平成5年(行ウ)第5号

退去強制命令等取消請求事件

同第6号 国籍存在確認請求事件

被告 準 備 書 面 (5)

 被告らは、これまでの証拠調べの結果を踏まえて、以下のとおり主張する。

1 原告らは、訴外A(以下「A」という。)が平成3年9月12日に広島市西区役所(以下「西区役所」という。)市民課に赴いて、書面又は口頭で胎児認知の届出をした旨主張する。
 しかし、以下に述べるとおり、右当日にAが胎児認知の届書を窓口に提出したとしても、同人はその届書の提出を任意に取下げないし撤回をしたものであり、これをもって届出があったということはできず、また、同人が口頭の届出をしたということもない。

2

(1)一般に、出生届、死亡届、婚姻届、養子縁組届、認知(胎児認知を含む)届等の戸籍関係の届出をしようとする場合に、届出人が、これらの届書を持参して、市区町村の戸籍係の窓口を来訪し、その記載の適否や添付資料の要否等について戸籍事務担当職員に相談をすることがある。その場合、当該職員は、それらの点について確認し、当該届書等が法定の要件を具備しておらず、不備であると判断したときは、届出人にその旨説明し、また、補正の可能な場合であれば、併せてその旨説明する。したがって、補正が可能な場合、届出人は、添付書類等の補正をした上で再度届書等を持参して来庁することになる。
 このように届出人が単に相談に訪れた場合は、受理・不受理の処分の前提となる届書の提出・受領という事実行為自体が存在しないので戸籍発収簿に登載することはなく、右のような事実の有無については書類上全く形跡が残らないことになる。
 また、仮に、戸籍関係の届書が市区町村の戸籍係の窓口にいったん提出された場合でも、当該届書が法定の要件を具備しているかどうかをその場で審査して、明らかに不備があり、受理できないと判断した場合には、届出人にその旨説明し、届出人が任意に提出の取下げ又は撤回をすれば、当該届書等を返戻することがある。この場合にも、右返戻により受理・不受理の処分の前提となる届書の提出・受領という事実行為自体が存在しなかったことになるので、戸籍発収簿に登載することはなく、そのような事実の有無については書類上全く形跡が残らないことになる。

(2)本件のように、外国人女性の胎児について、日本人男性からの認知届を受理する場合には、子の出生前であるので法例18条1項の適用はなく、同条2項により、認知の当時の認知する者(父)又は子の本国法(ただし、胎児認知の場合は、同項の適用上、子の本国法は母の本国法と読み替えられる(平成1元年10月2日民2・3900法務局長・地方法務局長あて民事局長通達第4の1の3))が準拠法となる。
 まず、父の本国法たる日本民法を準拠法として認知届を受理するには、日本民法が規定する要件を充足している必要があるほか、法例18条2項後段が準用する同条1項後段により、子の本国法(ただし、前記民事局長通達により、この関係でも胎児認知の場合には母の本国法と読み替えられる。)がその子又は第3者の承諾又は同意があることを認知の要件とするときは、かかる保護要件をも具備する必要がある。
 ところで、民法783条1項によれば、胎児認知には母の承諾が必要となるので、胎児認知届書に母の承諾書又は同意書を添付しなければならないことになる(戸籍法38条)。
 また、母の本国法に子の保護要件規定があるか否かについて審査するためには、まず母の本国法を特定することが必要となる。そのためには、戸籍法施行規則63条に基づく調査として、母の国籍証明書を胎児認知届書に添付させることになるが、その添付がなく、その提出を促しても届出人がこれに応じないときは、母の本国法を特定することができず、その胎児認知届については、母の本国法の規定する保護要件の有無が明らかとならないため、この点についての適法性の審査ができず、受理はできないことになる。
 したがって、母の承諾書又は同意書あるいは母の国籍証明書の添付がない場合は、日本民法を準拠法としては不受理処分がなされることになる。
 一方、母の本国法を準拠法として認知届を受理するには、やはりまず母の本国法を特定することが必要となるが、母の国籍証明書の添付がなく、その提出を促しても届出人がこれに応じないときは、その特定ができず、適法性の審査ができないため、母の本国法を準拠法とするものとしても、不受理処分がなされることになる。

3

(1)以上の点を踏まえて、本件につき、A及び平成3年9月当時の西区役所市民課職員宮下康(以下「宮下」という。)双方の証言等を基に、同月12日の時点における書面又は口頭による胎児認知の届出事実の有無について検討する。

(2)A証言の信用性について
 証人Aは、平成3年9月7日及び同月12日のいずれも母子手帳との同意書のみを持って西区役所に胎児認知の届出をしに行った、市民課の担当者が母の同意書を受領し母子手帳のコピ−を取ったと思われたので受け付けてもらえたと思った、胎児認知届書は持参しておらず、12日に胎児認知届書をもらって帰り、右用紙に所定事項を記入して同月30日に届出をした旨の証言をしている(同証人の証言調書87ないし97、128、129、241ないし244項)。
 しかし、以下に述べるとおり、右証言は信用し得ない。
 [1]まず、Aの応対をしたとする証人宮下康は、Aが持参した書面は胎児認知届書のみであったとして、右A証言と全く異なる証言をしている(同証人の証言調書62、63、73、87ないし96項)。
 [2]また、Aの前記証言からすれば、Aは、あらかじめ所定事項に記入した届出用紙を持参しなかったことはもとより、窓口の担当者から、その場で記入するように言われたこともなく、単に届出用紙をもらって帰っただけということになる。
 <1>しかし、Aに胎児認知届出をする明確な意思があったのであれば、所定事項を記入し、署名押印した届書を持参しないというのはいかにも不自然である。確かに、法文上は口頭の届出という制度が設けられているが、我が国の現状においては、口頭による届出は現実には極めて異例のことであって、胎児認知の届出に限らず、戸籍関係の届出をするときは、届出人において自主的に所定の届書を提出してするのが通常である。
 <2>一般に、口頭で届出をする旨窓口で申し出る者があっても、直ちに口頭の届出として扱うことはなく、担当者は、まず届出を書面でするよう指導しているのが実情であり、その当否は別にしても、もし、窓口で明確に届出の意思を表明していれば、戸籍事務担当者は、9月12日当日に所定事項を記載した届書を提出するように求めるはずであって、A証言のように戸籍事務担当者が届出用紙を渡して後日提出させるような対応をすることは考えられない。
 <3>また、口頭での届出として受け付ける場合は、届出人が、市区町村役場に出頭して、届書に記載すべき事項を陳述することが必要であるほか、戸籍事務担当職員が届出人の陳述を法定様式の届書に筆記し、届出年月日を記載して届出人に読み聞かせた上、届出人をしてこれに署名押印させなけれはならないとされている(戸籍法37条)。このように、口頭による届出が行われる楊合には、届書に代わる陳述を録取した書面が作成され、右書面への署名押印を求められる等厳格な手続が定められているのであって単に窓口において戸籍事務担当者に届け出る旨を告げるのみで成立するものではない。なぜなら、戸籍関係の届出は、関係者の身分に重大な影響を及ぼすことが多いため、届出の意思のみならず届出内容の明確性、正確性を担保するためにも、届出を書面化することが不可欠だからである。したがって、口頭の届出の際に作成すべき書面の作成もないままで届出があったものとして受け付けることはあり得ないのである。
 <4>つまり、9月12日に届出があったとして受付をするのであれば、その当日に届書の提出を受けるか、または、(極めて異例ではあるが)口頭の届出の処理をして届書に代わる書面を作成するか、いずれにしても届出を書面化することが必要とされているのであって、戸籍事務担当者が、届書の提出もこれに代わる書面の作成もないままに届出があったとして受け付けることはない。
 まして、戸籍事務の経験の多い宮下が、母の同意書を受け取り、母子手帳のコピーを取るだけで届出の受領ないし受理があったかのような対応をすることもあり得ないことであり、届出人においても、一般に添付書類の提出だけで届出を受領ないし受理してもらったと理解することは考えられないことである。
 [3]Aが9月30日に提出した胎児認知届書は、西区役所に備え付けられていたものとは明らかに異なる様式の書面であり(証人堀野良明の証言調書155ないし170項)、同月12日に届出用紙をもらって帰り、その書面に記載して同月30日に届出をしたという点も事実に反する。
 そもそも、A証言によれば、同人は中区役所でも戸籍係に出向いて相談をしており(同証人の証言調書36ないし52項)、西区役所にも9月7日と同月12日の2回出向いているのに、同月12日になってようやく届出用紙をもらったというのは甚だしく不自然である。
 [4]9月30日付けの胎児認知届に添付の母の同意書の日付は同月15日であるが、これを同月12日に西区役所に持参していたというのも疑問である。
 [5]以上のとおり、A証言は、同人が9月30日以前に2回西区役所に赴いたという点はともかくとして、その余の点については、余りに不自然かつ不合理な点が多く、到底信用し得ないものである。

(2)宮下証言の信用性
 これに対し、証人宮下康は、日付は特定できないものの、9月30日以前に西区役所戸籍係の窓口でAと2回対応し、2回ともAは胎児認知届書のみを持参していた旨証言している(宮下証人の証言調書57ないし63)。
 しかし、2回とも母の承諾書と国籍を証する書面の添付かなかったことから、本人に了解してもらい、届書を持ち帰ってもらった(同証人の証言調書63、73ないし76、87ないし91、241、294、295項)、押し問答とかそういったことはない(同証人の証言調書303項)とも証言している。
 前記のとおり、我が国では市区町村での届出は書面で行われるのが通常であること、もし、Aが口頭での届出をしようとしたのであれば、宮下において、その場で届書への記載を求めると考えられるのに、そのようなやり取りは全くないこと、戸籍発収簿にも何らの記載もなされていないこと、Aは、何ら言い争うこともなく帰っていること等の当事者間に争いのない事情を総合すると、宮下証言は自然かつ合理的な内容であり、A証言に比して信用性が高いというべきである。
 なお、宮下はAに対し、胎児の母の国籍証明書のほかに承諾書についても提出を求めている(宮下証人の証言調書63、73ないし76、90、91、97ないし108、154ないし281、293項)が、これは、Aの申立てのとおり胎児の母の国籍がフィリピン共和国であれば、同国には認知制度そのものがなく、認知の準拠法は父の本国法たる日本民法のみとなり、胎児認知届書に母の承諾書を添付することが必要となることから、その提出を求めたにすぎない。

(3)本件の事実関係
 [1]以上のとおり、宮下証言の信用性が高いと考えられ、右証言によれば、Aは、9月30日以前に西区役所戸籍係の窓口に来たことがあったとしても、そのときはいずれも、届書を持参した以外何らの添付書類も持っていなかったものである。そのため、宮下としては、父の本国法である日本民法を準拠法として審査しても、母の承諾書の漆付がない上、子の保護要件についての審査をすることができず、また、胎児の母の本国法を準拠法として胎児認知届の適法性を審査しようとしても、母の国籍証明書の添付がないので、右審査をすることができないことから、結局、日本民法によるも母の本国法によるも不受理処分をせざるを得なかったものである。そこで、宮下が、Aに対し、添付書類なしでは受理し得ない旨説明をしたところ、Aが了解して持参した届書を持ち帰ったというのが事実である。
 したがって、仮にAが持参した届書をいったん窓口に提出したとしても、同人はその届書の提出を任意に取下げないし撤回したものであり、右提出をもって届出があったという余地はない。本件において、戸籍発収簿に登載された形跡がないことは、Aが胎児認知の届書をいったん窓口に提出したとしても、その提出を任意に取下げ若しくは撤回したことの証左である。
 [2]また、Aが胎児認知の届出をしたという平成3年9月12日に西区役所市民課において戸籍法37条所定の書面が作成された事実はないことから、口頭による届出があったということもできない。Aは同月30日に至って初めて西区役所に胎児認知届を提出しているが、仮に口頭による届出を同月12日にしているのであれば、殊更に同月30日に同じ届出をする必要はないはずである。このことからも、同人が同月12日に胎児認知届を口頭でもしていないことは明らかである。

4 結論
 以上のとおりであるから、仮に、Aが平成3年9月30日以前に西区役所を訪れたとの事実があるとしても、書面又は口頭による胎児認知の届出がされたとの事実はなく、原告らの主張は理由がない。


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