古地磁気学と岩石磁気学の基礎

基礎岩石磁気学ノート:磁性鉱物

古地磁気を記録するチタノマグネタイト

岩石の磁気は大変微弱ですが,何百万年も前の地磁気の情報を記録しています.このメモリー効果は磁気カードの磁気ストライプの働きと似ています.

火山岩に含まれる主な磁性鉱物はチタノマグネタイト (チタン磁鉄鉱, titanomagnetite) です.チタノマグネタイトはマグネタイト (磁鉄鉱, magnetite, Fe3O4) とウルボスピネル (ulvospinel, Fe2TiO4) の固溶体で,ウルボスピネルの含有量を x として Fe3-xTixO4 で表されます.下の左図は日本の御岳火山の安山岩溶岩に含まれていた x = 0.47 のチタノマグネタイトを示します.画像は走査型電子顕微鏡 (scanning electron microscope, SEM) により撮影されました.このように大きくて一様な粒子は顕微鏡では目立ちますが,磁気的には不安定で安定な残留磁化には寄与しません.というのは, ~1μm かそれ以下の小さな粒子だけが磁気的メモリーを保つことができるからです.図では,幾つかの細かいチタノマグネタイト粒子が見られますが,これらが安定な残留磁化の担い手と考えられます.

安山岩中の大きく一様なチタノマグネタイト(左図)と玄武岩中の骨格状のチタノマグネタイト(右図).
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チタノマグネタイトは急冷するマグマ中では骨格状の細かい粒子として結晶化することがしばしばあります.上の右図はアイスランドの玄武岩溶岩の例です.骨格状のチタノマグネタイトはサイズが小さいために安定な残留磁化を保つことができます.その上,この溶岩の場合には,それぞれの粒子がラメラと呼ばれる格子状の組織で更に小さな領域に分かれています.

イルメナイトのラメラが見られる高温酸化を受けたチタノマグネタイト.
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格子状のラメラを伴うチタノマグネタイトは高温酸化 (high-temperature oxidation) の結果として,固結したマグマがおよそ 1000°C から 500°C 程度まで冷却する間に形成されます.高温酸化はマグマが最初に冷却する時点で起こるため初生酸化 (deuteric oxidation) とも呼ばれます.高温酸化は離溶(固相分離)の現象で,1相のチタノマグネタイト(β 相)が新たに生じたチタンに富む α 相を伴う2相へ変化します. α 相はイルメナイト (ilmenite, FeTiO3) とヘマタイト (赤鉄鉱, hematite, Fe2O3) の固溶体で(通常イルメナイトに近い),ホストの β 相はチタンが減少します(通常マグネタイトに近い).右図のアイスランド玄武岩溶岩の SEM 像に見られるように,高温酸化ではチタンの減少した β 相がチタンに富む離溶した α 相に囲まれて小さな領域に分かれます.そのため,細かい磁性粒子に欠く火山岩も高温酸化を受ければ安定な残留磁化を保つことが出来るようになります.高温酸化はマグマ中の温度や酸素分圧に依存しますが, x = 0.5 の場合の最も簡単な説明は次のようになります.

チタノマグネタイト (β 相) \(\longrightarrow\) マグネタイト (β 相) + イルメナイト (α 相)
Fe2.5Ti0.5O4 + \(\frac{1}{12}\)O2 \(\longrightarrow\) \(\frac{2}{3}\)Fe3O4 + \(\frac{1}{2}\)FeTiO3 \(\quad\) (1)

もう一つの酸化過程として 200~300°C 程度の低温で進行する低温酸化と呼ばれるタイプがあります.このプロセスでは,チタノマグネタイト (β 相) が陽イオンの一部が欠落した相であるチタノマグヘマイト (\(\gamma\) 相) へ変化します.低温酸化では, Fe2+ イオンの一部が酸化されて Fe3+ になります. Fe3+ に変化した鉄原子のうち3分の1は結晶の外へ拡散して空孔ができますが,立法晶系の結晶構造は保持されます.次式は x = 0.5 で酸化度が 0.6 の場合を表します(Fe2+ の 60\(\%\) が Fe3+ へ変化する場合).

チタノマグネタイト (β 相) \(\longrightarrow\) チタノマグヘマイト (\(\gamma\) 相) + 拡散した鉄イオン
Fe\(^{3+}\)Fe\(^{2+}_{1.5}\)Ti\(^{4+}_{0.5}\)O\(^{2-}_4\) \(\longrightarrow\) Fe\(^{3+}_{1.6}\)Fe\(^{2+}_{0.6}\)Ti\(^{4+}_{0.5}\)\(\Box_{0.3}\)O\(^{2-}_4\) + 0.3Fe\(^{3+}\) \(\quad\) (2)
ここに \(\Box\) は空孔を表します.チタノマグヘマイトは海底玄武岩で最も多く見られますが,これは海底で風化作用が活発なためです.チタノマグヘマイトは風化や熱水作用を受けた地上の岩石にも見られます.低温酸化を受けた岩石は残留磁化が不安定で初生の磁化方向を保持しているか分からないので,古地磁気測定からは避けるべきです.格子定数が減少するので結晶の体積は縮小します.そのため,下の左図のように SEM 像でひびの入った表面がしばしば見られます (安山岩溶岩, Tanaka and Yamamoto, 2014).
ひびの入ったチタノマグヘマイト(左図)と加熱で発生した格子状構造の分解生成物(右図).
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チタノマグヘマイトのもう一つの問題は 300°C 程度の低温の加熱で容易に分解することです.分解生成物はマグネタイトを含むので,多くの場合強くて無意味な磁化が生じます.上記の安山岩溶岩(上の左図)を真空中で 600°C まで加熱したところ,チタノマグヘマイトのひびの入った表面は格子状の構造へと変わりました(上の右図).粒子の表面は高温酸化を受けたチタノマグネタイトと似ていますが,発生したプロセスは全く違います. (2) のチタノマグヘマイト(x = 0.5 で酸化度が 0.6)の分解は次式で表されます.

チタノマグヘマイト (\(\gamma\) 相) \(\longrightarrow\) マグネタイト (β 相) + ヘマタイト (α 相) + ルチル (rutile)
Fe2.2Ti0.5\(\Box\)0.3O4 \(\longrightarrow\) \(\frac{3}{5}\)Fe3O4 + \(\frac{1}{5}\)Fe2O3 + \(\frac{1}{2}\)TiO2 \(\quad\) (3)
チタノマグヘマイトのチタン含有量や酸化度の違いで,分解生成物にイルメナイト (ilmenite, FeTiO3) やシュードブルッカイト (pseudobrookite, Fe2TiO5) が含まれることもあります.

参考文献: