
なぜか印象に残る音楽になかなか出会いませんでした。どこへ行っても聞こえてきて、擦り込まれすぎて頭の中で勝手に響くメロディ、そういったヒット曲がなかったのかもしれません。また、モダンになりすぎた最近の映画音楽は自分の好みから離れてしまったように感じます。西洋音楽との違いが薄くなり、どれも同じに聞こえてしまいます。
例外的にタミールではイライヤラージャの音楽があちこちでしつこいほど流れていました。でも、これは既に持っている12年前の映画音楽。今でも大衆に愛されているというのはすごいことですが……。
ところが、マイソールのチャムンディの丘で状況が変わりました。土産物屋から流れる歌に惹かれて、気がついたら鞄の中にカセット3本。それは御当地宗教ソングというか御詠歌ポップスというか。(笑)
電気楽器を使ったモダンなアレンジの宗教歌はシンガポールのリトルインディアで購入して、お気に入りのひとつになっていました。同じようなものが見つかればなぁと漠然と思っていましたが、旅の終盤で出会えたこれはもっといい。使われているのは基本的に古典音楽の楽器で、意味不明のカンナダ語でも神様の名前だけでなく地名までわかってしまうありがたさ。
次の、そして最後のチェンナイでまとめ買いをしましたが、ローカル度という点では今ひとつ。音楽的に遜色はないのですが、一般的な宗教ポップスという感じなんですね。地名が織り込まれた御当地ソングならではのローカルでマイナーな趣に欠けます。もっと早く気がついていれば、プリーでジャガナートさんの歌とかマドゥライでミーナクシ女神さんの歌を買っていたのに。(あればの話だけど……)
御詠歌ポップスは日本のモダン民謡に近いのではと思っています。つまり、昔から巡礼や地元の人によって歌い継がれてきた宗教歌を今風にアレンジしているところがミソです。今風といっても元が御詠歌ですから、○○ポップスオーケストラの編曲みたいに基本を大きく崩さずに聞きやすくしています。編曲者の腕の見せ所というか、編曲を意識させない編曲というのは私の好みです。オカズにエキゾチックなメロディが控えめに入っていたりすると、たまらんですな。
誰でも口ずさめるメロディですから、古典音楽のように変に技巧に走ることがありません。もちろん音階はラーガやメーガカルタが基本になっているようですが、厳密に守られているわけではありません。神様を讃えるための歌に暗いメロディや歌詞は無縁。まあ、歌詞はわかりませんけど(笑)、短調が使われるのは悲しみではなく深みを表現するためというのはわかります。音域もさほど広くなく、繰り返しが多いのも特徴。一言でいえば、とても耳になじむインドらしい音楽が御詠歌ポップスです。(と私は思う)
ポップスのように明るいという点ではパンジャーブ州のシーク教徒の歌がお気に入りです。今回の収穫というかハズレというか、初めてジャイナ教徒の音楽も入手しましたが……これが20年前のインド映画音楽のような軽薄さ。何だか威勢の良いアニメ主題歌みたいな気もします。根菜類も食べないピュアヴェジタリアンで、謹厳実直、冗談も通じない(と思う)生真面目でストイックというジャイナ教徒のイメージが大きく変わりました。
ラージャスターンの民俗音楽もそうですが、インド音楽は奥が深い。むしろ、有名な古典や映画音楽以外が今の私の好みにあっています。しかし……これでますます世間の嗜好とは乖離していってしまう。