古地磁気学と岩石磁気学の基礎

単磁区粒子の非履歴性残留磁化:プライザッハ・ダイアグラム

交流消磁と非履歴性残留磁化

容易軸が同方向に揃った単磁区粒子集団を考え,それらの保磁力 \(H_c\) はある一定の分布をしていると仮定します.いま,容易軸に沿って交流磁場を掛け,その強度を次第に減少させたとします(下左図).減少する磁場の振幅は,1番目から3番目までが, \(H\), \(-(H-\delta)\), \((H-2\delta)\) であるとします.最初の 1.5 周期の間に \((H-\delta)\) < \(H_c\) ≤ \(H\) の粒子の磁化は \(M_s\) にブロックされ, \((H-2\delta)\) < \(H_c\) ≤ \((H-\delta)\) の粒子の磁化は \(-M_s\) にブロックされます. \(H_c\) > \(H\) の磁化は交流磁場により影響を受けません.交流磁場強度がゼロに到達するまでには \(M_s\) と \(-M_s\) は打ち消し合います.これが交流消磁(alternating field (AF) demagnetization)で,保磁力が \(H\) より小さい残留磁化成分が消磁されます.段階交流消磁では,この手順が段階的に大きな磁場で繰り返され,段階的に大きな \(H_c\) の残留磁化成分が消磁されます.

単磁区粒子について,交流消磁での磁気ヒステリシス曲線と非履歴性残留磁化獲得での磁気ヒステリシス曲線は異なり,それらを比較する図.

交流消磁は静的磁場から磁気的に遮蔽された空間で実施するべきです.それは,直流磁場 \(H_D\) が交流磁場 \(H\) に重なると \(H_D\) 方向に残留磁化が獲得されるからです.この残留磁化は非履歴性残留磁化(anhysteretic remanent magnetization, ARM)と呼ばれます.上右図は,正の直流磁場 \(H_D\) (\(H\) に平行)がバイアスとして掛かっている場合の磁気ヒステリ曲線と交流磁場を示します.図で, \(H\) と \(H'\) はそれぞれ掛けた磁場(例えば,アンプから供給した磁場)と単磁区粒子に実際に掛かっている磁場(直流バイアス磁場を含む)です.磁気ヒステリシス曲線は正の \(H_D\) に対して \(H_D\) だけ左にずれます.そのため \(H_c\) ≤ \(H+H_D\) である全ての粒子の磁化は \(+M_s\) へ回転し,その位置にブロックされた磁化として留まります. \(H_c\) ≤ \(H-H_D\) の粒子の磁化は \(-M_s\) へ回転しますが,そのまま留まることはありません.また, \(H_c\) > \(H+H_D\) の粒子は交流磁場から影響を受けることはありません.これが ARM の獲得プロセスです.交流磁場強度が大きいほど,より大きな \(H_c\) を持つ粒子の磁化が \(H_D\) 方向に回転するので, ARM 強度はより大きくなることは明らかです.しかし, ARM 強度は \(H_D\) の大きさに依存しません.即ち,いかに小さな \(H_D\) でも磁化は \(H_D\) 方向に飽和します.これは ARM 強度が地磁気のような小さな直流磁場ではその大きさに比例するという事実に反します.実際,古地磁気学では, ARM が TRM と似た性質を持つ残留磁化として,種々の実験で使用されています.

プライザッハ・ダイアグラムによる ARM の獲得モデル

ARM 強度の問題は Ferenc Preisach が 1930 年代に提出したプライザッハ・ダイアグラムを導入することで解決されます.以下のプライザッハ・ダイアグラムの説明は Nagata & Akimoto (1961) に基づいています.理論では,種々の大きさの磁気的相互作用を及ぼす磁場(interaction field) \(H_i\) が単磁区粒子の間に働いていることを仮定します.磁気ヒステリシス曲線は \(H\) に平行な正の \(H_i\) に対しては左へ(下図(a)),反平行な負の \(H_i\) に対しては右へ(図(c))ずれます.磁化が \(M_s\) 及び \(-M_s\) へ回転する時の磁場をそれぞれ \(a\) と \(-b\) で表します.単磁区粒子は \((a,-b)\) の種々の組み合わせを持つものと仮定し,それらを \(a\)-\(b\) 平面の第4象限上の点に対応させます(図(b)). \(a\)-\(b\) 平面は直線 \(a=-b\) によって2分され,左下と右上の領域がそれぞれ左と右へずれた磁気ヒステリシス曲線に対応します.

単磁区粒子の磁気的相互作用が正(a)と負(c)の場合の磁気ヒステリシス曲線,及びプライザッハ・ダイアグラム(b).

磁場がかかると,それぞれの粒子の磁化は磁場方向に回転するか,または元の位置に留まるかのどちらかです.磁化のプロセスは次の規則に従います:(1)正の磁場 \(H\) が掛かると,負に磁化していて \(a\) ≤ \(H\) の粒子の全てはその磁化が \(+M_s\) へ回転する.(2)負の磁場 \(-H\) が掛かると,正に磁化していて \(b\) ≤ \(H\) の粒子の全てはその磁化が \(-M_s\) へ回転する.

減少する正と負の磁場を交互に掛ける,モデル化した交流消磁における一連のプライザッハ・ダイアグラム.
ARM 獲得後のプライザッハ・ダイアグラム.ARM の獲得は,減少する正と負の磁場を交互に掛ける,交流消磁モデルを直流磁場 Hd のもとで行った.

上図はモデル化した交流消磁における一連のプライザッハ・ダイアグラムを示します.モデルでは,減少する正と負の磁場を次のように交互に掛けます; \(H_1\), \(-H_2\), \(\cdots\), \(H_7\), \(-H_8\).赤と青の領域はそれぞれ正と負に磁化した粒子を表します.白抜きの領域は磁化の正負がランダムに分布し,ゼロになっていると仮定しています.最後の磁場 \(-H_8\) を掛け,交流消磁が終了後のプライザッハ・ダイアグラム(h)からは,赤と青の領域が等しいこと,即ち,全体の残留磁化がゼロであることが分かります.

直流磁場 \(H_D\) のもとでの ARM の獲得では,次のように正負の減少する磁場を掛けます: \(H_1+H_D\), \(-H_2+H_D\), \(\cdots\), \(H_7+H_D\).右図は最後の磁場 \(H_7+H_D\) を掛けた後のプライザッハ・ダイアグラムです.図では,正の磁化の領域が負の磁化の領域よりも大きくなっています,即ち,正の ARM が獲得されたことになります.2つの直線 \(a=-b\) と \(a=-b+2H_D\) の間の縞状の領域が ARM の強度に相当します.よって,このプライザッハ・ダイアグラム上で粒子間の磁気的相互作用を仮定する ARM モデルでは, ARM 強度が交流磁場の大きさだけでなく直流の弱磁場にも依存することが説明されます.

この ARM モデルでは,種々の大きさの磁気的相互作用を仮定することが本質的です.次ページでは,ネールの熱活性化理論を適用したモデルを紹介し,上で述べた ARM の2つの磁場依存性が磁気的相互作用を仮定せずに説明できることを示します.

参考文献: