4 地震だ!
10時半頃だろうか。突然揺れが始まった。たぶん立っていられないほどの揺れだったのだろうが、寝ていたので分からない。しかし、フライパンで煎られる豆のように、布団の上で僕の身体はポンポン弾んだ。父が目を覚ました。
「こりゃ大きいぞ」
同時に停電。最初は、離島のインフラは弱いから、すぐ停電するだろうし、またすぐに回復するだろうぐらいに思っていた。
あたりは真っ暗。新月のため何も見えない。目が慣れるに従い、かすかに見えるようにはなった。
「ちょっと外の様子を見てこい」
父にいわれて外の様子をうかがう。僕らが泊まっている民宿の建物には異状がないようだ。
しかし、道を挟んで山側にある稲穂地区の人たちが血相変えて、高台に向けて走っている。取るものもとりあえず走る者、子どもを両脇に抱えて走る者。老人は車に乗せられた。
「早ぇぐしろ!地鳴ってるスケ、津波ハー来っかもしれねぇぞ!」
地元訛りの怒号が飛ぶ。Mさんも母家から出てきて家族に指示を飛ばしている。これは尋常ではない。
父の弟、つまり僕の叔父は大学の教授で、地震や橋を研究していた。残念ながらこの奥尻旅行の2年前に若くして亡くなった。その叔父には、地震やそのあとの津波の話などを、僕たちは何度も聞かされていた。父が様子を見に行けといったのも叔父のその話を思い出したからに違いなかった。そして事態は叔父の話通りになりそうだった。
「みんな高いところに逃げ始めている!僕らも避難しよう!」
父は身支度を整える間もなく浴衣でめがねと財布を握りしめた。僕は幸運にも服は着ていた。近くにあるリュックサックを持って、父と共に建物を出た。玄関の先に止めてある、自動車に向かう。ふと振り向く。闇夜だけがある。かすかにごろごろ、と石がこすれる音がする。
「早く乗れ!」
父が運転席に座る。僕は助手席に座ろうとしたそのとき、ザザーッと大きな波の音が聞こえた。振り返ると、何も見えないはずの闇夜に水の壁が見えた!
「来たー!」
そう叫ぶと僕は車を飛び降り、50mほど先の母屋を越え、裏山を飛び越えた。そして裏山の高台にある荒れ地まで逃げたところで振り返った。
火事場のクソ力を僕は信じる。裏山はほとんど崖で、高台は母屋の屋根ほどもある。あとで見てみたが、これは僕にはのぼれない。また、母屋の裏は増築中で、資材が積まれていた。そして闇夜。こんな足もとでつまずきもせず、高台までのぼったというのか?
それにそもそも、僕は何を根拠に津波が来たと言えたのか?新月で停電。闇夜で何も見えないのだ。水の壁など見えるはずもない。しかし見えた。間違いなく見えた。人間は極限状態では信じられない力を出すようだ。そうとしか言えない。
とにかく僕は、かすり傷どころか濡れることもなく逃げ切った。
1 プロローグ
2 奥尻との出会い 3 奥尻に行く
4 地震だ! 5 父がいない 6 父の生還
7 広がる被害 8 夜が明けた 9 奥尻港へ
10 上陸 11 エピローグ 12 教訓 EXIT!