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「瀬戸内ムーンライトセレナーデ」の画像です

 SETOUCHI 

 MOONLIGHT 

 SERENADE 

1997年作品 。117分。監督=篠田正浩。制作総指揮=奥山和由。原作=阿久悠。撮影=鈴木達夫。美術=池谷仙克。音楽=池辺晋一郎。編集=阿部浩英。特別協力=YOUの会'97。恩田幸吉=長塚京三、恩田ふじ=岩下志麻、小町さん=羽田美智子、鳥打ちさん=高田純次、復員さん=永澤俊矢、恩田光司=鳥羽潤、水上雪子=吉川ひなの、恩田圭太=笠原秀幸、恩田秀子=河内沙友里、写真屋=フランキー堺

 戦後の過酷な混乱を描きながらも、少年の目線による巧みなユーモアが全体を包んでいる。現在へのまなざしを忘れない一方で懐かしい映画へのオマージュも折り込み、バランスの良い作品になった。篠田正浩監督の奥行きを感じさせる。

 恩田幸吉役の長塚京三は、愚直な父親像を見事に表現。岩下志麻もこれまでにない抑えた演技で妻の役をこなした。少年・恩田光司を演じた鳥羽潤の素朴さも捨て難い。高田純次は気迫のこもった芸をみせた。そして何よりも歴史を超越したような美少女を演じた吉川ひなのの輝き。予想外の収穫だと思う。

 恩田幸吉が即席の木刀でチンピラを打ちのめすシーンで、恩田光司が「坂妻だ!」と叫ぶシーンでは、久しぶりに気持ち良く笑った。見事なテクニック。しかし、映画のラストで阪神大震災の現地を訪れた恩田光司が、チャンバラのまねをするシーンはどう考えても蛇足だと思う。歯ブラシの絵日記が秀抜だっただけに惜しい。


「ブコバルに手紙は届かない」の画像です 

VUKOVAR

  

POSTE 
 RESTANTE 

1994年作品 。アメリカ・イタリア・ユーゴ映画。96分。監督ボーロ・ドラシュコヴィッチ。脚本ボーロ・ドラシュコヴィッチ、マヤ・ドラシュコヴィッチ。撮影アレクサンドル・ペトコヴィッチ。音楽構成ネナード・オストイッチ。編集スネジャーナ・イワノヴィッチ。美術ミオドラグ・ミリッチ。衣装ミリヤーナ・オストイッチ。アナ=ミリヤーナ・ヨコヴィッチ、トーマ=ポリス・イサコヴィッチ、ラトカ=モニカ・ロミッチ、ファディル=ネボイシャ・グロゴヴィッチ、ヴィルマ=スヴェトラナ・ボイコヴィッチスティエパン=プレドラグ・エイドゥス

 クロアチアのブコバルは、91年から92年の戦争で多くの死傷者を出し、建物の98%が破壊された。この映画は、93年、まだ戦闘が続いているブコバル現地でロケを敢行、生々しい戦争の悲劇をフイルムに刻み込んでいる。この時期、クロアチア、セルビア両勢力から距離を置きつつ、理不尽な戦争を告発する冷静な姿勢は、高く評価されていい。愛し合う二人の戦争による別離という、最も身に詰まされるストーリーを柱に、昨日まで共存してきた両民族が敵対していく日常的な変化を丹念に積み重ねている。

 主人公アナ役のミリヤーナ・ヨコヴィッチは現地でのロケを「この人たちの痛みを蒸し返していると思うと、辛い気持ちになった」と話している。その緊張感が、見事な演技に結実した。愛にあふれた表情が、怯えと焦燥に変わり、やがて凍り付いていく過程。ラストの夫トーマとの再会でも無表情に見つめているだけだ。「アンダーグラウンド」の演技よりも、数段素晴しい。

 この映画の視点がぶれないのは、常に受け身を強いられる人々に焦点を合わせているからだろう。その象徴がアナが産む子供だ。クロアチア人とセルビア人の間にできた子供。過酷な未来が待っているとともに、その存在は一つの希望である。モーツアルトの音楽を多用したことも、政治色を排するのに効果を上げている。その透明な響きが、やりきれない現実をより歳立たせる。無残な廃虚、死体シーンに被せられる「レクイエム」は、私たちをいやおうなくブコバルの地に連れていき、硝煙をかがせる。

 同時上映の「しあわせはどこに」(1995年、エチエンヌ・シャテイリエーズ監督)は、フランス映画のエッセンスがつまった、なかなかにエスプリが効いた佳作。くたびれた初老の孤独な男性が、運命のいたずらで二人の妻に愛されるようになるというストーリー。初老の男性にとっては、たまらなくうらやましい、それだけにうますぎる話だが、ミシェル・セローらの名優たちが、嫌味のない愛すべき映画に仕上げている。


 Breaking 
 the 
 Waves 

「奇跡の海」の画像です
1996年作品 。デンマーク映画。158分。監督・脚本ラース・フォン・トリアー。製作総指揮ラース・ヨーンソン。撮影ロビー・ミュラー。美術カール・ユリウスン。衣装マノン・ラスムッセン。編集アナス・レフン。音楽総指揮レイ・ウィリアムズ。 ベス=エミリー・ワトソン、ヤン=ステラン・スカルスゲールド、ドド=カトリン・カートリッジ、テリー=ジャン・マルク・バール、リチャードソン医師=エイドリアン・ローリンズ、牧師=ジョナサン・ハケット、ベスの母親=サンドラ・ヴォー

