10 上陸

 港から10分ほど離れたところに海上保安庁の巡視艇「しれとこ」は停泊していた。灰白色の頼もしい船体。

 波が高く、小舟から「しれとこ」への乗り換えは困難を極めた。大きな船が波の影響を受けないのに対して、小舟はひと波ごとに3〜5mも上下する。小舟が波に押し上げられた瞬間、「しれとこ」のデッキに乗り移る。そして小舟は2階から1階に落ちるほど沈み込む。波に再び押し上げられた瞬間にまた1人乗り移る。これの繰り返し。もし足を滑らせたら命も危ない。


 「しれとこ」の中は狭い。客船にしか乗ったことのない僕には、大きな船が、こんなに小さく仕切られていることに驚いた。

 食堂のような部屋に押し込められ、ひとしきり待たされたあと、船は出航した。

 夜遅くになって、船は無事に江差港に着いた。子どもから降りろという指示。しかし、あの船には子どもはみられなかった。そもそも子どもは、あの荒波の中では小舟から「しれとこ」には乗り移れなかったのではなかろうか。それなのに船ではなんだか分からない情報が錯綜していた。船内が混乱しているうちに、なんと僕らは一番乗りで下船、上陸した。父の押し出しの強さがなせる技だった。待ちかまえる報道陣。NHKのニュースには僕らの姿が映ったらしい。


 江差で男性と別れ、タクシーで函館へ。

 かくして無事に僕らは函館に着くことが出来た。思いがけぬ災害にあったわけだが、持ち前の強運と行き過ぎた決断力のおかげで奇跡的にも無傷で難を切り抜けたのだ。

 当時、まだ結婚していなかったかづよに函館から電話をする。家族への第1報はあまり感動的ではなかったが、彼女ぐらいは泣いて喜んでくれるものと思った。

「もしもし、生きてるよ」

「あー、良かったね。信じてたよ」

 喜んではくれたが、もう1つパンチが弱い。なかなかドラマのようにはいかないものである。


 東京に帰ってからの後日談がある。

 部屋を片づけていると、宿やレンタカーを予約していたときのメモが出てきた。すると、洋々荘にグリグリと赤丸。最初は洋々荘に泊まる予定だった。父が「ウマイ飯が食べたい」というものだから、稲穂に変更したのだ。これが一番ゾッとした。

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