平成5年(行ウ)第5号、第6号

原告 準 備 書 面 (5)

1 はじめに

 被告らは、平成6年6月8日付準備書面において、婚姻及び離婚等について要求される「受理」につき「市町村長がその届出が民法及び戸籍法その他の法令に定められた要件を具備しているかを形式的に審査し、その届出を適法なものと判断してその受領を認容する行政処分」であると定義し、任意認知の届出においてもかかる受理が必要である旨主張する。
 しかしながら、婚姻等の受理と任意認知の届出を同1視する右主張は誤りである。

2 「受理」概念について

(1)市民が行政官庁等に届出・申請などの行為をなし、その有効・無効の判断をする場合にあたって、「受理」なる概念が問題となる。被告らは、本件において、訴外Aの胎児認知届の「受理」を云々する。
 しかしながら、「受理」なる概念は、本件の胎児認知届の有無及びその有効・無効の判断をするに際し何ら有用なものではない。

(2)第1に、民法及び戸籍法は認知について届出をもってこれをなすと定めているのみであり、右届出の有効要件に関して「受理」なる概念に全くふれるところがない。すなわち、民法781条1項は、「認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってこれをする。」と規定し、戸籍法60条は、「認知をしようとする者は、左の事項を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。

[1]父が認知をする場合には、母の氏名及び本籍 2(略)」と定め、同法61条は、「胎内に在る子を認知する場合には、届書にその旨、母の氏名及び本籍を記載し、母の本籍地でこれを届け出なければならない。」と定めている。
 右の法文のいずれを見ても、認知は届出をもって有効に成立するものとしていることは明らかであって、認知届出の成否及びその効力が被告らの主張する「受理」に係っているとの趣旨を読み取ることはできない。

(3)第2に、認知届と密接に関連する婚姻届との対比においても、認知届の成否ないしその効力の発生に関し、「受理」なる概念が全く無用であることが明らかである。
 即ち、婚姻の場合、 当事者間の婚姻意思の合致の存在、及び婚姻届によって、婚姻は成立し、かつ、その効力が発生する。それは法文上も明らかである。
 まず、婚姻届に関して、民法739条1項は、「婚姻は、戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによって、その効力を生ずる。」と定め、戸籍法74条は、「婚姻をしようとする者は、左の事項を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。1 夫婦が称する氏 2 その他命令で定める事項」と定めている。そして、民法740条は、婚姻意思がないとき、及び、当事者が婚姻の届出をしないとき、婚姻を無効と定める。
 また、同法744条は、同法731条ないし736条が規定するいわゆる婚姻の実質的要件が存在しない場合は取消事由になると規定する。そうすると、婚姻は、その意思のある当事者の届出によって成立し、かつ、効力が生ずることは明文上明らかであるというべきである。
 ところで、民法740条は、「婚姻の届出は、その婚姻が第731条乃至第737条及び前条第2項の規定その他法令に違反しないことを認めた後でなければ、これを受理することができない。」とあるが、それは、行政庁(市町村)が、その婚姻の届出が法令に違反しないものであると判断した上でなければ、婚姻の届出を受領できない、ということを示しているにすぎない。結局、婚姻の効力の発生は、婚姻の届出の効果であり、「受理」の効果ではないのである(「「受理」行為の再検討」新井隆一 「田中二郎先生古稀記念公法の理論上」432頁)。
 他方、認知届に関しては、民法781条1項において、「認知は戸籍法の定めるところにより届け出ることによってこれを行う。」とするのみで、婚姻届に関する民法739条1項のように、「届け出ることによって、その効力を生ずる。」との表現がなされていないのみならず、婚姻の場合におけるいわゆる実質的要件の規定も、また、「受理」に言及する民法740条のような条文も存在しない。
 このように、婚姻と認知との間に違いがあるのは、婚姻が、婚姻をする意思、すなわち、夫婦関係を成立させるという意思が存在し、それが届出によって明確になった場合、その意思どおりの法律効果を発生させることとしているのに対し、認知は、父と子の生理的なつながりという事実の承認であって、意思表示ではなく、その承認の意思がある場合に、法律上の父子関係を発生させることとしているからである(我妻栄「親族法」235頁)。つまり、認知の場合、父子関係の存在という事実を承認する意思が認められれば、そこに、婚姻の場合におけるいわゆる実質的要件を要求する必要もなく、したがって、その要件の存否を判断する過程である「受理」も必要なく、単に、届出によって、承認の意思が認められれば、法律上の父子関係を発生させてよいのである。したがって、認知は、「届出によって、これをする」とだけ規定されたのである。
 このような婚姻と認知の法文の構造・表現の対比からすると、婚姻の場合でも届出によって、婚姻の効力が発生する以上、認知届出によって、当然認知の効果が発生すると言わなければならない。つまり、婚姻届との対比からしても、認知届においては、「受理」なる概念は全く不要なのである。

(4)第3に、認知の本質が、父子関係の存在という事実の承認であることからしても、「受理」なる概念は不要である。
 すなわち、右承認の意思が認められるなら、認知届出の形式がとられなくても、認知の効果を認めるべきである。現に、父と妾との間の子を妻との間の摘出子として届け出た場合には、嫡出子とはしないが、認知の効力は生ずるとした判例がある(大判大正15年10月11日民集703頁)。つまり、認知届出は、父子関係を認める承認の意思の存在を確認する手段にすぎず、戸籍官吏が右意思を了知した段階で、認知の効果は発生するというべきであって、認知の効果発生に「受理」なる概念を介在させる理由は全くないのである。

(5)第4に、「受理」なる概念は、極めて多義的に用いられているが、それが、市民のなした届出。申請行為を「受理」するかしないかの裁量を許容する意味を有するものとされた場合、届出の制度趣旨を損なうおそれがある。
 例えば、いわゆる公安条例に関し、届出制とされているのに、行政官庁側が、それを受理するかどうか裁量できるとすると、許可制と異ならないことに帰着する。すなわち、届出制の場合には、受理についての裁量は許されないのである。
 したがって、法律で「届出」とのみ規定されている場合には、率直に届出のみをもって、ある法律効果を発生させる市民の行為は成立する、としなければならず、それ以外に「受理」なる概念を措定する必要もなく、また、その概念規定の如何によってはそれを用いることで、届出のみによって法律効果を発生させようとした法の趣旨を没却することとなってしまうのである。

(6)以上、要するに本件の認知届出に関しては、「受理」なる概念は、全く無用であり、その概念規定如何によっては、有害な結果を導くものと言わなければならない。

3 被告ら引用の判例について

(1)なお被告らは、任意認知の要件として届出の受理が必要なことは裁判例の肯認するところであると主張する。しかし、被告らの引用する裁判例は、任意認知の要件としての「届出の受理」の要否についてなんら判断したものではない。したがって被告らの引用は失当である。

(2)まず最高裁昭和45年11月24日判決は、養子縁組の有効無効につきその効力の発生時点を縁組の届出時としていた大判大正6年21月20日判決を変更し、養子縁組の合意成立の時に有効無効を判断すると判示したものであって、受理の要否をなんら問題としたものではない。判決文上、届出の受理により養子縁組が有効に成立するとはされているが、届出書は即日受理されている事案であって届出と受理との相違が問題とされているわけではない(前掲新井隆1論文434頁)。最判昭和54年3月30日判決も、届出の受理が認知の要件となっているか否かが争点となっていない点で同様である。

(3)次に昭和53年2月24日判決であるが、本件は、嫡出でない子につき父からこれを嫡出子とする出生届がされ、または嫡出でない子としての出生届がされた場合において、右各出生届が戸籍事務管掌者によって受理された時は、その各届出は認知届としての効力を有するものと判示するものであって、やはり同様に任意認知の要件としての受理の要否について判断したものではない。
 なお右判決が「届が戸籍事務管掌者によって受理された以上は…」と述べている点は、非嫡出子の出生届を父から父としてすることが戸籍法上明定されていないことから、慎重を期すために述べられたものであって、認知届の要件としての受理について述べたものではない(最高裁判所判例解説民事編昭和53年度47頁参照)。

4 本件胎児認知届出行為の存在

 (1)ところで、原告ダイちゃんの父である訴外Aは、1991年9月12日、広島市西区役所において、原告らの1993年10月7日付け準備書面で主張したとおりの行為をなした。この行為によって、訴外Aは、原告ダイちゃんの胎児認知届出として届け出るべき事項のすべてを広島市西区役所の戸籍官吏に了知させた。したがって、訴外Aの右行為によって、原告ダイちゃんに係る胎児認知届が有効に成立したものと言わなければならない。

(2)以上からすれば、「受理」の存否を云々することなく、訴外Aの右胎児認知届によって、原告ダイちゃんはその出生時から日本国籍を取得していたと結論しなければならない。


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