁の能力に欠ける状況にあるといえ、また、実際に所得の面から見ても、既に妻と二子を扶養しているAの平成3年度の給与所得は金5、837、039円(給与・賞与支払金額)であり、Aが妻子のほかに同居していない原告らをも扶養していくのに必要十分な経済力を有するとは到底いえないのであって、結局、Aには、原告らを今後我が国で扶養していく能力に欠けていると認めざるを得ない(乙第66号証)。
 また、Aは、妻子の承諾を得ているわけでなく、原告ダイちゃんを自宅に引き取って養育することもできない状態にある。

<4>以上のとおり、原告FとAの関係は、夫婦ないし内縁関係の実質すらない単なる愛人関係にすぎず、また、原告らとAの間には、家族といえる実体はなく、さらに、原告らをとりまく経済的・社会的な環境を考えるとき、原告らが本邦においてAとともに今後健全なる家族関係を形成することは相当困難な状況にあると言わざるを得ない。
 したがって、原告FとAの間には、憲法24条の保障が及ぶ婚姻関係ないしそれに準ずる内緑関係すら存在せず、原告ダイちゃんを加えた3者間においても、家族関係、家庭の存在といった実質は存在せず、かつ、その形成の可能性もないものであるから、本件各退令発付処分によって、居所を異にする等に至ったとしても原告らには、何ら害される利益も存在しないことから、原告らに対する退去強制が憲法24条、B規約23条1項に違反とするとはいえないものである。
 なお、1938年の国際連盟「困窮外国人扶助に関するモデル条約」は、条約として発効しているものでもなく離散家族の発生を許さない国際慣習法」なるものが存在するとは認められず、したがって、本件各退令発付処分が国際法の遵守を命じた憲法98条2項に違反しているといえないのである。

[3]原告らは、原告らに対する退去強制は、憲法22条に規定する個人の尊重及び幸福追求の権利を侵害し、B規約7条の「非人道的な取扱い」に該当する旨主張するが、本件退令発付処分が憲法13条に違反しないことは前述のとおりであり、また、B規約7条の「非人道的な扱い」に該当する理由が明らかでない。

[4]原告らは、原告らに対する退去強制が、憲法31条及びB規約13条の適正手統保障規定に違反する旨主張するが、そもそも憲法31条は刑事手続に関する規定であり、退去強制手続には適用されないものと解するのが相当である。
 また、仮に適用されるとしても、本件各退令発付処分は、原告らが退去強制事由該当者であるという明確な事実を示し、法に定める手続に即してなされたものであることは明らかであり、何ら違法なところはない。
 さらに、B規約13条は、「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」と定め、法律に基づいて行われた決定によって外国人を追放できることを明示しているところ、本件各退令発付処分は法に規定する手続に基づいて行われたのであるから、本件各退令発付処分が適正な手続によるものでない旨の原告らの主張は明らかに失当である。 なお、原告らは、原告ダイちゃんに対する退去強制は、「子供の権利に関する条約」9条、18条及び27条にそれぞれ違反する旨主張するが、我が国は、同条約に署名はしたものの批准しておらず、我が国について効力が生じることはないのである。

[5]原告らは、原告らに対する退去強制は、憲法32条及びB規約14条に違反する旨主張するが、裁判を受ける権利を保障した憲法32条及びB規約14条の規定の趣旨は、権利又は利益を不法に侵害された私人が裁判所に訴訟を提起して救済を求めた場合に、裁判所が裁判を拒絶することができない旨を定めたものであって、本邦において訴訟を提起した外国人に対し同訴訟を終了するまで本邦における在留を保障しなけれぱならない旨定めたものとは解されない。
 原告らについて裁判を受ける権利が侵害されるか否かを見てみても、訴訟代理人を介しての訴訟活動が可能であること、現に訴訟代理人が選任されており、原告らが出廷せずとも訴訟追行が困難となるおそれはなく、訴訟準備のための打合せ等の連絡も郵便や電話等の通信手段により容易であること、及び証拠方法としても原告らの尋問の必要性は低く、仮に原告ら自身の出廷等の必要が生じた場合には、改めて原告らにおいて、所定の手続をとった上、短期滞在等の在留資格での入国も可能であること等の諸事情を考慮すると、原告らの裁判を受ける権利が制限ないし剥奪されるものといえないことが明らかである(最高裁昭和52年3月10日決定・判例時報852号53ぺ−ジ、大阪地裁平成4年21月22日判決・乙第67号証)。

