曾禰好忠 そねのよしただ  生没年未詳 通称:曾丹

生年は延長初年頃(西暦923年頃)かという。父祖は不詳。『新撰姓氏録』によれば曾禰連(むらじ)は石上氏と同祖すなわち物部氏の裔。
円融天皇の貞元二年(977)八月、三条左大臣藤原頼忠家歌合に名が見え、丹後掾とある。ただし、正式な参席は許されず、後日召されて詠んだ歌が二首見えるのみ。小野宮家(藤原頼忠ら)の後援を得ていたか。天元四年(981)斉敏君達謎合、長保五年(1003)左大臣道家歌合などにも見える。また源順との交流がみられる(家集)。
花山天皇の寛和元年(985)二月十三日、円融院の紫野行幸における「子の日」御遊には、召されなかったのに推参し、追い立てられたという(家集、『大鏡』裏書、『今昔物語』巻二十八の三など)。
拾遺集初出。詞花集では最多入集歌人。勅撰入集計九十二首(金葉集三奏本の六首を除く)。中古三十六歌仙の一人。自撰と思われる家集『好忠集』(通称『曾丹集』)がある。同集所収の「好忠百首」(天徳四年-960-頃成立かという)は源重之の百首歌と共に最初期の百首和歌の試みである。
以下には、勅撰集・家集・夫木和歌抄より計五十首を抜萃した。『好忠集』は群書類従第十五輯、岩波古典大系『平安鎌倉私家集』、『新編国歌大観』などを主として参考にした。

  5首  15首  8首  11首  7首  4首 計50首

題しらず

三島江につのぐみわたる蘆の根のひとよのほどに春めきにけり(後拾遺42)

【通釈】三島江全体にわたって芽ぐむ蘆(あし)の根――その一節(ひとよ)ではないが、一夜の間にすっかり春めいたのだなあ。

【語釈】◇三島江 かつて河内平野を満たしていた湖のなごり。摂津国の歌枕。真薦・蘆などの名所。現在の大阪府高槻市の淀川沿岸にあたる。◇つのぐみわたる 一面に芽ぐむ。◇ひとよ 「一節」「一夜」の掛詞。節(よ)は蘆や竹のふしとふしの間。

【補記】第三句までが「ひとよ」の序詞。出典は『好忠集』の中心をなす『毎月集』。一年を四季の各三カ月に、一カ月を上・中・下旬の三旬に分け、全360首を載せているが、掲出歌はその巻頭歌である。

【参考歌】源重之「重之集」
難波めにつのぐみわたる蘆の根はねはひたづねてよをたのむかな

【主な派生歌】
朝風に今日おどろきてかぞふれば一夜のほどに秋は来にけり(和泉式部)
蘆の根もつのぐみぬらむ三島江の岸の青柳色づきにけり(藤原家隆)
三島江や霜もまだひぬ蘆の葉につのぐむ程の春風ぜぞ吹く(*源通光[新古今])
を笹原一よのほどに来る春やうれしきふしのはじめなるらむ(橘千蔭)
春風につのぐみそめし津の国の難波の蘆は今ぞかるらむ(香川景樹)

題しらず

雪きえばゑぐの若菜もつむべきに春さへはれぬ深山べの里(詞花5)

【通釈】雪が消えれば黒慈姑(くろくわい)の若菜も摘むことができるのに、春になっても晴れることなく雪が積もったままの深山のほとりの里よ。

【語釈】◇きえば 消えたならば。「きえ」は下二段動詞「消ゆ」の未然形。因みに「きゆれば」なら既定条件句を作り「消えたので」の意になる。◇ゑぐ 沢などに生える多年草。黒慈姑の異名という。

【参考歌】「万葉集」巻十
君がため山田の沢にゑぐ摘むと雪解の水に裳の裾ぬれぬ

【主な派生歌】
雪わけてゑぐの若菜もおひにけり今日のためとはいかでしりけむ(平忠盛)

題しらず

荒小田のこぞの古跡の古よもぎいまは春べとひこばえにけり(新古77)

【通釈】荒れた田の去年生い茂っていたあたりの古蓬は、もう春になったと、古株から新芽を出したことだ。

【語釈】◇ひこばえ 「孫生え」の意であろう。切った草木の根や株から再び新芽が出ることを言う。掲出歌が和歌での初出。

三月中

ねやのうへに雀のこゑぞすだくなる出でたちがたに子やなりぬらむ(好忠集)

【通釈】寝屋の上で雀の群がる声がしているようだ。雛どもが巣立つ頃になったのだろうか。

【補記】「すだく」は「たくさん集まる」「集まって騒ぐ」意。雀は和歌ではあまり詠まれなかった題材で、勅撰集では西行の「雪うづむ苑のくれ竹をれふしてねぐらもとむる群雀かな」(玉葉集)が初出である。『毎月集』の三月中旬の歌。

三月をはり

苑生(そのふ)のなづなの茎もたちにけりけさの朝菜になにをつままし(好忠集)

ナズナ
なづな アブラナ科の越年草。

【通釈】お庭の薺(なずな)の茎も伸びてしまった。今朝の朝御飯のおかずに何を摘んだらよいだろう。

【語釈】◇みそのふ お庭。主君の庭園。あるいは単に庭の美称として用いるか。万葉集に見えるが、勅撰和歌集には見えない語彙。◇なづな 春の七草の一つ。道端や田畑に自生。春から夏にかけて白い小十字花をつける。若芽は食用になるが、この歌では茎が伸びすぎて食べる時期を過ぎてしまったというのである。

【主な派生歌】
かきこもる那智の御山の霜ながら今朝の朝菜に菊やつままし(加納諸平)

題しらず

花ちりし庭の木の葉もしげりあひて天照る月の影ぞまれなる(新古186)

【通釈】花が散ってしまった庭の樹々――その木の葉も今は盛んに繁り合って、夜空を照らす月の光はほとんど漏れて来ない。

【補記】新緑の季節の月夜を詠むのは珍しい趣向。「天照(あまて)る月」は万葉集に見える詞。

【参考歌】作者不詳「万葉集」巻十
久方の天照る月の隠りなば何になそへて妹を偲はむ

題しらず

榊とる卯月になれば神山のならの葉がしはもとつ葉もなし(後拾遺169)

【通釈】賀茂社の祭のために榊の葉を採る初夏卯月になったので、神山の楢の大きな葉はすっかり若返り、古い葉などありはしない。

【語釈】◇榊(さかき)とる 賀茂社の祭のために榊の葉を採る。「卯月」の枕詞のように用いている。◇卯月(うづき) 陰暦四月。初夏にあたる。◇神山 上賀茂神社の背後の山。◇葉がしは 葉柏。大きな葉をいうか。◇もとつ葉 古葉。若葉に対していう。

【補記】葉の新生を詠み、祭礼の季節である初夏の神山をビビッドに描き出した秀詠。

【他出】新撰朗詠集、後六々撰、定家八代抄、八代集秀逸、別本八代集秀逸(後鳥羽院・定家撰)

【主な派生歌】
この里のならの葉がしはもとつ葉もさびしくもあらず茂る下草(藤原家隆)
木ずゑより冬の山風はらふらしもとつは残るならの葉がしは(藤原定家)
山寺のおくのかよひぢきて見れば峰のしきみはもとつ葉もなし(藤原良経)
神まつる比にも今はならの葉の月にもれたるもとつ葉もなし(順徳院)

さなへをよめる

御田屋守(みたやもり)けふは五月(さつき)になりにけりいそげや早苗おいもこそすれ(後拾遺204)

【通釈】御田の番人よ、今日はもう五月になってしまった。田植えを急ぎなさいよ、早苗が枯れてしまいますぞ。

【語釈】◇御田屋守 神領の田を守る番人。◇早苗おい 苗代の若苗が田に植え移す以前に枯れてしまうことをいう。

【他出】好忠集、新撰朗詠集、和歌童蒙抄、後六々撰、定家八代抄、題林愚抄

【主な派生歌】
我が宿の垣のくちなし花咲きぬいそげや早苗時過ぎぬまに(石川依平)

題しらず

夏衣たつた川原の柳かげすずみにきつつならすころかな(後拾遺220)

【通釈】夏衣を「裁つ」という名の龍田川の河原の柳の木陰――その夏衣を着慣らして、何度も涼みに通う季節だなあ。

【語釈】◇夏衣 「たつ」の枕詞であると共に、季節感をあらわす。◇たつた川原 地名「龍田川」に(衣を)裁つ・(夏が)立つ意を掛ける。◇きつつ 着つつ・来つつ。◇ならす (夏衣を着)馴らす・(何度も来て地面を)均す。

題しらず

そま川の筏のとこの浮まくら夏はすずしきふしどなりけり(詞花76)

