9 奥尻港へ

 父が奥尻港まで歩くという。自衛隊の人がさっき「待機せよ」といったばっかりなのに、相変わらず人の話を聞かない。しかし、言い出したら聞かない父なので従うことにする。また、父のこういう決独断は、結果的に正しかったりするのだ。

 昨日、腰を抜かした男性も正気を取り戻した。彼は嫁に行った娘が函館にいるから早く島を抜け出したいという。

 炊き出しのおにぎりやら、なけなしの着替えやらを水野さんにもらい、僕ら3人は奥尻港に出発することになった。結局、ジュースもまたもらった。さて、宿代を払ってないので、会計をさせてくれと言うと、Mさんは目を三角にして固辞した。曰く

「何にももてなせず、それどころかひどい目に遭わせてしまった。これでお代はもらえない」

 古き良き日本人の鏡のような人だ。びっくりした。


 たった500mぐらいだがMさんの自転車に送られて、稲穂地区を出る。Mさんはずっと手を振っていた。

 そこから先はあちこちが土砂で道が埋まっていて自転車も通れない。道を歩いて岩をかき分けての繰り返し。2mもある岩が、砂防ダムを砕いて崖を転がり、フェンスを飴のように曲げて道路に落ちている。

 稲穂地区から奥尻港までは10q以上ある。その間、余震による土砂崩れに遭わなければいいな、と思う。とにかく歩くしかない。

 父は発見された自分のカバンからゴルフウェアを引っぱり出して着た。しかし靴はあったが水に濡れていたので、水野さんから地下足袋をもらった。ゴルフウエアに地下足袋、不思議な格好だ。

 僕の場合、服は全てそろっていた。そのうえ、ぐちゃぐちゃになった車のトランクから、荷物を引き出すことができた。ほとんどの装備はあった。ただし財布だけはなかった。

 川崎の男性は、荷物を全て流された。Mさんから作業着をもらった。靴はやはり地下足袋だった。でも統一感があるだけ父よりましと言えた。

 途中、転覆した漁船がひっくり返ったまま海に浮いていた。10m下の磯。ひょっとしたら誰か乗っているのかもしれないが、どうすることもできない。海から20m以上も上にある道の側溝に、ウニがたまっていた。まだ蠢いている。おそらくは20mを越える津波が押し寄せてウニを打ち上げていったのだろう。水は側溝を流れ、ウニだけが残された。ガードレールから崖下の海を眺める。どんな波が押し寄せたのだろうか。

 集落に通るたびに津波の爪痕が目にはいる。被害を受けていないところは皆無と言っていい。特に、川沿いはひどい。津波は川を駆け上る傾向がある。川沿いは特に高いところまで津波が押し寄せて、木や家をなぎ倒していた。


 半分ほど歩いたところで、消防車を発見した。ここから奥尻港までの5qは道が復旧したらしい。消防車に乗せてもらい港まで行く。消防車に乗ることなど自分の人生にはないことと思っていたので、興味津々。消防車は4速マニュアル。よほど機材が重いのか、ギヤ比が高くエンジン音がうるさい。たぶん60qぐらいしかスピードは出ない。

 消防車は、町の自衛団らしい人が運転してくれた。その人の情報によると、被害はどんどん拡大しているらしい。洋々荘はほぼ全滅。また、幌内温泉では温泉の主人が津波に流されて行方不明。青苗は津波に流されたうえに町全体が火の海になって跡形もない。船からの捜索も続けているが、サメが出たようだ。奥尻港も港内で船がたくさん沈んでいて大型船は近づけない。1日前の日常はどこにもなくなっている。

 港に近づいた。土砂が崩れているというよりも100mほどの山が動いて港にかぶさってきた感じ。こんなことになったら生きてはいられまい。必死に自衛隊が土砂をかき分けている。何かがカーキ色の毛布にくるまれている。人だろうということは容易に想像がついた。そんな横を消防車は通る。


 港に着いた。稲穂地区で流されている情報とは全然違う情報が流れていた。あと1時間ほどで巡視艇「しれとこ」が奥尻港に到着するので、きちんと港に並んでいるように放送が流れた。稲穂で待機していたら全然ダメだったということだ。

 港のビルの近くに100名ほどが並んだ。港のビルは爆風に吹き飛ばされたようにガラスがない。津波が全て持っていってしまったようだ。あっちこっちに車がひっくり返っている。そんな横を、自衛隊のヘリがひっきりなしに隊員を運ぶために着陸する。

 父がレンタカー屋に行ってくるという。車はぐちゃぐちゃになったものの鍵はあるから返すというのだ。弁償しろ、などと言われると面倒だからよせと僕は言った。止めるのも聞かず父は行ってしまった。しばらくして戻ってきた父に、どうやって話を付けたのか聞いた。父は、鬼のような形相で「車はダメになりました」と告げて、鍵を置き、帰ってきたそうだ。レンタカー屋は「そうですか」とだけ答えたらしい。


 あと1時間といってから5時間近く待たされて、夕方になってから「しれとこ」への乗り込みが始まった。「しれとこ」は港に入れないので、港で小舟に乗り、港の外で「しれとこ」に乗り換える。指示系統が乱れ、乗船順序は混乱した。それまでに行政の情報に不信感を持っていた僕らは、様子を見ると言うことをせず、どんどん前に進んで、混乱に乗じるような形で順番を繰り上げて、さっさと小舟に乗ってしまった。

 小舟で奥尻を離れる。土砂に押し流されたのか、津波に流されたのか、軽トラックが横転して土砂に半分埋まっている。そのひっくり返った軽トラックのハザードランプが点滅しているのが見えた。あと半日もしたらバッテリーが上がって切れるのだろうが、その光が妙に災害を生々しいものに感じさせた。船が島を離れ、点滅するハザードランプが見えなくなるまで、僕は明かりを目で追い続けた。

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