(3)裁量権の逸脱・濫用について

[1]法によれば、退去強制事由に該当する外国人に対する退去強制手続は、次のとおりである。
 まず、入国警備官は法24条の退去強制事由に該当すると思料する外国人(以下「容疑者」という。)につき、違反事由の調査をした上、当該容疑者が退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは、主任審査官に対し収容令書の発付を請求し、主任審査官の発付した収容令書により容疑者を収容することになる(法39条)。そして、収容された容疑者は、入国審査官に引き渡され(法44条)、入国審査官は、容疑者が法24条の退去強制事由に該当するかどうかを、速やかに審査して退去強制事由に該当すると認められた場合はその旨の認定をしなければならない(法45条、47条)。また、当該容疑者が右認定に服さず口頭審理を請求したときには、特別審理官のもとで、口頭審理を行い、認定に誤りがないかどうかを判定しなければならず(法48条)、更に、右判定に対し、容疑者が異議の申出をした場合、法務大臣は、その理由の有無を裁決するものとされている(法49条3項)。
 ところで、右に述ぺた法務大臣の裁決は、容疑者の異議の申出に理由があるかどうか、すなわち、容疑者が法24条の退去強制事由に該当するか否かについて判断するとともに、異議の申出に理由がない場合であっても、当該容疑者に対し、さらに在留特別許可(以下「在特許可」という。)を与えるべき事情の有無についても考慮の上(法50条1項)、在特許可を与える事情がないと判断したときに異議の申出が理由がない旨の裁決を行うのである。
 そして、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、輯束行為として、速やかに「退去強制令書を発付しなければならない。」(法49条5項)こととされているのであり、退令を発付するか否かについての裁量権を有しないのである。

[2]次に、外国人の入国及び在留、特に原告Fのような不法入国者についての扱いは、次のとおりである。

<1>国家が外国人の自国ヘの入国、在留を認めるか否かは、その主権の行使として自由に決し得るところであり、条約等の特別の取決めがない限り、もとより外国人に対しその入国及び在留を認めなければならない義務を負うものではなく、これが確立された国際慣習法となっており、憲法22条も右とその考えを同じくするものと解される(最高裁昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号2863ぺージ)ところ、我が国
においても、憲法及び右慣習法を踏まえて、諸外国同様外国人の自由な入国及び在留を認めない法制度を前提に、どのような外国人に入国及び在留を認めるか、在留を認めるとしてその活動内容、期間をどのように定めるか等について、法に詳細な規定を置いている。
 そこで、右規定の概要を見てみると、外国人は有効な旅券を所持しなければ本邦に入ってはならないとして(法3条1項)、当該国籍国の有効な旅券を所持しない外国人が本邦領域内に入国することを禁止しており、さらに我が国に上陸しようとする外国人にあっては、入国審査官に上陸の申請をしてその審査を受けなければならず(法6条2項)、その場合、所持する旅券に日本国領事官等の発した査証を受けていなければならない(法6条1項)ほか、法律に定められた上陸拒否事由に該当せず、かつ、上陸目的が法に規定された在留資格に該当すること等についての審査を受け、旅券に「上陸許可」の証印を受けなければならないとされている(法9条1項、5項)。

<2>いうまでもなく、旅券(ナショナル・パスポート)は外国に渡航する自国民に対して当該国政府が発給する文書で、その所持人の国籍及び身分を公証し、かつ、渡航先の外国官憲に対し、その所持人に対する保護と旅行の便宜供与とを依頼してその者の引取りを保証する文書であり、今日最も典型的かつ権威ある旅行文書として世界各国で受け入れられており、この旅行文書である旅券を所持していることが、我が
国へ入国を希望する外国人に入国を許可する際の基本的要件の1つとされている。そこで、有効な旅券を所持しない者は、いずれの国籍を有する外国人であるか不明であり、国籍国の保護や旅行先の便宜供与、国籍国の引取り保証が明らかでないところから、国際的な人間の移動に関する基本的秩序を乱す不法入国者として入国、在留を否定されるのである。
 また、査証は、我が国の在外公館において本邦に入国しようとする外国人が我が国の国益を害する者でたく、また、入国目的が法2条の2に規定する在留資格に対応するものであるか否か等について審査確認の上、発給されるものであるから、査証を有しない者は、入国・在留が認められる者であるか否かについて、我が国による何らの審査も経ていない者であって、原則として、本邦への上陸が許可され、在留の認められるものではないのである。

<3>不法入国者は、右に述べたような国際間の出入に関する基本的制度である旅券査証制度を全く無視し、我が国に入国、在留しようとするものであって、当該外国人の経歴、入国目的等のいかんを問わずすべて入国、在留のいずれも認められない者であり、その入国行為は密入国として刑事罰の対象となる(法70条1号)ばかりでなく、入国後は直ちに本邦から退去強制されるべきもの(法24条1号)とされているのである。

[3]そこで、原告らに対し法務大臣が在特許可を与えなかったことにつき、裁量権を逸脱・濫用した違法があるか否かについて検討することとする。

<1>憲法上、外国人が我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし、引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもないと解すべきであって(前記最高裁昭和53年10月4日大法廷判決)、法もかかる原則を当然の前提としている。

<2>また、法50条1項所定の在特許可を与えるか否かも、法務大臣の裁量に委ねられているものと解すべきことは、右法の性格及び法50条1項の規定にも何らの制限が付されていないことからして明らかであって、この点は判例上も確立しているところである(最高裁昭和34年11月10日判決・民集22巻21号1493ぺ−ジ)。
 特に、在特許可は、外国人の出入国に関する処分であり、その判断を行うに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮されるものであることから、同許可を巡る裁量の範囲は極めて広範にわたることとなる。また、在特許可は、退去強制事由に該当することが明らかで、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であって、他の一般の行政処分と異なり、恩恵的措置としての性格を帯有していることに留意する必要がある。

<3>ところで、法務大臣の裁量権の範囲については、前記通高裁昭和53年10月4日大法廷判決は、出入国管理令(現在は「出入国管理及び難民認定法」)21条3項に基づく法務大臣の在留期問の更新を適当と認めるに足りる相当の理由の有無の判断について、「裁判所は、法務大臣の右判断について、それが違法となるかどうかを審理、判断するに当たっては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合にかぎり、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。」と判示しているところであり、この在留期間の更新許可の付与の場合と比較して本件の場合である法50条1項の法務大臣の在特許可の付与についての裁量権の範囲について考えると、在留期問の更新が、適法に在留している外国人に対するものであり、また、その申請権も認められているのに対し、在特許可の可否は、法24条各号所定の退去強制事由に該当する容疑者に対してのものであって、それらの者には、在特許可の申請権も認められていないのであり、また、法文上も在留期間の更新について定めた法21条3項は、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」とするのに対し、法50条1項3号は、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」には許可することができると規定され、在留期間更新の場合の外国人の方が在特許可の場合に比して法律上より強い保護が与えられるとともに、法文上も在留期間の更新を認め得る場合は、在特許可を認め得る場合に比してより緩和された規定となっていることが明らかとなるのである。
 したがって、法務大臣の在特許可の付与についての裁量権の範囲は、在留期間の更新の場合の法務大臣の裁量権よりも更に格段に広範なものであり、反面において、裁判所の審査の及ぶ範囲は、きわめて狭いものとなるのであって、右裁量権の行使が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法となるのは、在留期間の更新に関する前記最高裁大法廷判決の示した基準より更に限定されることは明らかであるから、法務大臣の在特許可についての裁量権行使が違法となるかの判断に当たっては、右大法廷判決の判示した「右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提とすること」、「その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか」、「事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうか」などという基準より認定される裁量踰越・濫用よりもさらにその程度が大きい場合にのみ違法とされるべきであり、結局、法務大臣がその付与された権限の趣旨を没却してそれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを要するものと解するのが相当である。

[4]右のような観点からすれば、原告らに対する本件各裁決には、法務大臣の裁量権の逸脱又は濫用は全く認められず、原告らの主張する違法事由はいずれも理由がないものであり、さらに以下の事情からも明らかである。

<1>まず第1に強調されるべきことは、原告Fが、計画的に他人名義の旅券を取得して不法入国した者であるという点である。しかも、不法入国は2度目であり、その遵法意識の低さに加えて、日本の法秩序を無視する態度は、まさに在留不適格者であるといわざるを得ない。
 また、原告Fは、前述のとおり、まず、昭和61年8月2日、本邦に入国後、大阪市内において、飲食店ホステスとして稼働していたが、在留期限である同月17日を超えて不法に残留していたことから、同年11月17日、大阪入管入国警備官によって摘発され、所定の手続後、同年12月20日付け退去強制令書に基づき、同月27日、大阪空港からマニラ向け退去強制(乙第3ないし6、14号証)され、次に、翌昭和62年6月17日、他人名義の旅券で不法入国後、右同様大阪市内において、飲食店ホステスとして稼働していたことから、同年12月11日、前記同様大阪入管入国警備官によって摘発され所定の手続後、同年12月16日付けの退去強制令書に基づき、同月19日、大阪空港からマニラ向け強制退去(乙第7ないし11、14号証)させられている。
 このように過去2回の本邦在留時はホステスとして不法に稼働した後退去強制されており、今回も本邦で同様に稼働する目的で、しかも再度他人名義の旅券を取得の上、不法入国したことは原告Fの供述からも明らかであって(乙第12ないし15、68号証)、入国目的・動機についても、何ら汲むべき事情は存在しない。

<2>次に、前記第3の2の2の2の1ないし4で述べたとおり、原告FとAは愛人関係にあるにすぎず、原告ダイちゃんを加えた家族関係を形成したこともなく、何らほめられるべき生活実態もないものである。他方、Aの法律婚に基づく家族関係は円満な状況にあるため、愛人関係は全く内縁としての事実すら形成しておらず、内縁関係として法律婚に準じた保護を必要とすべきものではない。婚姻秩序の維持の理想、公共の福祉の面からみても、右愛人関係の維持を法的に図ることは正当な法律婚を脅かす結果を招来させることになり、決して望ましいものではないのであって、本件において、特に、このような正常な婚姻秩序を破壊することが明らかである妻子ある者と外国人との間の愛人関係を維持する目的で特別に在留を認めなければならないとする理由が存在するとは到底解し得ないものである。婚姻秩序を守ろうとする国益はまさに重大であって、同旨の判断も存するところである(東京地裁平成5年2月24日判決・乙第69号証)。

<3>また、Aと原告ダイちゃんとの関係、特に教育権等についてみても、まず前記第3の2の2の2の3で述べたとおり、本邦で同人を扶養することはおろか、経済的援助を施すことすら困難な現況にある。一方、Aは、原告ダイちゃんを自らの近くにおいて養育したい旨表明しているが、その意思も必ずしも堅固なものとはいえず、また、前述のとおり扶養能力が疑わしいことに加えて、今後のAと原告らとの生活について具体的方針もないこと、Aを巡る人間関係の中において、原告らのいうような、原告らとAとの家族ないし親子の絆の形成の見通しはなく、このまま在留を認めるときは、原告らのみで孤立し、異国の地である本邦での生活を強いられ、原告Fは従前の仕事で母子の生計を立てざるを得なくなり、原告ダイちゃんに対する十分な養育を施し得ない状態に陥るおそれもあること、他方、フィリピンには原告らの親族も居住しており、生活の本拠を同国とすることに問題はないこと、現環境下で、原告ダイちゃんの在留を認め、Aのもとで生活させることが直ちに同人の幸福に連なるとは到底いえないこと等の諸事情からみれば、原告ダイちゃんの本邦在留を認めることが、原告ダイちゃんの養育上もっとも好ましいとは到底いえないのである。
 いずれにしても、本件各退令発付処分を執行したとしても、それをもって原告ダイちゃんの養育を受ける権利を奪うものではないことはもちろん、親子の繋がりを否定するものではないから、右処分が人道に反し、正義に反するものでないことは明らかというべきである。

<4>親権の行使の点からみても原告Fが、原告ダイちゃんの親権者としてその権利を行使し、義務を履行するとしても、外国人である原告Fにあっては、外国人の在留制度の枠内でこれらの権利行使・義務履行が可能であるにすぎず(前記最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)、在留できない者の親権を議論しても意味がないこと、Aについては、親権の行使の在り方は人により機々であり、その権利を行使し、義務を履行するには種々の方法が考えられるもので、必ず本邦に在留させて親権を行使せねばならないとまで法が要求しているとまで解することはできない。結果として、原告ダイちゃんが本邦にいないことによってAの親権行使の方法に制約が生じたとしても、それだけで違法となるものではない。もちろん、仮に原告ダイちゃんに、周囲の条件が整って、特別に在留が認められたとしても、これに対する原告Fの親権行使のために原告ダイちゃんと事情が異なる不法入国者である原告Fに在留を認めるべきでないことは言うまでもない。
 つまり、違法な在留状況の下で形成された事実を重視すべきでないといえるからである。