【通釈】杣川を浮かび流れる筏の床を枕にして横たわる――夏には涼しい寝床であったよ。

【語釈】◇そま川 杣川。材木を流し下す川。◇浮まくら 水に浮かぶ枕。筏の床に横たわって寝ることを言う。

【補記】筏師の身になって詠む。普段は辛い筏の枕も、夏は納涼床になる。『毎月集』では「五月はじめ」に載せる。

【主な派生歌】
杣川やうき寝になるる筏士は夏のくれこそすずしかるらめ(藤原定家)

五月中

蝉の羽のうすらころもになりしより(いも)とぬる夜のまどほなるかな(好忠集)

【通釈】蝉の羽のように薄い着物に衣替えしてからというもの、妻と寝る夜は間があくようになったことよ。

【補記】「妹(いも)」は許し合った仲の女性を男性から呼ぶ時の称。

曇りなき青海(あをみ)の原をとぶ鳥のかげさへしるくてれる夏かな(好忠集)

【通釈】一点の曇りもない真っ青な海原を鳥が飛んでゆく――そのちっぽけな姿さえくっきりと照らし出て、太陽がかがやく夏よ!

【語釈】◇しるく はっきりと。くっきりと。

【補記】この鳥は鴎だろうか。小さめの白い鳥なら、なんでも良い気もする。海の青と鳥の白の鮮やかな対比は、モダンな感じがするが、おそらく作者にそうした意図はなかったろう。「さへ」という語に着目すれば、色の対比よりも、広大な海原を横切る、小さな鳥の影――という大小の対比に注意すべきかもしれない。豁然たる海と空、その中でちっぽけな生命が輝く情景――と見たい。好忠は「夏の歌人」と呼びたいくらい炎暑の季節感に執着した人であるが、なかでもこの歌は、生命感みなぎる夏という季節をきわやかに詠みきった、古典和歌には珍しい作品である。

【補記】岩波古典大系所収『好忠集』(底本は伝二条為相筆本)に拠る。夫木和歌抄では次の形で載る。
 くもりなきおほうみのはらをとぶかりのかげさへしるくてれる月かな

【参考】杜甫「絶句」
江碧鳥逾白(江ハ碧ニ鳥イヨイヨ白ク)

題しらず

川上に夕立すらし水屑(みくづ)せく梁瀬(やなせ)のさ波たちさわぐなり(詞花78)

【通釈】川の上流では夕立が降っているらしい。水屑を塞き止める梁瀬に波が立ち騷いでいる。

【語釈】◇水屑 水中のごみ。◇梁瀬のさ波 梁を設けた瀬にたつ波。

【補記】『毎月集』では「六月はじめ」の歌。結句、『好忠集』の或る本は「こゑさわぐなり」。

【主な派生歌】
矢田の野は夕立すらし吹く風のあらちの峰に雲さわぐなり(契沖)

六月はじめ

なが日すらながめて夏をくらすかな吹きくる風に身をばまかせて(好忠集)

【通釈】永い一日ですら、じっと物思いに耽って夏を暮らすことだよ。吹いて来る風に身をまかせて。

【語釈】◇なが日 日没までの時間が長い日。

【補記】結句「身をまかせつつ」とする本もある。

題しらず

来てみよと妹が家路につげやらむ我がひとりぬるとこ夏の花(後拾遺227)

撫子の花
とこなつの花 撫子(なでしこ)の異称。

【通釈】見においでとあの子の家に告げてやろう。私が独り寝している「床」という名の「とこなつ」の花を。

【補記】花の名「とこなつ」(撫子のこと)に「床」の意を掛ける。『毎月集』では「六月中」の歌。

【本歌】凡河内躬恒「古今集」
塵をだにすゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわがぬるとこ夏の花

六月中

みそぎする賀茂の川風吹くらしも涼みにゆかむ妹をともなひ(好忠集)

【通釈】禊ぎが行なわれる賀茂の川風が吹いているらしいなあ。河原へ涼みに行こう、妻を連れて。

【語釈】◇みそぎする 枕詞風に賀茂川を修飾する句。◇賀茂川 北山に発して京都盆地東部を流れ、桂川に合流する川。禊ぎ・祓えが行なわれ、広い川原は芸能の舞台などにもなった。

六月をはり(四首)

わぎもこが汗にそぼつる寝たわ髪夏のひるまはうとしとや見る(好忠集)

【通釈】妻君の汗にびっしょり濡れた、寝乱れ髪よ。夏の昼間は疎ましく見るだろうか、そんなことはない。

【語釈】◇寝たわ髪 寝乱れた髪。「ねよりがみ」とする本も。◇うとしや見る いやだと見るだろうか。ヤは反語。「うとしとやおもふ」とする本も。

 

妹と我ねやの風戸(かざと)にひるねして日たかき夏のかげをすぐさむ(好忠集)

【通釈】妻と私と、風が吹き入る寝屋の戸口で昼寝して、日が高い夏の暑さを避けて過ごそう。

【語釈】◇風戸 風が吹き入る戸口。

【補記】新編国歌大観で検索した限りでは、「昼寝」を詠んだ最も古い歌。『夫木和歌抄』に採られている。

 

入日さし(ひぐらし)()をきくなべにまだきねぶたき夏の夕暮(好忠集)

【通釈】夕陽が射し、蜩の鳴き声を聞くにつれて、早くも眠くなってしまう夏の夕暮だことよ。

【語釈】◇まだき 早くも。まだ寝る時間ではないのに。

 

むら鳥の浮きてただよふ大空をながめしほどに夏はくらしつ(好忠集)

【通釈】群をなす鳥がふわふわと浮いて漂う大空を眺めているうちに、夏を過ごしてしまった。

【語釈】◇むら鳥 群をなす鳥。

題しらず

山城の鳥羽田のおもを見わたせばほのかに今朝ぞ秋風は吹く(詞花82)

【通釈】山城の鳥羽の田の面を見わたすと、稲の穂がそよいでほのかに今朝は秋風が吹いているのだ。

【語釈】◇鳥羽田(とばた) 鳥羽は今の京都市南区上鳥羽から伏見区下鳥羽あたり。鳥羽田はその地の田。◇おも 田の面。

【補記】詞花集巻三秋巻頭。『毎月集』では「はじめの秋」の冒頭。

【主な派生歌】
伏見山松の蔭より見わたせば明くる田の面に秋風ぞ吹く(*藤原俊成[新古])
早苗とる鳥羽田のおもを見わたせば幾なみあらむ田子のを笠よ(藤原俊成)
霧はるる鳥羽田のおもを見わたせば行末とほき秋の山里(藤原家隆)

題しらず

朝ぼらけ荻のうは葉の露みればやや肌さむし秋の初風(新古311)

【通釈】早朝、荻の上葉に置いた露を見れば、少し肌寒く感じられる秋の初風よ。

【語釈】◇荻(をぎ) イネ科ススキ属の多年草。「荻のうは葉」は荻の上の方の葉。

【補記】『毎月集』の「はじめの秋」。夏から秋にかけて上葉を高く伸ばす荻は、秋の訪れを告げる植物であった。

【他出】好忠集、続詞花集、定家八代抄

題しらず

山里に霧のまがきのへだてずはをちかた人の袖も見てまし(新古495)

【通釈】山里で、霧の籬が隔てていなければ、遠くの人の袖も見えただろうに。

【語釈】◇霧の籬 籬は柴や竹を水平に渡して作った垣。たなびく霧を籬に見立てている。

【補記】『好忠集』秋十首。霧の向うの「をちかた人の袖」を詠んだ歌では後拾遺集の経信母の作「あけぬるか川瀬の霧のたえまよりをちかた人の袖のみゆるは」が著名だが、好忠の作の方が時代は先んじるだろう。源氏物語夕霧巻の「霧の籬」も好忠より後代であること言うまでもない。

【他出】定家十体(幽玄様)、定家八代抄、桐火桶、心敬私語

【主な派生歌】
山里の霧のまがきのむらむらにたはるる袖やをばななるらん(三条西実隆)

三百六十首の中に

神なびのみむろの山をけふ見れば下草かけて色づきにけり(拾遺188)

【通釈】神奈備の三室山を今日見ると、木の葉だけでなく、下草までもが色づいていたのだった。

【語釈】◇神(かみ)なびのみむろの山 奈良県生駒郡斑鳩町の神奈備(かんなび)山。紅葉の名所。◇下草 木陰に生えている草。

【補記】木の葉よりも下草に着目したところがこの作者らしいと言えば言える。詞書の「三百六十首」は『毎月集』を指す。この歌は「八月上」。

題しらず

なけやなけ蓬が杣のきりぎりすすぎゆく秋はげにぞかなしき(後拾遺273)

【通釈】鳴けよ、鳴け。杣木のように繁っている蓬の下の「きりぎりす」よ。過ぎ去ってゆく秋は本当に悲しいよ。

【語釈】◇蓬(よもぎ)が杣(そま) 蓬は野草の一種。杣は材木にするために植林した木。丈高く林立する蓬を、蟋蟀から見た杣に見立てた。◇きりぎりす コオロギ、和歌では特にカマドコオロギのこと。

【補記】『毎月集』の「八月をはり」。

【他出】好忠集、新撰朗詠集、古来風躰抄、後六々撰

【主な派生歌】
秋はててねをなく虫の霜をおもみよもぎが杣の心ぼそさよ(大江匡房)
なけやなけ尾花かれ葉のきりぎりす我もかうこそ秋はをしけれ(待賢門院安藝)
なれにしもおとらぬものを我やどせよもぎが杣の虫のあるじよ(慈円)
霜枯るるよもぎが杣のかれまよりゆきげににたる冬の若草(藤原定家)
その下のきりぎりすだに音もせで冬がれ蓬たてるすごしも(源具顕)

八月をはり

身にさむく秋の夜風の吹くからにふりにし人の夢に見えつる(好忠集)

【通釈】身体に寒々と秋の夜風が吹いたために、もう長いこと逢っていない人が夢に現れた。

【語釈】◇ふりにし人 別れた妻であろう。好忠には「もとつ人に今はかぎりと絶えしより誰ならすらむわがふしし床」と先妻を偲ぶ歌もある。

【補記】『夫木抄』には「身にさむく秋のさよ風吹くなへにふりにし人の夢にみえつつ」とあり、この形で鎌倉時代の歌論書『愚秘抄』『桐火桶』などに柿本人丸の作として引用されている。今川了俊『落書露顕』には「古歌のうちにも、ことに心にもしみ、かなしくも面影うかびたる歌」の一例に挙げられている。

題しらず

人はこず風に木の葉はちりはてて夜な夜な虫は声よわるなり(新古535)

【通釈】待ち人は来ず、木の葉は風にすっかり散り切って、夜ごとに虫は声が弱まってゆく。

【補記】『毎月集』の「九月上」。同集では第二句「木の葉はさそはれぬ」、第五句「こゑよわりゆく」とする本もある。

【主な派生歌】
秋風にほずゑなみよるかるかやの下葉に虫の声よわるなり(西行)
神無月木々の木の葉は散りはてて庭にぞ風の音は聞こゆる(覚忠[新古今])
宿さびて庭に木の葉のつもるより人まつむしも声よわるなり(藤原良経)
秋はいぬ風に木の葉は散りはてて山さびしかる冬は来にけり(*源実朝)

九月中

妹がりと風のさむさにゆく我をふきなかへしそさ衣の裾(好忠集)

【通釈】風の寒さの中、恋人のもとへ行く私を追い返すかのように吹きつけないでくれ。着物の裾を翻すほど、そんなに激しく…。

【補記】「かへし」は「裾」の縁語。「ふきなかへしそ」は「衣の裾を吹き返すな」「吹いて私を追い返すな」の両義。

題しらず

なにごとも行きて祈らむと思ひしに神な月にもなりにけるかな(詞花140)

【通釈】何事もお参りしてお祈りしようと思っていたのに、いつのまにか神無月になってしまっていたなあ。

【補記】神な月は陰暦十月。もともと「神の月」の意と思われ、「神無月」は後世の宛字であるが、好忠の頃には既に「神のいない月」と理解されていたらしいことがこの歌によって判る。『毎月集』初冬十月の第一首。生活の不如意をめぐる苦い感慨が物侘びしい季節感と響き合うところ、この作者独特の味わい。

題しらず

ひさぎおふる沢べの茅原(ちはら)冬くればひばりの床ぞあらはれにける(詞花141)

【通釈】楸の生える沢辺の茅原――冬になって草が枯れたので、雲雀の巣が露わになってしまった。

【語釈】◇ひさぎ 楸。久木とも書く。アカメガシワ。キササゲとする説もある。いずれも落葉高木。◇茅原 チガヤの茂る原。◇雲雀の床 雲雀の巣を言う。

【補記】『好忠集』冬十首。

【主な派生歌】
むすびおきし雲雀の床も草かれてあらはれわたる武蔵野の原(後鳥羽院)

題しらず

外山なる柴のたち枝に吹く風の音聞く折ぞ冬はものうき(詞花147)

【通釈】里山に生えている雑木の高く伸びた枝――それに吹きつける風の音を聞く折だ、冬が憂鬱に感じられるのは。

【語釈】◇外山(とやま) 深山(みやま)・奥山の反意語。人里から間近に眺められる山。山地の外側をなす山々。

【補記】『毎月集』の「十月中」。

題しらず

草のうへにここら玉ゐし白露を下葉の霜とむすぶ冬かな(新古619)

【通釈】草の上にたくさん玉のように置いた露を氷らせて、下葉の霜に凝結させる冬であるなあ。

【補記】『毎月集』十月はて。「ここら玉ゐし」は秋の情景を思い出しているのである。当時は露が氷って霜になると考えられていたらしい。

十月はて

みだれつつ絶えなばかなし冬の夜をわがひとりぬる玉の緒よわみ(好忠集)

【通釈】思い乱れ、思い乱れて、このまま死んでしまったら悲しい。冬の夜を独りで寝る私の玉の緒が弱って…。

【補記】「玉の緒」は身体と魂を結ぶ緒のことだが、生命の意でもある。「みだれ」「絶え」は「緒」と縁のある語。

十一月はじめ

やぶかくれ(きぎす)のありかうかがふとあやなく冬の野にやたはれむ(好忠集)

【通釈】薮に隠れて雉の居場所を窺っていると、人からは愚かに冬の野で遊び戯れているように見えるだろうか。

【補記】初句「やぶかくれ」の身も蓋もなさ。生活を賭けた真剣な行為が他人には戯れに見えてしまうちぐはぐさが、ペーソスとユーモアを生む。

題しらず

岩間には氷のくさびうちてけり玉ゐし水もいまはもりこず(後拾遺421)

【通釈】岩の間には氷の楔を打ち込んであるのだな。玉をなして滴っていた水も、今は漏れて来ない。

【補記】岩の隙間に堅く張った氷を楔に見立てている。『毎月集』の「十一月中」。

【主な派生歌】
川ごしの柴つみ車いかがするこほりのくさび冬はたえせじ(大江匡房)
山河のこほりのくさびうちとけて石にくだくる水のしらなみ(藤原有家)
朝ぼらけ霞ながるる山川のこほりのくさびうちやとくらむ(藤原秀能)
冬来ては田中にたてる水ぐるま氷のくさびうちそへてけり(藤原為家)
宇治川や氷のくさびうつたへに水の車ぞ絶えてめぐらぬ(正徹)

十二月はじめ

うづみ火の下に憂き身となげきつつはかなく消えむことをしぞ思ふ(好忠集)

【通釈】埋み火のもとで、辛い我が身だと嘆いては、果敢なくこの世から消えることを思っているのだ。

【語釈】◇うづみ火 灰の中に埋めた炭火。当時の暖房材。

三百六十首の中に(二首)

みやま木を朝な夕なにこりつめてさむさをこふる小野の炭焼(拾遺1144)

【通釈】深山の木を毎朝毎晩樵り貯えて、寒さをこいねがう小野の炭焼よ。

【語釈】◇こりつめて 薪を樵り、貯える。◇さむさをこふる 寒さをこいねがう。寒気で炭が売れることを願う。◇小野 山城国愛宕郡小野郷。比叡山麓。炭焼の名所とされた。

【補記】『毎月集』の「十二月をはり」。

【参考】「白氏文集」巻四「売炭翁」(→資料編
伐薪燒炭南山中(中略)心憂炭賤願天寒

【主な派生歌】
さらに又うすき衣に月さえて冬をやこふるをののすみやき(後鳥羽院)

 

にほ鳥の氷の関にとぢられて玉藻の宿をかれやしぬらむ(拾遺1145)

【通釈】一面氷が張って通り路を邪魔されたために、鳰鳥は藻で作った巣を捨ててどこかへ行ってしまったのだろうか。

【語釈】◇にほ鳥 カイツブリ。◇氷の関にとぢられて 湖や沼の水面にいちめん氷が張り、浮き巣からの出入りの自由を奪われてしまって。◇玉藻の宿 藻で作った巣を言う。◇かれやしぬらむ 巣を離れてしまったのだろうか。

【補記】『毎月集』の「十二月をはり」。

歳暮の心をよめる

(たま)まつる年のをはりになりにけり今日にやまたもあはむとすらむ(詞花160)

【通釈】先祖の霊をまつる年の終りになった。自分は生き長らえて、今年もまた大晦日の今日に廻り合おうというのだろうか。

【補記】十二月晦日には先祖の霊が帰って来るとされた。

題しらず

片岡の雪まにねざす若草のほのかに見えし人ぞ恋しき(新古1022)

【通釈】片岡の積雪の隙間に根をつけた若草のように、ほのかに逢っただけの人が恋しいのだ。

【補記】「片岡」は「不完全な岡」の意、すなわちそれ自体で独立した丘陵を成さない傾斜地(例えば山の裾野が突き出して岡のようになっている処)を言う。『毎月集』では第二句「ゆきまにきざす」。また第四句「はつかにみえし」とする本もある。

【本歌】壬生忠岑「古今集」
春日野の雪間をわけておひいでくる草のはつかに見えし君はも

題しらず

あぢきなし我が身にまさる物やあると恋せし人をもどきしものを(後拾遺775)

【通釈】詮方ないことだ。かつては「恋のために命を落とすなど愚かしい。自分の命より大切なものがあるだろうか」と人を非難したものだが、いざ我が身が恋に落ちてみれば、非難した相手と同じではないか。

【語釈】◇あぢきなし 詮方ない。苦にがしい。◇恋せし人 恋に落ちた人。◇もどき 非難する。

【補記】家集では第二・三句「身にます物は何かあると」。

題しらず (二首)

かやり火のさ夜ふけがたの下こがれ苦しやわが身人しれずのみ(新古1070)

【通釈】蚊遣火が夜更けにじりじりと焼け焦げるように、辛いことだ、我が身は人知れず思いを燃やすばかりで。

【補記】家集では『毎月集』の「六月はじめ」に載せるが、内容的には恋歌で、新古今集が恋の部に採ったのは当然である。

 

由良のとをわたる舟人かぢをたえ行方もしらぬ恋の道かな(新古1071)

【通釈】由良の門を渡る船頭が、櫂がなくなって行方も知れず漂うように、将来どうなるとも知れない恋の行方であるなあ。

【語釈】◇由良のと 紀伊国の由良海峡(和歌山県日高郡由良町)とする説と、丹後国の由良川の河口(京都府宮津市)とする説がある。古く万葉集に詠まれた「由良の岬」「由良の崎」は紀伊国であり、『八雲御抄』『歌枕名寄』『百人一首抄(細川幽斎)』など中世以来紀伊説を採る書が多かった。しかし契沖が『百人一首改観抄』で「曾丹集を見るに、丹後掾にてうづもれ居たることを述懐してよめる歌おほければ、此由良は丹後の由良にて」云々と指摘して以後、丹後説を採る論者も少なくない。その名から船がゆらゆらと揺れる様を暗示する。◇かぢをたえ 梶がなくなり。自動詞である「たえ」が助詞「を」を伴うのは、「根を絶え」(根が切れ、の意)などと同じ用法であろう。但し「梶緒絶え」と読んで「梶の緒(櫓をつなぐ綱)が切れ」の意と解する説もある。「かぢ」は櫂や櫓など、船を漕ぎ進めるための道具。

【補記】「かぢをたえ」までは「行方もしらぬ」を言い起こす序詞であるが、波のまにまに運ばれる舟のイメージによって不安な恋の行末を暗示している。

【他出】近代秀歌、定家八代抄、百人一首、住吉物語

【参考歌】凡河内躬恒「古今集」
わが恋は行方も知らずはてもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ
  小野小町「後撰集」
あまのすむ浦こぐ舟の梶をなみ世をうみ渡る我ぞ悲しき

【主な派生歌】
かぢをたえ由良の湊による舟のたよりもしらぬ沖つ潮風(藤原良経[新古今])
風さわぐ由良の湊をこぐ舟のうきて物思ふ身ぞ行方なき(藤原定家)
由良のとを夜わたる月にさそはれて行衛もしらず出づる舟人(源家長[続後拾遺])
契こそゆくへもしらねゆらのとやわたるかぢ緒の又もむすばで(藤原為家)
ゆらのとや波ぢの末ははるかにて有明の月にわたる舟人(北条政村[玉葉])
由良のとに絶えにしかぢもあるものを行へをもしる友千鳥かな(二条為重)
梶をたえ行末もしらず由良の戸をわたる舟路の春の霞に(正徹)
音あらき浪の手玉もゆらの戸をわたる舟人心くだけて(〃)

こころづかひ 家集

思ひやる心づかひはいとなきに夢にみえずときくがかなしさ(夫木抄)

【通釈】あの人を思いやる心遣いは絶え間ないのに、私を夢に見てくれないと聞くことの切なさよ。

【語釈】◇いとなき 暇なき。絶え間がない。◇夢にみえずと 恋人は自分のことを夢に見てくれないと。相手を思っていれば、相手の夢に自分が現れると考えられた。『好忠集』では「夢にもみずと」とする本も。