 感情移入を許さない辛辣な知的遊戯と粘性の高い悪意に染まっていた「ヨーロッパ」に比べ、「奇跡の海」はいっけん愛と犠牲を描いたセンチメンタルな物語に見える。しかし、随所にトリアーらしい企みが見え隠れしている。無垢な善行をテーマにしたこの作品のほうが、グリーナウェイらの知的な悪意より、始末に終えないかもしれない。「ノスタルジア」に代表されるタルコフスキーの切実な祈りとも、似て非なるものだ。

 映画の醍醐味に触れる2時間38分。激しい展開に打ちのめされ、バッハの「シチリアーナ」で気持ちを落ち着かせる。信仰と性愛、献身と奇跡という宗教的テーマが、リアルな感触で捉えられている。手ブレや焦点ボケ、荒い粒子という記録映像的な手法を取り入れた配慮も成功といえる。しかしデジタル処理された章ごとの冷えた映像によって管理されている点が、くせものだ。監督は、巻き込みつつ距離感を演出する。

 エミリー・ワトソンが演じるベスのすばらしさに感動しながらも、トリアーに感情を弄ばれているような感触がつきまとった。あまりにもお膳立てが整いすぎていながら、どこか不自然だ。映画に揺さぶられる観客を見つめる監督のまなざしを感じる。ラストの鐘の映像は自分の映画への皮肉ではないか。これは、誉め過ぎかもしれないが...。


 

 THE RELIC 

「レリック」の画像です
1997年作品 。アメリカ映画。110分。監督/撮影監督ピーター・ハイアムズ。製作ゲイル・アン・ハード、サム・メルサー。原作ダグラス・プレストン、リンカーン・チャイルド。編集スティーブン・ケンパー。音楽ジョン・デブニー。マーゴ・グリーン=ペネロープ・アン・ミラー、ビンセント・ダガスタ警部補=トム・サイズモア、アン・カスバート博士=リンダ・ハント、フロック博士=ジェームズ・ホイットモア、ホリンズワーズ刑事=クレイトン・ローナー、グレッグ・リー=チー・ムオイ・ロー、ジョン・ホイットトニー=ルイス・ヴァン・ベルゲン

 重量感のある怪獣が登場する、しかし軽薄な内容の映画。一昔前のB級映画の古くさいストーリーに、数々のSF映画の真似事で味付けし、巨費を投じ最新のSFX技術で描いたという点では、「インデペンデンス・デイ」(ローランド・エメリッヒ監督)と同じ手法だ。

 「Xファイル」をベースに「エイリアン」「ザ・フライ」という名作を彷彿とさせるシーンを盛り込んではいるが、肝心のウイルスによる遺伝子の水平移動というアイデアがまったく生かし切れていない。進化の理論として注目されているこの学説は、ハイブリッドな生物が変身していくめくるめくような傑作映画を生み出すことも可能な理論なのだが。

 コソガと呼ばれる怪獣は、サイやライオンを思わせる雰囲気。全然新しくない。いや、これ自体が過去のSF映画に登場したクリーチャーの形態を混ぜ合わせたものなのかもしれない。などと、余計なことを考えてしまうくらい、怖くない。マーゴ・グリーンが超人的な活躍で生き残ったのは、アメリカ映画の伝統的な脳天気さか。なるほど。東洋人が差別的に描かれていたのもうなずける。


「うなぎ」の画像です

 U・NA・GI 

1997年作品 。117分。監督=今村昌平。原作=吉村昭。脚本=富川元文、天願大介、今村昌平。音楽=池辺晋一郎。撮影=小松原茂、森英男、米田要、辺母木伸治。美術=稲垣尚夫、内田哲也。山下拓郎=役所広司、服部桂子=清水美砂、中島次郎=常田富士男、中島美佐子=倍賞美津子、斎藤正樹=小林健、服部フミエ=市原悦子、高田重吉=佐藤充、野沢祐司=哀川翔、堂島英次=田口トモロウ、高崎保=柄本明、山下恵美子=寺田千穂

 今村監督2度目のカンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品。重いテーマを、ユーモアを交えて軽やかに描いた悲喜劇。その柔軟で繊細な手さばきは、十分受賞に値する。若手を脚本に加えた狙いも当たった。

 妻の浮気を目撃し包丁で刺し殺す役所広司の熱演は、誰もが評価するところだろう。妻役・寺田千穂の無言のまなざしも忘れ難い。そして、自殺未遂がきっかけで主人公と出逢う服部桂子役の清水美砂の見事な演技。確信犯とも言える主人公に対し、彼女の置かれた境遇ははるかに過酷だ。清潔な印象が、かえって幾重にも屈折した心理を暗示する。

 最も心をゆさぶられたのは、桂子が宴会の余興でフラメンコを踊るシーンだ。その前に、心を病んでいる母親がフラメンコを踊る場面を繰り返し見せられ、桂子が「あの母の血をひいていると思うと怖くって」と言っていただけに、その境遇からのふっきりとして、これほど象徴的なシーンはないだろう。今村映画に共通する力強い女性像だ。


 

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