<5>原告らは、「Aは、平成4年9月30日、広島家庭裁判所に対して、原告ダイちゃんに係る胎児認知届を受理すべきことを命じること等を求める家事審判を申立てたが、平成5年3月30日、同裁判所において、同申立てはいずれも理由がないから却下する旨の審判がなされた(乙第53号証)。しかるに、法務大臣は、右審判を待たずに平成5年2月23日異議の申出は理由がないと裁決し、退令発付処分を行った。この結果、原告らは、ダイちゃんの胎児認知届に関する裁判継続中において、原告らが強制的に国外に追い出されることは人権侵害の結果を生じ、本件各退令発付処分は、著しく正義に反する。」旨主張する。
 ところで、広島入管は、退去強制手続に際し、原告F及びAの取調べのほか、同入管入国警備官が、広島市西区役所に赴き、同区役所市民課長に面接し、認知届及び出生届等について慎重かつ十分に調査した。すなわち、前記第3の2の1の1ないし4で述べたことに加えて原告ダイちゃんに係る認知届及び出生届の経緯は次のとおりであった。

(ア)原告ダイちゃんの出生は平成3年9月18日であるが、同区長に対するAの認知届は、同年9月30日であり、その後の平成4年2月12日、Aは、同区長に対し、「未成年者の子を認知する」ものとする同認知届の追完の届出を行っている(乙第46ないし52号証)。

(イ)Aは、原告ダイちゃんに係る出生届を平成3年11月30日同区長に対し提出したが、同届記載の母の氏名(F)と、医師記載の出生証明書欄の母の氏名(マーガリータ・フェリガン)が相違していたため、同出生届を撒回し、平成4年2月12日、新たに同区長に対し、子の氏名をダイちゃん、母の氏名をFとする出生届を行っている(乙第45ないし52号証)。
 広島入管において、これらの事実を総合検討した結果、Aから原告ダイちゃんの胎児認知届出が広島市西区長になされた証拠はなく、原告ダイちゃんが出生により日本国籍を取得したとは認められなかったことから、原告ダイちゃんをフィリピン国籍を有する外国人と認定(国籍法2条、フィリピン憲法1条)して退去強制手続をしたものであって(乙第70号証)、右手続には、何らの違法・不当はなく、正義に反することはない。

<6>原告らは、「原告ダイちゃんは、仮に有効な胎児認知がなされていないにしても、日本人であるAが認知した子であるから、法別表第2に定める「日本人の配偶者等」に該当するということを考慮すべきである。」旨主張するが、原告ダイちゃんは生後間もない幼児であり、前述のとおり、Aには別に同居している妻及び2子があり同人らとの生活を続け、これを変更する意図がないこと、Aはこれまで原告ダイちゃんと
継続的に同居していたことがなかったこと(乙第17、18、58号証)、及び原告らがAから十分な生活費等の援助を受けていない現状にあること(乙第64、65号証)等を考慮すこと、Aが今の日本人の配偶者の下ヘ、原告ダイちゃんを家族の1員として受入れ実際上扶養することは不可能と認められる。
 したがって、原告ダイちゃんについて仮に考慮したとしても今まで述べた諸事情からみて、原告ダイちゃんは、母である原告Fとともに生活する方が妥当であると考えられるところ、原告Fには、前記事情から在留を特別に許可すべき事情が全くないと判断される以上、原告ダイちゃんについても、その母である原告Fと生活及び行動を共にするための在留を特別に許可すべき必要が認められないことは明らかというべきである。

[5]以上の諸事情にかんがみれば、原告らに対し、在特許可を与えなかった本件各裁決に係る法務大臣の判断には、全く事実の基礎を欠くところもないし、また、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くところもない等右法務大臣の判断には裁量の踰越濫用は存しないのであるから、原告らに対する本件各裁決及びそれに基づいて行われた本件各退令発付処分が適法であることは明らかである。

3 結語

 以上のとおり、本件各処分は適法であるから、原告の請求は速やかに棄却されるべきである。



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