三百六十首の中に

わがせこがきまさぬ宵の秋風はこぬ人よりもうらめしきかな(拾遺833)

【通釈】愛しいあなたが来られない宵に吹く秋風は、訪れない人よりも恨めしく思えますよ。

【補記】「わがせこ」は親愛な男性に対する呼称。万葉集に頻用された語。「こぬ人」は婉曲に「わが背子」を指している。これは女の立場で詠んだ歌。『毎月集』に「八月中」の歌として載るが、拾遺集は恋歌として採っている。

【他出】好忠集、後十五番歌合、拾遺抄、玄々集、新撰朗詠集、後六々撰、定家八代抄

【主な派生歌】
秋風にこぬ人よりも夕暮の雲のはたてのはつかりのこゑ(藤原家隆)
よをかさね待ちもよわらぬ心こそこぬ人よりも猶つれなけれ(平親清五女)

 

もとつ人に今はかぎりと絶えしより誰ならすらむわがふしし床(好忠集)

【通釈】もとの妻とこれで終りだと離縁してから、ほかの誰が、私の臥していた床に馴れ親しんで寝ているのだろう。

【語釈】◇もとつ人 もとの妻。「もとつめ」とする本もある。

【補記】『好忠集』。歌の頭に「あさかやまかげさへみゆるやまのゐのあさくはひとをおもふものかは」の各一字を、末尾には「なにはづにさくやこのはなふゆごもりいまははるべとさくやこのはな」の各一字を詠み込んだ連作三十一首の、これは二十八番目。

ものへまかりける人のもとに、人々まかりて、かはらけとりて

雁がねのかへるをきけば別れ路は雲ゐはるかに思ふばかりぞ(拾遺304)

【通釈】雁が北の故郷へ帰って行く声を聞けば、あなたの向かう所は空の遥か彼方で、再会する時も遥か遠くに思えてなりません。

【語釈】◇かはらけ 素焼の土器。ここでは盃。送別の宴での酒杯。◇雲ゐはるかに 空のはるか彼方に。

きた

何もせで若きたのみにへしほどに身はいたづらに老いにけらしも(好忠集)

【通釈】何をすることもなく、若さばかりを頼んで年月を経るうちに、我が身は空しく年老いてしまったのだなあ。

【補記】『好忠集』、東西南北など方角の名を詠み込んだ物名歌の連作の一つ。「若きたのみ」に「きた」を隠している。

春歌の中に

浅みどり野べの霞にうづもれてあるかなきかの身をいかにせむ(続後撰1036)

【通釈】うっすらと青い野辺の霞に埋れて、存在しているのかどうか判りにくい程の我が身をどうすればよいのだろう。

【語釈】◇うづもれて 「世に埋もれて」の意を響かせる。

【補記】出典の『毎月集』では「正月をはり」にあるが、続後撰集では雑歌上に収め、第二句「山はかすみに」。

円融院の御()の日に、召しなくて参りて、さいなまれて又の日、奉りける

与謝の海のうちとの浜のうらさびて世をうきわたる天の橋立(好忠集)

と名を高砂の松なれど身はうしまどによする白波のたづきありせばすべらぎの大宮人となりもしなましの心にかなふ身なりせば何をかねたる命とかしる

【通釈】与謝(よさ)の海の内外(うちと)の浜の浦ではないが、うら寂びた様で、辛い思いをしつつ世を渡ってゆくことよ、海に浮いた天橋立を渡るように。

【語釈】◇与謝の海 丹後の国、天の橋立のある海。◇うちとの浜 天の橋立の砂嘴によって内海と外海に隔てられた、その浜。「うちとの浜の」までが「うら」を言い起こす序。◇世をうきわたる 辛い思いをしながら世を渡る。「うき」に「浮き」「憂き」を掛ける。

【補記】寛和元年の円融院紫野行幸での子の日遊びの行事に、召されもしなかった好忠が推参し、追い払われた翌日、朝廷に奉った歌。歌に続く「と名を高砂の…」以下の文章には、「橋立と名を高砂の松なれど身は牛窓によする白波」「白波のたづきありせばすべらぎの大宮人となりもしなまし」「死なましの心にかなふ身なりせば何をかねたる命とか知る」という歌三首が埋め込まれている。


更新日:平成16年05月30日
最終更新日:平成24年02月06日