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「妻の恋人、夫の愛人」の画像です

 妻の恋人、夫の愛人 
   
 The Leading Man 

1996年作品。100分。イギリス映画。監督ジョン・ダイガン。脚本ヴァージニア・ダイガン。撮影ジョン=フランソワ・ロバンAFC。編集ハンフリー・ディクソン。衣装デザイン=レイチェル・フレミング。音楽エドワード・シアマー。ロビン・グランジ=ジョン・ボン・ジョヴィ、エレナ・ウェブ=アンナ・ガリエナ、フィリックス・ウェブ=ランベール・ウィルソン、ヒラリー・ルール=ダンディ・ニュートン、ハンフリー・ビール=バリー・ハンフリーズ、トッド=デヴィッド・ワーナー、デルヴィーヌ=パトリシア・ホッジ、スーザン=ダイアナ・クイック

 劇作家と新人女優、二人の関係を嫉妬する妻、そこに現われたハンサムな映画スター。お膳立ての整った恋愛劇だが、劇中劇と絡み合い、それなりの厚みを醸し出している。夫の不倫に苦しむ妻は作家としての才能が認められ映画スターと結ばれて幸せになる。一方劇作家と結婚した女優は単調な生活に孤独を感じる-。終始、妻の立場に肩入れした展開はそれなりに新鮮だったが、結末はもう一捻りほしい。

 実質的に物語をリードするロビン・グランジ役のジョン・ボン・ジョヴィは、めりはりのある演技をみせた。俳優としても十分才能に恵まれている。サイコ・スリラー的な凄みが意外に似合ったエレナ・ウェブ役のアンナ・ガリエナは、振幅のある妻を演じ切った。繊細だが腑甲斐ない劇作家フィリックス・ウェブを演じたランベール・ウィルソンもはまり役だった。3人に比べると新人女優役ダンディ・ニュートンは、やや魅力に乏しい。しかし、これも妻の視点のなせる業かもしれない。

「ユメノ銀河」の画像です

 ユメノ銀河 
   
  Labyrinth 
 of 
 Dreams 

1997年作品。90分。監督・脚本=石井聰互。原作=夢野久作。撮影= 笠松則通、松本嘉通、大塚亮、福井洋介。美術=磯見俊裕、禅洲幸久、仲前智治。音楽=小野川浩幸。友成トミ子=小嶺麗奈、新高竜夫=浅野忠信、山下智恵子=京野ことみ、アイ子=真野きりな、月川ツヤ子=黒谷友香、松浦ミネ子=松尾れい子、黒トンビの客=嶋田久作

 石井聰互監督のモノトーンの新作は、大人になりかけた少女たちの情念が反射する硬質な空間を開く。そして、大いなる間に支えられた明晰な映像が、人間の「えたいのしれなさ」を鮮明にする。何という清潔な謎だろう。

 小嶺麗奈がいい。小嶺麗奈が時に浅野忠信を喰っていたのが驚きだった。友を殺したと確信している男に復讐しようとしながら、次第に男を愛していく自分に対する毅然とした姿がまぶしい。二人が初めて結ばれるシーンの、比類のない緊張に満ちた静けさは、圧倒的な自然描写の密度と拮抗する。

 よほど映像が張つめていなくては、ストーリーはリアリティを失ってしまう。この作品はそれを持続した。終始テンションを持続できる石井監督ならではの力業だ。それだけに、ラストの妊娠の告白の凡庸さが悔やまれる。それまでの寡黙な緊張が破れてしまった。


 

「もののけ姫」の画像です

 The 
 Princess 
 MONONOKE 

1997年作品。133分。制作=スタジオジブリ。監督・原作・脚本=宮崎駿。音楽=久石譲。美術=山本二三、田中直哉、武重洋二、黒田聡、男鹿和雄。編集=瀬山武司。アシタカ=松田洋治、サン=石田ゆり子、エボシ御前=田中裕子、ジコ坊=小林薫、甲六=西村雅彦、ゴンザ=上條恒彦、トキ=島本須美、山犬=渡辺哲、タタリ神=佐藤允、牛飼い=名古屋章、モロの君=美輪明宏、ヒイさま=森光子、乙事主=森繁久彌

 日本の室町時代を舞台にした「もののけ姫」は、宮崎駿監督の切実な思いが全編から伝わってくる大作だ。豊かな構想力ときめ細かな人間描写、確かなアニメーション技術に裏打ちされた世界は、他の追従を許さない水準にある。とりわけシシ神の池の美しさは、筆舌に尽くし難い。

 「アシタカは好きだ。でも人間を許すことはできない」「それでもイイ。サンは森で私はタタラ場で暮らそう。共に生きよう」。この会話に監督のメッセージが集約されている。構造的に対立し合う人々が、友愛を結ぶためのスタンスは、これ以外にないだろう。それが構造を変えていく可能性もあるが、友愛自体美しく、私たちを勇気づける 。

 にもかかわらず重苦しさが付きまとうのは、おなじみの飛翔シーンが登場しないからだろう。あの開放感はたまらない魅力の一つだった。タタラ場の女性たちはふくよかで快活だったが、とぼけた味のキャラクターは少なかった。笑える場面が乏しく、凄惨な戦闘シーンばかりが印象に残った。多くの変化球を持つ宮崎監督が、直球勝負に出たということか。

 そんな中で森の精霊・コダマの可愛らしさは救いだった。それまで劇場でつまらなそうにしていた小さな子供たちが、コダマの登場ではしゃぎ始めた。小さく不思議な存在を描く監督のまなざしは、一転して柔らかくなる。「もののけ姫」で懸案のテーマにやや強引ながらも一応の決着をつけた。今後はコダマ的な生き物を描く方向に進むのではないか。


 

「ロストハイウェイ」の画像です

 LOST 
 HIGHWAY 

1997年作品 。135分。監督デヴィッド・リンチ。脚本デヴィッド・リンチ、バリー・ギフォード。撮影監督ピーター・デミング。編集メアリー・スウィーニー。音楽アンジェロ・バダラメンティ。フレッド・マディソン=ビル・プルマン、レネエ・マディソン=パトリシア・アークエット、アリス・ウェイクフィールド=パトリシア・アークエット、ピート・デイトン=バルサザール・ゲティ、ミステリー・マン=ロバート・ブレイク、Mr.エディー=ロバート・ロッジア、ビル・デイトン=ゲイリー・ビジー、アーニー=リチャード・プライヤー、キャンディス・デイトン=ルーシー・バトラー、シーラ・ナターシャ=グレッグソン・ワグナー、フィル=ジャック・ナンス

 この映画を、ハリウッド映画の悪女ものを換骨奪胎したリンチお得意のデタラメな作品として受け入れることのできた人は幸せだ。私は見終った後、激しい不安に襲われ、世界と自分への違和感が3日間続いた。久々に危険な映画を体験したことになる。

 緊密なバランスに支えられ陰影に満ちた映像、フェイドアウトとハレーションの多用、きしむ音楽の波、凍りついた表情ととろけるように甘美な身体。さまざまな映像的なテクニックを駆使しながら、官能的なおびえた世界が形づくられている。

 心が崩れたフレッド・マディソン役を健全派のビル・プルマンが演じるキャスティングの妙。アイドル的だったパトリシア・アークエットの肢体の崩れに釘づけになる。そして、ミステリー・マン役ロバート・ブレイクの不気味な優雅さは、格別だ。ここに描かれているのは謎めいた物語ではない。謎として現われてくる私たちのしわくちゃにねじれた存在そのものだ。


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