古地磁気学と岩石磁気学の基礎

単磁区粒子の熱残留磁化:ネールのダイアグラム(Neel diagram)

Neel (1949) は,単磁区粒子の TRM 獲得におけるブロッキングの概念を可視化する,グラフによる表現も提唱しました.前ページで示したように(式(1),(3),(4),(6)),緩和時間 \(\tau\) は次式で与えられます. \begin{eqnarray} \frac{1}{\tau} & & = \frac{1}{\tau_{12}} + \frac{1}{\tau_{21}} = A\exp\left(-\frac{\Delta E_{12}}{kT}\right) + A\exp\left(-\frac{\Delta E_{21}}{kT}\right), \nonumber \\ = & & A\exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1+\frac{H}{H_K}\right)^2\right] + A\exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1-\frac{H}{H_K}\right)^2\right]. \label{eq01} \end{eqnarray} まず最初に,この式の近似式を導きます.

磁場 \(H\) が小さい場合

地磁気のような小さな \(H\) に対しては, (1) は次式で近似されます. \begin{equation} \frac{1}{\tau} \approx 2A\exp\left(-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\right), \quad \frac{\mu_0 VM_s}{kT}H \ll 1. \label{eq02} \end{equation} これは \(H\) = 0 では明らかです.小さなゼロでない \(H\) に対しては,以下のように導きます.まず, (1) の2次の項 \((H/H_K)^2\) を省略して次のようになります. \begin{eqnarray*} \frac{1}{\tau} & \approx & A\exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1+\frac{2H}{H_K}\right)\right] + A\exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1-\frac{2H}{H_K}\right)\right], \\ & = & A\exp\left(-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\right)\left[\exp\left(-\frac{\mu_0 VM_s}{kT}H\right) + \exp\left(\frac{\mu_0 VM_s}{kT}H\right)\right]. \end{eqnarray*} 近似の公式 \(e^x \approx 1+x\) \((|x|\ll 1)\) を利用すると, \([\cdots]\) の項は 2 となるので (2) を得ます. (2) の条件を満たす \(H\) は,直径 50 nm の球状のマグネタイトについて, 500°C では次のように見積もられます. \[ \mu_0 H \ll \frac{1.3807\times 10^{-23}\times 773}{(\pi/6)\times(50\times 10^{-9})^3\times 480\times 10^3} = 3.4\times 10^{-4}\ \mathrm{T} = 340\ \mathrm{\mu T}. \] よって, (2) は ~50 μT の地磁気中でのブロッキングプロセスに適用することができます.

Blocking curve at temperature T which divides the SD grains on V-Hk0 plane to blocked and unblocked groups.

(2) を書き直し, \[ \exp\left(\frac{\mu_0 V M_s H_K}{2kT}\right) = 2A\tau, \] 次式に変形します. \[ VH_K = \frac{2kT\log(2A\tau)}{\mu_0 M_s}. \] \(M_s\) と \(H_K\) の温度変化 \(F(T)\) を導入します. \[ M_s = M_{s0}F(T),\quad H_K = (N_p-N_l)M_s = H_{K0}F(T), \] ここに, \(M_{s0}\) と \(H_{K0}\) は室温 \(T_0\) における値です.すると,上の式は次のように表されます. \begin{equation} VH_{K0} = \frac{2kT\log(2A\tau)}{\mu_0 M_{s0}F^2(T)}. \label{eq03} \end{equation} \(V\) と \(H_{K0}\) をそれぞれ縦軸と横軸に取ると, (3) は双曲線で, \(T\) と \(\tau\) がその形を決めるパラメータとなります.曲線を \(\Gamma(T,\tau)\) で表すとき,曲線上の粒子群 \((V,H_{K0})\) は温度 \(T\) で同一の緩和時間 \(\tau\) を持つこととなります.いま, \(T\) を一定としたとき,仮に曲線が右上方へ微小距離移動したとすると, \(T\) を一定としたので \(\log(2A\tau)\) が微小量増加し,その結果 \(\tau\) は指数関数的に増加します.逆に,曲線が左下方へ微小距離移動した場合は, \(\tau\) は急激に減少します.よって, \(\tau\) を \(T\) における観測時間 \(\tau_0\) (冷却の特徴的な時間)に取れば,上図のように曲線 \(\Gamma(T,\tau_0)\) は \(V\)-\(H_{K0}\) 平面を分割する境界で,その右上方の領域では単磁区粒子はブロックされており,左下方の領域ではブロックされていない(アンブロッキング,超常磁性)こととなります.

TRM の獲得プロセスを考えます.高温の \(T_1\) では \(\Gamma(T_1,\tau_0)\) がはるか右上方にあり, \(VH_{K0}\) の大きな値を持つ粒子のみがブロックされます.温度が \(T_2\) まで低下すると,曲線は左下方の \(\Gamma(T_2,\tau_0)\) まで移動し, \(\Gamma(T_1,\tau_0)\) と \(\Gamma(T_2,\tau_0)\) の間の粒子がブロックされます.そのため,曲線 \(\Gamma(T,\tau_0)\) はブロッキング曲線と呼ばれます.このようにして \(T_i\) と \(T_{i+1}\) の間にブロックされた残留磁化は部分熱残留磁化(partial TRM, pTRM)と呼ばれます. \(T\) が室温 \(T_0\) まで低下すると,ブロッキング曲線 \(\Gamma(T_0,\tau_0)\) は左下方に到達し,ブロックされた全残留磁化である熱残留磁化 TRM は部分熱残留磁化 pTRM の合計となります.

下図は幾つかの温度でのブロッキング曲線 \(\Gamma(T,\tau_0)\) で,縦軸には体積 \(V\) の代わりに粒子の直径 \(d\) を取ってあります.計算は \(A\) = 109 s-1, \(\tau_0\) = 10 s で行いました. \(M_s\) と \(H_K\) の温度変化 \(F(T)\) は次式を仮定しました. \begin{equation} F(T) = \sqrt{(T_C - T)\left/(T_C - T_0)\right.}, \label{eq04} \end{equation} ここに \(T_C\) はマグネタイトのキューリー温度(580°C)です.

特徴的時間を 10 s として,幾つかの温度についてプロットしたブロッキング曲線.縦軸には体積の代わりに粒子の直径を取ってます.

ある高い温度 \(T\) でブロックされた粒子群,即ちブロッキング曲線 \(\Gamma(T,\tau_0)\) 上の粒子群は,温度が室温 \(T_0\) に低下すると極めて大きな緩和時間 \(\tau'\) を持つようになります.よって,ブロッキング曲線 \(\Gamma(T,\tau_0)\) は同時に \(T_0\) における同じ緩和時間を示す曲線, \(\Gamma(T_0,\tau')\),でもあり, \(\tau'\) がブロックされた残留磁化の安定性を示します.図では,それぞれの曲線の右端に \(\tau'\) が示されています.ここで注意すべき点は, 200°C でブロックされた磁化の \(\tau'\) である ~50 My は地質学的時間スケールからは非常に長いとは言えません.このことが,ある程度古い火山岩(白亜紀かそれ以前)については,ブロッキング温度 \(T_B\) が ~200°C より低い残留磁化成分については,岩石生成当時の磁化ではない可能性があるとされる理由です.逆に, \(T_B\) が ~300°C より高い成分については, \(\tau'\) は ~10 Gy より長くなるので,先カンブリア時代のような非常に古い岩石についても問題はありません.

磁場 \(H\) が大きい場合

大きな磁場 \(H\) に対する式 (1) のもう一つの近似式は Neel (1949) により次式で与えられました. \begin{equation} \frac{1}{\tau} \approx \frac{1}{\tau_{21}} = A\exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1-\frac{H}{H_K}\right)^2\right], \quad \frac{\mu_0 VM_s}{kT}H > 4. \label{eq05} \end{equation} これは,大きな正の磁場 \(H\) が掛かると回転 1→2 はめったに発生しないという事実に基づいています.即ち, \(\tau_{12}\gg\tau_{21}\) (1/\(\tau_{12}\) \(\ll\) 1/\(\tau_{21}\)) と考えられるからです.緩和時間の大きさを比較するために次の比を見積もってみます. \begin{eqnarray*} \frac{1}{\tau_{12}}\left/\frac{1}{\tau_{21}}\right. & = & \exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1+\frac{H}{H_K}\right)^2\right] \left/\exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1-\frac{H}{H_K}\right)^2\right]\right., \\ & = & \exp\left[-\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(\left(1+\frac{H}{H_K}\right)^2 - \left(1-\frac{H}{H_K}\right)^2\right)\right], \\ & = & \exp\left(-\frac{2\mu_0 VM_s}{kT}H\right). \end{eqnarray*} (5) の条件を満たす比は \(e\)-8 = 0.0003 となり,よって 1/\(\tau\) の近似式 (5) は正しいと考えられます.直径 \(d\) = 50 nm の球状のマグネタイト粒子について,この条件を満たす \(H\) は \(T_0\) で次のように見積られます. \[ \mu_0 H > \frac{4\times 1.3807\times 10^{-23}\times 293}{(\pi/6)\times(50\times 10^{-9})^3\times 480\times 10^3} = 5.15\times 10^{-4}\ \mathrm{T} \approx 0.5\ \mathrm{mT}. \] よって, (5) は 多くの場合 2~3 mT より大きな直流や交流磁場を使用する,通常の古地磁気学実験の理論的基礎となり得ます.

式 (5) を次のように書き直し, \[ \exp\left[\frac{\mu_0 VM_s H_K}{2kT}\left(1-\frac{H}{H_K}\right)^2\right] = A\tau, \] \(M_s\) と \(H_K\) の温度変化 \(F(T)\) を使用して次式を得ます. \begin{equation} VH_{K0}\left(1-\frac{H}{H_{K0}F(T)}\right)^2 = \frac{2kT\log(A\tau)}{\mu_0 M_{s0}F^2(T)}. \label{eq06} \end{equation} 式 (6) は, \(\tau\) に実験の特徴的時間(観測時間) \(\tau_0\) を取ると,温度 \(T\) で磁場 \(H\) を掛けた場合の \(V\)-\(H_{K0}\) 平面におけるブロッキング曲線 \(\Gamma(T,H,\tau_0)\) を表します.曲線の形は双曲線に似ていますが, \(H_{K0}\) = \(H\) において垂直漸近線を持ちます. (4) を \(F(T)\) に代入し, \(A\) = 109 s-1, \(\tau_0\) = 10 s, \(T\) = \(T_0\) = 293 K とした場合のブロッキング曲線 \(\Gamma(T_0,H,\tau_0)\) を,幾つかの大きさの \(H\) について下図に示します.ある \(H\) の曲線について考えると,左下方の領域の粒子はブロックされておらず(超常磁性),即ち磁化は \(H\) 方向に回転するが,右上方の粒子はブロックされているので,即ち磁化は \(H\) に影響されません.磁場 \(H\) がゼロまで減少すると,左下方の粒子の磁化は \(H\) 方向にブロックされ,これを等温残留磁化(isothermal remanent magnetization, IRM)と呼びます.磁場を掛けてからゼロまで戻す同じような手順を,交流磁場 \(\tilde H\) で行うと,各粒子の磁化はランダムな方向となり,これが交流消磁(alternating field (AF) demagnetization)です.注目すべき点としては,粒子の体積が十分小さければ,磁場 \(H\) を掛けることで,その磁場よりも大きな微視的保磁力 \(H_{K0}\) を持つ粒子の磁化をアンブロックすることができることです.これは室温においても熱エネルギーの入力があるためです.

磁場 H を掛けることによるブロッキング曲線を,異なる大きさの磁場についてプロットした図.温度は室温に,特徴的時間は 10 s としました.

熱消磁の重要性

古地磁気測定の通常の手順として,岩石の残留磁化に対して段階消磁が行われます.これは自然残留磁化(natural remanent magnetization: NRM)に含まれる雑音成分を取り除く(磁気クリーニング)ためとともに,岩石生成時に獲得した初生磁化(ChRM: characteristic remanence)をベクトルとして決定するためです.段階熱消磁(stepwise thermal demagnetization: stepwise THD)では,岩石試料をある温度 \(T_i\) まで加熱してから無磁場中で \(T_0\) まで冷却します.この手順を段階的に高い温度, \(T_{i+1}\), \(T_{i+2}\), \(\cdots\) で繰り返し,キューリー温度 \(T_C\) を超えるまで続けます.曲線 \(\Gamma(T,\tau_0)\) はこの場合はアンブロッキング曲線となり,単磁区粒子による残留磁化の場合はアンブロッキング温度 \(T_{UB}\) はブロッキング温度 \(T_B\) に等しくなります.熱消磁の進行により,曲線 \(\Gamma(T,\tau_0)\) は \(V\)-\(H_{K0}\) 平面を左下方から右上方へ進み,通過した粒子の磁化をバラバラな向きにします.

段階交流消磁(stepwise alternating field demagnetization: stepwise AFD)も熱消磁に似ています;振幅 \(H_i\) の交流磁場を試料に掛け,その大きさを無磁場中で次第に弱めてゼロにします.この手順を次第に大きな振幅 \(H_{i+1}\), \(H_{i+2}\), \(\cdots\) で繰り返します.交流消磁の進行により,アンブロッキング曲線 \(\Gamma(T_0,H,\tau_0)\) は \(V\)-\(H_{K0}\) 平面を左から右へ進み,通過した粒子の磁化をバラバラな向きにします.

実験手順としては,交流消磁が熱消磁より容易で能率的です.しかし,1つのサイトで少なくとも1つの試料に対して熱消磁を実施することが勧められます.その理由は,熱消磁ではアンブロッキング曲線が \(V\)-\(H_{K0}\) 平面を TRM 獲得時とは正確に逆向きに斜め方向に進むのに対して,交流消磁では異なった水平方向へ進むからです. NRM が単一の成分の場合は,両方の消磁とも初生磁化ベクトルを正しく決定できます.しかし, NRM が2つ以上の成分を含む場合は,熱消磁の方が交流消磁よりも優れていることが多いです.例えば,異なる温度範囲で異なる方向の磁場を記録した複数の pTRM を NRM が含む場合は,それらを区別することは, \(V\)-\(H_{K0}\) 上の実際の粒子分布にもよりますが,一般に熱消磁の方が交流消磁よりも容易です.下図はアイスランドの溶岩の例で,初生磁化が上位の溶岩の熱で部分的に再磁化されています(Tanaka & Yamamoto, 2016).熱消磁のベクトルダイアグラムでは,残っている逆磁極期の初生磁化が 550°C 以上で明確に決定できるのに対して(挿入図中の赤丸),交流消磁でははっきりしません.

上位の溶岩の熱で部分的に再磁化を受けたアイスランドの溶岩試料による熱消磁と交流消磁の比較.
ザイダーベルト・タイアグラム(Zijderveld diagram)の図中,青(赤)丸と白丸はそれぞれ残留磁化ベクトルの端点の水平面と垂直面への投影です.段階消磁のステップの幾つかには温度と磁場の振幅値をそれぞれ, °C と mT で示してあります.

参考文献: