珈琲進化論

世界の常識、インドの非常識?

 常識や先入観がインドで崩される好例がコーヒーの飲み方。
(繰り返し用いてきたので、耳タコの方はとばしてください)

 インドといえば甘いミルクティーのチャイが有名ですが、南インドではコーヒー(主にケーララ産)が好まれています。飲み方も一風変わっていて(元はイギリスの労働者階級の飲み方だったらしいのですが)コーヒーカップから受け皿に注いで皿から飲むのが一般的です。

indiacoffee
 常識に捕らわれた旅行者は「わ〜不潔」といって頑なにカップから飲むことをやめません。
 ちょっと厨房をのぞいてみましょう。ていねいに洗っているのは……受け皿。カップは適当。
 そりゃそうですわ。皿から飲むのが一般的ですから、仮に受け皿に口紅がつくことがあっても、カップにつくことは考えられません。
(口紅したインド人なんてほとんど見ないけど)

 実際に試してみると、皿からコーヒーを飲むのは実に合理的な習慣であることがわかります。カップから飲むと最初は熱く、最後はぬるく、美味なのは間の3分の1では?
 ところが、皿に注がれたコーヒーは最初から最後まで、この最も美味な温度で飲むことができます。(論より証拠で、好奇心と暇のある方は実験することをお勧めします)

 先入観や常識は、ある意味では学習のたまものです。機械的に方程式に当て嵌めれば答えが出てきますから、他の意味あることに意識を集中できる日常生活の潤滑剤でもあります。ですから、常識や先入観を問い直したりリセットしたりするのは容易なことではありません。そういう貴重なチャンスを与えてくれるのが、インドに惹かれる理由のひとつかもしれません。

これはコーヒーカップの未来形だ

 チャイやコーヒーを飲む器が変わってきています。北では使い捨ての素焼きの器が繰り返し使えるガラスへ。車内販売のチャイがカップラーメンみたいな発泡樹脂のカップで出てきた時にはガックリきましたが、幸い、さほど普及しなかったようです。おかげで(皮肉なことに)街ではあまり見なくなった素焼きの器も列車の旅ならまだまだ楽しめます。

 さて、驚いちゃったのが南インド。七輪とやかんの露店は別にして、ほとんどの店で使われていたのがステンレスの器。もっとも、最初に訪れた時も素焼きの器を見たかどうか記憶がおぼろです。使い捨ての器よりカップと受け皿が一般的なのは、文化の違いというより土質の違いによるのかもしれませんね。

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 まるで3Dソフトのモデリング練習みたいなシンプルなデザイン。熱いコーヒーにステンレスの器というのも何だかなぁでありますが、これまた実際に試してみると先代の特長を受け継いでいることに感心させられます。
 大小の器の間でコーヒーを行ったり来たり。これで後から加えられたザラメの砂糖(*)がスプーンなしで溶けていきます。どちらも微妙なカーブを描いた縁の部分を指でつまむようにして持てば(熱伝導の関係で)金属でありながら熱くありません。また、このカーブのおかげでコーヒーが器のお尻にまわることもありません。(湯飲み茶碗で実験したら机の上がびしょびしょ)
*ちょっと高級な店で「シュガー・ハーフ」と注文すれば、コーヒー牛乳みたいに甘くなることもありません。お試しあれ。

 飲む時は小さな器に半分ぐらい注いで、最も美味な温度で。2杯飲めるか3杯飲めるか、新たな楽しみも増えました。そう、機能は継承しながら皿ではなく、カップから飲めるようになったのです。ボーイさんも気楽ですよね。こぼれる心配をしなくていいのですから。
 日本でも小料理屋さんの冷や酒はこんな感じで出てきますよね。大きな器にあふれた分がいかにも太っ腹のサービスって感じで。それを南インドではコーヒーでやっているのです。

 この器、もちろん買ってきて、毎日愛用しています。