8 夜が明けた

 うっすらと夜が明け始めた。次第にまわりが見え始める。被害の様子を見て、改めて自分の身に降りかかった災難の大きさが分かった。電線に昆布が引っかかっている。道路のアスファルトはめくり上がっている。家がひっくり返ったり、海に浮かんだり、基礎から外れて全然違うところに移動したりしている。車は皆ひっくり返っていた。父が脱出した際に開けた運転席側のドアはひん曲がって締まらない。近くの学校の校庭にはどっかりと漁船が乗っかっている。自分がどうして無事だったのかが分からない。

 朝になった。雲1つない青空。停電は続いていたが、どういうわけだが電話はつながるようだ。もちろんつながりにくい。朝の5:00ごろ、東京に電話をかける。さすがに家族は起きているだろう、僕らの無事を喜んでくれるだろう、そんなことを考えながらコールした。

「もしもし、生きてるよ」

 我ながら、滑稽だが含蓄深い第1声。それに対し、電話に出た妹は叫んだ。

「ちょっとあんた何やってんの、バカ」

 何もやっていない。強いて言うならひどい目にあっていただけだ。ちっともドラマチックではない無事の確認は終わった。

 ちなみに母は、地震のことも知らずに寝ていて、親戚や会社の人に起こされた。そんなに神経の太いタイプではないが、何とかなると思っていたらしく、取り乱したふうもなかった。母もまたいい根性している。まわりの方がよほど焦ったようだ。


 落ち着かない。財布がないものか、と無駄と分かってもぶらぶら探してしまう。

 民宿の建物は外枠だけを残してめちゃめちゃになっていた。畳はめくり上がり、何もない。風呂・トイレ・台所など、部屋が狭く柱が密集しているところは壊れ方が小さい。父のカバンが出てきた。トイレから出てきたのだが、父には内緒だ。

 民宿の瓦礫から這い出ると、港に続く道から無線機材を背中にしょった男性が歩いてきた。新聞社の人らしい。船も出てないのにどうやってここまで来たのか分からないが、今朝一番で着いたそうだ。本土から一番はじめに来るのは自衛隊だと思っていたので驚いた。記者魂というヤツか。ひとしきりインタビューをしたあと彼は去っていった。

 隣の集落から炊き出しが届いた。隣の集落は地形の関係なのか、無傷だった。稲穂地区では、水野さんの母屋だけが少し浸水したものの無事だった。あとの家は全壊したか使い物にならないかだ。稲穂地区の人は水野さんの母屋に集まり、炊き出しのおにぎりを食べた。海苔も巻いていない、塩だけのおにぎりだが旨い。このシンプルさが、また臨場感。2つ食べた。

 数件となりから若い衆におぶられて、少女が連れてこられた。足をケガしている。高校生らしい。顔面蒼白。魂が抜けている人間の顔を初めてみた。定まらない焦点。昨日の津波で両親を失い、完全な孤児になった。無理もない。

 ラジオによると、当たり前だが空港は閉鎖された。地割れがあるらしい。さて、困った。飛行機が飛ばなければ帰れない。しばらく様子を見ることにする。水野さんがスコップで民宿の自動販売機をこじ開けて、ジュースを取り出して来てくれた。すごいことをする。ジュースはまだ冷えていた。

 遠く離れた広場に自衛隊のヘリが着陸した。手際よく数名の隊員が上陸。ヘリは飛び立つ。すぐに次のヘリが着陸する。空を見ると、ヘリが5〜6機、空中で一列になり、着陸を待っている。このヘリに乗せてかえってもらえないものだろうか、と思った。

 自衛隊から放送が入る。しばらく待機せよという指示と、順番に、海上保安庁の巡視艇が島にいる人を避難させる、という予定を伝えてきた。船は稲穂地区に接岸するとも言っていた。少し安心した。

 30分ほど仮眠したが、すぐ目が覚めた。Mさんの奥さんがジュースをくれる。そんなにどんどんもらっても飲めない、とも思うが、M夫妻には客をひどい目に遭わせてしまったという店主の自責があるらしく、できることは全てしてくれた。そんな夫妻を見て、

「そんなにやってやることはねぇよ。あん人たちには帰る家もあんだから。こっちはなんにもねえべさ。」

 という人もいた。直球で本音を言われてムカッとしたが、考えてみればその通りだ。その人は正しい。ジュースは丁重に断った。

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